「2010追悼集会」…何故ここにくるのだろう?

 「……スズキさん、下の名前がわからないのですが、、、蘭の館の前の小屋掛けのなかで死んでおられました・・・。次の方は名前がわかりません、救急搬送されましたが亡くなられました……」。オンボロ拡声器から絞りだされる雑音まじりの声を青カンのおっさんらに混じって聞いていた。やはり今年も追悼集会へきている。
 笹島診療所が把握しているこの一年で亡くなられた人たちの名前と死んだ時の状況が報告されている。死んだ人35名。うち何名もが名前もわからない人だった。オレはふと最近ニュースで騒がれてる書類だけで生きている人を想い浮かべていた。果たして「死」まで書類で管理されていることが幸せかどうか? 何か意味があるのかどうか?なんてこと。

 そういえば、オレはなんでここに来るのだろう?
 実は最近古くからのツレの親が死にツヤと葬式のスケジュールが知らされた。もうこれぐらいの年になるとそんな連絡もよくある。今回はたまたま二つも連絡があったが、結局どちらにもいかなかった。どちらのツレの親も知らない。正直にいうとツレを気遣う気持ちもあまりなく、行ったとしてもすごく形式的な参列だと感じていた。そう感じても行くのが「つきあい」なのかもしれない。そうしたこともある程度解かりギリギリまで参列すべきかやめとくか悩んだが、結局いかなかった。
 なのにである。全くしらない青カンの、そう名前さえ解らない青カンの追悼集会へは迷うことなく行ったのである。
 なんだろうな。これは。
 もしツレの親の葬儀じゃなくて、仕事関係のつきあいの葬儀だったらまず行ってるだろう。と考えたときに、ふと、これは「システムの内」のことだ、というのがよぎった。
 「つきあい」はシステムの内のことで、ツレの見知らぬ親の葬儀にシステムとして参列したくなかったのかもしれないな。もちろんツレを気遣うのはシステムの外のことだけど、今回のツレの親の死はあえて行ってまで気遣う死じゃないと感じていたのかもしれないな。

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 追悼集会、、、ほとんどがシステムの外の世界。
 青カンそのものがシステムの外であり、名前がわからないのがシステムの外である。ボランティアであるとこの炊き出しも医療相談もシステムの外であり・・・システムの外、、、ぼんやりそんなことを考えていると、どこかの連帯アピールが「・・・ここにくれば誰もがうけとめてくれる・・」といった。システムから弾き飛ばされた誰もが受け止めてくれる。そうか、だからシステムに癖癖してるオレもここに吸い寄せられるのかもしれない。
 でもね、ここでの「運動」はシステムを変えて皆がシステムに取り込まれることができることを目指しているんだよね。システムの内なる運動としてさ。そしてここにはまた小さなシステムが形成されていく。
 連帯して団結していこう!!
 炊き出しの飯だけ食いにくるんじゃない、仲間の追悼をしよう!!  ってさ。

 正義の強要かぁ、新システムの確立かぁ、、、
 「・・・ここにくれば誰もがうけとめてくれる・・」でいいじゃないのさ。アンチシステムでさ。どっちが幸せか、なんて解らないぜ。「システム基準」の価値観を乗り越えたときにほんとのことが解る気がする。ここはその境界だろ。どっちに転ぶ? もとのシステムの内かシステムの外か・・・
 こんなことを言えば、「システム基準の非業の死」も受け止めなきゃならないのかな? 大丈夫、受け止めるべきだ、なんて野暮なことは言わないよ。

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