「コンビニ人間」村田沙耶香 @折り合い

 吾ながらクドいと思いますが、まだ「折り合い」を引きずっています。
 とある友人の「社会はみなが折り合っていきている」に反発して「みなは社会に折られ合わせられている」としてみたものの、もちろんオールオアナッシングではないことは解っているので、かなり譲って「99は折り合うので、1つの折り合えないが合った場合は折り合いません」とし、その「1つの折り合えないことこそホントではないか」なんて言ってはみたものの、また一つの著書に考えさせらてしまったのだから、引きずるのも仕方ありません。
 上の言説はあくまでボクの感覚、つまり意識によって考え出されたもので、つまり社会で99は折り合うことができる人間がそれでも「折り合う」ことに疑問をもち頑張って反抗している風景、笑。
 そんな時に「コンビニ人間」です。(以下まいどのネタバレなのでご注意ください。)
 上の感覚が前提のボクとは違っていて、「コンビニ人間」は一般多数が形成する社会がまったく理解できずに、発話をやめてしまった人間が、なんとか「折り合おう」とするという物語なのです。
 主人公の古倉恵子には社会と折り合おうという意識はありました。子どものころ園庭に青い小鳥が死んで「皆」が悲しんでいても、焼き鳥好きな父のことを思い「小鳥を食べよう」と言い出し、小学校のころにはクラスメイトが喧嘩をしていて、誰かの「喧嘩をとめて」という声に応えて喧嘩をしている男子を椅子で殴り止めに入り、最近も赤ん坊の声がうるさいという妹の声に応えるように果物ナイフをみつめたりしました。そんな古倉恵子は社会の常識的な物語に自我を合わすことができずに、マニュアル通りにやれば周囲に認められ「合わす」ことのできるコンビニのアルバイトをすることで「折り合おう」としました。マニュアルがマニュアル以上の理解により働く喜びにまで昇華することができていました。
 古倉恵子の周囲の社会(両親、妹、同窓の知人、同僚)は、無意識に社会を構成している多数の人々でした。青い小鳥の死は可哀想であり、墓をつくって弔うのは当然であり、30を過ぎて結婚もせずコンビニでアルバイトすることは変であり、仕事をサボる人への怒りは共有すべきであり、好きでもない男と同棲するのは狂気であり、皆と歩調を合わせるべきであり、これらが理解できなければ病気であり、治療の対象でありでした。
 古倉恵子はこうした社会を理解できないながら不審がられないよう、極力普通に思われるよう「折り合おう」としました。靴などの趣味を周囲に合わせてみたり、解るふりをしたりしました。それでもふいに地がでてきて普通多数からすると「普通」ではない部分が露呈してしまいました。両親からは「心配」され、妹からは「治療」を強要され、同僚からは「嘲笑」され、同窓からは「疎外」されました。社会の空気をよめない「特別な一人」は許されませんでした。こうして結局はコンビニのアルバイトという立ち位置も奪われました。
(もう一人、心の底では社会と「折り合い」たいのに、優位に折り合えないため、折り合おうとせず現実逃避する男が、重要な役まわりとして登場しますが、今回は端折ります。)

 さて古倉恵子の「折り合い」はどうだったんでしょう?
 また世間一般の「折り合い」とはどうなんでしょう?

 古倉恵子はコンビニ人間(アルバイト)として、社会と「折り合う」ことができたのでしょうか?「折られ合わせられた」のでしょうか?
 コンビニ人間としては「折り合う」ことができたように読めます。ただ周辺と合わせて「普通」と思わせなければ治療、嘲笑、疎外に遭う。それは避けたいとする部分は「折られ合わせられた」とどうしてもボクには読めてしまいます。
 世間一般の「折り合い」とは「普通」という範疇から飛び出ることなく、喜怒哀楽を他者の感情にあわせ、空気を読む。これらを「折り合い」と意識することなく、また疑問をもつこともなく、考えることがなく振る舞えることです。そして、異物があれば治療して(折り合わせさせて)仲間として受け入れることです。治療不能ならば疎外し囲い込むことです。

 こうしてみると「折り合う」か「折られ合わせられる」かは当人の意識の違いかもしれません。また「異物」を許容するか、拒否するかの社会環境の違いによるものでしょう。当人の意識、周辺社会ともの「折り合う」という意識であれば、それで「社会は折り合って生きている」といってもいいと感じます。
 ただ周辺社会が「折り合わせる」となると、当人がどのように「折り合おう」としても「折られ合わせられる」となりそうです。
 この本「コンビニ人間」は、社会が「折り合い」を許容するほど成熟してないことを物語っている本なのかもしれません。

 ボクは古倉恵子を理解、共生したい。君が無理に世間に合わせることで「生きながら死ぬ」必要はない。君が世間に合わせなければ唯我独尊を見ているような気がします、笑。

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