毒多の戯れ言

アクセスカウンタ

zoom RSS 「日本の息吹」2月号を読んだ、爆!!

<<   作成日時 : 2015/02/26 09:53   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 15

 内田樹の講演会にいったとき貰った大漁の資料のなかにそれはあった。
 「日本の息吹」誇りある国づくりをめざすオピニオン誌・・・日本会議、、、爆!!
 おそらく“そういう”ベクトルの講演会ではないので、アンチの「資料」として配布されたのだろう。以前なら読まずに捨てるのだが、最近ではすっかり転向してしまって読んでみることにした。あ、転向といっても水平な“そういう”ベクトルへ転向したわけではなく、垂直のベクトルに転向したわけで、、、と言っても解ってもらえないだろうな。
 さて表紙は、目次と挿絵。


画像


 目次はと、おお元関取にして現グルコサミンの舞の海が書いているではないいか!! 現グルコサミンは日本会議の人だったのね。あとは、、、平川、栗山要、李久維?誰もしらない。台湾人らしい人も日本会議メンバーなんだね。
 挿絵は古い小学校の校庭で先生を中心にて「おしくらまんじゅう」をしている絵。なんとも懐かしく微笑ましいのだけど、今もこんな風景あるのかな? きっとないんだろうな。ないからこそ、描かれている気もしなくもないが、ここに描く心理を邪推してしまう、、、日本会議はほしいのは、ただ、おっさんのノスタルジーの再現??(笑)
 さて資料としての中身は、舞の海他は省略されて平川祐弘という東大名誉教授の文章のみ。この人、東大卒業後、仏伊独に留学、北米、中国、台湾で教壇に立つとあるから相当な「知性」の人なんだろうね。
 タイトルは「日本の国柄にふさわしい憲法を」っての。
 前文に、「天皇を国の永続性の象徴として明文化し、『五箇条の御誓文』のように朗々と読み上げたくなるような文章の憲法に改めよう。」・・とあるので改憲派らしい。「五箇条の御誓文」のように朗々と、、、とあるので、改憲派としても自民党のそれとは違うかもしれないな、ということが解る。
 つづいて、小見出しは「聖徳太子「以和為貴」を憲法前文に」とある。また、えらく戻ったね。改憲というと大日本帝国憲法ちっくな戦前回帰イメージがあるのだけど、この方は聖徳太子まで戻ってしまうんだ。びつくり。流石に聖徳太子まで回帰してしまうとノスタルジーどこの騒ぎではない。だれもリアリティもてないと思うのだが、この知性の人は、完全に思いを馳せてしまっている。

 それでもね、文章の出だしはね、まあいいのよ。ちょいと引用。

 「和を以って貴しとなす」
 この聖徳太子の言葉を日本國憲法の前文に掲げたい。和とは平和の和である。平和を尊ぶ日本の国家基本法の冒頭には、わが国古来の言葉で理想をうたい、伝統に根ざす和を尊ぶことで、国内をまとめたい。また和を喜ぶべきことを広く世界に訴え、かつ私たちの行動の指針としたい・・・・


画像



 これさ、現憲法の前文とあまり変わんないんじゃないの?
 この精神が同じならば聖徳太子だろうがGHQだろうが、構わないと思うんだけど、どちらサイドも駄目なんだろうな。多分この人は内容じゃなくて「日本の伝統」でなくちゃ嫌なんだろうし、なんといっても「国内をまとめたい」らしいから。
 「異」をうけいれてこそ、「和」も貴いものになるのだろうけど、好き嫌いでものをいっちゃうわけだから失笑だね。まあ、そのまま裏返してこれ護憲の方々もそうなんだけどさ。いずれにしても「国家」前提で、「まとめあげたい」のはいずれも同じってとこか。憲法の性質が「まとめあげる」ものということをもう一度確認する必要はありそうだ。

 読み進みると「排除の思想、寛容の思想」って小見出しにて、(おそらく西欧のような)一神教は原理主義的な排除主義におちいりやすいが、日本は八百万神のにてちがうのだ。死者は区別しないみたいなことが書かれている。いやいやいや、死者を区別しないじゃなくて、生者をどうするかが国家でしょ?、とツッコミながら読む先には、

政治の次元では敵味方を区別する日本人だが、慰霊の次元では死者を区別しない。天皇を国の永続性の象徴として、その宗教性にふさわしい儀式を執り行う大祭司の役を担う万世一系の立憲君主であることを憲法で明文化すべきであろう。

画像


 ああ、これなんだ。排除はまずい、寛容でありたいのは死者に対してのみなんだ。一神教を否定しながら天皇教でいきたいわけなのね。

 で、さらに読み進めると「敗北主義的平和主義と決別し、積極主義的平和主義へ」とあり、日米安保の否定と中国と大戦できるだけの軍隊の保持と、反日勢力の排除と、反日勢力に迎合する日本人の否定をしたうえで、互いに助け合う積極主義的平和主義に改めたい。と書いてある。現政府とここのみにおいて共通するわけね。で、お仲間的雰囲気でつながっちゃうわけだ。面白いねぇ。

 この人「知性」の人なんだよね。書いてあることに矛盾だらけで、説得力もまるでないんだけどなぁ。すごく頭の悪い文章かいていること自分でわかっているのかな。
 「和」を貫きたいのなら、想像以上の寛容と努力が必要なんだけど、この人には少しもなさそうって読みちゃうし。まあ、そこは護憲派にもいいたいんだけど、ismで物を語っては「和」にはならないでしょ。
こんなワヤクチャな文章で改憲をうったえるなら護憲のほうがずっといいな。

 さて、「日本の息吹」の裏表紙は、、、、」

憲法改正を推進しよう! エコバックできました!

画像


いっしょやないけっ、・・・・・爆!!
 

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(15件)

内 容 ニックネーム/日時
>慰霊の次元では死者を区別しない。

??

靖国に祀れているのは、官軍側の将兵だけです。例えば、西郷隆盛などは祀られていません。

これは「死者の区別」に当てはまらないのですかね?
愚慫
2015/02/27 21:32
そうですよね。
靖国は、(遺族の感情が)祀られたくない故人も祭ってあったりとか、あるので、そういうことを言いたかったのかもしれませんが、死者を区別してますよね。(いずれにしても死者を区別とは生者がすることで、死者自身は区別も差別も知らぬところではないか、と想像しますがw)
まあ、他にも突っ込みどころは一杯で、どう読んでもアタマ悪そうな文章なんですが、世間的には知的エリートなんですよね。この人の文章を読んで賛同する人がいるってことも不思議です。
毒多
2015/02/28 07:00
知的エリートという「消費物」でしょうね。

こういった文章は【毒】の「はけ口」だと思います。その意味では、毒多さんの『戯れ言』と同じ性質を持つものと言えなくはありません。

でも、そう言ったらご不快になりますよね。
ゴメンナサイ。
あるところは決定的に違うと思います。

それは【毒】をどの方向へ吐き出そうとしているか、です。

【毒】を【消費】してさらに【毒】を増幅させようとしているのか。
【毒】を〈消化(昇華)〉して【毒】でないものにしようとしているのか。
愚慫
2015/02/28 10:55
時々拝見しております。
そういえば、近所で前田哲夫さんの講演会があった時に、会場に入らず出口で「安倍政権を倒して君主制にしよう」というビラを配っている人がいました。なんと手書き。それを捨てもせず見もせず持っております。「象徴天皇制」には釈然としないものがあるので、なくすか、全責任を負っていただく君主になっていただく方がいいかなと思うことがあります。「永続性」をどっかの一族に担保させてそれを国家と同一視する発想についていけません。
りくにす
2015/02/28 12:16
>まあ、他にも突っ込みどころは一杯で、どう読んでもアタマ悪そうな文章

ある武道家の言葉ですが…日本人の仕事は旧植民地の人に会ったら、とりあえず「いろいろすみませんでした」とさくっと謝ること。

ヘイトスピーチを批判しながら日本人をヘイトスピーチしていることに気付かない人間より賢いと思うよw
で…終わらしたいんだけど逐一説明しないと皮肉が分からない人もいるので補足

戦後、自分の意思で日本人に生まれた人間がどれだけいるか誰も分からない(笑いどころ)のに、日本人というだけで十把一絡げにして見ず知らずの人に謝罪(それも挨拶がわりにw)しとけって提案する馬鹿が日本にいる
NAN
2015/03/01 01:06
一応、武道家の言葉を全文紹介しとこう(何のことか分からないだろうし)

日韓関係がこじれる中、韓国が日本に対して謝罪を要求している、と報道されています。テレビで昔、高市早苗が、「第二次大戦のとき、私は生まれていないので、私には戦争責任はまったくない」という趣旨の発言をしていました。そう言い切るのはどうかとも思いますが、永遠に謝罪し続けなければいけない、と考えるのもつらいです。

 歴史的な事情はいろいろあるんですが、一言で言うと、日本は「負けすぎた」ということです。ただの敗戦国じゃない。こんなに負けた国はないぐらい負けた。負けた場合の備えをまったくしていないで負けた。底抜けの敗戦国なんです。

 戦争なんて、勝ったり負けたりするものです。負けたら国家が瓦解するような負け方はふつうしない。大日本帝国もミッドウェイ海戦の敗北の後、降伏していれば、海外植民地を手放すくらいで政体は維持できた。それが「攻むれば必ず取り、戦へば必ず勝ち」なんてことを口走って戦争していたものですから、負けた後収拾のつかない負け方をした。

 近代戦では、損耗率30%で「組織的戦闘不能」とみなされます。そのときはあっさり白旗上げて降伏する。「戦争は外交の延長である」というクラウゼヴィッツの有名な言葉があるとおり、戦争は感情でやるものじゃありません。損耗率100%まで戦い続けるどころか死んで幽霊になっても戦い続けるというようなことを言って戦争をしたので、歴史上類を見ない負け方をした。ミッドウェイで負けて、マリアナ沖で負けて、制海権・制空権を失った状態でも戦い続け、東京、大阪はじめ主要都市を軒並み空襲で破壊されて、広島、長崎に原爆を落とされて、焦土と化して、戦争指導部も「このままでは革命が起きて自分たちが殺されるかもしれない」という恐怖に取り憑かれて、そこでようやくポツダム宣言を受諾した。
NAN
2015/03/01 01:39
続き

 大日本帝国が瓦解して、そのあと新しい政体ができました。帝国臣民は一夜明けて民主日本国民になってしまった。でも、戦争責任の追及、敗戦原因の解明は別の国の人間じゃなくて、本来戦争をした国の人間がなすべきことなんです。白旗上げた本人が「どうして私は負けたのか」を自力で吟味するのじゃないと負けた甲斐がない。でも、日本の場合、戦争責任の追及をしたのは外国人たちでしたし、軍国主義を罵倒したのは日本国民でした。敗北を自己点検すべき帝国臣民はどこにもいなかった。

 敗戦国の事情はどこも似ています。ドイツは、ナチスにすべての「穢れ」を押しつけてドイツを救おうとした。イタリアはファシストに、フランスはペタン元帥のヴィシー政府にそれぞれ「穢れ」を押しつけて、祖国を免罪しようとした。でも、それができるだけの「足場」が彼らにはありました。ドイツには反ナチ勢力がいてヒトラー暗殺を企てていた。イタリアではパルチザンが実際にムッソリーニを殺した。フランスでもドゴールの亡命政府があり、レジスタンスが最後は自力でドイツ軍を追い出した。でも、日本には戦争指導部と戦った国内勢力が何もなかった。「リスクヘッジ」を考えた人間が一人もいなかった。だから日本人は「一億総懺悔」するしかなかったんです。日本人全員が戦争に程度の差はあれ加担したのだから、みんなの責任であって、誰の責任でもないという話にした。

 戦争被害を受けた国に謝罪するときにぜんぜん本気じゃないのはそのせいなんです。「私が戦争責任者です」と手を上げる人がどこにもいないんですから、謝りようがない。
NAN
2015/03/01 01:46
続きの続き

 戦争ってのは勝ったり負けたりするものですから、負けたときにちゃんと「すみません」と謝っておけば、そんなに尾をひきずるものじゃない。中韓の日本に対する謝罪要求が終わらないのは、謝っていないからです。高市早苗みたいに「私には責任がないけど、文句言われてうるさいから賠償金払う」みたいな高飛車な態度を誰も「謝る」とは呼びません。平和条約でもODAでもけりがつかなかったのは、韓国市民にしてみたら、日本人に謝ってもらった実感がないからです。

 だから理屈は簡単なんです。先方が「謝られた」と実感してくれさえすればいい。「謝罪しろ」と言われる前に「すいませんでした」と言って頭を下げる。「なんだよ、何度もがたがたうるせえな、一度頭下げたんだから、もう十分だろう」と言うのを「謝る」とは言いません。謝らないから謝罪要求がエンドレスになる。ドイツの大統領なんて見て下さいよ。ヨーロッパ中どこに行っても謝罪し続けですよ。ギリシャでぺこり、ルーマニアでぺこり。あれが彼の業務のうちなんです。「ナチスがひどいことをして申し訳ありません」ととにかく謝る。大統領は70年間占領地の国民にひたすら謝り続けている。それでようやく被害者たちも「もうぼちぼち許してもいいか」という気分になっている。それくらいの時間がかかる仕事なんです。

 政府や政治家に謝る気がないなら、市民同士でグラスルーツの友好関係を作るしかないんじゃないですか。僕は韓国の人に会ったら、とりあえず「先祖がいろいろご迷惑をおかけして、すみません」とまず謝りますよ。それでも怒り続ける人なんて会ったことないです。みんな「まあまあ、お手を上げて。別に内田さんがやったわけじゃないんですから」と言ってくれます。「おう、責任があると思うなら、誠意示せよ、誠意」なんてヤクザみたいなこと言う人いませんよ。
NAN
2015/03/01 01:54
続きの続きの続き

 アメリカ人にだって「原爆落として、すみませんでした」とあっさり言われたら、僕らだってそれ以上は責めないでしょう。「おう、悪いと思うならここで土下座して、オレの靴なめろ」なんて言いませんよ。

 日本人の仕事は旧植民地の人に会ったら、とりあえず「いろいろすみませんでした」とさくっと謝ること。ドイツの大統領だってやってることなんだから、文句言わない。


結論に導くための文章が内容の割に長すぎるお陰で文字数制限に掛かりすぎた(泣)

それにしてもこの書き手…嬉しそうにドイツを引き合いに出してるが、自分が初めてこのブログにお邪魔したころ、愚樵(すみません。国語辞典はすぐ見つかったのですが、漢字辞典が見当たらず…今のHNが読めません)さんにドイツとギリシャの戦後賠償についての軋轢を紹介したが、それより後に書いているにも関わらず例に出すとは(呆)
最近、ドイツが加害者の立場であるにも関わらずその問題について自ら「解決済みである」と結論づけたが→この書き手はそれについてどう評価するのかは自分も興味あるところw
NAN
2015/03/01 02:49
さて!
毒多さんが内田樹に興味をもたれたきっかけって…

内田樹が語った「国民国家は本質的に恣意的な構築物である。」
※我が師wiki先生が仰られているところでは、「国家は私事であり擬制であるという意味で幻想である、という考えである[15]。本質的に恣意的な構築物である国家に服従を強制すべきできないと考えている。」

という考え方に共感したからですか?

もしそうであるなら…自分が紹介した記事においては彼自身も→日本人を親に持ったというだけで無条件に日本国(日本人)への服従(所属)を強制してませんか?

何が言いたいかというと…簡単に自分の思想を忘れる人間を信頼できないw
NAN
2015/03/01 04:55
愚慫さん
もう不快にはなりません。
多分すこし変わることができた気がします(笑)
やっぱり、戯れ言も【毒】っぽいかなぁ、、ということも言われないと気づきませんね。
昇華はそんな気もします。ワタシと他者のワタシのために。ニヤっ
毒多
2015/03/01 09:53
りくにすさん、いらっしゃいませ。
kuronekoさんとこでは拝読させていただいてます。
最近思うのですが、「一族に担保」ではなく、「一族に押し付け」ているんではないかなぁと。
現天皇やら皇太子は普通にいい人で、皇太子の嫁はんも普通の庶民で、皇太子もそんな普通の庶民であることを願っているようです。
普通の人が生まれて知らぬうちに「日本人」として登録されていた、よりもハードなアイデンティティを押し付けれられて不憫でしかたありません。
毒多
2015/03/01 09:53
さて、NANさん(笑)。お久しぶりです。

ちょっと分かり難いので確認なのですが、
最初の

>まあ、他にも突っ込みどころは一杯で、どう読んでもアタマ悪そうな文章

は、私が平川某の書いた記事に対しての感想ですね。
で、NANさんは、そのセンテンスを冒頭に引用して、内田の文章をあげています。
・・・そうはいうけど、内田の文章だって、矛盾してないかい?という問いかけですね。
なぜ、内田の文章がとつぜんでたかというと、私が直近のエントリーで内田を取り上げたから、ということが推測できます。
で、簡単に思想を忘れる人間を信頼できない、、、と締めている。

ここから読み取れるのは、平川某を批判しながら、矛盾を帯びた文章を書く内田を好意的に取り上げる毒多はおかしいのではないか?、もしくは信頼に至らない。ということを暗に言いたかった。と読み取れるのですが、この読解は間違ってますか?

ここで引用された内田さんの文章は、これはこれで興味深く議論の材料としてもOKなのですが、そも、NANさんが平川某の書いた文書をどう感じているのかが解らない。

Aについて書いているのに、Aのことには何も触れず、Bだってこんなんじゃないのか!! といわれる。これではどう応えていいのか困るんです。

で、お聞きしたいのですが、NANさんはÅの、、じゃないや、エントリーで取り上げた平川某の文章にどういう感想をおもちですか?
毒多
2015/03/01 09:53
ご無沙汰しています。巡回して新記事が出てるかはチェックしていますが。

つかぬことをうかがいますが、以下の言い方をどうとるか、お考えを伺いたいのですが。

>尚、まともな在日の中からは、在日同胞がいつまでもパチ・スロやサラ金などで食っている状況にも(自己)批判は出ています。たとえ戦後の在日差別の中では不可避だった(職業・生業)選択であっても、何時までもその胡坐をかいているのは民族的な恥辱だ、という自覚です。
 
  「パチ・スロやサラ金などで食っている状況」というのを、「在日の人はパチンコ店経営や小口金融業の経営で生活している」という意味だと、わたしは解釈したのですけど。
 「たとえ戦後の在日差別の中では不可避だった(職業・生業)選択であっても」というのは、在日の人たちは終戦後から、パチンコ業界や街金をなりわいにするぐらいで、いろいろな職業に参入するには壁が多かったという意味だと思う。

そう解釈して、以下のエントリーをあげました。
http://ameblo.jp/kandanoumare/entry-12013862272.html

 ただ、ふと思ったのですが、「パチ・スロやサラ金などで食っている状況」を、パチンコの景品で生活し(いわゆるパチプロ)、あるいはサラ金の借金で家計を補っているというような意味に読解しているのかな。こういう問いかけをしてくる人は? とも思いました。
 そんな風に読めますかね。

 

kuroneko
2015/04/15 12:57
kuronekoさん、お久しぶりです。
だんだん社会的政治的なことを書けなくなってきているので、ブログ更新がなかなかできなくなっています。
「みんななかよく」は定期的にお邪魔しています。このエントリーもざくっとみましたが、細かくは読んでいません。
なので、流れは解りませんが、、、このコメ欄の部分のみのワタシの解釈を書きます。

ワタシの伝え聞いた知識、、、パチンコの経営は朝鮮系の経営者が多い、、、を根拠として、
「経営で生活している」という文意と読みます。
サラ金に関しては伝え聞いた知識もないのですが、並びで記されていることから、それも「サラ金経営で生活している」と読みます。パチンコの景品(というか現金交換)で生活する、ということなら、考えられなくもないですが、サラ金から金を借りてそれのみで生活はできないでしょう。
いずれにしても、それらの経営は「まともな職業」ではない、というのが共通意識。でも、被差別者としては生活するためには仕方なかった。
被差別だからといって、「まともではない職業」を続けていいのだろうかという自省。

と、こういう文意だと思います。
どう考えても、サラ金で金借りて生活はできないでしょ。
サラ金から金を騙し取ってなら生活できるでしょうが、それを多数の在日にあてはめるのは無理がありますね。
毒多
2015/04/15 14:19

コメントする help

ニックネーム
本 文
「日本の息吹」2月号を読んだ、爆!! 毒多の戯れ言/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる