「体罰でのしつけを全否定します」…時津風、橋下、波平にならないために

 「米兵に襲われた少女は100%被害者だ」からの流れで「教育っぽい」エントリーを挙げているため、こないだうちニュースになった相撲部屋で殺人をおこした親方や兄弟子なんかが、「しつけのため」とか「教育のため」体罰をおこなった、って言ってたのを思い出してまたまたむかっ腹たってしまった。そういえばアホのドン橋下もしつけのための「体罰」を肯定していたよな。時津風や橋下じゃなくても、子どもを殴って育てるってのを堂々と公の場で言う人は多い。ト痴事もそうだっけ? いやいやそんな特別な人ではなく、もしかしたら「体罰を致し方ない」と思う、ぐらいの人は、このブログの読者にさえいるかもしれないなぁ。そこまでいかなくても家父長絶対一家「サザエさん」でもイタズラをするカツオを波平が怒鳴りつけ、押し入れや物置小屋に閉じ込めたりするのを、笑ってみているかな? あの番組が長寿でいられるのは受け入れられているからだと思うのですが、どうでしょう?

 一体、普段から体罰で教育するってのを肯定し実践している人々は、時津風の事件をどうみていたのだろう? あれはあれ、私がする体罰を時津風一家のようなレベルの低いヤツラが行なう体罰と一緒にするな。私の体罰は正しい私が行なうものだから、間違っているはずもなく正しいのだ、と自分を疑わないのだろうか? 死にまで至った体罰だからダメだと思って居るのだろうか? またドン橋下のような理論破綻した開き直りの「言い訳キレまくり小僧」が「しつけのための体罰はよし」と肯定しているのも、「自分が絶対正しいと思っている橋下ならさもありなん」とワタシなどは思い、橋下の体罰によって「しつけ」られる子どもが不憫で仕方ないのだが、普段から体罰を肯定している人々は、橋下と自分は違うと思うのだろうか?

 というワタシも随分昔のことだけど一度だけ、子どもを叩いた事がある。あまりの聞き分けの無さに「腹が立って」パチンと頭を叩いた。そう、まさに「腹が立って」である。感情を抑えきれずに叩いてしまった。子どもは驚いたように一瞬黙ったが、短い沈黙を否定するように泣き出した。驚いたのか、悲しかったのか、大泣きである。ワタシといえば、腹立ちが治まらず怖い目で子どもを観ていたにちがいない。おお、まさに感情vs感情の世界、これのどこに教育の欠片があるのだろうか? パチンはそのとき一度だけだが、「叱って」怒鳴ること、いや「怒って」怒鳴ることはたまにある。血の気の引いた子どもの顔が硬直する。怒鳴るとこまでいってしまえば、感情vs感情である。子どもも「ごめんなさい」を繰り返すが、もう何が「ごめんなさい」なのか解らず、ワタシの怒りを静めるための「ごめんなさい」でしかない。怒りながらも、叱る理由を説明するのだが、一件落着して(双方ともに)落ち着いたとき子どもに「さっきの話し解ったの?」と聞いても「さっぱり解らなかった」と答えるのを聞いて、「ガクッ」と声に出して言いながら、やっぱダメだな、と反省する。

 感情じゃないよ、という人もいるかもしれないな。計算して冷静に体罰してるよ、って恐ろしい人もいるかもしれない。確かに体罰によって、子どもは「大人の思うような行動」をするかもしれない。仮にそれを「しつけ」と呼ぶならば体罰による効果は一程あるのだろう。体罰を手段とする人々は「子どもをしつけることができた」ことに満足するのかもね。カツオは波平によって「悪いことをすると牢屋に入れられる」と思うのかもしれない。思ったとしたら波平はしつけができたと喜んでいるのだろう。
 でもね、子どもの心はどこにあるのだろう? 子どもは、お父さんお母さんから「殴られるから」これはしてはいけない、お父さんお母さんを「怒らせて悲しませるから」これはしてはいけない、「今は押し入れだけど、将来牢屋に入れられるから」あれはしてはいけない、という「学習」をしているのではないか? こんなものどこが「教育」といえるのだ? 「しつけ」にしてもしかり。 
 「しつけ」ってのは、他人から「怒られるから」「殴られるから」「悲しませるから」「捕まるから」それが嫌な事、悪い事ととして行なうものなのか? 「何故それをしてはいけない」「何故それをしなければいけない」の「何故」の根本的な部分が問われずして教えられていく。これこそまさに似非教育なのだと思うがどうだろう。
 いやいや、しつけとは「他人のことを考えて」必要、つまり他人に「怒られるから」「殴られるから」「悲しませるから」「捕まるから」必要と考えている人がいそうな気がしてきた。え、ちょっとまてよ。そうなん? だんだん不安になってきたぞ。「しつけ」ってそういうことか? え、えぇ~、いまさらながら、wikiでも引いてみよう。

■以下引用■
しつけ(躾・仕付けまたは仕付)とは、人間または家畜の子供または大人が、人間社会・集団の規範、規律や礼儀作法など慣習に合った立ち振る舞い(規範の内面化)ができるように、訓練すること。

しつけとは、教育する事と言い換えても良いが、教育一般よりも生活全般に根ざした、更に根源的な事柄にまつわる部分を教えていく行為を指す。特に言葉が理解出来ない幼児の教育に関しては、様々な態度で接する事で「やって良い事(=誉められる)」「やってはいけない事(=罰せられる)」の区別をつけさせる事でもある。
■以上引用おわり■


 げ、げげげぇ~。しつけとはこんなことだったのか!? 人間も家畜も同じ、人間社会、慣習に合った「立ち振る舞い」で、教育と言い換えても良くて、「やって良い事(=誉められる)」「やってはいけない事(=罰せられる)………、って嘘だろ。嘘って言ってくれよ。

 だいたいワタシは息子に「挨拶をしようね」とか「感謝しようね」とは言うが、「何故挨拶をするのか
」とか「何故感謝するべきだ」ってのを考えさせるのを教育と思っていて、けっして「立ち振る舞い」が目的で教えてない。「立ち振る舞い」なんぞ後でついてくるもの、と思っている。しかも「慣習」やら「伝統」やら「風習」なんて盲目的に信じずに、嘘も多いからちゃんと考えようね、と教え、何かをするにしても「誉められる」たり「罰せられたり」するからするのではなく、何故それをしなければいけないのか、何故したほうがいいのか、を考えさせている。
 実際この社会で、「やらなければいけない正しい事」をやっていて「殴られたり」「怒鳴られたり」「悲しませたり」「逮捕される」ことなどなんぼでもある。逆に「やってはいけない事をやっている」ヤツが「誉められる」ことも多い。こんなことも「本質」をみずして、表面的な「立ち振る舞い」が肝心であるという慣習ゆえではないのか!!
と、ワタシのような教育ではwiki的には「しつけがなってない」ってことになるのかよ!!?

 確かにwiki的な「しつけ」つまり「表面的な立ち振る舞い」のために「やってはいけないこと」を罰するためなら「体罰」が肯定されるようにも見えるが、やはり納得できない。
 仮に「しつけ」ってのをwiki的にいってみて、そも「殴る」「殴られる」という人間関係が、「人間社会の慣習にあった立ち振る舞い」なのか? ここに矛盾を感じないかな? また「殴られて」育った子どもは、「人間社会の慣習にあった立ち振る舞い」に合わない他人を殴ってもいいと学習しないのだろうか? きっとそう思うのだろう。こうして育てられた子どもは、きっと他人を殴ることになるだろう。そう、こうした人間が社会を戦争にむかわせるにちがいない……、と一気に跳ぶとまたブサヨクがなんでも繋げる…、とか言われるのか(爆)。

 いずれにしても「しつけ」と「体罰」は矛盾するのだ。
 だいたいさ、「しつけのための体罰だ」と行ったり、肯定したりしているのが、時津風や橋下や波平なんかの思索のない連中なんだぜ、子どもの頭をコツンと叩く前に、連中のふりみて我が振り直せ、でいきたいね。「言葉の暴力」もしかり、かな。



 

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この記事へのコメント

ゆうやけぐも
2008年02月21日 09:58
はじめまして。私も虐待暴行事件で「しつけ」のためという言い訳を聞く度に違う違うだろ~っと叫んでいる母親です。「しつけ」とは縫い物をする時にする「しつけ糸」と同じく本縫いできたら外すもの=自律できるようになったら必要なくなるもので、しつけ糸をかけるために布を破いてしまっては…(って分かりにくい言い方ですが) 子どもを育てながら感情的に怒鳴るのは自分でも残念ながらよくあるのですが、感情的に怒ってその後言われたことがわかって行動できるようにはならないともしみじみ思います。でも赤ちゃんにすら「叩いて教える」のが当然とする人が多いのには驚かされます。信頼関係があれば、愛情があれば、体罰は許容されるという考えは怠慢だと思います。サザエさんで、よく「叩いた方が痛い」とか諭してますが、あれもうんざりするくらい嘘です。叩かれた方が痛いに決まってます。叩かなきゃできない己のしつけの稚拙さを隠しているにすぎないと。体罰を否定して自律を育むしつけの仕方を日々しっかり考えなくてはいけないと反省する毎日…。長々とコメントすみません。http://plaza.rakuten.co.jp/yuuyakenikki/
えあしゃ
2008年02月21日 15:45
ちょっとずれる話かもしれませんが、ムスメを叱るといつも「ゴメンなさい!」って謝るのですね。ある種、反射的です。でも、たとえば危険な行為を叱っているときに彼女が謝ると、私は違和感を感じるのです。私に対して悪いことをしたわけではないのだし。だから謝らなくてもいい、と言う。

でも、「しつけ」という観点からすると、決まりを破ったのだから、謝らなければいけない、ということになるんでしょうね。幼稚園では謝っているのか、それを先生は受け入れるのか、なんとなく気になります。

ところで、私は子供の頃しょっちゅう遅刻や忘れ物をしました。で、体罰もありましたが、それで直ったということはなかったですね、はい^^;
nobu
2008年02月21日 16:11
話というか言葉が通じないので苦労します。もしかしたらしつけとは違うのかもしれませんが、例えば「油がはねると危ないからコンロの前に来ないでね」と言っても意味がわかっていないんですよね。他にも、あることで約束したとします。でも約束の概念がわかっていないようで守ってくれません。難しい。(ちなみにもうすぐ3歳の娘の話、5歳の息子にはやっと通じるようになりました)
dr.stonefly
2008年02月21日 18:31
ゆうやけぐもさん、はじめまして。
>「叩いた方が痛い」
ああ、こういうのありますね。ほとんど自己陶酔の世界。萌えてますね。単に叩くしか脳がないってのは正解でしょう。
体罰は論外ですが、「叱る」ってのも難しい気がしてます。「叱る」自分を観察すると、相当感情の昂りを覚えます。子どもってのは、そうした感情の昂りを機敏に察知する気がしていて、もうそれだけでかまえますね。冷静に対話することを心がけなければ、と思っているのですが……、修行です。
貴ブログにも遊びにいきます。またよろしくお願いします。
dr.stonefly
2008年02月21日 18:32
えあしゃさん、いらっしゃい。
「反射的に謝る」ってのはありますねぇ。もうそこで思考停止を宣言されているようで、悲しくなり、「謝るな!!」と言って叱ってしまう(爆)。
ワタシも子どもの頃、よく叱られ、ときに殴られましたが、「叱られているそれ自身」が嫌で、「叱られている内容」などなにも聞いていなかった記憶があります。これに普遍性はないかもしれないのですけど(笑)
dr.stonefly
2008年02月21日 18:32
nobuさん、こんにちは。
「油がはねる」みたいな危険なことってのは、教育とは別次元でとことん教えてます。如何に痛いか、何ヵ月も入院しなければならないか、とか。
3歳で約束はむずかしかもしれませんね。うちの小2は未だに忘れますよ。というか、最初から気にしてない。約束ってのは、まあ、それこそ約束を破って痛い目にあって学習するのかもしれないなぁ。
×第二迷信
2008年02月21日 19:56
カツオ君の場合、お父さんに「物置にとじこめられ」を、「体罰」ととらえず「ねた」にしていられる(それを視聴者も知っている)からこそ、長寿番組でのんびり見てられます。
 リアルにやられたら、とてもとても…
すぺーすのいど
2008年02月21日 22:22
こりゃまたきついエントリーですね。
教育とは考えること、考えるくせをつけることだと思います。同感です。
体罰はいかなる理由にせよイカンです。同感です。
・・・が、実際は私はけっこう自分の子どもをはたいてしまいます。
ムカついてけっこう本気でケンカしたりします。
いろんなことで煮詰まってたり、余裕がない時は尚更です。
そんな時、私の中のもう一人の私は「おいおい、そりゃまずいんじゃない?」と割と冷静に思っていますが、外向きの私は興奮していてケンカを止められないときもあります。
子どもを支配する大人のイメージが私の中にあるからだと思います。
そんな自分をまずは受け入れて、自分を見つめなおして改善していくしかないのですね。
まったく子育ては日々修行ですね。
nobu
2008年02月22日 11:08
いろいろな方の話が聞けてなんか嬉しくなります。
感情的になることはありますが、すぺーすのいどさんと同じく、そんなときでも冷静な自分が一方でいるんですよね。ただ体罰もですが、暴言も出ちゃうときがあってかなり後悔しています。
えあしゃさんのコメントにある「ごめんなさい」は私の娘もよく言います。(殆ど条件反射のように!)本人は謝る気持ちでからではなく、なにか都合の悪き字体になったら使える便利な「魔法の言葉」のような感覚で使っているように思います。特に「ごめんなさい」を言えと教えたわけでは無いので、どこからか仕入れてきたのでしょう。(仕入れたと言えば、この前刺身を食べていたら「お醤油はいかがですか」って言われて大笑いしました。家ではそんな上品な言葉使う者はいませんから)
本当に子育ては日々修行ですね。でもいろいろな発見があって感動や笑いがあるから続けて行けるのでしょう。(今後段々生意気になってきたらどうかわかりませんが・・・)
水葉
2008年02月22日 13:03
ごめんなさいの条件反射・・・あります、うちの娘にも。言ってますねえ「謝らんでいいとよ」。私は「誰かに痛いことをしたら謝ろう」と教えているかな。故意じゃないとわかる時は「わざとじゃなかったから、許す。次から気をつけようね」とか言ってる。

娘は気に入らないことがあるとばしばし叩いてくるので、その時はほっぺをペシンと叩くことはありますね。そして「どんな気持ちになった?」と聞いて、お互いに謝り合う、ってことを結構時間かけてやってます。

私は完璧な親であることを放棄しているので、娘と本気で喧嘩することもあるし、感情的になって叱り付けることもあるけど、「あー、大人気なかったな」と思うと、「ママ、怒りすぎた。ごめん」って謝る。力関係があるのは自明のことなので、できるだけ「対等な関係」で関われるようにと、そのことだけは心掛けています。

「しつけ」は「躾」。体罰でアザのできた身体は美しくないと思うのですけどね。
ゆうやけぐも
2008年02月22日 14:09
度々ですが(^^;) 「ごめんなさい」の条件反射は息子(6歳)も同じくです。で、幼稚園の先生に「ごめんなさいと言ってるだけでしょ」と叱られたとか(汗)
だからウチで私が感情的に怒鳴りつけて反射的にごめんなさいがでると、一気に自分が大人気なく怒っていることに気がつきます。そういう時はお互い深呼吸して、何がいけなかったか話し合うことにしています。約束を破ったら、どんな約束だったか、その約束がなぜ必要なのか、破らないために次はどうしたらいいかとか。話す時に気をつけるのは息子の言い分を聞く、でしょうか。その中で約束を違う形にしてみたり。まあ一回言って分かれば子育ても楽ですが。こちらもどういう表現ならこの子に伝わるか知恵を絞ったりして楽ではないけど楽しい毎日です。
親が感情的になること自体は悪いことではないとも思うんですよ。だって腹が立つんだもん。こういうことは相手が不快に思うんだと知ることも外の世界で生きていくには必要だと。ただ自分が感情的になっていたり当たっているだけだったりすることを自覚していなくてはいけないと思います。それがあれば「しつけ」を言い訳にした暴行はありえないと思います。
gegenga
2008年02月22日 22:43
児童虐待関係で考えたことがあるので、それをエントリーにして、こちらに貼ろう。
と思っていたのですが。

ごめんなさい。
まったく関係ないことでぶちぎれてしまい、ぶちぎれ仲間の
dr.stoneflyさんのところにトラックバックしちゃいました。
水葉
2008年02月23日 02:24
そういえば、私は小学校5年の時に担任に「水葉さんは、すぐに謝りすぎる」と指摘され、それを聞いた母親からひどく叱られたのを思い出しました。

母は私のそういう態度の原因が自分にあったなんて、小指の先ほども思ってなかったんだろうなぁ。(遠い目)
dr.stonefly
2008年02月23日 04:09
せっかく楽しく皆様のコメントを読んでいたのですが、gege師匠のとこで手が震えるほど怒りに襲われたコメントを読んで陰鬱な気分になってしまいました。どうしたら、「ああいう人間が育つのだろう、生育環境をみてみたい」という感じです。でも気分を取り直して……

今回のようにちゃんと思索して育児としっかりと向き合っている方々と会話できるってのは、楽しくて、nobuさんが言うように嬉しくなりますね。いつものように個別返事をするのではなく会話に混ぜてください。
子どもが「反射的にごめんさい」と言うのは、どこで学習するんでしょうか? 外で覚えてくるのかもしれないし、水葉姫がいうように親が知らず知らずのうちに教えてしまったのかもしれない。その表面的な「立ち振る舞い」が本質でないことは明らかで、みなさんそれを踏まえ、どう対応しようか考えている。ワタシもそうです。
dr.stonefly
2008年02月23日 04:10
この「どう対応しようか考えている」ってのが、姫が言うように「力関係は自明のこと」ってのを前提にしてますよね。「親が教えるもの」として、子どもと対等な目線にさげてみたり、ゆうやけぐもさんも仰る「なぜ」の根本を教えてみたりなんかです。
いずれにしても「親として子どもにどう教えるか」ってのも前提で考えています。その前提で親として思索して「育児」ってのをしていると思うんです。ワタシも結局そうなんです。
dr.stonefly
2008年02月23日 04:11
でね、いつも気になっているのが、「知ったかぶり:子育ての格言」(前の前のエントリー)の「8」の加藤繁美の言葉:
>重要な点は、大人〔主体〕─子ども〔客体〕といった強制・伝達型の関係でもなく、子ども〔主体〕─大人〔援助者〕といった単純な子ども中心思想でもない、新しい、子ども〔主体〕─大人〔主体〕という関係を構築することにある。

とか、これを踏まえた上での
「2」の竹沢清の言葉

>私たち(大人)の「人間を見る眼の育ち」に応じてしか、子どもたちは見えてこない。真の子ども発見は、大人の自己否定・自己改革がともなう

前提として「親として教えてあげる」という、大人〔主体〕─子ども〔客体〕という関係で、「真の子どもの発見」ができるのだろうか、という自問なんです。では、子ども〔主体〕─大人〔主体〕という関係ってどんな感じだろう、ってのが掴めない。竹沢さんが言うように、自己否定・自己改革ができてないのかもしれない、と思うのだけど、それにリアリティを持てない。それがどんな感じなのか実感したいのですが……。
dr.stonefly
2008年02月23日 04:11
すぺーすのいど会長が言う「子どもを支配する大人のイメージがありそれを改善していかなければならない」ってのでしょうか?
常にこの辺りのことを思索しながら、「共育」として心がけていれば、いつか答えが見えるのかもしれないのですが、やっぱ修行かなぁ(笑)
他ブログから1
2008年10月11日 03:11
生徒が思い通りにならないと、女子だろうと鼻血が出ても殴り続け、管理主義・全体主義教育を正義と言い張る教師が担任だった。その教師の口癖↓
「俺に殴ってもらえた事をお前らは将来感謝すんだよ」

ある日、勇気を出して聞いてみた。
「どうして感謝すると分かるのですか」
「俺や仲間がそうだったからだよ」
「先生や仲間の例がどうしてみんなに当てはまると分かるのですか」
「じゃあおまえ、社会に出て、礼儀知らなくて困っても良いのかよ!」
「礼儀を知らなくて困るかもしれないぐらいなら殴られた方が良いとは思いません。そもそも礼儀の勉強をするのに、どうして殴る必要があるのですか」
他ブログから2
2008年10月11日 03:12
こんな話をしていたら突然殴られ「舐めたこと言いやがって」「ガキのくせに」「殺すぞてめえ!」「普通にやるぞコラ!」などと威嚇と脅迫を繰り返し「お前らもやってやれ」と集団リンチを命令し、鼻が曲がり前歯が6本折れるまで同級生から殴られ続けた。
さすがに当時としても問題になり、その教師は隣町の学校に飛ばされたが、一言も謝罪は無し。

当然、感謝など一度もした事は無く、あの教師を永遠に憎んでいる。

経験者としての結論は、
「こうなるかも知れない位なら、こうする方が本人のためになる」と言う自分の価値観を「本人」に押し付けておいて、正義面するのは偽善者であり、偽善の仮面が剥がされそうになると暴力・脅迫・威嚇で押し切る、と言う事に利用された体罰に断固反対。

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