「内心の調査」…+αが欲しいのかも

 内心エントリーはもう終わりって書いただけど、ちょっと思い出してしまったことがあるんで、もう一本だけ。今回は内心そのものじゃなくて、内心にかかわるエピソード。ほんとは、あんまり個人的なことを書くとリアルで特定される恐れがあって、なんとなくイヤなんだけどさ。もうずっと昔のことだからいいか。でも早々にエントリーを削除することもあるから最初に断っとくね。
 オレがまだ青カン支援の運動のなかにいた頃、その頃は「夜回り」という活動のグループにいたんだけど、夜回りってのは、青カンしている人のところへ訪ねていって、シノギがでてないか?なんて近況を聞いたり、他のグループ、炊き出しやら診療所やらの情報を伝えたり、青カン同士の横の情報を伝えたり、今度役所に乗り込むから一緒にいこう、なんて誘ったりしてたのね。まあこういう言い方をしては語弊があるかもしれないけど、「炊き出し」や「診療所」のように「待ち」の支援ではなく、訪ねて行くという支援なので、「炊き出し」や「診療所」に来ない人のことまでよく分かるわけ。多分、何人青カンに追い込まれているって「数」も、「数の推移」も、青カンしている「場所の推移」も、さらには誰が何処に寝ていてどんな名前で最近の様子はどうで、最近見かけるようになったの人は釜から流れてきたんだとか、、、みたいなことまで一番把握していたのが「夜回り」のグループだと思うのね。でもじゃあ青カンそれぞれの「内心」というと、そこまでは解らない。聞いてはイケない、って不文律みたいなものが有って聞きもしないから、解らなかった。青カンの人たちも語らなかったしね。そりゃそうだ。故郷をでなくちゃいけなくなったことや、帰れないこと。家族との別れや会えないこと、、それぞれに事情があり、今の自分も決して誇れるものじゃない。いろいろな思いがドンヨリ渦巻く内心の吐露なんかできないさ。
 オレなんかは、どっちかというと結構薄情者で青カンよりも運動そのものに視線がいってたり、支援仲間との討論のほうが楽しかったくちだから、あまり青カンとの付き合いを積極的にしようとしてなかった。それでも何年かそこに居るうちに結構多くの青カンと知りあって話をするようになったのね。最初は世間話だったのがだんだん身の上話になったりしてさ。一旦話しだすと止まらなくなる。堰を切ったように喋りだしたりする。こないだうちのエントリーでいけばベクトルAで、オレのほうもフィードバックAだね。で、やっぱり辛い話が多くて最後は「自分が悪い」ってことが多かったかな・・・。

 で、今回思い出したのはそういう話じゃなくて、別のことね。
 ある日どこかの大学のセンセから「ホームレスの調査」をしたい、って話が飛び込んできたのね。研究調査ってこともあるけど、大学がした分析結果が統計的実証になり行政交渉なんかの武器にもなるってんで、支援者全体の会議にもかけられた。もちろん調査に一番つかえる「夜回り」のグループにも声がかかったわけ。
 夜回りとしても、運動として社会制度を是正しなければ根本解決にならない、まあ自分たちでは調査の仕方も分析して資料をまとめることもできない、できたとしても資料に権威がないわな、ってことで話を聞こうってことになったわけ。
 話を聞くために会場にいったら、どっかの教授がゼミの学生を数人ひきつれていたのさ。
 でね、夏休み中の一ヶ月半で調査して分析するから協力しろ、って言うのさ。
 オレたちは、最低1年ぐらいかけて青カンと調査人との人間関係をつくってから、そのなかで、またはその上で話を聞くってのを仮定していたから、一ヶ月半でぇ、何を言ってんだ、ふざけんなよ、ってことになる。青カン個々の内心が非常にナイーブなものってのは肌で痛いほど感じ取っているわけだからさ。
 青カンは支援グループの所有物でもなんでもないんだから、この教授たちが勝手に調査してもいいんだけど、それは出来ないってのは分かってんだよね。
 この調査に協力するか否かの話し合いを2度3度と重ねるんだけど、機械的に調査して分析したい教授たちと肌感覚がそれを許さないオレたちとの溝が埋まらない話し合いは決裂。最後にその教授は「私のことが嫌いなんでしょ」って言ったから、そうかもしれない、って言ってやったさ(笑)。

 今、考えてみる。
 制度を変えていかなければ根本解決にならない。制度を変えるために実態調査、分析資料は武器になる。そのために個々の心情は犠牲にしても調査をする。ある面、正論かもしれないな。でも何かが違う気がするんだよ。たとえばその調査分析資料が功を奏して、青カンは毎日役所で1000円ずつ貰えることになり、野宿を脱することができました、、、別にそれでいいのかもしれないが、何か肌にピンとこないんだよね。
 できれば、語りたくないという内心を大切にするなか、辛く、悲しいという内心は言って欲しいのさ。で時間をかけて繋がり、やっと出せた、そんな声を合わせるなかで何かを変えられないものか、と思ってる。制度もね。もし声が合わさった結果、毎日役所で1000円づつ貰えるようになったとしたら、同じ1000円ではない+αがあると思う。人と人が繋がり言葉が蘇り、新たに生まれ、内心を分かち合った成果としての+α。ふん、そうだよ、またまたお花畑全開だってのは分かってるさ。ドリーマーだ。でもやっぱりあの頃目指していたものは1000円そのものじゃない気がしてさ。
 機械的調査で勝ち取った1000円と、時間をかけて、人間関係をつくって、そのうえで話を聞いて、言葉と共に生まれた1000円では違う1000円ではないか、と、今でもやっぱり思うよ。

 そうそう、その教授とのやり取りから「調査」ってのが妙にトラウマになってさ、なんかの折に他の寄せ場の支援のヤツが、嬉しそうに「調査結果をまとめた本」を自慢してくるから、、、喧嘩になっちゃったな。あいつらにしてみたら、なんで「調査」って言葉に異常に反応して噛みついてくるか判んなかっただろうなぁ(笑)。狂犬の尾を踏んじまったって感じたかな? 悪かったね、オイラも若かったからさ。もっとも「人間(の内心)を調査する」ってのには今でも無条件に違和感を感じてしまうんだけどね。
 

 

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この記事へのコメント

×第二迷信
2010年01月29日 22:45
結局は、この教授が「何」を「調査」したいか、
 ということなんでしょうな。

「制度」ができても1000円を貰いにいかない人もいるだろうし
(というより、申請すれば確実に対象になるけれど、あえて生活保護を申請しない人の多くはそんなことなんでしょう。
 「若い」うちはそれでやってたけど、高齢になってさすがに限界で、保護を受けるようになったオッチャンが結構います。
 さすがに70にもなると、「語りたくない」ことも「過去」になっちゃってるかも・・・)
dr.stonefly
2010年01月30日 08:58
×第二迷信さん
まあ、いろいろな人がいますから、一概に言えませんが、勘違いする人がいるとイケないのでちょっと補足しますね。

当時もやはり老齢の方は多かった。ただ老齢だから、語る、語らない、ではなく、やはりそこに至るまでの傷が深かったのだと思います。

生保の件に関して、当時は(今でも)でしょうが、住所のないものに申請は出来ませんでした。つまり住居がないほど困っている人は生保も申請できなかったということです。
今(だいぶ前から)問題になっているのは、ホームレスを住宅に住まわせて、生保を(本人経由ではなく)全て吸い上げるというヤクザな商売です。
alice
2010年01月30日 16:32
お久しぶりです。aliceです。

そもそも内心を数値化する調査ってなんなんじゃい、と非常に不思議な気がしつつ思うのは、とにかくこの「教授」は、「人がどのように納得するか」ということの本質がまったくわかっていなかったのでしょうね(どのように人を説得するかではなく)。
今だと、たとえばいったいカツマとカヤマのどっちがそれに長けているのか興味深くありますが、それはともかく、「納得」はするものであってさせるものではない。
そんなことを、このエントリを読んでつくづく感じました。

またもうひとつ思ったのは、おそらく昔も今も大学教授などで、そういった人心掌握術に長けている人はいないだろうから、そこを仲介する業者があってもいいような気もします。調査したい人とそれを拒否する人のどちらにも悪意はなくて、その意思がお互いに通じないときに、通じさせる媒介があれば、世の中はもっとうまくいくのではないのかなぁ。そんな役回りがうまくできる人なんて、理想の中にしかいないかもしれないですが。
ま、仮にいたとして、それってすごく怪しい人に見えそうですね(^^;。
人生アウト
2010年01月31日 00:05
あ、面白そう(笑)。>どちらにも悪意はなくて、その意思がお互いに通じないときに、通じさせる媒介
dr.stonefly
2010年02月01日 08:31

aliceさんおひさしぶり、、、かな(笑)
大学関係者や研究者から総スカンくいそうな、随分無茶なエントリーを挙げるなあ、と思いながらあげました。「内心」といっても表面的には、感情的な部分ではなく、出身地とかホームレスになった「理由」とか、週に何食たべれている、とか、何を食べている、とか、現在の所持金とか、ホームレスになって何日目かetc、とかでしょうね。
そういう統計にしても、当時のワタシたちには機械的に調査することは許されなかったと思い出します。
でね、本文にも書いたのですが、ホームレスの人々は支援の管轄下にないのですから、教授たちが勝手に調査する、という手もあった。でもできなかった。おそらく教授たちはワタシたち支援に「仲介する業者」の役割を期待したと思うんです。、、、もしかしたら、そのことの反発もあったのかな、と思いました。



人生アウトさん
>その意思がお互いに通じないときに、通じさせる媒介
神業かもしれない。もしかしたら「時間」かな?

人生アウト
2010年02月03日 11:52
そこで、毒多にここは異論を提出したいと思います。
私達の人間関係で、利用できるものは何ひとつありません。毒多にとって路上生活の方が利用の対象でないのと同様に、大学教授もまた利用の対象とは本来なりえない。「研究調査が行政交渉に役に立つ」というのが、どちら側から言いだされたものかはわかりませんが、おそらくはこれが間違いだった。
仮に調査がまとまった結果、行政から千円を引き出すことに成功したとして、それはあくまで……おまけ。調査が何かに利用できると考えれば、その利用と引き換えに研究調査を値踏みすることになる。「この研究は何円の価値があるのか?」と。
それは、はたして「この人は何円の価値があるのか」という視点と、兄弟ではないのでしょうか。

もともと調査に利用価値などない。目的もない。
どんなジャンルだってそうです。ある特定の目的を立てて、それ目指して努力する人は、必ず「俺には何円の価値があるのだろうか?」との呪いに苦しむことになる。「結果を出せない自分は無価値だ」と。

それは病です。
毒多は、その調査に協力するか否かを、「時間があるかどうか」「興味があるかどうか」「助けてやりたいと思うかどうか」で決めるべきだったのではないか――と。
dr.stonefly
2010年02月05日 21:21
もう、ちょっとマジで忙しくてかめレスになってしまいました。失礼。たまには労働も忙しくならなければ、食っていけぬ。
といってレスしようとしても、ほとんどレスにはならずに、フンワリと酔いながらだらだらと書きます。

調査に価値があるか? たしかにない。調査とは、価値以前の「ありのまま事実」を調べるわけで、ありのままの事実自体を数値化することに価値があるのかといえば、否。存在は価値とは関係なく存在するわけで、ただ存在する。そういう面では科学も無価値。
そこに何かが絡むと「価値」になる。言うように「貨幣」かもしれない。ただ、貨幣を媒体としても「生きること」に繋がるのかもしれない。では、「生きること」に価値があるのかというと、それは解らない。解らないが価値があると信じて生きているのかもしれない。

貨幣的価値といえば、当時ほとんど進展しない運動のために、どれだけの自腹を切り、どれだけの時間を費やしたか!!!!!
その、金と労力と時間を小商いに費やせば、きっと小金持になっていたことだろう。ではそれは価値があるか? 仮定の話はできないが、今のオイラはいなかった、それは間違いがない。

と、人生アウトさんのレスにはなっていないが、ふと思った。
さめ
2010年02月07日 21:51
調査したい人と仲介業者の役の両方を1人でやっていたら私は数年で疲れ果てましたよ、、、

人生アウトさん:
>もともと調査に利用価値などない。目的もない。

本来はそのはずなんですが、私は泡瀬干潟や大浦湾を守るツールとして科学的調査を利用しようと最初から思ってしまったんですね。
だから守れなかった海域について後悔し苦しんでいるのでしょうか。。。それとも科学があまりにも無力であることにがっくりきているのか、自分でもよくわかりませんが。

>当時ほとんど進展しない運動のために、どれだけの自腹を切り、どれだけの時間を費やしたか!!!!!

私も同じです(笑)。お金も時間もたくさん使ってしまいました。そのことに関しては後悔はないのですが、人生のうちで余計な知らなくてもいいことを知ってしまったのかもしれないという薄い後悔はつきまといます。生き埋めにされていく生き物たちをこの目で見て記録するという厳しい経験をした人よりも、都会にいて何も見ずにエコポイントだのエコカーだので環境保護をしている人達の方が幸せに見えるから。
人生アウト
2010年02月08日 00:28
>さめさん
>守るツールとして科学的調査を利用しようと最初から思ってしまった

それは正しい事だと思います。(上と言ってること違うぞ!)
さめさんは、珊瑚を守るために「科学するツール」としてさめさん自身を――『利用』した。それは正しい。本当に正しい。さめさんがいたからこそ、どれほどかの珊瑚が命を繋いだことは間違いないと思います。

同時に、だからこそ、ご自身をツールとして利用されたさめさんは、その宿痾からその苦しみから、逃れえなかった。
さめさんは、ご自身を「珊瑚を守るためのツール」として徹底された。――その徹底ゆえに、珊瑚の命と引き換えにさめさん自身を食い荒らされた。――のだと思います。

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