毒多の戯れ言

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zoom RSS 「COCORA 2 思春期編」天咲心良著 (序)

<<   作成日時 : 2017/02/15 09:05   >>

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 Kindoleで無料で読んだCOCORA1小学校編の続編である。
 丸善では「人文・自閉症」という専門コーナーにあったが、もう「自閉症」を紐解くというような本ではなく、良質の小説であり哲学書という感じ。「小学校編」より自閉症の症状の解説が少なく自閉症を忘れる感じである。いやほんとマジ素晴らしい!! ただね、アマゾンの評価では「全編にわたり辛かった」で低評価という人もあるし、「障害」に苦しむ少女の物語にたいし、「素晴らしい」とは軽々しく不謹慎なのかもしれない。しかしワタシにはグリグリと響き一気に読んでしまった。読むのをやめることができずに1日で読んでしまった。もう、ため息。感涙である。辛いと感じる人を知りながら、COCORAがこれほど苦しみながら「素晴らしい」などと書いてしまうヒトの気持ちが解らないということでは、ワタシもCOCORAと近いものがあるかもしれない。
 もう、COCORAのことが好きです、と告白したくなる。が、もちろんリアルであれば手を焼くどころの騒ぎじゃなく、というより、ちゃんと付き合うことができないだろう。ほぼ絶望的に困難だと思う、ちゅうかそれ以前にきっと振られるだろう。どちらかと言うとワタシは「行間を読み取れよ」派の人間だし、COCORAが性同一性障害も発症しているようだし、、あ、別に性的に好きと言っているわけではない、笑

 自伝的小説ということだが、おそらくはリアル経験的内心をさらけ出しているんだろう。中学生とは思えない、内心のやりとりが描かれている。中学生とは思えないというのは、ニューロティピカルの中学生とは思えないということで、自閉症の中学生ならば当たり前なのかもしれない。見えている世界が違うのだ。
 自閉症であり変わり者の異端児とされるCOCORAが、いやCOCORAだからこそ、ニューロティピカルがつくる「当たり前」の嘘を暴く。生と死の隠匿を明かし、社会規範と根源的規範について抉る。当たり前とされる社会の隠匿や虚構に「素直」に反応することの息苦しさに悩まされ、防御の術をしらないまま振り回される。いやむしろ、感知してしまう才能ゆえの悲劇なんだろう。
 “私”と「彼女」の裡なる対話(闘い)をする。ジャッジする“声”と・・・。対話ができてしまうがゆえに苦しむ。通常感知できないことを感知してしまうために叩かれる。中学生なのだ、嫌でも感知してしまう中学生なのだ。大多数が感知さえしない意識を、、、ワタシなど今だに感得しきれないなにをやかをだ。
 いやニューロティピカルにも浮かんでくるものだろう。ニューロティピカルならば迎合するか、無視するか、忘却するか、絶望するかのなにやかやを裡にて抱え込み葛藤する。それが障害なのか? 才能なのか? 誰がジャッジするのだ?

 読了したばかりで考えもまとまらない。とりあえず一箇所だけ引用して再読することにする。

 私を『問題』にすることで、あの『家族』は結束し、繋がっている。(中略)だから、あの人たちは私に『問題』であることを強要している。本当は私に問題があるわけではない。あの人たちの『意識』が私を『問題』に仕立てあげている。そうでなければ、その後ろにある問題を直視かなければならなくなるから。その問題を直視したら『家族』でいられなくなるから……
 この時確信したのは「『問題』とは、誰かが問題意識を持つから生まれるもので、現実的な情況そのものが問題なのではない」ということだった。


 ふ、、、ため息である。漫然と【システム】に呪縛され【普通】のなかで生活しているワタシには、厳しく響くCOCORAの言葉である。
 この本のことをもっと書きたいという衝動が生まれていて、一応(序)としたが、思索がまとまらなければこれまでとしようと思う。

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コメント(6件)

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ぼくはまだ読めていません。
いずれ読むつもりですが、まだいろいろと準備ができていません。

なので本へのコメントは控えます。
引用部分の文言について、一般的(根源的?)なことを。

>『問題』とは、誰かが問題意識を持つから生まれるもので、現実的な情況そのものが問題なのではない

この認識、前半は正しいですが後半は間違っていると思います。

ぼくなら以下のように訂正します

「現実的な状況そのものには無関係である」

つまり、

1.現実的な状況そのものに問題があっても、誰かが問題にしないと『問題』にならない

2.現実的な状況そのものに問題がなくても、誰かが問題にすると『問題』になる。

COCORAが言及したのは、2.だけです。

なぜ2.だけなのか。
自己正当化です。
もう少し自己を突き放して見ることができれば、1.も見えてくるのですが、まあ、思春期では難しいでしょうね。

とはいえ、現実として、つまり、『COCORA』という本を出版して、COCORAが行っていることは1.なんです。

現実的な状況そのものに問題があっても、誰も問題にしなったために『問題』にならなったことを『問題』として告発している。
愚慫
2017/02/15 12:17
(続き)

「誰も」というのは実は正確ではなくて、ニューロティピカルです。

そんでもって、東田さんやイド・ケダーさんや、それから栗原類さんもそうなんですが、というか、これらもまだ読めていないので推測でしかないんですが、これらがなしているのは、『問題』提起ではあっても「告発」ではなく、ニューロティピカルの立場・視線に沿ったものになっているのではないか、ということ。

もちろん、それはそれでありなんですが、だったら、ぼくはきっと不満を覚えるだろうなぁ、と。

こうのさんや上橋さんのようだと、不満を覚えず、いなされてしまいますが(^_^;)

ちなみに、ぼくがやろうとしていることも1.です。しかも「告発」のほう。(^o^)
愚慫
2017/02/15 12:18
おはようございます。

やっぱ愚慫さんはすごいですねぇ〜。
ちょっと気になるところを引用しただけで、これだけ読み取ってしまうとは、、脱帽です(いつもだけど、、笑)。
頭の悪い自分が疎ましい、orz

で、ニューロティピカルであるところのワタシは「2」ですね。
だから、COCORAの言葉をそのまま引用して平然とすることができた。
「問題がない」と思っているかもしれない。
いや「問題」に切実さがない、と言ったほうがいいかな。
とはいえ「1」が解らないわけではない。
ある他者にとっては、「1」が十分あり得ることも解る。
このあたりが「アタマ」で解っているだけだろ?と指摘されるところでしょう、笑
すずなんかはそうした「問題」を乗り越えてしまっている精神(魂?)の躍動への感動になるのでしょうが、、、
残念ながら、どうもワタシはまだその域まで達していない。
だからすずよりもCOCORAに惹かれる。(愚慫さんのこともけっこう好きですよ、爆!!)

さて、では次に「問題」とは何か?ということを考えてしまう。
「社会」か「種の進化」か、逃れることのできるものか、解決することのできることなのか?
と、追求していくと、未読故になんとなくですが、「サピエンス全史」にヒントがあるのではないか、と考えたわけです。
毒多
2017/02/16 09:43
COCORA2では小学校編よりもより深く裡なる世界、“私”と「彼女」と“声”が飛び交います。
思索するなかでそれぞれを社会的規範、根源的規範、形而上の声みたいに区分けして考えようと思いましたが、ちょっと無理があるような気もしてきたので、先入観なしで、それぞれに焦点を合わせて再読してみようかな、と思っています。
サピエンス全史の読み始めが、、、、また、、、、また遅れる、、、orz

いずれにしても幸か不幸か、ニューロティピカルには感じられない、か、埋没してしまう根源的な「問題」がCOCORAには見えてしまう。

一応、エントリーに引用した部分につづけて書かれる裡なる“声”も書き出しておきます。

(前略)・・・たとえ家族であっても、他者を踏みにじることなど許されない。そんなことをする人間を受け入れてはいけない。そして人のために自分を犠牲にするようなことなどあってはいけない。
 今、この瞬間に、一人の人間としてあんたが存在していて、その存在は、誰にも脅かされるものではないと、それを感じていて。誰にも影響されない自分を。
 今はそれだけで十分。あんたは今、ひとりでここに立っている。誰にも支配されず、利用されず、自分の力で生きている。あんたにはそういう生き方が出来る…それを忘れないで。

毒多
2017/02/16 09:44
ここで対話しているより、読んだ方がいいですね。
読みます。
かなりシンドイと思うけど...


>今はそれだけで十分。

「今はそれだけで十分」ということばが救いですね。
これがなければ、Aが歩もうとしている道になってしまう...

完結編も見てみないと。
愚慫
2017/02/16 11:49
>かなりシンドい
「準備」とは、そういう意味なんですね。失礼。
となると安易に薦めることはできませんね。
どうも「見えてる世界が違う」ということをついつい逸失してしまう。
アマゾンの読者評価では、かなり辛いという意見もありました。
ご判断はおまかせします。
今は続編が待ち遠しくて仕方ありません、ワタシには。
毒多
2017/02/16 13:28

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