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「街場の共同体論」内田樹

♪表は雪が降ってる、一面の雪化粧・・・♪と、つい雪が降るとさだまさしを口ずさんでしまういつもの癖を無意識に発露しながら眺めていた「光るナス」のエントリー。そこで紹介され、薦められた映画「この世界の片隅に」。この地方の上映スケジュールを確認したら、今日の午後しか時間がとれそうもないので、さっそく行ってきました。受付の前に20人ほどの行列は…
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電通で働いていた彼女の自殺のこと

 ブックオフで「逝きし世の面影」を買ったのだけど、そのとき内田樹の「街場の共同体論」も買った。  で、今読んでいるのだけど「逝きし世」の世が逝ってしまった理由が書いてあるようで面白い。どうもね、やはり逝きし世は「貧しさ」がよかったようだ。皆貧しかった故に共生しなければならない。戦後もやはり皆貧しく共生しなければ、生きていけないのが、い…
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「逝きし世」のDNA

 まだ「逝きし世の面影」読了の余韻に浸っている。というか洗脳されている。  とはいえ、「逝きし世」で暮らす自信はない。インフラは整備されてなく、プライバシーはない。ネズミと蚊と蝿とイタチとヘビと野良犬があふれている。いわゆる村社会であり、不便というめんでは、不便この上ない。  ただ、逝きし世の社会は、真理のようなものは知っている気が…
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「逝きし世の面影」読了

 ずいぶん昔から噂になっていた本「逝きし世の面影」をブックオフで買って、かなり周回遅れで読み終えた。そう読み終えて、ふう、ためいき。ああ、そういうことだったんだね、と呟いてしまった。  江戸後期から明治初期(中期)あたりの外国人から見た庶民の暮らしが紹介されている。文明開化により西洋的近代化で洗脳された知識人が「野蛮な歴史」として、な…
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狐笛のかなた

上橋菜穂子著の「狐笛のかなた」を読みました。 訪問先のブログで立て続けに紹介されていましたからです。 そのひとつに呪いにまみれた大人にとって解呪のヒントになる、とありましたから……。 読み終わりました。 人の業、社会の業をみました。 敵を造り出して自己を確認する。 敵をつくること、敵を否定することによってオノレのアイデン…
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「言ってはいけない」(橘玲/新潮新書)読み始める・・・

タイトルで「言ってはいけない」と言っている。 帯にも「気安く口外しないでください」と警告されている。 まだ読み始めたばかりで、いかほどのものか解らない。 ただ、ちょっと、こう、なんというか、何かを感じたので、書いてみる。 おそらく言ってはいけないというのは書いてもいけないのだろう、が、たぶんワタシの社会を唾棄している因子が、別に…
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だって人間だもの・・・「昆虫はもっとすごい」より

だって人間だもの、ってフレーズ、あいだみつをって人だったっけ? なんか人として「失敗」したり「弱み」をみせちゃったりしたとき、ギャグっぽく使ってもみるけど、結構多くの人の共感を得ていてシンミリするフレーズであることは違いない。 なんとなく哀愁を感じながらふと呟いてしまう、だって人間だもの・・・でもちょっと変。 ふと、このフレー…
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「かもめのジョナサン 完成版」読了・・・とりあえず“あるべき姿”の一考察

ジョナサンは飛びたかった。 どれだけ飛べるのか、知りたかった。 どれだけ速く、自由に、思うままに飛べるのか知りたかった。
そして飛びたかった、飛ばずにはいられなかった。
そのために練習した。練習に練習を重ねた。ただそれだけのこと。
ジョナサンが他のかもめと違っているとすれば、かもめの「あるべき姿」…
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「絶歌」と「ヘイトスピーチ」と「私自身の罪」

 ネット界隈は、あいかわらず「絶歌」発行と元少年Aへのヒステリックな批判と非難にあふれている。  私は、思わず「またか・・」とつぶやくワタシに驚いた。え?またか?、何が?  なんだろうこの既視感。どの追体験なのか?ほどなく思い出した。  ヘイトスピーチである。  オノレの感情だけを正しいとし、オノレの問題を他者の問題にすり替え、…
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「絶歌」元少年A     読了

「絶歌」読み終えた。  本屋の店頭で15pまで読んだところで、躊躇なくレジへ持って歩いていた。  家をでるまえは、金を支払うことに抵抗があったにもかかわらず。  この本は読まなければならないと感じた。  この事件のときも、また今日に至るまでの理解不能の殺人事件が多発していて、思わず「なんでやねん」と呟いてしまう。この本は、その「…
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「日本農業への正しい絶望法」・・・つまり技能なのだ

 年末だなぁ、、、と、新聞をめくる。朝日である。  アベシについて何やかやと特集されているなかで、目についたのが小林よしのりで、長らくスルーしていた小林を読んでみようかと思ったのも、ワタシのなかで何かが変わったからかもしれない。相変わらずだなぁ、という感想を用意しながら読み始めたのだが、いやいやいや、読んで驚き、先入観をもつものではな…
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「生きる技法」(3)・・・これはイマジンだ!! それとも憲法前文?

 もともと個の生き方の提案が書かれている本だとは思うのだが、これをちょいと「国家」に、というよりも「日本」に当てはめて考えてみる。日本に「生きる技法」ができるかどうか、ってね(笑)  この本の冒頭にある「コペルニクス的転換」ってのは、自立についてのことで、つまり、本来「自立」ってのは他者の助けをかりずに自ら立つ、と思われがちだった…
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「生きる技法」(2)・・・ジタバタするのは自己責任(笑)

 つまり結局は「善い友人を持とう」ということだな。異議なしである。善い友人を持つために、善い自分であろう、というのもまた異議なしである。善い自分とは虚飾により自分を誤魔化さない、またオノレに虚飾を強いるハラスメントを見抜くといったとこか。自分が「善い」であれば、おのずと「善い」に囲まれ、オノレを「虚飾」で誤魔化せば、おのずと「虚」に染ま…
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「生きる技法」・・・普通という霧が晴れて今日は快晴

「おはようございます。 あんまし、どくたさんをイジメちゃダメですよ。(^^♪」 「毒多んイジメは、あれで終わり。その後、どんな反発が出てくるのか、今、楽しみに待っているところです。 また ムカツク×100 がでてくるかぁ?(^_^;  今度はもっとヒネリを加えてくると思いますが。」  これは、ある公開の場所で、ワタシに関…
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「困っている人」その2・・・本質では困っていない人だった

 けっこうまえに読了した。さて何を書こうか、と考えるうちに時間はすぎる。  本の帯に絶賛の言葉が書かれている。「人としての強さ美しさ、凄いパワー」「これはお涙頂戴の話じゃないぞ、人の生とは何か、とお前に問いかける話だぞ」「人間の尊さに突き動かされる思いです」「難病物で笑えるものはこれが初めてじゃないか」「今、困っているすべての人に読ん…
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「困ってる人」その1・・・所詮、他人事かもしれない

 この世の地獄とは、見ることと体感することでは、大違いであった。  わたしは、これだけ見て歩いても、なにひとつとしてわかっていなかったのである。ただ頭でわかったようなつもりになっていただけだった。「難」は、タイやビルマに確かにあったが、それは所詮、他人事であった。  最近どっかのブログで(笑)紹介されていた本「困っているひと」(…
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「下流志向」(3)…人生の価値ってお金ですか?

 さて、まだつづきますよ。ネタとしての「下流志向」は面白い記述が多くある。  お金が流通してない教室では、どのように「等価交換」が行われるのかというと、「不快」という「貨幣」がつかわれる。(押し付けられる)授業に支払われるのは「不快だ」という態度だというのだ。内田樹によると『教室は不快と教育サービスの等価交換の場となる』らしい。  …
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「下流志向」(2)…悲劇、親の投資が子に報い

 さてさて、民主の代表は小沢イチローが続投することになった。  せっかくこの本「下流志向」のなかにあるキーワードで「学びからの逃走」「労働からの逃走」ってのをパロって「代表からの逃走」ってのを考えていたのだけど、書き始める直前に「あの時はプッツンしたけど、やっぱり逃走しないことにしました」って話になってしまったわけだ。  「代表から…
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「下流志向」(1)……オレ様化する大人たち

 内田樹の「下流志向:学ばない子どもたち 働かない若者たち」をやっと読み終えた。帯には「最新ベストセラー……話題沸騰」となっているが、既に一年程前の発行のため完全に周回おくれというわけだ。普段から世間を斜に見ているせいか、いつも流行に遅れる。さてさて今回は周回遅れのトップランナーになれるだろうか? ま、今回も無理だろうね。  さて本の…
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「「個性」を煽られる子どもたち-親密圏の変容を考える」  土井隆義著(岩波ブックレットNO633)

 「いい歌」として、合唱や「みんなで歌おう」という場面でよく選曲されるSMAPの『世界で一つだけの花』。この歌を歌うことを躊躇させ、聞いたときに妙に白けさせてくれる本である。  なんだかな、今の子どもたちの悲しくも納得のいく分析に出会ってしまった。子どもたちの「感性」は幼児のころからの発達に非常に関係すると思うので人ごとではないよなぁ…
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子どもの知力を伸ばす300の知恵 七田眞著(PHP文庫 2004.2.18)

 本やで平積みされていたので、つい買ってしまった。失敗だ。金返せ。2p読んで違和感を覚え、5p読んで腹が立ち、7p読んでゴミ箱へ捨てた。結局は「ネタ保存」のため、再度ゴミ箱から拾って本棚に立てほっておいたのだが、バカ本であることを紹介したいので7p以降も読む事にした。はっきりいってギャグとして読まなければ立腹するばかりである。ところがだ…
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早期教育が育てる力奪うもの 加藤繁美著(ひとなる書房/1995.1.26)

 「早期教育」が、この本では「発達」の観点から斬られている。この本でも井深が登場して叩かれている。この本では、公文(くもん)の実例が上げられている。2桁3桁の足し算をする1歳半とか方程式を解く3歳児とか小学4-5年生で習う漢字を読む3歳児という子どもである。まさに驚異である。  方法次第で乳幼児に驚異の「計算」や「読み」というパターン…
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子どもの脳の発達 臨界期・敏感期早期教育で知能は大きく伸びるのか 榊原洋一著(講談社+α新書/200

 井深の本を載せたのは、この本が名指しで批判しているためです。その批判やまたタイトルからも解るように「子どもの早期教育の『嘘』」を科学的に検証する本です。  早期教育推薦論の殺し文句は「臨界期」であり、「その時期でなければ、『その脳力』が(効果的・能率的)に獲得できない」というもので、例えばバイリンガルになるためには生まれてすぐから○…
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0歳からの母親作戦 井深 大著(ごま書房/1991.10.30)

 驚異のダメ本。  本当はここに載せることさえ嫌な本である。読み進むにつれ、いらいらが溜まり一度は閉じてしまった。この井深という人はソニーの創業者であり、いまは名誉会長である。何をトチ狂ったか1968年に幼児開発研究所を開設して以来幼児教育に力を入れているらしい。しかもこの本を始め「幼稚園では遅すぎる」「0歳-教育の最適時期」という早…
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発達とは矛盾をのりこえること  白石正久著(全障研出版部/1999.8)

 この本は、滅茶苦茶いいね。お薦めである。ベースは障害のある子ども・青年の発達と関わりを考える、という内容なのだが、健常の子どもを持つ親にも十分に参考になり、勉強させられる。そうした意味でお薦めなのである。  子どもが発達していくうえでの、起きることを「矛盾」と捉え、それを乗り越えて行く事、乗り越えるための「大人の介在」のしかたが「実…
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ちょっと気になる子どもと子育て 池添 素 (かもがわ出版/1998.8)

取り敢えず、発想の転換をしてみよう、という本です。いやいや本来あるべき親子の関係に立ち戻って考えよう、という本です。 私たちは子育てのなかで大人(自分)の視点から子どもを見がちで、ついイライラしたり腹がたったりしますが、子どもの発達していく過程での行動から考えてみる、、、という展開がされています。 第2章のタイトル「子どもは自分で発…
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子どもと歩けばおもしろい 加藤繁美著 (小学館/2002.8)

M保育園のH保育士に「ちょっと難しいかも…」と前置きののち薦められたのだが、結構おもしろく読めた。そうは言っても多少は考えながら読まないと理解できないかもしれない。 第1章では、「子育ては喜びと苦渋の間で」と題し、「子どもの出来、不出来は母親の責任」というイデオロギー批判から始まり、社会ほ変化のなかで「学校」に焦点を合わせ、(母)親自…
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