毒多の戯れ言

アクセスカウンタ

zoom RSS 「隷従」は素晴らしい!! だって、絆があるからぁああ・・・

<<   作成日時 : 2014/05/25 10:13   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 12 / トラックバック 0 / コメント 49

さて、気分をかえていってみようかな。って、どんな気分なんだ(笑)
で、突然だが最近、会う人会う人みんなに薦めているドラマがある。
実は相当周回遅れなのだが、気にしないのが「戯れ言」のいいところ。
そのドラマとは、「リーガル・ハイ」「リーガル・ハイ2」。
あの半沢直樹の境雅人が演っているってんで、周回遅れで全て観たのだがこれは面白い。半沢直樹の比じゃんない。1万倍面白い(ガキかっ!!)
この台本書いている人は相当イケてる、と思う。
コメディであって、結構核心をつく。問題提起の質が高いのだ。コメディだから尚良い。とはいっても、ここの衆にとっての面白さではないかもしれないのだが、あくまで弁護士、裁判といった社会のなか設定で面白い、ということ。それでも敢えて面白いく観るとうのは、社会の限界を超えてないことを思索をするという意味でもいいや。今回紹介のカットではないが、社会を俯瞰する台詞がよくでてくるのも面白い理由。
今回は「隷従」つながりで、ある場面がyoutubeにアップされているのを見つけ、引用。アキラさんみたいに、本日のワンシーンとして紹介するのもいいかな(笑)




老人は(国家から)棄民である、誇りを捨てさせられた、と古美門研介が言い、隷従させられていく過程は言い当てている気がする。愚樵さんが言う、隷従を許容していくのは強いってのも垣間見れるかな。
もちろん、これは「村」の「老人」だけじゃない。原発の町も、基地の町も、もちろん都市でも選挙などをみると自らすすんで隷従を、結果としての棄民を望んでいるように思える、今や誰もが同じなのではないのか?
ここで棄民を望んでいるなんて、書いてしまったが、隷従のさきにあるのは棄民なのかもしれない。隷従されないということは棄民にもならない、となるわけだ。
youtubeでグッドとしている人は多数いるんだけど、この老人は自分のことだと思っている人はどれだけいるのだろう? もしかしたらそれを解っているからグッドなのか?

国家に一矢報いるのは「金」しかない、というのはドラマ(古美門研介)の設定上しかないとしても、多分やはり隷従前提のうえでは「金」なんだよな。「金」も隷従へのシステムとしては相当なものだと思うのだが、「一矢報いる」のは「金」しかないんだ、というのは隷従の強化にほかならないだろ?ちょっと、台本屋と話してみたいところだ。

さて隷従されずに闘うとはどういうことだろう? 「一矢報いる」のは「金」じゃないと思うのだが、果たして「一矢報いる」先はどこなんだろう? 苔にした国家なのか? 苔にされる前に闘っているところはあったよな。三里塚でも辺野古でも六ヶ所でも、、、場所ばかりでなく、闘ってきた。
苔にされることなく、闘って敗れたのは苔にされたわけではない、ってのはなんとなく解る。いずれにしろ三里塚、辺野古はジモティにとっては感知できるから闘うこともできたし、できるのだろう。でも絹美の村は隷従の道を選んだ。そちらのほうが強いから。原発の町は絹美の村と同じ、でもこっちの結果は反対だった。隷従し、生活と誇りを奪われた。もとい、絹美も生活力は強くなったかもしれないが、誇りは奪われ、そこに怒っていたわけだ。
結果如何にかかわらず、感知にしたがって反応できなければ、隷従→棄民の道がまっているわけだ。

最近の戯れ言のコメ欄にある、解脱、ってのは、そも虚構による隷従自体を相手にするのに「一抜けた」、ということになるのか? 「一抜けた」ところで現実の出来事は襲ってくる、いや、襲ってくるという表現もよくないな、現実の結果にさらされる。達観というのは、結果に晒されている自分も俯瞰しよう、ということか? いまひとつ隷従から抜け切れていないワタシがいる。まだ半分ダニにちがいない。半妖ならぬ半ダニとな、爆!!(未完)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 12
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた
面白い 面白い
ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!)
かわいい かわいい

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(49件)

内 容 ニックネーム/日時
打たれ強いところを見せるためにはたたき台の意見を述べておきたいと思います。
ほんとうは2,3日ぐらい考えたいところなんだけど・・・・・
「お金」というよりは「隷従とならない仕事」はどういうものか、と考えたいですね。
秀吉は、仕事の分配を一生懸命考えていたようなんですよね。ヒト(主として男性)は仕事をしたい動物なのかも。
こういうドラマも煽りになってしまってもあれだし、太宰治が「如是我聞」を書かされたって勘ぐると・・・・なかなか世の中の合理的な変革というものは難しいものがありますね。
隷属促進になっていくのをくい止めたい
たとえばタイでは豊かさに届こうとするときに分断策が仕掛けられている?
先進国並みにとなると地球の環境がもたない?
今度は先進国が衰退して環境が大きく劣化?

積極的な後戻りというものを示すことが課題になってくると思いますね。 
手作業を復活とか、伝達もマンパワーでとか。

メゾフォルテ
2014/05/25 13:44
面白そうですね、このドラマ。
観てみようかな。
こちらはガッカリしないで済みそうだし。
(^o^)
堺雅人、好きだし。

毒多さんが紹介している映像10分だけ観て・・という上での感想なんですが、「一矢報いる」のならやっぱり「金」しかないんじゃないですかね。
そうじゃなかったら、その環境汚染をしている会社を、まず後始末をちゃんとさせた上で 地元から追い出すしかない。

そうして、飯館村のような村づくりを地道に積み上げていくしかない・・と思うのですが、それすら今回の原発事故の影響のように、一瞬にしてパーになってしまうことがある。
飯館村の悲劇は、僕のような「一抜けた」組にとっては、かなりの衝撃です。

僕の思っている「一抜けた」は、こういう経済システムへの依存からの「一抜けた」です。
巷ではそれを「ドロップアウト」と通常言いますが、僕の知り合いは「テイクオフ」と言っています。 (^o^)

もちろん、お金を使って暮らしますし、現実の出来事や結果には晒されます。
けど、それに踊らされない、ということなんじゃないか?と思ってます。
アキラ
2014/05/25 17:39
ゴミ収集や原発の作業が委託とか下請けとかになっていくのは何とかする必要がありますね。
どこかの国では、原発の作業員の健康管理が徹底しているそうではありませんか。
どうも東アジアでは人口が多いせいもあって、人権が無視されてしまうことに・・・・
日本も例外ではないと思います。
メゾフォルテ
2014/05/25 19:54
アキラさん、おはようございます

面白いですよ。多分ワタシのなかでは、これまでのテレビドラマの中で最高です。是非「リーガル・ハイ」の1話から御覧ください。一話完結、通しのストーリーもあるという設定なのですが、日照権問題ネタの回を保育園の日照権に係わってるときに観たのですが、爆笑してしまいました。
実は、次も「リーガル・ハイ」ネタで行こうと思っていたのですが、アキラさんが観るならやめとこ(笑)、、、内容もさることながら堺雅人最高です。はやく「リーガル・ハイ3」やらないかなぁ。

「一矢報いる」は「一矢」なんですね。じゃあ「金」でいいのかなぁ? 金額にかかわらず誇りの対価にはならないでしょ、という見方だったのですが、もともと「誇り」は別のところにある、とすると「一矢」程度なら「金」でよい、ですかね。
毒多
2014/05/26 05:37
>飯舘村、、ニュースを殆ど見ないので、ただ原発被害の村という印象しかなかったのですが、あらためてwikiを観てみると、なんとか会議から離脱して独自の村作り、日本の美しい村、だったのですね。何かオカシイと感じながら丸め込まれ隷従させられた絹美の衆とは逆のベクトル、「一抜けた」だったんだ。踊らされていなかった。

>「一抜けた」組にとっては、かなりの衝撃です。

原発安全伝説という虚構が決壊し、現実に被害を被る。この衝撃をうけるまえに感知し何かをしよう、例えば安倍氏のペテンを暴こう、というのと、ペテンという「虚構」を相手にし踊らされても仕方ない、、、の違い、がよくわからない。
内田樹の前のエントリーのように、決壊を見据え決壊後に本質的に生きれるよう鍛錬は今できる、ところまで行かなければ、「テイクオフ」(笑)とは言えないのかな、とか。

うーん、虚構に踊らされない、ということは、虚構のもたらす現実にも踊らされない、ということになりそうですね。
飯舘村の衆は今も個々のなかにある誇りを持ち続けていると信じたい。
毒多
2014/05/26 05:37
「一矢報いる」のは「金」。けど、これは「国家」を土台にしての話。

原発問題だと「国家」が相手だから、なかなかラチが開かないですね。国家賠償は取れるでしょうけど、原資は税金だから、いろいろ矛盾が生じる。

もう一つの方向性は刑事罰。「企業」「国家」といった顔のない組織ではなくて、具体的に個人を追及する。
でも、日本の場合、司法もグルだから。

そうなると、後は革命。

革命は歴史的に認められた市民の権利です。デモという示威行為は、「正当な革命権を行使するぞ!」という示威なんですね。つまり、力関係は

 市民>国家

という想定。アメリカなんかは、この想定を担保するために市民に武器の所有を認めるという思想で、これはこれでスジは通っている。別の問題が大ありですが...

以上は、一応、サヨク的模範解答かな。
ああ、つまらない。
愚樵
2014/05/26 06:13
うーむ、ルパン三世の石川五エ門のようだ。
居合ですっぱり遣っておいて、
「また、つまらぬ物を斬ってしまった・・・」
お見事!!





毒多
2014/05/26 08:32
お見事!!などと言っている場合ではなかった。

では、「闘うこと」については如何でしょうか?
古美門は「闘うことしかないんだぁあああ」と言ってますが、国家前提の弁護士としてはそうなりますね。
「国家」を前提としない「一抜けた組」としては、そも「闘うこと」そのものがない、となるのかな?

抜粋のユーチューブでグッドとしている多数は、単に堺雅人の演技をグッドとしている人もいるでしょうが、おそらく古美門の演説に共感している人が多いと思います。そして自分を古美門に置き換えている。
だれも自分を惨めでダニであるとこの老人衆と思っていない。もちろん老人衆が気付き立ち上がることにグッドとしている人もいるかもしれないが、やはり古美門目線のような気がする。
実は、多くは老人衆と同じであるのにもかかわらず。

まあ、他人のことはいいや。




毒多
2014/05/26 08:50
僕は、闘うことは(抗うこと?)は必要だと思っています。
どのように?というところで、様々なやり方があるとも思います。

ということはおいといて。 (^o^)
飯館村の悲劇の辛いところは、彼らは自分たちのまわりから、経済競争的なシステムを退けて、サステイナブルな地域を確立しそうなところまでいっていた、
それなのに、「自分たちの地域」という意味では「遠方」で起こった汚染事故によって、文字通り一夜にしてパーになってしまったことです。

天災としか表現しようのないものなのですけれど、しかしあからさまな人災ですし、「またやり直そう」ということも出来なくなってしまった。

パトリオットからすると、これほど辛いことはないと思います。
彼らがこれからどうしていくのか、僕には想像もできません。
アキラ
2014/05/26 09:01
あと、闘うこと(抗うこと)うんぬんなんですけど、僕自身としてはこれは自分のやっている身心の分野と同じことだと思ってるんです。

僕自身は「いのち」の力の全力発揮を目指して、そこで生きるのがいいなぁと思っているので、基本的に薬も西洋医学的な手段も使うことを考えません。
よっぽどのことがあったら考えますけど、基本的には「必要がない」。

だから自分は使わないわけです。
「不調になったら、病気になったら、病院に行って薬を飲んで“治す”」というところからドロップアウトしている。

けれど別に、薬や西洋医学的な手段を否定しているわけでもないし、ある状況に至ってはそのような方法を用いた方がスムーズである、とも思っています。
(例えばけっこうな交通事故とか)

これ、闘って(抗って)ないように見えますけど、「使わない」という方法では抗ってるとも言えるんですよね。
だからといって、否定してるかっていうと、そういうことでもない。

僕の「一抜けた」感は、そういう感じなんです。 (^^;)
アキラ
2014/05/26 09:12
飯館の女性たちが着物をリメイクした作務衣をあれこれ買ったんですが、マネージメントしている人たちがどうかな、と思ったんです。
プレゼント用の包装はできないというし、かなり小さな紙のバッグにそのままギュウギュウつめてしまうし。私にとっては高額な買い物だったんですけどね
被災地の事業を継続してできるように販売のプロが関わってほしいと思いました。
日本じゃ持続可能ということは考えない?
どこかやっつけ仕事というか刹那的なところがあるんですよね
メゾフォルテ
2014/05/26 10:07
「仕事の分配」という仕事が重要だと思います。
仕事の能力をみる、お金の必要度をみる
など。親方というのはそういう人たちであったと思うのですが今ではあまりいなくなった?
現代では公務員に求められる資質かもしれませんけれど。

メゾフォルテ
2014/05/26 10:14
地方自治体の公共事業というものは優先順位がつけられている?
どうも優先順位の高くないものが先に行われる?
という感じなんです。
メゾフォルテ
2014/05/26 10:23
>アキラさん

>彼らは自分たちのまわりから、経済競争的なシステムを退けて、サステイナブルな地域を確立しそうなところまで

昨晩Nスぺの『エネルギーの奔流』第2回を観ていたら、グリーンパラドックスというタームをドイツを引き合いに出して紹介していました。
それによると、アキラさんが仰るようなシフトチェンジを行うには、1つの村どころか1か国のレベルで取り組んでもダメなんですと。
飯舘村を例にとると、原発がたとえ周辺に立地せず3.11の打撃を受けずに済んでいたとしても、温室効果ガスの累積的排出による気候変動の影響は免れ得ない(地球温暖化仮説に則った場合の話です)。

インドネシアの今後10年にわたるエネルギー政策についても番組中で語られていましたが、地盤沈下と温暖化(こちらはあくまでも仮説)によりジャカルタ市内の水没被害が進行中にも関わらず、政府の方針は石炭への依存率を現在よりもさらに高め、新たに原発も建設するというもの。

例の東ティモールにしても、自分とこで一抜けしたところで隣国が石炭ボンボン燃やして原発作ってたら……ってことで。
平行連晶
2014/05/26 12:34
「抗う」というのは、「負けないけど、勝たない」ということですよね。

けど、飯館村なんかの場合だと、圧倒的に負けてしまった。原発なんか暴走したら手の施しようがないがないわけだから、そりゃ負けますよ。

だから、闘って勝利を収めて、原発を停めなければならない・・・という発想になる。でも、私は、なるはわかるけど、それじゃあ、原発は止まらないと思ってます。もっともっと圧倒的に負けて、東京がダメになるというようなことが起こりでもしなければね。狂ってますからね。
愚樵
2014/05/26 12:57
平行連晶さん

グリーンパラドックスって言うんですね。そう、ダメです。ぜんぜんダメ。

私に言わせりゃ話は簡単で、人間が狂っているからなんですがね。

何度も取り上げますが、そういう狂気をシステマチックにインキュベートする存在をキャラクタライズしたのが『まどマギ』の「きゅうベエ」なんです。

人間は希望を持たずにいられない。
希望を実現するには「力」がいる。

「力」を手に入れるには方法は二つあって、
1.周囲の協力を得ること
2.周囲を隷属させること

2.のバリエーションが

2a.周囲が隷属しているものを手に入れる。

つまり、マネー イズ パワー です。

インキュベーターの起こす奇跡とは、「パワーの前借り」なんです。現人類はそれを無意識的かつシステマチックに行なっている。これが狂気の正体だと私は思っています。
愚樵
2014/05/26 13:18
結局、共同体としては、どうにもならない。
ってことになっていくのか?
で、内田樹の「半分あきらめて生きる」に繋がっていくわけですね。
ただね、内田樹がいう、これまでのパラダイムシフトと違って、ほとんど絶望的な恐竜が滅んだようなシフトになるかもしれない。
そうであっても、個々としては抗い、外にむかっても、内にむかっても抵抗力をつけることをしていかなければならない。となる。どちらのベクトルを大切にするという話でもなくなってきそう。

>抗うは「負けないけど、勝たない」

外向きにはそうです。内向きにはどうでしょう?
自分のダニ的部分に打ち勝つ!!ではなく、抗うでいいのだろうか? 
整体師としてのアキラさんなら闘うは力が入っているが、抗うは力が入ってない、といいそうだな(笑)


ドラマの老人衆の「誇り」ってのは、内なるダニ的部分に打ち勝つのようなイメージがあります。が、そも
「誇り」を持つってのも力が入りすぎているのだろうか??



毒多
2014/05/26 13:21
平行連晶さん

>東ティモールという国が「一抜けた」しても・・・

怒られるかもしれませんが、飯舘村より東ティモールのほうが響きます。なんかメチャクチャ悲しいんですけど。
自業自得が通用しない、、、星、地球。
毒多
2014/05/26 13:30
>毒多さん
『リーガルハイ』面白いですよね。1エピソードだけ観たことがあります。古美門はわりとステレオタイプなピカレスク・ヒーローだと思いますが、そこが支持されたのでしょう。

一矢報いるのは結局金かという問いですが、そもそも法廷闘争自体が被告を獄に繋ぐか原状回復か金かという「解」しか存在しない、選択肢が局限されたゲームに過ぎないのだから、毒多さんの問いは法治への懐疑ってことで良いのでしょうか。

毒多さんの隷従に対する視点は私なりにある程度飲み込めているつもりではいますが、本エントリに関しては、「特等レクサス、二等オーデマ・ピゲ、三等南欧周遊2週間旅行」の福引で、特等出したから妻の末期癌直してくれと言っているように見えなくもないのですが。
特等はレクサスなんだから、レクサスを持って帰るしかないんですね。たとえ要らなくても。
それは隷従なのか。

いや、これは私の観点がおかしいだけかもね。

隷従のレイヤーを移動して他の階層へ達しても隷従に変わりはない。
そこで全ての隷従をまず可視化してみよう。
これは良いかもしれない。不快な気持ちになるかもしれないし、隷従で構わない人たちから「キモイことすんな」と叩かれるかもしれないが、悪くはない。

次に隷従から脱するための行動。可視化された幾重もの隷従の檻・枷から脱出・脱獄。一つの隷従から抜けたと思ったらまた次のが。その繰り返し。
気が付いたら、隷従から脱するために積み重ねてきた行為自体に、隷従している。

>メゾフォルテさん

やたらに引き金を引けば良いってもんじゃないです。
当てるつもりがなくて的を罠に追い込むためだとしても、狙ったところに弾が行かないと意味がないんです。
滅多に人に期待しない私がわりと期待しているんだから、工夫してください。
平行連晶
2014/05/26 13:54
>愚樵さん
>1.周囲の協力を得ること

これを頑張ろうとして、一所懸命頑張ったら調伏になって周りから人が離れてしまいました

↑こうなってしまいがちなところが、選択肢1の困ったところです。
ゆるやかな連帯とか中心・序列を持たないと喧伝しても、結局人は何かに隷従しないと居られないのか、いつの間にやら権威という神輿を立てて、次は権威を盾に他者に対する調伏に走ってしまうようです。

「責任」という言葉で説得にかかられても、その心の裏側に「動員」という動機が透けて見えてしまうと、こちらとしてはもう関わり合いになりたくないという気持ちになってしまうのですね。これは愚樵さんに言っても詮無いことですが。

エネルギーや貨幣それ自体には意思がないですから、隷従の対象としては心理的抵抗が生じにくいところがあるのかもね。
平行連晶
2014/05/26 14:19
平行連晶様
工夫っていわれてもね・・・・そういえば主人が料理の工夫が足りないっていっておりました
私の場合は弾とかじゃなくて、一括変換ができればなーって思っております。
発想の転換というか。
一例を挙げますと、統一教会とか公明党とか
の幹部の方たちは中から変えようとしていた優秀な工作員であるのかもしれません。
その力を取り込む必要があると思うんですよね。
メゾフォルテ
2014/05/26 14:20
>毒多さん

つまんないご託宣を人に垂れるのは嫌いなんですが…。
大多数の人間が、ヒトを中心に置かない、掛け値なしの自然崇拝・地球が創り出したあらゆる生命・非生命に対する心の底からの慈しみを持たないと、どれだけ「隷従」への対症療法を施してもダメだと思いますよ。

エコとかLove & Peaceとか謳ってる連中がその口で「虫は生理的に受け付けません」だの、侮蔑する他者に「蛆虫」だのと言っているような現状を見る限りでは、とても期待できない話ですけどね。

水木しげるさんは「虫や獣の方が、人間よりもよほど物の道理が解っている」というようなことを仰ってましたが、これが理屈でなくて実感として感得出来る人が増えない限り、現状は変わらないでしょう。人間の力だけでクリア出来る段階を疾うに超えてますよ。

と私は思いますが、なにぶんご託宣は嫌いな性分なので、さらっと忘れてくださって結構です。
平行連晶
2014/05/26 14:34
>メゾフォルテさん

工作員になんて、大した力はないんですよ。
実際、メゾフォルテさんへの工作は完遂されていない、成功していないでしょう。その程度のものでしょうよ。
メゾフォルテさんは、その程度の「工作」に対して何故ご自身がかように拘るのか、気にするのか奇妙に思われないですかね。

そこをなおざりにしたまま、何らかの影響力を他者に行使しようとするから、ズレるんですよ。
工夫と書きましたが、メゾフォルテさんの場合工夫の前にご自身の「工作(員)」に対する奇怪な執着の源について顧みないといけないです。
私は今のメゾフォルテさんで十分に面白いけどね。私は悪意の人だから。
平行連晶
2014/05/26 14:46
>メゾフォルテさんへの工作は完遂されていない、成功していないでしょう。

えっ、よくご存じだことっていうか
初めのうち私もかなり混乱したんですが
このごろじゃ、大応援団みたいになっているような気がするんです。だから気にせざるをえません。
あ、もしかしてそれが本来の工作なの?
メゾフォルテ
2014/05/26 15:50
平行連晶さん、毒多さん

>シフトチェンジを行うには、1つの村どころか1か国のレベルで取り組んでもダメなんですと。
<
そうなんです、飯館村しかり、東ティモールしかりで、まったくもってその通りなんです。

加えて、『ダーウィンの悪夢』という映画で、ビクトリア湖のナイルバーチの問題が取り上げてられていたように、人々がそれぞれの立場・立場で誠意をもって一番よきことであろうという最適化を図っても、それが全体の最適化にはつながらない・・という問題もあり。

で 僕は、もはや自分の感覚と肉体が届く範囲の人たちのことだけ考えようと決めて、あとのことはもう知〜らないって思ってるんですけど、さてそれでよいのか?という話がもう一方である。

つまり、例えば「日本」の未来については考えられないけれど、自分の甥っことか友人の子どもとか(僕には子どもがいませんので)、そういう子たちのことは、自分の感覚と肉体が届くので 感じ 考えるわけです。
で、さてそれでよいのか?と思うんですね。

僕は今のところ、ここで頭打ちです。
どうしていいかが分からない。
自分の感覚と肉体が届く範囲では、必要であれば、出来ることを出来るだけやろうとは思っているのですが。
アキラ
2014/05/26 18:09
メゾフォルテさんに工作を仕掛けるほど、メゾフォルテさんに関心を抱いている他者は存在しません。

メゾフォルテさんを応援するほど、メゾフォルテさんに関心を抱いている他者は存在しません。

誰もそれほどメゾフォルテさんを気にかけてはいません。それはメゾフォルテさんが気にかけるに値しない存在だからではありません。人にとって他者とは、概してその程度の存在なんですよ。私だって他者から工作も応援もされていない。誰からもさして気にかけられていない。

けれど、メゾフォルテさんの中の人はそのことに耐えられなかったんですね。
「混乱」の中から安定を確保するために、工作員が必要だったんですね。

私はメゾフォルテさんに工作を働いているたった一人の人物の名前を、おそらく知っていますよ。

その人の名前は「メゾフォルテ」と言います。

あなた自身です。
平行連晶
2014/05/26 18:17
>最適化を図っても、それが全体の最適化にはつながらない

閉鎖系の中で、部分が最適化されるというのは、そのまま全体の崩壊に繋がるようですよ。
本来は食物連鎖という系の中でも、独り勝ちする(最適化する)生物が現れないようになっている。

ヒトが閉鎖系に加わって、すべておかしくなってしまった。
愚樵さんは「人間が狂っている」と言います。
私は「狂った動物こそが、人間」という考え方。でもこれについて争う気は私にはないです。ニワトリタマゴの議論には関心がない。

とりあえず、「狂っている」人間の仕切りで、閉鎖系の狂った状態に手当をしないと、狂ってない他の生物もろとも回復不能な事態へまっしぐら。
今のところ次善の策は、「比較的無難な狂い方をしている」人間を執刀医に据えるくらいしかないのではなかろうかというのが、個人的な感慨です。

どういうわけか「比較的無難な狂い方をしている」人間が集まると、その中で一番狂っているのが音頭を取る/神輿に乗るようになってしまうから困るんですけど……。
平行連晶
2014/05/26 18:46
毒多さん

観ましたよ、『リーガル・ハイ』第一話。
面白いですね。 (^^)
新垣結衣も小池栄子も生瀬さんも好きなので、連続視聴します♪

面白いので、チビチビ楽しみに観ますので、僕のことはおかまいなく。
『リーガル・ハイ』ネタでどんどんエントリー書いてくださって 問題ありませんので。
アキラ
2014/05/26 23:11
平行連晶様
平行連晶さんがおっしゃるような結論となるような巧妙な工作だったというわけです。
苦しんだ人たちが多かったのではないでしょうか。
メゾフォルテ
2014/05/26 23:39
もし平行連晶さんがそのような工作を仕掛けてきた方たちをご存じなら、罪滅ぼしをしてほしいとお伝えくださいませ。
メゾフォルテ
2014/05/26 23:42
『リーガル・ハイ』なみだ。 (^^;)
アキラ
2014/05/27 00:11
平行連晶さん

リーガル・ハイ、1エピソードといわず、、、日照権のエピソードもありますし(笑)

毒多さんの問いは法治への懐疑ってことで良いのでしょうか。

古美門はあくまで弁護士の立場を貫いていると思います。日照権の回でも「正義(正しさ)なんてものは神でもない限り解りはしない」みたいな台詞を言ってます。

エントリーも結構強引に「隷従」とくっつけています。そこかしこに無理がある。そも国家前提の物語を引き合いに隷従否定(抗いたい)思いを書くこと自体に矛盾が生じるでしょう。

仰るように、どこまでいっても完全に隷従から解放さることはない。世界が崩壊しても新たな人間の世界ができるとするなら隷従は生まれてくる。

では、ワタシはどうしたいのか?
どうしたいのかを知りたいと言ったとこかもしれません。隷従が本当に実感できているのか? 抗いたいのか?スルーできるのか? 抗うとすればどう抗うのか?  抗った先には何があるのか?、、、まだまだ隷従に気づきかけたばかりです。何も解っていません。解れば解るほど、じご、、、く、、、

毒多
2014/05/27 05:51
アキラさん

>僕は今のところ、ここで頭打ちです。
どうしていいかが分からない。

子どものことは大きい。他者で別人格といいながら、割り切れない。おそらく自信がないゆえの割り切れなさ、ですが、まさしく「どうしていいかわからない」です。
それでも、それでいいのかもしれない、と思っています。結局自分で気づくしかないわけですし、「正しい」も解らない。気づいた時に抗える体力と思索する癖だけは、つけて欲しいとは思っていますが、親がこの調子じゃぁあね。はなはな心もとない(笑)

ところで、「リーガル・ハイ」なみだ?
なみだ?、、、落涙するような場面あったっけ?

毒多
2014/05/27 05:52
さすがに毒多さんをはじめ、皆様はすごいと思います。「リーガル・ハイ」から「半沢直樹」を多くの方が連想されるのではないでしょうか。
半沢直樹の「倍返し」は復讐の煽りと取れなくもありません。ドラマでは小気味よいということになりましたが・・・・・
被害者の「倍返し」ではなく、加害者の「罪滅ぼし」がよいと思います。
大きな漁夫の利を狙う嗜虐的な目を意識する必要がないでしょうか。
メゾフォルテ
2014/05/27 07:38
ごく平凡なアイヒマンが虐殺の先頭に立たされたのは隷従の果てと呼ぶべきであろうと思います。
権力を持たされての隷従、ということがあるんですよね。
メゾフォルテ
2014/05/27 07:49
毒多さん

いや、平行連晶さんとメゾフォルテさんのやりとりが『リーガル・ハイ』並だ・・・と思ったのでした。
それだけ。 (^^;)
アキラ
2014/05/27 07:50
毒多さん

それから「子どもたちのことを想うと、どうしていいか分からない」というのは、
彼らにどのように伝えるか・教えるかといった話ではなくて、彼らにできるだけ生き生きと生きてもらうために、僕らはどのようにして少しでもマシな状態を維持して、この世界をバトンタッチできるか・・という話なんです、僕の中では。
アキラ
2014/05/27 07:54
メゾフォルテさんは読解力以前に、文章を文脈をとりながら読むことすら出来ないようですね。

それから、そのことが絡むのだろうとは思いますが、出てきているそれぞれの話を押さえられてませんね。

「後退した状態」にしたところで同じことです。
と言っても理解できないでしょうけれど。
アキラ
2014/05/27 09:04
アキラさん

リーガル・ハイ、並み、、ですね。どんな誤読だ(笑)

>僕らはどのようにして少しでもマシな状態を維持して、この世界をバトンタッチできるか

こちらも誤読ですね。つい、自分のリアル状況を念頭に読んでしまいます。

マシな状態を維持しようとすると、虚構と抗うことになり、でも、やはりグリーンパラドクスがあり、かといって抗うことさえやめてしまっては、、でも、、、繰り返しですね。ふぅ、ためいき。


毒多
2014/05/27 13:29
メゾフォルテさん

知恵を磨くかどうかは知りませんが、国会中継で気づくことができれば、アベシの効用もあるのかもしれません。
毒多
2014/05/28 16:27
>婆の不明および数々の暴言をお許しください

・・・orz
毒多
2014/05/28 20:54
>毒多さん

彼女が謝ってみせるのは何故かというと、相手からの返信が無くなると「自身に向けられた工作などはじめから存在していない」という事実に直面せざるを得なくなるからなんですよ。

彼女は自身に対する工作活動が存在するのであれば、自分のブログに監視の痕跡がアクセス数として残るはずであること、自身を操作する工作員のメッセージがブログコメントとして投稿されるはずであることを理解しています。その程度の論理性は残っている。

そして、自身のブログを日々確認する度に、そういった事象がまったく起きていないことを目の当たりにしているはずです。

しかし彼女はここに来るよりもずっと昔、かつて自身を脅かす不穏な内的均衡の喪失/心の穏やかさを奪う不安感の鋭い突き上げに直面したとき、それを「だれかが私に工作を行っている」という認識を自ら織り上げることによって、自分を安定させてしまったんです。

ぐらぐらする心に足場を作ったんですね。足場から足をのければ、再び内的な均衡を失ってしまう。だから足場から動くことを拒む。頑強に拒む。
毒多さんがエントリのテーマに据えられておいでの「隷従」とはレイヤーが異なりますが、彼女の認知バイアスも紛れもない「隷従」のひとつです。
平行連晶
2014/05/28 21:16
彼女は時折、自身の心象風景をまるで他人事のような体裁で吐露することがあります。

>苦しんだ人たちが多かったのではないでしょうか

これはどこかのだれかのことではなく、おそらく彼女自身のことでしょう。彼女はこれまでとても苦しんできた。多くの人はそのことに注意を払ってこなかった。
私は彼女の苦しみを思うと胸が痛むけれど、ブログのコメント欄という限られた場では、どうにも出来ない。もちろん私はメンタルケアのプロでも何でもないので、対面したところで何も出来ませんが……。

毒多さんが以前彼女に村野瀬さんのブログに行くよう勧めたとき、彼女は「あそこは違う」と言って戻ってきましたね。
私はあれを、毒多さんのブログの方が「みなし工作員」として相手をしてくれる人間が多かろうと彼女が判断して戻ってきたのかと思っていました。
でも今は、彼女の中のまだ「隷従しきっていない心のどこか」が、ここでなら自分がとどまっている足場から離れても誰かが受け止めてくれるのではないかと思って、助けを求めて訪れているのではないかという気がしています。

私は彼女の苦しみに、どう向き合えばいいのかを考えています。私には彼女を救う力はないが、出来ることならば救いたいと思っている人間がいることは、彼女に感じ取ってもらいたい。
彼女が「工作員の存在」を手放せないのであれば、せめて「工作員など恐れなくていいし放っておけばいい」と気付いてもらいたい。そして、彼女の内的な危機と社会の抱えている危機は別問題だと気付いてもらいたい。
そう思っています。
平行連晶
2014/05/28 21:42
おまけ。
多重隷従。

www.youtube.com/watch?v=9-nwfk4XOwI
平行連晶
2014/05/28 23:45
平行連晶さん、まったく“善意の人”じゃないですか (^^)/

“悪意の人”であることを手放す時が来ましたか?

>かつて自身を脅かす不穏な内的均衡の喪失/心の穏やかさを奪う不安感の鋭い突き上げに直面したとき

人はそういったとき、別の人格を作り上げることで、なんとか精神のバランスを保とうとしたりすることがありますよね。
愚樵
2014/05/29 05:08
病的な別人格を作り上げてしまうというので有名なのはビリー・ミリガンですが、彼の場合は多重人格で、病気なのが誰の目にも明確に見て取れたから。

大半の人は、乖離的な別人格まで行かなくて、病的なひとつの人格として振る舞うのではないか、と思っています。そういう人は非常に多く存在しています。近代教育がシステマチックに作り上げているとする私は思っている。だから、社会が病む。

病んだ人間が社会を主導するとどうなるか、の典型例は、ナチス・ドイツでしょうね。アドルフ・ヒトラーは典型的な悪人とされていますが、生まれながらそうだった訳ではない...ということが、アリス・ミラー著『魂の殺人』で明らかにされています。親が子どもに何をしたか? その結果が何をもたらしたか?

余談ですが、ヒトラーについては『青年期のヒトラー』という研究書もあって、関心あるのですが、時間もなくて未読です。

愚樵
2014/05/29 05:19
ご本人の前で解説するのが悪意の人か善意の人か、微妙です。ただ、ここまでの、パーソナリティをみますと、その解説を読んで、どうこうなる、どうこうしよう、ということにはなりそうにないので、善意でも悪意でもない、となるのかもしれません。

ワタシは、臨床心理には興味はあるのですが、ちゃんと勉強したことはないので、正確な判断ができないでいます。が、登場初期の(世で言う)常識的な対応・対話を試みるというよりは、そうした臨床心理の面から観る傾向が強くなってきたのは、最近のいちいちレスをしなくなった理由です。
もちろん、常識的(にとれる)コメには、レスしますが、カウンセリング的なレスもコメも能力もスキルもないので、できません。平行連晶さんの推測なような心理が、ここのコメ欄で良い方向へ向かうのか、悪化させるのか解りません。

ワタシは、もともと「善」を信じたいタイプの人間なので、ご本人の精神衛生上、はたしてこのままでいいのか、は少し気にかけています。

毒多
2014/05/29 09:13
>乖離的な別人格までいかず、、、
>病的な人格に支配される、、、

支配されていることに気づかず、その人格がアイデンティティになる、そのまま突っ走るのがアベシで、こんなはずじゃない、と自分探しの旅にでるのがカンシ、かな?

病的な社会のなかで成長すれば、多かれ少なかれどちらかにはなりそうです。ワタシもまた、他人事ではありません。

毒多
2014/05/29 09:14
>愚樵さん
>まったく“善意の人”じゃないですか (^^)/

いやいやいやいや。
私は「善意」の胡散臭さが非常に苦手なので、今後とも悪意の人で宜しくお願いします。

>毒多さん

了解不能な他者とどう向き合うかによって、私自身の姿が見えてくるのではないかと思っています。
ですから、彼女のためというより自分のためにやり取りしています。ただし、プロファイルごっこみたいなコメントはもう終わりです。
他者を解析する真似というものは、やっていて気分が良くないんですよ。
平行連晶
2014/05/31 13:42

コメントする help

ニックネーム
本 文
「隷従」は素晴らしい!! だって、絆があるからぁああ・・・ 毒多の戯れ言/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる