毒多の戯れ言

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zoom RSS 「差別の効用」…(被)差別を乗り越えたとき

<<   作成日時 : 2009/11/03 16:20   >>

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 やらなければと自分に課した課題が行き詰まり前に進まずイライラしているのに、他所様ブログが挙げたエントリーが気になってしまったりしている。で、気になってるのが 「みんななかよく」の差別に関するエントリー。といっても、そのエントリーも元ネタがあったようで、ネタ元を覗いてビックリしてしまった。というのも拙宅にも遊びに来てくれる×第二迷信さんがエライことになってたもので・・・御愁傷様です。×第二迷信さんも同じコメントを「みんななかよく」にすれば、思慮深いコメントなんかがついて興味深い展開になって面白かったと思うんだけど・・・・残念でした(笑)。

 で、×第二迷信さんの指摘にちょっと思うところがあったのでエントリーを挙げることにした。(けっしてオノレの課題に息詰りから逃げるためではありません)
 ×第二迷信さんの指摘は簡単にいえば、差別利権に助長している人々もいる、という指摘(簡単すぎるか、笑)。で、たまたまこの前、ワタシに地元の同和団体を名乗る男から突然電話があり、同和問題に関する本(名簿?)を出版するにあたって、そこに名前を乗せてやるから金を出せ!!と脅されたばかりなので、妙にリアリティがあったの。電話では忙しく相手ができなかったので同和団体を偽った詐欺か、本当の同和団体だったかさえ解らないのだけど、本当の同和団体だとしても電話の声の調子が恐喝と感じて、差別利権だと考えてしまったわけ。やっぱりなんだかなぁ、と思ったのが事実。(今もあるかどうかは知らないのだけど)これは本当に被差別部落の差別と闘っている人々にとっても敵なんだろうなぁと思った。・・・あっ!! 昔、ホームレス差別をする人々に囲んで食ってかかっていったのも恫喝と取られたかもしれないな。あれも本当の解決からは離反するやり方だったかもしれないなぁ。青すぎた、、恥ずかしいです、反省。

 で、今回はちょっと違うことを考えてしまったのは「差別の効用」ってこと。これね、完璧に差別者側にたつワタシが書いちゃいけないことかもしれないけど、書かなきゃ始まらないので書いちゃお。
 ちょっとね差別から進展する人間としての「豊かさ」を考えた。例えば、もし×第二迷信さんがいうような差別利権を貪る人々がいて、金銭的(物質的)には潤っていても、やっぱり根本的な貧しさを感じるのね、人としてさ。もちろん羨ましいとも思わない。
 ワタシが羨ましいと思うのは被差別を乗り越えてしまった人です。そういう人は確かにいて精神的な深さというか、人間的な大きさを感じ、豊かだと感じるのね。マルチンルーサーキングとかさ、マルコムXも最後の頃にはそういう雰囲気がだったし、ガンジーとか言い出したら切りがない。そんな遠い人じゃなくても、たとえば障害児K君の母のtomokoさん。 最近の記事で酒井法子が法廷で言った「今後は介護の勉強をしてその方向へ」という言葉の差別性を肌感覚で受け取った「現場」から非難の声が上がったのだけど、tomokoさんにはその差別性が解ったうえで許容してしまう大きさがあるのね。「それは差別だ」と指摘するのも解るのだけど、そういう段階を超越した豊かさを感じる。豊かさを「許し」と置き換えてもいいかな? で、この豊かさ(許し)はK君と共に「障害者差別」を乗り越えて得られたものかな、と思ったわけ。(もちろん現実の苦しさや不安があり「乗り越えたわけじゃない」とtomokoさんは言うかもしれないけどね……。)「障害者差別」だけでなく、差別(を乗り越えること)によって得られる「豊かさ」はあるのではないか?ということ。そうそうブロガーで言えば田中洌さんにもそういうものを感じる。
 キングにしても、マルコムにしてもtomokoさんにしても洌さんにしても被差別を乗り越えてこなかったら(差別と関係なく安穏と暮らせていたら)、こういう豊かさが得られたのかなぁ、とちょっぴり思う(御免)。
 この話をすすめていくと差別の存在を肯定してしまいそうで拙いんだけどさ。差別はまずいと思いますよ。でも無くならないし、現実の身の回りにも被差別を乗り越えた人は魅力的な人が多いから「差別の効用」なんて非常識なことをふと考えてしまった。
 じゃあさ、差別者の方、つまりワタシの方にも「差別の効用」があるか?ってことだけど、あるとすれば、ホント被差別を乗り越えるより難しそうだな。あ、いや、被差別を乗り越えることが簡単なんて言ってる訳じゃないんです。
 これは差別者「意識」を乗り越えるってことになるのかなぁ。でもね差別者側に立つものが、「差別者意識を乗り越えた」なんて口で言った日には笑い話にもなりゃしないしね。かといって、自分が差別者である、と認めればいいかっていうと、なんか開き直りみたいだしさ。差別者を乗り越えることができれば豊さを得ることができるのか? さてどうすればいい? なかなか難しいところだな。ジタバタし続ければ何かが見えるのだろうか・・・


 あぁ、オマエは差別の実態がわかってなから暢気なことをいってんだろ、、という非難轟々の予感……が、、、、先に謝っておこうかなぁ

 


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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
 マルコムXと並べていただくなんてありえない、ただただ恐縮しています。
 差別を乗り越えた、というより差別と「戦う」のはキツそうなのでパス、というか。差別に勝とうなどという大それたことを望むよりは、差別の中でも平和に生きられる道を子供に与えたい。小心者がびくびくしながら難しい世渡りをするのは疲れますね。
tomoko
2009/11/03 21:48
tomokoさん、お久しぶりです。おはようございます。勝手に取り上げてしまってすみません。
ほんとうはTBさせて頂いた記事にコメントを残そうと思っていたのですが、他ブログ様のエントリーと合わせて考えてしまったので、新たにエントリーしました。

キングやマルコムを取り上げたのは「解り易い」かな、と思っただけで、身近なところで厳しい現実と対峙しながらも、人間として乗り越えている方はたくさんみえる、と思っています。

>差別と闘う、、
闘い方が、たとえキングやマルコムのようでもなくても、たとえ、さり気なく想いを綴るブログでもヒシヒシと伝わってきます。これを闘いと言ってもいいと思うし、もう闘いというより、一段高いところから諭されているような気さえします。自分のなかに潜む差別性をもう一度考えよう、ってな具合に・・・


それにしても、キングやガンジーじゃなくて、マルコムXと並んで恐縮するtomokoさんって、、、(笑)





dr.stonefly
2009/11/04 08:19
ネット上の議論は難しい…。
というか、議論と言うのはどこでも難しい。
でも、それなりに興味深い意見が出てくる場とそうでない場があることは確かですよね。

ところで、drが(?)差別者意識を克服する方法をいくつか(笑)。

@大病を患う
A悪妻を持つ
B刑務所に入る

などと聞いたことがありまする。
でも、試練に打ちのめされないためには、それ以前に何かが必要な気もしますね。
naoko
2009/11/06 02:39
naokoさん、おひさしぶりです。
ドン引きされている差別的な記事にようこそ。爆!!

それにしてもホント議論は難しいですね。
ブログの場合、議論するも排除するも管理人の方針(気分)、ってのがあるので必ずしも議論に発展するかどうか解りません。ワタシも鬱陶しいコメントを排除したことが何度もあるので他人のことは言えませんが、件は、面白く発展しそうな気もしたので、ちょっと枕で触れてみました。

差別意識を克服する方法ですか?、、、笑
ようは被差別の立場に身を置けばいいのではないか、ってことですね。ホームレスの現場を見てみるとその立場になっても被差別を乗り越えちゃった人なんかほとんどいないのでどうかな? それ以前の問題というか、被差別の立場に身をおけばいい、って方法自体がなんとなく違うような気がしています。
差別者の立場で差別を乗り越えれないか、って考えたのですが、たとえば達観しても差別に無関心なヤツって思われるんだろうなぁ、って思ったり・・・

そういえば、
>大病を患う
差別ということではなくて、大病という試練を乗り越えた人も何か特別なものを感じますね。


dr.stonefly
2009/11/06 11:14
わざわざ、ネタにして頂き恐縮です。(というものなのか)

 根本的には
【差別の原因を追究して(根本は「穢れ」差別)、
 本当に差別がなくなったら、「差別されてるから」だけを存在意義とする組織が消滅しちゃうから、「差別」を温存したい人々】

「差別されてる」人の利益代表でいることの矛盾をあげただけなんですがねー。

 あえて根本の「穢れ」に触れずに「○○は差別だ」だけ言う同和団体、って、
バリアフリーもノーマライゼーションも触れずに「○○は差別だ」だけ言う障害者団体と同じ。
 そんな障害者団体、あります?

×第二迷信
2009/11/06 18:46
 ×第二迷信さん大変でしたね。個人的には件のコメント欄のああいう体質が嫌で近づかなくなりました。
 実はワタシは過去に「差別と国家」という三部作(笑)のエントリーを書いていて、それを書いているときに独自の「差別の定義」を考えました(笑×2)(ハンドルにリンクしておきます)


優位(上位)に立ちたい人間によって、フィクションである優劣か、または他愛も無い側面的な優劣を、さも絶対的な価値として捏造された社会における上下関係

です。今読み直しても間違ってはいないと思っているのですが、×第二迷信さんのいうところの「穢れ」がフィクションになるのでしょうか。ただ、「根本的」という言い方をすれば「フィクション」が根本になる気がしています。
 もともと差別は、権力によって捏造された上下関係を、多数がさも絶対のような錯覚をしているところから起きるのではないでしょうか? 優位に立ちたいのが人間の性ならば差別意識はなくならないような気がしますが、そも何故「優位(上位)に立ちたいのか」そのためにどんなフィクションを優劣にしているのか、を見破ることができれば個々が差別意識を乗り越えることができるかもしれない、と考えています。

 それともうひとつ。
 優位に立ちたい人間=権力によって捏造された差別に、踊らされている自分に気づく事ですね。権力は「エタ」と「ヒニン」にそれぞれに特権を与え反目しあわせた、というのをどこかで読みました。今で言うと生保受給者とボーダーぎりぎりで頑張っている居る人の反目でしょうか? 沖縄の基地賛成、反対というとこも同じ構造かな? 
 権力が何を恐れて反目させあっているかを見抜けなければ、結局、「思う壷」となってしまいそうです。

dr.stonefly
URL
2009/11/07 09:48
こんばんは!

>(ハンドルにリンクしておきます)
読ませていただきました。

きっと、原始時代は「差別」なんか存在しなかったんじゃないかと、ふと思いました。
根拠などありませんが、そんな気がしました。

最近のスピリチュアルブームや血液型がどうこうといったものものに踊らされる人々を見ていると、案外構造的に近い気が(考えすぎか?)してしまいます。

人間の弱い部分を巧妙に利用して来る「差別」というものは、おっしゃるように権力が何を恐れているかを見抜くことなしには克服のスタートにはつけないと私も思います。

えちごっぺ
2009/11/07 22:56
えちごっぺさん、おはようございます。
過去記事三部作(笑)お読みいただきありごとうございます。

>原始時代は「差別」なんか存在しなかったんじゃないか

うーん、真理だ。「差別意識」ってのは人間が生まれ持って来たもので前提である、かのようについつい言ってしまうけど、差別意識は学習によって植え付けれられるっていう部分はあるよね。
「社会」の支配者階級によって捏造されたものなのに、皆が「人間だからあるもの」って勘違いしてしまう部分。
 差別を前提として云々と語るところに「差別への加担」を感じます。やっぱ見抜けないとダメなんだろうなぁ、と思います。

>スピリチュアルブームや血液型
に踊らされる人は、押し付けられた「差別意識」にも踊らされそうだけど、そうじゃなくても踊らされている人はいる。っていうか、自分もふくめてほとんどかもしれない。自分は解っていると勘違いしている人。
 踊らされている自分を見抜く力が最初に必要なのかもしれないなぁ。

dr.stonefly
2009/11/09 08:43
>原始時代は「差別」なんか存在しなかったんじゃないか

縄文時代の遺跡から、「小児まひ」を患ったまま成人した人の骨、というのが発掘されています。

障害者も「仲間」として助け合ってたこそ、
(当時の平均寿命を考えたら、弱者が成人するだけで大変なことだと思う)
集団が存続できたんだろうと思います。

江戸時代、「身分が上」だからといって偉そうにできたわけでなく、
「商売人に頭を下げる武士」は時代劇でもお馴染み。

 「富国強兵」の邪魔だから障害者を差別する、
 明治神道の「けがれ観」で、職業差別する、とか、
安倍内閣のいう「美しい国」の生み出したモノなんだと思いますね。
×第二迷信
2009/11/17 20:12
×第二迷信さん
どうも「差別意識」にひっかかっていて、もう一本エントリーを挙げました。やはり、「差別」の根本を追求せずに「人間には差別意識がある」を前提にしては拙いと考えています。

>「美しい国」
まさに、差別を捏造するのに便利そうな言葉です。
dr.stonefly
2009/11/21 14:47

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