「天木直人リアルで語る」…ヒラリー来日に注視せよ
とういうわけで、2.11集会へほんと久々に行った。これも20年振りぐらいかもしれないが、別に「20年ぶり」ってのをシリーズ化するつもりはない。
ところで2.11集会ってのは周知の集会なのだろうか? もしかしたらキリスト教関係だけの集会かもしれない。今回もywcaというキリスト教の団体主催で行なわれたものだからね。昔の2.11集会では、日本のキリスト教が戦時中、軍国政府に協力的だったとか、その総括ができてないとか、「反天」とか「靖国問題」とかの話をしていた。でもまあ今回は天木さんを講師としてよび、「憲法9条こそ最強の安全保障政策だ」と題された話なので時代は変わっているのかもしれない。ああ蛇足だけど「反天」っていうのは「反天木」じゃなくて「反天皇制」のことね。……蛇足すぎるか(爆)
さて講師の天木さんである。政治ブログ周辺の多くは、既に知っているだろう「『ブロガー』の天木直人」さんね。オイラにとっては、いつぞやの参院選で悲しい結果に終わってブログが思いのほか一般性がないと思い知らされた天木さんである。天木さんはあれだね。あまり人前で喋るのが得意ではないね。どうも、喋り方がまどろっこしい。ブログの方がずっといい、なんちゃって。実を言うと今はほとんど「天木直人のブログ」は読んでないから解らないのだけど。
リアルでの天木さんもなんとなくブログっぽかったぞよ。というかブログ周辺のどっかで聞いたような話が多かった……。もっとも天木さん自身が言っていたのだが、レバノン大使をやめてから勉強していて、今は生の情報は(あまり)入ってこない、といっていたので、今活用している情報源のひとつとしてブログもありそうだ。
というわけで、天木さんが今回リアルで語ったこととブログで語っていることは、おそらく重複部分が多いんだろうけど、やはり改めて記録しておこう。
しかし天木さんも相当の反米サヨクだね。反米ってのは、天木さんは、外交官時代にデトロイトでクリントン(大統領で嫁はんじゃないほう)に握手をスルーされたって言ってたけど、その恨みじゃないよなぁ。その握手スルーはアメリカが日本を相手にしていないって文脈で語られたんだから、きっとそれが反米の理由じゃないと思う。まあ、オレだったらクリントンの差し出す手をスルーすることはしても、手を差し出して握手を求めることはないけどね。もっともこんなオイラが外交官になれることも、握手する場面と出くわす事もないってのはハッキリしている。そんな頭もないし(笑)。
で、天木さんは「アメリカが無理矢理、強引にしかけた」イラク戦争に反発してレバノン外交官を辞めたんだけど、リアルで「9.11陰謀説」を言い出したのにはビックリした。もっとも9.11陰謀説の「可能性もある」ってやんわりした言い方だったが「情報操作に気をつけろ」ってのは連発していたからね。情報操作に気をつけろってのはホントそうだけど、「9.11陰謀論」を持ち出すのが如何にもブログの延長っぽいでしょ。
まあアフガン、イラン、そして今回のイスラエル支持も、アメリカの権益のための戦争で、アメリカはテメエの国益のためには、ダブスタで二枚舌、平気で嘘をいって先制攻撃する国、らしい。まあ、それは間違っていないとオラも思うがね。
今度もイスラエルのガザ襲撃の件も、さんざんのアメリカが操るイスラエルの挑発に怒ったハマスが一発撃ったのを、全てのパレスチナが悪いっていうアメリカが描いた筋書き通りにガザが攻撃されていて、それはアメリカを牛耳るユダヤロビイストのためだと言う。オバマにしても結局ユダヤ人に逆らうことができずに「change」は無理だっていうわけさ。今回も大統領就任後に何やらという最初に選んだ閣僚がユダヤ人でイスラエルとの二重国籍だったらしい。反シオニズムを標榜した日には勝てる選挙も勝てなくなるんだってさ。それに大統領といえども自国軍事産業に歯向かうことはできないからね。今回も選挙中にガザ攻撃をおこして、オバマは態度を試された、っていうんだけど…(ホンマカイナ)。何れにしても結局アメリカはno change。
今回、オバマの片腕としてのヒラリーが「最初」に日本にやってくるってことで、マスコミなんかは「日本へ『最初』にやってくる」、ってこと、その事象に浮かれて来日の目的や内容なんか置き去りにするんだろうけど、兎に角「軍事協力を急げ」といいにくるに決まっている。例の沖縄基地縮小とは言葉だけの海兵隊グアム移転の費用負担の協定を結びに来るのだろうし、パキスタン支援会議を東京でやるように言って来る。アフガン侵攻するのパキスタンは重要な地位を占めるから。麻生がどうのってドタバタ悲喜劇をやっている間に、ますます米の手先っていう深みに嵌まってしまう。ヒラリー来日はマスコミの記事にも協定内容にも是非注目してほしい。
もう安保の役割は終わっている。アメリカに守ってもらう時代じゃない。
この世界情勢のなかで北朝鮮がせめて来るなんて考えられない。むしろ、一番恐ろしいのはアメリカ自身なのだ。アメリカに敵認定された日には、有無を言わせずやられるからね。
旧安保は既に死んでいるけど、新安保がすすめられるのだ。アメリカの手先のみとしての新安保がね。それで、結局、アメリカのアメリカによるアメリカのための戦争に担ぎ出されて、世界を敵にまわすことになるのさ。
アメリカなんか、日本のことを何とも思ってない。何と言ってもクリントンは握手をスルーしたしね。
やばいなぁ、脚色しすぎのふざけ過ぎかなぁ、天木さんには読まれる可能性がなきにしもあらず、だしなぁ。
まあ、あえて進言する人はいないだろうけど。
それにしても、アメリカが日本のことを何とも思ってなくて、琴線に触れ敵認定されると殺されるから、ますますコイズミ以降さらに激しくアメリカにすり寄り提灯持ちをしているんじゃないんかなぁ。それが日本の生きる道~。って感じでさぁ。天木さんの話を聞いていたらそんな気がしてきたぞ。なんか情けないなぁ。現にどんどんアメリカに従属し武力前提のアメリカのためのポチに成り下がる。でもね、パレスチナの若者は「核兵器を持てたら躊躇せずにイスラエルへぶち込む」っていってんだから、武力により制圧は無理でしょ。パレスチナの若者にしてみりゃ、核爆弾を2本もっていたら、二本目はイスラエルを指示するアメリカにぶち込まれるでしょ。3本持っていたら日本かもね。
やっぱり腹を決めて、軍事/武力前提を捨てて、ストイックなほど9条をブチ上げて反戦世界平和を高らかに叫ばなくっちゃ、ね。
ところで2.11集会ってのは周知の集会なのだろうか? もしかしたらキリスト教関係だけの集会かもしれない。今回もywcaというキリスト教の団体主催で行なわれたものだからね。昔の2.11集会では、日本のキリスト教が戦時中、軍国政府に協力的だったとか、その総括ができてないとか、「反天」とか「靖国問題」とかの話をしていた。でもまあ今回は天木さんを講師としてよび、「憲法9条こそ最強の安全保障政策だ」と題された話なので時代は変わっているのかもしれない。ああ蛇足だけど「反天」っていうのは「反天木」じゃなくて「反天皇制」のことね。……蛇足すぎるか(爆)
さて講師の天木さんである。政治ブログ周辺の多くは、既に知っているだろう「『ブロガー』の天木直人」さんね。オイラにとっては、いつぞやの参院選で悲しい結果に終わってブログが思いのほか一般性がないと思い知らされた天木さんである。天木さんはあれだね。あまり人前で喋るのが得意ではないね。どうも、喋り方がまどろっこしい。ブログの方がずっといい、なんちゃって。実を言うと今はほとんど「天木直人のブログ」は読んでないから解らないのだけど。
リアルでの天木さんもなんとなくブログっぽかったぞよ。というかブログ周辺のどっかで聞いたような話が多かった……。もっとも天木さん自身が言っていたのだが、レバノン大使をやめてから勉強していて、今は生の情報は(あまり)入ってこない、といっていたので、今活用している情報源のひとつとしてブログもありそうだ。
というわけで、天木さんが今回リアルで語ったこととブログで語っていることは、おそらく重複部分が多いんだろうけど、やはり改めて記録しておこう。
しかし天木さんも相当の反米サヨクだね。反米ってのは、天木さんは、外交官時代にデトロイトでクリントン(大統領で嫁はんじゃないほう)に握手をスルーされたって言ってたけど、その恨みじゃないよなぁ。その握手スルーはアメリカが日本を相手にしていないって文脈で語られたんだから、きっとそれが反米の理由じゃないと思う。まあ、オレだったらクリントンの差し出す手をスルーすることはしても、手を差し出して握手を求めることはないけどね。もっともこんなオイラが外交官になれることも、握手する場面と出くわす事もないってのはハッキリしている。そんな頭もないし(笑)。
で、天木さんは「アメリカが無理矢理、強引にしかけた」イラク戦争に反発してレバノン外交官を辞めたんだけど、リアルで「9.11陰謀説」を言い出したのにはビックリした。もっとも9.11陰謀説の「可能性もある」ってやんわりした言い方だったが「情報操作に気をつけろ」ってのは連発していたからね。情報操作に気をつけろってのはホントそうだけど、「9.11陰謀論」を持ち出すのが如何にもブログの延長っぽいでしょ。
まあアフガン、イラン、そして今回のイスラエル支持も、アメリカの権益のための戦争で、アメリカはテメエの国益のためには、ダブスタで二枚舌、平気で嘘をいって先制攻撃する国、らしい。まあ、それは間違っていないとオラも思うがね。
今度もイスラエルのガザ襲撃の件も、さんざんのアメリカが操るイスラエルの挑発に怒ったハマスが一発撃ったのを、全てのパレスチナが悪いっていうアメリカが描いた筋書き通りにガザが攻撃されていて、それはアメリカを牛耳るユダヤロビイストのためだと言う。オバマにしても結局ユダヤ人に逆らうことができずに「change」は無理だっていうわけさ。今回も大統領就任後に何やらという最初に選んだ閣僚がユダヤ人でイスラエルとの二重国籍だったらしい。反シオニズムを標榜した日には勝てる選挙も勝てなくなるんだってさ。それに大統領といえども自国軍事産業に歯向かうことはできないからね。今回も選挙中にガザ攻撃をおこして、オバマは態度を試された、っていうんだけど…(ホンマカイナ)。何れにしても結局アメリカはno change。
今回、オバマの片腕としてのヒラリーが「最初」に日本にやってくるってことで、マスコミなんかは「日本へ『最初』にやってくる」、ってこと、その事象に浮かれて来日の目的や内容なんか置き去りにするんだろうけど、兎に角「軍事協力を急げ」といいにくるに決まっている。例の沖縄基地縮小とは言葉だけの海兵隊グアム移転の費用負担の協定を結びに来るのだろうし、パキスタン支援会議を東京でやるように言って来る。アフガン侵攻するのパキスタンは重要な地位を占めるから。麻生がどうのってドタバタ悲喜劇をやっている間に、ますます米の手先っていう深みに嵌まってしまう。ヒラリー来日はマスコミの記事にも協定内容にも是非注目してほしい。
もう安保の役割は終わっている。アメリカに守ってもらう時代じゃない。
この世界情勢のなかで北朝鮮がせめて来るなんて考えられない。むしろ、一番恐ろしいのはアメリカ自身なのだ。アメリカに敵認定された日には、有無を言わせずやられるからね。
旧安保は既に死んでいるけど、新安保がすすめられるのだ。アメリカの手先のみとしての新安保がね。それで、結局、アメリカのアメリカによるアメリカのための戦争に担ぎ出されて、世界を敵にまわすことになるのさ。
アメリカなんか、日本のことを何とも思ってない。何と言ってもクリントンは握手をスルーしたしね。
やばいなぁ、脚色しすぎのふざけ過ぎかなぁ、天木さんには読まれる可能性がなきにしもあらず、だしなぁ。
まあ、あえて進言する人はいないだろうけど。
それにしても、アメリカが日本のことを何とも思ってなくて、琴線に触れ敵認定されると殺されるから、ますますコイズミ以降さらに激しくアメリカにすり寄り提灯持ちをしているんじゃないんかなぁ。それが日本の生きる道~。って感じでさぁ。天木さんの話を聞いていたらそんな気がしてきたぞ。なんか情けないなぁ。現にどんどんアメリカに従属し武力前提のアメリカのためのポチに成り下がる。でもね、パレスチナの若者は「核兵器を持てたら躊躇せずにイスラエルへぶち込む」っていってんだから、武力により制圧は無理でしょ。パレスチナの若者にしてみりゃ、核爆弾を2本もっていたら、二本目はイスラエルを指示するアメリカにぶち込まれるでしょ。3本持っていたら日本かもね。
やっぱり腹を決めて、軍事/武力前提を捨てて、ストイックなほど9条をブチ上げて反戦世界平和を高らかに叫ばなくっちゃ、ね。
この記事へのコメント
今回は天木さんの話の紹介で、レスしにくい部分はあるんですが、アメリカに敵認定されないための努力をしている、ってのは妙に納得してしまいました。
天木さんの話の、特に最後に書いたフレーズ、「軍事/武力前提を捨てて、9条をブチ上げて反戦世界平和を叫ばなくてはいけない」を聞いて、オラが言っているフレーズと一緒で客観的に聞いてて結構笑えてきました。この人、本気で思っているのだろうか? 客観的に見るのは大切なことです。
それでも、ワタシは同じ様に叫ぶでしょう。本気です。だって、最後はそれしかないんだもの。人間の「善」を信じます。……って、なんか宗教っぽいかぁ???すみません。
以前、本で読んだんですが、その中では、「善」ではなくて、「正義」について言及してたんですが、「正義」なんて、人類が求める究極のモノの一歩手前のモノである。例えるならば空箱みたいなモノである。その空箱に何を入れるかによって贈物の性質が決定されるし、送主の伝えたい気持ちが決定されるって考え方です。
送りものですからT島屋とか、M越とかの包み紙が重宝されますね。でもやっぱり中身が気になります。そしてそのM坂屋の箱の中に、気がつくままに列記するなら、第九条、非武装中立、核の傘、テポドン、安保、反戦デモ、青カン、自己責任、歴史史観・・・等々の何を入れるかは、ボク等の考え方で決まるわけです。であるるならば、送主の数だけ、「正義」(「善」でもおk)があるわけです。
何を書きたかったか、この時点で不明になっちゃいましたが、要するに「M栄からお歳暮キター」なんて喜んでいられない時もあるかなってことです。
本文には書きませんでしたが、天木さんは講演のなかで佐藤優批判なんかを展開して、ほんとブログっぽいというか、わざわざ出向いたのにそんな話はどうでもいいじゃないか、と感じました。
うーん、というか、それだけじゃなくて、正直言って天木さんの講演は、なんていうかなぁ…、「深み」がないように感じました。神経の髄に触るものがなかった。確かに喋る内容に同感をする部分は多々あるものの、でもそれだけ、って感じる。
他の例えば、左の「なんちゃって講演録」でいけば、森英樹や高橋哲也や横湯園子のような深い深い追求も感じられなければ郡山、平良、雨宮、千石のように実践にもとづいた(正誤ではなく)パッションも感じられない。斎藤貴男のようなそこまでするか的な執念も感じられない。
まあ、ワタシが偉そうに言える立場じゃないですが…、個人的感想としては、正直ちょっと期待はずれでした。
電燈行事さん、もう読みはじめちゃったので読んじゃいました(笑)。
ただ、叱れるほど解っているわけではなく、最近とくに知的にも合理的にも揺らいでいるので、きっと納得されるレスはできないでしょう。
でれどもちょっとコメを読まさせて頂き感じた事を書きます。
ワタシの肌感覚では「正義」と「善」は違うんじゃないかな、って考えています。「正義」は誰某にとっての正義ってのがあるとすると、「善」のほうは普遍的に善いこと。全てにとっての「善」。それが具体的に何か、と聞かれると言葉にはしにくいのですが、「生きる」ことはその「善」(普遍的に善い)を追求すること、かな、とも思ってます。
なんだか、誤摩化しのように聞こえますか?ごめんなさい。でもほんとそんなことを考えています。