毒多の戯れ言

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zoom RSS 汚くてズルくて醜い、底辺のゴミクズども、それこそがワレワレ人間だぁ!!

<<   作成日時 : 2014/05/31 09:26   >>

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 ここのとこノリでエントリーを乱打したけど、すぐに頭打ちになることは最初から解っていた。以前のように現実社会のまっただなかで、正義を振りかざすことができればネタはつきない。コッカやらアベシやらサンケーやらアサヒ、サヨっちからウヨピーなど、際限なくネタを提供してくれる。くだらない他人のつぶやきなど集めなくても、ネタの転がし方なぞいくらでも思いつく、こんな転がし方面白いでしょ、で楽しいブログ運営は終わりを知らなかっただろう。でも、それがツマラナイくなり、虚しくなった。ホントのことだけを追求しはじめると・・・。
 それでも思索はできる。それでエントリーもできる、でもどこか空疎である。だって似非思索家なんだもの。思索し、現実社会の根幹に「抗い」「生きている」ならばまだしも、否定したい虚構に腰掛け、腰掛けたまま、たいした「抵抗」をすることもなく、ただ思索のみをする、流行り言葉の「アタマデッカチ」そのものを地で行っていることを棚上げし、俯瞰などと「自己批判」などしてみても、それが「生きる」に実践されなければ、屁のたしにもならない。
 まさに「ゆとりの国の王子」とはワタシのことなのである。(と、自己批判するふりももうやめよう、がははははは、)、といったとこで、リーガル・ハイネタ第二弾ですよん。今回、いい動画がなかったので、これで我慢してちょ。




 ああ、ああ、古美門君、言ってくれるわ。

 汚くて、ズルくて、醜い、底辺のゴミクズども、それこそがワレワレ人間だぁ。・・・それを導こうとする、、醜いね・・・自分の理想の実現のために人を騙し、たらしこめ、操る、自分の賢さに自惚れ、他人のためにつくす自分が大好きで、おかす危険に酔いしれる、、、みんなを幸せにしたい、みんなをwin-winにしたい、それも君個人の欲望だぁ、みなから感謝され、あがみ奉られ、、、、ただ、君がやっていることは、win-winではない、小さなloserをたくさん造り、君一人がwinnerになることだぁ、、、


 完全に活動時代のワタシだぁ!!!
 そして、純粋サヨっちブログ時代のワタシだぁあああ!!!

 いいか、君の本性を教えてやるからよく聞け、君は他人を見下し、独善的で、いい男ぶった、薄ら笑いが気持ち悪い、英語もまったくできなくて、テニスもギターもそれほど上手くない、デタラメな造語をつくり、日本語もたいして書けやしない。短足、胴長、痛風、アホ嫌い、ちゅうか、ほとんどの他者を見下し、何か思索をしているだけをしていて何も行動することもなく、ただ、浮世に流されるままに好き勝手に生活し、金に振り回され、自然破壊に加担し、精神崩壊婆を切り捨てることも出来ずに、感謝やらの言葉だけでごまかしている、、、、それが、毒多だぁ!!!、バアかぁ〜!!!

ぎゃぁあああああああ、

わかっている、わかっているんだぁああああ!!!!!

などと涙して鏡をみるほど、純粋でも純情でもないんだけどね。
まぁね、ただね自覚しつつも抗って生きていかないとね、と、ただ思索するだけでもどこか、いつか訪れる肝心なとこ、崩壊した社会では役にたつと信じていこう、ニヤっ。

おっと、最後の台詞は書いておかないとね。


方法はひとつだ、醜さを愛せ!!




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タイトル (本文) ブログ名/日時
蹴飛ばす「機」と 見抜く目
ブログ仲間のところのコメント欄で、ちょっと面白い話になりました。 それは、自覚がある・ないに関わらず 自分自身が作った「檻」に閉じこもっている者、 あるいは、その人の対 ... ...続きを見る
光るナス
2014/06/04 23:12

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コメント(61件)

内 容 ニックネーム/日時
>メゾフォルテさん

毒多さんが言ってるのは「醜さを受け入れろ」ということでしょうね。

受け入れたその先が自己憐憫じゃどうにもなりませんが。

>毒多さん

美醜の領域で実存を語るのは如何なものか、と私は考えます。
ナチの退廃芸術展を思い出しますよ。

ナチは表現主義・シュルレアリスム・構成主義なんかを退廃的で醜悪であると断じて弾圧したのみならず、ギリシャ・ローマ時代の美術を至高としてこれを模倣した作品の展覧会を催したんですが、こんにち私が観て気持ち悪いなあと思うのは、奇怪な表現主義の作品よりも、見た目は整っている「ギリシャ・ローマ時代の美意識を再現した」作品なんですね。
後者は理想と内実が乖離していて、観ていてひどく卑しい気分になる。ではその作品は醜いのかというと、整っているという意味での美しさはあるんです。美しいんだけれども、居心地が悪い美しさなんですね。

美醜に関する意識は、往々にして人を欺くことがある。

率直に言って、人間は自分で思っているほど大した動物ではない、自己を過大評価し特別視しがちな、他者と調和するのがとても苦手な、わりと出来の悪い動物。
碌でもない勘違い野郎。もちろんこれは私のことでもある。
まあ、その程度の認識でいいんじゃないですかね。

あと、ご紹介のリーガルハイの動画、観ましたが、これってモロ人格啓発(開発)セミナーですね。鶴見済によると人格開発開発セミナーはよく「効く」らしいですが、あまりよく効くのも考え物ですよ。当然副作用もあるし。
平行連晶
2014/05/31 14:15
「私(たち)は醜い」が、「本当はどこかにいるはずの美しい私(たち)」をこっそり裡に隠したものだったり、「こんなにも醜い私(たち)を神様は特別に造り、私(たち)を憐れみ泣いてくださる」だったり、「私(たち)はどうせ醜いのだから、この際徹底的に醜くなってやる」であったりすると、そこでもう終わってしまいますよね。

「醜」という言葉には、人間を甘い堕落への耽溺に導くような優しい響きが感じられます。これは私独特の語感かも知れませんが。ロマンチシズムが含まれているように感じます。汚い、とかも同じです。

私はもっと冷徹な、逃げ場のない言葉の鉤爪・杭で人間をピン止めしたい。けれども何かうまい言葉が見つからないので、「色々だらしのない、欠陥だらけだが気位だけは高い傍迷惑な動物」くらいに捉えています。

理想・理想と謳えば謳うほど実寸の己が置き去りになっていく…というのは、以前も書いた通りです。
欠陥だらけなりに、少しずつ身の回りから工夫していくくらいしかないのかも知れません。
神から忘れ去られた「ぱっとしない失敗作」なりの処世術、です。
平行連晶
2014/05/31 14:55
蛇足も蛇足ながら、過去のエントリですぺーすのいどさんの「人間は弱い」に私が異論を唱えたのも、「弱い」に自己憐憫のトーンを感じるからです。もちろんすぺーすのいどさんが自己憐憫を含意した「弱い」という言葉遣いをしたとは全く思っていません。私の感覚の問題。

言葉を使う個々人の認知バイアスが、そのまま当人が言葉を受容する際のズレとなって顕れるということかな。
これは毒多さんの話したいこととは違うのでしょうね。

さりながら、「醜い」「汚い」或いは「弱い」という捉えの先に私は何を見据えるのか、という自問がないと、それら「醜い」「汚い」「弱い」と定義することの意味が何も無くなるだろうなぁと思います。

センチメンタリズム(先刻コメントした「ロマンチシズム」よりはこちらの方が適切かも)に堕することは避けたいところです。
平行連晶
2014/05/31 16:46
醜女の深情け
あるいは、われ鍋にとじ蓋
というのは発想の転換を要求しているとも考えられますね。

自己憐憫とか自虐っていう方向は解決にはならないと思うんです。
婆のひきこもりが望ましい、という結論ありきなら
別ですが。
メゾフォルテ
2014/05/31 17:19
>婆のひきこもり

メゾフォルテさんは全然ひきこもっていないでしょうが。少なくともネット上では。
特殊な思い込みや念…は当面様子見としても、短慮かつ一人合点で細切れの結論を乱打するところは、もう少し自省しても良いんじゃないですかね。

>問題発言

私は常に問題発言を心がけているんで、いいんですよ。
大体、肩凝り・腰痛・難産なんてのは人体の骨格の構造そのものに由来しているんです。
ナマケモノやクマは肩凝りしないですから。
ナマケモノが人間並みの知能と、人間並みに精密に動く手を持っていたら、ヒトよりもずっとずっと遠くまで行ける動物になっていたかもしれませんよ。
平行連晶
2014/05/31 18:32
www.youtube.com/watch?v=VACbH_S5ZFo

↑まあナマケモノの動画でも眺めながら、人間の「醜さ」についてのんびり思いを馳せてみてくださいよ。
平行連晶
2014/05/31 18:49



平行連晶さん、おはようございます。

「醜さを愛せ」というのは、古美門君の台詞で、ワタシがいいたいことかどうかはワンクッション入れたいところです。
リーガル・ハイをネタ元にするのは、ネタとして面白いと感じるといいうことで(ドラマとしては面白いのですが)、必ずしも共感するということではありません。美・醜なんてワタシが気付かなかったコメントを頂くことを期待してエントリーしています。

ワタシが無意識のうちに設定していたのは、たとえば「B層」なんて使う人です。まさに羽生君(泣き崩れる、ゆとりの国の王子)の態度がそれです。まさにB層を導こうと見下し、独善ぶった、薄ら笑いが気持ち悪い(・・・やめとこ)、、。
「B層」の思考停止、頼りきっているくせに文句ばかり、長い物にまかれ、ヒガミ根性まるだし、ってのは「醜い」になるのか? そこを指しているなら、醜さを愛せでもいいのですが、一方で、「B層」が醜いわけでなく、羽生君の見下す態度が醜いととれる。その醜さを愛せとなると、古美門君の論理破綻しているような気もします。

毒多
2014/06/01 07:52
ご指摘の「醜さ」ですが、ワタシは全くそこに意識してませんでした。人間の本性みたいなことの総称的にとらえていました。ただ、無意識のうちに、その単語を受け入れていたのかもしれません。確かに「醜さ」というのは「美しさ」との対比のうえに在る立つことばで、「醜さ」がデフォ、すべてが「醜さ」ならば、「醜さ」に本来の意味はありませんね。
やはり、実存、在り方にも「醜さ」「美しさ」のような価値を知らぬうちに規定していた、とういことかな。気付かなかった。
「醜さ」「弱さ」は自己憐憫ということではなく、ワタシの場合は、それを認め、受け入れている自分に酔いしれている、といったところでしょう。ワタシは通常否定される「醜さ」「弱さ」を受け入れているんだぜ、ちょっとカッコいいだろ、という自己陶酔にほかならず、まぁ、そのあたりも古美門君の指摘の範疇にはいりそうです。それも含めて「人間」として、「人間」そのものを受け入れろ、、、ってのも、無理がありそう、でもだうなんだろう?ってことも考えさせられます。>婆。

ところで、>人格開発セミナー、ってのを受けたことがないのですが、何を目的にしていて、ドラマのどんな部分が似ているのでしょう?
毒多
2014/06/01 07:53
>毒多さん

人格啓発セミナー云々の話は、繰り返しますが「ご紹介のリーガルハイの動画」(シークエンス)についてのみの印象です。
人格啓発セミナーについて極力手短に書くと、例えば隔離された環境の中で合宿を行い、受講者数人が堺雅人さんの役をやり、一人の受講者(岡田将生さんに当たる)を徹底的に罵倒し人格を全否定して、精神的な破たんに追い込むんです。岡田さんポジションの受講者が先進的にパンクしたら「良い顔になったじゃありませんか〜」と、次はセミナーの趣旨に則ったモチベーションであったり、あるべき自己像を埋め込んでいくんです。
こういうカリキュラムを受講者同士でクリアして行く。
特に、上記の前段部分と「動画」がとても類似しているなと。

セミナーが修了すると、一時的にだけれど自己像やものの考え方が激変すると言われます。次は新たな自己像を固定するために、修了者にエンロールというものをさせる。セミナーに周囲の人間を勧誘する作業で、獲得されたモチベーションを維持するための実践行為です。この実践が新規顧客の獲得に繋がる。

これは20年以上前の話で、今はもっと進化しているかもね。私の児童期の遊び仲間が、就職してからこれに参加したんですよ。

私? 受講なんてしないですよ。怖いもの。私は催眠術とかに極めてかかりやすいんで。オカルト体質というかある種の脳の癖がある人は、あっという間に「開発」されるんじゃないかな。
全然手短にならなかったですね。
平行連晶
2014/06/02 01:18
訂正。
>先進的にパンク→精神的にパンク

>メゾフォルテさん

ナマケモノの動画については、完全に読み違えてますよ。ナマケモノとネコ、遥かに攻撃力に優れるのはネコの方です。動画のミユビナマケモノには、攻撃力などまるでありません。基礎代謝も低く、瞬発力にも乏しい。
極めて小食な草食動物です。
それを念頭に置いて、再度動画をご覧になれば印象は180度変わりませんかね。

神をどう捉えるかについては、ここで縷々コメントすることではないので、止めておきます。
ただし「神をどう捉えるか」は究極的には個々人の脳の特性=差異に従うものと思います。「宗教」はまた別の問題。

本エントリのメゾフォルテさんのコメントは、私にとってはなかなか面白いなあ。本来は、聡明で柔軟な感受性を持った女性だったんだろうな。
たとえ今は、自家製の檻の中にいるとしても。
平行連晶
2014/06/02 01:37
昨日、馬の移動をやったんですね。放牧区の移動。仔馬2を含む計6頭。

放牧は“電牧”というもので区切ります。針金を引き回して、数千ボルトの微弱電流が2秒おきくらいに流れる仕組み。接触すると衝撃があって、馬が出なくなる。

移動の際には、もちろん電牧は電源を切る。もしくは一部を撤去する。そして別の電牧で囲った放牧地へ連れて行くわけです。

で。

昨日の馬たちなんですが、なかなか電牧の外へ出ようとしませんでした。電牧を撤去しても、針金が張ってあった場所をなかなか踏み越えることができない。自分で“檻”を作ってしまっているんですね。

けどね、電牧がなくなった、外に出られるということを馬たちは理解していないわけではないではないんですよ。わかっている。わかっているから、囲いの外に青々と茂っている草を食べたい。先に外に出てしまった他の馬のところへ行きたい。なので、焦って、うろうろするわけです。そういう仕草は、特に仔馬など可愛らしいものです。

けど、見方によっては醜悪に見えなくもない。
愚樵
2014/06/02 05:00
醜悪に見えても可笑しくない振る舞いが、可愛くみえる理由は、2つあります。

1.感情的理由
 もともと可愛いと感じている。

2.理性的理由
 振る舞いの理由を理解している。


さて、それで本題の「醜さを愛せ!!」という標語なんですけど。私は醜悪に感じます。
というのも、この標語は、1.を求めているように思われるから。
可愛い感じるかどうかは、感覚的個性的な問題です。可愛い、美しいと感じることは、確かに良きことではある。けれど、だからといって、醜いと感じることが悪いことだというわけでもない。醜いと感じる能力は、個体が生存して行くに当たって重要な能力ですから。

「醜さを愛せ!!」は、その能力を捨てなさいと要求しています。この要求は醜悪です。大きなハードルを無理に飛び越えさせようとしている。人間はそういった要求に従ったフリをするという醜悪な芸当が得意ですが、この要求は、人間の醜悪な芸当を引き出してしまう。醜悪な芸当を引き出す要求が美しいはずがありません。

醜さを愛したいのであるなら、急がば回れ。2.の道を進むのがいいと思います。

醜いことにも理由がある。
その理解が愛への第一歩。

もっとも、その理解を憎悪の理由に使うことも出来ますが、理解を憎悪に用いるのは、自身の醜悪さを晒すだけ。

理解を愛への第一歩とする姿勢が、愛というものでしょう。
ここにおいて、隣人愛と自愛とが繋がります。
愚樵
2014/06/02 05:23
平行連晶さん

>人格啓発セミナー

うぎゃぁああああ、、、そういえば思い出しました。そうしたセミナーに勧誘させられたことがありました。
いい(B層の)先輩だったのに、何かに急き立てられているような態度で、相当しつこく勧誘してきました。当時、ねずみ講も流行っていたことや、その人の豹変ぶりに周囲の皆と「なんか宗教っぽいねぇ」と話していて、行くことはなかったのです。(ちなみにその先輩は、統一原理が売り歩いていた「北の珍味」に、なんか毒が入っているの?いないなら問題ないじゃん、と言っていた人です。)
主催者というか元締めの目的は荒稼ぎのエンロールであったとしても、セミナーそのものは別に考えてもよさそうですね。何か「洗脳」っぽい恐ろし手法を感じる。もちろん、同様の手法っぽいシーケンスをネタとしてピックアップするワタシも相当ヤバイ。洗脳させる側、洗脳させられる側のどちらの要素もある。また、そこ利用し狙ったネタのような感じもする。どこかヤバさを直感していて、ヤバさを楽しんでいるのかもしれないけど、いずれにしろ冷静な判断のできるコメンテーターを信用している、ということでしょう。
毒多
2014/06/02 09:10
セミナーが修了すると、「一時的」に激変する人格とは、どういう風なんだろう? エンロールに利用されるのと違う部分は、その人には見えなかった。おそらく、愚樵さんが論じる手順、つまり回り道が必要なのに、一気に変えようとする。つまり、プロセスを捨てて、醜悪な芸当を開花させなさい、、に繋がるような気がします。
一気に変わるものに持続性はなく、「一時的」に激変するということになるのでしょうか? その「一時的」から目が醒めたとき、どうなるのだろう? 残念ながら、その先輩のその頃を最後に会うことがなくなってしまいました。

その先輩の二度目の激しいエンロールのときに、その倍の勢いで青カン話をまくし立てたら、「いい話がきけた」と言っていました。ちなみに、以前の先輩は一般的なホームレスの受け止め方(怠け者の敗者)をしている人で、青カン話など、まともに聴く人ではありませんでした。
毒多
2014/06/02 09:10
愚樵さん

エントリーでは、「醜さを愛せ」が何かひっかかった。そのまま云うのは憚れる。ワンクッションをおきたかった、というのは、愚樵さんのコメントのような理由を感じていたからかもしれません。相変わらず言葉にできませんでしたが。

>要求に従ったフリをするという醜悪な芸当が得意

醜悪の二重構造に嵌まりそうですね。
「従ったフリ」というのが、ポイントかな。
意識して「従ったフリ」と、無意識のうちに「従ったフリ」がありそうです。後者が罪深いのは無意識の保身が入っていそうな点。しかもある程度、理性が高そうな人に多そうです。
これは仕掛ける方にもいえる。

>醜悪な芸当を引き出す要求

これも意識してか、無意識のうちか、さらには荒稼ぎに繋げるため、、、、というところまで考えると、、、

毒多
2014/06/02 09:10
メゾフォルテさん

>「底辺のゴミクズでも」

エントリーの動画シーケンスでは、「人間すべてが底辺でゴミクズ」と言っているように受け取れます。羽生君に対して「ようこそ人間の世界へ」と言ってますね。
すべてが「底辺」で「ゴミクズ」の場合、そこはすでに「底辺」でも「ゴミクズ」でもありません。刷り込まれることもないわけです。おそらく、「人間が底辺でゴミ」という目線は「地球」にとってでしょう。もしくは神でもいいです。
一人、地球の代弁者として、神目線で、ものを言っても、物を言っているあんたも所詮「人間」なのだよ、という、取り方もできそうです。

蛇足ですが、人間世界を基準にした場合、ある種の人間を「底辺のゴミ」とする場合があります。たとえば「ホームレス」です。ただ、これも人間世界の経済を軸と規定した場合で、サバイバル性を基準にしたときは、底辺と上辺がひっくりかえるということもあり、人間世界のなかだけでも複雑です。

毒多
2014/06/02 09:11
何らかのプロセスの結果 引き起こされる(かもしれない)現象「ex. 醜さが愛おしい」と、
「醜さを愛おしむ」ことを目的として目指すのでは、まったく違うことになってきますよね。
アキラ
2014/06/02 09:35
メゾフォルテさん

鞭で追い立てられた経験ばかりの馬は、人間を見ると鞭を持っていると思うそうです。

人間も馬も、そのあたりは対して変わりはないようで。
愚樵
2014/06/02 13:17
馬の気持ちにならなくとも、そして、いつかではなく、もうすでに、蹴飛ばしたい気持ちです。
愚樵
2014/06/02 15:49
愚樵さん

節度なく失禁垂れ流し状態なのを蹴飛ばしたら、虐待になりますよ。
(^o^)
アキラ
2014/06/02 19:31
>メゾフォルテさん

テントですか。テントだったら出入りが楽そうで、良いですね。檻よりもずっと良いと思いますよ。

>「汚くてズルくて醜い」というのは戦前に日本人のイメージとして流布されていたもの

↑みたいな、個人の息吹が感じられないコメントよりも「主人の亡くなる前の数か月の間の横顔が美しいと思った」の方が、私には遥かに好ましく感じられます。
もっともここは毒多さんの縄張りなのであって、私が良いと感じることに決定的な力があるわけではないのですけれども。

それと、戦前の日本人は
>「汚くてズルくて醜い」
というイメージについて、私は違うと思います。

戦前の日本人は、殺してはいけない人たちを殺し、虐げてはいけない人たちを虐げた。それは間違ったことだった。

これだけだと思います。単純にこれだけだと思います。
私(たち)は間違ったことを過去に戻って復原することは出来ない。
しかし、間違いに気づいたら、それを繰り返さないように努めることなら出来る。たとえ僅かでも、苦しみを減らすためにね。

「汚い」「醜い」は、間違った行いをケガレの観念に結び付けて忌避させて終いにする恐れもあれば、否定的な感情に己を漬け込んで溺れることで終いにする可能性もあります(ドウセ ミンナ ウスギタナイノサ…)。
「冷徹にピン止め」とは、己をそういう場所に逃がさないため、退路を絶つことでもあります。

だからと言って、所謂「市民運動」をする気はありません。
目の前の一人と、どう向き合うか。まずはそれをする。
平行連晶
2014/06/03 00:22
>毒多さん

わたしは、「醜い」「汚い」と実存を結びつけることは、かつて(今もかな…)「醜い」「汚い」とされた人たちの存在を容易に想起させます。
例えばハンセン病患者の方々であるとか、屎尿処理業に従事されている方々。あるいは醜業と呼ばれた仕事に就いていた方々。

「醜さを愛せ」は、毒多さんが意図するものとは明確に異なった形ではあるけれども、上記のような「醜い」「汚い」をかつてラベリングされた人たちがいたことを、そういったラベリングそのものを、看過させてしまう可能性を含みませんか?
彼らが「醜い」「汚い」とされたことは、肯定されてそれで良いのか?
私の杞憂だと思いますか?

私はこれらの言葉を実存に当て嵌めることには、抗いますよ。

さて。人格啓発セミナーの件。
受講っていうか、決まった手順を踏む急ごしらえのマインドコントロールですよね。これを受けた直後、鶴見済は鏡で己の顔を見て「目がイっている」と自著に書いていました。

受講後のシフトチェンジした精神状態は、平常の生活に帰るとだんだん元に戻っちゃうんでしょう。一生合宿して受講を続けるわけにはいかない(カルトってのは「一生合宿」のスタイルを選んでいるんですね)。
だからエンロールによって、巡航状態を保つ必要があると。彼の場合は自らを実験台とするためにセミナーに参加したので、修了したらエンロールへの誘いはバッサリ一蹴したそうですよ。
平行連晶
2014/06/03 00:53
補足です(こればっか)。

>戦前の日本人は、殺してはいけない人たちを殺し、虐げてはいけない人たちを虐げた

↑これは、殺していい人や虐げていい人がいる(いた)という意味ではないです。単に人を殺したと書けば、例えばこんにちの輪禍や薬禍などまで含みかねず、風呂敷広げ過ぎの感があるなと判断したが故、上記のように書きました。

我ながら文章が下手で困りますよ。長いし。
平行連晶
2014/06/03 01:08
>虐待になりますよ

邪気、じゃき、っと (^^)/


昨日、若い研修生を少し叱ったんですね。
そいつは、車は運転するが、マニュアル車はほとんど経験がない。免許取得の時だけ。じゃあ、いい機会だから練習しようということで運転させているが、一向にクラッチ操作が上手くならない。一週間にもなるのに、いつまでもギッコンバッコンやる。

おまえ、もうやめろよ。
やる気がないんだろ? と言ってやった。

マニュアル車のクラッチ操作はご存じの通り、ちょっとした感覚が必要です。この感覚というやつ。“その気”にならないと身につかない。

出来ないはずはない。そんなことは見ていてわかる。なのに出来ないのは、“その気”がないから。〈学習〉の〈習〉ですね。

そんなやつの運転する車に同乗する気は、もうないよ、と蹴飛ばしてやった。(^_^)

気がついてくれたようでしたが。

出来ない者を蹴飛ばしたら、それは虐待。
出来るのにその気がなくてやらない者を蹴飛ばすのは、論語の言葉で言うならば「忠」ですよ。

では、出来るのに洗脳を受けた所為で自ら檻の中に入ってしまった者を蹴飛ばすことは?
愚樵
2014/06/03 05:23
アキラさん

仰るとおりですね。垂れ流しじゃなくて、プロセスか、そのモノか、、、の方ね。
ドラマでは、

>みなが幸せになれる世界を本気で望むなら、、、醜さを愛せ

と言ってますので、プロセスとしての台詞でしょう。
解りやすいので、どうしても引用してしまいますが(どんだけ拘っているのだろう、また揶揄されそうだな、笑)、某秘書ブログのネトウヨ叩きを想起させます。ネトウヨの醜さを愛せ、とちょっと言ってやりたくなります。
この「愛せ」に広い意味を持たせることは必要でしょう。愛とは、雄大で、境がなく、深く、厳しく、寛容で、かといって甘っちょろくなく、、、一気に「愛せ」まで云うと誤解を産む可能性が高い。「認め思索しろ」ぐらいで良さそう。

一方「醜さを愛せ」そのものの追求は、キリストっぽさを感じます。人間にとっては胡散臭い、爆!!

毒多
2014/06/03 07:09
平行連晶さん

繰り返しますが、件のセンテンスは古美門君の台詞です(笑)。
本来、「醜い」と実存は無縁のもの、は同意します。
「醜い」は、例えばハンセン病患者を醜いとしたり、ホームレスを醜いとする心性の方で、羽生君の深層心理を指したものとします。
とすると、その心性が人間であり、それを愛せということは、ラベリングを許容したり看過したりする、という意味にも取れる。危険なセンテンスでもあります。「醜さを直視しろ・オノレの中の醜さも確認しろ」ぐらいのほうが誤解を産まなくてよいのかもしれません。

「愛せ」という言葉の解釈の仕方で、「醜さを愛せ」で通じることもあるかもしれません。

毒多
2014/06/03 07:09
愚樵さん

あらたなステージでの生活をきることができたようですね。ホッとしています(笑)。ご活躍を期待しています、と定型的なセンテンスじゃつまりませんね。ネタの宝庫っぽので、エントリーにコメントに期待してます、具体例から話をしてもらうと、解りやすくていいや。

ところで、マニュアル車、運転したいですぅ。昔、ダブルクラッチにヒール・アンド・トゥと、いろいろ遊んでましたぁ。って、完全に違う方向へ逝っているな。失礼。

>出来るのに洗脳を受けた所為で自ら檻の中に入ってしまった者

ドキッ!!

毒多
2014/06/03 07:10
メゾフォルテさん

私はあなたがいくら教育論を撃っても、耳を貸しませんよ。なぜなら、あなた自身が自ら【檻】の中にいる人だから。

そんな人が教育を施したって【檻】の再生産をするだけだから。上辺の教育論、それから国家論につきあうほど私はお人好しではありません。

ま、あなたも【檻】の再生産を誰かさんに施されたクチなんでしょうね。

でも、その主犯はもうお亡くなりになったんじゃないんですか? 『ヒトラーの青年時代』の著者。
愚樵
2014/06/03 07:33
毒多さん

新しい生活にもぼちぼち慣れてきました。おかげさまをもちまして。

馬、いいですよ。侮れないですよ。(^_^)
愚樵
2014/06/03 07:35
毒多さん

『リーガル・ハイ』観ました。 (^^)
(スペシャルと2はまだですが)

いや〜、期待を裏切らない展開と面白さ、サイコーです。
勧めてもらってよかった。
スペシャルも2も楽しみです。

愚樵さん

>では、出来るのに洗脳を受けた所為で自ら檻の中に入ってしまった者を蹴飛ばすことは?
<
これは簡単です。
その檻から出る気がある者を蹴飛ばすのは「忠」。
出る気がない者を蹴飛ばすのは虐待です。
(^o^)

僕の現場そのものの話みたいです。 (^^)
出る気があるかないかは、ジッと観ているしかありませんし、あとは愚樵さんのコメントのように、蹴飛ばす「機」ということがありますね。

出る気がない者についても、出る気が出てくるかもしれませんので、これも「機」待ちになりますね。
アキラ
2014/06/03 08:30
アキラさん
>出る気がない者についても、出る気が出てくるかもしれませんので、これも「機」待ちになりますね。

ここから出してくれ!とせがむクセに全く自らは出る勇気がない輩にはどうですかね?
…>_<…
すぺーすのいど
2014/06/03 12:48
>メゾフォルテさん

「夏の約束 哀しみのハプスブルク」amazonで注文しましたよ。古書なんで印税は入んないと思いますが(原稿買取だと関係ないですね)。

一緒にThe Knife In Collaboration With Mt. Sims And Planningtorock ‎“Tomorrow, In A Year”も注文。
www.discogs.com/KnifeIn-Collaboration-With-Mt-Sims-And-Planningtorock-Tomorrow-In-A-Year/release/2247172
Mt. Simsが好きでね。discogsのURLからYouTubeにリンクしてるんで、暇潰しにでも聴いてみてくださいよ。

>評価できるのではないかと思いますが

ええ。大変に評価してますよ。してますとも。
特に愚樵さんが何かイライラしているのを見ているだけでも面白くて仕方がない。金鉱掘り当てちゃいましたって感じですよ。
私はね。
平行連晶
2014/06/03 16:18
メゾフォルテさん

よかったですな、保護者が出来て。 (^^)

>こちらの記事が活性化
<
って、メゾフォルテさんがやたら書き込んでるだけじゃないですか。

>ここから出してくれ!とせがむクセに全く自らは出る勇気がない輩にはどうですかね?
<
これは「出る気がない者」ですね。
そもそも檻から出る必要はないですからね。
出なくたっていいんですよ。
出ない方がよっぽど楽チンですし。
アキラ
2014/06/03 18:26
>メゾフォルテさん

これ面白いですよ。よく書けている。的を外していません。
日本「ポエム化」現象の謎
http://toyokeizai.net/articles/-/38824

「醜さを愛せ」ってのも、まあポエムですよね。
何かを指し示しているようで、実際は何も指してはいない。
バーナム効果に類似した働きを喚起するだけですよ。
平行連晶
2014/06/03 18:37
私がイライラ?

んー、イライラするほど私にはメゾフォルテさんに価値はありませんけどね。
愚樵
2014/06/03 19:19
アキラさん

そうそう、「機」ですよね。ピッタリな言葉です。

「機」が上手く繋がれば、それは「縁」になるんでしょうね。機縁。
愚樵
2014/06/03 20:32
すみません、上記コメント、間違えました。

>ここから出してくれ!とせがむクセに全く自らは出る勇気がない輩にはどうですかね?
<
これは すぺーすのいどさんの質問でしたね。
メゾフォルテさんだとばかり思ってました。
お二方ともに、申し訳ありません。
m(_ _)m

で、すぺーすのいどさん、改めて。

「ここから出してくれ!とせがむクセに全く自らは出る勇気がない輩」、これは「出る気がない者」ですね。

で、これって設定がおかしいんです、僕から言わせると。 (^o^)
その檻を檻たらしめているのは自分なのですから、「ここから出してくれ!」と言ってる時点(依存してる時点)で、そもそも話がおかしい。

出てくりゃいいんです、出たければ。
「出してくれ」と人を当てにする時点で、「出る気がない」ってことですよね。

でも、それでも出る気がいつか出てくるかもしれませんので、もしも万が一 こちらにその者に対しての親切心があるのであれば、これもやっぱり「機」待ちになりますね。
アキラ
2014/06/03 20:50
3連投。^^;

平行連晶さん

メゾフォルテさんの著作を読んでみる気になるんですか? すごいですね〜 (^_^;)

>やはり妻が作家である夫を作品を含めてどう考えていたかという視点に興味があります。
そういう意味では、・・・を読まれることをおススメいたします。

こういうねじ曲がった文章を平気で書く人の文章を延々読むなんて、私には無理ですよ。

「そういう意味」が全く意味不明ですよね。前半、メゾフォルテさんの興味の対象が記してあって、それが「そういう意味」の一言で他人へのオススメになってしまうというのは、一体全体どういう意味なのか? 

平行連晶さんになら、説明してもらえるかな?
愚樵
2014/06/03 20:52
平行連晶さん

>ポエム化

小田嶋ちゃん相変わらず面白いなぁ。しかも最後に赤いバラを胸に当てるなんてギャグもやってくれる(笑)。
ワタシが、アベシもエグザイルも何となく嫌いなのは、ポエジーだからかな。エントリーでいけば、羽生君はポエジーだな。そこをバッサリ斬っちゃう古美門君だから、胸がすくのか? でも最後の「醜さを愛せ」ってのは指摘の通りポエム臭い。ワンクッション置きたくなるのは、そんな理由もあるのかもしれないな。


アキラさん

リーガル・ハイ面白いでしょ。裁判、弁護士と完全にシステムのなかの物語なのだけど、面白いと感じる。システムを茶化しているようにも取れるからかもしれない。、、、なんて、分析しなくてもいっか(笑)


愚樵さん

垂れ流しが気分がよくないのは共感できます。申し訳ない。
書き込みの連発といい、センテンスの短さといい、ツイッター状態です。ツイートでブログジャックという新手のテロのような感じもします。
管理者としては、じゃあ規制しようかというと、それほどでもない、という結論になってしまいます。どうなっていくのだろう?という興味も多少あったり・・・(笑)

毒多
2014/06/04 05:06
平行連晶さん

昨夜の私のコメントを眺めてみて感じましたが、私、平行連晶さんに報復してますよね。(^_^;

やっぱりイライラしてたから?
イライラする価値があるように言われたことに、苛ついたから?

まあ、なんにせよ、すみません。m(_ _)m


毒多さん

規制するかどうかは毒多さん次第ではありますが、現状、『メゾフォルテの戯れ言』ではありますよね。

帰省するか否か、オンかオフか、ではなく、適当に“間引き”されてみてはどうですか。
愚樵
2014/06/04 06:49
愚樵さん

帰省、、って、、、、早すぎでしょ(笑)

「間引く」ってのは完オフより困難です。ちゅうか面倒。ちゃんと読まないと間引くこともできません。あの連投をちゃんと読む、その苦役は重すぎます。かといって、自主性を期待できない。まあ、一度だけ警告をだしてみます、無駄なような気がしなくはないが、、、




メゾフォルテさん

本を出版されるぐらいなので、プライドをもってコメントしてください。
2014/06/02 09:48〜の10連投など、正気の沙汰とは思えません。まさか、書籍出版経験者とは思えません。
下書きはご自分の机上、ブログもしくはアタマのなかでなさって、起承転結、言葉の選択、推敲、校正、読者の感情、誤読の予想、レスの予想、予想に対する推定レス、、、はぁ、ためいき、、(自分でできてないことを他者に求めることはできないな)、、とにかく、言いたいことが、字数制限にひっかかった場合以外の無味乾燥な連投はやめてください。

毒多
2014/06/04 07:35
毒多さん

マジメですね。笑。

私なんか、メゾフォルテ=スルーが基本。
たまたま目についたら読むくらい。

スルーするようなやつは“間引き”でいいんじゃないですか?

まあ、それでも面倒ですけど、教育とか掃除とかいうのは、面倒なものです。手間暇をかけながら「機」を待つ。〈教育〉ならね。

掃除なら、いい意味でも悪い意味でも適当でいいでしょ。
愚樵
2014/06/04 07:57
メゾフォルテのメゾって
そういう含みがあるような気がしてきました。
(この辺、テキトーな展開)
かなり以前にマゾフォルテなどといわれましたが
そういう面がなきにしもあらず。
叩かれるとパワーアップ
メゾフォルテ
2014/06/04 08:01
⤴︎ こういうの、ゴミでしょ。
愚樵
2014/06/04 08:06
はい、ゴミです。
でも、それを消去するのが面倒で仕方ない。
仮に消去しはじめても、根負けすることは目に見えています。そしてやはり負けるのは悔しい(笑)
しかも、真面目なので、勝負となると真剣になってしまう。かといって負ける勝負に挑むハチのムサシにはなれない。ということで、各自でスルーもしくは、楽しむ、に決定。
毒多
2014/06/04 08:17
うん、まあ、いいですけどね。

でも、毒多さん。だんだん『ドッグウィル』のトムになってきてますよ。
愚樵
2014/06/04 08:42
で、愚樵さんがグレース?
毒多
2014/06/04 10:37
毒多さん

向こうさんの方が散らかす時間ありすぎでしょうから、お掃除は無理でしょうねぇ。
(^_^;)

ブログ主の話も全然聞いてないですしね。
完全に甘えてます。
3歳児だからしょうがないのか。。。
ま、平行連晶さんと毒多さんは望んで保護者になっちゃいましたね。
(^_^;)

愚樵さん

>「そういう意味」が全く意味不明ですよね。前半、メゾフォルテさんの興味の対象が記してあって、それが「そういう意味」の一言で他人へのオススメになってしまうというのは、一体全体どういう意味なのか?
<
これは、あれじゃないですかね。
決して自分自身の著作の売り込み目的で言っているのではないんです、って意味なんじゃないですかね? (^_^;)
アキラ
2014/06/04 10:47
毒多さん

『戯れ言』では、“逆さま”グレースが出現しています。あっちは魅力的な女性なのでああいうことになりましたが、こっちは...w

トムはみんなに甘えた。それで秩序が維持できると夢想したんですね。でも違った。だから最後に【暴力】が登場することになった。

『戯れ言』は「掃除」も放棄し【暴力】も放棄して、婆のやりたい放題になっている。これ、実は婆の主張を認めてしまっています。【暴力】を放棄したら、混乱になるじゃないか? だから...、国家が...、ってね。

この場合「掃除」というのは、“決意の現れ”です。
ガンジーでいえば、“サティアグラハ”。
これなくば、9条なんて本当に“戯れ言”でしかありません。
愚樵
2014/06/04 11:12
アキラさん

つまり、「その意味で」はエクスキューズということですか? 売り込みなのは見え見えなのに?

だとすると、「甘えている」というより「舐められている」という方が的確でしょうねぇ...
愚樵
2014/06/04 11:16
自分ちは掃除するんだ。 (^_^;)

愚樵さん

エクスキューズではなくて、本当にそう思っているのだと思いますよ。
ヒョッと「妻が作家である夫を作品を含めてどう考えていたかという視点」ということを思いついて、
(元々は作家でない他人が作品のことをどう考えるのか?みたいなことだと思いますが)
それで『ヒトラーの青年時代』も話題に出ていることだし・・ってところだと思うんです。

愚樵さんが思っているほど「意図的」ではない気が 僕はしています。
上記コメントにあるように「読んでほしいとは心から思っている」あたりから出てくる「お勧め」だったのでは?と思います。
アキラ
2014/06/04 12:15
そんな、大層なもんかよ
毒多
2014/06/04 12:40
アキラさん
((((;゚Д゚)))))))
間違えられちゃった、って事は同レベル?

いやいや、ショボい質問をした、わたしが悪いですね。

前のコメント書いた後に、なんでこんな事質問してんだろ?と思った気がしましたが、そこはそれ、リアルには質問通りのめんどくさい人はたくさん存在するので、、、まあ、ちょっと萎えてたのかな?
お手数かけて、すいませんでした。
…>_<…
すぺーすのいど
2014/06/04 12:50
すぺーすのいどさん

横からですけど、すべーすのいどさんは悪くないですよ。(^_^)


アキラさん

ええ、本当にそう思っているから、エクスキューズが無意識に漫然と出たんでしょう。意識的なら、もっとちゃんとエクスキューズするでしょ。

甘えているとか舐めているとか、そういったのは全部無意識的な行動ですよね。そして、私たちはそれを言語化し、その上認めているので、メゾフォルテさんの野放図に拍車をかけることになってしまっています。

3歳児でも馬でも、成人した大人でも、この手の“容認”は混乱の元です。これはもはや、最初期の「カオス」とは異なった状況だと私は観ます。

有り体に言えば、メゾフォルテさんの受容に失敗した、ということです。
愚樵
2014/06/04 13:51
シッシッシ!

あっちへ行きなさい。
愚樵
2014/06/04 14:04
>愚樵様
どうも論理の展開に無理があるようにお見受けいたします。文系出身でいらっしゃいますか?
<
わはははは! (^o^)
愚樵さん、  だそうです。

多分僕は、愚樵さん寄りだと思います。
ですから愚樵さんの言っていること、その通りだと思います。

でも、僕はそれでいいと思ってるんです。
ブログ主がノールールと決めたんですから。
この場は毒多さんのものです。
「混沌も混乱もよし」としてるのですから、それについては僕らがどうこう言うことではないと思います。

愚樵さんの指摘するように、「機」はすでに過ぎました。
アキラ
2014/06/04 15:12
はい。

ここは『dr.stoneflyの戯れ言』なのですから、dr.stoneflyが『メゾフォルテの戯れ言』にされようがどうしようが、それは自由です。

そしてです。『dr.stoneflyの戯れ言』もしくは『メゾフォルテの戯れ言』にどのように関わるかも、これまた各々の自由。毒多さんの認めておられるところですね。

コミュニケーションというのは生き物ですから、どんどん変容していきます。新たな人物が登場すると、それは当初は異物ですから、活力のあるコミュニティは活性化します。そういう反応が見られて、当初はとてもいいと思われたんですね。

けれど「機」を逃してしまった。異物は異物のままで従来のコミュニティと調和することはなかった。こうなると、コミュニティの活力は下がっていくことになります。

ゴミだらけで掃除もされない場には、だんだん人は寄りつかなくなるのは自然な流れだし、そういう「自然な流れ」に敏感でありたいです。
愚樵
2014/06/04 16:38
愚樵さん

まったく仰るとおりだと思います。
僕も危惧しますが、でも毒多さんの選んだ道。

今回はどこが「機」だったか、愚樵さんもお分かりなんじゃないかと思います。
あるところから、新しいフェーズに入りました。
この新たな局面がどのようになっていくかは、まったく分かりません。
が、請け負ってしまった以上、請け負った方々でケツを拭くしかないでしょうね。

僕は新しい局面に入ったところで「あ こりゃ さようならだな」と思ったのですが、どうなっていくか見てみたいので、気をとり直して居てます。
(^^)
アキラ
2014/06/04 21:28
すぺーすのいどさん

いやいやいや、完全に僕のミスです。
メゾフォルテさんの連投コメの連続として読んでしまい、彼女が僕に質問してるものとばかり思ってしまいました。
本当に申し訳ないっす。 (^_^;)

すぺーすのいどさんの質問は、実は現実の問題としては一番のポイントになることなんです。
だから、ショボいもなにも、まさに「そこ」なんですよ。

「私はここから出たいんだ」と意識では思っているのに、潜在意識的にはまったく檻から出る気がない者。
現実的にはこういう人がすごく多いんです。

本人自身は、ですから「私はここから出たいんだ」と真剣に思ってるんです。
実際にそう言うし、それでマジに悩んでいたりするし。
でも関わってみると分かりますが、こちらの関わりは やり方の問題に関わらず、まぁほぼ100%失敗します。
(^_^;)

で、その関わり合いの中から「潜在意識的にはまったく出る気がないんだ」ということが分かる。
僕がブログやFacebookでたま〜に理由は言わずに「やっちまったぁ〜」とつぶやいているときは、たいがいこれで失敗したときなんですよね。。。
重々分かっているのに、それでも3年で2回くらいはポカをやってしまいます。
それで自分がイヤになる。

こちらもいくばくかの親切心がありますから、つい「私はここから出たいんだ」に何とか手を貸してあげたいと思っちゃうんですよね。
で、親身になって失敗する。
関われば、出る気はないのだと分かる。
関わり合いとしては、結果的にお互い不幸です。
アキラ
2014/06/04 21:46
(つづき)

こういうタイプ、ありようがかなり巧妙というか、いろんな変化(へんげ)の様式があるんですよね。
でも、それはそれで先に「そういうヤツだ」ということを、こちらは見抜きたい。

というのも、なにも檻から出る必要はないのですから。
出ない方がよっぽど楽チンですし。
檻なしでいるのは、しんどいっちゃぁしんどいですし。

ですから、こういう人を「蹴飛ばす」のは結果的に虐待です。
(^o^)
そして、こちらもかなりガックリします。
アキラ
2014/06/04 21:47
アキラさん
ありがとうございます。
解かっちゃいるのですが、ホントに出口が無くて萎え氣味です。
このエントリと関連ないし極個人的なことなのでこれ以上はここで深入りすることは控えます。
すぺーすのいど
2014/06/04 22:58

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汚くてズルくて醜い、底辺のゴミクズども、それこそがワレワレ人間だぁ!! 毒多の戯れ言/BIGLOBEウェブリブログ
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