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zoom RSS 「愛する歴史と伝統の国、日本」  by 三島由紀夫

<<   作成日時 : 2014/04/03 09:57   >>

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(三島由紀夫は、自衛隊にむけ)ばらまいた檄文のなかで「生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ」と訴えた。

ワタシが「日本」などないのだよ、といいつつ、それでもほぼ100%認識されている「日本」とはなんだろうと、考えているときに出会った三島の言葉、、、、ああ、「日本」とはこれだったんだ、、、と、また考えざるえないなぁ。

愛する歴史と伝統 、ストーリー、、 これが「日本」の本質、、、、
地球上のこの地域に悠久の昔から積み重ねられた歴史・伝統 = ストーリーと自分を同一化させてみせる、アイデンティティというやつ。このアイデンティティこそがなによりも重要で、どころか生命より重要、実存よりも上位にある価値。この価値をまえにしては、生命なんぞ、、、生命なんぞ、、、、、よし、諸君に見せてやろうじゃないか、しかも日本伝統の割腹による、、、う、実存などという疎ましい存在から離脱していま純粋な魂は日本に溶けゆくのだ。という、感じだろうか?

>三島は自分の行動を理解してもらえるのはだいぶ先だと語っていたらしい

で、「自由でも民主主義でもない、愛する歴史と伝統の国、日本」なる言辞はネットでもうようよと見られると、思ってしまったのだけど、かといって、日本に殉じて割腹するという「行動」は理解はされてない気がする。ネットの言説など口先三寸の「自由でも民主主義でもない、愛する歴史と伝統の国、日本」であって、ほぼ、命、在っての物種、に違いないし、それでいいでしょ、と不本意ながら思ってしまう。
三島の覚悟は誰にもないでしょ。

三島の檄文の冒頭を読んで思い出したのが、池田のアッコ姐さん。姐さんもいいそうだよな。
「生命尊重のみで魂は死んでもいいのか」、、、うん、一字一句同じ言葉をいいそうである。食って息をしていれば生きていることになるのか、みたいな。もっとも、続きは、「真理の探求がなくてなにが哲学だ、いま諸君に生命以上の真理をみせてやる、それは自由でも民主主義でもない「善」だ、それこそが愛する真理だ」みたいなことは言いそうであり、純粋性だけを抜粋すれば、三島も姐さんも同じかもしれない。
でも決定的な違いは、「歴史」と「伝統」が真理じゃない、ってことだろう。
歴史と伝統というストーリーは多岐にわたりころころ変わる。愛することができるように変えることができれば、愛することができるよう解釈することもできる。実際、そこかしこで行われている。さらには「歴史」「伝統」のまえにつくのが「愛する」なのだよ。現実に三島にとっての「愛することの出来ない歴史」つまり、9条やら自衛隊という位置づけは、歴史からオミットしようとするわけだ。まあ、認めた上でオノがアイスル歴史に変えようとしているのだが。ん? でも一応三島は「愛することの出来ない歴史」も事実として受け止めているわけか。とすると、「愛することの出来ない歴史」を「ないものにしたり」、その当時に遡って「変えてしまったり」するよりずっと筋が通っているのか??・・・ おお、こういう物言いは「日本」が在るという前提のものだぞぉ、と自問自答。
 
「日本」、、、三島にとっては「愛する歴史と伝統」「生命尊重以上の価値の所在」、、、
「日本」、、、ウヨピーにとっては「愛すべき歴史と伝統」の、、、
「日本」、、、サヨっちにとっては「自省すべき歴史と伝統」の、、、
「日本」、、、誰かにとってはたんに「生活共同体」の、、、
「日本」、、、サポーターにとってはたんに「スポーツの応援対象単位」の、、、
etcetcetc

それでも、誰もが「日本」はあるものとして認識している、、、という事実は受け止めなくっちゃならないかもね。・・・でもやっぱり真理ではないな。

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コメント(32件)

内 容 ニックネーム/日時
迷惑婆さんが徘徊中で申し訳ありません。
っていうか、どうしてこういう風なあいまいな考え方をするのかよくわからないんです。
想像力を働かせるにもぼかさないでほしいんですよね。これじゃ、日本の諸問題の解決はむりではありませんか?
日本の民主主義ってさまざまな解決には役立たない?
メゾフォルテ
2014/04/03 12:32
三島さん、とっても純粋ですよね。
この純粋さは、すごいと思います。

私にだって「日本」への愛着はあるし、自分を日本教徒だと考えているから、とても共感できるところではあるんですね。
でも、同時にものすごい違和感も覚えます。異端に対する違和感、かな?

日本が魂だなんて、大間違い。
日本を「魂の在処」とするなら、大賛成だけど。
愚樵
2014/04/03 15:32
メゾフォルテさん

曖昧ではありません。
多数が曖昧なもの(今回は日本)を「統一意思として在る」という前提で話しているので、それじゃ解決しませんよ、と言っているのです。
ぼかしてもいませんよ。メゾフォルテさんの興味とは違うところにあるので、メゾフォルテさんにとってはボケている感じているかもしれませんが、明快です。分かる人には分かっています。
想像ではなく、思索した上での指摘はいくらでも受けます。

このエントリーに至って「日本」の諸問題、「日本」の民主主義と、書かれていては完全にスレ違いですね。残念ながら話は咬み合わない気がします。

曖昧ままの「日本」基軸の「諸問題」をあれやこれや、議論したいなら良い徘徊先を紹介します。「村野瀬玲奈の秘書室」です。
メゾフォルテさんが話したさそうなな議論ができますよ。

ホントのことを言えば全く推薦できないのですが、、、orz

毒多
2014/04/03 15:41
愚樵さん

はい、純粋ですね三島さんは。日本とオノレの魂がイコールってのは混じりけなしのド純粋、100%でしょ。すごいです。
三島にとってのストーリーなんでしょうね。それが魂と一体化する、、、、、。これって三島オリジナルのストーリーだから魂と一体化するところまで昇華するのでしょ。

正直にいえばワタシだった「日本」に愛着があります。
でも、「日本」への愛着ということで、対象を考えてみても、具体的には何も浮かびません。三島がいうところの「歴史」と「伝統」みたいな明快な対象がないのです。愛着も幻想かもしれません。

愚樵さんも「日本」はあり愛着もある、と書かれている。では、愚樵さんにとっての「日本」とは何ですか? 日本教徒と書かれているところをみると宗教ですか? であるから、在処となるのですか? ちょっと解りにくいので、もう少しヒントを頂けたら、、、と甘えてみる(笑)

毒多
2014/04/03 15:58
毒多さん、早いレスをありがとうございます。

日本=魂/魂の在処

という対比は、

愛国心/愛郷心

の対比と同じです。「魂の在処」は愛郷心の言い換えと言ってもいいです。

対比のために、まず、「日本=魂」論の批判から。

「日本」という虚構は、その前提から一つですよね。一つの「日本」がイコール「魂」なら、魂も一つになりますよね。

一方で、生命は多数です。日本人は一人ではない。多数の日本人には多数の生命と一個の魂がある、ということになります。三島さんの論によれば。

魂は生命の根幹である。まあ、魂というものが本当に存在するかどうかはわかりませんが、あるとするならば、生命の一番深いところにあるはず。

三島さんはそういう考えでしょうし、そこは同意できる。で、「魂=日本」だから、生命より日本が大事、ということになる。

けれど、日本教徒である私は、この論を受け入れられません。生命が個別であるように、魂も個別だと考えます。八百万の神がいる邦(くに)ですからね、日本は。

一つの「日本」は虚構の産物ですが、虚構でない日本も間違いなく存在していると思われる。この日本も、どう考えても一つです。

個別で多数の日本人にとって、日本は住処(すみか)ということが出来ると思います。同様に、個別で多数の日本人の魂にとって、日本は在処(ありか)ということができるのではないか、と。
愚樵
2014/04/03 16:50
多くの魂が「何か」によって引き寄せあって寄り添っている、その在処を日本と呼ぼうとするか、、、、まず「日本」在りきでない、、、ということですね。さらには引き寄せ合う「何か」は一つかもしれませんが、魂はその周辺で自由に飛び回っている、、という妄想が目に浮かぶ。自由な魂は「韓国という在処」とも行き来できる、、、
在処としての〔日本〕も、殻ができ蓋をされると一つのものに見えてしまう。見えるだけならまだしも、一つと認識される。閉じ込められた魂も一つだと勘違いする、、、、ってな感じなのかな。

殻と蓋の【日本】にインクルードされた個々の魂は不自由になり、自由に飛び回ることはできない。インクルードされているゆえに【日本】さえ俯瞰することができない。つまり相対化できない。【各国】しかり、、、サヨっちも一見相対化しているように見えるが実は【日本】にインクルードされたまま、相対化したふりをしているにすぎない。なぜならサヨっちもまた【日本】に別の殻と蓋を形成しようとしているから。もしくは【日本】ありきからスタートしているから、となるのかな。
毒多
2014/04/03 18:04

在処としての〔日本〕に殻を纏わせと蓋をして一つとする急先鋒は政府でしょうね。どこの国も同じ。じゃあ、殻を破れないか、蓋を外せないかといえば、可能である。でもしない、、、どころか気づきもしない。そこを安住とする。
殻付き、蓋付きの【日本】にしても、もとの根拠は、在処としての〔日本〕とすると、【日本】の色が濃くなるほど〔日本〕は薄れていく、【日本】が強化されるほど〔日本〕は殺されていく、どんどん相対化できないとなりそうです。

世界は【日本】【韓国】【アメリカ】・・・【国家】によって形成されているとすると〔日本〕〔韓国〕〔アメリカ〕・・・〔世界〕は消滅するしかない、、、でも、本質的な問題の解決は〔〕群にあるとしか思えない。実は、本当は〔日本〕etcに寄り添う〔自由な魂〕のほうが多いと信じているんですけどね。

毒多
2014/04/03 18:04
「日本」というのは、目的集団(ゲゼルシャフト)なのかな?と、単純に思うことがあるんです。
で、それに関連して自分の中でいつもストンと腑に落ちないことがあるわけですが。

僕は今は静岡在住です。
ですから、愛郷心があるのであれば、それは今現在住んでいるところに・・という話になりますよね、普通は当然。

ところが僕が心を寄せている度合いが強いのは、今現在住んでいる静岡よりも、育った鹿児島の方だったりするわけです。
そうなると、この「鹿児島」は何なのか?って思うんですよ、自分で。

今は住んでないわけです。
当然、その時代の連続的な人間関係(友だち関係)はあります。
この僕の感覚は、「愛郷」に近いのか「愛国」に近いのか?
それがいつも自分自身では分からないのです。
アキラ
2014/04/04 01:12
アキラさん、おはようございます。

>「日本」というのは、目的集団
そうですね。取り敢えずは愛国心的【日本】については、そう思います。
〔日本〕についてはまだよく解らないのですが。

アキラさんのコメでワタシ自身のことも考えてみました。
ワタシは今住んでいる町に愛郷心はありません。多分。
というワタシにも愛おしく思う風景がある。同じ名古屋市内なのですが、生まれて育った村です。
簡単にいける距離であり、実際にそばの道もたまに通ります。
ガラリと変わってしまったのですが、その辺りを通ると昔の風景を思い出します。
ノスタルジックな気分になるわけです。
そんな気分から覚めてふと思うのは、愛おしく思うのは今、脇の道を通り過ぎた故郷でなく、
ワタシの記憶(ストーリー)のなかの風景じゃないのか?
例えばずっとその村に住み続けていて、同じようなノスタルジーに浸るものかな?
そして間違いなく、愛おしいはずのその村に、現在の町に「豊かな町になってほしい」とか「いい町になってほしい」とは思いません。

仮説ですが、愛郷心が芽生えるのは、、、

生まれ育った風景であり、
そこが生活の場でなく、離れている。
自分のなかの風景として焼き付いている(与えられたものでない)。

では、日本はどうか?

異国へいけば芽生えるかも?
となると、愚樵さんの〔日本〕と違ってくるのか?って問題も残るなぁ

毒多
2014/04/04 08:33
いずれにしろ、愛郷心と政治は相容れない、気はします。
毒多
2014/04/04 08:36
いやいや、愛郷心というのは基本的に 今現在(過去のどこか一点から今まで)住み暮らしている場所を(郷)愛して止まない心、のことですよ。 (^^)
アキラ
2014/04/04 14:16
ああ、そうか、そうですね。
とすると、ワタシには愛郷心もなさそうです。(笑)
毒多
2014/04/04 15:27
三島が最晩年に書いたものについては公表されていないものがあるのではないか、と思ったりします。
おそらくそれを読むと違和感なく三島の行動を理解できるのかもしれません。
当時のラオスとかチリの激動が日本にあっても不思議ではなかった、それを三島の行動が食い止めた?
そんな風に考えたんですが・・・・・
メゾフォルテ
2014/04/05 00:39
「村野瀬玲奈の秘書室」を覗いてみたんですが
あっちもかみ合わないみたいなんです(泣
何かを動かそうというときにはいわゆる正攻法じゃ
だめだって思うんですけどね。
冷静なペンの力もある三島があれだけのことをした
わけですからね。
ま、今はネットが利用できるのでもっと効果的に
力を作り出すってできないでしょうかね。
メゾフォルテ
2014/04/05 00:59
メゾフォルテさんは、対話をお望みなんでしょうか?
お望みのおつもりでは、あるのでしょうねぇ。

この「dr.stoneflyの戯れ言」という場で対話をお望みならば、まず、毒多さんのご意見をメゾフォルテさんが受け入れることが大切だと思います。

受け入れるというのは、なにも毒多さんの意見に同調するということではありません。反対でもいいでしょう。けれど、毒多さんの意見を理解することが前提です。もしくは理解しようとする態度を持つこと。

メゾフォルテさんの態度は、柔らかな物腰ではありますが、

「あなたの主張は知らないが、私の主張を聞きなさい」

と言っているようにしか感じられないんですよねぇ。

よく似た印象を受けるのは「エホバの証人」などの、キリスト教系の人たち。丁寧な物腰でイエスさんの教えとやらを伝えようとなさる人たち。メゾフォルテさんもそのような方々の訪問を受けた経験はきっとおありでしょうが、それとそっくりです。丁寧だけど、相手の考えを聞くつもりはまったくない方々。

その純粋さには頭がさがりますが、でも、やっぱり迷惑ですよねぇ?
愚樵
2014/04/06 08:34
毒多さんの率直なご意見を伺いたいですね。
メゾフォルテ
2014/04/06 10:24
私の場合、「エホバの証人」その他の方たちの訪問を受けて、しっかりと私の意見を主張をいたしました。アメリカの本部に戦争を止めてほしいと伝えてください、という意見です。

メゾフォルテ
2014/04/06 10:28
そうですね。毒多さんの率直なご意見を私も伺い、尊重すべきですよね。

で、それはそれとして、興味があるのですが。

メゾフォルテさんの意見に対して、「エホバの証人」の方は、どういった反応を示しましたか?

(毒多さん、スレちがいですけど、ご勘弁)

メゾフォルテさん、よければお答えください。
愚樵
2014/04/06 11:38
我が家を避けるようになったように感じます。

ただ、正確ではないんですが
神は地を滅ぼそうとするものを滅ぼす
という言葉が印象に残りました。
メゾフォルテ
2014/04/06 12:09
愚樵さんの「毒多さんの主張を聞かずに私の主張をしている」という件について
毒多さんのブログにお邪魔した理由は
毒多さんが主張があいまいだと感じたからなんです。私が書き込むことが嫌であるなら嫌とはっきり
主張してほしいと思います。
メゾフォルテ
2014/04/06 12:28
メゾフォルテさん、お答えいただき、ありがとうございます。

では、「エホバの証人」の方々は、メゾフォルテさんの要望(アメリカの本部に伝えてください)は聞き入れなかったのですね。

で。

>毒多さんが主張があいまいだと感じたからなんです

それは毒多さんご自身が明確だと述べておられますよね。私も毒多さんに同意しますが、メゾフォルテさんは、今でも曖昧だとお考えですか?
愚樵
2014/04/06 15:05
毒多さんのコメントで

>曖昧ではありません。
多数が曖昧なもの(今回は日本)を「統一意思として在る」という前提で話しているので、それじゃ解決しませんよ、と言っているのです。
ぼかしてもいませんよ。メゾフォルテさんの興味とは違うところにあるので、メゾフォルテさんにとってはボケている感じているかもしれませんが、明快です。分かる人には分かっています。

によって毒多さんのご意見は明確だとおっしゃるんでしょうか?
それとも他のところからでしょうか?

私の理解力が不足しているせいかもしれませんが曖昧だと思います。
なお、「エホバの証人」の方たちが本部に伝えたかどうかについてまでは私はわかりません。
伝えてくれたのかもしれない、と思う時があります。
メゾフォルテ
2014/04/06 15:27
そう、そのご指摘の部分です。明快に述べておられますよね。

それでもまだ曖昧だと仰るメゾフォルテさんですが、“明快”と明快に記されている毒多さんの「思索(主張ではなく)」を受け入れてみるおつもりはないのですか?

愚樵
2014/04/06 15:40
愚樵さん

お気遣いありがとうございます。
もし、コメント欄のやりとりで気を悪くしましたら、ごめんなさい(そういう理由のコメントでないことも判ってますが、、というか、一つ前のエントリー愚樵さんとメゾフォルテさんのやりとりですよね、、、上手く本筋の修正ができませんでした、すみません、、)
もう、8年もブログ運営をしておりますので、多くのパターンに対応してますので大丈夫です。

ps カンタティモールの自主上映会で、いままでバタバタしてました。取り敢えず成功しました。ちょっとホッとしています。

毒多
2014/04/06 16:44
メゾフォルテさん

ワタシも、ほぼ愚樵さんの仰ることと同じことを感じていますが、取り敢えずはコメント禁止にする気はありませんので、ご自由にどうぞ。でも、オープンのコメ欄なので、コメントをしないだけで、いろいろな人が観ていることは忘れないでください。

>私の理解力が不足しているせい・・・

ここなんですよね。でも、本当におもってますか?(笑)
「発想」できないのだと思います。普通の思考、発想では、何が何やら解らない、のでしょう。現にリアル知人の読者は「解らない」といいます。たぶんのずっとここの読者で、ここでやりとりした人々にしか解らないかもしれません。

たとえば、普通の人は「日本」が前提で話はじめますが、ここでは、いったいのその「日本」ってなんだ、から始まります。普通はこの発想ができない。だから何がなんだかわからない。自分のなかにないものが語られるから、曖昧だと思ってしまうし、わけがわからなくなる。人は、自分の理解の仕方でしか話ができない、のは道理です。

だから、愚樵さんがエントリーの主旨を理解しろ、、と、いってもなかなかムズカイのだと思います。

通常、本質を語ろうとすると基地外がしゃべっている、といってスルーされていきますが、食いついてくるのは嫌いではありません。
食いついてきてくれる限り、分かり合える可能性もあります、ね。

毒多
2014/04/06 16:45
追記

それとね、エントリーの主旨から外れていても、三島(今回メゾフォルテさんのコメがなければ三島の檄文にも出会えませんでした)とかエホバの証人(ちょっと続きを聞いてみたくなる)とか、ふと、興味深いネタが飛び出たりする。
だから、おもしろい、やっぱりなんでもありでいいのかもしれない。所詮、戯れ言ブログだしさ。
毒多
2014/04/06 17:09
毒多さん

上映会、成功しましたか! おめでとうございます。毒多さんのリアル知人の方々も理解できるような(笑)エントリを希望します。

私が気を悪くしているなんてことはありません。こちらこそ出しゃばったまねをして、もうしわけありません。

メゾフォルテさんはきっと気を悪くされていると想像して、勝手に気の毒と思っているのですけれど ^^;

ま、これもなにかの縁というやつで。
愚樵
2014/04/06 19:06
毒多様
厚かましいことで申し訳ありません。
婆さんなど異質な人間を受け入れるのは大事ですよね。
ただ率直に申し上げれば、抵抗なく、というのが
ひっかかります。
国際化という場面では私のように厚かましい人たちが押し掛けるでしょうからね。
愚樵様
気を悪くしているだなんてとんでもありません。
毒多さんの味方をしているふりをしてブロック?
どちらかというと過剰防衛気味ではありませんか。

私自身は戯れ言とは思っておりませんので悪しからず。
実はどういうわけか私のブログにコメントを書いてくださる方がなくて・・・・・
ぜひお2人でお出かけくださいませ。辛口の批評を歓迎いたします☆
メゾフォルテ
2014/04/07 06:46
愚樵さん

>リアル知人の方々も理解できるような(笑)エントリを希望

はい、努力します(笑)

毒多
2014/04/07 13:54
メゾフォルテさん

ブログのなかでは年齢とか男女とか関係なく言葉による議論がメインのやりとりになります。予想年齢に関係なく丁寧に対応しているつもりですが、年長者に対して随分礼儀知らずな物言いもありますね、お許しください。

>異質な人間を受け入れるのは大事

最近では、ネトウヨかな、と思わせるコメントも出来る限り対話しようと思っています。とはいうものの、理解困難なネタになってますので、なかなか話は咬み合わないですが。

メゾフォルテさんのブログにもお邪魔しましたが、ちょっと散文的なエントリーにどう「からめばいい」のか、戸惑います。正直に申し上げて、コメントしにくいブログという気がします。

また、すこしまえに三島について書かれている、と言う言葉で伺ったのですが、三島(1)にたどり着けませんでした。最初の画面にすぐに飛べるリンク・ご案内があるといいかもしれません。

毒多
2014/04/07 13:55
ありがとうございます☆
そういう助言がほしかったんですよね。
何かお気づきの点がありましたらよろしく。
厚かましくて申し訳ありません。
メゾフォルテ
2014/04/08 07:21
ブログによって表示が違いますのでわかりにくいかもしれません。リンクや案内の画面をつくるにはしばらく時間がかかりそうです。
ライブドアブログでは画面右にありますクラウド
が目次として使えますのでよろしくお願いいたします。「三島由紀夫」というものをクリックしていただければありがたいです。
メゾフォルテ
2014/04/08 07:27

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