「カンタ!ティモール」(1)・・・とりあえずの記憶が薄れる前に

東ティモールのことは知っていた。元サヨっちだから。
え!!「知っていた」だと!?、なんておこがましいんだ!!
「カンタ!ティモール」を観て、東ティモールのことが解った。
はぁ!!「解った」だとぉ、バカじゃないのか?
解るわけ無いだろう。所詮てめえの書くことは綺麗事でしかないんだよ。
わかっている。でも、涙がこぼれたんだ。
綺麗事を実践する人々の言葉をきいて・・・
いいかい、綺麗事の実践だぜ、考えられるかい?
綺麗事は、実践されるとほんとうに綺麗なことになる。
綺麗事ではなく、真に綺麗なこと。
このブログでは綺麗事をいってはきたが、常に「そんなことできるんか」と葛藤していた。
彼らに葛藤などないのだろう。
綺麗なことでもないのだろう。
彼らにとってそれが「生きる」というそのこと。
でもそれは命がけで実践しなければならない世界が横たわっている。
そうなったのは何故なんだ。

もともとティモールはひとつで地続きだった。ひとつの島なのだから。
ヨーロッパによって分割を強要され東ティモールと西ティモールに分断された。
さらにその後の戦争に日本によって一つとして占領されたが、戦争が終わりまた分断された。
かたやインドネシアとして近代化を順化させられ、東ティモールは先祖から伝わる生活を続けようとした。
インドネシアは先進国の利権におどらされ、東ティモールを融合しようとしたが、東ティモールの人は頑なに拒否した。
東ティモールの人々は虐殺され、女はレイプされ、村は焼き払われ、病院で毒殺され、、、、
それでも、東ティモールは近代化を拒否し先祖から伝わる自分たちの生活(神々とともにいること)を守ろうとした。だから闘った。ゲリラとなり森にはいった。
ゲリラとなった東ティモールの兵士は、捕虜として捕らえた自分の家族親友を目の前で虐殺したインドネシアの兵士に、自分たちがなぜ闘うのか、どうやって生きていきたいのか、を納得させるまで話して無傷のまま自国へ帰した。無傷で帰された兵士のなかには虐殺をやめたものもいた。
これを賞賛した映画のなかの日本人のナレーションは、すばらしい「戦略」と言ったが、断じて「戦略」ではない、と思う。
それが東ティモールの流儀なのだ。
元地続きの人々であったインドネシアの前線兵士は、後にいる利権に動かされている。洗脳され、殺せ、殺せと呪詛をかけられている。それを金銭援護したのが日本である。利権のために、地続きの人々に隣人を殺させた。
日本は東ティモールの悲鳴に耳をふさぎ、インドネシアに軍事費をつぎ込んだ。金のために。

この映画では東ティモールの闘いの歴史は描かれている。
悲惨な、聞くに耐えない歴史である。
でもそれがテーマではない。
あの歌に会いたくて海を渡った広田さんがつくった映画だから。
子ども達にかこまれ笑いながら歌うアレックスと子どもたちの合唱。
悲惨は歴史はサイドストーリー、
彼らの生き方を補強するものでしかない。
悲惨すぎるのに恨みつらみなんかないまったくない。
悲惨な歴史があったから得た生き方ではなく、連綿とつづき、繋がる生き方。
悲惨な歴史があっても変わらなかった生き方。
絶大な暴力にも屈しなかった生き方。
こんな映画に仕上がったのも広田さんの意志ではないのかもしれない。
いくら広田さんの感性がよかったとしても、世界観がちがいすぎる。
日本人の価値観とまるで違う。
広田さんの感性がすばらしいのは、彼らの言葉を素直に受け入れたこと。
映画は東ティモールの人々がつくらせたもの。
東ティモールの神々がつくらせたもの。


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この記事へのコメント

愚樵
2012年12月04日 09:06
しばらく停滞気味だった毒多さんの思索回路が回り始めたようですね。(^o^)/
毒多
2012年12月04日 13:04
この映画はツボにはまりました。
何かを書かずにはいられれない、という気になります。

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