毒多の戯れ言

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zoom RSS 「絶対に譲れないこと」…って、なんだろう?

<<   作成日時 : 2008/04/21 08:52   >>

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 ただの情緒的な戯れ言です。

 ワタシにとっての「絶対に譲れないこと」ってなんだろう? と、考えています。
 他人にとってはどうってこと無い事かもしれないけど、ワタシの「絶対に譲れないこと」です。
 仲がよかった誰かとの関係が切れてもいいほどの「絶対に譲れないこと」。
 他の誰かを傷つけても「絶対に譲れないこと」。
 結果的にワタシ自身が傷ついても「絶対に譲れないこと」。
 ワタシにとっての「絶対に譲れないこと」。
 昔はあった気がします。
 実際にその「絶対に譲れないこと」で、何人もの人との関係を解消しました。
 そのなかには友も居ました。

 その「譲れない」とワタシに刻みこんだ出来事で、ワタシは市民運動を去り、そのことがその後1年ものあいだ夢に出てきて目を醒させました。魘されました。トラウマです。その時の許せない根本がワタシの「絶対に譲れないこと」だったはずです。
 そう、「絶対に譲れないこと」だったはずなんですが……。
 ついこのあいだ、同じことの当時者であった友と酒を飲みました。彼女はそのことを今でも「絶対に譲れない」と言ってました。ワタシは彼女の「絶対に譲れない」気持ちが痛いほど解っているのに、いやそれがワタシにとっての「絶対に譲れないこと」だった筈なのに、彼女に「譲ってはどうか」みたいなことを言ってしまいました。何故か解らないけれど言っていました。酔ってましたが覚えています。彼女の思いを全然否定するつもりなどないのに、確かに「譲ってはどうか」と言いました。
 それでも彼女にとっては「絶対に譲れない」ことだった。「譲ってはどうか」と言ったワタシに対し「絶対に譲れない」と怒りをもって断言しました。……と、こんなことを思い出しました。

 今、考えています。
 ワタシは彼女に、何故「譲ってはどうか」と言えたのか? 何故「譲ってはどうか」と言ったのか? を……。

 「何故言えたのか?」は、ワタシが「譲ってはどうか?」と言って彼女とその場で対立しても、そこでワタシと彼女の信頼関係は揺るがないと解っていたからです。もし、そのことを言い、彼女との人と人の関係が切れる予感が走れば、「ワタシ」は言わなかった。その「絶対に譲れないこと」とという一面だけが彼女の全てではないからです。その一面だけで彼女との関係が壊したくないからです。その一面も含めた彼女を「ワタシ」は認めたいからです。そしてこれから信頼を得たいからです。またワタシにとって、彼女は、そこで対立する可能性があっても「譲ってはどうだろう」という価値があった。どうでもよいような人なら、何も言いません。
 「絶対譲れないこと」が彼女の全人格だとしたら、彼女との関係が切れるのも仕方ないのかもしれませんが……、そうではなくホッとしています。

 では、何故「譲ってはどうか」と言ったんだろう? 不思議です。そのことはワタシにとっても彼女と同じ怒り、同じ悲しみをもって「絶対に譲れないこと」だったのに、今になって「譲ってどうか」と言ってしまった。ワタシにとって「絶対に譲れないこと」ではなくなったのかもしれません。理由は時間かな? 彼女がまだその市民運動にいて、ワタシはいない、ということかもしれません。
 ワタシはそこから離れ、そしてたまたま「生きることってなんだろう」などと考えはじめてしまったことで、その「絶対譲れない」呪縛から解き放たれたのかもしれません。それとも現場を離れたから忘れたのか? わからない。 単に日和ったのかもしれません。根性なしです。でもいいんです。「絶対に譲れないこと」でなくなってホッとしてます。気が楽になってます。こんなワタシ自身の思いから彼女に「譲ってもいいんじゃない」と言ってしまった、のかもしれません。
 それと、 彼女が「譲る」と言っても、「譲れない」と言っても、今更、客観的な現実はなにも変わりません。(現実を変えるための「絶対譲れない」もあるのでしょうが、現実を硬直させているのかもしれない)
 ここでの「絶対譲れないこと」で、直接的に現実には何も変わらないが、彼女のなかの「何か」ワタシのなかの「何か」が、変わるかもしれないと思ったのかもしれません。ただ「何か」が何か、何故、変わればよいと思ったのかも解らないのですけど。

 実のところその「絶対に譲れないこと」は、彼女に「譲ってどうか」と言うワタシにとってその程度のことだったのかもしれません。当時、のたうち回った「絶対に譲れないこと」も、実はその程度のことだった。
 信念として一生ついてまわる「絶対に譲れないこと」ではなかった。

 今はどうなんだろう。
 今のワタシにとって「絶対に譲れないこと」ってあるのだろうか? と考えてみますが、すぐに浮かんできません。
 かといって、彼女の、そして誰かの「絶対に譲れないこと」を否定するつもりなんて全くありませんが……。


 結論も考察もない、ただの情緒的な戯れ言です。




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内 容 ニックネーム/日時
私にとっては「絶対に譲れないこと」と言うと,この一週間ずっとキャンペーンを張っている「光市事件に対する怒り」でしょう.東京への旅費を捻出して,大騒ぎした結果,BPOが判決直前とは言え素直に率直な判断を下して頂いたことは,あぁ,まだ少しは人間を信じられるのかなと思いましたよ.

恐らく,あなたも市民運動でのトラブルで傷ついたことがあると思います.私も学生時代にノンセクトの反原理運動を始めて,教授から研究費が付かなくなるからと面と向かって反対されたことがあります.

でも,譲れないところは譲れない.エラソーな口をきく奴は許せない.これが私の最低ラインの倫理観です.教会の仲間たちからは「正義漢が強すぎる」なんて言われますけどね.子供の頃に剣道をやっていたせいもあるかな.
kaetzchen
2008/04/21 13:57
時事的な「譲れないこと」ではなく、個々の人生の根幹を左右する「譲れないこと」を書いたつもりでした。
dr.stonefly
2008/04/21 16:15
なるほど(^^;)

そーですね.青年期に形成された自分の価値観の元になっているのは,幼稚園で洗脳されたキリスト教=毛唐の価値観と,学校に上がってから夏と冬の休みの間に祖父から習った中国古典でしょうか.習字も中国式に細筆を縦に立てて,四書五経を講義されるんですね.さすが旧制京大理科出身者はすごい.

この東西の文化が融合して,自分なりの価値観が形成されたのだと思います.
(教会で漢詩の話をすると何故か受ける)
kaetzchen
2008/04/21 17:05
またまた難しいエントリーを...。

>結論も考察もない、ただの情緒的な戯れ言

なんて書かれてあったって、スルーできないじゃないですか。

で、何をコメントする? やっぱり難しいです。

私は昨日、自分のところのエントリーで「ジレンマを抱えていく生き方が正しい生き方」なんてことを書きましたけど、これが本当に正しいなら、ジレンマを抱えるほどに、そしてそれを解決するほどに「絶対に譲れないもの」は少なくなっていきますよね。

dr.stoneflyさんは正しい生き方をしているってことでしょ? 
愚樵
2008/04/21 21:49
「譲れないもの」というのは、他人との関係の中でしか生まれないのかも知れませんね。
誰かと生き方がずれた時に、はっきりと「これが私だ」というものが鮮明になる。もう、今までの関係は維持できない。
「譲れないもの」があるから人と別れると言うよりも、人と別れるために「譲れないもの」を私たちは持つのかも知れません。

私は、「譲れないもの」を胸深くに隠したまま出会った人とは、別れたことがありません。生き方が最初から交叉していないからです。

だから、stoneflyさんは最上の別れを得るために「譲れないもの」を獲得したのではないでしょうか。
そして今、別れの記憶と「譲れなかったもの」が、stoneflyさんを豊かにしているのでは。
人生アウト
2008/04/22 02:39
「譲れないもの」をずっと考えています。
で、「これだ!」というものがない自分に気がつきました。。。
八方美人であやふや。
何か人生の岐路にたった時、明確になるのかも知れません。
ゆうやけぐも
2008/04/22 08:25
>人生アウトさん

私の場合は八方美人の営業スマイルで聖徳太子しないといけなかったから(笑),私の「譲れないもの」に気付いた人は自然にくっついたり別れたりします.母親に言わせると「我が強い」んだそうで.
kaetzchen
2008/04/22 09:59
愚樵さん
深く読んで頂き、いつもヒントを頂き感謝です。
>ジレンマを抱えていく生き方が正しい生き方
「正しい生き方」かどうかは、更に考えたいのですが、ジレンマ(絶対に譲れないもの)を抱えることができるのは幸運なのかもしれませんね。抱えることがなければ解決することもできない。解決することでその「ジレンマ(絶対に譲れないもの)」以上に得るものがある(と信じたい)。実はその得るもののほうが大きいのかもしれません。
それでもね、自分のなかで解決していたと思っていても、ふとした弾みでまたそのジレンマ野郎が顔を出す。そして「やっぱり譲れない」と思ったりしてしまう。彼女に「譲ってはどうか?」と言ったのが良く解らないのはそうしたところです。どうしてそのときはそんな風に言ったのか? たまたまその時の気持ちだったのか?とかさ。本当に解消していて「譲ってはどうか?」と言った訳ではないような気もしています。いつまでたっても未熟ですね。
多分、愚樵さんはこのグルグルが「生きる事でしょ」って、言うんでしょうが……(笑)
dr.stonefly
2008/04/22 11:34
人生アウトさん
いつも思うのですが、ほんとに、こう、なんというか、思慮深い人ですね。いつも教えられます。ありがとう。(無思索にここまで年をとったのが恥ずかしいです)
「譲れないもの」は確かに他人との関係のなかからしか生まれませんね。仰るとおり「譲れないもの」がぶつかり交叉しなければ、別れることもないでしょう。では、交叉せずに馴れ合っているか、思いっきり交叉して別れるか、個々の生についてどちらに希望が見えるかといえば後者のような気がします。別れても「譲れなかったこと」として振り返ることができるといいのですが……。と書くと、「譲れないもの」に固執することが悪いようでしょ?本当にそうかな?とも思ってしまうわけで、簡単に答えることがでないきがしてます。
まあ、いずれにしても「その別れ」が個々を成長させるならいいのかな? 傍観していても成長(思索)できるんですからね。
dr.stonefly
2008/04/22 11:34
(つづき)
(ちょっとやさぐれて、愚痴るのだけど、他人同士が「譲れないこと」をぶつけ合って別れるのは、本人同士は納得の上でいいのかもしれませんが、ブログの上でそれをやられると第3者としては、ちょっと寂しいものです。ほれ、ブログの世界はブログだけで完結してるでしょ。前にも書いたけど、ブログと縁を切るということは、この世界での「自殺」、死に値するわけだ。別にいいんだけど、ワタシなんぞ茅の外だったってことで、ちょっと寂しい気がするね。何故、こんなにムキになれるかな? でもムキになれる人々だから楽しいのかな、これ本音、(爆))
dr.stonefly
2008/04/22 11:35
ゆうやけぐもさん
えっと、「絶対譲れないもの」なんて無い人の方が多いと思います。ね、愚樵さんって失礼でしょ。「ジレンマを抱えていく生き方が正しい生き方」なんてジレンマが無ければ正しくないみたいじゃないですか、ね(笑)。などと人のせいにしてみる。
でも、個々にとっての「絶対譲れないもの」って、普段意識しなくていいようなことを、意識して考えることにワタシは意味があると思っていて、ブログで戯れ言を綴っているのもそのためかもしれません。もし、このエントリーでゆうやけぐもさんが考えてくれたなら、幸せです。具体的に自分で意識しなくても、それがどういうことかが一緒に思索できると楽しいかな。
dr.stonefly
2008/04/22 11:36
「譲れないもの」っていわれても特に何も思いつかないのですが、「大切なもの」は、たくさんある。
ゲンタとかね(笑)

で、自分の大切なものを他人にも大切にしてくれとは言わないけれど、面と向かって「くだらねぇ!」とは言わないでいただければ幸いです、みたいな。
自分も言わないようにしたい。
多分、たくさん言っちゃっているんだろうけど。
gegenga
2008/04/22 13:01
gege師匠
来てくれたんですね。なんだか嬉しいなぁ。
なんとなくもう来てくれないような気がしてたからさ(笑)。←自意識過剰(爆)。でも、ギャラリーの多い道場ではなかなか落ち着いて話せないもの、来てくれて嬉しいです。ありがとう。
取り敢えず、なんて言ったらいいんかな、お疲れさまってのも全然違うかな……。
でも、ちょっと疲れちゃったね。傍観者のワタシでもしんどかったもの。ウソ、ほんとは全然傍観者って気持ちじゃなかった。でもね、みんなのように自信をもっていろいろ言えなくてさ。だれの気持ちも解る気がするからね。

長い前置き失礼。
「大切なもの」でもいいです。たまたま自分の大切なものを「大切だ」って言う事が、相手の大切なものを「くっだらねぇ」と言ってるように、相手に取られることが、あったとしたら辛いかなぁ、って思う。
dr.stonefly
2008/04/22 14:12
(つづき)で、ほとんど場合、「あっ、そうでっかぁ!!」と、サンケイ愛読者との関係みたいに、人生アウト君の言葉を借りれば「交叉」しないんだろうけど、でもそうじゃなくて「交叉」できるってのは本当はとても凄いことかもしれないな、と感じた。……羨ましい、ってのは嘘っぽいかな。

内緒なんだけど、じゃばさんが、ほれ、大好きな誰かさんに、プイされそうになって、一瞬、なよなよっ、て、日和ったでしょ。あんなじゃばさん好きだな。何故好きかなんて論では説明できないけど、ワタシは好きだよ。じゃばさんには「そんなとこ好きになってもらわなくても結構毛だらけ」とか言われるかもしれないけれどね。別に反省して撤回なんてしなくてもよかったのになぁ。それがじゃばさんの「譲れないもの」かな?……あ、喋り過ぎですね。すみません。

道場のほうは、そろそろ「お題」の発表があるのですか? それとももう少し先かな? 座布団たくさん用意しといてね。
dr.stonefly
2008/04/22 14:12
私にとっての「譲れないもの」は辺野古と泡瀬干潟のようです。というわけでTBお送りさせていただきました。

他の地域のサンゴに何かあるときは、悲しいけれども寝つけないというほどではないけれども、この2つは譲れない・・・と気づいたのはこれらのために人と別れたりケンカしたりしたことがあるから。でもこの2つの地域の譲れないものがサンゴなのかその地域の人たちなのか何かわかりません。
さめ
2008/04/22 22:41
さめさん、おはようございます。
さめさんの「譲れないもの」は良く解るなぁ。そのことでご自身のブログも立ち上げていて、伝わってくる。
コメントをいただき、やっぱり、このエントリーを何故、挙げたかを再度考えさせられるんだけど、きっとワタシは「絶対譲れないもの」を「譲ってはどうか」と言ってる気がする。
酷いよね、さめさんに「辺野古と泡瀬干潟」を譲ってはどうか、なんて。ワタシとて「辺野古と泡瀬干潟」は譲れませんよ、絶対にね。
じゃ、何が言いたかったのか? 
「辺野古と泡瀬干潟」そのものではなく、それを絶対譲れないものとする自分自身を、オノレを縛る鎖を、自ら紡いできた鎖を一度断ち切ってみてはどうだろう。ということ。
それは魘されるほど苦しいことかもしれないし、今、なんの疑問も無く断ち切るものでもない。しかも絶対に断ち切らなければならないとも思わない。
じゃあ、なんで断ち切ってみたらどうか?なんて言うのさ!! と言われると答えに窮するのだけど……。(オノレの意志でなく、断ち切られたときに、断ち切るってどういうことか、とチラッと思った時に、考えればいいのかな。)
dr.stonefly
2008/04/23 09:23
(つづき)
一度、断ち切って、一周まわって戻ってきたとき以前とは違う風景が見えるかもしれない。ワタシには見えた気がした。以前の「ホームレス差別」を絶対に許さない自分と、今の「ホームレス差別」を絶対に許さない自分は、違う風景を見ながら「絶対に許さない」と言っている、気がするんだな。この辺を表現するのは難しいのだけど。

その違う風景を、見た方がいい風景か? 見なくていい風景かもわからないのだけど。
dr.stonefly
2008/04/23 09:26

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