毒多の戯れ言

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zoom RSS 映画「むかしMattoな町があった」に心乱されて

<<   作成日時 : 2018/02/12 15:57   >>

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観終わりました。いい映画です。
なんだろうこの感じ。心が揺さぶられる。
精神病院の改革をおこなったイタリア人医師フランコ・バザーリアのドキュメント風のドラマ。
ボクが子どもの頃だから40年以上前かな? 母親が言う「キチガイ病院」という言葉がずっと残っていた。青カン支援時代、アル中の青カンが福祉にかかると必ずおくられたW病院。軟禁、拘束と薬漬けの病院。
1960年代に厚生省の通達
「精神病院は、地価の安い辺鄙なところに建てるのも自由です。精神科医でない医師でも精神病院の院長になれます。そこで働く医師の数は他科の三分の一、看護者は三分の二でもかまいません。もしそれを守れなくても罰しません。みなさん、医療金融公庫の低利融資をつかって精神病院をじゃんじゃん建てましょう」(精神病院はいらない7pより)
という触れ込みでじゃんじゃん建った精神病院では「精神病院は牧畜業者」(故武見太郎日本医師会会長)の言葉のもと精神疾患の人々を食い物にした(同7pより引用)
映画で具体的な拷問が映像化されている。
何重もの鉄格子での監禁、拘束、薬漬け、電気ショック、水タオルによる窒息、檻etc……。
これを解放し、病院を解体したのがバザーリアとその弟子たちで闘争と葛藤の生涯が克明に描かれている。

治療施設ではなく、たんなる収容所ということが描かれている。
じゃあ誰が収容されるのか?
それはワタシである。
いや、場合によってはワタシが収容されていてもおかしくない、という息苦しさを感じる。社会にとって邪魔ものが権力によって収容されるのだから。家族によって邪魔なものが家族という権力によって送られる。親という権力によって送られる。地域によって送られる。戦争で正気を狂わされたものが送られる。
正気であろうと普通であろうと運が悪ければ送られる。
老婆は厄介払いされた。姨捨山のように。
送られたが最期、狂人として再生される。
施設が人間性を剥奪し狂人をつくるのである。
医者も看護婦も狂っていく。
映画「es」で、囚人と看守のロールプレイが本物の看守をと囚人をつくったように。
逆らう者はとことん虐待される。
映画「カッコーの巣の上で」でロボトミーがあったように。
医会や学会は「村」をつくり精神病医での利権と伝統を守る。原発のように。
脱出不能の収容施設である。
精神病院のシステムによって人間性を奪われ脱出不能な不可逆的に組み込まれる、、、

正直にボクに精神病院のリアリティはない。
だから精神病院の改革もよく分からない。
映画から学んだが、だからといって精神病院の改革を!!と叫ぶことができない。上滑りだから。
でも、この映画はボクを揺さぶる。
はたしてこの構図は、精神病院だけのことか?
ここにも、あそこにも、同じ構図の「囲い込み」がごろごろしているのではないか?
目に見えない壁なんか網のように存在する。
見える、見えいない壁に拘らず、囲って見えなくして収監しておく、危険と世間を煽ってアンタッチャブルとする。
マスコミもここぞとばかりに煽る。
いや、ローカルな収容所じゃない。
この社会システムそのものが、、、、とは言わないが、、、
多数が狂人のシステムでは少数の正気なやつが狂人だろう。
きっとボクを揺さぶるのはそういうことの気がする。

「先生、本当のことを言ってくれ。苦悩が人をマットにするのか、マットであることが苦悩なのか」映画のなかの戦争トラウマで15年拘束されつづけたボリスの台詞です。
先生であるバザーリアは「僕も解らないんだよ」と答える。
確かに解らない。
でも、苦悩を感じるのは人間だということは解る。
苦悩を誤魔化し、苦悩をないものにすることは人間性を自ら削っている気がする。

「僕も解らない」といった精神科医のバザーリアは「僕も含めて精神病について何もわかっていないんだよ」・・・こういうふうに自らを「さらけ出す」事ができる人だから、偉業をやることができたのだろう。システムが解体されていき、人間性が取り戻されていく。また心が揺さぶられる。

最後にこの映画を紹介してくれた友人に心から感謝します。ありがとう。

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コメント(8件)

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ご鑑賞された映画がご自身が所有されているDVDでしたら、お貸し願いたいのですが。よろしくお願いします。
コスモスラブ
2018/02/14 07:52
おはようございます。了解です\(^o^)/
毒多
2018/02/14 08:54
「むかしMattoな町があった」、まだ見てないのだけれど、YouTubeで、しょこっと見ましたが、あの感じで長い映画だったら厳しいですね。ブログを読ませてもらってから、ずっと色々考えていました。
 私も一度はいやがる息子を病棟へ連れていこうかと考えたことがる母ですから。でも出来なかった。その時医者に「普通、親だったら真剣に子どもの将来考えたら、連れてこれるだろう」とか、「それでも母親か、普通の親はそんなことしない」とか言われて、「普通」って何?とかなり悩みました。今はあれで良かったんだって心から思えるけれど。
 
 精神を煩ったり生涯があったりする人で、周りに対して凶暴になる人は収容され、大人しめの人は引きこもりや監禁する。それで他の人たちはこれで平穏これでよかったって思うのだろうか。収容した人たちをなぜ拷問するのかなど、理解できないです。

>「先生、本当のことを言ってくれ。苦悩が人をマットにするのか、マットであることが苦悩なのか」

苦悩の原因はマットじゃないし、マットが苦悩を作るわけでもないんじゃないかなって、原因は他にあるのではないかなと、今の息子を見てて、また自分の心の変化の事などから感じてるだけですが。






 
冬穂
2018/02/14 18:22
つづきです。

>「僕も含めて精神病について何もわかっていないんだよ」

精神科は、ほぼ問診だけだし、医師の経験と感覚で診断すると聞いています。その医師も様々ですしね。
でも医師の共通点は、ほぼ皆、患者さんの社会復帰、自立などを目指しています。その為に症状を和らげる薬を処方してくれます。薬を拒否する人はやっかいな患者扱いされることもしばしばです。復帰してハッピーになれる社会だったらいいのですが。

もしかして、ひとりひとりが幸せに生きると言う事と社会が平穏に営まれて行く事が同時進行することはないのかな。平穏なことが幸せってわけでもないけれど。

まずは、「むかしMattoな町があった」を観なくては!
冬穂
2018/02/14 18:23
冬穂さん、おはようございます。

youtubeのほうは観ていませんが、おそらくかなりハードな拷問シーンがピックアップされて訴えられていると想像します。(ちょっと今更観る気になれませんので、確認はしませんが、、^^;)
本編の方では、割に早めにバザーリアの改革場面になり、なんとなく希望をもって観ることができますので、ご安心ください。とはいえ、そこからがまた裡なるあれやこれやに訴えかけてきて、実はそちらのほうが本当の意味でヘビーなのですが、、orz

それにしても「経験」があるのですね。そういう境遇・心境というのもまた希です。変わられた今と、当時の自己を冷静に俯瞰して思索できるのはそうした「経験」があるからだと思います。誰にでもできることではなく、真にそれができるのは冬穂さんご自身しかできない。とてもお聞きしたいところですが、ちょっと赤裸々な想像もしますので、コメ欄とは別のところで、、、笑。
毒多
2018/02/15 08:50
「普通」というのは、造られた社会システムに適合するように教育された多数のことだと思います。「普通はそうでしょ?」は、その多数が仲間とするか否かの同調圧力でしょう。本音の自分を殺して社会規範に合わせた自己になりなさい。我儘言ってはだめですよ。社会維持のために働きましょう。というものですね。そうじゃない、と自分の正直になると、、どうなるか「悩む」か「拒絶する」か「開き直る」か、普通からはマットとみられる。つまり、「普通」が純粋な自己を悩ませ、マットとレッテルを貼る、のかもしれません。
天才と呼ばれるアーティストは社会や普通など気にせず、社会性は破綻し、日常生活さえ気にせず「マット」だった人が多かったと聞きます。「純粋な自己」のみに忠実だったのかもしれません。普通に教育されあがいているボクには、想像もつかない世界ですが、^^。

現状、どう批判しようとも、この「社会システム」によって多数が生活していることは否めませんし、この「社会システム」を受け入れないことを受け入れることで天才が存在できるとは思いますが。
毒多
2018/02/15 08:50
ありがとうございます。統合失調症の主人公の映画「ビューティフル マインド」('01アカデミー賞受賞)のDVDがあります。ご興味があるようでしたら持参しますが、いかがでしょうか?
コスモスラブ
2018/02/16 06:27
おはようございます。
そうですか、それではお願いします^^
毒多
2018/02/16 08:23

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