「死後が不安」といふ老人たち

今朝、NHKで「自分の死後」が不安だ、という老人たちのプチ特集をしていた。
これまでちょくちょく聞いた「老後が不安」とうのは解らないでもないのだけど、「死後が不安」とはどういうことなのだろう?
本当に意味が解らなかったので聞き耳をたててしまった。
どうやら「看取り」とか「葬式」とか「墓」とか「遺産」の心配をしているようだった。
そこまで聞いてやっと意味が解った。
看取りはともかく、死後とは「自分(本人)は死んでるんだから関係ないんじゃないか・・」などとブツクサとつぶやくワタシにツレアイが、ちゃんと成仏したいんじゃない、と言った。
ああ、成仏かぁ、そうだね。と微笑みあっていると、テレビのなかで社会福祉関係の人が喋りはじめた。
「死後のかたちを社会できめて保障しないと・・・、云々」(録画したりメモしたりしたわけではないので、正確ではないかもしれないがこんな感じの解説だったと思う)
ワタシは唖然とした。
真面目にコメントしているのかよ?
不安さえも「生きてる」なかで感じてはいけないのか?
そも「死後のかたち」って、、、、、

そういえば以前、ちゃんと社会人をしている旧友たちが話していた。
共通の知人で一人住まいの人が、ある日突然死んだらしく、死後2日ぐらいで発見された、という話しだった。
遠い親戚が、葬儀場を手配し死体は安置されたのだが、花なし葬儀なしで、死を知った関係者や友人が数人訪れ世間話をしてかえっていったらしい。
旧友たちは誰にも知られずに死ぬのが惨めだ、葬式もないのは悲惨だ、ああはなりたくない、と話して共感していたようだが、できるならどこか森の奥で一人で死んでそのまま土になりたいと思っているワタシには、旧友たちの会話に共感できずにいた。
「別に惨めじゃないし、いいんじゃないの」と小声でいってはみたが、キチガイを見る目でみられることになる。もっともその旧友たちは、ワタシを「変わり者」として認知しているので、その時を含め、いろいろスルーしてくれるのだが。

旧友たちの会話は、共感はできないのだが、それなりに何十年も日本で生きてきたワタシには「そうした考えが一般だ」という意味で解らないではないのだ。
でも、ふと気を許すと「解る」ことを忘れている自分がいて思い出させられるということになる。
今回のNHKのプチ特集もそんな感じである。
自分が世間からズレているマイノリティと自覚させられる。
でももうそんなことはどうでもいい。
個々好き好き、思いたいように思えばいいし、そうするしかない。

なのでワタシ個人のことになる。
個人の思いは世間一般の共通した思い込みを「虚構」と認知してしまったためのズレなのかもしない。どう考えても死後ではなく死に至るまでのほうに興味がある。
死に至るまで、「虚構」をどうとらえ、どう向き合い、そのうえでどう存在しえるか・・
そのことがワタシには大切であり、課題でもあり、ある意味、不安でもある。


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