「ブログを書くこと」…ワタシのジレンマを解消する?

 前のエントリーは個人的なジレンマ爆発で、少しずつ溜まってくると暴発するのかもしれない。みなさんからコメントを頂いたり、これおぷてらさんからTBを頂いたりしてまた考えてしまった。そのジレンマは何なのだろう?、と考えていたのだが、もしかしたらこれこそがワタシの課題なのかもしれない、と思ったので考えたことを書いておこうと思う。

 まず、結局ワタシは「ブログの利用法」が、優柔不断なのだ、と仮定する。

 この「戯れ言」は、ひとつのブログのなかに、「運動的視点」と「哲学的?視点」(訳の分からぬ方は右カラムにある「このブログについて」をどうぞ)が混在するわけだ。日によって、あっちとこっちを行ったり来たりする。あっちとこっちに整合性があればいいのだが、ここに整合性を見出すのがなかなか難しい。だって、前者は政治やら社会なんか環境やらつくりごと(約束事)の在り方や物質的価値を問い、後者は、愚礁さんがいうように「存在の不思議」を綴り精神的価値を思索するわけだから、単純に相反しているように思える。池田晶子が世間から毛嫌いされるのと似ている。

 とはいうものの、ほんとうは整合性があり、それを認識できないためのジレンマなのかもしれない、と再仮定。

 二つのテーマ、つまり
 「運動的視点」と「哲学的?視点」をいったりきたり、
 「社会」と「存在」をいったりきたりし、
 「政治」と「真理」をいったりきたり、
 「如何に生きるか」と「何故に生きているのか」をいったりきたり、
 「日本(国家)」と「宇宙」をいったりきたり、
 「地上」と「形而上」をいったりきたりする。
 このいったりきたりに、悩みが生じる。
 エントリーをあげるうえで「運動」やら「社会」をテーマをするときは、やはりブログは武器(訴える道具)となり、「存在」やら「生」をかくときは「表現そのもの」、となるわけだな。前者はブログは過程で完結するものではなく、後者は表現そのものなので完結してもいいのかもしれない? (以後便宜上前者の「運動的視点」を「水平」、後者の「哲学的?視点」を「垂直」と表現)

 ワタシはもともと運動畑出身なので、どうしても水平的視線が抜け切らない。あるとき垂直に気がつき思索しはじめ、垂直的なエントリーばかりを書きたいと思っているのだが、水平的視線が抜け切らないんだな。で、ときに内部矛盾をおこして前のエントリーのようにゲシュタルト崩壊となってしまう。

 もう少し水平と垂直について具体的に書くけど、前に内田樹がワープアをつかまえて「精神論」で語ったことがあった。あれに違和感もつのが水平で、解るとするのが垂直。内田樹のブログ自体は垂直かな。ワタシは内田樹をとりあげた他所(愚礁空論)のブログのコメント欄で内田樹の精神論を読み、「ワタシと一緒じゃん」と思わず書いてしまったのだけど、このブログでは、ワープアを排出する社会制度を批判する記事を散々かいている。と、このあたりが内田樹を解るといったり違うだろと言ったりする自己矛盾。


 TB頂いた「花・髪切と思考の浮遊空間」のエントリーでも「ウェブ人間論」というのが取り上げられていた。その本の引用で、共著の梅田は

>「リアルの現状は改善する方向へ努力しなさい」というテーゼより、「今の環境が悪いんだったら、他の合う場所を探して、そちらへ移れ」という方が時代に合った哲学のような気がしています

と、書いているのだが、これはちゃんちゃら可笑しい。時代に合った哲学ってなんだよ。そんなものはただの逃避。でなければ処世術。哲学でもなんでもない。「リアルの現状は改善する方向へ努力しなさい」も「今の環境が悪いんだったら、他の合う場所を探して、そちらへ移れ」も水平で、「環境(の良し悪し)に関わらず、形而上に移って思索してしまった」ってのが垂直。
 「今の環境が悪いんだったら、他の合う場所を探して、そちらへ移れ」移った場所がウェブで、そこで安堵するならブログなんてやんない方がいい!! と、瞬時に判断しまったのだけど、このように率直に思ってしまっうワタシは水平だよなぁ、と思うわけ。でもね
 「今の環境が悪いんだったら、他の合う場所を探して、そちらへ移れ」で、「ブログに移った結果、環境云々に囚われない自分が在る事の思索なんかできれば意味あるかな」と考え直すもう一人のワタシは垂直かな?

 以前「ブログの閉鎖は死」というエントリーを挙げたのだけど、ああいうエントリーの反応をみていると如実に判断できる。ああいう感覚が解らないという人は水平で、解るという人は垂直。もっとも、もともとお気楽な日記ブログの閉鎖なんて頭のなかのになかったので、ちゃんとブログで「表現しきって」語ることがなくなり閉鎖することを、とりあえず「死」とすることを試みた。お気軽日記ブログの閉鎖との混同が原因で違和感をもった方は別とするんだけど、あの時は、けっこうきっちりと分かれたね。
 で、それを書いたワタシは垂直であらんとしているのだけど、やっぱり水平的視線もみえてしまって、違和感を持つ人の感覚もわかるんだよね。必ずしもどちらかに分かれるものではないかもしれない。ただ、そのエントリーつまり垂直性を徹底的に拒否したりまたは揶揄する人がいたことから、水平視線の人のなかには、まったく垂直的精神が理解できない人も多々いることを知った。

 
 と、思いつくままに書いているうちにだんだん解ってきた気がするのでいきなり仮結論。

 ワタシのなかに、つまりこのブログに、「水平」と「垂直」が混在する理由。
 垂直方向だけ見ていればいいだけど、「身」は水平面にあるんだよね。水平面がメチャクチャだと「身」を保つことができない。水平面上で垂直方向をみるためには「身」を保たなければならない。最低でも身を保たなければこの水平面上では垂直をみることができない。だから水平方向もみることになる。と、考えるとワタシのブログで「水平」と「垂直」が混在することは矛盾じゃないな。「垂直エントリー」を挙げたいために、「水平エントリー」も書くわけだ。「垂直エントリー」は表現として、「水平エントリー」は武器として。

 つまり全てブログに託そうとしているわけだ。なるほどそういうことのなのだ。これでいいのだ。

 こりゃマジで「dr.stoneflyの戯れ言」の閉鎖は「毒多の死」かもしれないな(爆)
 

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この記事へのコメント

すぺーすのいど
2008年08月23日 16:12
う~ん……(^^ゞ
斜め60度とか30度とかは無いんですか?
水平な場所に立つ垂直は、上方30度位から眺めると見晴らしがよさげですね。
(^-^)
dr.stonefly
2008年08月24日 00:41
だめです。
晶子の姐御の遺言です。
垂直です。誰がなんといっても垂直です。(爆)
2008年08月24日 07:52
コメントありがとうございました。

dr.stoneflyさんの区分、「政治(社会)的ブログ」、「哲学(精神)的ブログ」、「日記(島)ブログ」の関係は相対的なものでしょうから、ちがいというより、私は、ブログとしていわば同じ面内にあることに注目します。ちがいがあるとすれば、それは、同じ面のなかの位置にある。
つまり、たとえば政治という三次元の空間をとらえるには、もとより限界があると思う。

だから、仰るように、

> >リアルの現状は改善する方向へ努力しなさい」というテーゼより、「今の環境が悪いんだったら、他の合う場所を探して、そちらへ移れ」という方が時代に合った哲学のような気がしています

は、ないですよね。後者が哲学のわけがない。

ということですね。
ブログがあらかじめネット環境にない人を排除している、この一点だけでもその限界を示していると私は考えているのですが。
dr.stonefly
2008年08月25日 13:44
これお・ぷてらさん
コメント有難うございます。考え続けたいと思ってます。

貴ブログのような鋭い「政治的ブログ」が、せめてネット環境にある人、いや島ブログなどを巡回している人など、「限界」まで周知されるといいなぁ、とは思います。


2008年08月29日 06:06
>こりゃマジで「dr.stoneflyの戯れ言」の閉鎖は「毒多の死」かもしれないな

すみません。勝手に言い換えさせてもらいますとね、つまりはdr.stoneflyさんの言説は、それが「水平」であれ「垂直」であれ、常に未完成だということでしょう。

そりゃそうです。リアルな人間は生きている限り未完成なんだから。

で、ブログはその未完成を反映させることができる。読者だって、それが未完成だと認識しているからブログの更新を期待する。

これが例えば完結した本なんかだと、なかなかそうはならない。続きものの小説なんかもあるけど、やっぱりそれはどこかで完結するとみんな思ってますから。

いつまでも未完のブログ。それはとりもなおさず「存在の不思議」ではないですか。
dr.stonefly
2008年08月29日 17:09
未完ってのはおもしろいね。
それを辛いと感じるか、楽しいと思うかでえらく違ってくる。
昔「先がみえる」のと「先が見えない」のとどっちが辛い? とか、「先を切られる」のと「自ら先を切る」のはどっちが辛い? みたいな言葉遊びをしていたけど、存在は終わりのなく未完だからね。未完である不思議さを楽しめればいいんだけどね。

時々、同じ事を繰り返し堂々巡りしていることに、イライラしてくるわけさ(笑)。

ところで、鹿の後日談はキツかったねぇ……

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