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「幸せになる勇気」@ 傾聴

 「幸せになる勇気」は前出「嫌われる勇気」の続編です。これもワタシにとっては再読です。  「嫌われる勇気」の再読のときも思ったのですが、以前読んだときよりもずっとずっと響いています。  以前はベストセラーという看板にひかれて、この続編も知識の蓄積とかたんに興味とかいう動機で読んだのですが、今回は「傾聴」への興味と重なって絡んで本が訴…
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「嫌われる勇気」と傾聴

最初に読んだのはいつだろう? 奥付に2014年6月11日の第13刷とあるから4年近く前のことだ。 「かなりいい本」というイメージがあったのだが、詳細は忘れていた。 今回、友人に貸すと約束したので、ホントに「いい本」だったけと読み直してみた。 本は「悩める青年」と「哲人」の対話という形式をとっていて、アドラー心理学を哲人が青年に伝…
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「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」内山節著

先週末のこと、仲間と森のなかを歩いていた。 ボクが先頭を歩いていたのだが、通り過ぎた土手にヒキガエルがいるよ、鳥の巣があるよ、と教えられるということがあった。 教えられて過ぎた土手に戻り見直したのだが、それらは土と同化していたのだ。 ボクにはまったく見えていなかったものが、観ることができる人には見えていた。 家に帰り、その出来事…
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「子育て指南書 ウンコのおじさん」宮台真司他共著

 正直に言おう、ワタシは宮台真司が嫌いだった。嫌いだった理由はなんとなくなのだけど、笑。ホントのところ好き嫌いと言うほど宮台真司のこと知らない。おそらく佇まいとか物言いとか雰囲気とか、それともたまたま耳にした台詞が気に入らなかったのかもしれない。知らないのになんとなく嫌い、というは良くないな。反省しよう^^;。もっとも宮台のほうはボクな…
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「誰が星の王子さまを殺したのか」安冨歩著

 「星の王子さま」を最初に読んだのは最近、ここ1-2年だったと思う。と、そのときことさらとりたててブログには書かなかったし、自らの別のブログ記事のコメ欄に特に何かを感じたことはなかったと書いてあったので、その時はそうだったんだろう。  正直にいえば、よく解らなかった。そのときは。  で、今回表題の安冨さんの本を興味深く読み、再度「星…
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「コンビニ人間」村田沙耶香 @折り合い

 吾ながらクドいと思いますが、まだ「折り合い」を引きずっています。  とある友人の「社会はみなが折り合っていきている」に反発して「みなは社会に折られ合わせられている」としてみたものの、もちろんオールオアナッシングではないことは解っているので、かなり譲って「99は折り合うので、1つの折り合えないが合った場合は折り合いません」とし、その「…
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『「みんなの学校」が教えてくれたこと(木村泰子著)』から「折り合い」を考える

 まだ読書途中です。なかなか読み進めることができません。  容易な文章でつづられていてさほど分量もないので、その気になれば2〜3時間で読み終わりそうな本です。でも、ページごとで立ち止まってしまうから進まない。つまりいい本です。エピソードごとで立ち止まって考え込んでしまうのは……  やはり「折り合い」のこと。  もしこ…
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「晴天の迷いクジラ」窪美澄 読了

 多分なのだけどほとんどの人は社会と、つまり他者と折り合いをつけて生きている。折り合いをつけるよう教育されたゆえなのか、人はもとより折り合いをつける性を持ち合わせているのか、これまで折り合いをつけるほどの摩擦に出くわさなかったのか?  いずれにしろ、ほとんどの人は、そんなもんとしてそうして生きている。  それでも折り合いをつけること…
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「よるのばけもの」(by住野よる)からの真の自己、偽りの自己

 住野よるの「君の膵臓を食べたい」を読んで面白いといったツレアイが買ってきた本を読み終えた。ツレアイは「君の膵臓」ほど感動しなかったようだが、ボクには「君の膵臓」よりずっと秀作だと感じる。上手いなぁ〜と。  というもの、なんともタイムリーに「真の自己」と「偽りの自己」を物語として表現していて、物語として表現できるのが羨ま…
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共依存からの「真の自己」からの「偽りの自己」?

そも「真の自己」とはなんぞや?ということを考えているのは、「共依存の倫理」という本を読んでいてそこから触発されたからである。 じゃ、なんでそんな本を読んでいるかというと、「読んでみなはれ」といってお貸しして頂いたからで、お借りして積極的に読もうとしたのは、青カン(ホームレス)支援をはじめ、何支援でもいいのだが「支援活動」というのはそも…
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「よるのふくらみ」窪美澄 読了

 「ふがいない僕は空を見た」の衝撃再び! という帯に釣られて買いました。  って、ふがいない…がそれほど衝撃を受けたかと言えば、そうかなァ?と頭をかしげるのだけど、でもね、なんだろう?つい癖になって読みたくなるんだよね。理由はよく分からないのだけどさ。  例えば上橋菜穂子のように特に印象的なストーリー展開とか、何かをすごく暗示してい…
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「遺言。」 養老孟司著

かの養老孟司大先生の「遺言。」なのです。死んでないけど。 これは読まずにはいられません。ということで、読みました。 単純なボクはすぐにインスパイアされ、「青いインクの赤」という短文を書いたのですが、興奮しすぎて流石にちょっとあれやこれや詰め込み過ぎたかな、と自嘲しています。後ろのほうにおまけとして載せておこうかな? 「遺言。」をざ…
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「君の膵臓をたべたい」住野よる著より@2018年のはじめに

とりあえず2018年になりました。あけましたおめでとう。 歌合戦や除夜の鐘を聞くわけでなく、初詣とか初日の出とかを拝みにいくわけでなく、どういうわけか表題の本を読んで年を越しました。 普段と変わらないかというと、普段は夜中に本を読むことはないので、やはり年を越すというだけで少しは特別な夜だったのかもしません。物語に浸るという特別な感…
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「サイコパス」中野信子著(追記あり)

これもフレンズ間での「回し読み」で借りた本ね。 「回し読み」といっても、ボクが最初に持ち主の姐御から借りたので、まだ余り回りきってないかもしれないけど。 で、最近ちょくちょく耳にするサイコパスである。 どう耳にするかってぇと、ヤバイやつだよぉ〜。まあ、ありきたりの先入観で読み始めようとしたのだが、ちょっとまった!! …
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「ふがいない僕は空をみた」窪美澄著

これは新しい友人達の間で「エロい本」といって笑いながら回し読みされている本。 他に読みたい本が山積みになっていることもあり最初は借りることを遠慮していた。 でも「エロい」と茶化すものの読み終わった皆が否定しないどころか「よかったよ」というので読んでみることにした。 というボクは、皆の感性を信用しているのだろう。 噂どおり確かにエ…
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『子は親を救うために「心の病」になる』 其の1

 本を読み進めるなかで、あるセンテンスに目が釘付けになり、無意識に目線は言葉から外れ宙の一点に止まり、かといって目線の先を見るわけでなく、脳内が急に回転しはじめてあることが思いが浮かんでは消え、また別の出来事が浮かんでは消え、さらにまた別の記憶が浮かんでは消え、それぞれが釘付けになったセンテンスのイメージと繋がり、それらをまた言葉に還元…
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「たたかう植物 ―仁義なき生存戦略」(稲垣栄洋)読了

 もちろん「たたかう」も「仁義なき」も虚構である。物語である。  いいだせば、「植物」も「生存競争」も虚構であり、物語である。  その「たたかい」を人間に還元するのも虚構であり、物語である。  うん、それでいいではないか、物語として認知できるから面白いのであり、「虚構を楽しむ」ことが人間が獲得した「生きる」の意義なのだから(ニヤぁ…
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「一九八四年」(ジョージ・オーウェル)読了

 まったく読書などしなかった小学生6年の頃、星新一の短いヤツに出会って本を読み始め、お決まりの筒井康隆や小松左京などに移行したおバカ系のよくあるヤツなわけで、SF系のながれで当然ジョージ・オーウェルの名は知っている。知ってはいたが読んではいなかった。いや中学校のころ読み始めたがすぐにやめた気がする。また仮に読み切ったとしては当時のワタシ…
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「沈黙」(遠藤周作)読了

 正直にいえば読むことを躊躇していた。  理由は「サピエンス全史」の語る「虚構」にかなりひっぱられていて、キリスト教ベースの物語って、“所詮”虚構のなかの虚構の話だよなぁ、て思ってしまうことがひとつ。  たぶんワタシのなかでは、「虚構」を「空虚」として感じているものがあり、いまひとつのりが悪くなっている。まあこれを言ってしまったら人…
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「サピエンス全史」 in the forest

 サピエンス全史 3部まで読み終わり タメイキ一つ 春はすぐそこ^^  これまでのモヤモヤの正体が虚像だったんだ、と納得できるよう説明されると「落胆」など通りこして笑えてくる。笑いながら涙すると街などにはいられずに、無性に森へ行きたくなるわけだ。  実体に触れたいと身体がいっているようだ。居ても立ってもいられず、いつもの森へ行く…
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「サピエンス全史」 on the desk

 「ヤバイ」って言葉の意味の第一感が、危ない、危険って世代の人間なのだが、最近の若い衆は「カッコイイ」という意味で使うらしい。この本を読んでいると危ないという意味で「ヤバイ」と感じるのだが、かなりカッコイイとも感じるので笑えてくる。そうヤバイのだ。  結局はなにもかもが、そも「人間」であることが「虚構」で「物語」である、と、ユヴァルに…
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「サピエンス全史」 on the beach

写真機と、、、本を一冊もって海へいってきました。 本は「サピエンス全史」、、、海岸で読めたのはほんの40ページほど。 少しページをすすめるたびに海を見つめていました。 本に飽きたり、難解で海を見つめていたわけではなく、感慨深く海の向こうに思いを馳せる感じです。 これまで解ったか、解らなかった、分からないようなことがとても…
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「COCORA 2 思春期編」天咲心良著 (生と死)

やっぱりCOCORA2を開いてしまう。横に別の未読の本があるのに・・・ 1の小学校編では感じなかった感覚に支配され。かなり離れがたく感じている。 では、最初っから再読しようかと、読み始めるが初読でかなり頭に入っていて、全部読み直す気にはならない。で、パラパラとベージを捲るのだが、、、 舞台は外国である。「リュウガク」という名の…
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「COCORA 2 思春期編」天咲心良著 (序)

 Kindoleで無料で読んだCOCORA1小学校編の続編である。  丸善では「人文・自閉症」という専門コーナーにあったが、もう「自閉症」を紐解くというような本ではなく、良質の小説であり哲学書という感じ。「小学校編」より自閉症の症状の解説が少なく自閉症を忘れる感じである。いやほんとマジ素晴らしい!! ただね、アマゾンの評価では「全編に…
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『日本の「アジール」を訪ねて 漂泊民の場所』筒井功著

 新聞の日曜版に載っていた推薦文を読み買った。  まあ、あれだ、「逝きし世の面影」で描かれたような、いいとこどりばかりではいけないと思いで読んだということもあり、国家のシステムに組み込まれなかった人々はどうだったのだろう、しかも最近までの日本で、という興味で読んだということもある。  いわゆる巷では「サンカ(山窩)」として知られる人…
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「発達障害の僕が輝ける場所をみつけられた理由」栗原類著

 うーん、正直いまひとつかな。  赤裸々さがあまり伝わってこなかったと感じるのはCOCORAを先に読んじゃったからかもしれないなぁ。そういえば直前のCOCORAの冒頭で、あれだけの苦悩を「面白かった」なんて書いたのは軽率すぎるかな。ただそれだけ伝わってくるものがあったということ。類まれな文才を発揮して本をあらわした今は輝いてると想定し…
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COCORA 自閉症を生きた少女「小学校編」

 面白い、と言えば、きっと不謹慎といわれるんだろうなぁ、、、でも、面白かった。超面白かった。心に染み入る、とても心に響く哲学書。  で、気がついたのだが、直前によんだ「自閉症のぼくが「ありがとう」と言うまで」のイド君とCOCORAさんではまるで違う。真逆である。  イド君の場合「出力障害」であって内面は定型発達だった。にもかかわらず…
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『自閉症のぼくが「ありがとう」を言えるまで』イド・ケダー著

 ずっと以前になるが、このブログで「障害者は裡なる思いを出力する、表現することにおいて障害なのかもしれない」と可能性のひとつとして、何の検証も根拠もなく無責任に書いた。その頃やりとりのあった脳性麻痺の子をもつ親へ勇気づけるつもりでひねりだした。目的が親へかける言葉で、ワタシ自身、可能性としては信じていたのだが、現実には信じられなかった。…
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「ヤノマミ」……ピダハンとは違うアマゾンに棲む人々

 本として「ピダハン」とはかなり異質なものだった。「ピダハン」がダンという言語学者でキリスト教伝道師によって書かれたものでストイックな感じなのにたいし、「ヤノマミ」が国分拓というマスコミによって書かれたドキュメンタリーという違いがある。  ピダハンではダンが言葉の習得、研究、伝道の少しがメインであるのに対して、ヤノマミでは積極的なイン…
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ピダハン

ピダハン読み終わりました。最後のほうは淚が滲んでいる自分に驚きました。 キリスト教の伝道者である文明からやってきたダン(筆者)が、未開の土人ピダハンによって解放される。自分が「思い込んでいる正しさ」から解放されるのはかなり困難であると思います。それを未開のピダハンから教えられる。世間では「土人」という言葉が話題になってい…
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