毒多の戯れ言

アクセスカウンタ

zoom RSS 『自閉症のぼくが「ありがとう」を言えるまで』イド・ケダー著

<<   作成日時 : 2017/01/29 09:06   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 14

 ずっと以前になるが、このブログで「障害者は裡なる思いを出力する、表現することにおいて障害なのかもしれない」と可能性のひとつとして、何の検証も根拠もなく無責任に書いた。その頃やりとりのあった脳性麻痺の子をもつ親へ勇気づけるつもりでひねりだした。目的が親へかける言葉で、ワタシ自身、可能性としては信じていたのだが、現実には信じられなかった。
 そんななか自閉症スペクトラムである東田直樹さん著の「跳びはねる思考」を読んだとき、可能性のひとつが本当だったことに驚いた。とても驚いた。1年以上前の読了で詳細は覚えていないのだが、出力の方法を知ったその文章の温かさに感動した記憶がある。
 そして今回表題の本に出会った。アメリカ人の自閉症スペクトラムのイド・ケダー君の著である。
 自閉症本人が語る裡なる様子が鮮明にかかれている。内容はざっと以下のような感じ。

 意志と身体が乖離していて、意志とは違う動きをする。「Yes」というつもりなのに「No」という。 意志を無視して身体が手足が勝手にうごきだす。他者が言うことが解っていても発することができない。解っていることを他者に解らせることができない。
 結果、知能障害で言葉を解することができないと判断される。
 専門家の「先生」は、自閉症回復プログラムと称して、幼稚園児がやるようなカード「訓練」を終わることなくやらせる。やらせられる。年相応(以上)の知的発達があるのにもかかわらず、永遠に同じことをやらされる。もう解っているから、と伝えたいのに伝えることができず身体が暴れだす。イド君は絶望するしかない、、と思ったことの想像は容易だ。
 出力する方法を得て、出力しても信じない。とりわけ、回復プログラムを行う専門家の先生は信じない。相変わらず乖離している身体がかってに行う行動のためになかなか理解が得られない。
 それでも両親をはじめ理解ある周囲の協力もあり、普通高校へいき大学もいきたいと希望をもっている。自閉症スペクトラムが知的障害でなく、出力障害であり、出力の方法さえ得れば自分を裡を表現することができる、その理解されなく定型発達者によって苦しめられている人々を苦しみから解放するためのパイオニアになりたいとイド君は言う。そして希望とともに、徐々に身体の勝手な動きが減ってきている・・・・

 簡単すぎるうえに毒多というバイアスがかかった概略なので、こまかいニュアンスは読みてそれぞれによって違うにきまっている、是非、読んでみて欲しい本である。

 それにしても、これまで永い永いあいだニューロティピカルという障害集団によって苦しめられてきたんだなぁ。
 ワタシはイド君におしえられ知った以上はそれを受け入れ、そのように対応したい。正直、障害者と恒常的に対峙することのないワタシはどう対応していいのか解らなかった。それはイド君が指摘するように、「解ってない」を前提にどう対応していいのか解らなかったという感じだな。解った以上、普通に言葉で話し、一瞬の表情を見逃さないようにしたい。「一瞬の表情」かぁ、、ちょっと楽しみになってきた。

 イド君のような人が増えれば【システム】から〈システム〉へ変わる気がしている。そのために「障害者」が存在する、といえるのかもしれない。甘いかもしれないが信じたい。
 
 【立場】をまもるとために、目の前のできごとさえも受け入れられない専門家の態度(この態度こそが自閉症というネーミングにふさわしいと思うのだが)には、「障害者と対峙する」以外でも気をつけなければと蛇足ながらつけ加えておくとするか。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
・毒多さん

質問を一つと、意見を一つ。

>障害者は裡なる思いを出力する、表現することにおいて障害なのかもしれない

という可能性は、毒多さんのなかで確信に近づいたのでしょうか?

ご紹介の本は、そういう確信を抱かせてくれる本?
著者も、そういう確信を抱いている人だということですか?


>「障害者と対峙する」以外でも気をつけなければ

気をつけなければ。

ご意見、ごもっともです。
だけど、僕はそれはムリゲーだと思って思っています。
そういう意味では絶望しています。

いつも主張しているように、全体としては絶望してませんけど、別の可能性をみているので。

「気をつける」というのは必要なことです。
誰にとって?
社会に適応しようとする【私】にとってだと、僕は思うんですよ。

動物は「気をつける」より先に「感覚し」ます。
これは変らない。

「気をつける」は、先に来る感覚をモニターし、修正しようとする行為です。一般的には。
そして、そうした修正行為を為す基盤を理性と言ったりしますね。

この理性の道は、正しいように見えます。
だけど、誰もがこの道を行くことはできない。
ほとんどの者が行くことができないことは、歴史が証明するところです。

だから、別の道を探さないと。

毒多さんが一般的でない意味で、〈気をつける〉と仰ったのなら、僕の読解不足です。
愚慫
2017/01/30 10:17
愚慫さん

>確信に近づいたか

どうもワタシは基本的に「信用する」という質のようです。
よいのか悪いのかはしりません。性善説的性格なのかもしれません。
流石にこれまでに信じて裏切られてこの年になったのですから、信じる、信じられない、一程度自信をもっています。

東田君のときに信じました。
イド君でさらに確信が深まりました。

全ての人に「確信を抱かせる」かどうか? それは解りません。
どうしても認めたくない人もいるようです。
著者自身は自分のことに関しては確信どころか、事実でしょう。
他者である自閉症スペクトラムに関しても確信していると読めます。

>気をつける

なんだろうねぇ。
定型発達で多数でニューロティピカルであり、なんといっても【システム】を許容して生活しているワタシはやはり「気をつけなければ」になるんでしょうね。
ただどうしても、【社会】に適応している【私】なのかなぁ、とは思います。
そこは否定していたと思っています。ムリゲーだろうがアタマだろうが、なんだろうが、「気をつけて」始めなければ始まりません。
【システム】を感覚として【システム】と認識してるその感覚を獲得することは困難(ムリ)かもしれませんが、開き直ってアタマで「気をつけて」こつこつとワタシの出来ることをしていきますよん^^

空論のほうのレスをこちらにしますが、愚慫さんにとって表題の本もキツイかもしれませんね。その「感覚」はワタシには感知しえないです。今回は「全く違う感覚」で読んでいる人がいるということを知りました。
毒多
2017/01/30 11:22
申し訳ありませんが(と謝る性質ものではありませんが)、僕はその「確信」を疑っているんですよ。

それにすらすでに、ニューロティピカル的な「正しさ」が紛れ込んでいるのではないか、と。

ま、ここは自身の感覚で確かめます。

>その「感覚」はワタシには感知しえない

一次的なものは、原理的にいっても、そのはずです。
ですけど、二次的なものは、違うはず。

追記で【怨】を再び持ち出しましたけど、この感覚はヒトに共通の感覚だと僕は確信していますし、問題はこちらのほうです。

【怨】は、悪いものだという認識が一般的です。
社会秩序を乱すから。
ゆえに、【怨】を解消すること、あるいは押しつぶすことが社会的に「正義」とされる。

だけど、そも【怨】を解消することも押しつぶすことも、不可能だと思うんですよね。

不可能ならば〔折り合う〕しかない。
〔折り合う〕能力もまた、ヒトはもっていると思う。
その能力を阻害しているものが僕の問題意識なんですが、これは【システム】思考(というより感覚)と真っ向からぶつかるんですよね、、、

こうした一次障害の人たちは、真っ向からの衝突をバイパスできる回路になるかな、と期待しています。

なので、

>そのために「障害者」が存在する、といえるのかもしれない。

という意見には、同意です。
愚慫
2017/01/30 12:15
愚慫さん

もうこうなったら、表題の本をどうでも読んでもらうしかないのですが、実はほんの少し疑いをもっています。
イド君は、もしかして【システム】と「折り合おう」としているのか?もしくは、そうしたベクトルに進むのだろうか、、ということ。そうではない、と思いたいのですが。

>そのために「障害者」が存在する

ワタシがいま考えているのは、「自殺者」も後天的に【システム】とぶつかる能力を発露させた、、ということです。
もちろん「自殺」を成し遂げてしまっては、能力を発揮することはできません。生きて欲しい理由とします。

アタシは中途半端ですが、、、仕方ありません。
たんたんと生きます。
毒多
2017/01/30 13:19
>愚慫さん

>こうした一次障害の人たちは、真っ向からの衝突をバイパスできる回路になるかな、と期待しています。


ということは つまり、愚慫さん自身も「真っ向からの衝突をバイパスできる回路になる」ことが期待できる、ということですね?
アキラ
2017/01/30 17:56
・アキラさん

もちろんですとも(^o^)
愚慫
2017/01/31 09:57
>愚慫さん

了解です。 (^^)
アキラ
2017/01/31 13:18
・アキラさん

その「回路」になることができたとしても、また、そうなれなかったとしても、ご迷惑をおかけすることになるのは間違いないないと思います。

申し訳ありません...
愚慫
2017/01/31 13:44
えぇ〜〜〜。 (^_^;)

アキラ
2017/01/31 20:09
ん??なんだ???なんだかわけわからないけど、怪しげな胸騒ぎがするニューロティピカル丸だしの吾を嗤う、笑 ^^;
毒多
2017/02/01 08:20
やっと読み始めました。
しばらく前から手元にあったんですけど。

読み始めてからすぐにガツンとやられてしまいました。

人類はここまで来ているのか...!

まだ読み進めている途中ですが、嬉しくなってきました(^o^)/
愚慫
2017/03/05 16:01
読み始めましたか、、、本自体はすぐに読めてしまう本なので、もうかなり読み進んでいるかもしれませんね。
ワタシとしては東田君、栗原類君の本よりもお勧めで、とりあえず、これを読んどけば他のはいいかな(笑)ぐらいの感じです。cocoraはまた全然別の類の本ですね。

ワタシはこの本を読んでいらい障害者施設関係の方や、障害者施設入職希望者の方に触れまくっているのですが、残念ながらあまり既読の方はいませんでした。
忙しすぎたり、リアル過ぎてたり、(もしかしたら立場ゆえ)平積みの本なんか読んでられないかもしれませんね。懲りずにアプローチしつづけますが、、、笑。

>嬉しくなってきました

嬉しいです^^
毒多
2017/03/06 10:55
読了しました。ブログ記事も書き上げました。

本当に、紹介してもらってありがとうございますデス。

平易な本ですから、読破はすぐ完了します。
平易でかつこれほどの深度をもった本は、ちょっと記憶にありません。

難解で深いものはいくつもありますけど。
これには脱帽します。
愚慫
2017/03/06 11:50
早っ!! まあ言葉が平易なうえに、ページのカサ増しがしてありますからね。(出版社の意図でしょうが、内容がいいだけに体裁のカサ増しの印象はよくないよなぁ、まあ別にどうでもいいんだけど。)
コメントの上のほうでワタシが言いたかったことも少し解ってもらえましたでしょうか? エントリーを楽しみにしてますよ。
毒多
2017/03/06 12:04

コメントする help

ニックネーム
本 文
『自閉症のぼくが「ありがとう」を言えるまで』イド・ケダー著 毒多の戯れ言/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる