たとえば「従軍慰安婦を強要された人々」のこと

 「従軍慰安婦を強要された人々」、、彼女の話を聞く。いつ聞いても何度聞いても酷いと感じる。耳を塞ぎたくなる。涙が溢れる。何も言えない。ワタシはワタシのトラウマと重ねあわせて泣いているのだろうか? それとも戦争という狂気にまきこまれ彼女を犯している自分を想像しているのだろうか? 謝罪なんてできない。言葉にならない。ただ聞くしかない。彼女の苦しみが解るとは思えないけど、もし彼女が話すことで、すこしでも傷みから解放されるならば、話を聞こう。彼女の傷みの何十分の一、何万分の一かを共感した落涙で彼女が忌まわしい過去から解き放たれるのなら、話を聞く。それしかできないのだから。

 はたして、嗚咽しながら話をする彼女を前にして、

 「それは嘘だ、そんな事実はない」
 「仕事だったんだろ、合法だったんだよね」
 「どこの“国”でもあったんだから」
 「国籍はどこなの、政治的発言だ」
 「人数がどうだ、%がどうだ」etcetc

 なんて言えるのだろうか? 鬼畜じゃあるまいし。
 さらには、涙する彼女を前に

 「あなたが犯されたことは、学問的にも認められています」
 「大丈夫、裁判でも勝ってます」
 「1日何人の相手をしたの云々」etcetc

 プチ政治家がのたまい、論戦をしている。論敵をいいまかせば満足かい? すべてがセカンドレイプにしか聞こえない。
 「国家」による「謝罪」も賠償という「金」も政治(今の政治は駆け引き)でしかなく、彼女のほんとの痛みを和らげるものではない、と思う。本質は政治で解決する問題ではなく、学問でもなく、裁判でもない。もし彼女が誰かに乗せられて、政治で、裁判で、何かをせずにいられないとしても、彼女の心の穴は埋まるものだろうか? もし埋まるならばそれでいいのだが、ワタシには彼女から搾り出される言葉がそんなもので埋まるとは思えない。だから話を聞くしかない。話を聞き頷いている自分がいる。絶対分からないけれど、分かろうとしている。それしかできない。
 話を聞き先に進みたい。

 
 

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