「ホントの真相!?」…マジでハルマゲドンが現在進行中だって!?

 大抵の9条の会の講演会の聴講者は平均年齢高そうなんだけど、この講演会は顕著だったなぁ。きっと平均年齢もアラ還以上じゃなかったのか? ワタシなんぞ再若年じゃないかって思っちまった。ちなみに講演者はイスラーム研究の第一人者と紹介のあった鈴木規夫教授で、演題は「イスラームが求める平和とは~、誰がイスラームを〈敵〉に仕立てたいのか」だった(笑)。
 実質1時間強の講演の80%がイスラームの基本のこと。まいっちゃったなぁ。もっともね鈴木さんが言うには、イスラームの話をするとき、どのレベルから話していいのか解らないってわけさ。基本が解ってなくちゃ「誤解」される恐れが多いってことを言いたかったんだろうね。いいですか、この「誤解」ってのがキーポイントで、ワタシなんぞはイスラームのことを何にも知らない。知らないんですよ。ホント知らない。そう知らなくても何らかのイメージを持っている。あなたも持ってますね。胸に手を当てて考えてごらん。持ってるでしょ。テロとか、何げに恐ろしいとかさ。でも本当にイスラームを知らずに「思っていて」いいんですか? ってのが鈴木さんの言いたかったことだと思うのね。ほら、これってとても重要なことでこないだうちの「差別」なんかとも通底しそうだ。
 というわけでここで、イスラームの基本のお勉強をしてもいいんですが、ブログネタとしては読んでもらえそうもないので、おもしろそうなとこだけ。

 いいですか、ちゃんとイスラームと伸ばしてくださいね。言葉は大切です、ってとこからはじまったんだけど、要注意なのがイスラームというのはイスラーム教じゃないってことです。仏教なんかもそうなんだけど、もともと宗教ってのは「信仰のシステム」であって、○○教じゃなかったんです。○○教って呼ぶようになったのは(西欧が幅を利かせる)近代になってから、ヨーロッパ人が帝国主義でもって非ヨーロッパ地域に侵略するにあたってそれぞれの地域にあった「信仰システム」を○○教と呼び「宗教のもとにまとめてしまう」という手法をとったのね。イスラームなんて「宗教」じゃなくて、生活であり生きるうえでのアイデンティティだったというんです。ところが西洋的近代がキリスト教と区別するにあたって○○教としたわけ。侵略者であるヨーロッパ人にとっては、キリスト教の教義が一番進んだ教えで世界中をキリスト教で染めたかったらしく、そのため区別と差別が必要になった、で、「宗教」ってカテゴリーにまとめる必要があった、ってことかな。って解りにくいかな。そもそも、「○○教」じゃなくて「信仰のシステム」ってことからして既に解りにくいんだけど、この解りにくいってのも重要で、解りにくい原因として、すでに十分に(ヨーロッパ人が押し進めた)近代に洗脳されていると考えられるかもしれない。
 まず、己らの意識改革が必要なのかもしれないな。欧米が発信する情報は信用できて、イスラーム圏なんかが発信する情報は怪しげである、という感覚から見直さなければならない、ってのはあるよな。
 そうそう「アルカイーダ」なんてのも、イスラーム過激派の世界的テロ組織でもともとあったものって認識があるやなしやなんだけど、この名称も『アメリカ政府が2001年1月に反マフィア法でビン・ラーディンを訴追しようと決めたとき、対象が名前のある犯罪組織じゃなければならない』って理由によって名付けられたものなの。で、9.11以降イギリスがテロリスト容疑で拘束した664人のうち、アルカイーダと関連を裏付けられて起訴された人が一人もいないらしい。……なんて、話をきくと「アルカイーダ」ってのはやはり「~がために」とってつけた名称ってことになるのかな。
 この辺の情報は「テロとの戦いの真相」ってテレビ番組でも言っていて、講演では、ドキュメンタリー番組の「テロとの戦いの真相」に触れていたから情報源はそこかもしんない。「テロとの戦いの真相」って番組は2004年10月頃にBBCで放映され、日本ではNHK-BSで放映されたらしいんだけど、あまりに素晴らしい内容にアメリカでは放送禁止になったらしい(笑)。って笑ってられない内容なんだけどね。
 とりあえずレジュメに載っていたNHKの解説をザクッと要約すると、・・・しんどいしぃ、、、要約はやめてコピペしよ。

▼第1部「イスラム過激派の誕生」(原題:Baby It's Cold Outside)

 かつて政治家はより良い世界の夢を提示したが、いまでは人びとを悪夢から守ることを約束する。国際テロリズムは本当に指揮命令系統が一本化された国際組織なのか、それとも西側社会の崩壊を防ぎ、政治家が失いかけた権力と権威を取り戻すための幻の脅威なのか。物語は1940年代末、エジプトとアメリカで生まれた二つの集団、イスラム過激派とネオコン(新保守主義者)のルーツを訪ねることからはじまる。両方とも、現代の行き過ぎた自由主義・個人主義こそ社会崩壊の元凶と信じたが、やがて道徳と秩序の回復に恐怖を利用するようになっていく。

▼第2部「ビン・ラディンの実力」(原題:The Phantom Victory)

 1979年末のソ連によるアフガニスタン侵攻で、イスラム過激派とネオコンの奇異な同盟が生まれる。アメリカが資金と武器を提供したムジャヒディン戦士の中に、若きサウジ富豪オサマ・ビンラディンがいた。10年後にソ連が撤退したとき、イスラム過激派もネオコンも「悪の帝国」を倒したのは自分たちだと信じ、それぞれ世界革命に乗り出す。前者はアラブ圏において暴力と恐怖で支持者を集めようとし、ネオコンはクリントン大統領の追い落としを図って、ともに挫折に向かった。ここから、空想と欺瞞と暴力に彩られた9・11とその後の世界が生まれる。

▼第3部「作られた恐怖」(原題:The Shadows in the Cave)

 2001年の9・11事件後、ネオコンはかつてのソ連をモデルにイスラム過激派を邪悪な強敵に仕立て上げる。世界には極端なイスラム思想によって9・11やマドリードの列車攻撃のような無差別テロに走る個人やグループが存在するが、高度に組織された秘密の国際テロネットワークがいつ西側社会を攻撃するかわからないというのは妄想だ。しかしいまや、もっとも暗い想像力をもつ者がもっとも強い力をもつ時代となった。9・11以降、政治家たちがどのように恐怖を誇張し、煽り、利用してきたか、さまざまな例を挙げて追及する。



 ググってみたらグーグルビデオで観れるってんで、3部×48分の時間をかけて観たんだけどすごいね。ネオコンとイスラム原理主義。レオシトラウスが考えた広めたネオコンはだれきった自由世界を変えるために、新自由主義ちゅうイデオロギーで世界を統一しようとする。そのアメリカで教育システムの勉強をしていたサイードクトゥブてエジプト人もやっぱりダレきった自由主義に危機感を覚えイスラム原理主義がイスラームのもとの平和な世界に統一しようとする。ここのあたりがザワヒリやビンラディンに受け継がれていくんだけど、自分たちの考えるイスラーム以外はイスラームであっても認めないって暴走しちゃう。ネオコンは「善と悪」をつくりだし、大衆を誘導しようとするのね。もちろん自分たちが「善」で、昔の「悪」はソ連。この辺りではイスラム原理主義と手を結ぶ。ソ連は内部から崩壊したんだけど、ソ連と戦って勝利したってネオコンは情宣するのさ。でも敵がいなくなって困ったってんで、敵(=悪)と仕立て上げたのがイスラム原理主義のテロ。ありもしない世界的テロ組織があることにして、悪と他戦う、善のアメリカって手法をとった、、、。アルカイーダもイラクの大量破壊兵器も全部捏造されたマヤカしなんだけど、恐怖で大衆は踊らされる、って内容で、テロの脅威は世界を滅ぼすっていってるのね。「オモシロ」いからまだみてなくて時間がある人はみてみて。

 今回は、なんちゃって講演録なので、観てない人は取りあえずザクッとした説明とNHKの前説で内容を邪推してもらって、この先を書きたいと思う。
 講演では「“テロとの戦いの真相”のさらなる真相」ということで、アメリカの裏の勢力として跋扈するキリスト教原理主義集団(急進的キリスト教右派)の話になるのね。“テロとの戦いの真実”ではネオコンがキリスト教原理主義を利用したように描かれてるけど、「“テロとの戦いの真相”のさらなる真相」では逆なの。キリスト教原理主義がネオコンを利用しているみたい。「Hijacking America」って本を引用して、「今日のアメリカ政治は宗教的政府のかなりの部分を支配してしまっている事態」っていってるんだけど、にわかには信じがたい話がされたのよ。
 にわかには信じがたいのが何かって言うと、この人たち、、、ってのは、キリスト教原理主義(急進的キリスト教右派)の人々は、今の世界は駄目でキリスト教義的世界の到来を期待しているんだって。マジでイエス・キリストの再臨を望んじゃっているの。そのためには最終戦争(ハルマゲドン)が必要で、それも自分たちの手で誘発しなくちゃ、って考えているらしい。この世界を破滅させ一旦終わらせて、新しい世界には自分たちだけが生きていく、、って、、あんた、、ギャグじゃなくて、小説じゃなくて、、、、マジ、、、って、あんた、さぁ、、、、そういえば、以前そんなこようなことを言っていた某派遣労働者もいたけど新しい世界とは言ってなかった、、かな、、、、、orz
 はっきり言って、笑ってられない状況なようなので、もうちょっと詳しく書いていこう。
 このキリ原(って打つのが大変だから勝手に省略形にしちゃうんだけどキリスト教原理主義者のことね)の人たちが、どういう手法をとっていてどんな感じでことを進めてきているか、ってことを書きます。なんだか「アントニオ・グラムシ『獄中ノート』文化的ヘゲモニーと有機的知識人をめぐるテーゼ」ってので説明されていたんだけど、キリ原の人たちは、政治的な「支配」を目指しています。なぜ支配を目指しているかってのは後で書くけど、『獄中ノート』のテーゼによると、支配のために『前提になるための信念』が大切なんだって。そして「伝統的知識人」を(イデオロギー的に)同化し征服するため闘争することらしい。伝統的知識人ってのはこれまでの権力を握っていた自由主義層のことかな。その闘争のためには自分たちで「前提なる信念」をもった有機的知識人をつくりだすこと。それを作り出すことができれば、効果的に支配することができるってテーゼなの。
 で、キリ原の人たちが用いた支配のための『前提になるための信念』が『ネオコン=新自由主義』だって言うのさ。でも新自由主義自体はキリスト教と関係なさそうだから、キリ原たちの野望のために『新自由主義』は利用されたっていうのかぁ? いずれにしろ作り出された有機的知識人はネオコンってことになるわけだ。
 有機的知識人をつくりだす結果として成功したのが、ブッシュ=チェイニー政権で、オバマになってもキリ原がおくりだす「有機的知識人集団」=新自由主義的「信念」はなくなったわけではなく、組み込まれている、、、らしいよ。
 前に書いた「支配」なんだけど、どうやらラヘイって牧師で小説家が「真のキリスト教徒はあらゆる世俗期間を征服することを神に命じられている」なんて言ったらしいんど、現実にこんな言葉に影響を受けたキリ原の人々が、神に命じられたとおりに現在進行中ってこと。イスラーム原理主義なんかでもイスラームによって諸事を解決してザラーム(ピースなどという戦争と戦争の間の平和ではなくて、真の平和らしい)に導くために神政政治を目論んでいるらしいけど、実際はぜんぜんそんな域には達していない。そこへいくと、アメリカのキリ原の人々は着々と計画が進行していて、政府の重要ポストを獲得しているから核ボタンを押せるところまできている。
 もちろん政策目標はキリ原によって支配される世界で、合衆国憲法の一条を変えること。
 「連邦会議は、国教を樹立し、あるいは信教上の自由な行為を禁止する法律、または言論あるいは出版の自由を制限し、また人民が平穏に集会し、また苦痛の救済を求めるため政府に請願する権利を侵す法律を制定してはならない」って条文で、まあこれは信仰の自由、出版の自由、集会の自由なんかを規制しちゃだめだ、ってことなんだろうけど、キリ原の政策目標はこの一条の廃止ね。「最終戦争」に備えるため、アメリカ合衆国が「国教」により統治される神政政治となり、聖書が国の最高法規となるべき、、、、、ってマジで言ってるらしいぜ。
 これをどっかの、狂気の戯れ言だと思うなかれ、実際に『新自由主義』という捏ち上げた「信念」でもってブッシュ=チェイニー政権っていう駒を動かしていたんだからさ。


 それにしても「真相の真相」が、キリ原でハルマゲドンでキリストの再降臨で、、、かよ。しかもマジで進行中とは、、、シャレにならへんな。


 

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この記事へのコメント

×第二迷信
2009年11月28日 16:31
「第二次世界大戦」が起こる前には「第一次世界大戦」という言葉が存在しなかったように、
「異教徒」がいなければ、自らを「○○教」と呼ぶ人は存在しません。

本当の「キリスト教徒」であれば、マネーゲームで儲けを得る、ようなことは許されないはずなんですがね。

某・元総理の「美しい国」が、「明治以後」しか見てないように、アメリカの「美しい国」も、西部劇時代しか見てないのかも。
dr.stonefly
2009年11月30日 09:55
>西部劇

「“テロとの戦い”の真相」で、ネオコンの産みの親であるシトラウスは西部劇の「ガンスモーク」が大好きで、かかさず観ていたと出てきました。
「善」「悪」が解り易いってのがいいらしい。
アメリカは「善」ソ連は「悪」から、アメリカは「善」イスラームは「悪」と、「善悪」を仕立て上げる方法が繰り広げられているのが現実。



人生アウト
2009年12月01日 11:10
>「善」「悪」が解り易いってのがいいらしい。

「ハウルの動く城」が公開された時、アメリカでは困惑があったと聞きますね。
「悪」であるはずの敵魔女が老いて動けなくなった時、主人公がこれを介護して面倒をみるのが、「善悪」の価値観から外れていたのかも。
dr.stonefly
2009年12月01日 15:25
>「ハウルの動く城」→困惑

そうなんですか、、、知らなかった。
「悪」は根っから「悪」で徹底的に叩かなければならない、って感じなのでしょうか? なんとも単純ですね。
「悪」の犯人もそこに至るまでの、生育歴がどうだったのだろう?とか、社会背景はどないやねん、って考えるでしょ。そういうのが全くないのかな? アメリカってとこは。
それでも、9.11のすぐ後に(自分の子どもが貿易ビルの下敷きになり死んだのに)イスラーム圏を攻撃してはいけないと言っていたアメリカ人もいたから、、、信じたいものです。
愚樵
2009年12月02日 06:31
>ところが西洋的近代がキリスト教と区別するにあたって○○教としたわけ。

って、これは違うと思うけど。

イスラム教もユダヤやキリストと同じ「アブラアムの宗教」なんですよね。同じ神を信仰するんだけど、神と人間との媒介者が違う。ユダヤ教はモーセ、キリスト教はイエス、イスラム教はマホメット(今はムハンマド?)ということになっているわけ。

イエスはイスラム教においても聖者です。でも、最大の聖者はムハンマド。キリスト教では神であるイエスを聖者にまで格下げして、ムハンマドの方が格上としたのはイスラムの方です。だから、キリスト教とイスラム教とを区別したのはイスラームの方がずっと先。

(イエスの生誕地エルサレムはイスラム教でも聖地。最も大切なのは、最大の預言者(媒介者)ムハンマドの生誕地メッカ。でも、エルサレムも聖地だから、互いに争うわけです。)

ちなみに同じイスラームでも、スンニ派とシーア派では全然違うみたいですよ。
dr.stonefly
2009年12月02日 15:31
愚樵さん
ご指摘ありがとうございます。と、いってもホントに無知なワタシには検証しようがない。本文のほうは講演報告ということで、イスラーム研究第一人者という鈴木さんの話をそのままのせました。
講演のなかの「基礎講座」では「イエスの福音書」も信仰の対象であるとありました。ちょっとレジュメを書き写します。

第三に天啓の書です。ムハマドが受けたクルアーンはもちろん、アブラハムの教典、モーゼの律法書、ダビデの詩編、イエスの福音書なども、アッラーががもともと啓示したものだということになっていて、信仰の対象です。
(中略)
第四に、預言者たちです。ある天使たちはある特定の人間にアッラーのコトバを伝え、それをその選ばれた人間が他の地上界の人々に伝えるわけですが、クルアーンでは、この選ばれた人間のことを、預言者、使途、御使い、啓示者、警告者などさまざまな名で読んでいます。(後略)

預言者のなかにイエスもいたということですね。
たしかに、そもイスラム、キリスト教ってのが近代以前(西暦紀元)から「交流?」がありそうなのに、近代以降、区分けしたかのような説明は無理があるのかな?

ところで「テロとの戦いの真相」は見ましたか?
ワタシは知らずに今回初めて観てみて勉強になりました。
naoko
2009年12月03日 06:57
 今の時代、宗教はどこの国でも怖いですよ。
 人の精神を惑わすから。
 既存宗教も新興宗教も、それぞれに。
 そういう時代なんでしょう。
 全ての思想・宗教が地に足のついた土着性を失って、迷走している。

 問題は、その<信仰>が人を救うものなのか、人の精神を狂わすものなのか、外からは判断がつきにくいことです。表裏一体な面もありますし。
 大事件でも起きたら、気付きやすいですが、それでも信者の人はなかなか。
非戦
2009年12月03日 11:00
9条の会の講演会は、アラ還以上というのわかるわ~

福音派と呼ばれている人たちというのは、キリスト教原理主義者で、アメリカに8000万人もいてこの人たちがブッシュを当選させたとか。ブッシュ=神だから、ブッシュが戦争をやるって言っても反対しなかったんですよね。
とにかく、怖い話をわたしもテレビで知りました。

2004年のNHKのシリーズを見ていません。ネットで見ることが出来るのなら、是非見たいです。「アルカイダ」など戦争の口実にするため作り出したものですね。
dr.stonefly
2009年12月04日 08:45

naokoさん

いったい宗教とは何なんでしょうね。
人の弱さを補完するものかと思っていましたが、宗教によって妙に自信をもってしまうと、考えられない方向に走ってしまう。
自分たちは選ばれた選民的になったり、排他的になったり・・・
人は「信仰」というアイデンティティをもたないと生きていけないものなのかな??




非戦さん

こないだ主催したプチ9条講演会は、珍しく老若男女でした(笑)。護憲というのは、若い世代にこそ関係してくることなのにね。そこを念頭において企画しなくちゃ駄目かな。

本当のところは、ブッシュは単なる「駒」らしいですよ。駒として動かされていた。裏で駒を動かすのはキリ原ですね。

「テロとの戦いの真相」はグーグルビデオで観れます。時間があるときに是非ご覧ください。

2009年12月04日 11:47
いや~ア。うれしいですね。大感激。こんな内容の記事が他所のブログでも読めるとは、・・・・・長年自分が同一趣旨の記事を書いてきたので感慨ひとしおです。
日本では人前で宗教や政治の話を語るのはマナー違反でタブー視される傾向がある。
ところがネットのお蔭でこのタブーが崩れ、政治ブログは世間に色々あるが『宗教』を取り上げているところは実に少ない。
政治ブログの基本は宗教であれ道徳や哲学、なんであれ政治とは別の精神世界などと捉えず『全ては政治的に考えられる』(社会の基本は政治が上である)と政治的な力関係を考察する。
ところがですね。
いくら政治、経済、社会を精密に分析しても慎重に判断しても結果が正しくない。『必ずこのように為る』と判断、予測するのですが、これが当たらない。
あたらないどころか完璧に外れる時がある。
何か私の判断には政治経済社会に根本的な大事なピースが抜けているらしいのです。
困り果てて、そこで今までは軽視していた『宗教』をこれ等の判断の一つの材料として加えてみたのです。
嫌々宗教のピースも当てはめて見たのですが、何と今度は自分でも驚くほど、『全ての予測が的中する』といっても良いほど、ほとんど外れる事が無いのですよ。
其れからですね。宗教を勉強しようと考え出したのは。
我々が思っている以上に多くの人々は『科学』ではなく困った事に『宗教的』に判断して行動しているのです。
dr.stonefly
2009年12月05日 10:34
逝きし世の面影さん

喜んでいただき感謝です。ただ、この記事自体は「講演録」でワタシ自身が内容に驚きながら、ホンマかいな、と半信半疑ながら書いたことを告白します。
逝きし世の面影さんの最近のエントリー「『神は妄想である』宗教との決別」を拝読させて頂きました。コメント欄(資料として別掲されたejinewsさんのもの)も含め興味深く読みました。もっとも知識の少ないワタシは圧倒されるばかりで・・・(笑)。でも、やはり考えてしまう内容です。

正直に言って、「『真相の真相』の真相」は解らないです。
おそらくネオコンとキリ原(本文につづき省略形失礼)の、どちらがどちらを利用しているか? というのは「両者ともに本人たちは相手を利用してる」と思っている、のだと思います。イメージとしては、ネオコンが表にでてきていて、キリ原のほうは裏から糸を引いているというのはありますね。で、キリ原の目論みで表の政治舞台にでてくるのは、あくまでも「駒」というイメージがあります。

キリ原と一言でいっても(800万人でしたっけ?)、一致して政治を手玉にとって原理通りの社会をつくろうとしているかというと、そうではないでしょう。一部のおそらく少数のブレーンが工作していると思います。解らないのはその「ブレーン」が本音の部分で何を目的として政治工作(支配を目指して)をしているかです。
ほんとにキリスト教原理による社会を目指しているのか、それとも世俗的な利権や支配をしたいのか? もちろん恐ろしいのは前者ですね。マッド宗教です。逝きし世の面影さんは、このマッドが事実として進行している、と考察しているわけですよね。ワタシの行った講演の内容もそうでした(→鈴木規夫教授)。ただ、あまりに世間離れした内容に、特に日本人のワタシなんかには、ただのSFにしか思えないのがミソです。
dr.stonefly
2009年12月05日 10:34
(つづき)

講演では、題名はメモし忘れましたが、「ハルマゲドンがやってきて、その終末のあいだ、選ばれた自分たちが別のところに運ばれ、生まれ変わった新たな世界に自分たちが戻ってくる」という小説が馬鹿売れしているということが話されていました。

ちょっと話が飛びますが、この宗教は、「善悪の捏造」、「排他的」、「アイデンティティ」ということでは「差別」と同根のような気がします。ここでまた考えてしまうのが、生まれながらにして人間にはこういう性が付いているのか?ということです。

2009年12月05日 15:32
1%の信者数なのに日本人のほとんどはキリスト教式の結婚式をあげクリスマスを祝いバレンタインデーだのはハロゥインだのを平気で行ってキリスト教を知っていると思っているが、その反対にイスラムは何一つ知らないと思っている。
ところが本当はイスラム教もキリスト教もついでにユダヤも全く同じ宗教なのです。
例えるならウインドウズの95がユダヤ教でキリスト教がXP,イスラムがビスタですね。同じ神様のバージャンアップ版が其々の宗教なので、関係ない我々日本人から見れば同一の宗教とも解釈されます。
パレスチナ紛争は95がビスタを実力行使(軍事力)で駆逐して問題を起こし、アメリカの対テロ戦争はXP対ビスタの争いです。
ユダヤの神ヤハゥエイもキリスト教の神ゴットもイスラムのアラーも名前は色々違っている様に日本人的には勘違いしそうですが、全く同一で一人の人格神ですね。
一神教とは、まさに『神様は一つ』なのです。これが元々多元主義(多神教)の日本人には分かり難い。
同じ神様を信じているから仲が良いかというと反対で、とんでもなく仲が悪い。
戦国時代に来日したヨーロッパ人が一番驚いたのは宗派の違うお寺が喧嘩せず仲良く軒を並べて建っていることだったらしいですよ。
当時欧州ではルターの宗教改革の為に新教と旧教が血で血を洗う凄まじい宗教戦争を戦っていた。
欧州人から見れば当時の日本人は戦国時代などと今では呼んでいるが、何とも宗教的にはには平和に見えたらしいがルターの『聖書に帰れ』の宗教スローガンは今日の『聖書の記述は全て正しい』とする『原理主義』に通じるものですね。

元々キリスト教の聖書を絶対視する主張は『原理主意』と呼ぶかファンダメンタリズムと呼ぶかキリスト教根本主義と呼ぶべきで、略語としてキリ現は止めたほうが良いでしょう。
2009年12月05日 16:18
アメリカの原理主義は人口比で20%程度ではないかと思われていますが、一つの組織ではなく色々な福音派その他のプロテスタント諸派に分散、必ずしも政治的に一つの党派ではないが妊娠人工中絶とか同性婚とか国民皆保険反対などで共通する政治目的でネオコンと共闘したりと極右的な政治活動を行っていますが、元々政治的に出来上がった組織ではないようです。
この原理主義にしろ、ネオコンにしろ、『一体全体、何を目的にして行動しているのか。?』、『何がしたいのか。?』我々キリスト教と関係ない外部のものには到底理解できず、全く行動の合理的な意味が不明で、正直なところ理解出来ません。
dr.stoneflyさんはネオコンや原理主義が何故オバマの医療改革に敵意を燃やすのか?イラク、アフガン侵攻をけしかけたのか、合理的な説明がつきますか。?
政治とは社会科学でもあり全ての結果には合理的な原因があり正しく分析すれば必ず正しい答えは自ずから明らかになるものですが、政治だけを考えれば『ネオコンはイラク戦争でわざとアメリカの覇権を消耗させた隠れ多極主義者』なんて田中宇の考え方も出てきます。
『失敗する事が事前に分かっている』ことをした合理的理由が、アメリカ一極主義の典型なのに『ネオコンは隠れ多極主義』になってしまった。
田中 宇ともあろうものがイラク戦争の判断のピースに『宗教』と入れないからこんな恥ずかしい間違いを犯す。
日本国内でもオウム事件では大学院で物理学を学んでいたにもかかわらず多くの若者たちが修行して空を飛べると信じていたのです。
ネオコンがアメリカのイラク侵攻が成功すると信じていても、なんら不思議ではありません。
ネオコンや原理主義勢力はアメリカ全体から見れば割合としては少数派ではあるが、選挙結果を見れば草の根の宗教的な原理主義はアメリカ全体では半数近く存在していると見る事も出来ます。
dr.stonefly
2009年12月07日 16:52
逝きし世の面影さん

ご教授ありがとうございます。
とりあえず「急進的キリスト教原理主義右派」に関して、
>『一体全体、何を目的にして行動しているのか。?』
>判断のピースに『宗教』
において、キリスト教原理的世界構築(征服)のステップが結構すすんでいる「可能性」に関して、インプットして思考しようというところまでは、自覚しています。
2009年12月08日 16:38
dr.stoneflyさんの返事のコメント言葉の中に『神は妄想である』の20000字のコメントを読んでいるとの記述をうっかり見逃していて、後で気がついて大慌て。
折角送ってきた大作を削除するわけにもいかず、さりとてそのままにも捨て置けず。困り果ててメモとして別立てにしたのですが、あれを読む人もいるのですね。
いくら政治的に問題でも善意からのコメントなので、細かく間違いを訂正する小姑か赤ペン先生みたいな真似はしたくなかったのですが・・・・
誰か他に読む人がいるようでは仕方がありません。
それにしてもあの長文のコメント集を読むとはdr.stoneflyさんも結構物好きというか、好奇心が強いというか。探究心があるというか。・・・
naoko
2009年12月09日 05:16
「信仰心」を持たないと生きていけないか?との問いですが、それを考える前に、わたしはいわゆる‘宗教’への信仰心のベースとなった、「自然への畏敬の念」を考えてみたい。

昔の人が、「魚が、『取りすぎるなよ。強欲になるな。そうすりゃ毎年おれたちを十分に獲らせてやる』って話しかけてきた」と、魚の声を聞いて、それを信じ、決して獲り過ぎないように気をつけるようになった。

その人は本当に魚の声が聞こえたと思うのです。それで、自然との対話の中で学んだことを大切に守って生きた。ところが、いつの頃からか、そういう魚の声を聞くことが出来なくなった。日本では昭和30年代までが、聞く事の出来た最後の世代(愚樵さんによれば。わたしも同意見)。
そうすると、「信仰」は身体性を失い、観念と情念のみのものとなった。そういう頭でっかちの信仰ほど怖いものはない。そのような信仰は、‘独りよがり’であったり、排他的になりやすい。
また、身体性の裏づけをもたないため、多くの人は「信仰すること」に懐疑的になるでしょう。
なので、おかしなトランス状態に入る修行とかが強要されるようになったりしてカルト化していく面もでてくる。あるいは極端な戒律重視に陥ったりと。
ソクラテスやブッダやキリストは、当時のそのような懐疑論や、カルト化、戒律偏重に抗した人たちです。
naoko
2009年12月09日 05:37
このように紀元前から人類は宗教の持つ悪しき側面との過酷な戦いを強いられてきました。
その戦いは、今日最終局面を迎えつつあるような気もしています。
というのも、身体性の排除・欠如は世界的な広がりを獲得してしまい、それが、全世界における健全な信仰心の衰微をまねいているように思えるからです。

アメリカのキリスト教原理主義も、そうした状況の中で恐慌をきたし、理不尽な悪あがきをしているだけのように思えます。もとより自分たち自身が極度に観念的になってしまっているので、危機において、その行動は支離滅裂なものになりがちなのではないでしょうか。
彼らは敵はイスラムだと勘違いしていますが、本当の問題は、自分達が失ってしまった信仰の実質(かつてのクウェーカーなどが持っていた身体性)の方なのです。そこに彼らの無意識の恐怖の源泉があるように思えてなりません。
naoko
2009年12月09日 06:05
では、ここで改めて「信仰は必要か?」という疑問にもどりたいと思います(長い~、ゴメンね)。

わたしは「必要だ」と答えたいと思います。
ただ、失われた身体性をとりもどすのは容易なことではありませんので、安易な信仰の試みはすべて悪しき側面を抱えることになるでしょう。
ここで必要となる『叡智』は、生半可なことでは獲得できない種類のものです。
ただ、鍵となるのは、なんらかの‘畏敬の念’を持ちえるかどうか、ということでしょうか。
そのあたりが、学びの第一歩かなと。

それから後は、現実との格闘の中で、自分自身の身体性を獲得していくしかない。

そんな感じかなあ。

偉そうに言ったけど、身体性が薄いのはわたし自身です、ハイ。
dr.stonefly
2009年12月09日 16:59
逝きし世の面影さん

>資料
けっこう面白かったですよ(笑)。
dr.stonefly
2009年12月09日 16:59

naokoさん

身体、身体性かぁ、、、失われているのがデフォだとホント掴みにくいなぁ。ワタシなんか昭和でいけば30年代生まれだけど、「自然への畏敬の念」なんてあまりないからね。
食料も自分で調達したり生命を殺して得るものではなく、買ってくるものだし、暑さ寒さも文明の力によって凌げる。死ぬほど飢えた覚えもない。
むしろ観念、精神的なものへの興味のほうが勝っている。
ただ、それも興味であって、精神的にもそれがないと、絶対拙いというわけでもない。

つまり、宗教も哲学も、「なくても」生きていける時代なんですよね。よ、、、ね、、、? そうかな??

これからは解りません。
文明や科学が人間を排除しはじめた。
ある意味、身体性を取り戻せるかもしれない。非常に厳しくね。
ってのは、路上に放りだされるときのこと。
路上では「自然への畏敬の念」を取り戻せるか?
その環境のなかでは身体性を取り戻すこともできるんじゃないのかなぁ。取り戻すというより嫌でも感じる。
とすると、これからは信仰や哲学が必要な時代になる気もするのだが・・・

2009年12月09日 17:18
naokoさん。
よそ様のコメントに、コメントするのは気が引けるのですが『宗教は怖いぞ~』というのが今回のdr.stoneflyさんお記事の趣旨だと思うのですよ。
ですから安易に宗教を肯定するコメント内容は記事に対して喧嘩を売っているようで不味いのではありませんか。?
それに海の男がとんでもなくジンクスを担ぐ事は本当ですが、漁師は目の前に魚がいれば取れるだけ取りたくなるのが人情で、例題にされている昔の話は事実ではありません。
何故迷信くさいか、取れるだけ取るかといえば映画のフォレスト・ガンプに描かれていたようは船は沈むことがあり、漁は何時でも魚が取れるとは限らないからですね。

宗教は妄想です。
『ある一人の人物が妄想にとりつかれているとき、それは精神異常と呼ばれる。』しかし 『多くの人間が妄想にとりつかれているとき、それは宗教と呼ばれる。』
『何をどう考えていっても、神などというものがこの世を見守っていると信じる合理的理由はない。』
『宗教が人の世の平和や、真の心の平安に役に立った試しはない。』
『特定の宗教が有害無益だというのではない。そもそも宗教というものが、人間にとって有害無益だと言うのである。』
naoko
2009年12月10日 01:23
逝きし世の面影さん、drは喧嘩を売っているとは思わないと、わたしは思う。
それに面影さんの言っていることを、わたしは否定してない。
安易に宗教を肯定しているわけではないので。
むしろわたしは、現在の宗教活動をほぼ否定している。

ま、魚の話は一つの例ですけど、胡散臭い人にとっては、全て胡散臭いもんです。
そして、知性も教養もある現代人が、まじめに受け取ってくれたら、それこそ逆に驚きます。
その確率は極めて低いでしょう。
そう上のコメントでも述べているつもりです(笑)。
dr.stonefly
2009年12月10日 08:26
逝きし世の面影さん
naokoさん

心配には及びません。
それぞれのコメントに感謝しています。
ここは、一程、いろいろなことが読める人、コメントの意図や心理がわかり、そこから何かを思索しようとする人に読んでもらっていると思ってます。敵意、悪意はないと思ってます。

逝きし世の面影さん
ワタシ個人にとっては宗教は、必要ないのですが、万人にとってどうかは解りません。
「信仰」によって「善く」生きている人はいるような気がしています。問題は「善く」よりも「信仰」が先にきてしまうこと、ではないでしょうか。前に出てしまった「信仰」を「宗教」というのかもしれない。
「宗教」が前線にくることで、「善く」がねじ曲げられる。「真の善」を「独善」にするのは宗教かもしれません。
「信仰は控えめにね」、ということで、いかがでしょうか?





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