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zoom RSS 「屈することなき絶望」 ノーマ・フィールド氏講演会

<<   作成日時 : 2017/03/27 17:39   >>

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 知人のなんちゃって教授から「いいよ」という言葉とともに講演会のチラシをもらった。
 チラシによると、講演者ノーマ・フィールド氏はシカゴ大の元教授で「虐げられた人々」とともに「徹底的に現地に身をおく」文学者と書いてあった。
 正直にいえばサピエンス全史を読了したすぐ後で、余韻にしたっているいま、当分こういう市民運動系の講演会に行かないような気がしていたにもかかわらず、雨のなか1時間ちかく歩いてまで行った自分がおもしろい。あ、雨に濡れながら歩いてるんだオレ、って感じが笑えてくる。
 まあ、それでも入場したときにもらったレジュメの講演タイトルをみて、ちょっとニヤリとしたんだけどね。
 「屈することなき絶望」…タイトルの由来が説明されたけど、よくわからないかった。どうやらジョン・バージャーという作家の「Hold Everything Dear」というタイトルから訳されたとのことだが、、、???
 同時に紹介された福島の市民運動系の武藤類子という人の言葉も紹介されたのだけどそちらのほうが解りやすいかな。
 「絶望もきちんと絶望したいものです」きちんと絶望することができなければ次の一歩はない、とのことだけど、まあ、そうだよね。絶望を隠匿したりすればずっと引きずるのだろうし、絶望を認めなければ根本解決しないだろうけど、それも虚構のうえの物語が前提というお話じゃね、なんてふと「サピエンス全史」の余韻がチラつくと元もこもない。ここに囚われるか、そこを知った上でもなお、となるかが問われるところだけど、それでもなお講演会にむかったのは身体のほうが「気がついたら歩いていた」みたいなことかもしれないな。

 講演会の内容は、アメリカのパイプライン建設の抵抗運動の紹介から始まった。カナダの油田からアメリカの中部あたりを通り1900kmぐらい先の精油所へおくるパイプラインをつくるって計画に、先住民居留地を通るということでそこに住むスタンディング・ロック・スーなんかの7部族を中心に反対運動が展開されている。懸念は油漏れにより「水が汚染される」という理由で反対されているの。
 元退役軍事が参加して過去を謝罪しつつ、当局と住民の間にたっているとか、オバマによって計画が中断されたとき少女が「未来を取り戻した」と涙したとか、抵抗運動のなかでは零下の気温のなか当局は夜中に「放水」して抵抗運動を蹴散らしたとか、いろいろ紹介されたけど、「Watre is Life」という先住民の言葉から、権力側にしても「水」は必要なのにどうかしている、という言葉がワタシには一番響いたかな。
 「Watre is Life」まさにその通りで身体からの言葉でしょ。それは全ての「ヒト」(すべての生命)にとって当たり前のことで身体の要求でもある。人工物は必ず壊れることは自明で水が汚染されることは支配者にとっても致命傷であることは間違いない。まあある種の進化はその感覚(身体性)も麻痺させるわけだ。身体(命)よりも大事な経済発展であり、身体(命)より大切な金(虚構)の流通であるわけだ。

 氏は福島へも通っているわけだが、どうも、なんとかというセンターでは子どもたちに「放射線は有害ではない」」という洗脳しているようで、α、β、γ線と楽しく付き合おう?、やっつけよう?みたいなゲームをやっているとかなんとか、そこで「学習した」子どもの作文には放射線となかよく付き合おうという作文が貼られていて、例の横浜あたりの教師がそこへ研修にきたり、福島あたり子どもの検診では甲状腺がんが多く診断されているにもかかわらず、不安を抱かせるから検診を自主規制しようと医師の協会がしめしあわせたとか、放射線の有害性を隠匿することで不安を軽減させるカウンセリングが行われているとか、、、、まさに事実を隠匿して、身体性を抹殺して、絶望を拒否して、【虚構】へ導こうとしているわけだ。

 構図はアメリカも日本も何もかわらない。

 しかしなぁ、まさにその身体性なんだよな。
 二部の対話タイムでは、参加者は意識の高い系のちゃんと世直しをしなければならない、という人たちなので、政権への不満とか社会問題に感心をしめさない周囲へのジレンマとか、意識低い系の人民への怒りとか噴出していたけど、どうもねぇ、しょうがないかなぁ、身体が麻痺しているだろうねぇ。もしかしたら身体が不満に感じてないのかもしれないし、虚構にのっとられているのかもしれない。でも、不満をいう参加者のどれだけが身体性をもって不満を言っているのかも実は疑問なんだよね。
 アメリカ先住民の水への危機感も、高江の聴覚からの不満も、福島の全身から感じる不安感も…ワタシには感じることはできていない。青カンのツラささえ解らなかったわけだから、「感じているよ」なんて欺瞞以外の何者でもない。そんなワタシはアタマだけの理解で動くことができなくなっているな。多分、何かを理解したと感じるときは既に動いていると思うの。今のワタシはそんな感じかな。そんなヤツもいるということで。

 ああ、そうそう、講演の最後に流されたyoutubeを観たときワタシは泣いていたんだよね。
 これはワタシの身体性だろうな。この身体性を考えるために頭はついているのかもしれない。



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内 容 ニックネーム/日時
久々に、トラックバックなんちゅうことをしてみました(^o^)
愚慫
2017/03/28 11:42

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