「憲法前文」は般若心経のよう  この国を憂う(3)

 「憲法前文は読むほどに深く安心させられるお経のようだ」と池田晶子の姐御は言う。さらに「般若心経がそうであるように、憲法も現実に即さないから代えようとするものだろうか」とも続けて言った。
 私には般若心経がどういうものか解らないが、憲法前文が「読むほどに深く安心させられる」のは姐御と同じ思いだ。さらっと目を通してかっこいいと感じ、じっくり読んで安心し、無心で見つめると涙さえ溢れそうだ。これほど崇高で、誇り高く、心に染入る文だったんだ、とあらためて思う。ただ私は姐御とちがい、とても「現実に即している」と感じている。姐御から「現実とは何?」と突っ込まれるのを恐れずに言おう。こんな時代だからこそ現実の即さなければと思う。なぜ、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることの決意を捨て、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふことをやめ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ、ことを放棄してしまうのか。
 この憲法を世界にむかって声を発し、誇りをもって行動できる国だったら、私も「愛国心」を持てただろう。人前でもはばからず「愛国心」という言葉を胸を張って言えるかもしれない。
 今一度、そんな前文の全文を記しておこう。

 日本国民は,正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し,われらとわれらの子孫のために,諸国民との協和による成果と,わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し,政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し,ここに主権が 国民に存することを宣言し,この憲法を確定する。そもそも国政は,国民の厳粛な信託によるものであつて,その権威は国民に由来し,その権力は国民の代表者がこれを行使し,その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は,かかる原理に基くものである。われらは,これに反する一切の憲法,法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは,全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
 

 この名誉ある崇高な憲法前文の全てが捨てられようとしている。そんなことがあっていいのか。池田の姐御をもってして般若心経のように有難いといわせた文だというのに。
 しかも代えられようしている草案がこうだ。

 日本国民は自らの意思と決意に基づき、主権者として、ここに新しい憲法を制定する。
 象徴天皇制は、これを維持する。また、国民主権と民主主義、自由主義と基本的人権の尊重及び平和主義と国際協調主義の基本原則は、不変の価値として継承する日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有し、自由かつ公正で 活力ある社会の発展と国民福祉の充実を図り、教育の振興と文化の創造及び地方自治の発展を重視する。
 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に願い、他国とともにその実現のため、協力し合う。国際社会において、価値観の多様性を認めつつ、圧政や人権侵害を根絶するため、不断のの努力を行う。
 日本国民は、自然との共生を信条に、自国のみならずかけがえのない地球の環境を守るため、力を尽くす。
 

 「権力をもち政治を行う人びとが厳重に守るべき原理として、普通の法律とは区別される国の最高の法」であるはずの憲法が、「権力を持ち政治を行う人びと」の都合により安易に変えられようとしている。こんなご都合主義的な安易でカッコわるい前文に変えられようとしている。
 はっきり言おう。私は、こんな誇りも意志もセンスのかけらもない恥ずかしい文章は嫌だ。
 しまった、また感情でものを言ってしまった。きっと姐御に白い目で見られることだろう。

勝っても負けても 41歳からの哲学 池田晶子著

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