「現場で闘う人々」(1)…命の恩人は何を見るのだろう?

 一昨日、ニュースの時間内のちょっとした特集で「ホームレス支援をする女性に密着取材」ってのをやっていて、画面を見つめていた。いつもなら、夕方にテレビをみることはない。旧知のMがテレビの取材を受けたらしいよ、という電話をもらったのでスイッチを入れたわけだ。たかが10分くらいの特集だったが、複雑な思いで眺めていた。
 ここで紹介されたMは、ワタシを「寄せ場運動」に引きずり込んだ人で、いわば命の恩人である。命の恩人の「命」ってのはもちろん身体的命ではなく精神的命のことである。身体的命が問われている現場で精神的命が云々というのは不謹慎だろうか? お叱りを受けるかもしれないな。でもワタシはそこに本質があると思っている。それがゆえに「複雑な思いで眺めていた」のかもしれない。
 ワタシはそのドロドロの底辺でズタボロにならなければ、Mによってそこへ引きずり込まれる以前のように死んだまま息をしていたのだろうか。考えるだけで恐ろしい。今でもMには本当に感謝している。ただ、そこで変わってしまった今のワタシが当時のように日常的に現場に戻り活動することはないだろうし、今のMと共に活動をしたいとも思わない。
 
 そのニュースの特集は、青カンを映し出した。高速高架下の「住まい」から追い出されること。青カンから抜けられないこと。仲間と共同で青カン生活をしていること。衣食住が絶望的に満たされず、身体的命が死と隣り合わせにあること。……昔のままの風景。
 テレビのなかのMは喋り続けた。青カンを助けたい。医療相談をし、青カンとの人間関係をつくりたいと。そして一人の青カンが生活保護をかちとりアパートに住めることを共に喜んでいた。地道にストイックに一人ずつと話していた。……昔のワタシを含む風景(医療相談はしてなかったけど……)。
 ただ、テレビのなかのMは苦悩のなかにあったようだ。そして言った。
 「どうしていいかわからない。こうしてやっているうちに、何かが見えてくるのではないか」と。

 ワタシ自身は、Mに引きづり込まれた社会の底辺で「視点が変遷」していった。「このブログについて」という副題でわざわざ右カラムにも挙げてある。未読の人は読んで欲しい。
 もともと「一般的な視点」だったワタシは、Mに現場に引きづり込まれたことで「ボランティア的視点」を知ることになる。やがて「運動的視点」を知り、その後「厭世的視点」に陥ち、「哲学的視点」にきづくことになる。
 昔、共に活動をしていたMが転職で現場を去ったのがちょうど「ボランティア的視点」から「運動的視点」に移ることだろうか? そのずっと後、Mが現場に舞い戻って来たのは、ワタシが現場を去ってからなので、ワタシにとって重要な時期、本格的に社会運動としてのめり込んで行った頃、「厭世的視点」に悩まされた頃、「哲学的視点」に至った頃はMとともに活動することはなかった。
 Mが去ってから見えたもの。
 最悪のここで見えるものがある。
 それはここでしか見えないのかもしれない。
 ここを知らなければ社会が見えない。
 ここからだからこそ人間がみえる。
 その底辺とワタシが生活する一段上と、どちらが本当なのか?

 一昨日テレビに映し出されたMは、昔、現場を離れたその続きの活動をしているように見えた。ワタシが思うところの「ボランティア視点」から「運動的視点」のあたり。それとも一旦どこかに到達してからまたそこに戻ってきたのだろうか?
 いや「どうしていいかわからない。こうしてやっているうちに、何かが見えてくるのではないか」という言葉からはそうとは思えない。この先、おそらく何かが見えてくるのだろうけど、いったい何が見えるのだろうか? ワタシとは全然ちがう風景を観るのだろうか? ワタシの変遷した視点は必然だったのか? 特異だったのか? 
 どちらが正しい、間違い、なんて思わない。ただ、興味があるのだ。Mはどういう風景をみるのだろう? いつか聞いてみようと思っている。
 そのとき、ワタシはまた変われるだろうか……、楽しみ。


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  • ドントラ提灯持ち

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