毒多の戯れ言

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zoom RSS 「子育て指南書 ウンコのおじさん」宮台真司他共著

<<   作成日時 : 2018/05/01 11:53   >>

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 正直に言おう、ワタシは宮台真司が嫌いだった。嫌いだった理由はなんとなくなのだけど、笑。ホントのところ好き嫌いと言うほど宮台真司のこと知らない。おそらく佇まいとか物言いとか雰囲気とか、それともたまたま耳にした台詞が気に入らなかったのかもしれない。知らないのになんとなく嫌い、というは良くないな。反省しよう^^;。もっとも宮台のほうはボクなど意識どころか認識さえしてないだろうから、なんの支障もないのだけどね。宮台がもしボクを認識していれば、ただ喧嘩を売っているだけだな、爆!!
 じゃ、なんてそんな宮台を読んだかというと、この本を薦めているテキストをたまたま目にしたのと、たまたま読む本が切れたというタイミングだったという、たまたまが重なったから。
 で、読んでみたら、宮台のことをちょっと好きになった、というか、ちょっと自分と似てると思った。
 子どもと一緒にセミの脱皮を観るとか、近所の子どもにちょっかいかけるとか、基本的に子どもが好きなとこ、とか、笑。あれ、意外に面白いヤツかもしれないと再認識したわけ。というか、ワタシの好きな価値感に合致したというだけで、それが一般的に「いいヤツ」になるかというと別なんだけどね。それでも、まだ違和感は残っていて、そこが「嫌いだった」の原因かもしれないな。

 本としては面白く読めた。難解じゃなく読みやすいし。
 納得したり考えさせられたりする本だ。
 例えば「親の勘違い……」という項目でみてみよう。
 サブタイトルは「まともな〈妄想〉を身につける」。
 ざっくり言うと、

 子どもにすれば親はワケの解らない世界観を生きている。万人に共通の世界観ではなく、親個人の【妄想】に近い。性的潔癖症だったり学歴フェチだったり…。親はそんな【妄想】で子どもを抱え込む。子どもはそんな親の【妄想】に対する「適応」を迫られ、【適応】します。それは親への【適応】であって、社会への〈適応〉ではなく、有害である。そうなると社会はデタラメになる……

 というようなことが書かれている。もちろん〈妄想〉【妄想】/〈適応〉【適応】の区別はなく、このブログでワタシの価値判断でつけたことは言うまでもない。
 全体を読むとなるほど、そうだよね。と思う。もう少し突き詰めていくと、既読の「子は親を救うために「心の病」になる」(橋和巳著)を想起させる。子どもは親の【妄想】に【適応】した結果、親の【妄想】を気づかせるために「心の病」になる。と同じだと思う。性的潔癖症や学歴フェチという病で、子どもを抱え込むという病、二重の病で子どもを病にする。う〜む、と頷きながら納得する。
 ただね、この項目で宮台はタイトルの続きとして「子ども世代をいかにダメにしているのか」と書いていたり、結論で「そんなデタラメ社会は制度では治せなく、全ての親が私的【妄想】による子どもの【抱え込み】を辞めなければならない。」と書いているわけだ。
 「世代」とかね「(デタラメ)社会」とかね、括って語っているんだよなぁ。しかも「制度」で手直し(できない)、とか「抱え込みを辞めなければなりません」と指導してみたり、、、どうもこの辺りが、今ひとつ宮台を「好き」になれない理由かもしれない、とチラリと考えている。
 どう考えても「人」をグループで括れないのに、なんか線引をして括って語るっておかしくない?と思ってしまったり、偉そうに指導してあげます、ってさ、笑。
 まあ社会学者でセンセイであるわけだから仕方ないんだけどさ。
 社会なんて虚構だし、カオスだし、、、ワタシのこの「妄想」がどうしても宮台がしっくりこないところの原因かもしれない。とはいえ、まあ宮台の言いたいことも解るんだけどね。この本では、解るどころか、納得する部分が多い。
 法外でホントの仲間をつくろう、とか、近所の変なおじさんになろう、とか、子どもをコントロールしてはいけない、とか……同意します。ホントのホントのことを言えば、宮台のことは好きでも嫌いでもないんだけどさ、爆!!

 あ、そうそうこの本で、共著の尹雄大さんがコラムで「ピダハンの子ども」(アマゾンのなかの一部族)のことを書いてて面白かったメモ代わりに要約しておこっと。

 ピダハンは3歳で成人する。子育てで子どもに「こうしないさい」とは言わない。おそらくピダハンは3歳までに「自己実現」を果たす。あらゆる主体的行動に咎められることはなく、自己満足を得て、自己肯定感を味わい尽くす。その後の人生においては、他人に承認を求めることを主要なテーマにしない。

 もしかしてマズローでいうところの「自己実現欲求」を3歳にして到達しているのか? それに比べてワタシときたひには、、、、トホホ^^;
 他者の承認欲求が全てみたいな社会っていったい、、、
 

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マズローがいうところの自己実現欲求といったものは、後天的に社会的なものなのかもしれません。

3歳で成人と見なすピダハンは、その点でいえば、人間が生まれ持つ先天的な社会性だけで社会を作っている、ということなのかもしれません。

3歳の人間が出来るとことといえば、せいぜいが自身の欲求を伝えるくらいのことでしょうけれど、それで成人と見なされるということは、人間のデフォルトな社会性においては「何らかの結果を出す」ということは重要ではないのかも。「結果」は社会性でなくて、身体性が要求するものだと考えるとしっくりきます。

実現欲求や承認欲求は、後天的な社会性の副産物のようなものかもしれません。
愚慫
2018/05/01 21:51
ピタパンの「成人」の定義が、私たちの今の社会の「成人」と違うのでしょうかね、きっと。
考えていくと、今の社会の20才が「成人」っていうのは、なんかしっくりこなくなってきました。社会に丸め込まれ完成年齢だったりして?あまりに言い過ぎな言葉ですね、すみませぬ。

3歳というのは、何かあるのかもしれません。三つ子の魂…というのもあるし…。
今日、丁度同居人2号と話ししてて、彼は周りの色々なものに対して、普通以上に恐怖を感じてしまって、動けません。
で、いつからそう思うようになったの?と聞いてみると、初めて怖いと感じたのは3歳の時だと思うと言う。何に対してか忘れてしまったが、3歳だと覚えてるって。
3歳前の記憶なんてほとんど忘れてると思うのだけれど、0歳〜3歳の間に何かあった気がするって言うんですね。

この3歳までの生い立ちで、一生が変わっていくとしたら、母親としては、子育て恐怖症になりますね。(^ ^;
冬穂
2018/05/02 00:17
さらに、宮台さんの本のことですが。

アマゾンで書評をみていましたら。

「親は子供を抱え込み&コントロールせず、社会との接地面を増やす機会を作ることに傾注すべき」なる文を見つけました。
私、これ実践してましたよ。小さい時から、なるべる色々な場所に連れ出して、多くの人(子ども〜大人)と接する機会を作っていました。ですが、彼はことごとく拒否、泣き叫び、その度に私は、彼をなだめて説得してみたり、とにかく他の人たちと一緒に何かをする事ができなかったのです。「社会との接地面を増やす機会を作る」も親の妄想の1つではないかな?

どう育てても親の妄想下で子どもは育てることになるのではないでしょうか。でも子どもたちはそんな親の妄想に負けじと反抗して、否定して、中には従う子もいてもいいし、そんでもって、これが自分だっていう大人になっていくのではないでしょうか。
ところが最近は、親の妄想従い派と、心の病派が多数を締めていて、反抗派が減ってしまってるのかなって思います。なんか子どもたちは弱っちくなってしまったのか…。

「人のセックスを笑うな」ではないけれど、「人の子育てをあれこれ言うな」的な気持ちになってきました。子育ては、オリジナルな関係の最たるものなのかもしれないなっとか。それぞれ様々だから、個性豊かな違った人格が生まれ育つ、そのそれぞれ違った性質が集まってわいわいがやがや、やりあう社会なら、健康そうで良さそうに思ってきました。多数派と小数派に別れたりしないだろうし。
と、考えると、親子の向き合い方の基本って、何だろう?と疑問が湧いて来ました。

考えながら書いてしまい、纏まり無い文章で、ごめんなさ〜い。m(_ _)m
冬穂
2018/05/02 00:28
愚慫さん
そうですねぇ。マズローの前提はまず「近代社会」があって、「自己」があるのでしょうね。
マズローのピラミッドを突き抜けるところに「自己超越」というのがあると書いてありましたが、突き抜ける以前にそこにあるのかもしれないと感じました。

「社会的結果の承認」か「身体の要求」なのか、これも逆転してしまているのかな? 
 尹さんの言う、「承認が主要なテーマ」であるか、ないか、が目についてしまい、非常に考えさせられます。
毒多
2018/05/02 10:27
冬穂さん
成人が20歳とか18歳とかは完全に「制度」の話しですね。そういう環境をつくり「成人」という制度をつくろう、だけのはなし。仰るように「制度に丸め込まれることができるよな、」ということかもしれません。
おそらくピダハンは「成人」という意識はないのではにのかなぁ、あと「3歳」というのも、なんとなく3歳ぐらいで、近代社会であてはめると「成人」となる、ぐらいの感じだと思います。
>他者の承認を主要なテーマにしない
ってとこは2号さんに当てはまりませんか?どうなんでしょう? とするとピダハン的かも、笑。

宮台さんも、多かれ少なかれ親の妄想下で育てるということは言っています。その妄想が「損得」ばかりになってきて「正しさ」ではない、と言っているんですね。
まあ、仰るように宮台さんも彼の妄想で子育てしているとは思いますが、笑。
人の子育てにあれこれ言うな、というは、ちょっと思いますが、精神的に完全に妄想したがい派の子どもとなってしまって、親の妄想から外れたとハシゴを外されたあとの子どもの立ち直りのことを考えるとねぇ。
そこで親から離脱することができれば、普通よりもいいと思うのですが、基礎体力が殺されたあげく放り出されると、厳しいのかな、とか。
毒多
2018/05/02 10:28
宮台氏の最近の主張は「感情の劣化」ですよね。

「うんこのオジサン」というのは、要するに、感情が劣化していない「上機嫌なオジサン」ということなのでしょう。

(不機嫌なのは「ウンコなオッサン」ww)

子どもは大人の機嫌を常に伺っているものですからね。

親が不機嫌ならば、子どもは上機嫌ではいられない。親が上機嫌で、その上に上機嫌な別の大人が子育てには必要だ、ということなのかな、と。
愚慫
2018/05/02 15:02
かつては宮台氏は好きではなかったけど、最近は好印象――というのは、ぼくも同感なのですが、では、なぜ、以前は良い印象を抱けなかったのか。

それは「感情の劣化」に関わっていると考えています。

宮台氏は今でこそ感情の劣化を憂うところに立場を構えるようになりましたが、以前はむしろ逆の立場でした。「感情の劣化」を進行させるほうに立場を構えていた。そこのところにぼくは好感を持てなかった。かつての彼は「西洋近代」の信奉者で「近代」が未完成であることが社会不安の原因だと述べていましたからね。そして、「近代」を理解しない者に罵声を浴びせていた。

「近代」の限界を理解したのはさすがといいたいところですが、微妙な感は拭いがたい。体制(体勢)よりも半歩早く宗旨替えをできてしまうのは、【学者】としては、ほんとうに「さすが」です。

宗旨替えに自身では気がついていないらしいところもまた「さすが」というべきでしょうけれど...。

まあ、それはともかく、学者を離れた人間としての印象はとてもマイルドになったと感じています。そこは素直に好印象です。
愚慫
2018/05/02 15:12
やっぱりあんま宮台のことは知らないな。
本二冊ぐらいとあとはマル激を1−2本聞いたかな?ぐらい
なんとなく、いつも不機嫌というイメージはあります、^^;
「西洋的近代」の信奉者なんですね(ということも知らないぐらいの認識)
じゃ、肌感覚で反りが合わなかったのかもしれません。
とくに最近は【社会】しか感じなかったり、今は「キツネ」を再読しているので、違和感は余計かな。

この本でもね、学歴フェチをとやかく言いながら東大を基準にしていたり、一世代前は共通の世界観があった、なんて「????」というところもありました。まぁ、ボクのほうの無知が原因なんでしょうが。宮台さんと口で勝負できるとは思っていません。
だけどな、なんだろうな、社会学の学者ってのが、やはりボクにとってはダメなんだろうなぁ。

でもまあ、繰り返しますがこの本での印象は前よりは、よかったです。
毒多
2018/05/02 19:00

愚慫さん、こんばんは。

>宮台氏は今でこそ感情の劣化を憂うところに立場を構えるようになりましたが、以前はむしろ逆の立場でした。「感情の劣化」を進行させるほうに立場を構えていた。

どうして、宮台さんは、変わったのでしょう。そこがとても気になりました…。
冬穂
2018/05/02 21:32
めんどくさいんで、応答はしませんが。。。

宮台さん自身は全然変わってませんよ。 (^o^)
(と思いますよ)
皆さんが、宮台さんという人を知らないだけ。
(という僕も すごくよく知ってるわけではないですが)

彼の公での姿は、彼が「コントロールして作っている」姿です。
その意味では、愚慫さんなどの歯牙にもかからない人です。
誠実か?というと、そういうわけでもないですから。

書き捨てでごめんなさいね。
アキラ
2018/05/02 22:10
冬穂さん

勝手な想像ですけれど、子どもできたからではないですかね?
愚慫
2018/05/02 22:30
アキラさん

おや?
アキラさんでもそのような「振るまい」をするのですね?
愚慫
2018/05/02 22:33
めんどくさいんで。 (^_^;)
アキラ
2018/05/02 23:08
>彼の公での姿は、彼が「コントロールして作っている」姿です。

こ、これか!!!
「コントロールして作る」しか出来ない、とも言えるかも。
これってわりに普通にいる社会人かもしれない。
でも、病でもある。
まあ、愚慫さんは本音しか言えない病、だから逆の意味では宮台さんなど歯牙にもかからない、とも言えたりして。^^;
そしてボクは保留できない病、orz

この本の宮台さんは、コントロールをやめた、まではいかないけど、緩めたのかもしれない。だからボクでも素直に読めたのかもしれないな。

まあそれぞれの裡に映る宮台さんの霊の正しい、間違いはないのだろうね^^
たしかに、それぞれの宮台霊をつきあわせて調整するのはめんどうくさい、笑。
毒多
2018/05/03 05:55

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