「問題は終息しない」…感情からの解放、論理からの解放

実は「水から派生した件」で、個人的には相当凹んでいる。
前の記事から今日に至るまでにいろいろなことを思い出した。
また多くの人の言葉にふれ考えてしまった。
ブログ周辺では、なんとなく終息宣言されたり、私的に総括されたり、している。
ところが、ワタシにとっては終息しない。
いや、「騒動」が始まる前から始まっていて、誰かの終息宣言では決して終わる事も無い。
終わってよかった、とコメントを頂いたが、ワタシにとっては何にもよくないんです。
ワタシにとっては……、
これまでに何度も打ちのめされたし、今回も、これからも同じである。


ワタシがリアルで市民運動に関わったことがあることは、幾度も書いた。
また少しだけその頃のことを書く。

20年もまえの20代なかば、ワタシは年を食っていたが生意気な「少年」だった。
そんな「少年」がある市民運動にかかわった。
少し運動が見えてくると感情をベースに喋りまくり、ときに運動での先輩にさえ食ってかかった。
妙に自信があったのさ。
ただ運動を知らないことを知らないだけの、怖いもの知らずの少年だったのかもしれない。
運動をしていくうえで先輩から、叩かれることになる。
何人かは新左翼あがりの活動家で「知識」と「経験」と「論理」でもって叩いてくる。
いや叩かれたのではなかったかもしれない。
が、少なくとも「少年」のワタシは叩かれたと感じた。
ワタシはこの人たちが何を言っているのかが解らず、怒っていた。
別にそこで運動を辞めてもよかったのだが、ただ辞めるのは悔しかった。
「こいつら」を負かしてからしか辞めれない、と決意する。
まず「こいつら」が何を言っているか知ろうとした。
意味不明の言論を理解しようとした。
何年か経ち、その方たちと(錯覚かもしれないが)肩を並べるころ、
「最近活動家っぽくなったな」と言われた。
自信をもった。いつしか負かしてやろうなんてことは忘れていた。
「少年」から脱した。
気がつくと、今度はワタシ自身が小生意気な新人「少年」に厳しく物を言っていた。
「理」で語る心地よさに酔っていたのかもしれない。
今でも「理」の言論に吸い寄せられて行く。
でも、そのころは今の比じゃない激しく正論で問い続けた。
何人かは辞めて行き、何人かには拒絶された。
結果的に、その「辺境な運動」に興味をもち訪れる貴重な新人を叩いていた訳だ。
いや叩いていたつもりはなかったのだが、潰れた「少年」もいた。
結局、その「少年」達は「理」が何か解らないまま去って行った。
少なくともワタシに敵意を持ったまま去って行った。
それは、仕方ない、と思おうとした。
いや事実仕方ないことなのかもしれない。
でも、いつしか、ワタシは「一体何をしているのだろう」と思うことになる。
ワタシがしなければならないことは、「敵」をつくることではなく「仲間」をつくることだったはず。
たとえ「少年」でも、やりようによっては潰れることなく本質に気づくかもしれない。
誰もが、ワタシのように意地になって噛み付いて「解る」少年ではない。
むしろ、「少年」のままいじけて、潰れる奴の方が多かった。
「運動」にそんなナイーブな少年は必要ないのか?
そんなナイーブな少年と共感する少年たちは論外なのか?
わからなかった。
解らないが、いつしか「少年」が変貌し、力になるかもしれない、とも思う。
いや、運動とは、そんなナイーブな力さえ結集させなければならないのではないか?
そんなナイーブな少年が変わったときにこそ、強力な連帯になるはずだ。
いや、それどころか「少年」には「理の人」にはない力を持っているかもしれない。
「理の人」がいつかどこかに置き去りにした感性があるかもしれない。
ところが一旦「理の人」になったワタシは、そうした後付けの思考との狭間で苦しむことになる。
何故、そこまで気を使わなければならないのだ。
何故、オブラートに包んであげなければならない。
そんな連帯なんぞ糞喰らえだ。
え、糞喰らえか? 結局また繰り返すぞ。どうする。
待っていたのは、そんな個人的な葛藤だけでなかった。
現実においても、周囲の「理」の人と、ナイーブな少年の狭間に立ち苦しんだ。
どちらからも理解されなかったのかもしれない。
そして、ついに逃げた。

結局は運動そのものが嫌になり、形而上に逃走した。
空のうえから路上に座るちっぽけな自分を見た。
全てがちっぽけに見えた。
そも何故、そんなことにムキになれるのだ。
「理論」それがどれだけのものなんだ?
「感情」剥き出しになって何が言いたいんだ?
「運動」ってなんなんだよ?
一体、人はそんなことで争うために存在しているのか?
つまらぬことで誰かを叩きおとすために存在しているのか?
生きて、存在しているとはそんなことか?
存在のまえでは「理」だろうが、「情」だろうが大した問題ではないではないか。
もっと根源的な問題、なぜ生きている、なぜ存在している、を何故考えない。
「理論」でも「感情」でも答えはでない。
いま生きているという事実の前では、その程度のものではないか。
それがワタシの「理」と「情」からの「解放」だったのかもしれない。
ただし、形而上へと逃げた時だけの……。
 
いつまでも形而上に居られたわけではない。
すぐに地上に墜落する。
リアルな生活が待っているからだ。
リアルな社会のなかではリアルな問題を感じ、打たれるからだ。
地上に落ちてくると、運動で身に付いた視線で見てしまう。
「理の人」として見るのはワタシの業である。
いやそれ以前に「運動」として見てしまうのである。
ブログにおいても、やはり「運動」を期待してしまうのである。
ダメかなぁ、と言ってもなお心底のどこかで期待しているのだ。
あきらめることができないのだ。が、
「運動」においての「理」と「情」……、
また繰り返すのか……、ワタシにとっては、
あの頃から続いていて、そしていつまでも、終息しない。



本当は、地上においても「解放」されたいと、思っている。





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この記事へのコメント

愚樵
2008年01月16日 19:26
>ダメかなぁ、と言ってもなお心底のどこかで期待しているのだ。
>あきらめることができないのだ。

それが「生きていること」であり「生きる意味」であり「生きようとする意志」なんだと私は単純に思っています。

もしよろしければ、拙ブログ「やっぱり自己責任でしょ」のなかのコメント、「ロケンロール的考察」以下をご覧になってください。

人間の不完全な思考能力・伝達能力と生きようとする意志の狭間で悩む。不完全なものを完全にできそうもないし、また生きる意志も捨てられない。そこから開放されるのは「悟る」か「解脱」するか...(笑)
jigen-bakadan
2008年01月16日 22:13
私は実家での父子関係が、海原雄山と山岡士郎のようなものだったので、「理」と「理」の対決は普通のことだったりします。どちらも正しいことを言っているとわかるのに、決して相容れない。
そう言えば哲学者のショウペンハウエルは、学者であった母と「どちらの学問が世の役に立つか」で論争になり、そのまま母が死ぬまで二度と言葉を交わさなかったとか。

と同時に、私は仲間内で小説ごっこのようなことをしていたことがありまして。その際に「言いたい事が伝わらないのは100%書き手の責任だ」「楽しんでもらえないのは、書き手が読み手の気持ちを無視しているからだ」と叩き込まれたから、他者の感情も無視できないのですよね……。
なめぴょん
2008年01月16日 22:37
愚樵さま
それ、わたしのコメントじゃないですか。おんなじことばっかりあちこちで言ってるので赤面です。
ただ、あそこでの対話によって、わたしは「わかりあえないこともあることは認識しよう」から、「その上でコミュニケートを試みるのがロックンロール」という視点にたどりつけましたので、感謝しています。

Dr.stoneflyさま
こちらではお久しぶりです。
「ロケンロール的考察」だって、ある意味形而上的側面はあります。でも、踊るための音楽なんで、「地上」にもつながってます。
>もっと根源的な問題、なぜ生きている、なぜ存在している、を何故考えない。
その疑問を「形而上への逃げ」ととらえ、心苦しくされる必要はないじゃないかと思います。
それは、「理」「情」「運動」にかかわっていく上での、建物で言えば基礎のようなものではないでしょうか。決して地上から乖離したものではないと思うのです。
といっても、その疑問が解けることは、我々みんな、たぶんないんでしょうけどね。
dr.stonefly
2008年01月16日 23:10
愚樵さん、コメント反映で迷惑をかけてすみません。スパム防止で一旦保留になる文字列が含まれて痛ました。ごめんなさい。
TBのコメント再読しました。そういえば、昔ワタシはニヒルな奴にもなったことを思い出しました(笑)。それはそれとして以前読んだときと今回では印象が随分違います。読む時期のというのがあるのかもしれません。
今回の件は、ワタシ自身にとっては再度思索、確認していただく機会をもらい感謝してます。また新たに赤木君の立ち位置とメンタリティと表現を見直したいと思ってます。

>あきらめることができないのだ。 それが「生きていること」であり「生きる意味」であり「生きようとする意志」

そうなんかもしれませんね。ちょっと気が楽になりました。感謝。
dr.stonefly
2008年01月16日 23:12
jigen-bakadanさん、今回のことはいろいろ考えます。「理」と「理」かぁ、ほんとの「理」はどちらなんだろう、ってとこから「理」が一つじゃないのかも、って思えますね。しかも
>母が死ぬまで二度と言葉を交わさなかった
なんて、完全に感情じゃないですか(笑)

小説の話はまた、難しいですね。「理」で読ませるか、「情」で読ませるか?とか、人によって「理」で読んだり「情」で読んだりして、またそれが面白かったり。
dr.stonefly
2008年01月16日 23:14
なめぴょん様、コメントありがとうございます。
「ロケンロール的考察」は前回読まさせていただいたのと、今回では随分印象が変わってました。

>決して地上から乖離したものではないと思うのです
そうですね、そうでした。生きているワタシは地上で存在しているんですからね。でも、なんとなく空から客観的に見れると解りそうそうな気がするんです。地上では雑多な問題が煩すぎますから(笑)
BLOG BLUES
2008年01月17日 16:22
こんにちは。読みました。あなたは、大事な日本語を忘れてる。「情理を尽くす」。「らんきーブログ」とその賛同者には、それが通じないのです。情理を尽くした、真摯でかつ独創的な「そいつは帽子だ!」の「東京都民のみなさんへ」に対して。手前味噌ながら、僕の「都知事選外伝」に対して。まったく向き合おうとしなかった。「庶民も立ち上がろう~勝手連」なんて運動をやっておきながらだよ。ただ一人の例外が、「メロディ」だった。彼女は性根が据わっていた。政治を語るのに、資格なんて要らないさ。だが、語る以上は、性根を据えて語るべきだろう。「らんきーブログ」とその賛同者は、態度は「真面目」そうだが、根本のところでは「フザケテル」んじゃないのか。そうゆうのって好きじゃない。僕が好きなのは、フザケタ態度で、根が真面目な奴。そうだよ、あなただよ。
dr.stonefly
2008年01月17日 17:57
>好きなのは…、あんただよ。なんて言われて頬を染めてるバカなオイラ(爆×3)

冗談はさておき、blueの兄貴、読んで頂き感謝です。兄貴の言う通りです。異議はありません。
それどころか、(一度だけ名指しで批判しますが)、らんキーグログのぶいっちゃんの騒動後の記事2本を読んで腹が立っています。
 「共闘」を呼び掛けることについて、書いてあってね。
 「お前の『共闘』の呼び掛けの意志はその程度だったのか」って思ってしまいました。「今回程度の他愛も無いこと」で引き下がる程度の決意だったのか!! と。そうすると「庶民も立ち上がろう~勝手連」ってのも、やはりノリでなんの責任も持たずに叫んでいたと思えてしまいます。呼び掛けの内容ではなく、その意志に腹がたちますよ。今回の彼の態度が、「共闘」に乗って支持していた周辺は腹が立たないが不思議です。
dr.stonefly
2008年01月17日 18:00
 結局は、子どもなんですよ。>「ふざけている」、わけではない。ほんと子ども。だけどね、記事に書いたように、ワタシもやはり「きっかけ」が訪れるまで「子ども」でした。「子ども」は成長できる。「気づき」さえすれば必ず成長できる。そのことに諦めたくないんです。特に「運動」に関しては。
彼にとって今回のことはチャンスなんです。気づけないのは『もったいない』、というのが正直なところです。
nagonagu
2008年01月17日 19:46
dr.stonefly様、はじめまして。

えっ、なんか私の経験? などと思いながら読んでしまった。ごめんなさい、不躾な感想で。
「理解」って、ことわりをときあかすことなんだろうけど、エントリーを読みながら見つめていると、ことわりをときはなすようにみえてきた。そのことを伝えたくコメントしました。ありがとう。

本当は、一昨日の記事をTBさせていただこうかと思ったんだけど、今朝の独り言を送りました。お暇なときに読んで来ていただけたらと思います。

宮城拝
ごん
2008年01月17日 20:30
隊長、火消し完了です。やあ、殿もおいででしたか。火の付きそうなものはあらかた打ち壊してまいりましたぜ。
、、、へ、城壁?
すべてやっつけちゃいました。まずかったですか、
でも、ほら、
混乱に乗じてあわよくば、などと画策していた有象無象どもが尻尾を巻いて逃げていきますぜ。

それにしてもいい月夜にございますなあ。風もここちよく。
どうです、一杯。お集まりのみなさんも。
愚樵
2008年01月17日 20:34
なめぴょんさん、すみませんでした。勝手になめぴょんさんのコメントを借用して。あのやりとり、私にとっても印象深かったんです。

だもんで、dr.stoneflyさんのこの記事を読んでずぐに思い浮かびました。あのやり取りの内容を一人語りにまとめてコメントしようか思ったんですが、絶対に「対話」の方が伝わる、と思ったもので。そのまま出してしまいました。

dr.stoneflyさん、ココをなめぴょんさんへの伝言板に使ってすみませんでした。
kuroneko
2008年01月17日 22:52
なんかね。いつまでもひっぱってもなんだと思うからアメブロ限定エントリを書こうと思うけど、それとも違うところで多少の感想。
Rさんのところはリンクがたくさん貼ってあるので、経過地点として利用させてもらっていた程度で、積極的に賛同の感想を持ったことはないのです。今回のことで、ご本人というより周囲の政治ブロガーのあり方に何だか割り切れないものを感じました。
ただBLOG BLUESさんのような「政治姿勢」への評価は、話が政治に転がりそうで危なっかしいところもあると思うよ。
dr.stonefly
2008年01月18日 09:20
nagonagu様、ようこそ拙ブログへ、どうもはじめまして。
当該エントリーは、ワタシの経験ではあるのですが、同じような経験をされた方もいるのではないか?と思って書きました。
ワタシが、いくら言葉で「運動」を見捨てたと言っても、やはり「運動の人」かもしれません。そうして考えると今回のことが残念でなりません。もったいのうございます(笑)。
言いたかったのは、どっかの名言のパクリじゃないんですが、人は忘れるんですよね、「自分も子どもだったときのこと」を。ワタシも他人事ではありません。今でもよく忘れます。
ブログという空間(リアルでも)、運動的にいろいろな人が集う。大人も子どもも少年も青年も集います。自覚せずに運動をしようとしたとき溝はできかねません。いつまでたっても繰り返しです。終息することはありません。
「子どもは成長したいと思い」「大人は成長させたいと思う」=「共に成長できる」この共通認識があれば、今回の件も全然違ったように感じます。
ブログ(今回の件)は運動じゃないよ、と言われればそれまでなんですけど……(爆)
今後おじゃまさせて頂きます。何卒よろしくお願いします。
dr.stonefly
2008年01月18日 09:21
お、ごん師範代、月夜ですね。
それにしても、昨夜の豪雨を思い出しますゼ。

雨が火を消したようですが、激しい雨にて酒も薄まりそうですぜ。
仕方ありませんな、瓶ごと回して飲みませうか。
お、そこに行くのは、情の人、帰り損ねましたな、いいじゃないですか、豪雨のなかで回し飲みですが、一緒に濡れて飲みませぬか?
あれ、こちを通るは、理の人ですかい、まあまあ、固いことを言わずに飲んでいきなはれ。
おいおい、そこの壊した壁の陰から見つめる御仁、あんたも隠れてないで一緒に飲みなはれ。みんなで、ずぶ濡れになりましょう。
ずぶ濡れにならなきゃ、寒さは分けあえねぇ、濡れなきゃ、痛みも分けあえねぇ。
dr.stonefly
2008年01月18日 09:22
人間なんざ、哀しいものですぜ。
でもいいじゃないですか、哀しけりゃ、みんなで一緒に濡れるだけ。
一緒に濡れれば、痛みも解るってもんですぜ。
ね、こうして酒もあることだし。
雨もいつまでも降っちゃいないさ。
雨もやめば月夜で飲めるさ。
前の月夜よりも美味い酒をね。

師範代もお家のほうも忙しいかも、しれませんが、
ちょくちょく一緒に飲んでくださいよ。
雨の時も、月夜のときもね(笑)
dr.stonefly
2008年01月18日 09:24
愚樵先生。ありがとうございました。伝言板は気にしないで下さい(笑)。
TBの記事も新しい「アイスブレイク」も前読んだときよりも、深く読めました。教えられました。ただ、再掲して頂かなければ、再度読む事はなかったかもしれません。「再掲載」ってのも大切ですね。
dr.stonefly
2008年01月18日 09:25
kuronekoあんちゃん、アメブロ限定って、アメブロに登録すれば読めるようになるの? 週末に登録してトライしてみるから待っててね。
>政治ブロガーのあり方に何だか割り切れないものを感じました。
「政治ブロガー」と「運動ブロガー(笑)」って、やっぱり違うのかな。ワタシはみなさんの意識のなかで、どう見られてるのかなぁ? 「お笑いゲテモのブロガー」ってのがいいんだけど、最近、真面目過ぎるもんなぁ。あんま笑えてもらえてないかもなぁ、反省。
ごん
2008年01月18日 11:17
目が冷めてみると何やら暗雲が立ち込めてますね。「春ノ寝覚メノウツツノ中デ」というわけにはいかないようです。もう誰にも散って欲しくないだけなのに。

人間は何のために語り始めたんでしょうね。

相手のことをわかろうとしたからだと思っていたのですが、これもトンデモかなあ。そういえば昔映画で襲い掛かってくる蜂に向かって「話せばわかる」とかいって大団円。は?なんじゃこりゃってのがあったような。ファンタジーですかね>話せばわかる。
BLOG BLUES
2008年01月18日 14:04
クロネコのダンナへ。それでね、ちょっと迷ってるんですよ。最初は、どうせブロガー同士の諍いだろうと無関心でいたのが、どうも事件の本質が、ブログ運動シーンで、以前にも嗅いだ、ファッショ的風潮にあるような気がして来て。それなら、きちんと批判しなきゃとも思ったのだが。今更僕がダメ押ししなくても、そうした認識も広がって来たみたいだし、ま、いっか。六日の菖蒲十日の菊、ですしね。んなことより。おう、ごんさん、詩なぞ吟じつ、一献傾けやしょう。♪~どうかなわぬ高望み 最後はしっかり人間の 骨になれたら 悔いなどないさ~
かつ
2008年01月18日 14:21
人を潰す「理」というものはいけません。
だいたいにおいて、そのような「理」というものは、ただの「建前」としての「正論」であり、「本音」を潰すための「理」であって、どこかから借りてきた他人の言葉にすぎないものです。
必要なのは、その人が自分の体験に基づき、自分の頭で考えた「理」でしょう。
そういう血の通った理であってこそ、はじめて人にも伝わるのだろうと思います。
kuroneko
2008年01月18日 21:15
dr.stonefly あにさん。

ちょっと軒先をお借りしやす。

BLOG BLUES さま
 わたしも、どっちがどうというより「政治談議」ブロガーのありようにかなり疑問を持ちました。あるブログなど「日共のなんとか」などというエントリを書いて、周囲から「はあ?」みたいなことを言われていたっけ。
まあそれは取り除けケースですが、当事者が話し合えばいいのにね、ってだけのところで「連帯を表明する」とか言ってねえ。ずいぶん政治ごっこの好きな人がいるなあ、と思うんですよ。そんならリアル世界でデモでも書名でも炊き出しでもやったら、なんていうのも憎まれ口だけどさ。
kuroneko
2008年01月18日 21:24
dr.stonefly さま

アメブロは右サイド、プロフィールのしたに、かぶみたいな異星人(?)のシルエットがあって、その下にルームというのがあります。
そこを押すとアメンバー申請ができます。わたしの場合、原則として、護憲派アマゾネスとgegenga道場限定で承認することになっています。
えあしゃ
2008年01月18日 21:47
こちらでははじめまして。

この問題を目にしたら頭の中がいろいろぐるぐるまわりはじめて、でもdr.stoneflyさんのこの記事を読んだら、ゆっくりと眠れるようになりました。

と、問題はまだ終わっていないというdr.stoneflyさんにいやがらせ?のコメントを(笑)
dr.stonefly
2008年01月19日 08:56
いやぁ、ごん師範代、ワタシの知らないとこでいろいろあったんですね。
道場での師匠のお言葉を聞いておどろいてます。もうなんのことだろう?と捜す気力はありませんが。
ワタシが今思っている事は、師範代も師匠も姫も兄さんも先生も多くの門下生も、かつさんも、今になっても、こんなに、言葉を捜して、命を吹き込んで、オノレの分身としての言葉を紡いでいるのに、何故、御本人が「他所のブログはみてないから知らん」ということになるのだろう? という哀しさです。
でも、もうそれも言いません。結局は自分で気づくしかありませんね。



BLUESの兄貴、kuronekoあんちゃん、汚い軒先なんぞなんぼでも利用してください。いや勉強になりますので是非使ってやってください。

dr.stonefly
2008年01月19日 08:57


かつさん、過去にワタシがしてきたことは「建前」としての「正論」だったのかもしれません。ただ、経験と思索で紡ぎ出した「理」でも、予期せぬところで誰かが潰れることはありますよね。まあそこまではフォローできないか。運動であれば、その努力が必要なのかなぁ、とふと思った故のエントリーです。
ワタシにはフォローできないな、ということで、今はちょっと割り切った気持ちでいます。



えあしゃさん、おいでませ。
エントリーのなかでは結論はでてないんですが、兎に角、ゆっくり眠れてよかったです(笑)。
ワタシは昨夜も眠れなかったんですけど(爆)
いずれにしても師匠と姫と師範代に会話があってよかった、と思ってます。
アキラ
2008年01月19日 13:31
ずいぶんご無沙汰しております。
久しぶりに例の件絡みでこちらにやってきてみたら、この記事でして。
ものすごい迫力でした! 感動しました。
(う~、コイズミみたいだ。。
 キョンキョンのファンではあるのですが・・)
これぞdr.stonefly節だよなぁ、と再認識した次第です。

そうして、もう一つここへ来て気がついたこと。それは、
> いやそれ以前に「運動」として見てしまうのである。
<
わたしには、この視線がまったくないんだな、ということでした。
だからこそ、dr.stoneflyさんのところへ、これからはちゃんとちょくちょくお邪魔して、その視線でものを見てみたいと思いました。
わたしは何にも関わってませんけど、これからもよろしくどうぞ。 (^_^;)
dr.stonefly
2008年01月19日 15:33
アキラさん、お久しぶりです。
久しぶりに来て頂けただけでも、事件に絡んだかいがあったというもんです(笑)
>「運動」としてみてしまう。
これね、疎ましいですよ。結局過去を総括できてないわけで、、、って、この言い方が既に運動っぽいでしょ(笑)
ほんとは、「仙人」としてみてしまう。と生きたいとこなんですが、なかなかです。

道場でのコメントでしたっけ、「win-win」
これいいですね。何かにつけこういきたいです。

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