毒多の戯れ言

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zoom RSS 「国家目線」は惜しみなく奪う

<<   作成日時 : 2014/05/15 14:05   >>

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実はチョット前なんだけど、kuronekoさんとこのコメ欄へお邪魔して騒いでいたの。
国民さんというHNの人の、「サヨっちは日本批判だけして、外国(まあ中韓朝なんだけど)のことを批判しない、それは駄目だろ」っていうのに反応してしまった。
たしかにワタシにも「日本だけ批判する」傾向があったなぁ、なんて思いながら、その理由を考えて質問したりレスしたりしているうちにグレコ&ローマンさんというサヨっちな方との対話になり、結構おもしろくなった。で、対話をしているうちに国家目線・人間目線ってのワードが思いついたのね。ほんとはさ、これもう少し深めたかったのさ。でもね、初めて対話するグレコ&ローマンさんにあまりツッコんで聞いても拙いだろし、だんだん相手を責めているような感じになっていくのは目に見えていたしで、気を遣って対話を終わらせた。これ、ホントに、もうちょっと演りたかったんだよね、ということで、ちょいと長くなってしまうのだけど、koronekoさんとこのコメントを移植・編集しつつ、続きを書いてみようと思う。(@以下は、コメント者、敬称略)


18 ■無題 @国民
「中国の軍事・外交姿勢についての左派の議論は、あまり聞くべきものがないかもしれませんね。」
議論はいいから、まず批判しろよと言いたい。あなた(kuronekoさん、編者注)といい、村野瀬といい、中国や朝鮮に対する批判の鈍さは、何が原因なのか興味がある。
もし日本が、竹島に対して中国と同じ事したら、「アジアの平和を破壊する挑発行為」「戦争を招きかねない火遊び」等々連日批判するのが目に見えているのにねえ。
思想は自由だから、無理に中国・朝鮮批判しろなんていいません。ただ、自分の中にある批判を思いとどまらせようとするものがなんなのか、一度真剣に考える事はお勧めします。
(後略)


22 ■国民様に質問 @毒多
横からすみません。「国民」というHNと非常にマッチしたコメントですね。ここまでマッチすると微笑ましく感じます。

>議論はいいから、まず批判しろよと言いたい。あなたといい、村野瀬といい、中国や朝鮮に対する批判の鈍さは、何が原因なのか興味がある。

ワタシも中国や韓国朝鮮をあまり批判しないので原因を考えてみました。
ワタシのば場合は「他人の悪口を言うのはカッコ悪い」「他人よりも自分に厳しくあるべきだ」が美学、みたいなことを言われ納得したことが継続している気がします。子どもの頃からのような気がしますから、35-45年くらい前かな? これがワタシ個人の経験なのか、世代的な流行・風潮だったのかは解りません が、なんとなく世代のような気もします。kuronekoさんの頃はどうだったんでしょうね?

ワタシのような感性だと、国民さんの言う 「まず批判しろよ」という感性のほうが不思議なんですよね。メチャクチャ「カッコ悪い」気がしてしまう。しかも単に悪口ではなく、自分のことを棚に上げる 場合には、「カッコ悪い」どころではなく、「お下劣な自分」と感じてしまいます。

それで、国民さんにお聞きしたいのですが、

>まず批判しろよと言いたい

という感性は、国民さんのどういう段階で育成されたと考えますか? これ純粋に非常に興味があるんです。
是非、ご教授お願いいたします。



23 ■回答になっていればいいのですが @国民
1 共産党はきちんと批判している。
 拉致問題を最初に国会で取り上げたり、尖閣問題でも、結構きつく中国を批判した記憶がある。左でも、共産党はできている。
2 共産党以外の左で、ちゃんと批判できている人のブログを見た事が無い。
3 慰安婦問題で日本を批判し、朝鮮人慰安婦のために怒りを感じてあれこれ動くなら、当然日本人の拉致された人のためにより強い怒りを感じて、北朝鮮を批判しなければおかしい。
4 大昔の日本の侵略をいまだに批判するなら、今現実に行われている中国による、尖閣への行為に批判しないのはおかしい。
5 結局、日本やアメリカは批判するが、中国・朝鮮は批判しない・批判が抑え気味というのならおかしい。
 もし日本もアメリカも批判しないのなら、別に中国・朝鮮も批判しなくていいよ。

 共産党のように、おかしい事はどこの国が相手でも厳しく批判するならいいよ。考えは合わなくても決して軽蔑の対象にはならないから。
 村野瀬ブログなんか非常にわかりやすいが、日本・米と中国・朝鮮でまったく態度違うじゃないか。(中略)

回答になったかな?



レスには書かなかったけど、回答になっていません(笑)


25 ■国民様レスありがとうございます。@毒多
毒多です。

レスありがとうございます。
なるほど、国民さんが大切にしているのは、「平等感」ですね。
喧嘩両成敗みたいな感性が育てられたのですね。
だから、片側のみ批判している者に苛立ちを感じる。
その感性は、ワタシなんか持っている美学よりもいいものかもしれません。

それぞれの「国家」を平等に見て、平等に批判するには、「日本国民」という一国の偏った目線でなく、全体を見渡さなければなりませんが、なかなかできることではありません。国民さんのように「日本」の正義ではなく、普遍的な正義を追求することに賛同します。
村 野瀬ブログなんかの他人ができてなくても、ご自身ができていれば問題ありません。他者批判しながら平等に自己を振り返り自己批判すべきはないかを省みるな らば、その限りではありませんが・・・。その場合においても他者批判は思うだけで口に出して言わないほうが、、、あ、失礼、これはワタシの美学でした。
国民さんにおかれましては、普遍的な平等を目指し精進して下さいませ。期待しております。

ただ「平等に“批判”」だけでは、「普遍的な正義を追求」は困難かもしれませんが、、、どうなんでしょう?。
また、「日本」の「国益」だけを優先しても平等感にかける気もします。



27 ■何より自分の国だから @グレコ&ローマン
空気読まない余計な口出しを一言。

先ず批判が自分の国の在り方や政府などに向かうのは、何より自分の国のことを想うからこそだと思います。

「権門上に驕れども国を憂うる誠なく」
「財閥富を誇れども社しょくを思うの心なし」



30 ■Re:何より自分の国だから @毒多 
>グレコ&ローマンさん

多分コメントで絡むのは初めてのような気がします。はじめまして、宜しくお願いします。

>何より自分の国のことを想うから

はい、そうですね。この「想うから批判する」というのは、良くなって欲しい、良くしたい、という気持ちなんですよね。

で、国民さんは、日本だけじゃなくて、中国・韓国・朝鮮にも良くなってほしい、良くしたい、と想っているから、批判するわけですよ。
大変立派な方です。

ただ批判だけをするなんて無責任なガキっぽいことを国民さんも考えていないと思います。批判するからには、当然ですが、責任も生じてきますね。

グレコ&ローマンさんが日本を批判するにあたり、批判だけじゃなくて、責任も背負っていますよね。
同様に、国民さんは中国や韓国・朝鮮の責任も背負おうとしているわけです。
これは並大抵のことではできません。
日本人が日本に対して責任を背負うやり方は、いくつも考えられますが、日本人が国籍を超えて、外国の責任を背負うのは、凡人には無理です。

国民さんぐらいの意志をもって、批判、責任を負っていくべきなのかもしれません。


39 ■Re:Re:何より自分の国だから @グレコ&ローマン

毒多さん

初めまして。こちらこそよろしくお願いいたします。

例えば、中国で化学工場の廃液規制を求める住民運動が弾圧されたとかいう新聞記事読むと、ケシカランことだとは思うわけです。
それはやはり人間としての権利を蔑ろにしてはダメだろうとは思うわけです。
けど、現実に国家の壁がある以上どうすることも出来ないですよね。
毒多さんの言われるように責任を持つことに無理があると言えるのかも知れません。

人間は自分の身近なことほど関心を持ち責任を持ちうるのでしょうね。
自分自身や家族や仕事についての関心が一番で、それから遠ざかるほど関心も薄れて責任の取り用もなくなるのかも。

とするならば「自分の国を想うとか嘘っぱち。個人が国のことなんかに責任は負えない」というような考え方があってもおかしくはないし間違いであるとは思えないのです。

逆に、個人が「何より自分の国のことを想って」言ったりしたりすることについては、それぞれ個人の公ごとについての自由な表現と捉えればいいんじゃないのとも思うわけです。
個人の政治表現にどれほどの責任がありえるのか。
それほど堅苦しく考える必要もないのではないかと思います。



41 ■Re:Re:Re:何より自分の国だから @毒多
>グレコ&ローマンさん

おはようございます。
実はそれほど堅苦しい人間でもないつもりなんですが、国民さんのレスを書いているうちに堅くなってしまいました。
まあ、もし自国の批判がしたいなら選挙ぐらいいってもいいんじゃない、ぐらいは思いますが・・・

書くことでいろいろ思索できます。
で、自分で書いたことで、ちょっとヤバイと感じたことを自己フォローしておきます。
外国まで批判して責任をもつことを「平等派」で、大変立派と書きましたが、これは、取られようによっては非常に拙い。
国家というのは金と武力(軍事力)によってオノレの国内の治安(権力にとっての治安)を維持しているわけですが、これ、外国にまで金と武力によって「積極的平和などと虚言にて」責任を果たすなんてのは、とんでもないことで、立派でも偉くもありません。

そういう意味で書いたわけではないことを断っておきます。
・・なんか、堅いなぁ、ほんとは違うんだけどなぁ・・・



42 ■落とし穴 @グレコ&ローマン
>毒多さん

こんばんは。遅くなってしまいました。

そういう意味で書いたわけではないことを断っておきます

中東を民主化すると称して戦争仕掛けた大国のことを思い出しましたが、一方で民族紛争などで大虐殺が行われている場合に国際社会は黙って見ているしか仕方ないのだろうかとも思いました。
難しい問題ですが。

書くことでいろいろ思索できます

私も書いている内に、自分の考えの落とし穴やら不充分さが見えて来ます。

「何より自分の国だから、先ず自分の国の批判に向かう」という考え方は、圧政をひいている国の外国からの批判を嫌う為政者(自分の国の内部からの批判は圧殺出来るのだから、批判は外国からしかない)には都合のよいものかもしれません。
「そうだそうだ、他所のお節介をする暇があったら自分の国のことを考えろ」と。
そんなこと考えてると、むしろ「平等に批判」派くらいの方がいいのかなとも思うわけです。
「平等に批判」なのだから、外国のことばかり批判して自分の足場がある自国のことを批判しないなんてことないだろうし。

とまあ、いろいろ考えて揺れまくりで何が本心なのか自分でも分からない(一応)サヨッチでした。



44 ■身近な方を優先 @kuroneko

毒多さんとグレコ&ローマンさんの議論は、前から興味を持っているところにつながります。

このエントリーのコメント欄。
http://ameblo.jp/kandanoumare/entry-11803370696.html

12のコメントで、

> なぜ、日本のことを批判するのか、といえば、昔、ソ連の批判はあんまりしないで、フランスの批判ばかりするのはおかしいと言われて、サルトルが、「自分たちに一番関わる問題の方を批判するのだ」と切り返した、って子どもの頃に読んだ記憶があるんだけど、身近なものから優先、って議論は成り立つんじゃない?

と書きました。



46 ■Re:落とし穴 @毒多

>グレコ&ローマンさん

確かにいろいろ思索できますね。

>圧政をひいている国の外国からの批判を嫌う為政者(自分の国の内部からの批判は圧殺出来るのだから、批判は外国からしかない)には都合のよいもの

たしかにねぇ。外国だから責任とれないし批判しない、ってのは拙いかもしれません。となると「批判をする責任」(批判することで責任をとる)みたいな、言い方ができるのかな? なんか違和感はあるのだけど。

身近なところから批判、、、ってのは解らなくもないのだけど、正直にいえば「従軍慰安婦問題」で批判するワタシは、従軍慰安婦をまるで身近に感じてないし、 沖縄基地問題でえんえんとエントリーを挙げてきたワタシなのだけど、沖縄にも基地にまったくリアリティを感じていいない。身近なリアリティで批判すべきこ とはまるでない。だから、身近でもリアリティでもない、慰安婦問題や沖縄基地問題を批判しているのかしら?

ワタシには似非身近や、似非リアリティを、身近だとかリアリティがあるんだ、なんて欺瞞な態度はとれないんだけど、それでも批判すべきは批判しなくちゃと「形式的」には思うの、しかしさ、どうなんだろうね?、その批判もやっぱ欺瞞?  
サヨっちのグレコ&ローマンさんはどう考えますか?



49 ■Re:Re:落とし穴 @グレコ&ローマン

>毒多さん

となると「批判をする責任」(批判をすることで責任をとる)みたいな、言い方ができのかな?

個人に責任を負わすのはどうかと思いますが、例えば「チベット弾圧・中国での人権抑圧を批判する国際社会の責任」みたいな言い方は出来ると思いますが。

それでも批判すべきは批判しなくちゃと「形式的」には思うの、しかさ、どうなんだろうね?、その批判もやっぱ欺瞞?

いえ欺瞞とは全然思いません。
身近なリアリティーとしては感ぜられなくても、「借金のカタに売り飛ばされた娘たちを売買しているマーケットがあるらしい」と聞けば、「それが事実ならケシ カランことだ」と多分みんな思うわけで、それは人身売買のようなことは許されないという規範みたいな意識があるからだと思います。
規範って「形式的」ですよね。けど、その形式がない世の中は考えにくいですね。
それが欺瞞だなんてことになったら、喜ぶ人たちは大勢いるでしょうけど。

そのことと、身近なところから批判・・・とどう関係するのか矛盾ではないか?と問われるとしたら、どう答えればいいのか困りますが、取りあえずは両方ありと思うとしか言えません。

なお本題とはズレますが、「従軍慰安婦問題」は河野談話で決着済みのはず、また沖縄基地撤去はマズイというのが私の考えです。



52 ■Re:Re:Re:落とし穴 @毒多
>グレコ&ローマンさん

「自分で責任を負えなくても批判すべきは、批判する」ということに異議はありません。ここで、はいちゃんちゃん、で終わりにしていいわけですが、、、でも何となく違和感がある、、、この違和感はなんだろう?と考えてしまうわけです。

正直に言って全くリアリティがないのに、ああだ、こうだ、と言い放つのって居酒屋談義や床屋談義みたいに批判をするのは、やっぱりどうしても無責任な気がす るんですよね。ブログの議論だともう少しツッコんで、たとえば中国、日本のそれぞれの立場とか歴史とか議論しているのは解るのですが、それにしても無責任 に言い放っているような気がして「批判するのも責任だ」ってのも、なんだかねぇ、と感じてしまうんです。



53 ■つづきです @毒多

>そのことと、身近なところから批判・・・とどう関係するのか矛盾ではないか?と問われるとしたら、どう答えればいいのか困りますが

で、ワタシが思いついた「国際的な批判」と「身近リアルな批判」の違いなんです。混同するとややこしくなる。
上 記ふたつの批判には、「国家目線」と「人間目線」ってのがあると思うんですね。順番が逆になりますが、「人間目線」ってのは一人間として感覚できる目線 で、身の回りのことはもちろんのこと、「娘たちの売買」や「慰安婦の直の声」や「沖縄基地に苦しんでいる直の声」です。こうしたものを一人間の目として感 じることはできる。自分の経験に置き換えてリアルに想像でき、そして批判できる。
こうした痛みの共感ではなく、「国家目線」でいくと「国家」の損 得や賠償、イデオロギーやら情勢という目線で観ることになり、いったん「国家」を経由した目でみることになる。で、実は「国家」に身近さやリアリティなん か感じてないのに、感じさせられているような気になっている。気にさせられている。(ワタシはここを問題にしたいのですが、別のベクトルに行きそうなので ここではやめますが、、、)・・・で、これを混同した議論だと齟齬が生まれる。たとえば、

>なお本題とはズレますが、「従軍慰安婦問題」は河野談話で決着済みのはず、また沖縄基地撤去はマズイというのが私の考えです。

サ ヨっちもいろいろだなぁ、と感じましたが、それはおいておいて、こういうのは「国家目線」でしょう。でも、グレコ&ローマンさんも目の前の元従軍慰安婦の 悲惨な過去を聞いて本人が今だに苦しんでいたら、助けたい、と思いませんか? 沖縄基地で今現実に生活に苦しんでいる人の話を聞いたら、なんか拙いと感じ ませんか?

こうした「人間目線」の身近でリアルな感覚が、「国家目線」によって抹殺されるている現実が、ワタシの違和感をクリアにするヒントかもしれない、と「書きながら」考えています。



56 ■国家目線 @グレコ&ローマン
>毒多さん

私には、国家目線と人間目線と両方必要なのだとしか言えないですけどね。

目の前の元従軍慰安婦の悲惨な過去を聞いて本人がいまだに苦しんでいたら、助けたい、と思いませんか?

思います。だから、河野談話などでお詫びをして、補償としてはアジア女性基金設立ということで決着が図られたと思うのですが。

沖縄基地で今現実に生活に苦しんでいる人の話を聞いたら、なんか拙いと感じませんか?

騒音や墜落事故や米兵による事件などの報に接する度に何とかならないのかとは思いますが、その解決法として基地の撤去というのは、本土にとっても恐らく沖縄にとっても良い結果はもたらさないというのが私の考えです。

要領を得ない応答しか出来なくてすみません。



59 ■Re:国家目線 @毒多
>グレコ&ローマンさん

>要領を得ない応答しか出来なくてすみません。

いや、謝られても困ります。こちらこそすみません。
でも多分、要領を得ないとグレコ&ローマンさんが感じているなら、そこが鍵のような気もしてます(といっても、ワタシの違和感の応えの鍵なんですが、、、笑)。
とりあえず、この辺りが潮時かな、自分のなかの要領の得ないことも整理がつきそうな気がしてきました。
あとは、おいおい自分とこでやります。
お付き合い頂き、ありがとうございました。感謝。

kuronekoさん、スレ違いのやりとりを長々と許容いただき、ありがとうございました。



とまぁ、こんな感じで終わらせたのだけど、ホントはツッコミたかったんだよね。

>河野談話などでお詫びをして、補償としてはアジア女性基金設立ということで決着が図られたと思う
>基地の撤去というのは、本土にとっても恐らく沖縄にとっても良い結果はもたらさないという

こういうのが「国家目線」で、やはり人間が置いてけぼりになっているでしょ。決して「国家目線」と「人間目線」を同時に満たしているわけでなく、「国家目線」は「人間目線」を蔑ろにしているんじゃないの、と言いたいの。
慰安婦問題でいけば、韓国も国家目線で政治利用しているし、日本もそこにのってお詫びやら補償で解決を図ろうとしている。元慰安婦の人がそれでいいというならいいのだけど、きっとその「個々」の傷やトラウマは置いてけぼりに違いない。沖縄で苦しんでいる人に対しても然りだよね。助けたいという思うのならば、人間として人間に向き合うしかない。国家事情なんて知ったこっちゃない。グレコ&ローマンさんってとっても良識的な人だと思うの。で、「助けたい」の根本解決としては「人間として向き合うしかない」ぐらい解っていると思うの。でも、つい普通に国家目線で思考し、国家目線でものを言っちゃう。国家目線で語る自分に気づいてか、気付かないでか、わからないけど・・・別にグレコ&ローマンさんだけじゃなくて、ほとんどの人がそうでしょ。婆とかさ。ワタシだってそういうところがある。でもさ、これって一度は疑問に思って把握しといたほうがいいんじゃね、と感じる。
ほんと、

「国家目線」は惜しみなく「人間性」を奪う、、、だもんね。

もし元慰安婦の方も国家目線にのっとられて国家補償を望んでいるなら、その元慰安婦も人間性を奪われている。こっちのほうがもっと悲劇だな。でも、みんなその目線で語るんだから、結局いっしょだ。

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最近、自分自身のあることについて 気がつきました。 それは、実体が何だか分からないようなもの、生きた実体がないような 何か得体の知れないようなもの、そういうものについて ... ...続きを見る
光るナス
2014/05/21 10:30

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コメント(77件)

内 容 ニックネーム/日時
何を奪うのか、これは人それぞれ違う思いがあるんじゃないでしょうか。
私の場合は、青森についてとか。
あるいは戦争の賠償が今なお回りまわって日本の下層を苦しめている?と勘繰ったりしております。
メゾフォルテ
2014/05/15 17:36
このエントリーも結構なタイミングだったよな
部屋に戻りテレビをつけると安倍氏が演説をしていた。例の憲法【解釈】と集団的自衛権についてのご高説。
非常に巧いこと能書きたれる。頷くやつが目に浮かぶ。多くの人が国家目線に支配され、人間性を奪われる空気を感じる。それはオラを憂鬱にさせる。
毒多
2014/05/15 18:36
アメリカの戦争の前線に多くの日本の若者が立たされることがあってはならないと思います。
主人が時々、「負けたんだからしょうがない」といっておりましたが、負けたんだから惜しみなく奪われるということなんでしょうか
しかしまた、表面上だけで判断するのは早いのかも。うっかり煽られて煽るようなことにならないようにする必要がありますね。
毒多様
国家目線を飛ばすのはどの方面からなんでしょうか。
メゾフォルテ
2014/05/16 06:58
メゾフォルテさん、おはようございます。

>アメリカの戦争の前線に多くの日本の若者が立たされることがあってはならないと思います。

エントリーは長くなってしまいましたが、「戦争に若者を立たしてはいけない」これが単純に「人間目線」です。ただし、「アメリカの戦争に」「日本の若者」と何気なく書いてしまう、これが「国家目線」に毒されている。と言いたいわけです。知らず知らずのうちに「人間目線」が殺されている。

で、聞きますが、「日本」の戦争に「日本」の若者がたつ、のはいいのですか?

毒多
2014/05/16 08:44
昨日、偶然、安倍氏のペテン講演を聞いてしまい「ざわざわ」してきたのですが、今朝新聞を観ると結構、批判的な記事もあり、テレビの解説でもホントのことを言っている人もいました。ちょっと安心。あのペテン講演が安倍氏の意図とは逆効果になればいいのに。

毒多
2014/05/16 08:44
今回はメゾフォルテさんの「私の場合は青森を奪われた」(という意味だと思いました)に賛成ですね。

国家とか日本とか言われると、自分の感覚と肉体が届く範囲のことが、ないがしろにされるというか、置き去りにされていくように実感します。

僕は先の選挙で自民党が圧勝?した時点で、この期に及んでこの選択をする日本は終わってる・・と思いました。
で、それ以降はもう、自分の感覚と肉体が届く範囲の人たちのことだけ考えようと決めました。
あとのことは知らない・・と。

都知事選でも あの選択でしょ?
終わってますよ。。。
アキラ
2014/05/16 09:08
毒多様
日本の防衛には多くの人間が関わる必要があると思います。っていうか私はすでに防衛婆のつもりですけど。
毒多様の人間目線の定義があまりしっかりしていないと思います。

アキラ様
青森を奪われた、ではあまり正確ではないですね。
あちこちのシャッターが閉まり、デパートには申し訳程度に商品があるだけ、不況が苦しめている、
木材などの産業を奪われ、原子力産業に依存せざるを得ない状況に追い込まれた?
と帰るたびに思います。
青森が放射性廃棄物を最終的に引き受けることを認めると世界中から集まるんじゃないか、これは嫌だと主張したいと思います。

それを国家目線に毒された、っていわれてもね。
下々は国のあり方に議論するな、ということなんでしょうか?


メゾフォルテ
2014/05/16 10:51
安倍首相は、松岡、岸、佐藤といった血脈につながるヒトですので、もしかしたら戦略的にアメリカを変えようとしている?のかもしれませんね。
アメリカもきっと変わりたいのだと思います。
メゾフォルテ
2014/05/16 10:55
ま、そこまでいかなくても
日本が平和について議論が高まるのは大いに結構なことではありませんか?
あ、思いっきり国家目線になってしまいました。
メゾフォルテ
2014/05/16 10:57
ここぞとばかり、戦争容認派らしい方たちが弁舌をふるっていますが、矛盾だらけのように思います。
アメリカもそれと組むのかと思うと辟易するんじゃないでしょうか?
メゾフォルテ
2014/05/16 11:04
どの国も大きな不合理を抱えていて、しかし戦争でそれを変えていく、というのは現代ではあまりにもリスクが大きいのだと思います。
協力して知恵を絞って変えていくしかないのではありませんか?
メゾフォルテ
2014/05/16 11:07
毒多さんの言わんとしていること(人間目線)は、メゾフォルテさんがハッキリしていないと難癖をつけていますが、これは本質的にハッキリさせることができないものです。

ハッキリさせることが出来ないものを何とか表現しようとする営為。毒多さんはこれを“思索
”という言葉にしています。

で。

内田樹さんが最新の『半分あきらめて生きる』という記事のなかで、“人間性の最後の砦”として立ち上がる4つの「制度」を挙げています。

1.そこに暮らす人々の争いを鎮めるための司法の場
2.傷つき病んだ人を受け容れるための医療の場
3.子供たちを成熟に導くための教育の場
4.死者を悼み、神の加護と慈悲を祈るための霊的な場

この文章は明確に、しかし注意深く構成されています。これを読み解けば、「国家目線vs人間目線」の差異が、少しはハッキリするのではないかと思います。

(続く)
愚樵
2014/05/16 13:08
(続き)

1.司法の場。

争いを「鎮める」としてある。「裁く」ではないんですね。人間性の最後との砦、すなわち、人間性の最も根源的なところが、「鎮める」なんです。

2.医療の場
傷んだ人を癒やす場。傷んだ人は「荒ぶる」ことが多い。なので、「癒やす」ことでもって「鎮める」。

3.教育の場
ここでいう「成熟」とはなにか。「鎮める」能力のことです。「裁定」を下す能力のことではない。

4.霊的な場
「鎮める」ことを志向したときに、自ずと立ち上がってくるもの。「鎮める」ことのバックグラウンドを為しているといってもいい。

ここでまた愚樵のコミュニケーション論をば。

「鎮める」というのは、失敗をものともせずコミュニケーションを成功させようとする行為のこと。一方、「裁定」は、コミュニケーションの成功を放棄して失敗の責任を明瞭にすることです。

詳述しませんが、「裁定」志向が国家志向、国家目線なのは明かでしょう。その対比として、人間目線とはどういったものなのか、イメージできるのではないでしょうか?
愚樵
2014/05/16 13:24
アキラさん

>自分の感覚と肉体が届く範囲の人たちのことだけ考えようと決めました。あとのことは知らない・・と。

はい、よく解ります。そうなんですよね。
ワタシも手の届く範囲は割に平穏な感じです。青カンも相変わらず手の届くちょい先にいますが、まあ平穏です。
国家ってやつは、この平穏を脅してくるんですよね。
昨日の安倍氏も「テメエの平穏がいつまでも平穏だと思うなよ、必ずオレの国家目線(いや、戦争かな?)に引きずり込んでやる」と言っているように聞こえます。

ワタシはいまの都知事が誰だったか咄嗟に思い出せない、爆!!
ググるのはやめておきます。

毒多
2014/05/16 13:25
メゾフォルテさん

青森という故郷(人間性)が国家に尊厳を奪われた、、という感じで如何でしょうか。

それはそれとして、ワタシの質問に答えて貰ってないのですが、どうなんでしょう?

>「日本」の戦争に「日本」の若者がたつ、のはいいのですか?

この問いは、婆が「アメリカの戦争」とか「日本の若者」と言い出したので、こういうかたちで聞きましたが、そも「戦争」と規定した聴き方をしているのがオカシイんですよね。
婆が戦争に反対していることはこれまでコメで分かります。

なのにまだ、

>日本の防衛には多くの人間が関わる必要がある

とか

>戦争でそれを変えていく、というのは現代ではあまりにもリスクが大きい

という言葉がでてくる。
防衛で関わった多くの人が死ぬのは仕方ありませんか?
リスクが小さければ戦争で変えればいいのですか? 
なんだか、悲しくなります。

毒多
2014/05/16 13:27
「内田樹の研究室」
でこの記事を読ませていただきました。
しかしまた、瓦解というものを最後まで諦めないで何とか防ごうとするのは女たちかもしれない、というのが私の感想です。
メゾフォルテ
2014/05/16 13:35
毒多様
以前も書きましたように「防衛」は大きい意味です。なにも私が細腕に武器を持つわけじゃありません。歴史的には戦争で社会変革を成し遂げようとした、という見方はできると思います。
メゾフォルテ
2014/05/16 13:41
毒多様
人間目線といっても必ずしも正しいわけではなく近視眼的にならないのか、と思いますがいかがでしょうか。
毒多さんのいう国家目線の持ち主と人間目線の持ち主の配分はそれなりの意味があるのかもしれません。とくに変革期などには、と思ったりします。
メゾフォルテ
2014/05/16 13:59
愚樵さん

人間目線ってハッキリしてないかなぁ?(笑)

内田エントリー、紹介ありがとう。久々いってきましたが、内田樹いいですね。これをリーダーにいれなくちゃ。
しかしなぁ、こんな解っている人がいると思うと感涙物です。あそこは読者数も多いと思うのですがちゃんと読めている人がどれ位いるのだろう? とはいうものの、今後に及んでまだ安倍氏の演説にグダグダ言っているようでは、ワタシもダメダメなのかもしれないけど、、、、まあ、安倍氏で変わってしまう社会(日本)なんて、アキラさんじゃないけど、もう知りまへんわ、で十分なのかもしれません。

それにしても瓦解後の世界かぁ、、、ワタシはどうなんだろう?
まあ、瓦解しようが、しまいが、環境など関係なく、生き方の問題ということなんでしょうが、、、

この世的なスキルが身につくに従って、つい死んだような生き方になってしまいます。それではいけないと騒ぎだす、ざわざわもする、、でも、それは違う、、、「鎮めなければ」いけない。はい、解ります。やはりワタシにとっては思索によってになるような気がします。

毒多
2014/05/16 16:50
メゾフォルテさん

このエントリーで書いているようなことは、ここを読んでいて特にコメを頂ける皆さんはもう解っていることなんです。
それでもエントリーしたのは婆を意識してです。しかも婆が、エントリーを無視して、ずっと言っていた「防衛」やらがテーマでもいいエントリーなのです。もちろんワタシは対話する用意があるので、エントリーをしました。
とはいえ、対話をするもしないも、何を言っているか解かろうとするのも、しないのも自由といえば自由です。
でもさ、毒多様、と呼びかけられれば対話したいのかな、と思うじゃないですか。でも質問しても応えて貰えないってのはやりにくいなぁ、と感じています。

で、対話をする気があるなら、ひとつ教えてほしいのですが、

>「防衛」は大きい意味です。

大きな意味での「防衛」とは、どんな防衛なんですか?

前に言ったということですが、よく覚えていません。
もう一度お願いできますか?

質問だけでなくちゃんと応えますよ、対話ですから。

>人間目線といっても必ずしも正しいわけではなく近視眼的にならないのか、と思いますがいかがでしょうか。

ワタシの感覚では国家目線のほうが「損得」ばかりの近視眼だと感じます。国家同士が目先の利益で争い地球を壊そうとしている。人間目線とは、人間に優しくすることはつまり地球やら環境にも優しくなければならず、ずっと先を見越している気がしています。

>国家目線の持ち主と人間目線の持ち主の配分はそれなりの意味

ワタシは、全ての人間が人間目線で人間をみれることを望みます。

毒多
2014/05/16 16:50
毒多様
おそらく毒多さんと私の考えることが違っているのだと思います。
たとえば自分さえよければよい、怠惰な人間を税金で救うなんてまっぴらごめん、という人たちの目線は人間目線ではないんでしょうか?
私の考える「防衛」はそういう利己的な考え方の人たちが増えないように説得するということも含みます。収奪の口実を与えない、ということに注意が必要だと思いますので。
いっぽう婆も世話になるのを最小限にするよう努力が必要でしょうね。甘え過ぎは排除につながります。(我ながらよくいうわね)
排除すると排除されても仕方がない、になるので要注意です。(これは「蜘蛛の糸」の定理です。)
今週末はあれこれ用事がありますので、書き込みが遅れてしまうかもしれません。予めお詫びしておきたいと存じます。
メゾフォルテ
2014/05/16 19:46
上の「お詫び」には違和感あるなぁ。
「逆さ箒」の逆さま、だな。(^_^;)
愚樵
2014/05/16 21:07
毒多様(と、対話の呼びかけ)

人間視線、ハッキリしていますね。ここにコメする人たちには、今更のことですけど。

けど、今更のことでも、いろいろと言い換えてみれば新たな気づきもあるかもしれないじゃないですか。万が一、「気づき」を拒否している人にも届くかもしれない ^^;

以上、対話の呼びかけ終了。
愚樵
2014/05/16 21:22
安冨先生みたい。(^o^)
アキラ
2014/05/16 21:43
「たとえば自分さえよければよい、怠惰な人間を税金で救うなんてまっぴらごめん、という人たちの目線」

これは「人間目線」ではなくて「利己目線」なのではないでしょうかね?
アキラ
2014/05/16 21:46
なんかメゾフォルテさんのコメント読んでたら、かわいいなぁ、とおもっちゃいました。

きっと私より年配の方でしょうから失礼かとは思いますけど。

でもなんかイイ感じで、嫌いじゃないです。

ただ、やはりすこし頑なな感じですね。

もう少し柔軟に他人の話を聞いて咀嚼できると、メゾフォルテさんから見える世界も少しづつ変化してくるのでしょう。
すぺーすのいど
2014/05/16 22:37
愚樵さんの呼びかけに改めて思ったのですけど、
「たとえば自分さえよければよい、怠惰な人間を税金で救うなんてまっぴらごめん」
というのも、人間目線といえば人間目線ですね。

「青森が放射性廃棄物を最終的に引き受けることを認めると世界中から集まるんじゃないか、それは嫌だ」
というのも、人間目線ですよね。

メゾフォルテさんの不思議だなと思うところは、あれだけ具体的な事柄にこだわるわりに、「国家」とか「日本」とか「アメリカ」とかになると、途端にその具体的なところが抜けて、抽象的な物言いになるところですよね。
日本って誰? 日本って何を指して言ってるの? って。

あと、「防衛」って言いますけど、何から何を「防衛」するのが「防衛」なのでしょうね?
アキラ
2014/05/17 00:38
何から何を守るのか? 

利己目線が生じるのは「防衛」の対象となるもの、すなわち「敵」が生まれるからですよね。

怠惰な人間を税金で救うなんてまっぴらごめん

ここでは「怠惰な人間」が敵認定されています。

青森が放射性廃棄物を最終的に引き受けることを認めると...

放射性廃棄物を出す「世界」が敵認定されています。

敵を認定する利己目線の集合体が国家目線というやつです。

毒多さんが言っている人間目線は、味方認定でいこうよ、というやつです。そして、人間目線にとって敵なのは、「敵を作る行為」なんですよ。

敵はハッキリしていてわかりやすい。
逆に味方はわからない。だから思索が必要になります。
愚樵
2014/05/17 05:42
アキラ様
まず平穏な暮らしを守りたいですね。
日本を守るとは、
日本を戦争にまきこまれないようにする
日本でテロが起こらないようにする
→東アジアの安定を考える
ふつーだと思いますよ。

むしろ国家なんて・・・・、というのはアヤシイ
日本を頂戴するっていう響きあり、と感じます。

愚樵様
戦国時代同様に敵も味方もよくわかりません。
変わることも多いんじゃないでしょうか。
思索よりも観察が必要なんだと思います。

あのーバタバタしておりますので粗雑な書き込みで失礼いたします。ツッコミよろしく。
メゾフォルテ
2014/05/17 07:13
メゾフォルテさん

観察とおっしゃるのであれば、相手の言葉に注意深く耳を傾けましょうよ?

“思索”と“思考”は違います。
思考とは、言葉を操り言語体系を構築することですが、思索はそうやって言語を操る自分を自己観察でもあります。

メゾフォルテさんもそうやって観察されているんですよ? お気づきにならないんですか?
愚樵
2014/05/17 07:39
「国際的な批判」と「身近リアルの批判」をなぜ混同してはいけないのか?がいまいち分かりませんね

例えば…安倍内閣は韓国の海難事故に対し協力する用意があることを事故の初期段階で発表しましたが→これって「人間目線」ではあり得ないことですか?

その辺を掘り下げて欲しかったんだけど…
NAN
2014/05/17 08:12
メゾフォルテさん

「青森が放射性廃棄物を最終的に引き受けることを認めると世界中から集まるんじゃないか、それは嫌だ」
という、「日本」の経済的繁栄を妨げ、国際的な摩擦を助長するような利己的な考え方の人たちが増えないように説得する、ということも「防衛」に含まれるんですかね?
アキラ
2014/05/17 08:54
NANさん

人間目線/国家目線という区分けは、まずは毒多さんの恣意的なものでしかありません。現実は綺麗に区分けできるわけがありません。たた、ものごとを整理して考えるとき、そうした区分けは有効なので多様されます。

ここは、毒多さんの提示した区分けに乗っかって対話が為されているのだと私は理解しています。もっとも、その理解でないと対話に入る資格がないと毒多さんは制約しているわけではなさそうですが、実際、そうでないと対話が成立しないことは、おわかりになると思います。
愚樵
2014/05/17 11:11
>メゾフォルテさん

坂口安吾の随筆に書いてあったことですが。
先の大戦末期、本土にB-29の編隊が焼夷弾を投下する度に庶民が防空壕に逃げ込む日々が続いていました。安吾もその一人。
そんなある日、敵機の襲来がなくのんびり雑談に興じる婦人たちの一人が言ったそうです。

「空襲が無い日は、退屈ねえ」

こう漏らした婦人は、ちょっと失言したかしらといった風情だったよう。でも私は、これが人間の持つ人間臭さなんだと思いますよ。モラルだの良識だのに検閲されない個人の目線そのものじゃないですか。
平行連晶
2014/05/17 11:22
例えばハーグ条約で…

[人間目線(日本人)]子育ては母親に主導権がある
[国家目線(日本)]子育ての責任は両親にある→条約加盟?締結?する

さて…毒多さんの目線ではどちらの目線が正しい?

※今の日本人女性は違うってのは無しだよ→だったら話題にもならないわけだしw

やっぱり毒多さんは「夫婦間の問題に国が関わるなんて」って思うのかな?
日本政府の決断によって日本人の恋愛の幅が広がるように思うけど何か「奪われた」と思うのかな?

自分は「国家目線」と「人間目線」を別個に分ける理由が分からないし、そもそも特定の問題だけで使い分ける基準なんて要らないかな
NAN
2014/05/17 11:31
愚樵さん

随分前の方のコメのレスになりますが、、、

>今更のことでも、いろいろと言い換えてみれば新たな気づきもあるかもしれないじゃないですか。

はい、今それを感じています。

>毒多さんが言っている人間目線は、味方認定でいこうよ、というやつです。そして、人間目線にとって敵なのは、「敵を作る行為」なんですよ。

なるほど、いま、気付かされました。確かにそうだ。

>怠惰な人間を税金で救う・・・嫌だ
>放射性廃棄物を最終的に引き受ける・・・嫌だ

確かに「嫌だ」は人間目線です。しかも「負」の人間目線ですね。でも、「税金」「廃棄物を引き受ける」は国家目線経由です。どうも国家目線経由でいくと「損得」が生じ、それに乗じると負をうみ敵をつくる、という構図がありそうな気がします。

目の前で倒れて死にそうになっている人間が怠惰だったとしても助けたい、でいいでしょ。
放射性廃棄物で故郷が汚され目の前にいる人が被曝するのは嫌だ、だから放射性物質をだす仕組みはやめようで、いいでしょ。

国家目線の損得に引きずられる結果、敵が創りだされる。そんな国家目線は嫌だ、と考えたい。

毒多
2014/05/17 11:35
>NANさん

横からごめんなさいね。毒田さん宛なのに。

「責任」という概念がそもそも国家目線なのでは。
ですから、NANさんの設問はどちらの選択肢も「国家目線」であると私は見ます。
平行連晶
2014/05/17 11:35
NANさん

安倍さんが、純粋に遭難している人を助けるために、海難事故の救助をしたい、というのは人間目線だと思います。安倍さんという権力が「したい」というでややこしくなりますが、もし安倍さんのなかに国家的意図(損得)が働くときに国家目線になると考えます。
安倍さんが発言することで、安倍さんの意図と関係なく国家目線と認証されることは、今の世界では普通でしょう。安倍さん個人をだれもみていません。

先の安倍さんの演説は人間目線を騙った国家目線です。という意味で許しがたい、と感じたと自己分析。

毒多
2014/05/17 11:35
訂正。
>毒田さん→毒多さん

>「責任」という概念がそもそも国家目線なのでは。
→「責任」「主導権」どちらの概念もそもそも国家目線なのでは。

です。誤送信してしまいました。失礼。
平行連晶
2014/05/17 11:39
愚樵さんへ

お久しぶりです

ではこの辺で止めておきます

お元気で♪
NAN
2014/05/17 11:43
再び、愚樵さん

人間目線/国家目線という区分は、国家目線がメインでそこからしか考えられなくなると、その区分自体がチンプンカンプンで何を言っているのか解らなくなるのかもしれません。
まったく疑問に感じないことがらを、説明から入り疑問に感じてもらうのは、結構至難の業なのかもしれない、ということを実感しています。

とは別に、

もともと人間は人間目線だけだったんだろうなぁ、と思いを馳せています。「もともと」とは時代としても、個人の人間の成長としても、、、それが時代が変わり社会が変わり、個人とするなら社会の一員、国家の一員を教育され植え込まれ、、、、この辺りが愚樵さんの最近のエントリーに繋がっていくことと考えています。
それで、ワタシの言う、人間目線というのは一周まわった人間目線のことような気がしてきました。一旦国家目線を経験しなければ辿りつけない、人間目線、、、かもしれない、と。

毒多
2014/05/17 11:46
>毒多さん

その「人間目線」が上手くいかなかったから「国家目線」が導入されたのかも知れません。
今、アザー・ガットの『文明と戦争』という大著を読んでいるんですが、面白い事例がたくさん紹介されています。
以下はM.J.メギットのフィールドワークをガットが引用したもので、孫引きになってしまうのですが。

“ワラムンガ族(およびワリンガリ族)の侵入は、単に自らの領地での食糧不足から引き起こされた狩猟のための襲撃なのではなく、むしろスポーツとしての狩りと女性の拉致を兼ねた急襲だったことである。また、襲撃者は単に戦いたくてうずうずしていた。(中略)ついで、ワルビリ族の戦闘集団が報復としてワラムンガ族の土地に押し入った。もし敵の陣地の奇襲に成功し、男たちを殺すか追い払うことができると、彼らは女性を手当たり次第に連れ去った”

補足すると、ワルビリ族とは豪州本土のアボリジニで、狩猟採集民です。研究によると、彼らの人口密度は90平方キロメートル(キロメートルです)あたり1人足らずだったそうです。

私がこれに対して、特にコメントを付け足す必要はないと思います。
平行連晶
2014/05/17 12:21
目線ですから、どの立ち位置に自分を置くかってことですよね。
自分より低い位置に持ってくると「こども目線」、次に「自分自身の目線」、家族のいる人は「家族目線」、何かしら組織に所属していれば「所属組織目線」、あんまし関係かもですが、例えば「名古屋人」とか「関西人」とか「地域人目線」。
その上くらいが「国家目線」ですかね?
次は「人種目線」とかあるかな?
そして「人間目線」?「生き物目線」?「地球目線」?「太陽系目線」「銀河系目線」、、、、、

どうですかね?
こんなもんですか?

こうやって並べてみると、同じ目線でも客観目線系と主観目線系に分かれる様な気がしませんか?

組織所属系の目線は主観目線のように私は感じます。そして「国家目線」はやはり主観目線かなと。「国家」はやはり組織なんですよね。

だから「国土目線」だと、ちょっと違くなるかな?「国民目線」もそうですね。

そして「組織目線」とは「組織」の立場での目線ですから、やっぱあの「東大話法」を思い出しますね。

なんだかよくわかんないですね。
私もよくわかんないんですけど、なんとなく頭に浮かんだので。
すぺーすのいど
2014/05/17 12:32
NANさん

ハーグ条約のコメントですが、
平行連晶さんに代弁していただいた意見そのままです。
夫婦どころか、「結婚」という形式にさえ穿ってみてます。というワタシも「結婚」してますが、、、爆!!



メゾフォルテさん

平穏の暮らしを守りたい=日本を守る

なぜ、ここが直結するのか? この短絡思考を問題にしているのです。
しかも

>日本を頂戴する

どこまで婆は「日本」なんですか!!
と言っても分かってもらえませんよねぇ


平行連晶さん

やはり一周周回しての人間目線を問題にしていて、国家目線の対比としての人間目線を思索したいと思っていると解りました。


すぺーどのいどさん

発想は分かります。形而上目線はありだと感じます。が、今回はそこまで目線の細分化を思慮して提示してない自分がいます。単に「国家目線」と「人間目線」の対比で考えています。

毒多
2014/05/17 17:07
合間にちょっこっと走り読みとひとこと。
橋を叩いても渡らないタイプなので、私は平穏な暮らしを守るのは得意だと思っていたんですよね。
ところがネットで検索しているうちに、吹きこまれたかもしれなくて、これは日本がアブナイ、どーしよう、と思ったわけです。
ま、もしかしたら、煽り婆に使えると思われたかもしれないんですけどね。
けっこうネットでは、工作員が徘徊しているということも気が付きました。
これじゃ、婆でも国を意識せざるを得ないでしょ。
メゾフォルテ
2014/05/17 18:23
どくたさん
もちろんそうなんですけど、なんか停滞してる気がしたので、ちょっと俯瞰してみたらどうかな?とおもいました。
失礼。\(^o^)/
すぺーすのいど
2014/05/17 23:35
>毒多さん

初期の人間目線から移行した次の国家目線がどうだったかというと、ガットの説では、国家が管理暴力(実力)を行使することによって、人類全体の戦闘に由来する死亡率は下がったということです。
国家の内面化(国家目線の獲得)にはそれなりの利得があったからこそ、世界中の様々な国の様々な人たちに受け入れられたのでしょう。
例の『マンダレイ』の農場が、ママの一方的な支配により回っていたわけではないのは、これを描いていたと言えます。

この国家目線が成り立たなくなったのは、皮肉にも国家による管理暴力により回る世界が上手く行き過ぎたことによるのではないでしょうか。具体的にはイノベーションがもたらした資源消費の極端な増大です。

国家目線の最大の弱点は、敵を仮構することにより、成功すればするほど窮地に追い込まれるというパラドックスが隠蔽されてしまうことでしょう。
例えば信用経済の下では、信用さえ成立すれば金はいくらでも回る。しかし天然資源は信用によって増えることは決してない。いつかは膨れたカエルの腹が破裂するように、トンでしまいます。
そこに仮構された敵を持ち込むと、あれ不思議、何故か沢山の人たちは敵を打ち負かすor駆け引きするというゲームに夢中になってしまうんですね。理由は、戦うのが楽しいからではないのか。
皆で分け合って皆で笑顔より、戦略を練って、戦術を立てて、仕掛けて勝つ、分捕って支配する方が昂揚するし面白いじゃん!という志向。企業活動から政党政治に至るまで、基本はこういうゲーム性というか遊戯性に則っていると私は思います。
平行連晶
2014/05/18 01:23
でも、このゲームを続けるにはもう元手が足りないんですね。足りないのにゲーム熱だけは加速する一方だから敗者ばかりが世界に溢れていく。中には戦う前から敗者になってるのもいる。

そこで、人間目線よ再びってことでしょう。
ただし「振出しに戻る」であれば、また地獄に帰るだけです。人間目線のあり方が問われます。
目標だけは高いが、地力がまるで足りなくて画餅というのも困ります。
平行連晶
2014/05/18 01:27
>メゾフォルテさん

国防について思案したり心配することは別に構いませんが、常に国防のことばかり考えているとしたら、ちょっと病んでいると思いますよ。まあ現代人は私を含め大概程度の差はあれ病いがちなものでしょうが。

四六時中戸締りを気にしている人のことを、人は「強迫観念に囚われてますよ」というでしょう。
国防と戸締りは全く異質なものだと私は思うけれども(戸締りなるものは、基本的に侵入や盗難の危険を過少に見積もることにより成り立つから)、例の国防戸締り論を引き合いに出すと、戸締りが不安でならない人が「強迫観念に囚われている」のであれば、国防が不安でならない人もまた同様なのでは?と私は思います。
平行連晶
2014/05/18 01:51
思索に何の効能があるのか、結局何もしてないじゃないかという人もいると少なからず思います。
ま、実際に何も行動してないのは確かです。
ただ、思索にもささやかな効能はあって、例えば暴力とは何だろう?戦争とは何だろう?そんなことにつらつら思いを巡らせている最中、その人は実際に暴力を行使することも戦争をすることもなかろうということです。

世界中の人が毒多さんみたいに、人間目線と国家目線について一日つらつら思索したら、世界中からその日一日だけでも戦争はなくなるかも知れません。

私は悪意や冷笑を突き詰めた末に、こんな視点にたどり着きました。手前味噌ながら、己のネガティヴな気質をうまく使ったものだと思います。
平行連晶
2014/05/18 02:11
お早うございます。
5月の今ごろは緑が爽やかです。
平行連晶様
繰り返している通り、私は国防を広く考えております。自分さえよければよい、という考え方をやめて
子供たちの将来になる暮らし方を考えるとか、地域でさまざまな人たちとつながりを持つとか。高齢者のお知恵拝借が当面の目標です。
おかげ様でというか、自分だけの暮らしを守ろうとしていたときよりも楽しい、というのが本音です。
目障りに思われる方もあるかもしれませんが、舌戦
ならぬ書き込みの戦いでの攻防も大事ですよね。
メゾフォルテ
2014/05/18 07:05
皆様
なにせ私は狭い範囲で暮してきた人間ですので
毒多さんの指摘のように3歳児のようなところがあります。なぜ?とか何?とかお尋ねしたいことばかりなんです
国家目線、というよりも、日本の組織について
ひとりひとりは優しい人間でも、組織になると利己的集団となる?
法律の隙間をくぐることを考える?
そういうことはありませんでしょうか。
メゾフォルテ
2014/05/18 07:40
ふ〜ん、いろいろと面白いですね。

二項対立的区切りはいろいろなものを取りこぼすから害もおおいんだけど、でも、伝わりやすいという効用は捨てがたいものがあります。ということで、別の区切りを提示してみますと、

救いたい人/救われたい人

というのが出てきました。平行連晶さんの冷笑も、毒多さんの劇場(←書き間違えではありません)も、つまるところ、救われたいのだな、と感じます。私もこのカテゴリーですね。

救いたい人は、実は救われたい人です。けど、いろいろと【蓋】があると、自身が救われたいのだということに気がつかない。そして、自身を救う代償行為として、救おうとするんですね。これは本当に善意に基づく行為なんだけど、実に傲慢。世界も社会もそんなに甘くない、というか、世界の作動原理とはかけ離れているから、事態は大抵悪い方にしか傾きません。

地獄への道は善意の石で敷き詰められている

ということ。

(こうした善意をインキュベートすることが主題のアニメがありましたね。余談ですが)

(続き)
愚樵
2014/05/18 07:44
(続き)

救いたい人が実は救われたい人だとすると、先の二項対立構造は消えて、次の対立構造が見えていきます。すなわち、

救われている人/救われていない人

救われている人には、「周回する」なんて必要はありません。そういったところから、仏教的に言えば、解脱しているわけですから。

解脱している人は、荒ぶることなく鎮まっている人だということもできます。鎮まることを最優先にする人とも言えるかな。

そういう人ばかりだとそもそも戦争なんかないし、防衛も必要ない。

現実の社会は荒ぶっている人が大半なので、防衛が必要ではあります。それは致し方がない。けど、防衛が必要だからといって、荒ぶる(「ざわざわする」)必要は必ずしもありません。
愚樵
2014/05/18 07:56
>メゾフォルテさん&愚樵さん

「自分さえよければよい、という考え方をやめて」

自分が(=自分の心の形あるいは心持ちが)よくないのに、他者や天下国家をどうこうしようとするから、地獄になるんでしょうよと書こうとしたら、愚樵さんによって端的に書かれてしまいました。
平行連晶
2014/05/18 08:55
>メゾフォルテさん
>舌戦ならぬ書き込みの戦いでの攻防も大事

攻防ですか。断っておきますが、私はここでは誰に対しても攻防しているつもりは皆無ですよ。
いつでも真っ先に白旗を上げる用意がある。

現実の世界では怒りが先行して戦って、勝つこともありますが、勝つと大概気分が悪くなる。上手に負ける方が塩梅がよい。
相手をやり込めるよりも、上手に負ける方が難しいんですけどね。
平行連晶
2014/05/18 09:14
きょうはまた出かけてまいりますので書き込みが遅くなります。
鉢巻き、およびたすきをキツク締めたくなってきました。
っていうか、こうして乗せられてきたんですよね。
メゾフォルテ
2014/05/18 09:18
>メゾフォルテさん

戦うのを勧めたくはないですけど、戦うなら「キツク締め」るよりも、脱力することが大事です。
締めると、無駄な力が入って疲弊します。自在に動かなくなります。

では良い一日を。
平行連晶
2014/05/18 09:26
たしかに、既に救われている人・解脱している人は、ブログなんかで問題提起して自分を追い詰めませんよね。善ってやつは、他者に説くものではなく自分のなかに生成していくものでしょう。
他者を啓蒙するということは、地獄へ繋がる一本道。
なるほどなぁ、、、常に自戒しなくちゃ。

それにしても解脱の道は遠い。で、戯れ言もつづくことになりそうです。

メゾフォルテさん

婆にあれやこれや言うのは、婆に言っているようで自分のなかにある婆的部分に問い合わせ、確認しているとことをちょいと覚えておいてください。

それとね、三歳児と言ったのはワタシじゃありません


毒多
2014/05/18 09:40
平行連晶さん

確かに。(^o^)
「鉢巻き、およびたすきをキツク締め」て。
これでは ただ死ににいくようなもんですな。
アキラ
2014/05/18 10:08
毒多様
申し訳ありません。
私が「オバチャン喋りのリアル3歳児」とはアキラさんによるものでした。
なかなか上手な表現ですね。さずがプロだと思います。
鉢巻き・たすきにつきましては、パソコンの前に陣取るだけのハナシですのでご放念くださいますように。っていうか皆様は火消しに躍起にみせて煽っているんじゃなかろうか。(独り言)


メゾフォルテ
2014/05/18 18:51
愚樵様
いわゆる解脱にもニセモノがありうる?ということはございませんでしょうか。
現代では、複雑になっていて簡単に解脱できるとは思えないのです。
また、大昔、外部の工作として「解脱」を勧めて侵略といったことはなかったものでしょうか?
宗教に関しましても知識がまさに3歳児で誠に申し訳ありません。
メゾフォルテ
2014/05/18 19:00
>さずがプロだと思います
>皆様は火消しに躍起にみせて煽っているんじゃなかろうか。(独り言)
>外部の工作として「解脱」を勧めて侵略

国防とか日本云々よりも、こういう発言の背後にメゾフォルテさんの…何ていうか…関係念慮っぽい傾向を感じる私です。
これやってみませんか?↓
iwtmyut.web.fc2.com

私の結果は
・離反と探求の間に挟まれた自己抑うつ型
・宇宙への無限な空想発展型。極端な場合では色情狂・宗教妄想者も出るが、詩人・哲学者にも多い
・受動的で自己犠牲を伴う献身型
等々だそうです。宗教妄想者というのは、なかなか良いですね。
平行連晶
2014/05/18 21:32
「関係念慮」という術語、初めて知りました。
アキラ
2014/05/18 23:22
平行連晶様
「メゾフォルテ」と実際の私とでは少し違うのですが・・・・・実際の私がびっくりしていることを書き出すと、思う壺になりかねないというか。
関係妄想という疾患があるようですが、関係妄想に追い込む技なり工作があるようです。
自殺に追い込んだりする場合もあって罪深いのではないかと感じます。
集団のいじめ・暴力というかそういった類のものです。
メゾフォルテ
2014/05/19 06:58
私の場合、初めは息子たちが心配して病院に付き添って診察に行ったほどでした。
そこで受けた心理テストによると、意外に思ったのですが自信満々のタイプなんだそうです。
その後、あちこちに書いておりますが
義経と弁慶の関係のように、いじめとは思わずに
強力な支援だと考えを変えた結果、ますます自信満々の精神的肥満になっております
これを切り取ってお分けしたいと思うほどなんです。
メゾフォルテ
2014/05/19 07:14
迷惑な婆さんだということは誰の目にも明かなんだけど、やっと自分で明かしましたね。まあ、迷惑だという認識は出来てないけど。

dr.stoneflyのカウンセリングルームだな。笑。
愚樵
2014/05/19 07:40
僕はキライじゃないですよ。(^^)
アキラ
2014/05/19 08:01
メゾフォルテさん

>意外に思ったのですが自信満々のタイプ

ん?意外? (笑)


>平行連晶さん

>関係念慮

ワタシも初めて知りました。興味深い用語ですね。相対化の逆のような感じなのかな。

ご提示の心理テストですが、好きも嫌いも選びきれずに断念・・・ORZ

愚樵さん

>迷惑

婆は、すでに迷惑を超越して、楽しくなっています。スルーできない愚樵さんも実は結構ハマっているのでは?
もちろん、関係念慮でも、来る者拒まず去るものは追わず、、ってのはブログ方針です。
それと、ここのカウンセリングで悪化しなければいいのですが、、、、ちょい心配。

毒多
2014/05/19 08:49
私は邪気に敏感なタイプですのでね ( ̄▽ ̄)

けど、皆さんが許容するので、私は敢えて迷惑とハッキリ言っているところは大きいです。それがメゾフォルテさんの要望でもあるわけだし。

迷惑を迷惑と感じないくらい、許容度が大きくなったということですね。喜ばしいことじゃないですか。(^∇^)
愚樵
2014/05/19 12:05
実は昨日は、東京青森高校同窓会の総会があったので出かけてまいりました。
同期の人たちと歓談しつつ、同窓生をも観察。
アトラクションとして、ねぶたばやしと若い人たちによる正装をした踊りとともに画面にねぶたが映し出されるものがありました。
ねぶたの正装というのは、浴衣にたすきがけ、派手な花笠、腰巻をしたものです。
ねぶたというのは他の祭りに比べて飛びぬけてハイになるような作用があるんだとか。
国際的なレベルの芸術家を生んだ風土の秘密があるのかも。
若手研究者の講演もあったのですが、独創的な研究をしているようです。
メゾフォルテ
2014/05/19 12:07
検索してみて知ったのですが
米軍もねぶたに参加しているようなんですよ。
詳しくは「メゾフォルテからあなたへ」

集団的自衛権の定義を大幅に変える、ということもアリかもしれませんよ。
メゾフォルテ
2014/05/19 12:58
>メゾフォルテさん

ねぶたには行ったことがありませんが、下北半島の恐山には行ったことがありますよ。恐山の宿坊に泊まりました。
夕刻になると閉門して、人の気配がほとんどなくなってしまうので、無気味と言えば無気味な空間になりますね。
境内に温泉が湧いており、裸電球一つがぷらんと下がった侘しい木造の湯屋が真っ暗な中にぽつねんと建っています。
風呂場には人っ子一人いなくて…いや、気付いたら痩せた老人が一人だけ湯船に浸かっていたのですが、ふと視線を外し、再び目をやるとそこには誰もいませんでした。

私が訪れた時はシーズンオフだったのでイタコは一人二人しか残っておらず、うち一人に頼んで少年時代に夭折した従兄を呼び出してもらいました。
イタコは4mくらいはある大きな数珠をじゃらじゃらと繰りながら従兄を降ろしました。
そして私に「賽の河原で石積みをしているので、どうか供養をしてほしい」と告げました。
私はイタコに対して、ひどく腹立たしい気持ちになったことを今でも覚えています。
平行連晶
2014/05/19 22:08
メゾフォルテさんは、息子さんたちに連れられて医師の診察を受けたのですね。どんな診断がされたのか文面には明示されていませんし、私もメゾフォルテさんに特定のレッテルを貼ることはしません。

仮にメゾフォルテさんが関係念慮を抱えているとしても、私の接し方はこれまでと同じです。私自身は毒多さんのブログにお邪魔しているただのコメンターで一匹の居候以上でも以下でもない。
それでも、メゾフォルテさんが私を工作員だと思うならそれはそれで構いません。

ただ、以前メゾフォルテさんがこのブログを「居心地がいい」とコメントしていたのは覚えています。
居心地がいいということは、心のどこかで、ここにはメゾフォルテさんを痛めつけたり苛めたり嘲笑したり見下したりする人はいないらしいと気付いて、安心しているのではないかと思います。

私のことは別に信じなくても結構ですが、ご自身の感覚はある程度信じてもいいんじゃないでしょうか。

それから、たとえPCの前であっても、脱力することは大事です。決して凝り固まらず、水のように砂のように常に脱力して最も安定した形を取れば、決して如何なる力にも砕けることはないでしょう。
平行連晶
2014/05/19 22:29
平行連晶様
ネット中毒になって診察を受けたのは8年以上も前のことです。数か月薬をいただきましたが、すぐやめました。すぐ病人と認定にしないでほしいと思います。私の感覚ではこちらはプロっぽい方たちのように思いますけれど。
砕けるって書きませんよ、ふつーは。
観察の結果、チラチラと言葉の剣を見せるのがプロ仕様。
メゾフォルテ
2014/05/19 23:16
タルコフスキーの『ストーカー』なんて観たことないですかね。
弱い(=柔い)ものには生命が宿る。硬いものには生命がない(死んでいる)。うろ覚えですが、そんなセリフがあるんですよ。
メゾフォルテさんは、ご自身の心持ちが柔く脱力していて融通無碍だと思いますか。おそらく思っていないでしょうよ。その辺の、自分の心持ちあたりからゆったりと見つめてみるのも良いんじゃないですかね。
平行連晶
2014/05/19 23:46
ま、私みたいな居候のコメントは話半分に聞いておいて頂ければ、それで良いですよ。
工作員でも何でも、私は気にしないんで。
平行連晶
2014/05/19 23:48

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「国家目線」は惜しみなく奪う 毒多の戯れ言/BIGLOBEウェブリブログ
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