「未来って何ですか」 郡山総一郎 2005.2.6

 正直いって、戦場にのこのこと写真を撮りに行って捕まった、お間抜けな若造がどの面さげて講演なんぞやるのかを「観察」しに行った、つもりだった。が、それは、彼に対する評価の認識違いだったことを知る事になった。勝手に悪評価しててすみませんでした。と、謝ったところで、いやいやいや、彼は、なかなかの好青年ですよ。しかもマカーだし、好感度アップ。
 彼が、イランへ入ったのはアジア各地で大人の犠牲になっている子どもを「写真」によって社会に「訴え」ようとする彼自身のライフワークのうちの一環で、たまたまイランで戦争が起こされたからイラン入りした人とは違っていたようだ。イラン戦争以前よりタイ、フィリピン、アフガン、「イスラエル」、パキスタン等へ行き、それぞれの社会に虐げられている「子ども」をメインに撮り続けてきたという経歴がある。写真を紹介しつつ熱く語る彼は「写真による活動家」として現場で実践している、という自信に溢れているように感じた。また、現場で活動している彼だからこそ知る事も語られたので紹介しよう。

【イラク】
 2回目にいったときの写真が拘束で全て取られて全くないという話しから、帰国した時は既にあまりテレビでやってなくて驚いたと続く。口にはしなかったが、一過性のあまりにもお祭り的な報道に対する批判を読み取れる。映像もほとんどが爆弾を落とす側からの映像で落とされる側の恐怖は伝わらないとのこと。
○爆弾は直撃もさることながら、跳ね返る破片による被害者がとても多い。破片が頭にあたり、脳の中央で止まっているレントゲン写真も見た。また、負傷した女の子を治療するさいの痛がる叫び声が耳からはなれない。→病院のベッドにいる破片で負傷した女の子の痛々しい写真。
○アメリカがフセインの隠れ家として空爆した民家。当然フセインはいなく、4家族14人が殺された。一人を除いては遺体もなく、その一人も4軒先の屋根の上にあった。→瓦礫の山の写真。
○犠牲になっているのは、普通の市民で犠牲者の数にカウントされずに土に還っていく人も多くいる。また、ただの数で判断するのではいけない。そこには一人一人の(豊かな)人生が中断された、その一人ひとりの人生は決して合計の数で表されるものではないのだから。→土から手首だけでている写真。

【パレスチナ自治地区】
 場所を言わなかったので、判断が難しいのだが、パレスチナ人の抵抗(インディファーダ)解りやすく言えば「投石」による抵抗運動の背後から撮った写真が紹介されていたので、パレスチナ自治区内のユダヤ人入植地と境あたりにいると思われる。って難しいでしょ。詳しく知りたい人は自分で勉強してね。ここでは、郡山君の言葉(報告)だけを紹介しときます。
○パレスチナが抵抗運動しようと思っても武器はない、よってその辺に落ちている石を投げます。それに対してイスラエル側は武器が豊富にある。現実にはパレスチナ人が境界線を越えなければ、実弾は撃ってはいけないことになってて、ゴム皮膜弾を撃ってくるのだけど、これは実弾にゴムの皮膜がしてあるだけで、充分殺傷脳力がある。→被弾して足を飛ばされた子ども写真。
○パレスチナの自爆テロって言うけど、「自爆テロ」なんて言ってるのは日本だけでどこもそんな呼び方してません。アメリカでは「自爆攻撃」だし、欧州では「カミカゼ」と呼ばれている。実際、政治的意志によるものでなくて、兄弟が殺されたとか、近所で攻撃にあったとかの「弔い合戦」みたいなものが多い。→自爆攻撃のあとの写真。
○パレスチナは貧困そのものだけど、例えば収入を得るためにオリーブ畑を作ろうとすると、ゲリラの隠れ家になるとしてイスラエルに潰される。
○当然、ユダヤ側にしか病院はなく、境界には70もの検問所がある。そこを越えられずに死ぬ人が多数いるし、検問所で生まれる子ども多数いる。→検問所の写真

【タイ】
 彼は、定期的にタイ-チェンマイにいき、ある孤児施設で子どもの成長を取り続けている。その孤児院はHIVに感染した子どもが集められる。
○タイは貧困故に「性産業」がおおくHIV感染者も60人に一人と非常に多い。さらにHIV差別がはげしく、学校からは登校を拒否され、家にHIV感染者がいることがわかると「村八分」にされる。→孤児院の子どもたちの写真
○母がHIV感染者で出産時に子どもに感染する確立は30%ほどある。これは出産時の傷が原因で感染する。薬と帝王切開で5-10%まで確立がさがるのだが、その費用が捻出できない。HIVに感染した子どもたちの平均寿命は6才である。→ひとりの子ども写真。(郡山君と仲良しの子どもだが、次訪れる時、生きているかどうかは?)
○子どもたちは、とても甘えてくるんですね。両親がいないんです。この子たちにとって本当に必要なのは愛情なんです。ほんとうに神様はいないと思います。写真をとる以外なにもできない自分に怒りを感じます。→檻のような門から、道ばたの向こうで遊ぶ親子を見つめる子どもたちの写真。

【パキスタン】
パキスタンでは、アフガンの難民が多くいます。2001年のアメリカ空爆からさらに多くの難民が避難してきました。
○仕事がなく働けない。家族中で働く。子どもでも8-10時間毎日働く。→レンガ工場で働く子どもの写真。
○絨毯を織る人も多いが1枚織るのに5人で3ヶ月かかる。
○とにかく住環境が劣悪で、栄養失調やマラリアにかかる子どもが多い。→非常に小さい2才の子どもの写真
○戦争によって家族が失われた。パキスタンに逃れてくる途中で一人づつ家族が死んで行った。9才の女の子が帰るあてもなく、異国の地で一人で物乞いをして生きて行かなければならない現実。→道ばたで物乞いをする女の子の写真。

【フィリピン】
 フィリピンは貧富の差が激しいという。マニラのスラム街トンドでの撮影。
○マニラでは、家族全てがホームレスという人々が多くいます。路肩のベンチが家で、路上で子どもが生まれます。→ベンチのその家族、子どもの写真。
○このスラム街には障害者が多く、また10-15才の子どもがいないのです。スモーキーマウンテン、これはゴミ捨て場なんですが、ここで拾ったものを売っているです。そこでゴミを燃やすため有毒ガスが発生し、まともな靴もないため足に傷を負い、感染症で死んで行くため10-15才の子がいないようです。
○家族がいない子ども、ストリートチルドレンも多くいます。まだ小さな子どもが弟を育てるため、赤信号で止まる車に物乞いにいくんです。→信号待ちで止まる車の間を抜い、路上に出る小さな子を背負った小さな子の写真。→路肩で倒れるように寝るストリートチルドレンの横を何もないかのように歩くOLの写真。

【アフガニスタン】
 2001.10.7アフガンに空爆が行われた。アメリカによって行われた、などと言っていてはいけない。その空爆に使われた燃料は日本から支給されたものなのだ。また戦後から子どもの誘拐が後を絶たないという。これは身代金目的ではなく、「臓器売買のため売られて行くようだ」
○不発弾や地雷が多く、足のない人が多い。→足のない人の写真数枚。
○就学率は80%にまで伸びた。学費は無料だが、学校の数が足りない。1日2-3時間づつ交代で学校にいく。
○一日2-3時間でも子どもが学校へいけないのは、2-3時間でも抜けると家族が食べて行けないからだ。
○子どもが働かなければ家族の生活がなりたたない。→検問所で空き缶に水を売る子どもの写真。1杯5円。
○働く子ども→靴磨きをする子どもの写真。1足12円 →空き缶を拾う。1Kg/10-15円。

 郡山君は、私たちはたまたま日本に生まれたと言う。日本人としてどうしたらいいか、何が出来るかを考えようと訴えた。彼は、写真によって社会に訴えたいと述べた。また今、日本は直接の加害者の道を歩もうとしていることを危惧した。

 本当にそうだと思う。誰もがたまたまその時代、その環境に生まれたのだ。日本に生まれたから「よかった、よかった」では済まされない。自分の子どもが、ここでの写真の子どもたちのように、「殺され」「傷つけられ」「飢え」「働かされ」「売られ」「誘拐され」……されることを、気が狂わんばかりに許し難いことだと、想像するのは容易である。遠い国だから、知らない民族だから、知らない子どもだからでは済まされないのだ。されには、日本は今、そうした子どもたちへの「加害者」であり「被害者」になる道を確実に歩いている。

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