「渡辺治が語る憲法の力」(1)…憲法9条の“そいういう力”

 というわけで、近代史が専門の渡辺さんが9条と25条の歴史を語りながら「そういう力」(前のエントリー参照)の効用を説いたのね。その辺のとこを書こうと思うんだけど、歴史については、きっと、周辺政治ブログのブロガーさんにとっては既知なことが多いんだろうなぁ。まあ、いいやせっかく聞いたのだから毒多の咀嚼によって新たに生成された毒とともにリバースしてやるぜ。ぺっ、ぺっ、ぺっ、、っとぉ、きたもんだぁ、てやんでぃ。

日本国憲法
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。



 今の日本国憲法ってのは敗戦後つくられたのだけど、だいたいにおいてアメリカが「こいつら(日本)にまた軍隊なんか持たせると、懲りずに他国を侵略するに決まってからヤバいぞ」ってことで9条が生まれたわけだな。って渡辺さんが言ったんでオイラは考えてしまったのだけど、そのヤバさを誰よりも分かっているのがアメリカで、いまだに軍隊なんかもつと他国を侵略するに決まってる、ってのを身をもって実践しているわけだ。自覚の有無は知り得ないんだけど、こういう国の感性だからこそ戦争に破れた日本に9条を押し付けたわけだね。ところが、この9条がけっこう素晴らしかったわけ。もっともイジメ的に押し付けたアメリカにはその「素晴らしさ」を嫌がらせとして押し付けていたんだろう。

アメリカのした嫌がらせが、普遍的な素晴らしさ

ってのは大笑いだな。それでも時がたって日本が金をもって利用できるとようになったら、「侵略に協力せーよ」そのために「9条を変えろ」って言ってくるの。こちとら「素晴らしさ」に気づいてオノレらの嫌がらせに感謝しているほどなのに、なんちゅう身勝手なヤツラなんだよ、ほんまにもう。

 敗戦で仕方なく9条を受け入れた日本の政治家もやっぱアメリカと同じメンタリティでさ、嫌がらせと受け取っていたのね。だからそんな憲法まもるつもりがなくてさ、1950年代なかばには、公職追放に会った政治家が復活するにつれて改憲の動きがでてくるのね。でもさ、まだまだ敗戦から10数年しかたってないわけで、国民のなかには戦争の生々しい記憶は残っているし、反基地運動なんかの平和運動が盛り上がってくるのね。
 そんななか、岸内閣が安保改定と改憲をねらうわけだが、例の60年安保闘争に突入していくわけね。闘争は、政党的には社会、共産の共闘しつつ、新左翼運動体がうまれたりしながら全国2000もの「団体」が連帯し立ち上がるわけだ。
 渡辺さんがいうには、(1)社会党、共産党の党派ははじめ団体が中心、(2)若人と女性が中心だった、(3)戦争の記憶がなまなましかった、(4)安保、九条改憲だけでなく25条に関する生活闘争とも関係しつつ盛り上がった。だって。
 「安保反対(改憲反対)」を叫んで、50万人が国会を取り囲んだわけだけど、岸くんはね、その「50万人はアカだ、善良は市民は後楽園球場にいて、声なき声は私を支持している」なんて言ったもんだから、安保反対側の後楽園組?は「声なき声の会」ってのを造ったとかね……、渡辺さんが通っていた下町の中学では、不良番長が先頭にたって学生あつめて討議をしデモ参加議決をして出掛けて行ったりとかさ、隅から隅まで凄かったらしい。
 結局、岸内閣は安保を改定し通しちゃった。でもね、強引に9条を変えようとしたりすると「そういう力」が働き、えらい騒ぎになる、国民は真剣に怒り立ち上がるんだ、って与党政治家にとって強烈なトラウマになるわけ。50万に突き上げられれば恐ろしいわな。それで歴代総理は「改憲」と発言するのに慎重になるの。やっぱり「そういう力」になってるわけ。
 岸のあとの池田内閣は解釈改憲で「自衛隊は自衛のための最小限度の実力」なんて言い出すわけだけど、世論は許さなかったのね。恵庭裁判とか長沼裁判なんかの自衛隊は違憲でイケンぞ!!って裁判でもガンガン闘われたりしてさ。
 結局、世間に負けた池田内閣は「非核三原則」「武器輸出禁止三原則」「自衛隊の海外派兵禁止」をシブシブ採決するの。まさに9条の具現化だね。で、ご存知の様に池田勇人はノーベル平和賞だったけ?(大爆)
 でもね、この「非核三原則」「武器輸出禁止三原則」「自衛隊の海外派兵禁止」ってのはやっぱり凄くてさ、戦前軍需産業としてノウハウを蓄積していた日産とかトヨタも、戦後もけっこう長い間、ノウハウをキープしていてさ、ほら儲かればなんでもやるでしょ。だけど結局「武器輸出禁止三原則」に縛られて武器の輸出による金儲けは諦めたっていうんだ。その後は改憲の動きは下火になるのかな。

 ところが1990年になると世界の状況がかわってくるのね。冷戦も終わり、中国の市場開放があったり、グローバル化ってやつですか? この辺からは記憶にも新しいね。
 政府はアメリカのポチとしてショーザフラッグしたいんだけど、9条はあるしね。でもアメリカのプレッシャーはキツいし。でも国民は黙ってないだろうし、、、、ってことで、ポチコイズミが再び強引に解釈改憲でもってイラク派兵、テロ対策特措法って、9条がまたしても「絵に描いた餅」化していく。ついには、恐れを知らないお坊ちゃんが、始めて「自分の代で改憲をする」って宣ったわけだ。ああああああああ。お坊ちゃんは、かつての運動の中心だった社会党、共産党が選挙制度の罠に嵌まって国会内で勢力縮小しているし、セクトは霧散しているし、国民はコイズミに飼いならされて立ち上がらないし……とでも思ったのだろうか?
 ところが、甘ーい!! さすがお坊ちゃん。
 新しい護憲運動の中心として「九条の会」ができたわけさ。
 ここからは渡辺さんも九条の会事務局さんだから雄弁だよぉ。
 もともと呼びかけたのは加藤周一さんだっけ、九条だから九人の呼びかけ人で始めようって、ご存知の9人で呼びかけたらいきなりの賛同者600名ね。加藤周一は乗り気じゃなかったってんだけど、小田実は全国行脚をしなければならない、って全国各地で講演会をひらいた結果、一年後には1900の「九条の会」ができて、二年後には5174、四年後には有名無実まで含めて7000もできた。え?、7000には、有名無実、有象無象、も含まれるってかぁ!? ……すみません、ごめんなさい、それってのは、ワタシどもの九条の会かい?って洒落て誤摩化している場合じゃないか……。
 なにやら岩手の方には「市長の九条の会」があったり、自民党員でも匿名の人も含めて「九条の会」があるらしい。それと、かつて安保の頃の若者中心とちがって「中高年が中心」なの。やっぱり戦争への危惧が中高年のほうが強いのかしら。

2004年九条の会が発足した年の、世論調査では
    改憲に「賛成65% 反対22.7%」
2005年コイズミ万歳の頃(九条の会1900)の
    改憲に「賛成60.6% 反対26.6%」
2006年(九条の会4770)では
    改憲に「賛成55.5% 反対32.2%」
2007年4月 安倍は国民投票法を捏ち上げた年(九条の会6000)
    改憲に「賛成46.2% 反対39.1%」
2008年4月 イラク戦争が捏ち上げとバレた(九条の会7000)
    改憲に「賛成42.5% 反対43.1%」(すべて読売の調査)

 やったー!! ついに逆転だ!!!! ってそろそろ一年前のことだな。今年の4月はどうなんだろう?

 ついに、改憲反対が上回ったわけ。イラク戦争がペテンだったとか、悲惨な映像が流れたとかいろいろあるだろうけど、7000もある九条の会の力もやっぱり強いと思うの。そして九条をもとに立ち上がったという「そういう力」があると思うのね。九条の会も個人ベースの小さなものも多いというから、以前の政党頼り団体頼りっていうよりも、個人がそれぞれ「九条」をもとに立ち上がったとも言える、「そういう力」のわけだ。これが憲法の力なんだろう。

前のエントリー「0」で述べたように、自民にしても民主にしても「今は黙っていたほうが得策」って思ってるのは改憲の賛成、反対が逆転したってのがあるんだろうけど、2大政党とかなんとかいって改憲は知らん顔していても、ある日トツゼン牙を剥くからね。やっぱり、そのことを忘れてはいけない。
 
 


「渡辺治が語る憲法の力」(0)…憲法は絵に描いた餅か!?
「渡辺治が語る憲法の力」(1)…憲法9条の“そいういう力”
「渡辺治が語る憲法の力」(2)…憲法25条の“そういう力”







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この記事へのコメント

2009年02月25日 11:40
「そういう力」が憲法の力。

その言葉に満腔の喜びをもって賛同の意を評します。

私が「保守」に転向したのも、「そういう力」が日本人の伝統的な価値観の中にあると思ったからなのです。

過去記事のTBを送らせていただきました。内山節氏の『キツネ』を紹介した記事です。そこでは「山川草木悉皆成仏」と「9条」とを取り上げています。どちらも民衆の精神を“言い当てた”もの。「そういう力」とは、“言い当てた”ものであるがゆえに発揮される力のことです。

9条はある種の奇跡です。GHQが与えようとした意味と“言い当てられた”民衆の精神とが、たまたま同じ条文で表現された。条文が生きるのは、条文を支える精神があってのこと。9条は当初GHQが考えていたのとは別の精神でもって生かされたのですね。
dr.stonefly
2009年02月25日 14:40
愚樵師
なるほどね、キツネに騙されることのできる力が「そういう力」ね。こんどのTBは解り易かった。本を読んでるせいかな(笑)。
9条を文面通りしか捉えられずに、矛盾にイライラしたり、現実的でないと思ったりするのは、systemに取り込まれていることに気づかないからかな、と思うね。

>9条はある種の奇跡です
全くそうだね。やつらの嫌がらせが、真理だったんだからさ(笑)。

それと、今、systemを足蹴しにて愚樵さんのいう「共同体」を具現化しているのは青カンの村だと思う。
もちろん青カンの村民にならなくても、systemを利用してもし取り込まれない生き方はできるとおもうけどね。

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