毒多の戯れ言

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zoom RSS 「ヤノマミ」……ピダハンとは違うアマゾンに棲む人々

<<   作成日時 : 2017/01/23 17:31   >>

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 本として「ピダハン」とはかなり異質なものだった。「ピダハン」がダンという言語学者でキリスト教伝道師によって書かれたものでストイックな感じなのにたいし、「ヤノマミ」が国分拓というマスコミによって書かれたドキュメンタリーという違いがある。
 ピダハンではダンが言葉の習得、研究、伝道の少しがメインであるのに対して、ヤノマミでは積極的なインタビューにカメラ撮影、いわゆる番組づくりのためのものであった。青カン支援の頃よりこうした取材に、たかだか編成された番組では薄っぺらな情報しか流せない、薄ペッラな視聴しかされない、決めつけて、かなり悪いイメージをもっていた。そうした先入観からこの本の読み始めも違和感があったのだが、それでもこの本の内容には圧倒された。
 そして、またしても目が湿ってしまった。ピダハンのときとは違う涙である。

 同じアマゾンの奥地に棲むのだが、ピダハンとヤノマミではかなり違う印象を受ける。
 ピダハンにはシャーマンはいないが、ヤノマミにはいる。ピダハンは祭りをしないが、ヤノマミはする。ピダハンには葬式もなく簡易土葬だが、ヤマノミは儀式があり火葬である。数の観念もヤノマミにはあるようだし、食以外の生物も殺す。ヤノマミは装飾する。ヤノマミには人間の創造主がいた。
 とはいえ、よく笑うとか、喜びをもって働く働き物である、精霊によってなにごとも決まる、人間も大きな自然(森)の円環の一部だと識っている、考えている。虚構ではなく現実のなかで生きている。と似ている部分もある。(すべてが本の「ヤノマミ」「ピダハン」からの知識で現実は知らいないことは断っておく。)

 いずれにしろ文明のなかで暮らすワタシは考えさせられるのは生命のこと。
 狩りで暮らすヤノマミは、生命を狩って殺して捌いて食うのは現実。狩った獲物の解体とともに礼をつくす。殺す者と食べる者が別であるなかでの、「いただきます」とは命を戴くのだよ、と言葉でいうことの虚構性をどうしても考えてしまう。バナナなどの植物でも収穫ごとに祭りがあるのも同様の慰霊と感謝なのだろう。
 人間の生命にかんしてもいくつかの記述があるが、特に出産である。
 出産は森のなかで女が一人でするのだが、生まれてくるものは生まれてきたそのときは人間ではない。精霊である。女が精霊を抱けば人間となり、精霊として天に返される(文明人的には殺される)かは産んだ女が決める、ということだ。
 天に返される精霊は、(産んだ女自身によって殺されたのち、)産んだ女自身によってシロアリの巣に埋められ、産んだ女自身によって3日後にシロアリの巣ごと時間をかけて燃やされる。シロアリは死んだ祖先の生まれ変わった精霊であり、胎児を食べたシロアリも焼かれ森に返される。人間として育てられるか、精霊として天に還されるかをどう決めるかを女に聞くと「知らない」という返事で、国分氏の印象としては、生活の実際ではなく「大きな理によって決断をうけている」という感じだと書いている。
 かなり長いそこの部分の記述を読みながら、文明のなかで「堕胎に反対している」ワタシが、納得して読んでいるなぁと、自身をみつめ不思議な気持ちでいる。別に産んだ女が自らの手で殺めているということの納得ではなく、「大きな理」が働いているのではないか、という感想に反応してしまうのだ。文明に染められ命を虚構としてか感じられないワタシの「堕胎反対」が自然の円環のなかでどれほどの真理であるのだろう?根本を疑わずにいられない。
 (一次)障害者の記述もあった。その部落のなかに障害者は一人もいないらしい。
 大きな理によって決断させられるのだろう。このことも完全にワタシの気持ちとはまったく真逆である。にもかかわらず、文明以前の未開の精霊(自然の摂理)に惹かれているという矛盾がワタシのなかで渦巻く。

 そんなヤノマミもシャーマンの精霊によって治らなかった病が治ると知ると文明に呑み込まれていった。便利さ知り求めるようになった。石斧からナイフになり銃になり、そも狩りをしなくなり精霊と森と言葉が捨てられ死んだ。予防注射がうたれ、賃金労働がされた。所詮文明のまえにおいては染まるしかない絶望へと変貌する過程だ。
 本の終わりに進むに連れ涙が滲む。哀しみの涙である。
 文明のなかでの無責任な涙だ。この涙も虚構かもしれない。
 それでもそこはかとなく悲しく感じてしまう。
 ごめんなさい、、、もう既に何に謝っているのかわからない。

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コメント(8件)

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ご紹介の本、読みます。

gon
2017/01/23 19:17
『ヤマノミ』も面白そうですね。

また手前味噌でゴメンナサイなんですが(^_^;)
文章は意見していて、ある本の記述を思い出しました。

NHKスペシャルで放送した『ヒューマン〜なぜヒトは人間になれたのか』の書籍版での、チンパンジーについての記述。僕の過去記事で、一部引用してあります。
http://gushou.blog51.fc2.com/blog-entry-664.html

チンパンジーは、希望を識らないかわりに絶望も識らなかった。
ピダハンも、おそらくそうでしょう。
ヤマノミは、どうなんでしょうね?
愚慫
2017/01/24 07:38
>gonさん
ワタシはよい本だと思いました。
毒多
2017/01/24 08:19
愚慫さん
文中一箇所誤植がありました。すみません。
「ヤマノミ」でなく「ヤノマミ」です^^;
毒多
2017/01/24 08:21
ピダハンに比べるとヤノマミのほうがかなり文明人に近いような気がします。
ピダハンになく、文明のなかにあるものが多くありました。シャーマンがいたり儀式があったり(構図としてはキリスト教と同じ、ただだ文明のなかの牧師や神主や坊主に経済でなく本当に精霊が見えているかは疑問ですが、、)、近かったからこそ「文明」に染められやすかったのかもしれません。ピダハンの頑として拒否した本能とは違います。虚構ではなく現実ですね。だからワタシにとってはピダハンのほうが衝撃が大きかった。
チンパンジーとりあえず引用の部分だけ読んできました。(エントリー全体は後ほどゆっくり読みます。当時のワタシには読み取れなかったことが書いてある気がします)。ピダハンにも「今目の前にあるものをしっかり記憶できる・・・美しい世界(今)を生きている」能力がある。と思います。

この本を送るといいましたが、まだ先になりそうです。単独で送るほどの価格の本じゃないし、、、、ちょっと思案しています^^
毒多
2017/01/24 08:41
僕もずっと、「ヤマノミ」だと思っていました(^_^;)
愚慫
2017/01/24 08:42
ご紹介の本は、近所の図書館にあるみたい。
なので、ご心配なく。
愚慫
2017/01/24 09:19
>ヤマノミ

なんとなく日本語で意味をもつで山とか呑みとかとかと読みたがるのかな?
ワタシも最初にヤマノミと読んでしまったので、いまだにPCの候補にヤマノミがでてきます、爆。
ヤノマミ・・・、イントネーションを変えると日本人の女性の名前のようですね、(オヤジギャグ)

>図書館で借りる、、了解です。是非是非読んでみてください。マスコミ臭さには目を瞑ってネ、笑
毒多
2017/01/24 09:43

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