毒多の戯れ言

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zoom RSS 「村上春樹の受賞スピーチ」…やはり賞賛しますが、もう一言

<<   作成日時 : 2009/02/19 15:38   >>

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 実を言うと、同タイトルのものを一旦upし、1時間半ほどで削除した。アクセスも28程あったので読まれた方もいるかもしれない。
 削除したエントリーは「村上春樹のスピーチの内容が甘いのではないか?」というもので、同スピーチを和訳されていたブログから転載させていただき、「甘いのでは」の内容を書いた。伝えられていたもとのスピーチの内容(英文)は要約されたもの?だったようで、肝心な部分が抜け落ちていたのだ。その肝心な部分が抜けている英文を和訳したものをもとにしたワタシのエントリーは、実際のスピーチの内容からすると的を得てないことが分かったので、削除することにした。
 これが分かったのは、 「薔薇、または日だまりの猫」で紹介された、ハアレツに発表された村上春樹の署名入りのスピーチの全容?を読んだからである。

■以下転載■


常に卵の側に

村上春樹


今日私はエルサレムに小説家、つまりプロの嘘つき(spinner of lies)としてやってきました。


もちろん、小説家だけが嘘をつく訳ではありません。すでに周知のように政治家も嘘をつきます。外交官や軍人は時と場合によって独自の嘘を口にします。車のセールスマンや肉屋、建築屋さんもそうですね。小説家とその他の人たちとの違いですけど、小説家は嘘をついても不道徳だと咎められることはありません。実際、大きい嘘ほど良いものとされます。巧みな嘘は皆さんや評論家たちに賞賛されるというわけです。

どうしてこんな事がまかり通っているかって?

答えを述べさせていただきます。すなわちこういうことです。創作によって為される上手な嘘は、ほんとうのように見えます。小説家はほんとうの事に新しい地位を与え、新たな光をあてるのです。ほんとうの事はその元の状態のままで把握するのは殆ど不可能ですし、正確に描写する事も困難です。ですので、私たち小説家はほんとうの事を隠れ家からおびき出して尻尾をとらえようとするのです。ほんとうの事を創作の場所まで運び、創作のかたちへと置き換えるのです。で、とりかかるためにまずは、私たちの中にあるほんとうの事がどこにあるのか明らかにする必要があります。これが上手に嘘をつくための重要な条件です。

しかし今日は、嘘をつくつもりはありません。なるだけ正直でいようと思います。1年のうちに嘘をつかないのは数日しかありませんが、今日がその1日なのです。

そういうわけで、ほんとうの事を話していいでしょう。結構な数の人々がエルサレム賞受賞のためにここに来るのを止めるようアドバイスをくれました。もし行くなら、著作の不買運動を起こすと警告する人までいました。

もちろんこれには理由があります。ガザを怒りでみたした激しい戦いです。国連によると1000人以上の方たちが封鎖されたガザで命を落としました。その多くは非武装の市民であり子供でありお年寄りであります。

受賞の報せから何回自問した事でしょうか。こんな時にイスラエルを訪問し、文学賞を受け取る事が適切なのかと、紛争当事者の一方につく印象を与えるのではないかと、圧倒的な軍事力を解き放つ事を選んだ国の政策を是認する事になるのではと。もちろんそんな印象は与えたくありません。私はどんな戦争にも賛成しませんし、どんな国も支援しません。もちろん自分の本がボイコットされるのも見たくはないですが。

でも慎重に考えて、とうとう来る事にしました。あまりにも多くの人々から行かないようアドバイスされたのが理由のひとつです。たぶん他の小説家多数と同じように、私は言われたのときっちり反対の事をやる癖があります。「そこに行くな」「それをするな」などと誰かに言われたら、ましてや警告されたなら、「そこに行って」「それをする」のが私の癖です。そういうのが小説家としての根っこにあるのかもしれません。小説家は特殊な種族です。その目で見てない物、その手で触れていない物を純粋に信じる事ができないのです。

そういうわけでここにいます。ここに近寄らないよりは、来る事にしました。自分で見ないよりは見る事にしました。何も言わないよりは何か話す事にしました。

政治的メッセージを届けるためにここにいるわけではありません。正しい事、誤っている事の判断はもちろん、小説家の一番大切な任務のひとつです。

しかしながら、こうした判断をどのように他の人に届けるかを決めるのはそれぞれの書き手にまかされています。私自身は、超現実的なものになりがちですが、物語の形に移し替えるのを好みます。今日みなさんに直接的な政治メッセージをお届けするつもりがないのはこうした事情があるからです。

にもかかわらず、非常に個人的なメッセージをお届けするのをお許し下さい。これは私が創作にかかる時にいつも胸に留めている事です。メモ書きして壁に貼るようなことはしたことがありません。どちらかといえば、それは私の心の壁にくっきりと刻み込まれているのです。



「高く堅固な壁と卵があって、卵は壁にぶつかり割れる。そんな時に私は常に卵の側に立つ」


ええ、どんなに壁が正しくてどんなに卵がまちがっていても、私は卵の側に立ちます。何が正しく、何がまちがっているのかを決める必要がある人もいるのでしょうが、決めるのは時間か歴史ではないでしょうか。いかなる理由にせよ、壁の側に立って作品を書く小説家がいたとしたら、そんな仕事に何の価値があるのでしょう?

この暗喩の意味とは?ある場合には、まったく単純で明快すぎます。爆撃機(bomber)と戦車とロケット弾と白リン弾は高い壁です。卵とは、押しつぶされ焼かれ撃たれる非武装の市民です。これが暗喩の意味するところのひとつです。

しかしながら、常にそうではありません。より深い意味をもたらします。こう考えて下さい。私たちはそれぞれ、多かれ少なかれ、卵です。私たちそれぞれが壊れやすい殻に包まれた唯一無二のかけがえのない存在(soul)です。私にとってほんとうの事であり、あなたにとってもほんとうの事です。そして私たちそれぞれが、多少の違いはあれど、高く固い壁に直面しています。壁には名前があります。それはシステム(The System)です。システムはもともと、私たちを護るべきものですが、ときにはそれ自身がいのちを帯びて、私たちを殺したり殺し合うようしむけます。冷たく、効率的に、システマティックに。

私が小説を書く理由はひとつだけです。個人的存在の尊厳をおもてに引き上げ、光をあてる事です。物語の目的とは、私たちの存在がシステムの網に絡みとられ貶められるのを防ぐために、警報を鳴らしながらシステムに向けられた光を保ち続ける事です。私は完全に信じています。つまり個人それぞれの存在である唯一無二なるものを明らかにし続ける事が小説家の仕事だとかたく信じています。それは物語を書く事、生と死の物語であったり愛の物語であったり悲しみや恐怖や大笑いをもたらす物語を書く事によってなされます。生と死の物語や愛の物語、人々が声を上げて泣き、恐怖に身震いし、体全体で笑うような物語を書く事によってなされます。だから日々私たち小説家は、徹頭徹尾真剣に、創作をでっちあげ続けるのです。

昨年私の父は90才でなくなりました。彼は元教師でたまにお坊さんとして働いていました。彼は大学院にいた時、徴兵され中国に送られました。戦後生まれの子供として、父が朝食前に長く深い祈りを仏壇の前で捧げていたのを目にしましたものです。ある時、私がどうしてお祈りをするのかたずねたところ戦争で死んだ人々のために祈っていると答えてくれました。

味方と敵、両方の死んだ人たちすべてに祈りを捧げていると父はいいました。仏壇の前で正座する彼の背中をながめると、父にまとわりつく死の影が感じられるような気がしました。

父は亡くなり彼の記憶も共に消え、それを私が知る事はありません。しかし父に潜んでいた死の存在感は今も私の記憶に残っています。それは父から引き出せた数少ない事のひとつであり、もっとも大切な事のひとつであります。

今日みなさんにお知らせしたかった事はただひとつだけです。私たちは誰もが人間であり、国籍・人種・宗教を超えた個人です。私たちはシステムと呼ばれる堅固な壁の前にいる壊れやすい卵です。どうみても勝算はなさそうです。壁は高く、強く、あまりにも冷たい。もし勝ち目があるのなら、自分自身と他者の生が唯一無二であり、かけがえのないものであることを信じ、存在をつなぎ合わせる事によって得られた暖かみによってもたらされなければなりません。

ちょっと考えてみて下さい。私たちはそれぞれ、実体ある生きる存在です。システムにはそんなものはありません。システムが私たちを食い物にするのを許してはいけません。システムがひとり歩きするのを許してはいけません。システムが私たちを作ったのではないです。私たちがシステムを作ったのです。

私が言いたいのは以上です。

エルサレム賞をいただき、感謝しています。世界の多くの地域で私の本が読まれた事にも感謝しています。今日みなさんにお話できる機会を頂いて、うれしく思います。


■以上転載終わり■




 削除したエントリーで指摘した、肝心の抜けていた部分とは、

>この暗喩の意味とは?ある場合には、まったく単純で明快すぎます。爆撃機(bomber)と戦車とロケット弾と白リン弾は高い壁です。卵とは、押しつぶされ焼かれ撃たれる非武装の市民です。これが暗喩の意味するところのひとつです。

 作家として、暗喩の説明をするほど愚かな行為はなさそうだが、肝心な部分を「かの土地での正義」によって曲解されないようはっきりと言い切っている。これをハッキリ言う事はどうしても不可欠だとワタシも思うのだ。「かの地」で、これを言い切った村上春樹を賞賛したい。


>私たちは誰もが人間であり、国籍・人種・宗教を超えた個人です。私たちはシステムと呼ばれる堅固な壁の前にいる壊れやすい卵です。

 システム、これが国家であり、国籍であり、人種であり、宗教である。まさにこれらシステムに操られることの愚を具体的に言ってのけた。 


 要約?された英文とその和訳にはなかった、この二点が語られていたことに驚いたワタシが、速攻で「村上春樹の受賞スピーチは甘いのではないか」という内容のエントリーを削除した理由です。1時間半とはいえ、批判めいたエントリーをupしたことを謝罪いたします。
 


でも、やっぱり、スピーチの冒頭で、

「九条を誇りとする日本から来ました」

と言って、スピーチの最後に

「……ということで、イスラエル賞(というシステムの)受賞を辞退する」


と言えばカッコ良すぎで、いうことなし、だったのになぁ。残念。

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内 容 ニックネーム/日時
橋田信介さん他、戦場にて命をおとした多くのフリーのカメラマンたちも、自分達は卵側につく、というか、生れた時から卵という、存在であることにあえて誇りを持ち、世界に発信し続けたのだと感じます。
村上春樹氏のスピーチも、まず自分の人となり、表現者としての役割、癖?などを前振りしつつ、核心へとつながっていくさまは、ある意味自分に陶酔している感もあるかもしれませんが、表現者としての使命を果たすべく、語るしか無かったと思います。
何はともわれ、選択としてはあっぱれと思いますが、「ペンは剣よりも強し」というには、国が動いた訳で無く、消化不良な感じは否めません。贈呈されたものを壇上でやぶり捨て、静かにマイクに向かうようなパフォーマンスは難しいですかネ。あえて次回作に期待します。
おしだき
2009/02/20 09:06

頭のいい、御りっぱな人たちも、けなしこそしないが、泣いて喜ぶほどの慶賀じゃないと感じているぜ。

手放しで持ちあげるのは、栄光にあやかりたいやつら……つまり、コカコーラー片手に、マクドナルドのハンバーガーをぱくつき、ご満悦面を輝かしている、何ごとにもだまされたがっているねんねばかりさ。

大江の旦那もそうだったが、みんな、晩年には過去の栄光にぶらさがるようになっちまう、な。

ある批評家(平野さん)が、ずいぶん以前、『歳はとりたくないものさ』と、よくも、いてくれたもんさ。
田中洌
URL
2009/02/20 10:12


おしだきさん、ナイスです。

>贈呈されたものを壇上でやぶり捨て、静かにマイクに向かうようなパフォーマンス

これ、いただき。ワタシがイスラエル賞を受賞したあかつきには、これで行きたいと思います。
ただ、スピーチの内容に関してはもう少し考えるとこがあるので、もう一本upしたいと思っています。




洌さん、どうもです。
持ち上げすぎですかね(笑)。
やっぱ、受賞しちゃ駄目だよねぇ。
言いたい事言って、受賞しない、って手を考えないと。

年をとって名誉を手にすると、作家としての反骨も薄れて行くのかな。
肝に銘じときます。


dr.stonefly
2009/02/20 11:24
私は、村上さんに受賞をボイコットしてもらいたいと思っていたので、村上さんがどうしても受賞したくて、エルサレムまで出かけて行くなら、文学者としてあれくらいのことを言うのは当然だと思いました。世間がそれを「歴史的な講演だった」などというのは、大げさではないかと思います。

村上さんが言ったことがイスラエルの人々に影響を与えてパレスチナが良くなるような錯覚に陥って満足してしまうような危険さを感じました。日本人だけが、満足しているのではないなか、と。

下の記事は、アラブは、この「エルサレム賞」受賞をどう思っているのか?が、わかるような記事ですね。

「エルサレム作家フェア開会の夜、我々アラブ文化人は、日本の小説家、村上春樹に今年のエルサレム賞を拒否してくれと切に願っていた。・・・」で始まる記事―─

▼アラビア語最新記事
村上春樹のエルサレム賞授賞について
2009年02月23日付 al-Hayat紙

http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/news_j.html

 
非戦
2009/03/02 12:45

非戦さん、おはようございます。
スピーチの内容に関しては、賛否両論ありますが、ワタシは面白いと思いました。が、
>パレスチナが良くなるような錯覚に陥って満足してしまうような危険さ
これはどうでしょう? それほど楽観している人はあまりいない気がしなくも……。

本文でも書きましたが、ワタシが一番カッコいいと思うのは、一説ぶっておいて、受賞を蹴る。です。できれば、そのままガザまで一人デモをして、経済封鎖の壁にハンマーでもって穴を開け、ガザでハンストをする。これで、どうでしょう。

dr.stonefly
2009/03/03 08:22
>ワタシが一番カッコいいと思うのは、一説ぶっておいて、受賞を蹴る。です。できれば、そのままガザまで一人デモをして、経済封鎖の壁にハンマーでもって穴を開け、ガザでハンストをする。これで、どうでしょう。

大賛成です!いいです。これくらいのパフォーマンスをしてほしかったですね。授賞式の前後の村上さんのエルサレムでの行動を知りたいです。ガザに行った、という話はないですね。村上さんが希望したら、イスラエルは止めようがないと思うんですが。実際にガザをフリーで(イスラエルの護衛?つきではなく)見てきてもらいたかったです。イスラエルの国民には、もっともっと衝撃を与えることが必要です。
非戦
2009/03/03 20:19
基本的に村上春樹は活動家でも運動家でもなく作家で、村上春樹自身は作家ということをより自認している、ということでしょう。
まあ、ワタシも好き勝手なこと書いてますが、これを実行するのはなかなか勇気がいると思います。(って、そんなことは皆、百も承知かぁ)
dr.stonefly
2009/03/04 11:42

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