毒多の戯れ言

アクセスカウンタ

zoom RSS 「自殺の少ない町」のこと

<<   作成日時 : 2018/01/21 06:23   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 7

 自称講演会マニアがたまたま目にして行った講演がかなりよかった。
 内田樹以来でワクワクするお話がきけたうえに、講演者が内田樹のように微妙に上からな感じがなくて優しげな美人さんときたもんだから、心もウキウキね。
 と、ここで「優しげな美人さんってセクハラだろ」とツッコンだあなたに君、そんな人こそ聞いてほしい講演だったんだよ^^ 講演では「自殺の少ない町」のことが話されたんだけど、この町の人たちはそんな些細なツッコミはしないな、多分^^;
 ボクがこの町にキャッチコピーをつけるとしたら、、、、、
 「好奇心旺盛な成熟した大人社会」
 としよう、うん。
 日本じゃさ、若者だと「自殺」が死亡の一番多い理由になっていて交通事故の6倍、先進7カ国、G7ってやつですか?、そこではワーストね。
 こんな日本のなかにあって自殺(率)が超少ない町ってのもあって、その理由を調査したお話が今回の講演です。
 ぶっちゃけちゃえば、徳島県の海部町ってとこなんだけど、同県のA町ってのが逆に自殺率が超高いらしい。で、A町の比較で海部町が少ないと思われる理由を話されたんだけど、まあ、あれだ、A町ってのどこぞの県の見知らぬ町じゃなくて、普通にある日本の町であり、会社であり、学校であり、SNSでありetcてのはひしひしと感じたわけ。

 自殺が少ない町なんていうと「絆」がどうのとか、「助け合い」がどうの、「人付き合いが緊密」なんてイメージが浮かぶ人が多いかどうかは知らないけれど、それが表面的な場合は逆に悲惨なわけだ。絆なんていいながら同調圧力になってしまったり、枠からはみ出ないよう強要になったりなんてそこかしこなんだから。例えばね「赤い羽根募金」。これ海部町では募金率が低いのさ。使途がよく分からない納得いかない募金はしないってことで、みんなに合わせて自分も行うとかないし、同調圧力もなく募金をしなかったといって責められることもない。共同募金が「絆」なんて空気は皆無ね。忖度できるのが大人じゃなくて、自分の考えをもって行動できるってのが成熟した大人ってとこだな。
 海部町の場合は、田舎にありがちなプライベートがなく個人情報が「筒抜け」なんだけど、ベースの部分で「他人は他人、自分は自分」ってのがしっかり根付いてる。もちろん冷たい感じの個人主義ってのではなく、個々の尊重っていうか、自他を認めあっている感じなんだよ。
 「関心があるんや、監視しとるんやない」ってのが海部語録であるらしいんだけど(笑)、他人に関心がめちゃくちゃある、好奇心旺盛なわけ。でも、ベースが他人を受け入れるってことで、監視して「警戒している」わけじゃない、っての。これ監視/警戒ってのがA町(多数の日本社会)ね。そうそう監視、警戒のあとにくるのが排除ですね。村八分、よそ者は出て行けとか、空気よめとか、忖度できねぇのかみたいな、ほらほら容易に思いつくでしょ。
 たとえばさ、町や村に「扶助組合」があることがあるよね。これって入会規則や退会規則があってどっちもハードルがあるのよ。旧家が多い村なんかだと町に三代の持ち家があるのが入会条件とかさ、笑。で、そのへんの町内会でもそうんだけど、入ったら最期退会でもしようものなら後ろ指刺され隊になって、精神的プレッシャーもひどくなる、、、って普通っぽいでしょ? でも海部町の場合、入退会自由、退会後のプレッシャーなんて一切ない。だって個々の意志を尊重した「他人は他人、自分は自分」なんだから。
 個々の意志尊重ってのは、海部町はね、「いろいろな人がいたほうがいい」というベースが根付いているのさ。これ家柄とか年齢とか関係なくね。またまた例え話なんだけど、町の教育長ってのは、A町では家柄と年齢できめられるんだけど、海部長では教育方針にマッチした人物、たとえそれが若くていいということで、40歳の教育長が誕生したとか、町議会に当選した新人議員に古老は「どんどん意見を言え」とアドバイスするんだけど、これがA町だと「新人は黙っとけ」になるの。ありがちだねw
 それとさちょっとしらエピソードなんだけど、海部町に「特別支援学級」を設置しようとしたとき町民は反対したんだってさ。ちょっとの差異ぐらいで特別な枠でくくるんじゃないってさ。めちゃ納得するんだけど、すごいよね。この感じ。
 まあ議員とかの話じゃなくても、「おまいにも、出来ることがある」ってのも口癖っていうかベースにあって、「やれば出来る」ってスポ根風ではなく、誰もがどっかにいいとこや才能があるだから心配することないよ、って有能感を感じさせる空気に満ちているんだって。町のベースが視野を広げようとこにあるってのは、かなりいいんじゃない?
 この講演では海部語録がいっぱい紹介されたんだけど「一度はこらえたれ」ってのもいいね。
 あ、こらえる、ってのは耐えるってことね。まあ誰かがミスをしようが不祥事をしようが、それを責めないで一度は認めてあげなさいよ、ってこと。実際のとこは一度じゃないうえに、よっぽど人道に外れることでないかぎり、おっきい声ではいえないけど「軽犯罪」でも許したれや、って感じらしい。これはかなり成熟した大人な態度だよね。多分、ホントのところでは自分にとても厳しくなると思うんだけど、なんちゅうかなぁ、大人の厳しさ、と大人の許容っての?こういうのを器が大きいって言うんだね、って思うのはボクだけかな。これがさA町になると、一度きりの些細なミスでも「孫の代」まで呪われるって感じなんだって。まあ町の権力者のほうのミスは忖度しろ、ってことなんだろうけどww
 これね、マスコミやらニュースワイドなんかみてても、他人の些細なミスに超厳しい空気感は多くの人が感じているんじゃないの? 他人事じゃないぜ、もし君がマスコミにのっかって些細なミスを責めているんだったらA町と何にも変わらないだしさ。
 こんな海部町だから「病は市にだせ」ってことも納得できる。
 病かもしれないと思ったら、ひたすら隠すか、はやいとこみんなに相談するか、に分かれる。A町なんかだと、たとえば鬱症状がでたらひた隠しにするのさ。ベースが異分子警戒と異分子排除だからね。そのてん成熟した大人社会である海部町はある意味合理的だよね。やせ我慢せずはやめに言いなはれや、となる。重症化しないし、ほら、よく(表面的に)世間がいうでしょ、「なんでもっと早く相談してくなかったの」って、困りきってにっちもさっちもいかなくなってから。まあ、世間の場合は早く相談しても冷たいことが多いかもしれないんだけどさ。海部町はその定型句を実践してるのさ。「でけへんことは、でけへんと早くいえ」って語録に現れている。もちろん、早期発見早期治療のほうがいいってのは間違いなさそうだし。早く市(みんなに)言えるベースがあってのことだな。

 あんまり講演の全部を書くのもなんだから、そろそろまとめるけど、海部町の特徴とその特徴ゆえに自殺者が少ないんじゃないか、ってこと。
 「多様性の重視」「他者を評価、長い目でみる」「どうせ自分なんかと考えない」「ちゃんと助けを求める」「取り残される人をつくらない」「みてみぬふりはしない」「助け合う質の違い」……、みたいなことで自殺者率が少ない。最後の「助け合う質」なんてのは、助け合いは、A町なんかだと、「契約」を遵守していることが条件なんだってさ。ネットなんか契約遵守の些細なミスでも遵守できないやつは排除で吊し上げられるってとこがあるけど、A町の上をいってそうだ。そりゃ自殺率も高いわな。

 最後にやっぱり書いておこうかな。
 海部町の人々は人間のデフォを次のようにみてるのさ。
 「人間は欲深い、誘惑に負ける、間違いをおかす」ってね。
 これ認めますか? 認めませんか? 認めたくないですか? いろいろあると思うし、もう少し考えたいところなんだけど、まあ現実的にはこの上にたって、それでも「成熟した大人社会」になるんだったら、そんなもんかと思うかな?

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
なんで海部町は、そういう気風を持つに至ったんでしょうね?
そこに興味がありますね。 (^^)
アキラ
2018/01/22 19:39
アキラさん、おはうようございます。
追記の機会を与えていただき、感謝です^^

実はワタシも講演を聞きながらそのことをずっと考えていました。
もし、お話がなかったら質問しようと思っていましたが、講演最後のほうでありました。なので講師の考えになりますが、、、、

海部町はもともと材木の集積の町として栄えたようです。アメリカのゴールドラッシュのようにいろいろ土地からいろいろな人々が集まった。そうした町ですから、血縁関係が薄く実質的だと言われました。損得にはっきりしていて、人間観察に長けていて人間の「性と業」が解っている。
儲かって賑わって栄えていた町ですから、人手も必要だったのかもしれません。(「人手が必要」は、ワタシの邪推ですが、、、笑)「誰でも役立つことがある」とし、他者の幸せは、自分の幸せであり、地域の幸せ、というベースが育った、、また材木の集積という一過性の理由で栄えたということで、衰えも知っていた「盛者必衰の理」を知っている(同じく毒多邪推)という理由が話されました。
毒多
2018/01/23 09:26
A町の比較では、A町はかなり山間部で地形も険しい土地で路地が少ないのだそうです。それにくらべて海部町は平坦で路地が多い。町のなかのA地点からB地点へいくのにA町は一本道なのにたいして、海部町は網の目のように何通りもある、路地にでれば多くの人に出会い、井戸端会議が始まる。、、、というお話もありました。とはいえ、こちらはまだ仮定の話だったという印象があります。

以下はワタシの想像ですが、A町の険しい地形というは、縛りがないと皆が共倒れするかもしれない、という危惧からそうなっていったのかもしれないという邪推から、、、今の日本の「険しい」精神状態を想像させます。地形は平坦であっても「険しい」状況から生きる本能として他者を縛り監視し合うに繋がる気がしてなりません。

別のことになりますが、ワタシが疑問に思っていたことのひとつは、そんな海部町であっても自殺者が少ないというだけで「0」じゃないんだ、ということですが、質問の時間が切られてしまい疑問のままです^^;
毒多
2018/01/23 09:26
ありがとうございました。

なるほど、そもそもいろんな人が集まってきて出来たような町だったんですね。
ちょっと自分がいた大学の寮のことを想いました。

「おなじ」(ルーツ)と「ちがい」(個体の歴史)とのバランスの取り方のルールが、うまくつくれたのでしょうね。
過去にいろんな事故や事件があって、紆余曲折の中でそういう感じになっていたのかもしれませんよね。

その海部町でも自殺者は「0」じゃない・・って、そりゃそうでしょう。 (^_^;)
0だったら逆に気持ち悪いですよ。。。 (^o^;)
アキラ
2018/01/24 08:01
アキラさん
いろいろな人が集まってすぐの時点ではバラバラだと思いますので、他者と自己、社会と自分の関係がうまくつくれるまでの紆余曲折があったのはそうでしょうね。はい。

「0」じゃないってのは当たり前で、やはりワタシもそう思うのですが、この講師の先生が、その「当たり前」をどういう言葉にするのか、それ以上に「自殺者」がでたときに海部町民はどいういう言葉を発するのか、とても興味がありました^^
毒多
2018/01/24 08:39
自殺者が0ではない――。
どんな人が自殺に至ったのでしょう?
愚慫
2018/01/24 14:10
それも気になったのですが、結局質問はできませんでした。
完全なる社会は在りえないということで、おそらくは、海部町以外でもある理由のような気もしますが解りません。
データとしては、海部町の人口は3000人と言ってました。
30年で7名の自殺者ということが講演者の著作に載っているようです。
毒多
2018/01/24 17:33

コメントする help

ニックネーム
本 文
「自殺の少ない町」のこと 毒多の戯れ言/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる