テーマ:つぶやき

選定委員

障害者というのは、この社会基準の、つまり多数であり、普通の、と自称する定型発達者がきめた基準にたいする「障害」のある者で、障害者などと称するのは多数で普通の傲慢である、と言ってみたところで、現実には障害者には生活しにくい世界がひろがっている。 多数で、普通と、カテゴライズされる定型発達でさえ、ちょっと気を抜けば生活しにくくなるのだ…
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物語

 あ、コイツまたやっちまったな、と私が上から嘲笑う。  コイツがやっちまった理由がわかっていて、やっちまったことをちょっぴり認めたくなくてささやかにブルーズなことも、私は知っている。    そのときコイツは物語を綴っていた。  もちろん物語が虚構であることは識っているのだが、物語を綴るときはその世界にのめり込むのである。  そ…
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「マインドフルネス認知療法」これはぜんぶ治ってしまうよなww

 つづいては「認知行動療法」についてなんだけど、はじめて聞く言葉のうえに、ワタシなんぞに「障害」をもった他者の「治療」など行えるわけもない(違法だしw)わけで、もうメモを残す意味もないなと思っていたわけ。それでも、書き始めちゃったのは、タイトルの「マインドフルネス」という言葉がでてきたからなのさ・・・^^  とりあえずこのセミナー…
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おとなの発達障害

 新聞の片隅にのっていたセミナーの案内にツレアイが反応し、ワタシも受講したいなも、と事情がマッチしたということで申し込んだ。デパートへの強制連行ではなくこういふデートができるから気楽なのかもしれない。  ところが、当日はタイフーンだった。やめとこか、という話もでたから、まあ、まだ雨風はさほど強くないのでいったわけだが、なんとも駆け足の…
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悩む人

よくよく考えればワタシはあまり悩んだことがない。アタマが悪いか、感性が鈍いせいかもしれない。 はたして良いことなのか、残念なことなのか、良いとか残念とかでない他のなにかなのか、解らない。 イメージとしては流されるままにきたという感じ。 何かをやりたいということもなく、だらだらと学校へいき、成り行きで就職し辞職し、自分で金をかせぎは…
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『子は親を救うために「心の病」になる』 其の1

 本を読み進めるなかで、あるセンテンスに目が釘付けになり、無意識に目線は言葉から外れ宙の一点に止まり、かといって目線の先を見るわけでなく、脳内が急に回転しはじめてあることが思いが浮かんでは消え、また別の出来事が浮かんでは消え、さらにまた別の記憶が浮かんでは消え、それぞれが釘付けになったセンテンスのイメージと繋がり、それらをまた言葉に還元…
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「心の穴」って何? (追記あり)(追追記在り)

とある夜、とある部屋、とある「ほぼ女子会」の片隅に座っていた。 「ほぼ」という言葉に誤解なきよう一応説明しておくと、ほぼ女子、ということではなく、圧倒多数の女子による圧倒多数の女子会話の会という意味。 途中なんとか口を挟んでみたのだけど、会話のスピードに圧倒され、雰囲気に圧倒され、さらにまずいことに酒と睡魔にも圧倒されてついに脳波が…
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だから死んではいけないのだ

♪ドゥン ドゥン ドゥドゥンドゥん・・・♪ いつまでも【システム】を自覚せずに隷従しますか? もとい、いつまでも【システム】の下僕として無自覚に他者を追い込みますか? ダメ人間! では質問です。 日本で【毒】に犯されて自殺する人は何人いるかしってますか? 35億・・・・ ウソ、、、21,987人・・・ 2016年調べ…
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ある誕生をみつめながら

知らなかったが8月11日は休日のようである。さて、 読みかけの本を読むか、ここのとこ考え込んでいる思索をテキストに表すか、たまっているビデオをみるか、、、 雨が降っていればそれらのどれかでいいと思うのだろうが、晴れた休日ではどれもいまひとつだと感じる。 そんなときは森へ足が向いてしまう。癖である。細胞の聲の形かもしれない。 森へ…
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ボラと自己満

 ボランティアをやるかどうか悩んでいる、の理由のひとつが「自己満足」やら「偽善」ではないかと感じる、という言葉を聞いて、なにか白い気持ちになった。手でつかめない霧のごとし意味が感じ取れない。とはいえ同時に記憶の靄の向こうにうっすらと見える懐かしさもあった。そういえば、大昔青カン支援をする前だか、してすぐだかにそんな言葉とすれ違ったことが…
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ジタバタのなかの一コマ

 なんとか社会にしがみつくためのジタバタの一つは、ちょっと面白かったのでメモをしておこう。  社会を見限ったところで生きていなければ意味がない。生活するためには金がいるわけで、最低の生活をするための稼ぎをどうするか?ということでのジタバタ。  やりたくないことはやりたくない。何ならできるか?と、思案しているときに、ふとテレビに目がい…
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どうでもいいことなので、スルーでOK

私的なことなので特に書くつもりはなかった。 はっきり言ってしまえば、他者の行動や心情をもとに生成される言葉などどうでもいいことなのだろう。とはいえ他者の言葉による自己の思索とそれによる行動や心情が自己にとっては重要であれば話しは別である。 ここにいま書くことが他者にとって重要かどうか?  とても重要には思えない。よってブログで…
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「死後が不安」といふ老人たち

今朝、NHKで「自分の死後」が不安だ、という老人たちのプチ特集をしていた。 これまでちょくちょく聞いた「老後が不安」とうのは解らないでもないのだけど、「死後が不安」とはどういうことなのだろう? 本当に意味が解らなかったので聞き耳をたててしまった。 どうやら「看取り」とか「葬式」とか「墓」とか「遺産」の心配をしているようだった。 …
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「たたかう植物 ―仁義なき生存戦略」(稲垣栄洋)読了

 もちろん「たたかう」も「仁義なき」も虚構である。物語である。  いいだせば、「植物」も「生存競争」も虚構であり、物語である。  その「たたかい」を人間に還元するのも虚構であり、物語である。  うん、それでいいではないか、物語として認知できるから面白いのであり、「虚構を楽しむ」ことが人間が獲得した「生きる」の意義なのだから(ニヤぁ…
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「一九八四年」(ジョージ・オーウェル)読了

 まったく読書などしなかった小学生6年の頃、星新一の短いヤツに出会って本を読み始め、お決まりの筒井康隆や小松左京などに移行したおバカ系のよくあるヤツなわけで、SF系のながれで当然ジョージ・オーウェルの名は知っている。知ってはいたが読んではいなかった。いや中学校のころ読み始めたがすぐにやめた気がする。また仮に読み切ったとしては当時のワタシ…
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「沈黙」(遠藤周作)読了

 正直にいえば読むことを躊躇していた。  理由は「サピエンス全史」の語る「虚構」にかなりひっぱられていて、キリスト教ベースの物語って、“所詮”虚構のなかの虚構の話だよなぁ、て思ってしまうことがひとつ。  たぶんワタシのなかでは、「虚構」を「空虚」として感じているものがあり、いまひとつのりが悪くなっている。まあこれを言ってしまったら人…
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「発達障害児の偏食」からおもうこと

 今朝、NHKで「発達障害児の偏食」についてのミニコーナーをやっていて見入ってしまった。  15人に1人ぐらいの割合でいるという「発達障害」もその一言で一括できないのは当然なのだけど、どうやら「知覚過敏」であることが多く特に口内の知覚過敏の場合、食材に対して多数と違う感覚をもつという。たといえばフライのころもがトゲトゲの剣山を食べてい…
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「屈することなき絶望」 ノーマ・フィールド氏講演会

 知人のなんちゃって教授から「いいよ」という言葉とともに講演会のチラシをもらった。  チラシによると、講演者ノーマ・フィールド氏はシカゴ大の元教授で「虐げられた人々」とともに「徹底的に現地に身をおく」文学者と書いてあった。  正直にいえばサピエンス全史を読了したすぐ後で、余韻にしたっているいま、当分こういう市民運動系の講演会に行かな…
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これが噂の「森友学園」かぁww、で、教育勅語ってどうよ?

 最近ほんとに時事に疎くなっている。つまらないからニュースバラエティも国会も観ない。  本を読むか、身近なことを考えるか、写真をとるか、森や街を歩くか、ブログ近辺の話題を思索するか、ぐらいで最近のブログ近辺のキーワードは「虚構」であり「森友学園」なんて知らなかった。もっとも、どうやらインチキをして安値で国有地を手に入れた小学校があると…
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差別@いじめられっ子

 それにしても、いじめられっ子と言われるのもなんとも物悲しい感があるなぁ、そこはかとなく哀愁を感じる(遠い目)。なぜ物悲しいのか、ちょっと考えている。いじめはいじめられる方にも責任がある、というのをどっかで感じているからかもしれないな。いや違うか、きっと寂しさは「弱い者いじめ」という言葉からのイメージだろう。  つまり、ワタシは弱い者…
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「サピエンス全史」 in the forest

 サピエンス全史 3部まで読み終わり タメイキ一つ 春はすぐそこ^^  これまでのモヤモヤの正体が虚像だったんだ、と納得できるよう説明されると「落胆」など通りこして笑えてくる。笑いながら涙すると街などにはいられずに、無性に森へ行きたくなるわけだ。  実体に触れたいと身体がいっているようだ。居ても立ってもいられず、いつもの森へ行く…
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「サピエンス全史」 on the desk

 「ヤバイ」って言葉の意味の第一感が、危ない、危険って世代の人間なのだが、最近の若い衆は「カッコイイ」という意味で使うらしい。この本を読んでいると危ないという意味で「ヤバイ」と感じるのだが、かなりカッコイイとも感じるので笑えてくる。そうヤバイのだ。  結局はなにもかもが、そも「人間」であることが「虚構」で「物語」である、と、ユヴァルに…
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「COCORA 2 思春期編」天咲心良著 (生と死)

やっぱりCOCORA2を開いてしまう。横に別の未読の本があるのに・・・ 1の小学校編では感じなかった感覚に支配され。かなり離れがたく感じている。 では、最初っから再読しようかと、読み始めるが初読でかなり頭に入っていて、全部読み直す気にはならない。で、パラパラとベージを捲るのだが、、、 舞台は外国である。「リュウガク」という名の…
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「COCORA 2 思春期編」天咲心良著 (序)

 Kindoleで無料で読んだCOCORA1小学校編の続編である。  丸善では「人文・自閉症」という専門コーナーにあったが、もう「自閉症」を紐解くというような本ではなく、良質の小説であり哲学書という感じ。「小学校編」より自閉症の症状の解説が少なく自閉症を忘れる感じである。いやほんとマジ素晴らしい!! ただね、アマゾンの評価では「全編に…
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『日本の「アジール」を訪ねて 漂泊民の場所』筒井功著

 新聞の日曜版に載っていた推薦文を読み買った。  まあ、あれだ、「逝きし世の面影」で描かれたような、いいとこどりばかりではいけないと思いで読んだということもあり、国家のシステムに組み込まれなかった人々はどうだったのだろう、しかも最近までの日本で、という興味で読んだということもある。  いわゆる巷では「サンカ(山窩)」として知られる人…
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その作文に心惹かれたわけ

 その作文は、とっても小さなコミュニティの要請で書かれ、数人だけに読まれたもので本来ならオープンにしてはいけないのだろうが、忘備録的なメモぐらいなら許されるだろう、と勝手に判断して私的な所感の覚え書きをする。  というのも、「良い作文」として小さなコミュニティのなかで共有できるものだと感じたワタシの思いが、どうやらワタシだけのものだっ…
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孫崎享 講演会

 どうやら有名人らしい。ワタシは知らない人。元外務省の役人で世界情勢に詳しいらしい。正直今のワタシには何も響かないだろう、と知りながらも「立場」で行ったのだが、やはりダメだった。  まず国家が大前提の話である。日本がどうの、アメリカがどうの、ロシアが、中国がどうの、、である、現実的で当たり前といえば当たり前なのだが、そこの部分には絶望…
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「発達障害の僕が輝ける場所をみつけられた理由」栗原類著

 うーん、正直いまひとつかな。  赤裸々さがあまり伝わってこなかったと感じるのはCOCORAを先に読んじゃったからかもしれないなぁ。そういえば直前のCOCORAの冒頭で、あれだけの苦悩を「面白かった」なんて書いたのは軽率すぎるかな。ただそれだけ伝わってくるものがあったということ。類まれな文才を発揮して本をあらわした今は輝いてると想定し…
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COCORA 自閉症を生きた少女「小学校編」

 面白い、と言えば、きっと不謹慎といわれるんだろうなぁ、、、でも、面白かった。超面白かった。心に染み入る、とても心に響く哲学書。  で、気がついたのだが、直前によんだ「自閉症のぼくが「ありがとう」と言うまで」のイド君とCOCORAさんではまるで違う。真逆である。  イド君の場合「出力障害」であって内面は定型発達だった。にもかかわらず…
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『自閉症のぼくが「ありがとう」を言えるまで』イド・ケダー著

 ずっと以前になるが、このブログで「障害者は裡なる思いを出力する、表現することにおいて障害なのかもしれない」と可能性のひとつとして、何の検証も根拠もなく無責任に書いた。その頃やりとりのあった脳性麻痺の子をもつ親へ勇気づけるつもりでひねりだした。目的が親へかける言葉で、ワタシ自身、可能性としては信じていたのだが、現実には信じられなかった。…
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