毒多の戯れ言

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zoom RSS 「格付けチェック」…素直でいこうよ

<<   作成日時 : 2011/01/02 10:04   >>

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 さてさて、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします
 ということで、正月のテレビといえばバカバラエティのオンパレードで嬉しい限りである(嘘)。ってかテレビで観るのはスポーツ系番組(昨日はサッカーをみたし今日も昼からはラグビーを観るつもり、、、)が主で余りバカバラエティは観ないのだけど、「格付け」って番組は面白いから毎年観ている。
 これ内容を知らない読者にはこのエントリーがナンノコッチャ解らないからちょっと説明しとくね。
 芸能界で一程度成功を納めている芸能人に、「価格」の高い商品と「価格」の安い商品を比べさせて高い商品を当てさせる、という結構イヂワルな番組なのである。例えば、一本100万円のワインと1本5000円のワインを飲み比べさせて、どちらが100万のワインかを当てさせるわけ。金持ちで、ゴージャスに金にモノを言わせたり、普段から講釈を垂れている芸能人がチョイスを間違えるのを観て喜ぶ、という若干悪趣味な番組で悪趣味なオレにとってはなんとも痛快なのだ。
 昨夜の番組では、前出100万のワインと5000円のワインの味くらべ、3台総計23億円のバイオリンと初心者練習用バイオリンの聴き比べ、100g2万の牛肉と100g1000円の牛肉、オマールエビとザリガニの食べ比べ、一流監督と素人の短編ビデオを演出の良否、5億円のファッションと26万円のファッションの高価なほうを当てる、、、なんて具合で、相変わらず梅宮辰夫と石田純一が外してばかりで、初出演の仲間由紀恵も外しっぱなしだったわけ。殆んどの芸能人が二つ以上外しているのだが、全問外すというのは相当、ククク、だ。バカにして終わってもいいんだけど、それでは戯れ言らしくないのでもう少し。

 まず提出された二つのものは「価格」の高低なんだよな。
 通常価格が高いのは、美味かったりしたり、いい音がしたり、楽しかったり、多くの者がそう感じて欲しがるもの、か、稀少性があり所有することで鼻高々になれるものなんだよな。
 たださ、美味かったりしたり、いい音に聴こえたり、楽しかったりってのも「価格が高い」ってのが先にきていることが多いわけで、「価格が高いから美味い」ってのはよくありそうだ。ここに騙されている芸能人を暴くのが面白いんだけど、良く考えてみれば、そんなもん個人の嗜好で(市場評価的に)安いほうが美味かったり、美しく聴こえたり見えたりするんだったらそれでいいじゃん、エコだしね。安いものしか買えない庶民は、買えないから買っているんだけど、出演者は多数が認めているため価格が高いものが買えるわけ。なのに番組的に間違えである安いものにより反応できるのは、すでに「金銭的価値」「多数の価値」から離脱していて個性的といえるかもしれないな。芸能人は個性的であるものなので、当てる数が多いより芸能人っぽいとも言えるかもしれない。
 と、こんな風にみる人は少数だろうなぁ。やっぱ、番組の趣旨どおりに「バカ舌」に「バカ耳」「バカ感覚」と評価をされバカにされ恥をかくから、出演を断る芸能人も多いんじゃないだろうか? いやね、そんななか出演し恥を晒し続けるつづける梅宮辰夫と石田純一は凄いな。両者とも好きではないがこれは認める。恥じゃないんだな、「これが自分である」という自信なのかもしれない。そうだ「恥を晒し続ける」の「恥」は貨幣置き換え的評価優先、自分の感覚よりも貨幣価値に感覚を併せるって感じだから気を付けないといけないかもね。
 自分にとって美味い物は美味い、自分にとっていい音は心地良い、自分にとって楽しいものは楽しい、、でいいじゃないのさ。貨幣価値じゃないし、恥でもないさ、素直でいこう。他者の評価に自分を合わせるなんてツマンナイさ。





 ちなみにオレはバイオリンを間違えた。A(23億)を聴いたとたん間違いないと思ったのだが、B(初心者用)を聞くとより深く聴こえたのだ、、、もうマーチンが欲しいなんて思わないでいこうと思う(爆)。


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下手な大議論
 元旦になにか書こうと思っても、すぐに思いつかなかったので、まとめエントリーを作ったのですが、あんまし意味なかった。過去エントリーをあさるのと、リンクを貼るという「作業」の手間がかかるんですよ。  手間をかけて過去記事を並べても、「今、どうなのか」に議論が及ば ...続きを見る
みんななかよく
2011/01/02 21:54

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コメント(17件)

内 容 ニックネーム/日時
「格付けチェック」は私も結構見ています。

>自分にとって美味い物は美味い、自分にとっていい音は心地良い、自分にとって楽しいものは楽しい、、でいいじゃないのさ。

別のエントリーで話題になった身体的な知の問題と捉えることができるかもしれません。

今の世の中では実感に基づいた直接的な経験とインターネットのような記号的で情報的な経験との間の落差が大きくなっていて、知識が頭でっかちになっているような気がしています。(自戒を込めてでもありますが…)

私には梅宮辰夫と石田純一の結果が記号的で情報的な経験に頼ってきたため、実感に基づいた直接的な経験をためされるような場では失敗しているように感じていました。(そもそも普段から何も考えていない可能性もあると思いますが…)

仮に実感に基づいた直接的な経験を重視し経験を積んだ人間ならば、自分の嗜好に違うものだとしても、その違いを見極めて問題の趣旨に合った回答をすることが可能なのではないかと思います。
毒多さんはどう思われますでしょうか?

確かに梅宮辰夫と石田純一の負けっぷりはある意味で見事だと思います。
だだ、食関連の回答でも間違い続けるのは「料理人梅宮辰夫」としては致命的な気がしますが…

因みに私はいつも「バイオリンの音当て」を間違います。(クラッシクをほとんど聞かず、もっぱらロックを聞いて育ったためかもしれませんが・・・)


ダジャレイ夫人の付人
2011/01/02 23:57
あけましておめでとうございます。
本年も懲りずにお相手の程、よろしくお願い申し上げます(自爆)

新年早々、面白いエントリーですね!
梅宮辰夫はともかく、石田純一は「色物キャラ」が定着しましたから、これでいいかと思います。
ダジャレイ夫人の付人さんが言われるように違いを見極めて問題の趣旨に合った回答をすることが可能ということであれば、わざと間違いを答えている可能性も否定できないですね。
そうであればたいしたものですが、やはりテレビ局の「仕込み」なのかな〜と思ったりもします。
しかし、一般庶民にとって超高級な食材なんて食ったことないから比較もできないんで、美味いと感じられるかも疑問です。
以前、朝岡雪路が「中華三昧」(即席ラーメン)を「中国四千年の幻の麺」?とか言われて食べたとき、「やはり、全然違うわね!」なんて言って大受けしてましたが、自分の味覚や感覚より、それに付随する「記号」に左右されるのが興味深かったです。
えちごっぺ
2011/01/03 17:18
ダジャレイ夫人の付人さん、おはようございます。

身体的な知、、、、なるほど。
エントリーを書くにあたって、すごくいろいろな要素がありそうで何を中心にするか迷ったのですが、たしかに経験、身体的な知が記号的情報に惑わされているということもありそうで、その虚を暴くのが面白いのかもしれません。しかしその記号的情報そのものが似非で捏造されたものかもしれなかったり、自分にとってまったく必要ないものが「稀少価値」という情報だけで所有欲をかきたてられたり、世間的評価とは別に食べ慣れたもの、使い慣れた物、聴き慣れたものが自分にとって最上だったりと、人ってのは全く面白いものです。

おそらく梅宮、石田、両者とも自分の嗜好が世間的(貨幣価値的)な嗜好と違っていることに気づかずに、しかも自分の嗜好よりも世間的(貨幣価値的)のほうに重きを置いている、気がしていて、その混乱に気づかないとこが面白いんだと思います。と、観ている視聴者も世間的(貨幣価値的)が重いことを前提にして観ている。もし、石田、梅宮両氏が全てを思索していてワザと間違えているとしたら、「一流の役者」でしょう。テレビを観ている方も、世間的(貨幣価値的)が重いことに踊らされている自分を感じながら観れた「一流の視聴者」かもしれません。(自分がそうだ、と言ってるわけじゃないんですけどね、笑)

>「料理人梅宮辰夫」としては致命的
なのは、大衆迎合できないということかもしれませんね。料理人として他人(多数)に食わせるにあたり美味いかどうかが問題で、個性的な味覚(少数)に対応する料理人であれば問題ありません(笑)

しかし、ほんとバイオリンの音は解かりませんね。
安もんで充分です。

毒多
2011/01/04 09:11
えちごっぺさん
明けましておめでとうございます。こちらこそよろしく。

「仕込み」、、、そこまで考えられませんでした。充分ありえますが、そう思えない。もし仕込みだったら「一流演出」だと思います(笑)

料理系の問題は、またまたいろいろ見方があるでしょうね。
ザリガニを間違えさせた料理人の心境は興味深々です。間違えさせようと思い作った料理であれば「してやったり」でしょうが、高級食材と同じように料理したのであれば「がっくし」でしょうからねぇ。若いモデル系芸人がいつも行っている店「高級チョコレート」でつくったものと、98円の板チョコでつくったものを間違えたらたときのシェフの心境を想像すると抱腹絶倒です。「バカ舌だからしょうがない」と思うか?「こういう舌に支持されているオレってなに」と思うか? 「オレいままで何をつくってきたの」と思うか? ハハハ。

朝丘雪路の例は、ワタシ自身も経験があります。
「吉牛」です。ずっと美味いと思って食い続けてきたある日、「あんなもん味の素でしょ」と言われました。次から「味の素臭くて」食べれなくなりました。

いずれにしても、ホントのことは「世間的評価」や「記号的情報」さらには「自己の固定観念」とは別のとこにあるのかもしれまんせん。ダマされないように、振り回されないように、いきたいと思ってます。

毒多
2011/01/04 09:12
おめでとうございます&TBありがとうございます。新年早々、美味しいところ満載のエントリーで、どこから食いついたものやら、迷ってしまいますが、やっぱり硬めのところへいつも通り食いつくことにします(^_^; 

>自分にとって美味い物は美味い...

ダジャレイさんご指摘の通り、これは「身体知」につながる話だと思います。んでもって、「身体知」を磨く一番の方法が「素直」だというのも、毒多さんの仰るとおりでしょう。

しかしです。“自分が楽しければいいじゃないか”は確かに「素直」です。でも、それはじぶんに「素直」なだけですよね。ここには他人への素直が抜け落ちている。

他人に「素直」になるというのは、他人が美味しいと思うもの、楽しいと思うことを「信じる」ことでしょう。自分には美味しく感じられないが、他人は美味しいと言う。ならばきっと、私の知らない美味しさがあるのだろうと「推測」する。「身体知」はこの「推測」を確かめる過程で磨かれていくものでしょう。

また、この姿勢は「対話」の姿勢でもあります。他人を信じ、その言葉の根拠を「察する」こと。言葉はすべからく不完全です。だからこそ相手を信じなければ「察する」ことはできない。信じなければ言葉の不完全さに足をとられてしまいます。

「一流」のはずの芸能人の滑稽さも、一流のはずなのに不完全が露呈してしまうところにあるのでしょう。
愚樵
2011/01/04 16:53
なんとか明けました。今年もよろしく。

美味しいとこ満載のバラエティだから面白いのかもしれません。「バカ」バラエティなどと言えない深い番組かもしれなません(笑)

>それはじぶんに「素直」なだけですよね。ここには他人への素直が抜け落ちている。

「自分に素直」が、何故「他人への素直が抜け落ちている」につながるのかわかりません? まさか自分の論を展開するために、決めつけてるんじゃないよなぁ?、、あいや、もしかして根本的に信じて貰えてないのかなぁ?。いやいや、この不信感が「自分の素直」としたら、「他者(愚樵さん)への素直」が抜け落ちていると言えなくもないな。でも、愚樵がコメントを書いている時点では、私の素直は想像でしかないはずだし、、(ぐるぐる)、、、などという不信感を持たずに、言葉の不完全さに足をとられることなく、愚樵さんを「信じて」「察して」対話していこうかな(笑)

リアルのワタシは、友人なんかの「美味しい」という紹介に乗りやすく(もちろん信じているから乗るわけで)、わざわざ食べに行ったりすることが多いので他人への素直が抜け落ちている、に何故繋がるのか分かりません。友人からの紹介だからという理由で、「美味い」とは言わずに、自分に素直な感想を言い合って共感したり感想を出し合ったりしてますよ。
毒多
2011/01/05 13:46
この番組(のエントリー)にかんしての興味は「貨幣価値」の部分でした。「貨幣価値」に不信感をいだいているという指摘であれば、納得しますが、「貨幣価値」が「他者の素直」に繋がるとは思えません。あいや、他者個々の「情」の(素直の)塊が「貨幣価値」として現れている??とか??

ワタシがTBしたのは、貴エントリーを完全に理解しないながら「貨幣(価値)」が「自」なのか「他」なのかというとこに、繋がりそうな気がしたからかもしれません。あ、もしや、貨幣価値は「他」であるべきならば、貨幣価値を信用しないということは「他」者を信用してないとなるのか、、、、うーっむ、よくわからん
毒多
2011/01/05 13:46
すいません、朝岡雪路→朝丘雪路でしたね!(恥)
麻丘めぐみは可愛かった(意味不明)
しかし、資本主義ってなんでも「貨幣価値」に換算するしちゃうんですね・・・
人命までも・・・
どうも失礼いたしました。
えちごっぺ
2011/01/06 00:01
毒多さん、おはようございます。

>「自分に素直」が、何故「他人への素直が抜け落ちている」につながるのかわかりません?

ああ、そうですね。「自分に素直」がイコール「他人への素直の欠落」になるとは限りませんね。失礼しました。

私が「欠落」を感じてしまったのは、

>しかし、ほんとバイオリンの音は解かりませんね。
>安もんで充分です。

の部分。ここだけ。ここから推測しちゃったんですね。

もちろん、バイオリンの音色の良し悪し聞き分ける必要はありません。「必要がない」という前提からいうと、「安物で十分」は論理的です。でもその論理はさらに「高価なバイオリンは必要がない」「高価なバイオリンを扱う人も必要がない」と繋がっていきます。

これらには“毒多さんにとって”という「限定」がついています。しかし、そうした「限定」がついていたとしても、「論理」が進んでいくと、だんだんとおかしくなってきますよね。「素直」から「独善」へと進む感じがします。

もっとも、毒多さんが私に感じられたのも「独善」でしょう。毒多さんは“安物で十分”と言っただけで、まだ「独善」へと論理を進めたわけではなかったのですから。

(ちなみにバイオリンの音は私にもわかりません。TVを通じては。TVの音は酷いものですよ。映像で誤魔化されて気がつきませんが。そんなもので繊細な楽器の音色がわかろうはずもありません。)
愚樵
2011/01/06 06:45
続けます。

>「貨幣価値」が「他者の素直」に繋がるとは思えません

はい。「貨幣価値」は「独善」を強化するもの、です。別の言い方をすると、“貨幣が「自」を「個」へと細分化する”となります。つまり「独善」と「個」はイコールではないですが、類似のものということです。

人間は社会的な生き物ですから、「個」ではいられません。共有する“なにか”が必要です。それを私は「自」といったんです。つまり「個」と「他」を結びつける人間の社会的な働きが「自」というわけです。「貨幣価値」も「他者への素直」も、ともに「自」の形態としてありえるものです。

「独善」は「独善」のままでは「自」たり得ません。しかし、何らかの裏付けがあれば「独善」も「自」となることができる。「貨幣価値」は、その裏付けとなるものなんですね。そして裏付けとなりえるのは、それが誰にでも理解出来るから、つまり「普遍」だから。「普遍」が「独善」を強化するんです。言い換えると「普遍」が「独善」を「自」たらしめる。

「他者への素直」は「普遍」とは言えません。むしろ「普遍」でないからこそ「自」となることができます。以上から考えられるのは、「自」には、

・「他者への素直」
・「普遍」+「独善」

のふたつがあり、「貨幣価値」の浸透が「他者への素直」を駆逐している。私のエントリーは、そういった内容でした。
愚樵
2011/01/06 07:42
もうひとつ続きます。

以上のような視点から見て、

>自分にとって美味い物は美味い、自分にとっていい音は心地良い、自分にとって楽しいものは楽しい、、でいいじゃないのさ

は、「貨幣価値」を批判するには不足しているように私には思えたんです。“自分にとって”だけでは「独善」にも「他者への素直」へも進むことが出来る。「独善」へと進んだのでは「自」となりえないから「貨幣価値」に対抗できない。「貨幣価値」に対抗しようと思えば「他者への素直」へと進んでいく必要がある。

――と、まあ、こんな具合に考えたのですね。

ただし、ここまで考えたのは「いま」です。現コメントを考えながら、考えた。前コメントの時には漠然と違和感を抱いただけでした。だもので、独善的に「他者への素直」というものをコメントしてしまったんですね。

つまり、漠然が明瞭になったのは「対話」の効用である、と言いたいわけで。。。 そういうことで、私の「独善」はお許しください(汗)
愚樵
2011/01/06 08:00
えちごっぺさん

麻丘めぐみはかわいかったが、太田裕美は還暦前の今でもかわいい!!!!、と強く訴えたい!!!!!!![ワタシにとっては永遠のアイドルです。
嘘だと思うならyoutubeでご覧あれ!!!!!(輪をかけて意味不明w)

人命の貨幣価値への換算はまた難しい問題ですね。すぐレスできる能力がありません。

毒多
2011/01/06 17:47

愚樵さん

まず愚樵さんがいう、>「他人への素直の欠落」、が、>ほんとバイオリンの音は解かりませんね。安もんで充分です。、、から来ているとは全く想像できませんでした。

ワタシが付け足しっぽく気楽に書いたつもりの「安もんで充分です」の背景には、ワタシ自身の事情(20年ほど前に始めて新しいギター(高価なオベーション)を買ったのですが音が鳴らなかった(最近やっと鳴りだしたのですが、、)。ところが最近ヤフオクで1万で買ったアコギ(tokai catseye:販売当時定価35000)が驚くほど鳴ったなかでの“コメント”で、もちろん、そんな事情は愚樵さんには解るワケもなく「言葉不足」はいろいろな憶測を呼ぶのだなぁ、と実感しています。
(蛇足ながら、やはりTVの音ってのはあるでしょうね。ワタシも自分で弾く生のギターの生音は解るわけですから)

今回の愚樵さんのコメントは貴エントリーの補足にもなっているのでしょうね。ワタシの理解として、ほぼ解りかけているような気もしますが、もう一歩という気もします。
今の社会は「貨幣(価値)」が独走していて、自分に素直も他者に素直も置いてかれているのではないか、という捉え方でいいんでしょうか? 「貨幣(価値)」が暴走的に「自」を支配している、となるのかな? そう「貨幣(価値)」は批判するものではなく、ツールとして使うものだ、ってのはありますね。使用法を間違えると共同体そのものが飲み込まれ存続の危機が訪れる。おそらく「自」がツールとして「貨幣(価値)」を支配できるなら、前エントリー都留氏の講演のような共同体も見えてくるのかな、とか、いろいろな思いが頭を過ぎります。

毒多
2011/01/06 17:47
毒多さん、こんばんは。

いや、どうも私は毒多さんに嘘をついてしまったみたいです。

>>しかし、ほんとバイオリンの音は解かりませんね。
>>安もんで充分です。

>の部分。ここだけ。ここから推測しちゃったんですね。

“ここだけ”というわけではなかったみたいです。

というのも、「マーチン」がギターを指すことは、私にもわかっていましたから。だから毒多さんの補足説明は、なんとなく察しがついていた。う〜ん、いや、これは後付かな? 説明を受けて察しが付いていたような気になっただけかな?

いずれにせよ、“自分にとって楽しい”だけでは不足、というのが私には先にあったんでしょう。バイオリンの話は、そこに嵌っただけのようです。これ、「情」の問題です(笑)

>「貨幣(価値)」は批判するものではなく、ツールとして使うものだ、ってのはありますね

あります。貨幣は、価値測定機能が働くと「切断」(「自」の細分化)として機能しますが、交換の媒体として機能する分には、むしろ「接続」(「自」の拡大)として作用もするはずなんです。

以前こちらへ、国民国家は戦争によって出来上がった、といったコメントをしたことがありますよね。同時に、日本という国は戦争以前に国として出来上がっていた。それは国民国家ではなかったかもしれないが、日本人には江戸時代からすでに日本人としての意識はあった。

この意識を作り上げたのは貨幣だろうというのが私の推論です。貨幣経済が発達して日本国中自由に交易できたことで、日本人という意識が生まれた。もしそうなら貨幣は「接続」の機能を果していたことになりますね。つまり貨幣をツールとして使いこなしていた、ということです。
愚樵
2011/01/06 19:26
愚樵さん

なんとなく解ったような気もします。取り敢えず現状の理解ってことで「毒多風」に一本いってみますね。
毒多
2011/01/07 11:11
毒多さん

なかなか仕事が忙しくてコメントできませんでした。

「パリ対決」と呼ばれるワインテイステイングがあります。
フランスワインと当時無名のカリフォルニアワインをブラインドで飲み比べるというイベントです。(1976年にアメリカ独立200年を記念してカリフォルニアワインのプロモーションとして世界一のフランスワインに胸を借りるという趣旨の企画)
審査員は三ツ星レストランのシェフ等フランス料理界を代表する面々でした。
 結果は主催者の意図を超えるものとなりました。
 まず、白ワイン10本の試飲結果が発表され一位に名だたるフランスワインを抑えカリフォルニアワイン選ばれました。
 この結果にフランスワインの守護者たる審査員たちはうろたえ、次の赤ワインでは彼らの信じるフランスワインを探して高得点を付けようとしたのです。つまり、純粋な品質評価ではなく、明らかなホームタウン・ジャッジ、自国産ワインに対するひいきがなされたわけです。
しかし、ブラインド・テイスティングだったことが、皮肉な結末を招きました。審査員たちが高得点を与えた「フランスワイン」は、フタを明けてみるとフランス産ではなく、やはり無名のカリフォルニアワインだったのです。

その後、この結果に対してフランスのナショナリズムに火が付き論争を呼びましたが、最終的にはワインの国際化にもつながったと言われています。

歴史や伝統に裏打ちされたブランド(または、それに基づく貨幣価値)と実際の味の違いの微妙な関係現れています。

今更ですが参考まで。
ダジャレイ夫人の付人
2011/01/10 20:51
こんにちは。
>審査員は三ツ星レストランのシェフ等フランス料理界を代表する面々でした。
へぇ、これは興味深いですね。
梅宮、石田両氏は間違えたとこで芸能人ですからね。かわいいもんです。フランス料理を代表するってことは致命傷かもしれない。
ん、致命傷? カリフォルニア産のウマさを素直に認めれば別に致命傷でもなかったんだろうけど、やっぱ、食う客のほうもフランス料理にはフランス産ワインというプライドというか、、、、もうナショナリズムに近くなっていくのかな?
ワタシなんかだと、米国産というだけで味覚以外の機能が働いて、低評価、というか口にもしない、ということになってますので他人のことは言えないかもしれません。

毒多
2011/01/11 11:20

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