毒多の戯れ言

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zoom RSS メタファとしての統一協会から思索する

<<   作成日時 : 2014/05/08 11:07   >>

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 大昔、統一協会から知人を救出することに関わったことがある。その知人が可愛い子ちゃんだったことは言うまでもない。
 大昔というのは、桜田淳子の合同結婚式で有名になるずっと前の統一協会なので、世間的にはあまり知られてなかった。とはいえ、桜田淳子を知らない若い世代もまた統一協会を知らないかもしれない、かな?。
 統一協会とは、文鮮明という金とsexの亡者がつくった似非宗教で、ナチの手法をもちいて(例えば寂しい)人々を洗脳し、会員を増やし、会員はホームと呼ばれる住まいに囲い込み、ホームの外の者を悪魔と思い込ませ、会員には壷や印鑑や北海の珍味etcをローラー営業のように売り歩かせ金を稼がせるというもの。勢力が大きくになるに従って、政治色もだし(勝共連合)、有名政治家とも共存をはかることになる。現安倍首相もしかり。人々を洗脳してコントロールする手法が政治とマッチするから馬が合うのだろう。

 で、大昔の話に戻るが、知人の可愛い子ちゃんはA子ちゃんとしよう。A子は大学に入るにあたり単身東京へ行き、寂しいなか優しく声を掛けられたのが統一協会だったわけだ。親身になって相談にのってくれるし、寂しさのケアもしてくれる。統一協会の知識もなければ、警戒もない。A子がスムーズに洗脳されたに違いない。
 そんなA子を直接救出にあたったのは、とある牧師なのだが、ワタシは救出経過報告会に参加したり、統一協会というものを友人に広報したりしていた。
 洗脳されたA子を救出することは並大抵ではなかった。ホームに囲い込み、ホーム外の者を悪魔と思い込ませられている。牧師という悪魔の話など聞く耳をもたない。何度も何度も接触し、丁寧に話をして、数年をかけやっと救出することができた。救出された瞬間は、催眠術から解かれるように目の輝きが変わるらしい。

 友人知人にアンチ統一協会キャンペーンを展開していたワタシなのだが、ほとんどがスルーされていた。「オレは大丈夫だから」ならいいのだが、「この前会社に売りに来て“北海の珍味”買っちゃったよ。悪いモンでも入っているの?入ってなきゃいいじゃん」「そんで何?関係ないさ」「ふーん」etc.etc.・・・まあ、話し方も稚拙だったのかもしれないが、自分に実害のないことなぞ関係ない、といったという印象のほうが強かった気がする。
 もっともこの友人知人たちも、桜田淳子の件でマスコミが騒ぎ出すと、そこには乗って騒いでいたんだけどね(笑)。世間が騒ぎ出すと、一気に興味がなくなる毒多は今も昔も同じだな。

 タイトルに「メタファとしての」と書いてあるように、いまさら統一協会のことを書きたいわけじゃない。ワタシはそれぞれにどのように対応するばいいのか? ということである。
 ワタシがバリサヨだった頃、差別と闘っていたときのこと。
 文鮮明のごとく、差別を生み出す行政を罵倒し闘い、それにのって差別をする信者・差別者をなぎ倒し、差別に無知・無関心な友人を「無知・無関心が差別を増長させるのだ」と張り倒し、差別を知っているのに無視する知人を「差別に加担する野郎だ!!」と糾弾し、保身のために差別を許容する知人を「卒業式で日の丸にお辞儀をする・君が代を歌う権力の手先め!!」と蹴り倒してetcetc・・・・・・尖りまくっていたことを思い出す。結局、差別者が気づくことはなく、友人知人は去っていき、数人のサヨっち仲間だけで「正義」を確認しあっていた日々。
 統一協会にひっかかって洗脳されてしまったA子を救出しようと地道に努力していた頃のことを忘れていた。

 こうした状況は、いろいろな場面で置き換え思索することができそうな気がする。

 
 

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コメント(141件)

内 容 ニックネーム/日時
毒多さんはバリバリの闘士だったらしいけれど今は丸くなったらしいですね。
私は守備範囲を限定し、橋を叩いても渡らない、運転免許はとらない、の慎重派自己チューでした。
それが婆さんになってどういうわけか「正義」を振りかざして尖ってしまったんですね。
統一教会についてはよくわかりませんが、南北統一を目指したのではないのでしょうか?
それともどこかで変わってしまったのでしょうか?
メゾフォルテ
2014/05/08 11:54
統一協会と朝鮮半島南北統一は無関係です。
毒多
2014/05/08 16:19
手許に2011年4月に発行の文鮮明自叙伝という文庫本サイズの本があるんですが、それには朝鮮統一を成し遂げてのち、世界平和を成し遂げる、という目標が何度か書かれています。
これについては私も賛成です。
しかし、世界統一となると・・・・無理そうです。
っていうか、最新兵器が使われることになってしまうんでは。
メゾフォルテ
2014/05/08 19:10
そういえば昔、私の母も壺を買わされて・・・・だけど返金に応じてくれたようです。
目的のためならば、信者に詐欺や盗みを勧めるといったことでは無理がありますよね。
しかしまた、今の北朝鮮や韓国がこのままでいいわけがありません。
メゾフォルテ
2014/05/08 19:22
いろいろな宗教の信者という方たちは、ご利益を求めて入信されるようですし、政治家に至っては家族で入信を分担している?
私はけっこうあれこれの宗教の本を読むのは好きです、っていうかなるほど、という部分はあるんですよね。だけど、これで、ほんとうに人を救えるのか、と疑問を持つことが多いんです
メゾフォルテ
2014/05/08 19:29
イエス・キリストは宗教界では傑出した存在だと思います。なぜなら、売春婦を一人の人間として認めたからです。これはすごい思想ではないでしょうか。従軍慰安婦の方たちは胸を張って生きるべきではないでしょうか。
複雑な国際情勢の中、情報を得るために売春婦として生きている方たちも多数いるのだと思います。
そのおかげで回避された戦争もあったのではないでしょうか。
メゾフォルテ
2014/05/08 19:51
おはようございます。

婆の本棚に文鮮明がぁあああああ、ぎゃあああああ、失礼、取り乱しました(笑)
で、朝鮮半島の統一が書かれていたのですね。その点はワタシの認識不足でした。失礼。

しかしさあ、婆も相当バイオレンス婆だなぁ。
朝鮮半島統一のためなら手段を選ばないとかさ、戦争回避のためには売春婦(を強要するのも)OKとかさ。

文鮮明の思想のもとに統一された朝鮮半島ってどうなのよ? 気色悪さを感じるしね。
それに、イエスは売春婦を一人の人間と認めたのであって、売春行為を認めたわけじゃないんでしょ?よくしらないけど・・・なんか、「汝姦淫をする事なかれ」と聖書に書かれているとか、いないとか聞くし。

ワタシもイケイケだった頃は、結果重視で、プロセスにおいては相当むちゃもしたけど、年をとるに従ってそれではいけない、と自省してるよ。

毒多
2014/05/09 08:52
あくまでも思索っていうか想像上あれこれ考えてみるだけ・・・・それには資料がいるでしょ。
だってね、思いがけず古本のセールに出くわして
文鮮明の文庫本の新しいのがたくさん安売りしていたりするんです。統一協会って、壺から古本に変わった?って思うじゃありませんか、ふつー。
メゾフォルテ
2014/05/09 10:58
思索というと、姦淫とは男女に限る?
現代のキリスト教では、少年に対しての淫行はどーなんですかね。戦争という場面では、このあたりもよく考えたいところです。
メゾフォルテ
2014/05/09 11:04
売春を強要するだなんて・・・・・
でもハニートラップ要員というのはどうやって?
まず誰でも惚れてしまうような男性を用意して、配下に多くの女性を?
それとも宗教がらみで、なんでしょうか。
メゾフォルテ
2014/05/09 11:12
あ、最近じゃ、使命感みたいなのを煽るっていうテクがありそう。
メゾフォルテ
2014/05/09 11:15
こういう問いの設定は、どうでしょう?

『ホームに囲い込まれ、ホーム外の者を悪魔と思い込ませられている』ことと、
『数人のサヨっち仲間だけで「正義」を確認しあって、仲間外の者を糾弾しまくっている』ことと、
どう違うのか?

違うのだとしたら、どのへんがどう違うのでしょうか?
「正義」を確認し合っているサヨっち仲間に、統一教会のホームとは違う正当性があるとすれば、どのへんになりましょうか?
アキラ
2014/05/09 23:53
アキラさんはどうお考えになるんでしょうか?
メゾフォルテ
2014/05/10 08:22
アキラさん、本筋に触れてくれてありがとう(笑)

もちろん、悪名高い統一協会のメタファは、サヨっち軍団も同じじゃないのか?、ということが書きたくてエントリーしました。

ただ、統一協会やサヨっち軍団と同様に社会には様々な「仲間をつくり」「仲間を増やしていこう」とする集団はありますよね。アキラさんの研究会もしかり、◎◎同好会というのもしかり。
では、統一協会やサヨっち軍団とアキラさんの研究会や◎◎同好会とどこが違うのでしょうか? 合法で何であれオッケーなのか? なんとなく違うと感じる。その違いを肌感覚で色分けしては拙いですよね。仲間をつくるとき、主張するときに他者に「強要」があると拙いのでしょうか? 愚樵さんがいうところの「ハラスメント」があると拙い? 

もうひとつ考えているのは、洗脳だろうがA子が安心を感じ、幸せを感じていたなら別に構わないんじゃい、という考え方があるとしたとして、それにも何かしら違和感があるのですが、この違和感は何でしょうね?
例えば、おそらく未だにオウム信者はいるでしょ。法的に問題なくて、社会に危害を加えなければ、オウム信者はそれでいいのですねよ? いいのですか? なんとなく、いいんだ、と言い切れない何かを感じてしまうのです。論理的理由がみつからないまま、、、なんですけどね。
毒多
2014/05/10 17:17
いやいやいや、そこを毒多さんが考えてもらわないと。(^o^)

毒多さんは『サヨっち仲間の「正義」』の中にもいたし、間接的に統一教会からの救済にも関わったりしてるわけじゃないですか。
で、あるときからは、そのサヨっち仲間からも離脱するわけでしょう?

その経験と中にいた実感から、どうなんだろうか?ということを考えてみてほしいんです。
僕にはそういう経験がありませんから。

何でサヨっち仲間はよくて、統一教会はダメだったのは どうしてでしょう?
で、何でまた、そのサヨっち仲間もダメになったんでしょう?
アキラ
2014/05/10 18:21
そういう行動は説明のしにくい直感的なものかもしれませんね。
そのグループの発する何かに対して嫌だと思うとか。あ、私の場合ね。
メゾフォルテ
2014/05/10 23:44
ちなみに、僕の中には単純明快に僕なりの答えがあります。
で、おそらくそこにしか行き着かないのではないか?とも思ってますよ。(^^)
アキラ
2014/05/11 08:23
私はA子さんが「救出」に至った具体的な経緯に興味があるなぁ。

何がA子さんの琴線に触れて「解放」に至ったのか? 毒多さんが説いたであろう「正義」にA子さんは導かれたのか? 言い換えれば、文鮮明の「正義」に毒多さんの「正義」が勝利したからなのか? 

それとも「正義」などとは別の何かだったのか?
愚樵
2014/05/11 09:48
これはあくまで過去のいくばくかの接触による、個人的な印象に過ぎませんが。

統一教会(私は「教会」の方を使います)信者の方々。
リベラルな社会運動家(シンポジウムなどの参加者も含む)。

どちらも互いに似てますよね。まとっている雰囲気とか、服装の傾向とか。リベラリストの方がバリエーションというか、雰囲気に幅がありますけれど。
双方ともに、私の目には「くすんで」見えるんですよ。

昨年の8月に『反原発への嫌がらせの歴史展』を新宿中央公園に観に行った時も来場者が見事に似たような系統の人たちばかりで、福島第一原発事故から2年そこそこだし少しは層が変わったかなという予想(寧ろ淡い期待と呼ぶべきか)は一蹴されました。
その半月ばかり前に『アンドレアス・グルスキー展』を観に行ったばかりで、おなじ「展」なのに何故こうも来場者の雰囲気がくっきり違ってしまうのかと、ちょっと考え込みました。

展示している物が違っている以上、客層も違っていて当然と言われればそれまでです。しかし関心の対象が異なる層が、外見や雰囲気も相互に決して交わることのない部族のように分かたれてしまうことに、何故こうなるのかという疑問を持たずにはいられないんですよ。

一方で、本来は関わりが薄いはずの群れ同士が似てしまう。繰り返しますが、統一教会の信者とリベラルな社会運動家の方々は、私には似た者同士に見える。
平行連晶
2014/05/11 14:20
メゾフォルテさん

直感、、、ワタシの言葉では「肌感覚」ですが、これは否定しません、ってか、結構好きです。でも、婆の直感で文鮮明を買ってしまう、、、こんなこともあるから、直感を検証しないと、なんて想ってしまうんです。あ、資料でしたね、失礼。

毒多
2014/05/11 14:42
アキラさん

単純明快なアキラさんの応えを引き出して納得しようと思ったのですが、甘えすぎですか、、、うーん、仕方ない」。もうちょっとオノレを分析してみます(笑)
以下、結論に達するかどうか解りませんが、徒然なるままに整理してみます。

統一協会は根っからダメだと感じていて消滅すればいいと感じていますが、サヨっち仲間は消滅すればいいとは感じていません。ただ、仲間を作って自分たちの信念によって殻をつくり、殻のそとの者を敵視する。殻の中に入れば仲間だが、そうでなければほぼ敵視する。その構造が同じだと考えました。サヨっち仲間がダメ、になったわけでなく、その構造に気づかない、もしくは気づいていてもよしとする、そのメンタリティと同調することが出来なくなった、ということです。
あくまでも構造が拙いのであって、統一協会の消滅してほしい、に対してサヨっち仲間はその殻の部分を解消してほしいと考えている自分がいます。

特徴としては、殻の外にも積極的にコミットする、ことも付け加えたほうがいいのかな。統一協会もサヨっち軍団も世界征服を狙っています(笑)

ちょっとまとまっていませんが、、、

A子は寂しさから統一協会に洗脳されました。ワタシはイライラからサヨっちに傾倒しました。おそらくA子もワタシも「選ばれた者」という意識はどこかに合った気がします。
傾倒もドを過ぎると、その世界だけが全てで他を認めない、というのも洗脳と同じかな。
その世界だけが全てで他を認めない、というのは、サヨっち仲間に対しては誇張したものになるかもしれませんが、嫌悪感を抱くのはそんなところでしょう。

そしてワタシがこのことに気づいたのも最近だということも付け加えておきます。

毒多
2014/05/11 14:42
愚樵さん

30年近くまえということと、直接は「救出」に関与してなかったことと、ワタシは頭が悪かった(今も尾を引いているけど、、)ことなどで、覚えていないし、そこを深く直接「救出」にあたった牧師に聞かなかったので、お応えすることができません。
今だったら根掘り葉掘り聴くのですが、、、、、

ただ、A子と同じ構造でサヨっちだった毒多を救出したのは愚樵さんでありますので、ここ数年の愚樵さん毒多救出を思い出せばなにかヒントがあるかもしれません。

ただ、「傾向」がある、と「洗脳」されているでは、気付かせ方が違うのかもしれませんね。と、ふと感じます。

毒多
2014/05/11 14:42
平行連晶さん

ひゃ〜、統一原理蔑視のリベラル自認としては耳が痛い(笑)

ひとつには、30年弱前に知人の可愛い子ちゃんのA子を拉致された以降、接点がない統一原理をなぜこれほど敵視しているのだろう? ということは考えてします。
オウムのように殺人・傷害等を犯したのではなく、たかだか壷・印鑑詐欺まがい訪問販売や合同結婚式の倫理的に?ぐらいのことで、目くじら立てることもないのに、、、、。カルトといばナンミョーと同じようなものかもしれないに。
深層心理にリベラル自認と同様の臭いを感じていて、近親憎悪をしているのだろうか?

アキラさんへのコメで「殻」という表現をつかいましたが、「くすんでみえる」とは「殻」が見えているということになるのかもしれません。

毒多
2014/05/11 16:19
毒多さん

統一教会もサヨっち軍団も世界征服を狙っているのに(笑)、サヨっち集団はある程度変わってもらえらばオッケーで、統一教会は根っからダメ・消滅すればいいと感じるのは、なぜですか?
アキラ
2014/05/11 16:57
どこの組織も転換期だと思うんですっていうか、良くも悪くも透視力を持ったカリスマのリーダーがいなくなると信号を発し始める?
誰かいませんか〜みたいな。
あるいは敵対する組織(それも転換期の)が破壊活動のための信号を発し始める?
それがあれこれ交錯している、っていう感じがするんですけど。
メゾフォルテ
2014/05/11 18:39
ま、転換期にあっては組織に属さない人間のほうが激変がなくて気楽だったりするのかもしれません。
あ、とばっちりみたいなことはあるのかもですけどね。
メゾフォルテ
2014/05/11 18:45
もしかして統一協会のせいで、朝鮮統一ができなくなる、としたら、オカシナ話ではありませんか?
かなり以前から布石が打たれていた?

文鮮明を信者たちはほんとうに救世主として感じたんだろうか
オウム真理教の麻原彰晃を師として思わせたのはどういう理由だったんだろうか
ひょっとして心理的な技術や薬物のようなものがある?などと想像してしまいます。
どこかが提供した?とか。
あ、直観的っていうよりも妄想になってきましたね。
メゾフォルテ
2014/05/11 18:59
毒多さん

毒多救出? ならメタファは要りませんね (^_^)

毒多さんはもともと救われたかったんでしょう? だから救われた。愚樵は毒多さんがたまたま捕まえた「綱」だったということですかね? トゲだらけで申し訳ありませんが ^^;

そうでないと、こんな貧弱なコミュニケーションで救われるわけがない。

私にだってそうした「綱」が何本かありますが、それにすがりついたのは、自身が救われたかったから。

それはA子さんも同じだったのでは?
だとしたら、「救出」とはなんなのでしょう?
愚樵
2014/05/12 07:26
清末期や李氏朝鮮のあたりの歴史での宗教の働きについて大いに学ぶ必要があるのだと思います。
中国も韓国もひょっとして日本にばかり目を向けている?
メゾフォルテ
2014/05/12 07:37
愚樵様
全く違うことを考えていて申し訳ありませんでした。っていうかお尋ねしたいのですが
>貧弱なコミュにケーション
につきましてご説明いただけますでしょうか?

社会の不合理を変えていくためにはどういう議論が必要かという事をご教示いただければありがたいと存じます。
メゾフォルテ
2014/05/12 08:02
アキラさん、おはようございます。

いつにないアキラさんの容赦無いツッコミ!! 整体師魂に火をつけてしまったのか、、嬉しいなぁ。

実はレスに困っています。
で、何故困っているかを一晩考えたのですが、合理的説明が出来ない。そう、ワタシのなかの何かが、合理的説明をしたがっているのです。
多分、統一協会の「洗脳」という手法が拙いと感じているとは思うのですが、今ひとつ弱い。A子が拉致された、という統一協会との最初の出会いと、その時教えられた統一協会の情報によるワタシのなかの何かが「消えてしまえ!!」と感じているのだと推測します。最初の情報への深い思索はしていなくても、その情報がワタシのなかに根付いている。
それに対してサヨっちは、ワタシ自身がワタシ自身の意志で入信した(笑)。その構造の過ちに気づいても、まだワタシの中にサヨっちの構造以前の考えが生きていますし、そこの自分を守りたいという心理を否定も拒否もしていない、、だから、

>サヨっち集団はある程度変わってもらえらばオッケーで、統一教会は根っからダメ・消滅すればいいと感じる

と、自己判断します。

毒多
2014/05/12 08:54
愚樵さん

ワタシはもともと救われたかったんですか?と、聞かれても、、、ですね(笑)
そんな記憶はないのですが。ワタシのなかでは愚樵さんに強引に導かれた気がしています、綱というより網に絡め取られた、みずから捕まっていったのかな?、、、
とすると、「自分が救われたかった」となるのか?

毒多救出なんて書いてしまったのですが、、よくよく考えるとなんか自覚するイメージが違うんだけどなぁ
まあ、深層心理は自分では解らない、といったとこか?

ワタシの中のイメージと愚樵さんの印象は違うってのが、コミュニケーションは失敗する、、ってことか?

>「救出」とはなんなのでしょう?

愚樵さんの論でいけば、自ら救われたいと思っている者の「きっかけ」ぐらいの感じになりますかね。

毒多
2014/05/12 08:54
毒多さん

なるほどー。です。(^^)

ということは、
「洗脳だろうがA子が安心を感じ、幸せを感じていたなら別に構わないんじゃい、という考え方があるとしたとして、それにも何かしら違和感がある」

「未だにいるオウム信者が、法的に問題なくて、社会に危害を加えなければ、それでいいのか?」

と毒多さんが言ってような、宗教がらみのことの方をまだあまり突っ込んで考えていない、ってことですかね?
だからうまく比較できないというか。
アキラ
2014/05/12 09:43
僕の中の単純明快な僕なりの答えは、以下の感じです。

簡単に言えば、〈 集団 〉と【 集団 】の違いなんだろうと思います。
来る者は拒まず、去る者は追わず。
また、外に向かっても内に向かっても、開かれているかどうか。

外部の人たちの話に耳を傾けるつもりがあるかどうか、またその人たちと対話をするつもりがあるかどうか。

そして
内に向かっては、自分たちの集団が大事に思っていることを、自ら疑えるかどうか。
疑い 検討し続けることができるかどうか。

なんじゃないか?と思ってます。
アキラ
2014/05/12 09:44
メゾフォルテさん

貧弱なコミュニケーションの説明ですか?

だって、私たちがリアルで向き合っているのはパソコンか携帯電話か、いずれにしても電子機器ですよね? そんなものと濃密なコミュニケーションが取れるわけがないじゃないですか。

スカスカのコミュニケーションではあっても、コミュニケーションをしようと意図することはできます。

「コミュニケーションへの意志」と「救済への願望」は同じものかもですね、毒多さん。

社会を変えていくのにどういった議論が必要か、う〜ん、メゾフォルテさんに理解いただけるように説明できるとは思えないですが...

社会を変えるには自分がまず変わる必要があります。で、ここでは自分が変わるための議論をやっています。毒多さんが変わることで周囲も変わるという形ですね。

それは得てして「毒多さんを変えよう」という押しつけになりがちなんですが、それが成功してしまうと、毒多さんは変わるが自分は変わらないということになって、コミュニケーションは失敗に終わる。

メゾフォルテさんが仕掛けてこれるコミュニケーションはほとんどの場合「失敗を目的としたコミュニケーション」ですが、こういうのは社会の不合理を増すばかりだと私は考えています。

お答えになっていますか?
愚樵
2014/05/12 09:48
質問を変えます。
愚樵さんのいう濃密なコミュニケーションというものを具体的な例を挙げて教えてくださいますか?

私は結婚もし、子育てをし、夫を看取りました。
そのなかで長い間のごく普通のやりとりのコミュニケーション以上のものがあるとは想像できません。

あるとしたら、心理学を応用した操作?とか薬理作用?とか脳に働きかける研究の成果じゃないか、と勘繰ってしまいますが・・・・
メゾフォルテ
2014/05/12 11:46
>メゾフォルテさんが仕掛けてこれるコミュニケーションはほとんどの場合「失敗を目的としたコミュニケーション」です。

これはむしろ愚樵さんの反省ではありませんか?
メゾフォルテ
2014/05/12 11:49
アキラ様
アキラさんは実際、そういう集団の中に身を置いているということなんでしょうか?
また、そういう集団は社会に働きかけるのに機能しているということでしょうか?
メゾフォルテ
2014/05/12 12:04
メゾフォルテさん

そりゃあ、そうですよ。コミュニケーションの失敗を重ねてきていますからね。

濃密だから成功するとは限らないし、貧弱だから失敗するとも限らない。私が問題にしているのは、コミュニケーション成功/失敗だし、そういうわけで、濃密なコミュニケーションの具体例を問う意味がよくわかりませんので、お答えできません。

お歳を召して子どもを育てて連れ合いを送り出して、だからといって、その人間のコミュニケーションが常に成功とは限らないということです。家庭のなかでは成功でも、外部とは失敗ということも多々あるでしょう。

「成功」を盾にとって為すコミュニケーションは、まず「失敗を目的とするコミュニケーション」ですよ。
愚樵
2014/05/12 12:22
アキラさん

はい、閉鎖性ね。その言葉を忘れていました。
取り敢えずの苛立つポイントは「閉鎖性」でいいです。
宗教どうの、ということも考えました。サヨっちに「入信」するなどと思わず書いちゃうほどにね。
一神教の宗教は大なり小なり閉鎖性がありますよね。なので、宗教に穿ってみてしまうことが多いのかもしれません。

で、「閉鎖性」にはイラッとしますが、何故するのでしょう。
ほっときゃいいとも思うんです。閉鎖の中の人々はそれで【幸せ】ならば別にいいのかもしれないのに、、、、閉鎖の中の人が知人である場合は、気付けよぉ、とコミットすることもありますが、知人でなければスルーします。でも、穿って観ています。閉鎖空間だらけになると生活しにくそう、ということを察知して、やはりどこかで社会的秩序を保とうとしているのでしょうか。


>内に向かっては、自分たちの集団が大事に思っていることを、自ら疑えるかどうか。疑い 検討し続けることができるかどうか。

これ、これだなぁ、オノレを疑い検討する。これ集団じゃなくて、個人でも同じですよね。でも個人のほうが実戦しやすい。集団になると同じ価値観をもったものの確認の場という集まりに堕ちやすいということで、「疑い検討する」を閉鎖しやすくなるでしょうね。
統一協会の場合なんか、もとより疑い検討するのを回避して洗脳されるわけですから、ことさら苛立っていたのかもしれない。

毒多
2014/05/12 13:13
実は愚樵さんの言う

>コミュニケーションはその性質上、失敗を避けることが出来ない

が、いまいちちゃんと把握できてなくて、婆との対話を興味をもって観ています。婆、ガンバレ〜!!と、エールを贈っておこう(笑)

>それは得てして「毒多さんを変えよう」という押しつけになりがちなんですが、それが成功してしまうと、毒多さんは変わるが自分は変わらないということになって、コミュニケーションは失敗に終わる。

愚樵と毒多が対話することによって、毒多のみが飛躍する場合には失敗。つまり、コミュニケーションとは、双方ともに得るものがなければ失敗となる。ですね。

>「成功」を盾にとって為すコミュニケーションは、まず「失敗を目的とするコミュニケーション」ですよ。

愚樵が毒多のみの成長を試みるコミュニケーションとは、すでにその時点で失敗である。

でも、そもコミュニケーションとは相手の成長を試みるものであるので、失敗を避けることはできない。

と、こういう理解の仕方でよいのでしょうか?

毒多
2014/05/12 13:51
個人であれば、別バージョンのありようもあり得ます。
例えば 、メゾフォルテさん。
彼女のよいところは 【 メゾフォルテ 】ではないところですよね。

彼女は人の話を聞かないというか、話の流れに関係なく 自分の言いたいことを仰るクセがありますよね。
前の『マンダレイ』の記事のコメント欄が典型的ですが、具体的な話でないと理解しづらいのでしょう、話の内容が抽象的なことだけになってしまうと理解できなくなってしまうということもあるのでしょうが、それでも話にだけは首を突っ込みたくて、あるワードをとらまえてはあまり関係のない話をどんどん勝手にふる。

それで僕は、「オバチャン喋りのリアル3歳児」だなぁ・・と感じているのですが。(^_^;)

けれど、メゾフォルテさんのその振る舞いには、固着的なところ、頑なに自分の主張をするだけ・・というところはないですよね。
つまり、【 メゾフォルテ 】ではない。
〈 メゾフォルテ 〉だとも思いませんけど。(^o^)

内に向かっても、彼女は固着的ではないですよね。
直感的にコメントをしてらっしゃいますし、しばらくすると忘れてしまいますから、頑なな主張というものがない。
忘れちゃうから、凝り固まりがない。
僕はそれは、彼女のよさだと思ってるんです。

そういうところが彼女のよさというか、この場で話に混ざり続けられている理由のひとつなのではないかと思うんです。
そのように、外に内に ある種 開かれて在ることが、「オッケー」であることの大事な要素になっているように、僕には思えるんです。

まぁ、忘れちゃうということは「開かれて在る」とはちょっと違いますけどね。
現象としては、似た感じになるように思えます。

(メゾフォルテさん、失礼♪)
アキラ
2014/05/12 13:59
メゾフォルテさん

>アキラさんは実際、そういう集団の中に身を置いているということなんでしょうか?

はい、そうです。


>そういう集団は社会に働きかけるのに機能しているということでしょうか?

さぁ、どうでしょう。
そもそも社会に働きかけるために集団が作られる・・というわけでもないでしょうから。
アキラ
2014/05/12 14:04
毒多さん

「毒多さんのみの飛躍」とは、愚樵からみれば「教育」とか「啓蒙」ですよね。統一教会とかサヨっちが目的とするところの。

一般的感覚で言えば、「教育」「啓蒙」に成功することが「コミュニケーションの成功」でしょうけど、この基準で成功を求めていくと集団は閉じていって【集団】になってしまう。

ということは、そういう【コミュニケーション】は、そもそもが失敗だということ。

イノベーションだとかパラダイムシフトだとかが起こるのは、失敗のはずだったのが実は成功と認知されることで起こるんですね。そして、そのようなことが起こる場所を「辺境」と(一部の人は)言います。

コミュニケーションが失敗を孕んでいるのは、コミュニケーションの成功は予測しようがないからです。成功が予測できるようなコミュニケーションは【調教】でしかありません。成功は事後にしかわからない。当たり前と言えば当たり前の話なんですが、それでも人は得てして「予想した成功」を求めてコミュニケーションをするじゃないですか?

(そういう私も、今、成功=理解を求めてコメントしています)
愚樵
2014/05/12 15:22
愚樵様
コミュニケーションの成功・失敗っていうのがよくわからないんですよね。
ま、後から考えて不用意な一言で相手を傷つけてしまった、と何回も反省はありますが・・・・
それをコミュニケーションの失敗というのかどうか。たとえば宗教の勧誘に失敗した、そこまでいわなくても自説を全く理解してもらえなかったとかみたいなことなんでしょうか?
だって、何年かたってまた顔を合わせて、あのときいはどうも、ってあいまいにしてでもまたやりとりは続くわけでしょ。
成功とか失敗とかいちいち考えませんよ、ふつー。
っていうか、こうして強引にもぐりこむのに成功ってひそかにほくそ笑むところが見えているとおっしゃりたい?
メゾフォルテ
2014/05/12 18:34
あははは、そりゃ、いちいち考えませんよ、成功だったか失敗かだったか、なんて (^_^)

強引って、ネットを介した貧弱なコミュニケーションで、どうやってやるんだろう?

心を操ることが出来るらしいメゾフォルテさん、ご教授願えますか?
愚樵
2014/05/12 18:51
ちょっと記憶がいい加減なんですが、太宰治が小林秀雄とか中原中也とかにお酒を飲みながらの議論に言い負かされて悔し泣きをした、みたいなことがあったとか。
男性の方たちはそういうことが多々あるのかもしれませんね。記憶力と引き出し、強引さ、声の大きさなどを持っている人間が周囲を悔しがらせる?
その内容が正しい方向とは限らなくてもね。
往々にして優しい人間が負ける、というのは問題で
傍観している人たちは助けるということも大事だと思うんです。パワハラ攻略法みたいなものを考えるとか。
メゾフォルテ
2014/05/12 19:00
愚樵様
ちょっとだけ秘法を伝授して差し上げます。
ネットを貧弱なコミュニケーション手段だなんて思わないことです。
メゾフォルテ
2014/05/12 19:05
確かにそれは秘法だ。
(^o^)
アキラ
2014/05/12 19:11
悲しいかなヒトというのは天涯孤独なのだと思います。まったく光のない暗闇の中に、上も下も右も左もない世界にポツンとひとりで居るのだと思います。
そしてたまに偶然にふたり以上の人の距離が近づいて話をすることは出来るけど、真の姿を見る事はない、そんな世界なんじゃないでしょうか。
そして声が聞こえて話は出来るけど、姿は見えないから、ホントにそこに存在するのかさえ疑わしい。
何にも見えてないから、話すにしても自分の事しかない筈なんですが、他のヒトから聞いた話を自分の事のように話す人もいます。
それでも、話しているうちに、相手の真の姿が見えた気がする。でも真の姿を知らない訳ですから、それが本当に真の姿かどうかわかんないんですけど、そうゆう気がする。
そんな感じがコミュニケーションが成功したと感じる感じじゃないでしょうか?
もちろん、成功した様な気がするだけなんですけどね。
そして相手もそう感じてるかどうかはまったく関連がない。
でも結局見えないんですから、証明も確認もできないし、そう信じるしかないんですよね。
ただそれだけのことです。
だから、証明や確認に執着してもむだ。
すぺーすのいど
2014/05/13 00:32
ネットは貧弱なコミュニケーション手段ですよ。
だって、ホントにテキストだけですから。
視覚や聴覚や触覚や嗅覚を併せ持つコミュニケーションに比べれば、かなり貧相です。
でも貧相だからといって、能力がないとは限りませんけどね。
すぺーすのいど
2014/05/13 00:38
すぺーすのいど様
たとえば小説で感動することってありますよね。
必ずしも5感をフルに使わなくても、っていうか
むしろシンプルに強く伝わるんじゃないでしょうか。ヒトには想像力というものがあるからでしょうね。ま、そういったことも研究して扇動を考えるところがあるでしょうけれどもね。
メゾフォルテ
2014/05/13 00:51
ちょっと前にFBリンクシェアで流行った、リトルミィの名言 http://buzznews.asia/?p=1185 ってのがあって、(でも実際ミィはそんなセリフ言ってないらしいのですが)その2つ目に「時々、誰かに言われた言葉がチクッて刺さってイラッてするときあるじゃない。それね、本当のこと言われてるからよ。」ってのがあります。言われてみると「知っとるわい!」と言いたくなる、なかなかツボの言葉だと思います。

そして、この「知っとるわい!」の後に、つい「でも、、、」と言ってしまう。それは執着ですよね。
すぺーすのいど
2014/05/13 00:51
>メゾフォルテさん

ネットでの文章のやり取りにどんな印象があるかというと、情感が著しく抜け落ちる感覚があります。AA・絵文字(私は原則的に使いませんけれど)がネットで普及したのも、情感の欠落をどうにか補うためと思われます。

伝達される情報が制約されることが情感の欠落に繋がるかというとそうでもない。学生の時分、私はしばしば友人と夜中に電話で話し込んだものですが、私が自分の見た悪夢や神秘体験(霊体験と言ってもいいが当人にとってもそれが何なのかよく解らない)、心象風景などについて語る時、友人は「あまりに恐ろしくて涙を流しながら聞いている」と言っていました。伝達される情報に制約がかかることにより、却って受け手の想像が賦活されるということでしょうか。

しかし、私がかつて電話で語った内容を今ここに文章として入力したところで、おそらく恐ろしくも何ともない無味無臭のコンテンツになるだけでしょう。それはPCという出力装置が備えている特有の「質感」に由来するものなのかも知れません。
平行連晶
2014/05/13 00:56
メゾフォルテさん
ですから、伝わらないとは言ってませんよね。
ネットというツールは選択できるコミュニケーションの種類が貧弱である。と言っているだけです。
すぺーすのいど
2014/05/13 00:56
>すぺーすのいどさん
>まったく光のない暗闇の中に、上も下も右も左もない世界にポツンとひとりで居る

不可知論的なニュアンス、或いはあくまでもレトリックとして表現されているのであれば仰ることには肯けます。しかし、神秘体験として実際にこういう窮極の暗黒を経験すると、正気ではいられません。実際に経験すれば、自分がいかほどに卑小で取るに足りない存在であるかを嫌というほど思い知らされます。

>毒多さん

……統一教会信者の皆さんは親が悪魔だの兄弟が悪魔だのと呑気に謳っていますけれど、彼らは悪魔なんて実は見たことがないことが丸わかりです。
悪魔が外部的実在であるかどうかは不可知。しかしいわゆる「接神体験」のような形で悪魔を見れば(というか感覚すれば)、その瞬間に精神が錯乱します。
世界観が完全に変わってしまう。
統一教会の皆さんが謳っているのは、単なる言葉の遊びですよ。口実と言ってもいい。その口実で心の中の何を埋めようとしているのかは知りませんが。
平行連晶
2014/05/13 01:17
>口実と言ってもいい。その口実で心の中の何を埋めようとしているのか

私が、統一教会の信者さん達とリベラル社会活動家の皆さんが互いによく似た雰囲気をまとっているように感じるのは、ざっくり言ってしまえばこれのことです。
平行連晶
2014/05/13 01:23
平行連晶さん
もちろん比喩ですよ。

こないだ、ゼログラビティって映画を見ましたけど、まあ映画自体は大して面白くも無かったんですが、例えば宇宙空間にひとりきりになったと想像しても、多分気が狂うほどの恐怖だろうなぁとは思います。
すぺーすのいど
2014/05/13 02:01
私などすべてに素人なのであれなんですが
ネット世界でプロの方たちはさまざまな手法を持っているようです。
垣間見ると、まだまだ未開発に部分もあるような気がしております。
恐怖を煽る部分はけっこう進んでいるなぁ、とは思います。
なので、私としては人間がつながっていく方法を見つけたいと微力ながら努力しております。
あらためてよろしくお願いいたします。
メゾフォルテ
2014/05/13 06:54
前の書き込みで、未開発に部分→未開発の部分に訂正いたします。
地獄絵など宗教には恐怖を煽るものがけっこうありましたので、宗教関係の方はネットでも恐怖を煽ることが多いんじゃないか、って思うんですが
これもまた、なりすましにまちがった敵意を持たされる可能性があります。
ネットでの信頼関係は難しいものがあると感じます。私はネットで信頼される人間になろうとしているんですが、もしかしたらどこかで汚名を着せられる?
メゾフォルテという方が以前よりもかなり増えているようです。
メゾフォルテ
2014/05/13 07:07
あの〜、秘法はどうなりましたでしょうか?
愚樵
2014/05/13 07:09
なりすましだとネットのこの文字が歪んで感じられることがあります。
これは受け手側の無意識の感覚なのではないか
と思ったりします。
ネットで未開発の部分というのは人間の脳の働きの未知の部分に重なっていくんでしょうか。
メゾフォルテ
2014/05/13 07:14
愚樵様
秘法をあまり公開するわけにはまいりませんのでご理解くださいませ。
っていうか、字のお稽古をしてまず巻物にしなくては・・・・
それらしい字体がいるでしょ。
メゾフォルテ
2014/05/13 07:20
すぺーすのいどさん(2014/05/13 00:32)

>それでも、話しているうちに、相手の真の姿が見えた気がする

自らの内にある相手の像(霊)が精密になるということでしょう。

自身の内にある像の変化は自身の変化ですから、この変化をもたらしたコミュニケーションは成功ですよね。
愚樵
2014/05/13 07:24
悲報キター \(^o^)/
愚樵
2014/05/13 07:27
>>まったく光のない暗闇の中に、上も下も右も左もない世界にポツンとひとりで居る。

すぺーすのいどさんがこういったイメージを抱いているのはちょっと意外な感じがします。
(「意外な感じ」は成功です!)

無力感を感じておられる?

人間は像を精密化させる一方で、像を現実化することができる能力を持っているんですね。

像の現実化によって出現する現象が「文明」です。

この側面から見れば、人間は決して孤独ではありません。現実化できるんですから。

なのに、すぺーすのいどさんが抱いておられる(かもしれない)無力感は、文明化した社会に対して向けられるものでしょうね。また、メゾフォルテさんも同様の思いを抱いておられると推測します。

コミュニケーションの観点から見れば、文明化というのは失敗なんです。像を現実化するということは自身は変化しないということですから。文明化が高度に進むほど失敗も蓄積されているわけですから、文明化した社会への働きかけ・コミュニケーションは成功へのハードルが高くなる。というか、そもそも失敗を目指したものになってしまいます。

ウヨもサヨも、失敗を目指したコミュニケーションという意味では同じです。


愚樵
2014/05/13 08:23
愚樵様
無力感とか失敗とか思わないのが秘法です☆
あ、ついつい秘法をバラしちゃうんだわ。
メゾフォルテ
2014/05/13 08:54
あはは、すごく納得 (^_-)
愚樵
2014/05/13 09:20
愚樵さん
以前から変わりませんが、基本、人は解り合えないと言うのが私のスタンスです。かといって、それが無力感かと言われると、そう言うネガティブな感じじゃなくて、だからこそ無限の可能性を持ってると感じていますし、AをしたからBが返ってくるみたいな規定のない、面白さなのかなと思っています。
もちろん私にも好みがあって、その人の反応に興味を持ったり持たなかったりします。これは好みであって善悪や正誤とは別の次元のことです。
すぺーすのいど
2014/05/13 10:07
すぺーすのいどさん

「わかりあう」ということについての、求めるレベルが深いんですね、きっと。

>だからこそ無限の可能性

そういう感覚、いいですね。(^_^)

私なんかだとそういうのは「行って、帰ってきた」末に獲得したという感覚があるんですけど、すぺーすのいどさんからは、そうした感をあまり受けないのが不思議です。
愚樵
2014/05/13 10:45
平行連晶さん

>口実と言ってもいい。その口実で心の中の何を埋めようとしているのか

なにか本質とは違うもので心の隙間を埋めている、しかもそんなオノレを知ってか知らずか、もしくは見ないようにしている雰囲気といったところでしょうね。
心の隙間を別物で埋める、ということはオノレの心の隙間を容認できない、と考えられるかな? そうした者が集まり心の隙間を埋め合っている(という認識もなく)「閉鎖」していく。閉鎖していくだけならまだしも、他者をも誘い込み啓蒙していく、オノレの心の隙間の埋め方の正当性を誇示するために・・・・

まあ自分もそこに居ましたので、よくわかります。

ところで、閉鎖的なリベラル、ってなんか面白い(笑)

毒多
2014/05/13 11:55
毒多様
開放的な集団というのがなかなかありません。
一見、開放的と見えて所属したら出口なし
ということがあるかも。
あ、不況で集団維持ができなくなった、ということでの崩壊ということは多々ありそう。
そうなると、今まで以上に地域でまとまるとか、同窓生でまとまるとか。

ネットでの集団ってあるんでしょうか?
メゾフォルテ
2014/05/13 18:57
>すぺーすのいどさん/毒多さん

埒もない与太話に付き合わせてしまって申し訳ありません。個人の神秘体験など他人には意味のないものであることは先刻承知です。たまさか条件が揃ってしまうと、自白したくなるんですね。
尤も、こちらから内面を幾らか開示することには、多少なりとも意味があるかも知れません。少なくとも、虚言やハッタリの類ではないですから。
平行連晶
2014/05/13 23:30
世の中で虐げられている人、見捨てられ取り残されている人の苦しみを自分の痛みとして感じ取り、何かをしたい・動かずにいられないと行動する人/その行動。
そういった人や行動は、私の心をあかるくします。性分で、期待はし過ぎないけれども、それでも確かに私の心はあかるくなる。
それなのに、心をあかるくするような行いをなす人たちが、何故私の目にくすんで映ってしまうのか。何故彼ら自身が、心に澱を抱え鬱勃としているように見えてしまうのか。
いや、最初は彼ら自身があかるかったはずだ。いつ、どこにその輝きを置き去りにしたのか。自分の輝きのありかを忘れてしまったのだろうか。彼らはいったい何を得て何を失ったのか。

それとも、私の鏡が歪んでいるだけなのだろうか?
そんなことを折に触れ考えます。
平行連晶
2014/05/13 23:44
毒多さんは、青カンさんたちと関わる中、「支援者」となることで、何を得て何を失ったと思いますか。

支援を始めた時、毒多さんの心はあかるかったですか。

支援を続ける中で、毒多さん自身が施す者=支配者であるように感じ、青カンさんたちが施される者=被支配者であるように感じられ、互いの間に働く権力が垣間見えて心がわだかまり、隔たりを感じて悲しんだことはありますか。

毒多さんが支援してきたことは、徒労に過ぎなかったと思いますか。

私は徒労だったとは、思いません。
平行連晶
2014/05/13 23:57
平行連晶さんの、
「いや、最初は彼ら自身があかるかったはずだ。いつ、どこにその輝きを置き去りにしたのか。
・・・・・・
 それとも、私の鏡が歪んでいるだけなのだろうか?」

何かすごく共感をします。
そして平行連晶さんの毒多さんへの質問は、僕もその答えを聞いてみたいです。

物事が起こるとき、成り立つときの 焦点というものがあるのではないかと思います。
その焦点が、知らぬ間にスライドしてズレていくのかなぁ・・と思ったり。
アキラ
2014/05/14 00:15
人は変わらずにはいられません。
時間を経る分だけ経験を重ねるしかないのだし、経験を重ねれば変化せざるを得ない。
内部が変化するのだから、外部とて相対的に変化します。自分という定点からみれば外部が変化している様に見えるかもですが、大抵の事象は内部の変化ではないでしょうか。
以前いた場所からは反射してきらびやかに見えた物も、角度が変わると貧相に見えたりするのはしょうがないことでしょう。逆もしかりです。
僕らに出来る事は、変化を認め、新たな世界を受け入れ、かつての世界を大切にすれども執着しない、その上で柔軟でかつブレない未来を追っていくしかないのかな、と思います。
なんか最近はこうゆう感じですね。
すぺーすのいど
2014/05/14 01:06
すぺーすのいど様
>柔軟でかつブレない未来
具体的にはどういう社会をお考えでしょうか?
メゾフォルテ
2014/05/14 08:01
メゾフォルテさん、おはようございます。

集団ではありませんが、ここのブログは開放的だと思っています。そして解放を目指しています。
ROMからみたら、ワタシとコメを頂ける皆さんをグループ(集団)だと思っているかもしれません。でも、コメの検閲もしませんし、コメ禁もしません(過去に一度してしまいましたが・・・orz)。来る者拒まず去るものは追わずです(笑)
毒多
2014/05/14 08:21
平行連晶さん、アキラさん

おはようございます。

なるべく事実に忠実に思い出して書いてみます。それが、答えになっているかどうかは分かりませんが・・・

まず、「支援」と言ってましたが、ほんとうに支援になっていたかどうかは分かりません。「得る」という意味でいけば「支援」をしてもらっていた、とも言えます。という前提で、

>支援を始めた時、毒多さんの心はあかるかったですか。

関わり始めた頃、ワタシの心はあかるかった、と思います。新たなそれまでに出会ったことのない面白い連中と出会えた。それは、青カンというよりもむしろ支援者です。青カンも面白い人もいましたが、どこかで線を引いていました。

>青カンさんたちと関わる中、「支援者」となることで、何を得て何を失ったと思いますか。

面白い連中を得て、新たな知識や社会の裏側を知りました。それは楽しいことでした。失ったものといえば、それまでの一般常識や偏見かな。それまでの友人を失うことはほぼなかったな。2−3人は離れていったけど、それは青カン支援と関係あるかないかわかりません。

>毒多さん自身が施す者=支配者であるように感じ、青カンさんたちが施される者=被支配者であるように感じられ、互いの間に働く権力が垣間見えて心がわだかまり、隔たりを感じて悲しんだ

支配者、非支配者ということはなかった。社会のなかの青カン輩出構造を知ってしまったので、めちゃくちゃ気を遣っていた気がします。気を遣っていたか、、、イコール、見下していたか?というと、そういう部分があったかもしれません。
自分に確認をしたことはありませんが、もともと隔たりがあり、ずっと外そうしなかったかもしれない。外す気もなかったために、そこに疑問を感じなかった。
毒多
2014/05/14 08:22
>支援してきたことは、徒労に過ぎなかったと思いますか。

まったく思いません。ワタシの人生のなかで、あの時期がなかったらと思うと、情けなく、恐ろしく、貧相な精神のままだった気がします。

>あかるかったはずだ。いつ、どこにその輝きを置き去りにしたのか。自分の輝きのありかを忘れてしまったのだろうか。

知識を得て経験を積むことで、世間に対して優越感を持ちはじめました。世間は何も解っていなくて、ワタシ(たち)は解っている。解っているワタシたちは、世間を啓蒙しなければならないのだ。そうなってくると「青カン」は、「(ワタシたちの)正義」を説いてまわるためのネタだったと思います。と、今、そのことを当時のワタシに指摘すれば、完全に否定するだろうと思います。某秘書室みたいなものです。従軍慰安婦がどうのこうのといっても、ただのネタでしかない(笑)

・・・うーん、これを経過したから自省できるのだろうか??

毒多
2014/05/14 08:23
毒多様
私のブログも開放的だと思っているんですが
なぜかコメントが少ない
初めのあたりで用心棒を引き受けてくださった方たちのおかげ?
メゾフォルテ
2014/05/14 11:27
しかし、自省ばっかりじゃ世の中進まない気がします。2,3歩踏み出して間違いだと思ったら修正する、足を引っ張ってゼロなりマイナスにしないということが必要だと思います。
具体的には、高齢者対策での包括支援センターの役割などがそうでしょうね。
もっと人員を増やして充実させるべきだと思います。介護保険の申請方法がわからない方たちがたくさんいるようです。
メゾフォルテ
2014/05/14 11:33
福祉予算といいつつ、あまり現場には回らないようです。民生委員は、ほとんどボランティアに近い状態で個人情報保護という壁もあって、実態調査が任されていたりします。
たいへんな思いをする人たちが薄給で、あくびをするしかない仕事(なるべくお金を使わせないようにする仕事?)で高給だったりする?と勘繰っております。それで福祉予算がうなぎ上りといわれても・・・・
メゾフォルテ
2014/05/14 11:42
メゾフォルテさん

>柔軟でかつブレない未来

再読してみるとちょっと変な文章ですね。

まあ、いいか。

僕が描く未来は「こども が ちゃんと こども で、おとな が ちゃんと おとな な 世界」とでも表現すればよいのかな?まあそんな感じです。

そんな未来を目指して柔軟に自分を生きていきたいなぁ、なんて思っていますよ。

え?ぜんぜん具体的じゃないって?
仕方ないですね。そうゆうものなのです。笑
すぺーすのいど
2014/05/14 13:43
すぺーすのいど様
戦争へと向かうかもしれないときにははっきりとした物言いが必要だと思うんです。
「子どもが将来兵隊となって前線で戦うことにならない世界」とか。
世の中の先生方は、抽象的な言論に酔っている?としか思えないときがあります。
スペースノイド様は集団的自衛権についていかが思われますか?
おとながちゃんとおとならしいのでOK
ということではないですよね。
メゾフォルテ
2014/05/14 14:55
スペースノイド様 → すぺーすのいど様でした。
メゾフォルテ
2014/05/14 14:58
毒多さん

以前から不思議に思っているんですが、なぜ、そうも某秘書室にこだわるのでしょう?

もしかしたら、青カンに拘ったのと同じ理由でしょうか?

少数の理解者とともに解放的ブログを運営することの「正義」を映し出してくれるネタとしての秘書室?
愚樵
2014/05/14 15:38
上記 メゾフォルテさんの問いかけ?は、毒多さんのこのエントリーの内容と、何か関係があるのですか?
アキラ
2014/05/14 15:42
愚樵さん

さあ、なんででしょうね?
観ると非常に気分が悪くなるのにね。
拘るのは、この「気分が悪くなること」に起因するのかもしれない。
秘書室というより、過去の(もしかしたら
今も持続しているかもしれない)自分のなかの何かを観て気持ち悪さを確認しているのかもしれません。
でも、聞かされるほうはいい迷惑だよね。これっきりにしよっと、、、失礼しました。
毒多
2014/05/14 16:04
ゾフォルテさん
「こども が ちゃんと こども で、おとな が ちゃんと おとな な 世界」
でほぼ表現出来てると思います。
我ながらいい言葉だなと感心しています。
現在は「こども が こども でいられず、おとな はおとな に なれていない 世界」だと思います。
だから問題が起こる、まあどうあれ問題は起こりますけど、ちゃんと解決できないのではないかと、確信してます。
メゾフォルテさんは「具体的」という偶像に頼り過ぎなんでは?
すぺーすのいど
2014/05/14 16:19
具体的な現象はあるかもですが、それは結果でしかない上に、本質というか原初の原因が駆動した際に残した、足跡というか残骸のようなものです。
残骸にしか興味がない人、しかもそれを人に丸投げで聞くような人に、具体例を示したところで、何も生まないどころか、理解の阻害要因となる可能性が高いと思うのでやめておきます。
すぺーすのいど
2014/05/14 16:56
アキラ様
>統一教会もサヨっち軍団も世界征服を狙っている
というアキラさんのご発言がありました。
とすれば、どちらにしても戦争へ向かわせる力とならないか、と老婆心が働いているわけです。
メゾフォルテ
2014/05/14 17:35
メゾフォルテさん

婆はすぺーすのいどさんのコメに納得したんかいな(笑)

で、
>統一教会もサヨっち軍団も世界征服を狙っている

は、ワタシの発言ね。

どちらにしても、世界征服を成し遂げるプロセスでは戦争になる可能性もありますね。でも大丈夫です。どちらも婆が憂うような力も気概も持っていません。本気で世界征服を狙ったならば自己崩壊するだけでしょう。
安心してください。
毒多
2014/05/14 17:46
スペースノイド様
>メゾフォルテさんは「具体的」という偶像に頼り過ぎ

3歳児と揶揄されつつ、私なりに戦争に向かうのをとめるにはどうしたらよいのか、と日夜考えております。今は、ひょっとしたら先のあの戦争へ向かおうとき、戦争を止めることを考えた人たちは何を考えどうしたのか、と主として作家とその周辺について調べております。
過去の具体的な現象について調べることで学ぶことが多かった気がします。
そろそろ差し障りが薄らいできましたので、具体的な戦争前後の検証をするべき時だと思います。
そうでないと教訓が生かされず、再び同じことをしでかしてしまう、と感じます。
犯人探しではなく、メカニズムといったものを捜す感じですかね。
メゾフォルテ
2014/05/14 17:47
毒多様 アキラ様
いつもながらおっちょこちょいで申し訳ありません

>世界征服を狙ったなら自己崩壊するだけ
勘繰ると、世界征服のメカニズムに利用されるだけ
ということになったりする?
ごく一部の自衛隊隊員を焚き付けてクーデター、
といった2.26事件の再現もありうるんじゃ・・・・
それに、おとなしく衰退あるいは崩壊というわけじゃなくて世の中全体を巻き込むという心理も働きかねない?
ま、複雑に入り組んでいるでしょうから、思いもかけないところの工作が入り込む可能性もある?
メゾフォルテ
2014/05/14 17:58
皆様
集団的自衛権を調べようとして検索していた結果、自衛隊のさまざまな画像をみて、ついつい暴走しがちになっております。
もしかして皆様はとっくにご存じとか?
メゾフォルテ
2014/05/14 18:04
いや、見事な切り返しですね。
すぺーすのいどさん (^ ^)


毒多さん

いつも挑発的で申し訳ありません。

私だって毒多さんが某秘書室に惹かれる気持ちはよくわかるんですよ。かつては同志だったわけですし ^_^;

「ざわざわする」で伝わりますかね? 秘書室を訪問した時の感じ。「ざわざわ」なのに、なぜか惹かれてしまう。

いえ。

今でこそ「ざわざわ」なんて表現しますけど、それがかつては快感だったんですよ。「ざわざわ」してアドレナリンを掻き立てられて、さらに快感を求めて、もっと「ざわざわ」する。「ざわざわ」という感覚が麻痺していたので、快感を求めるのに歯止めをかけることができませんでした。

この『戯れ言』でも、「ざわざわ」に歯止めがかからなくて、紛糾したこともありましたよね。
愚樵
2014/05/14 18:19
今、この『戯れ言』に場を「ざわざわ」させようと懸命な人がひとり、混ざっています。「ざわざわ」に麻痺していると真摯な訴えかけに聞こえてしまいますが、「ざわざわ」の感覚があると、とても滑稽に感じてしまいます。

すぺーすのいどさんが表現された

こどもが ちゃんと こどもで おとなが ちゃんと おとなの 世界

なんて、「ざわざわ」とは無縁の世界です。「ざわざわ」な人はその意味がわからないから「ざわざわ」
させようとして揺さぶりますが、すぺーすのいどさんはまったく動揺しませんよね。お見事です。

魂が傷ついてる者は「ざわざわ」するんですね。私もそうなのでよくわかります。内田樹さんが“達人”と呼ぶような人は、この「ざわざわ」を察知して避けることができる人ではないかと思います。
愚樵
2014/05/14 19:35
愚樵さん

なるほど解りました「ざわざわ」ですね。なかなか鋭い表現です。しかも魂が傷ついている。のですね。うん、思い当たる。
と、いうか、性分なのかもしれない。ワタシなんぞ「ざわざわ」したくてブログをやっているのかもしれない。「ざわざわ」を目指してエントリーする。それで尚傷つくならば、サディスト性分というのでしょうか(笑)

マジなとこを言います。某秘書室に関して言えば、本当はもうどうでも良かったのですが、むこうのコメ欄で「拝啓村野瀬」関連でF氏が応答してきた。F氏とは過去sv400さん、愚樵さんともどもコミットした人です。そのF氏が割に感じのいい反応を見せた。それが面白かった。で、その経過が面白かったのでF氏に絡もうと投稿したのえすが、女主人の意図により妨害された。女主人の心理はわかりやすい。やりとりが女主人の理解の能力を超えていたのでしょう。単純な保身だ。
まぁ、ワタシとしてはそれが気に食わなかった。で、こちらのコメに腹立ち紛れに2行ほど付け加えた、といった未熟さを露呈した、といったところです。
論理、議論どうのこうのではないので、アドレナリンが出ているというわけではない。単にどういう反応をするかの興味本位と、もしかしたら何かを教えられるかもしれないという期待を込めてです。

どうでもいいことを書いてしまいましたが、「ざわざわ」ですね。たぶんワタシに「ざわざわ」がなくなるときは、戯れ言が終わるときのような気がしています。
「達人」とはいろいろな意味があると思いますが、ワタシに関しては「達人」になろうという意思があまりない。というとこで、エントリーを書き続けると思います(笑)。あ、褒めてくれなくいいですよ。性分なんですから。そこんとこヨロシク哀愁。
毒多
2014/05/14 20:57
メゾフォルテさん
>犯人探しではなく、メカニズムといったものを捜す感じですかね。
そうですね。
ただ、本質はそのメカニズムが生まれた理由だと思います。そしてそのメカニズムが生まれた理由が生まれた理由、そのメカニズムが生まれた理由が生まれた理由が生まれた理由、、、、、なのでしょうね。
すぺーすのいど
2014/05/14 22:55
愚樵さん
そうそう「ざわざわ」「わさわさ」ですよね。
僕はそういうの悪くないと思いますよ、ってか必要ですよね。そうゆうの。
「恋」とは違うかもですけど、同種のものですよね。
すぺーすのいど
2014/05/14 23:04
「ざわざわ」といえば野沢菜漬け、
「わさわさ」といえば板わさですよね。

皆さんは、晩酌のアテにどんなものを楽しんでらっしゃいますか♪?

(毒多さん、精進してみました!)
アキラ
2014/05/14 23:26
原発の事故はあるはずがないと思っていたため、大きな事故になりました。
戦争についてもありえない、と思うのは間違いだと思います。とくに集団的自衛権はその可能性を大きく進めるものであることは間違いありませんから、こちらで騒いでいるわけです。
皆様
引き立て役のご協力を感謝いたします
メゾフォルテ
2014/05/14 23:46
「ざわ」といえば、所沢☆
米軍通信基地もあるぐらいなので、発信には適したところらしいですよ。
あ、皆様はプロでしたね。
メゾフォルテ
2014/05/14 23:53
で、メゾフォルテさんは、福島第一原発の放射能汚染被害については、なぜ騒がないのですか?
アキラ
2014/05/15 00:07
晩酌では、あんましつまみは食べないっすね。
アーモンドとか、、、かな。
すぺーすのいど
2014/05/15 01:18
「ざわ」と言えば、『さとうきび畑』、一択。


すぺーすのいどさん

やっぱり、すぺーすのいどさんにかかるとニュアンスが違っちゃいますね ^_^

すぺーすのいどさんのは、風邪ですよ。風邪は必要です。理由はアキラさんに聞いてください。

私や毒多さんの「ざわ」は、治療が要ります。

ところがなかなか適切な治療法が為されないことが多いんですよ。対症療法で抑え込もうとするから、麻痺させてしまう。ひどいのになると麻薬をヤられてハイになる。統一教会とかね。

療法は愉氣が好ましいんですけど、知られていないし、胡散臭く思われるし。
(アキラさん、ごめんなさい!)

あとは、森田療法とかですかね。
愚樵
2014/05/15 05:21
なお、『さとうきび畑』は、ちあきなおみがオススメ。
愚樵
2014/05/15 05:25
アキラ様
1.震災前、長期間にわたって医療などの放射性廃棄物の処理はどのように行われていたのか。
2.放射性廃棄物以外の汚染、たとえば地デジ化によるテレビの廃棄によるヒ素などの汚染はどのように広がっているのか。
3.かつての急速な工業化による土壌の汚染はどうなっているのか。
4.米軍や自衛隊の演習による汚染や廃棄物による汚染はどうなっているのか。
5.米軍など小型核爆弾をたくさん保有していたとのことだけれど、どのように処理してきたか。

といったことを考えると、福島からどこかに移住したとしてそこの汚染度のほうがひどい可能性もあるんじゃないか、と思うわけです。
また、私の主人の本家は広島にあり、皆さん長寿なんです。主人も軽く被爆したんですが85歳まで生きました。低線量被ばくについて、悲観することばかりではないかもしれません。
メゾフォルテ
2014/05/15 07:10
人間のもつ排毒力とか毒の分解力を強める研究をする必要がないでしょうか?
長寿のヒトについてなど。
メゾフォルテ
2014/05/15 07:16
晩酌といえば、忘れっぽい私はよく晩酌時にご飯を先に出して主人に怒られていました(涙
その主人は肝臓がんになったわけですが本人は知らないまま。けれども不調は感じるわけですよね。
お酒を止められなかったことを後悔しておりました。とくに定年後の節酒をお勧めいたします。
メゾフォルテ
2014/05/15 07:25
主人の場合、かゆみ、歩行困難、腸の不調、
転倒による硬膜下血腫、癇癪
などがお酒によっての症状ではないか、と思います。私の両親は88歳と90歳なのですが、お酒はまったく飲みませんので比べてみていえることです。
メゾフォルテ
2014/05/15 07:33
先日、オバマ大統領が来日してお寿司屋さんで仕事の話ばかりとか。
考えてみると、戦争中でも軍の上層部は芸者遊びやどんちゃん騒ぎをしていたんですよね。
経済戦争での借金漬けの日本は、たるんでいるのではないでしょうか。
また、警察や自衛隊上層部が飲酒中に何かが起こった場合、判断を誤るとか判断が遅れることかなかったでしょうか
メゾフォルテ
2014/05/15 07:41
警察や自衛隊の飲酒について、よく考える必要があると思います。セクハラ事件など表面に出ている氷山の一角ではないかと勘繰っております。
メゾフォルテ
2014/05/15 07:44
米軍にとって日本の集団的自衛権はありがた迷惑なのか、工作への好材料となるのか・・・・
日本のユルさが米軍への悪影響の可能性もありますね。
メゾフォルテ
2014/05/15 07:49
( ̄▽ ̄) ブログタイトル、もう『Mezzoforteの戯れ言』にしちゃえば?
愚樵
2014/05/15 08:04
みなさん、おはようございます。

愚樵さん

>風邪・・・ん? 風邪? なんだろう?

ワタシについては、当分治療せずに病気と上手に付き合っていきます、ニヤッ。


アキラさん

世間で「騒いでいる」、ほとんどのことが「騒ぐ」という軽く薄い表現で合っているような気がします。


メゾフォルテさん

アキラさんは、今、放射能汚染について騒げ、と言っているのではなく、騒がない(騒がなかった)理由を考えてみたらどうでしょうか?と言っておられるのです。もしくは、騒ぐことの本質を見抜け、とも言ってオラれます。
どうも、このブログは、それぞれの具体的な事象の根本的な部分を見つめることが好きな人の集まりのようです。
政治やマスコミに踊らされて、根本、本質をすっとばして騒ぐ「から騒ぎ」しても仕方ない、といったところでしょう。

毒多
2014/05/15 08:45
再び、アキラさん

(つづき)青カン支援では、ワタシの先輩がいまだに騒いでいます。おそらく死ぬまで騒ぎ続けることでしょう。そこまでいくと、アッパレと感じます。



すぺーすのいどさん

>「こども が こども でいられず、おとな はおとな に なれていない 世界」

はいそうだよなぁ、すぺーすのいどさんが、言われたいことは解ります、と、したうえで、何回も繰り返して唱えていると不思議な気持ちになるセンテンスだと感じました。
そも、「こども」とはなんだろう?・・・ワタシが「こども」と思っていることとすぺーすのいどさんが「こども」と思っていることは同じなのだろうか? おそらくすぺーすのいどさんは、大人が「こども」像を規定してしまってはいけない、と言われると思いますが、とすると、こどもはこどもでいる、とはどんな姿なんだろう? とか。
世の偉人たちも、いろいろなこどもの姿を書き表しているのだけど(左カラム:子育ての格言参照)、大人が何かの「像」としてこどもを表現したその時から、こどもがこどもじゃなくなっている気がしたり、、、、また、いつか考えてみたいと思います。



再び、愚樵さん

>『Mezzoforteの戯れ言』にしちゃえば?

いやです。「ピアニシモな戯れ言」なら、考えます(笑)

毒多
2014/05/15 08:49
このブログのどこがピアニシモじゃー!!
と、とりえあずツッコんでおきます。
(^o^)


メゾフォルテさん

ご家族かご親戚が広島か長崎の関係なのかな?とは、ちょっと想像しておりました。
なるほど。

もう一つ、重ねてお訊きしたいのですが、お祖父さまとかが、若くして戦死されているとかいうことが、おありなんでしょうか?
ご主人方の親戚が、原爆で亡くなられているということは、ありそうですね。

すみません、プライベートなことをこんなところで訊いてしまって。
メゾフォルテさんが、どうして戦争にばかりこだわっているのか、その背景がちょっと気になってましたので。
アキラ
2014/05/15 09:04
愚樵さん
あ、そうかもです。
おとなになるには「わさわさ」が必要。受け入れて見守っていれば問題ない。
「ざわざわ」はどっかで間違って変なところに入っちゃった感じかな?
すぺーすのいど
2014/05/15 09:05
アキラ様
そんな単純な事情じゃないんです(声をひそめて)
私の実家は製材所でむしろ戦後かなり羽振りがよくて・・・・輸入材木のせいで今は弟が苦戦らしい。
戦死者は主人や私の親戚には見当たりません。
主人は旧制広島高校の出身で、17歳で爆心地から離れたところで被爆。直後の広島を歩き回り、その体験はかなり強烈であったようです。
また、主人の実家は神戸灘区にあって震災で全壊
姉ひとりが住んでいましたが奇跡的に助かりました。

メゾフォルテ
2014/05/15 11:21
主人は、戦争はなぜ起こるのかを知りたくて
新聞記者になり、しかし満足できなくて勉強し直して国際関係学を専攻しました。
40歳半ばで大学の教員になって、そのころ私と結婚しました。袖口がボロボロの上着を着ていたのを覚えております。いっぽう私の実家はバブルのころで父が土地を買ったりしてけっこう儲けていたんですね。ま、私としては貧乏な教員と結婚してもダイジョーブだろうみたいな安易な気持ちだったんです。しかし、主人は戦前の教育を受けた人間でお酒が入ると絡みだすタイプ。けっこうたいへんでした。
メゾフォルテ
2014/05/15 11:31
最初の妊娠での子どもは死産でした。
腦の奇形で理由はわからないとのこと。
直前まで動いていたんですが・・・・・
その後2人の子どもが無事生まれました☆
長い子育てが終わって、主人は子離れのためのネット中毒になった、というのですが、そうかもしれません。あれこれ検索をし、ブログを書き掲示板に書き込んできたわけですね。
ネットでもリアルでもいろいろと教えてくださる方がたくさんいて、それと今までの私が主人から聞いた話あるいは主人の体験が結びついてくるわけです。
メゾフォルテ
2014/05/15 11:39
主人が戦中や戦後に関して集めた本がたくさんあって、ちょっと疑問に思ったことを調べると、その疑問の答えが書いてある、という体験を何度か重ねることになりました。
図書館とは違って、本が事柄別に並んでいますからね。また付箋や書き込みがあれこれあります。
基礎的な知識がないもので、主人には馬鹿にされておりましたが・・・・
ものを考えるとき、けっこう数学の初歩の確率の考え方というのは役立つ感じです。
メゾフォルテ
2014/05/15 11:50
メゾフォルテさん、なるほどです。
話してくださって ありがとうございました。
m(_ _)m

ご主人のあとを引き継いで・・という言い方はヘンかもしれませんが、メゾフォルテさんのライフワーク(人生の務め)なのですね。
了解しました。
アキラ
2014/05/15 13:09
毒多さん

関係ない話 勝手にしてしまって、すみませんでした。
m(_ _)m
アキラ
2014/05/15 13:10
いやぁ、どうなるかと思った(笑)

じゃ、そろそろ次いきますね。
毒多
2014/05/15 13:20
>毒多さん
丁寧な返信、ありがとうございました。
お答えを受けて、もう一つ二つ伺いたいことがあったのですが、次いきますとのことですし、あまり根掘り葉掘り聞き出そうとするのも何ですので、また折を見て疑問に思っていることを尋ねるかもしれません。

昔、飲み会で初めて会った方にあれやこれや質問したら「尋問されている気分です」と言われたことがあります。また、かつての職場の同僚にも挨拶がてら質問を振っていたら、やはり取調べを受けているようだと言われたこともあり、人に何かを訊く時は注意を払うようにしています。

面白いもので、人は大概自分の話をするのが大好きで、自分に関心を持たれるのも好きであるにも関わらず、問い方によっては、探りを入れられている気分になるようです。
私が質問下手であった(これは今もかな)であるという理由も多分にあったのでしょうが。

>まったく思いません

この答えには、ほっとしました。

>アキラさん
人はどんな時に共感を呼ぶのか解らないものだというか、実に意想外なものですね。あらかじめ他者からの共感を想定したり期待したりした上で書いたコメントではないだけに。
そして人から共感を受けることは、なかなか良いものなのかも知れません。少なくとも悪い気分にはならない。
平行連晶
2014/05/15 22:12
毒多さんに、追記で。

>社会のなかの青カン輩出構造を知ってしまったので、めちゃくちゃ気を遣っていた気がします
>気を遣っていたか、、、イコール、見下していたか?というと、そういう部分があったかも

私は「青カンさん」になったことがないので的外れな感想かも知れませんが。
「気を遣われる」というのは、相手にとっては「この人は自分から遠い人なんだな」という印象を与えるものかも知れません。人と人との付き合いというのは対対なものですし、相手によってはどうしてもしっくり行かないという場合がありますよね。
私も相手がとても良い人であると解っていて、決して嫌いではないのに、幾らフランクに接しようとしてもどことなくギクシャクしてしまう場合があります。
そして、そのギクシャクが相手にも伝わっているのだろうなぁ…とそこはかとなく感じます。対面コミュニケーションの場では、私は他者に対して強張ることが滅多にないのですが、時に己と相手の間に微かに強張った空間があることを感じ取ってしまう。違和感ですね。

その違和感を払拭しようとさりげなく気を遣ってみても、気遣いが更に強張りを呼ぶんですね。
そういう時はもう、違和感を払拭しようと頑張らないことにしています。違和感にそのまま身を任せる。少なくとも相手に対して自分は敬意と好感を抱いている、それだけが伝われば良しとしようと。欲をかかない(期待しない)。

そこで頑張ってしまうと、負の連鎖が作動してしまうように思います。
平行連晶
2014/05/15 22:37
このコメ欄も、もう締切みたいですが、このコメスレの関連なんでこれで最後にします。

>「こども が こども でいられず、おとな はおとな に なれていない 世界」

の件です。
なかなかうまく説明するのは難しいのですが、「こども」と「おとな」の違いはスキルの多寡の差ですね。
で、このスキルってのは種類がある意味無限にある訳ですよね。
もちろんみんなが同じ様なスキルをまんべんなく保持してることが良いとは思わないのだけど、現在の特徴としては多くの人が偏ってる上に、その偏り方も偏ってるって感じでしょうか。
特にここでも話題になっている、身近な人とその次のレベルの近所の人とかとのコミュニケーションを円滑にこなすスキルが偏って足りない人が非常に多い気がします。
そうゆうのって、正にこども時代に地域とかのリアルなエリアで、いろんな世代との人間関係を経験することで学ぶことだと思うのですよね。もちろん人だけでなく土や水や草や木や虫や鳥や小動物や雨や風とかも重要だと思うのですけどね。

あとだし、失礼しました。
すぺーすのいど
2014/05/15 23:04
おはようございます。

>次にいきます
とか、気にしないでくださいね。ましてや、

>締切り
は、ありませんよ(笑)

平行連晶さん

>もう一つ二つ伺いたいことがあった

もしよければ、どうぞ聞いてやってくだい。
愚樵さんの問いなんかでもそうなんですが、レスを書いている自分の感情を見つめるようにしています(例えば、イラッとしたときに、それを抑えるかどうかは別として、イラッとしている自分を見つめる)ので尋問とは思いません。
自分を観ることで、単に対話者に対しレスするだけでなく、自分の気付かなかったことを知ることにも繋がります。それは面白いことです。
ただ、対話者が、ある一定の方向に誘導しているような聞かれ方をするときは、あまり面白くないです。次のエントリーで、グレコ&ローマンさんとの対話を打ち切ったのは、ワタシがグレコ&ローマンさんを誘導しようとしている、もしくは誘導することになる、と感じたからです。

毒多
2014/05/16 08:40
青カンとの関係

もちろん個別バラバラですし、ケースもバラバラです。と、ここで「ケース」と言ってしまうこんな関係なのかもしれません。
ほんの一例ですが、夜回りなので訪ねて行くと、敵意をもって拒否されることがあります。おそらく青カンに至るまでに、対人関係には警戒せよ、という経験からそうさせていると簡単に推測できますが、もっと複雑なものかもしれません。何度か訪ね一旦垣根が取り払われると、非常にフレンドリ−になります。個人に対して心を開く場合もありますし、「支援」(という肩書)に対しての場合もあります。後者の場合はそれまでの支援の積み重ねの結果でしょう。顔見知りになるとメチャクチャ笑顔で寄ってきます。といっても、それほど会話のネタがあるわけじゃない。ほぼ傾聴になりますね。もちろん喧嘩することもなかった(他の支援や組合のヤツラとはよくしていましたが、、、、)。常に深く交わろうとはしなかった。深く交わっているフリをしていた、、、
この距離感の感じわ解ってもらえるでしょうか?
ただ、これはワタシの場合であって、支援者も個々ちがうでしょう。

人付き合いということでいえばワタシは、青カンに限らず、微妙な距離感をもってしまう痛い癖があります。

毒多
2014/05/16 08:41
すぺーすのいどさん、レスありがとう。

上にも書いたように「締切り」とかありませんから・・(笑)

「こども」「おとな」・・・聞いてみるものですね、ワタシがこういうことを言いたいのだろう、と、イメージしていたものと全然違ってました。

>身近な人とその次のレベルの近所の人とかとのコミュニケーションを円滑にこなすスキルが偏って足りない人が非常に多い気がします。

ヤバっ、と自分を振り返ってしまう。いや、スキルはあると思います、だから、ほとんどの人と上手くやれます。でも、それは「スキル」だと感じていて、そのスキルをつかわなけば対面できない自分に何かしら違和感があるんですね。
すぺーすのいどさんのイメージからして、もしかしたら、すぺーすのいどさんが言いたいのは、スキルではなく、自然な振る舞いとして、自然にコミュニケーションが取れる(ような成長していく「こども」だったかということも含めて)、ということかもしれない、と感じましたが、いかがでしょう?
ということでいけば、ワタシもやはり屈折した「こども」で、さらにそこから育った「おとな」です。

そんなワタシも土や水草虫鳥小動物には自然に振る舞えるんですよ。ただ、人間に対してだけが、どうも、、、orz

毒多
2014/05/16 08:42
こんなことがひとつでも多く出来る人がより大人なんでしょうね。
ご参考
https://www.facebook.com/yoshitaka.yamauchi.nagoya/posts/637111363033242
すぺーすのいど
2014/05/16 21:04
僕も偉そうに言えるようなこども時代じゃ無かったですよ。むしろこどもが出来てからの方が成長したと思う。それはやはり学童保育とかでリアルな人間関係を経験したからだと思う。ヤナこともあったけど逃げなかったからだと思う。
すぺーすのいど
2014/05/16 21:11
>常に深く交わろうとはしなかった。深く交わっているフリをしていた

>毒多さん
これは、医師と患者との関係、カウンセラーとクライアントとの関係そのものではないかと私には感じられます。

私のかつての友人(今はなんとなく疎遠になってしまった)は、医学生時代に精神科医を志望していました。しかし、指導教官に他の科を勧められ転身。その際、教官に言われた言葉は「精神科医になれば、君は恐らく患者に引き込まれるだろうから」。

私の妹は永年精神病院で事務に従事していました。そのために様々な患者を自分の目で見ており、また医師とも常に接していました。妹によると「長い年月精神科医をしている人は、患者に引っ張られていく。どことなく患者たちに似てくる」そうです。どうやら妹は、精神科医たちにプレコックス観のようなものを感じていたらしい。

上記の話はあくまで、私が身の回りから見聞したものに過ぎず、これを一般化しないでくださいね。また、医師が患者に引き込まれるという話を、患者と関わることで医師が精神を病むという文脈で捉えないでください。

これを例に挙げたのは、コミュニケーションというものは本来常にある種の危機をはらんでいるのではないかと、私が考えているからで、話の枕です。
危機というのは何かというと、「アイデンティティ・クライシス」に関わるものではないだろうかと、私は考えています。
平行連晶
2014/05/16 22:36
毒多さんが青カンさんたちと「常に深く交わろうとはしなかった」のは、支援に徹する(支援を遂行する)にはそれが最善か少なくとも次善であろうとご自身が考えた、或いは無意識に洞察していたからだと私は見ます。
支援者でいなければ、支援は成し遂げられないという認識があったのでは。

青カンさんたちにどこまでも深く入り込むならば、毒多さんは青カンさんたちの持つ「眼」を獲得することになる。それは「社会のなかの青カン輩出構造」を認識しうるような、支援者側(とその背景に存在する、輩出構造に一体化した私たち)の眼とは異質なものでしょう。

青カンさんたちの持つ「眼」から世界を見ることを知った毒多さんは、その時支援者のままでいられるでしょうか。それは毒多さん自身が「異人化」するということではないでしょうか。

現代の文明社会では、アイデンティティ・クライシスを生じた個人は、社会から許容されないんですよ。
文明社会とは即ち、異人の存在を許容しない社会、アイデンティファイされた個人の集合で成り立つ社会だと言えます。より正確には、共同体の約束によりアイデンティファイされた「自己」を内面化した個人が寄り集まり、各人の機能を働かせて生産・消費を行うことで成り立つ社会です。
だから統合失調の患者は病院に閉じ込められる。もちろん通院治療もありますが、それは外部からのアイデンティファイと、当人の内面化がまだリンクしている状態の時に限られます。
平行連晶
2014/05/16 23:04
かつて異人であった人たちは、今では「例えば」自閉症児・統合失調症患者と呼ばれ、或いはホームレスと名付けられ、それらのレッテル自体が共同体における「保護対象枠」「機能不全の個人」を指すアイデンティファイの道具になっています。
社会においては、青カンさんは名前を持った個人でなく、「ホームレス」ですよね。
だって新聞記事のタイトルが「ホームレス襲撃事件」「横浜浮浪者殺人事件」なんですから、言わずもがなでしょう。こういうタイトルは、青カンさんとして暮らしている個人の眼を通して生まれてくるわけがない。彼らの眼から見た世界は、こういうものではないはずです。
そしてそういう世界に深く深く入り込めば、いずれは毒多さん自身の内面化されたアイデンティテイに亀裂が入る。コミュニケーションは、そうした類の危機をもたらす契機なのではないか。
私はそう考える。

文明社会を生きる人間は、無意識のうちにかかる危機の存在を感知し、回避している。回避の結果として生じるのが、ディスコミュニケーション。故にディスコミュニケーションは、文明社会の必然であり、前提である。

この辺の考えは、愚樵さんと私の間でどこか通じるものがあるかも知れません。ただ、通って来た経路がまるで違うと思いますが。
平行連晶
2014/05/16 23:32
帰る家もなく、迎えてくれる家族もなく、仕事もない。
そんな個人にも、残されたものはあります。
彼自身の名前と、彼が生きてきた人生です。

しかし文明社会は、もはや彼の名前にも人生にも関心を持たない。
文明社会の中で、アイデンティファイされ得ぬ個人には機能する場がない。
彼らは自身の名の代わりにホームレスという名でアイデンティファイされる。そしてホームレスという名が示唆する通りの生活を必然的に体現することになる。

ホームレスは、どこの国でも同じような姿をし、同じように暮らしているでしょう。それはつまり、文明社会において名前と己の人生しか持たない者には他の生き方は用意されていないということです。

これこそが文明社会なるものが持つ残忍さだと私は思います。かかる残忍さが可視化されるからこそ、自治体も法執行機関も青カンさんたちを街角のような誰の眼にも留まる空間から排除して、見えなくさせようと企てるのでしょうね。
平行連晶
2014/05/17 01:19

平行連晶さん

いつもながら、こまかな分析、解説ありがとうございます。自己と社会を振り返るのに教えられることだらけです。

ワタシはいつからか「支援」でなくなっていました。支援らしいことは何もしていない。ただ、その世界へ出かけて行って佇んでいる。青カンとの間に壁を維持しながら見つめている。
支援などの行為をすることが嫌だった気がします。
もしかしたら、青カンの目線になりたかったのかもしれない、だけども、反面それを恐れていたのかも、、、、ここは、平行連晶さんのコメを読んで、振り返ってしまいます。

次のエントリーのコメ欄に関係しますが、青カンにとって社会はすでに瓦解しているんですよね。という意味で、それでも助けあって生きている青カンは、内田樹的には「真に生きている」、と言える。今の日本社会に通用するスキルでもって生きている(ただ生活している)者は、今の社会が瓦解するのを察知して、外国に預金を移すとか外国語を習得しようとしている。そんな生き方しかできないものをナジっています。
瓦解した社会のなかから新たに人間社会を産み出すような真の生き方をしよう、と語っていますが、、、、これって今の青カンだろ、と思いました。もしかしたら今の社会をスキルでもって世渡りしているだけ、ってのはワタシじゃないか、、、瓦解した社会で真に生きているのは青カンじゃないか、、、てね。

、、当時、言葉で表わせなかったけれど、こういうことをただ佇んだまま青カンを見ながら感じていたような気もします。

毒多
2014/05/17 11:32

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メタファとしての統一協会から思索する 毒多の戯れ言/BIGLOBEウェブリブログ
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