「秋葉原でおきた惨事」…自己肯定感の阻害か

 本当は書くつもりはなかった。
 社会に対しては「派遣労働者の惨状」「格差社会の犠牲者」「死刑廃止論」という視点。個に対しては「そも負け組と思い込む心性」「勝ち負けという価値観」「死と生について」……など、いろいろ考えるところはある。でも、どこから切れ込もうが、容疑者に対しても被害者に対しても、どこかで書くことを躊躇させるものがあるから。そう、ワタシの中の何かが、机上で語るワタシはワイドショーで嬉しそうに語る評論家とどこが違うのだろう、とブレーキをかけるからである。

 昼休み、点けっぱなしにされていたテレビがワイドショーを嬉々として垂れ流している。うんざりして、テレビを消そうとしたのだが、思わず見入ってしまった。アキバで多数の犠牲者を出してしまった犠牲者が、どこかで書いていたという愚痴。
 今回の件は惨事を起こしてしまった犠牲者の凶行は、格差社会で虐げられ、社会から投げ出されたことが大きいと思う。しかし、派遣でズタボロに使い捨てられるという理由だけで、ああした惨事をおこせるのだろうか? それだけが理由なら、これから200万件の惨事がおきるだろう。いや、おきるかもしれない、おきるかもしれないのだが、それにしてもテレビで流された、容疑者がどこかに書いたという愚痴にワタシは目がとまってしまったのだ。

親が書いた作文で賞を取り
親が書いた絵で賞を取り
親に無理矢理勉強させられたから
勉強は完ぺき
小さいころから「いい子」を演じさせられていた
親が周りに自分の息子を自慢したいから、完璧に仕上げたわけだ
俺が書いた作文とかは全部親の検閲が入ってたっけ


 惨事をおこした犠牲者が親に対して綴った愚痴である。
 これね、古くからの読者はご存知かもしれないが、以前、ワタシがエントリ-を挙げたものを思い出させた。こんな親がフツーにいるんだ、しんじられない、というエントリーである。

「いまどきの夏休みの宿題」…えっウソ!! そんなバカな……

また、そこに関係するだろうエントリーも挙げておこう。

早期教育が育てる力奪うもの 加藤繁美著
 
 親がオノレの虚栄心を満たしたい為に、または、親が我が子の将来を案じてという勝手な価値観の押しつけによって「自己肯定感」を阻害され続けた子の末路をまたしても、みたような気がする。



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