毒多の戯れ言

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zoom RSS 「従軍慰安婦は必要です」・・・こんな橋下が9条を変えたがっている  

<<   作成日時 : 2013/05/14 11:44   >>

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大阪の市長であるところの橋下がまた何やら言っている。
ん?なになに? 簡単に言ってしまえば、
「従軍慰安婦は必要です」「風俗を利用すればいい」だって?
はぁ、sigh、、テレビに映された野郎の首から上が男根に見えてきた。
ああした発言を聞かされてワタシは非常に不快な気分になるのだが、この男根に同意する人もいるのだろうか? 今回の発言にはあの自民党でさえ否定的らしいのだが、、、。
これまでもワタシは橋下の発言の多くに不快にさせられた、鬱陶しいバカ野郎が、氏ね、と、罵倒を浴びせこき下ろすのは簡単だが、ただこき下ろすと余計に腹が立ちそうなので、そうした自虐行為はやめておこう。
さてどうしよう?
まずは「ワタシがなぜ不快に感じるか」を考えようか?
おそらく橋下の感性はこんなもので、ワタシ自身今回の発言も「さもありなん」とは思っている。橋下の感性が不快なのだから橋下はその感性を変えろ!! と、ワタシに言えるのか? 否である。内心の自由もあるが、ありゃ、他人の言葉を聞くような玉じゃなさそうだし、育った環境が悪かったのか、今更更生するのは無理さそうである。ああした感性のヤツは橋下以外にもいくらでもいるし、橋下よりも酷いヤツもいくらでもいる。そうしたモノモノにワタシの素晴らしい感性を見習え、というのはヤハリ何かが違うのだろう。
何が不快かというと、こうした感性の者がテレビで喋り、偶然でも聞かされることになるのが不快なわけだ。
ワタシのゲス野郎と感じる者がワタシの聞こえるところで物を言うことに不快なのだ。
喋るな!! と言いたいが、それが根本解決にならないことは知っているか、取り敢えずそれしかない。
なぜ、こいつがテレビで喋るのか? 大阪市長でありなんとかという政党のトップ(付近)だからである。
なぜ、こうしたヤツが大阪市長なのか?
大阪市民に選ばれたからである。
大阪市民のひとりふたりに選ばれたわけではなく、相当数に選ばれたのだ。
こうしたゲスを選ぶ多数がいることに不快になるのか?
それはある。日本人という属性で外国から橋下同様にみられることも多少の苛立ちを感じるが、ゲスを支持するのが多数である社会で生活していることは不快でないわけがない。
いやいや、大阪市民には「リコール」という権利があるぞ。今からでも遅くはない、今回の発言をネタにリコールしてはどうだろうか?
と、名古屋市民が偉そうなことを言えないことは自覚している、名古屋市長も大阪市長と同じ穴なのだ。


では、もう少し本質的なことを考えよう。
「従軍慰安婦は必要です」、、、ここで感じる不快感はいつかどこかで感じたな、、、あれかな「レイプレイ」とか何とか言うゲームだったか? 個人で遊ぶことだし現実にレイプするわけじゃない、と言われても、なんだか不快が走ったあの感じ、あれに似ているのか? つまりレイプを肯定(是認)したうえでなりたつゲームという根本の厭らしさから滲み出る不快。
「従軍慰安婦は必要です」、、、まずそこに至る根本であるとこの戦争を肯定している。これが不快である。その戦争に従事させられる欲求不満解消のために自己中的に「従軍慰安婦」を肯定している。これが不快である。おそらく橋下は、根本の戦争を肯定していることで、「従軍慰安婦」以外の「犠牲」も肯定することになるだろう。なぜなら戦争を肯定しているからである。まず戦争肯定であり、そのうでの「犠牲」の許容なのだから。

こうしたヤツが「9条」を変えようとしていること、こうした感性のやつが変えた「9条」の成れの果てを、ちゃんと認識しなければならない。
そしてだからこそ、こうした感性の権力を「9条」で縛らなければならないことを“悲しいかな”認識しなければならない。

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橋下発言。アメリカでも報道されたでしょうねえ。
それでも、「正直に本音を言った」と評価する人もいると思うと、とほほ感は否めません。





当時のアメリカ太平洋軍司令官、リチャード・マッキー(Richard C. Macke)海軍大将は事件について「レンタカーを借りる金で女が買えた」という主旨の発言をしたため、女性差別発言として問題となり、1995年(平成7年)11月に更迭された。その後予備役へ編入させられた際に少将に懲罰的降格となっている。

kuroneko
2013/05/15 12:54
kuronekoさん、こんにちは

>「正直に本音を言った」
これはある面その通りなんですね。
多くの政治家のように(思っていても)言わなければいいのか、というと、そうではなく、橋下は俗悪な人間性を自ら解りやすく露呈した。
露呈して「判断」を振られたわけですから、次は大阪市民なり、日本人がサイコロを振る番なんです。これを放置しておくと橋下と同じ、もしくは同意と判断されるでしょう。

例を頂きましたアメリカ司令官のように、なんらかの制裁を加えなければならない。政治家の発言で政治の問題だと判断が適当で、政治家を辞めさせるという制裁が最適であるのは言うまでもありません。

ここで、ゲスな政治家を辞めさせなければヤツはまた言うでしょう
「ああ言ってもやめさせられないじゃないか。だから正しいのだ」とね。

むしろ辞めさせるチャンスと思っている日本人が何人いるかかもしれない。
毒多
2013/05/15 13:19
毒多さん、こんにちは。

この話題を毒多さんは取り上げるだろうなと思っていたんですが、やっぱり取り上げましたね。期待通り(^o^)

で、橋下さんなんですが、こちらも期待通りというか相変わらずですけど、実は、私はちょっと好きになった。橋下さんを。ほんのちょっと。

あ〜あ〜、バカだよなぁ...、ふうっ

って感じ?

橋下さんはね、「オレは毒まみれだ」って公言したんですよ。【社会】は【毒】をどうしようもなく生んでしまいます。毒多さんが、(その名に反して)感覚的に嫌悪しているのは【社会毒】だと言っていいと思うんですが、橋下さんは開き直ったわけです。

「オレは毒まみれだ、それのどこが悪い!?」

「オマエらだって気取っているけど、本当は毒まみれだろ?」

こういった「率直さ」が好感を呼ぶのは、私は理解できます。毒は毒ですがね。

救いようがないのは、毒まみれのくせに取り澄ました顔をしている連中。そして、もうひとつ、「毒は勘弁してくれ」というだけの連中。

9条はお経ではありませんからね。いくら唱えたって、毒は追い払えません。残念ながら。
愚樵
2013/05/16 08:29
愚樵さん、こんにちは、、、って、まだ朝だよぉ〜(笑)
ひと仕事終えたんだろうなぁ、と想像。
取り敢えずは>期待に添えて、よかった。
最近この手の発言への反応が鈍かったのですが、これは相当インパクトがあり気がついたら取り上げていました。

インパクトがある、という点では橋下は凄いパフォーマーだと認めます。
【毒】、、はい、エントリーを書きながら、もしかしたら橋下は意図して「タブー」を露呈させ、国民に【毒】を思索させる反面教師かもしれない、、という方向に書こうかとも思いましたが、「タブー」という単語でまた深く考えてしまったので、とりあえずのエントリーになっています。
「毒多」というHNもそういう反面教師を目指した意味もありますが、残念ながら橋下には負けています。というか、ただのブロガーが橋下発言と同様の発言をしてもスルーされて終わりですからね。

で本題に戻りますと、ワタシの嫌悪感は、ワタシのなかにあるタブーを言い当てられ、それを否定する深層心理からの怒りなのか?、ってことは疑ってみなければなりませんね。
タブーは【社会】によって生成されるのか?〈社会〉であればタブーはないのか?は思索のテーマになりそうです。
毒多
2013/05/16 09:06
村野瀬秘書は、橋下発言は日本人(男)の総意だ、みたいなことを書いていて、言ってしまえばそうかもね、とは思います。締めは「そんな日本では国際社会のなかの居場所がなくなる」と締めていて、問題はそこかよ、と思うのですが、まあ政治ブログなのでそこなのでしょう。
いずれにしろ、そうした日本人(男)が【社会】を形成していて【毒】を生成しているのか? とするとやはり【社会】そのもののが変わらなければならなくなりますね。【毒】に蓋をする、【毒】から逃げる、では根本解決はみえませんね。

今回の発言は、kuronekoさんへのレスに書いた通り、ある意味チャンスなのですが、チャンスと捉えられる人がどれだけいることやら。

なんやかや言いながら、ワタシの場合は、橋下に好感を持つほど人間ができてない、です、、、とほほ。
毒多
2013/05/16 09:06
毒多さん

橋下さんに好感をもったといっても、あくまで比較の話ですけどね。橋本批判に転じた(?)自民党あたりに比べれば。でも、同じく正直な石原氏への嫌悪感は変わらないん...、この差はちょっと考えてみる余地はあるかも? まあ、どうでもいいか。

村野瀬さんも、まあ、相変わらずですねぇ...(^_^;)

>ワタシの嫌悪感は、ワタシのなかにあるタブーを言い当てられ

タブーというのは、触れてはならない【毒】なのではないですかね? 触れさえしなければ【毒】であっても、犯されずに済む。

橋下さんの発言は、ある意味正論なんだと思います。社会の大前提が生存競争であるならば。

社会の同士の生存競争のためには軍隊は必要です。軍隊には慰安婦が必要です。社会内部の生存競争の結果として風俗業があり、その有効活用は是とすべきです。

そして、その生存競争が【毒】を生むのは当たり前です。たとえ【毒】が生まれても、生存できないことには始まりません。

(こういった論理は原発推進にも見事に当てはまりますねぇ...)

橋下さんのこういった素直な意見は、生存競争を是とする者(社会毒中毒患者)には好感でしょう(私の好感はそれではありません。念のため)。対して、是としない者には反感、嫌悪感。

でも、それを一段と掘り下げると、どうなのか? 毒多さんは率直に書いています。

>何が不快かというと、こうした感性の者がテレビで喋り、偶然でも聞かされることになるのが不快なわけだ。

まさに、「タブーを破るな!」ですね (^_^;)

でも、こういう率直な意見表明に、私はとても好感を持ちます。なぜなら、それこそが九条を守る態度だと思うから。
愚樵
2013/05/16 11:49
愚樵さん

ちょっと自己理解のためのつぶやきのようなレスで申し訳ないのですが、、、

>橋下さんの発言は、ある意味正論なんだと思います

これなんですよね。ここがよく解らない。
「野生」には生存競争があるでしょう。はたして人間が野生ならばレイプ的行為をするのか?
もしするのを自然とするなら、そうした行為によって、秩序が乱れ社会がなりたたなくなるとして規制している、となります。人権とか道徳とか倫理とか法律とかによって規制する、ですね。では野生ではレイプ的生殖行為が普通なのかというと、多くの生物は同意(もしくは何らかの秩序)のうえで生殖行為に及んでいるようですね(ネタ元は、野生の王国とかダーウィンが来たなどのTV番組なんですが、、)。
野生ではレイプがないのですから、つまり、社会ができたからレイプが発生した、と考えるほうがすんなりと考えられる。
社会によって毒が生成された、になるわけですね。
「タブー」というのは「毒が生成されること」を認めて、かつ触れないようにする、ということ。
ワタシが「タブー」を破りTVで発言する橋下が不快と感じたのは、「毒が生成される社会を認めているから」ということになりそうです。少なくとも「毒が生成されるような生存競争社会である」ことは認識していそうです。
愚樵さんのいうところの、競争社会→戦争→慰安婦、で、毒が毒を呼ぶ世界といえそうです。毒が毒を呼ぶといえば別エントリーで進行中のヘイトデモも同じかもしれない、蛇足ですが。
毒多
2013/05/16 17:00

むかしどこかで、「タブーが多いほど未開な社会」という言葉を聞いたことがあります。「未開」という言葉は今時の言葉ではタブーかもしれませんが、いわゆる「タブー」という言葉からは原始的な集落をイメージしていて、競争社会的なイメージもあります。社会というはそこから「タブーを再度解明し、解放されつつ」発展していくのか? もとより競争社会ベースでない社会を目指すのか? もとより、、は、すでに無理で、競争をベースにした社会にあるわけですから、ベースを変えなければならない、、となるわけですね。

やはり、いずれにしろタブーを含め「社会」と向きあわなければならない。
とすると橋下はパンドラじゃなくてタブーの蓋を開けた、となるのかな。

あ、あれれ、話はかわりますが、競争社会であるのに「平等」も言われているから、「風俗」が黙認されているということかぁ? 競争で破れても「平等」に性交できますよ、みたいな。これも男本位の社会の黙認だったのでしょうが、男女平等も獲得されつつあるから、女性向け風俗もまた生まれているのだろうか?
うーむ、やっぱりよく解らん(笑)

毒多
2013/05/16 17:01
毒多さん、おはようございます。

>>>橋下さんの発言は、ある意味正論なんだと思います

>これなんですよね。ここがよく解らない。

えっと、よくわかっておられるように思うのですが? (^o^)

>橋下はパンドラじゃなくてタブーの蓋を開けた、となるのかな。

パンドラとタブーは同じだと思います。立ち位置によって見方が変わるだけです、きっと。
愚樵
2013/05/17 07:14
「売春は世界最古の職業」と言われたりしますよね。本当のところはわかりませんけどね。言われていることには間違いない。

ここの意味するところは、職業と男性社会との間には深い関係があるということでしょう。分業化された【大きな社会】は、すでにして競争社会だということですね。

で、平等という概念は、【大きな社会】の競争を緩和したか? 答えは「No」だと私は思いますね。平等の概念は、女性を男性化することで社会をより深刻な競争社会にした。

「平等は結果として平等をもたらさない」というのは、現代社会最大のタブーのひとつかもしれません。
愚樵
2013/05/17 07:32
おはようございます。

>ある意味正論

これを「解っている」のに「解らない」と言う心理が問題なんでしょうね。

その社会を否定したい、というのに発話された腹立ち。
その社会を変えられずにいる苛立ち。
いや、否定したいのに、どこかでその社会を是としているのではないか、という自己。

まず、こうした自己に立ち向かえるかどうか、が問題かもしれない、ということは解りました。結局、ずっと同じジレンマを抱えながらどうしようもなく立ち止まっている自分ってのも、付け加えるべきかな。
最近やっと「日本人は」とか「大阪市民は」とか属性への責任転嫁はやめようと思っていたのですが、ついつい自己正当化してしまう弱さが出ます。

>【大きな社会】
競争に勝つために【大きく】なっていく、という理解で間違いないでしょう。国土にしろ、人口にしろ、生産性にしろ、etc,etc, 今も、昔も。そして【毒】は、姿、形を変えより巨悪で取り返しのつかないものとなり、生成される。

>「平等は結果として平等をもたらさない」
これはNANさんとの会話にも通底しそうです。社会的弱者とされるものへの特別な補助が、競争へのスタートラインを同じものにする、とするならば【競争】をより強化している、と言える。

毒多
2013/05/17 08:43
馬脚を現すというか、本音が漏れ出てしまうのが早かったですね。
知事時代はもう少し発言に気を使っていたような記憶があるのですが、権力を手にして気が緩んでしまったのでしょうか。
R.frail
2013/05/17 22:16
>根本であるとこの戦争を肯定

読了していないのですが、面白い文章に当たったので、引用します。
ちょっと長いです悪しからず。以下引用。

〜ギリシャの都市、とくに戦争を主目的にした都市においては、金銭を獲得するにいたらしめる可能性のあるすべての労働、すべての職業は、自由人にふさわしからぬと見なされていたことだ。

(中略)若干の民主制が腐敗した時においてのみ、手工業者が市民になりえたにすぎないのだ。
これはアリストテレスがわれわれに教えるところであり、またかれはよい共和国はかれらに市民権を与えてはならぬと主張している。

農業もまた奴隷的職業であった。スパルタにおけるイロート人、クレタにおけるペリエシヤ人、テッサリアにおけるぺネスト人、その他の共和国にはまた、その他の奴隷的民族があった。

最期に、あらゆる卑しい商業はギリシャにおいて不名誉であった。
こんな商売では市民たるものが奴隷、宿泊人、外国人に対してサーヴィスをせざるを得なかったであろうから。
(中略)だからプラトンはその『法律論』において、商業に従事する市民を罰することを望んでいる。
平行連晶
2013/05/17 23:13
それでギリシャ諸共和国の為政者は非常に困った。市民たるものには商業にも農業にも手工業にも従事させたくなかった。だが同様にかれらが怠け者であることも望まなかった。それで、市民たちは体操に関する鍛錬と戦争に関係ある鍛錬とに仕事を見いだしたのだ。制度がかれらにそれ以外の仕事を与えていなかった。だからギリシャ人を闘技士と戦士の社会と見なすべきである〜

『法の精神』第一部 第四篇 第八章/モンテスキュー


これはモンテスキューが著したことであり、そのまま事実であると断定することは避けておきます。
しかし彼が生きた時代に『都市国家』或いは『市民』なるものの祖型が、どのように捉えられていたかを示す根拠にはなると思います。

それでもってこれは私見ですが、都市文明/国家を継承した現代の国家も実はそれほど変わっていないのではと感じています。
いい例がアメリカ合衆国。歴代の大統領の多くが「将軍」経験者なんですよ。彼の国は。

彼の国は橋下市長の「活用」発言をと一蹴したようですが、その理由が良く判りますよね。要は自国の『市民』を侮られたと認識したのではないか。

私は橋下市長に特段関心がありませんし、その発言にも何の感慨もありません。しかし一連の騒動で最も滑稽に感じたのは彼の国の「言語道断で侮辱的」という発言です。

笑止千万。
平行連晶
2013/05/17 23:45
平行連晶さんの引用、興味深く拝見しました。

市民とは元来、闘争の担い手である。その本質は今も現代も変わっていないだろうと思います。変化したのは闘争の相手ですね。

ギリシャのころは外敵が闘争の相手。
市民革命を経た現代では、闘争の相手は国家権力。

国家権力と市民社会はたえず闘争を繰り広げているが、市民社会が国家権力を組み敷く形で(西洋型)近代社会は成立している。その象徴が憲法。憲法は、市民社会が国家権力に対して科した契約である。

まあ、こういうことは左翼的、および国際社会的には常識の範疇ですが、日本ではまったくそうではないという現実がある。憲法を、国家が社会に対して科す契約の形へと改悪しようとしている...。

橋本「活用」発言が西洋市民社会的に見ておかしいのは、国家と社会の順列がひっくり返っているところ。橋本さんは 国家>社会 の前提に立つからこそ「(社会の一部である風俗業を)活用」という発想に至るのでしょうけど、“社会>国家”の前提では、そうした発想そのものがありえない。

現在も橋下さんはいろいろと持論を展開しているようですが、国際社会的には恥の上塗りをしているだけ、なんでしょう。


そこは現代でも変わらない。彼の国だけでなく、日本でも「市民」というと、同じイメージがあるのではないですかね? 市民運動≒闘争

彼の国の話はさておき、日本人を話題にしましょう。日本人を市民/庶民とおおざっぱに区分けします。そうすると、

市民 ⇒ 闘争
庶民 ⇒ 競争

愚樵
2013/05/18 18:29
毒多さん、すみません。

上のコメント、「彼の国の話はさておき」から以降は、削除したつもりが削除になっていませんでした。

上のコメントは「恥の上塗りをしているだけ、なんでしょう。」で終了です。
愚樵
2013/05/18 18:31
>愚樵さん

国家が闘争の装置であることから脱することは可能なのか、否か。
市民は国家権力と闘争する。こんにちその市民の多くは同時に、なんらかの企業体に所属する「社員」です。
日本の場合、戦前までは労働人口の大半は自作農や個人商店経営者で、社員(勤め人)は少数派でした。これが戦後になると逆転する。
社員(勤め人)が多数派となる。

日本の場合、国家は契約者である市民から付託された権力を直接市民のために行使するのではなく、社員を擁する各企業体、特に強大な戦力を保持する企業を保護し、これがその戦力を十全に発揮するための地ならしを専ら務めました。

そして、強大な企業体が自在に戦うための用心棒として雇ってきたのが、米軍。彼らは正しく、傭兵です。傭兵たちは強大な企業体を共産化によって解体されないために飼われていた。
幸運なことに、共産主義という脅威が存在する間は、企業体は共産化から自己防衛するために、その破壊的な膨張主義や利潤追求をある程度自重せざるを得なかった。
企業組織内に目を向けた場合、この自重は社員に対する待遇を保全する役割を果たしていた。

ところが、共産主義が自壊、事情は一変してしまった。
天敵がいなくなって、今度は企業体の破壊的な膨張欲求を制御できるものが無くなった。
国家は、こうした強大な企業にリミッターを付ける働きを意図的に避けた。
いまや企業体こそが戦闘の主体であり、彼等の力に制限を掛ければ、すなわち国家の弱体化に繋がるのだから。
平行連晶
2013/05/18 22:55
承前。
で、話は振り出しに戻ります。

かつて市民は市民として国家に対峙せずとも、社員であれば、それも強大な企業体の社員であれば国家権力の庇護を受けられるポジションにつくことができた。

だから市民にならなくても、よかった。優良企業の社員でさえあれば。
社員でさえあれば…この構図自体は現在も変わっていませんよね。寧ろ今や利潤追求・効率主義・功利主義を遠慮なく剥き出しにした企業体がその内部に厳しい参入障壁を設けることで、より鮮明に、残酷なほど明瞭になってきています。

社員になって企業のために戦えば、『市民』になれるんだ!

こんにち国家が求めているのは、こういう志願兵、優秀な志願兵ですよね。彼らを庇護することで国家は磐石となる「という夢想」が国家を支えている。
ならば社員と国家は同衾して、いずれ持ちこたえられなくなって自滅するまで稼働し続ける他無い。

彼の国が怒ったのは、橋下市長に「あんたとこの柄の悪い傭兵は、うちの商売女でも抱いておとなしくさせといてよ」と軽んじられたからでしょう。あちらは傭兵って自覚がないみたいだし。

私が橋下市長に関して奇異に感じているのは、米国の担当者に「活用」を提案してドン引きさせたというエピソードを、わざわざ定例会見だか囲みでペラペラ披瀝したことです。黙っていればなかったことになっていた話ですよね。

私は根が疑い深くてね、こういう小さなことが引っ掛かってしょうがないんです。ま、単なる勘繰り過ぎなら、いいんですけど。

私には、橋下市長はデコイに見えている。
平行連晶
2013/05/18 23:34
訂正(補足)です。

>彼の国が怒ったのは、橋下市長に「あんたとこの柄の悪い傭兵は、うちの商売女でも抱いておとなしくさせといてよ」と軽んじられたからでしょう

彼の国が怒ったのは、橋下市長に「あんたとこの柄の悪い傭兵は、うちの売春を行わない性産業従事者にサーヴィスしてもらっておとなしくさせといてよ」と軽んじられたと「認識した」からでしょう

しかし、通訳は「風俗」って意味不明な語をどう訳したんでしょうね?
日本には売春婦は存在しない(法で禁じられている)し、ヘルスだのイメクラだのピンクサロンだのという日本特有の細分化された性交を伴わない性産業って、アメリカでは発達していないはず(ソープも公式には性交は無いことになっている。実際性交しないとこもある)。
ゆえに従事者を端的に表す言葉もないと思うんですけど。

そういうわけで最初は「商売女」という語を当ててみたんだけど、この手の語に噛み付いてくる人もいるので、自粛します。念のために先回りして謝っておきます。

申し訳ありませんでした。
平行連晶
2013/05/19 01:05
平行連晶さん

まず術語の定義の問題から。

日本の場合です。平行連晶さんのいう「社員」を私は「庶民」と定義して、「(西洋的な)市民」と区別したいと考えます。

>社員でさえあれば…この構図自体は現在も変わっていませんよね。

仰るとおり。社員でありさえすれば、庶民でいられる。それが現在の(高度成長期以降の)日本社会でしょう。

少し前までは、庶民を指すのは自作農や個人商店経営者でした。しかし、こういった人々は個人でダイレクトに国家や社会と向き合っていたわけではない。地域共同体に所属していた。
それが経済のシステムの変化に沿って、所属する共同体が「地域」から「企業」へと変わった。

日本という国家が、地域であれ企業であれ、もしくは天皇を頂点にいただく日本人共同体であれ、共同体を支援する組織であるということは戦前も戦後も、そして現在もずっと変わりはありません。

(戦後の政治的な構図で言えば、地域共同体を支援したのは非主流派=田中派。企業共同体を支援したのは(自民党)主流派。つまり、自民党は企業・地域の違いはあれど、共同体に所属する「庶民」を支援し、基盤にした。「市民」を基盤にしたのは主に共産党でしょう。)
愚樵
2013/05/19 08:37
続けます。

近代以降の日本的庶民三態。

1.天皇を中心とする日本人共同体(闘争的)
2.地域共同体(共存的)
3.企業共同体(競争的)

もともとの日本人の基盤は2.です。が、現在はほぼ壊滅状態。

1.は明治以降、日本が西洋列強に対抗するために作り上げた幻想。WW2の敗戦で一端は崩壊。最近、にわかに復活しつつある。

3.戦後の高度成長期以降、興隆。現在は競争激化で自壊中。

2.が壊滅し、3.もダメになったので、寄る辺のなくなった日本人が一度はダメになった1.へ回帰し始めている。戦争が希望だとか、ヘイトデモだとかは、この流れに沿っての現象でしょう。

「庶民」の有り様が時代の流れと共に変化している。そして、「市民」は最初からお呼びじゃないんです。
愚樵
2013/05/19 08:56
橋下さんがデコイかという疑念について。

私はそんなふうには思えないです。

橋下さんが米軍を傭兵として軽んじたというのは、その通りでしょう。では、なぜ軽んじることが出来たのかというと、それは橋下さんが1.に所属するからでしょう。彼は、3.的な競争にも勝ち抜いた日本人エリート(だと自負している)。なので、余計に西洋的市民感覚が理解できないのではないか、と思っているわけです。

彼が「ドン引き」を披露したのは、自負する日本人エリートをアピールしたかったからだと(単純に)思います。彼のこれまでの言動で、市民的な感覚への理解に基づくようなものは聞いたことがないですからね。まず、無理解と断じていいんじゃないでしょうか?

彼が(意識的に)デコイを演じているならば、市民的感覚への理解がなければ不可能なはず。その理解を感じさせずにパフォーマンスをしているとするなら大したタマですが、だとするなら、もう少しやりようはあるようにも思うんですよね。
愚樵
2013/05/19 09:12
おはようございます。

お二人の会話を目を丸しくて読んでいますが、理解までにもう少し時間がかかりそいうです。
なんとなく、愚樵さんの上げられた3つの形態が総崩れして、企業にカセが掛からなくなり、ブラック企業が増え、社員になってもどうにもならない、、、、というようなことは感じていますが、もう少し咀嚼しなければならないかな。

橋下にかんしては、あらためて「活用」という、その物言い自体に、なんともグロテスクな厭らしさを感じます。この物言いが全てを物語っているんだ、と。
で、橋下がデコイかどうか、、、おそらく、橋下に意識はなく、でも結果的にそうなったというとこが現実ではないでしょうか?


>愚樵さん

すみません、コメントを訂正ができないプロバイダーのうえに、管理者として訂正するのも時期を逸してしまいました。申し訳ない。
毒多
2013/05/20 08:51
R.frailさん、お久しぶりです。コメありがとうございます。

まあもともと気を使ってモノを言うタイプではないと思いますので、いつもと同じように喋ったつもり、だったんだと想像します。
たまたま、どストライク。で、本人にストライク、ボールの意識はないんじゃないのかな。

毒多
2013/05/20 08:51
>愚樵さん

愚樵さんの考えが正しく、単なる私の勘繰りすぎならば、それでいいのですが。
橋下市長の像がうまく結べないのです。

被差別部落出身のルポライター・上原善広の記事によれば、橋下市長の父親はやはり被差別部落出身者で、博徒系のヤクザ土井組の組員であり、自殺しているとのことですね。橋下市長は幼少時、父から暴力を振るわれていたと述懐しています。

「ぼくは同和(京都の同和住宅値上げ反対訴訟)はやりません。自分は同和じゃないから、補助金をもらえず同和を憎んでます」
これは京都の解同メンバー達を前に橋下市長が言い放った台詞だそうですが、このエピソード一つとっても、彼が非常に特異な、憎悪に満ちたパーソナリティの持ち主であることが窺えます。

彼は日本におけるアウトカーストから「成り上がってきた」人物。そのような経歴の人物が、権力者の心性をより一層強く帯びるということはありえますが、私は彼に単なる権力志向とは何か異質なものを感じています。

悪意とか強い復讐心であるとか、そういう禍々しいもの。

彼の悪意の前では、「戦時性奴隷」の方々の尊厳をないがしろにすることなど、ものの数ではないのかもしれない。むしろこれを火種に、対立や緊張が強まることを望んでいるようにすら見える。

政治が「政」を「治める」意であるならば、彼の志向は治めることとは対極、敵意を高める方へ向いているように感じます。自身が敵意を浴びることも織り込み済みで。
自身すらも争いの材料に仕立てて構わないといった、そんな姿勢を感じる。

橋下市長の言動にフォーカスすると、何だか彼の悪意に取り込まれていくような気がするんですね。
平行連晶
2013/05/21 02:22
橋下市長には、人の心を荒廃させる才能というか、天分があるように感じます。

正直に言ってしまうと「興味がない」「感慨がない」というのは、私なりの心理的自己防衛です。
平行連晶
2013/05/21 02:31
平行連晶さん

なるほど、平行連晶さんが仰った「デコイ」の意味が分かりました。

私は「デコイ」をもう少し理知的なものだと受け止めたのです。市民の特性を十分把握していながら、敢えて確信犯として日本エリートを演じる余裕のあるパフォーマー・・・という感じですね。

けれど、そうではない。確信犯というは変わらないでしょうが、確信のあり方が問題。憎悪から生まれてくる、やむにやまれぬ確信。狂信的と言った方がいいかもしれません。

>彼に単なる権力志向とは何か異質なものを感じています。
>悪意とか強い復讐心であるとか、そういう禍々しいもの。

それこそが純粋な権力志向ではないかと私は考えています(私の表記ならば、【権力】志向です)。

権力志向は復讐心から生まれ、復讐心は裏切りの体験から生じる。橋下さんは裏切られた体験をバネに【エリート】へと成り上がった。

だからこそ、復讐心を満たしたい者たちの共感を呼ぶ。

そうした心性は左翼も同じです。ただ方向性が違っただけ。だからこそ、互いに憎悪しあう。

憎悪の連鎖から抜け出さない限りは、何をやっても同じなんだと思います。
愚樵
2013/05/21 05:57
おはようございます。

橋下の生育歴、、、すごいですね
毒多
2013/05/21 07:47
自分も橋下市長と同じシチュエーション(在日コリアンという以外)で生育(はじめて見たw)されてきた人間としては…

悪意あるレッテル貼りで話が進んでいると感じる

一つ言わせて頂ければ…復讐心ではありませんね

彼をつき動かすものは…

自分は人生を失敗してはならないという恐怖感♪

片親だけでなく、自分まで失敗すれば→社会からどんな目で見られるか…特に母親の人生を思うと

で、そのような環境で育つと確かに弊害はある!

他人を見る目が厳しくなります(特に弱者属性)

自分も学生時代にグレてる奴の理由を聞いては…せせら笑いをしてたし♪

ともかく、ヘイトって自分ではどうしようもない事を責めることだっけ?生まれや育ちを全面に論じられると気色悪いね…

そもそも、己の復讐心を満たす為に橋下市長を支持する者(大阪市民涙目)がいるなんて発想は→どうしたら出来るのだろう?悲しいね (゚ーÅ)ホロリ
NAN
2013/05/21 13:40
>NANさん

気色悪いですか。その感覚はNANさんのものですから、そうですかと応えるほかありません。

>飴屋法水 @norimizua 21時間

>チビと歌舞伎町の安いレストランでお茶 チビが大声で 見て〜 ゴキブリがいる〜 ゴキブリかわいい〜 と叫ぶのだった

飴屋法水氏のtwitterから引用しました。
飴屋氏がどんな人物かは簡単に調べられるので略すとして、私もチビさんと同じでゴキブリがかわいいと感じる性質です。
まあ家の中でワサワサ殖えると衛生上不都合なので、見つけ次第拉致して外に逃がしてますが、チビさんの感性はいいなあと思うし、そんなチビさんがかわいいと思うし、父親の飴屋氏もそういうチビさんがかわいくてたまらんのだろうと思います。

しかし私はゴキブリが気持ち悪い、生理的に×、大嫌いという感性も認めますし、そういう人たちが沢山いることも理解しています。

そんな人たちから、私の感受性を気色悪いと評されることも、まあいいんじゃないのという態度で、許容します。
私が好まないのは、お前のその気色悪い感受性を我々の「正常な感受性に合わせろ」と強要されること、さらには目の前でゴキブリを踏み潰されて、「お前も殺せ」と強要されることです。

ですので、私は「橋下市長に悪意と復讐心を感じる」という、私の感受性を誰かに押し付けているわけではありません。
私の感受した印象を、私の気持ちに忠実に書いているだけです。
また、私は橋下市長に感じる悪意に対して、「悪意で対峙しようと」いう姿勢は一切示してはおりません。
「興味がない」「感慨がない」は、橋下氏に対して(私が感じる)悪意に対しての防御ではあっても、反撃の構えではないことはご理解いただけると思います。

私が橋下氏に対して、悪意を示しているコメントはどこかにありましたか?
平行連晶
2013/05/21 20:55
憎悪に満ちたパーソナリティってなんですかね?

悪意ってなんですかね?

それって橋下市長の生まれに掛かってますよねw

人の批判をゴキブリに掛ける感性も、自分には理解しかねるのでこれ以上の反応は無用です(笑)
NAN
2013/05/21 21:21
承前

恐らく橋下市長の父親について書けば、NANさんが示されたような反応はありうるだろうなとは思っていました。だから書くことには逡巡があった。

敢えて書いたのは、件の上原善広氏のルポより引用した「自分は同和じゃないから、補助金をもらえず同和を憎んでます」を引用したかったからです。ここに彼のパーソナリティが顕れていると感じたから。
発言の背景について書かないと意味がわからなくなります。

ちなみに、同ルポの取材に答えて、橋下市長の伯父(父・之峯氏の弟)は「ほかにも在日とか言われているけど、そんなことない。同和や。わしもアニキも同和やゆうのに誇りもっとった」と答えています。

それと、私には、
>片親だけでなく、自分まで失敗すれば→社会からどんな目で見られるか

この感覚がわかりません。
社会からの目というものは、成功したらしたで「妬み」という形で向けられるものです。
私の親類にも事業で成功して近所から陰で色々中傷されていたのがいます。まあ、そんなもの。
むしろ失敗よりも成功の方が、社会の目はネガティブになりがちが気もしますよ。私は社会=世間の評価などどうでもいいと思いますけど。
ですから私は、その恐怖感は理解しがたいです。恐怖感がある方々はいることは、否定しません。

これは私の個人的感慨ですが、仮に橋下市長の行動原理に失敗への恐怖があるとすれば、もっと防御的・融和的かつ慎重な政党運営や自治体運営を志向するのではないかと思いますよ。

敵を拵えることを怖れないオフェンシブな言辞の数々、果断なるコストカッターぶり…むしろ橋下氏は一貫して虎の尾を進んで踏むタイプに見えますが。
平行連晶
2013/05/21 21:34
>愚樵さん
>復讐心を満たしたい者たちの共感を呼ぶ

残念ながら、これを読むと愚樵さんの見解に肯蹴る面があるように思えます。

>戦後進駐軍が今里新地に徘徊していた頃、私たち大阪の主婦は命がけで働いていた。
しかし怠惰な各国人女性達は米兵と夜な夜な遊び狂い、せしめた物品を高額な金額で売りさばき遊興していた。(中略)橋下徹さんの一連の発言や会見内容は、何の問題も何の嘘も間違いもありません。はっきり申し上げて、もっと言いたい事はいくらでもあります

「なでしこ維新の会」に掲載された、日本主婦連合会・東瀬幸枝会長のコメントより抜粋しました。
このコメントに見られる「各国人女性達」とは、占領軍(米軍)の子女や米国人女性を指すものではないでしょう。具体的な国名は伏せられていますが。

件のコメントを私なりに解釈すると、
「占領軍には力で敗北したのだから、負けを認めざるを得ない。しかし、米兵と連れ立って遊び歩いている貴方たち、私達日本人は貴方たちに負けたわけではない。にもかかわらず何故、貴方たちは戦勝国面をして、占領軍に取り入って私たちの町を我が物顔でのし歩いているのか!?」
こんな風に取れます。

自分たちが自分の命を誠実に生きているのならば、たとえ他者が強者に取り入っておこぼれに与っていようが、そんなことに囚われるまでもないと思うんですけど、私にはこのコメントに「各国人女性達」へ向けた強いネガティブな感情を感じます。

このネガティブな感情が、橋下市長の発言に対する快哉へと繋がっていることは、もはや否定しがたいです。
平行連晶
2013/05/21 23:51
訂正です。
>見解に肯蹴る
→見解に肯ける

このコメント見たら、またNANさんは不快に思うのでしょうね。
私はNANさんと会話できて単純に嬉しかったんだけど、たとえ決してNANさんを否定する意思はなくとも、私の感じていることを率直に書けば、NANさんを不快にしてしまうのだろうなあ。

私が橋下市長にレイシストだの極右だのという下らないステレオタイプなレッテルを貼らずとも、NANさんは「悪意あるレッテル貼り」と感じるのだなあ。

私が「単なる私の勘繰りすぎならば、それでいいのですが。橋下市長の像がうまく結べない」と断っていてさえも。

でも、私は自分の気持ちや感じていることに嘘はつけないのです。
平行連晶
2013/05/22 00:04
おはようございます。

いつものことですが、コミュニケーションの難しさを感じますねぇ...

ポイントになったのは「復讐心」でしょう。

「復讐心」というに記号(シニフィアン)に対して、私と平行連晶さんとNANさんが想起した内容(シニフィエ)の間には、当然のことながら差異がありますね。

私と平行連晶さんとの間の差異はさほど大きくない。だから、引き続きコミュニケーションが可能です。けれど、NANさんとの差異は、コミュニケーションが不可能なほど大きい。

まあ、これは誰の所為でもないんですけど。ネット空間に顕著な現象ではあるが、社会のあちこちに見られる現象ですね。現下、維新の会とみんなの党との間で発生しているディスコミュニケーションもこうした現象のひとつでしょう。

ディスコミュニケーションが発生すると、「正しさ」が求められる。「正しさ」への欲求はすでにして権力志向。で、権力志向は「復讐心」から生まれ。「復讐心」は「裏切り」から生じる。個が被った、裏切られたという体験ですね。意識の上に出てこない、潜在意識の領域。

だからこそ「育ち」ということが話題に上るんだけど、それは何も橋下さんだけの話ではない。ほとんどの人間は多かれ少なかれ権力志向を持つのだから、ほとんどの人間について言えること。左翼だって権力志向で、復讐心を抱えている――とまあ、こういう文脈なわけです。少なくとも私は。

おっと、そういう文脈で読まなければならない、それが正解だと言いたいわけではないですよ。どのように読もうが、それは読み手の自由。

ただ。自由といっても、それぞれの自由には理由がある。そこはまた、それぞれの育ちというところに話が及んでいく。原因を追及するならですが。

が、果たして原因を追及する必要があるんでしょうか?
愚樵
2013/05/22 05:53
おはようございます。

アキラさんの新しいエントリーとのリンクを感じます。(光るナス)
アキラさんのエントリーでは、何かをどれだけ強く言って(訴えても)通じない理由が書かれていましたが、同じ理由で意図しないことでも意図しない方向で響いてしまうこともありますね。で、「ワタシの場合」はなぜだろう、と考えてしまうのがクセのようです。
自分に響いた(特に不快に響いた)言葉は、自分のどの経験からくる価値観が不快を感じさせるのだろう、自分の育てられ方なんかも含め、考えてしまいます。
結構、原因を探るのが好きな性格のようです。ので、純粋に生育歴とかに反応してしまう。

ワタシの友人には同和出身もいますし、在日コリアンもいます、障がい者の親もいます。そうしたバックボーンから解放されている人たちで、おそらくそうしたバックボーンゆえに「解放」に至ったような気もします。障害があるゆえに成長できた、とさえ思えます。

なので橋下の生育歴に反応してしまいました。
社会に押し付けられた障害が、【バネ】になるか、〈バネ〉になるかの差異はどこにあるのだろう。

原因を追及する必要というか、プロセスが気になるのは個人的に子育て中だからかもしれません。
毒多
2013/05/22 08:12
『ディスコミュニケーション』

結論出たんじゃないですか?

この話題自体の(苦笑)
NAN
2013/05/22 09:48
毒多さん、おはようございます。

>「ワタシの場合」はなぜだろう、と考えてしまう

はい、それが当「戯れ言」のスタイルですよね。「ワタシの場合」を軸に、コミュニケーションが展開されていく。毒多さんの「ワタシの場合」の提示がまずあって、それに対してコメンテーターがそれぞれの「ワタシの場合」を持ち寄るという形。つまり、原因追究は「ワタシ」へ向かっての思索のプロセスになっている。

で、この追究が「ワタシ」への思索に向かわない場合。これはNANさんが言うように“悪意のあるレッテル貼り”に堕する。だったらば、ディスコミュニケーションが正解でしょう。

でも、です。“悪意のあるレッテル貼り”かどうかは、実は受け手の主観の問題なんですね。たとえ原因追及が「ワタシへの思索」のプロセスとして行われていたとしても、その受け手が「ワタシへの思索」を拒絶してしまっていれば、“悪意のあるレッテル貼り”としか受け取ることができない。

――以上の話は、アキラさんの新エントリーとリンクします。これからそちらにコメントするとしようかな。
愚樵
2013/05/23 06:29
おはようございます。

ブログコメ欄の根本についての問題かもしれません。
ブログ製作者の欲するがままに、どのような方向へ向かうも自由なんですよね。
「ディスコミュニケーション」になる要因は解説いただき、個々の考えの持ちようでどうするか、、ということ、またブログ運営者がそれぞれのコメントをどう扱うか、ということにポイントがありそうです。

今回はNANさんが、「この会話の流れは(NANさんにとって)おもしろくないぞ」と表明することでコミュニケーションを取ろうとしたのですが、不調に終わりました。
このブログの方向性として、「おもしろいと思う会話の流れ」と「おもしろくないと思うNANさんの感性」のどちらが「正しい」をジャッジすることにはならない。なぜ「おもしろい」または「おもしろくない」と感じるのかを思索することになる。だから、NANさんが「おもしろくないからやめろ」という感覚を真に据えると「ディスコミュニケーション」になる。他の場所では、それぞれのなかの「正しさ」をジャッジするブログもあるので、そうした次元ではコミュニケーションがとれるのでしょう(もっとも最後にはディスコミュニケーションになり、反管理者側が排除されるのが常ですが、爆!!)
だから『「おもしろくないからやめろ」をやめろ』と言っているのではなくて、話している次元が違うから、そういうブログだから、と言うしか無い。
(表現した次元について、どちらが上で、どちらが下というジャッジもしません。念のため。)
毒多
2013/05/23 08:37
>NANさん
ということで、ご理解ください。

とは別に
最後にNANさんが指摘したのは、橋下と世間はディスコミュニケーションということでしょうか。その土俵は「どちらが「正しい」のか」、という次元のようで、橋下の追加した言い訳ではそれぞれの「正しさ」についても(2-3を除き)相当歩み寄っているようですが、最初にパンドラの琴線にふれ、全否定されるほど導入が悪かったためどうにもならないでしょう。おそらく政治とか社会というのはそういう次元なのです。逆言えば、導入やら進行を計算すれば、誤ったことでもまかり通ってしまう、とも言えますね。

>平行連晶さん
今回の「橋下」のように、ときにワタシは「上辺」だけをみて判断することがあることを認めます。今回紹介いただいた彼の生育歴をみて、(多分)世間が思うような「これだから育ちの悪い者は」とは全く思わずに、ずっと親近感を覚えました。もちろん、辛い生育歴だから今のような言動も仕方ない、ではなくです。
・・・長くなりそうなので、またの機会にしようかな(笑)

>愚樵さん
アキラさんの新エントリーはとても興味を引くものです。
そちらで会話されるなら、もちろん拝見させていただきますし、場合によっては乱入するかもしれません(笑)。そのときはよろしく。

毒多
2013/05/23 08:38
橋下市長の言動も受け手の主観の問題です(泣)

そして…愚樵さんの思索は、橋下市長及びその支持者を特定の属性に当て嵌めていくことばかり!
庶民の分類からの復讐心を満たしたい者達など…(自分は復讐心を他人に任せるほど甘くないが)

愚樵さん…「ワタシへの思索」に貴方のパーソナリティが全く登場しないのは何故ですか?
NAN
2013/05/23 09:09
毒多さんへ

「止めろ」なんて思ってませんよ♪

「反応は無用」は自分の米にです!

「ゴキブリ」に例えられて会話する気力がなくなっただけで内容は…確かに誤解されそうな文章だな

そもそも…人様のblogでそんな厚かましいことを要求しません!
NAN
2013/05/23 09:23
NANさん

NANさんの上記コメントは、私の意見に同意と捉えてよいですか? すなわち、

「ワタシの思索(パーソナリティ)」がない(見えない)場合には、原因追及(属性決定)は、悪意あるものに見えてしまう。

どうでしょう?
愚樵
2013/05/23 10:04
「復讐心」以外のディスコミュニケーションの流れは同意しますよ(笑)

何か皮肉で返されそうな気がしますけど♪
NAN
2013/05/23 10:15
なるほど。では、ここへ戻りましょう。

>ポイントになったのは「復讐心」でしょう。
(5/22 05:53)

ここで言ったのは、要するに私や平行連晶さんのいう「復讐心」とNANさんが想起した「復讐心」にはズレがある、ということなんです。

もっとも、ただ単に「復讐心」と言うとき、NANさんの想起が一般的だと思います。むしろ私の「復讐心」の使い方が特殊でズレています。(そうなった理由は、要するに平行連晶さんとの話の流れなんですが、ご要望があれば詳説します)

私が用いた「復讐心」を言い換えれば「(他人からの)認知欲求」になります。認知欲求なんて、ほとんど誰もが持っているものですから、何も橋下さんやその支持者に限った話ではない、というのが私の言いたいところ。市民は市民なりの、庶民は庶民なりの認知欲求の「型」を持っている、「型」が合わないからといって反目し合うのは不毛だ、という話です。

愚樵
2013/05/23 10:36
「反目をし合うのは不毛だ」

愚樵さんのスタンス(パーソナリティ?)が見えましたので→エントリー内容に関し、愚樵さんが言わんとすることは掴めてきました

「復讐心」に関しては…

復讐心=認知欲求???
そもそも「人の心に関して型なんぞあるかい!」というのが感想ではありますが→説明は不要です

自分のスタンスとして…

「色んな意見を見聞きし→最後は自分で考える」

返信ありがとうございました
NAN
2013/05/23 11:43
悪意と復讐心について。

平野威馬雄という人がいましてね。随分昔、この人が書いた『隠者の告白』という自伝を読みました。
若い頃、平野は持病の蓄膿に苦しみ、知人である医師(だったと思う)からコカインを処方されます。医師は「使いすぎるな」と忠告したのですが、コカインを鼻腔に塗ると重い鼻づまりが雲散霧消するのと、おそらくはその薬理作用によりフランス語の難解な構文が簡単に翻訳できることを発見し、常用。完全な依存症になってしまいます。

平野は薬物依存のため妻子に愛想を尽かされ、さまざまな女性と関係を持つのですが(モテ男だったらしい)、恋人たちには必ず薬物を教え込み、嫌がる女には強要もしていたそうです。

薬物依存者というのは、彼によれば「淋しい」のだそうです。淋しいから、周囲の者を同じ境涯に引き込もうとする。また同類を容易く見分けて寄り集まるそうです。

彼は依存によって自分にとってとても大切な何か(昔はこれを何と呼ぶべきか私には判りませんでしたが、今なら判る気がします。おそらく「心の平安」)を奪われたと感じていたのでしょう。そしてこの喪失ゆえに内面に(何かを奪われたという)怒りと孤立感を抱いていた。

彼が恋人たちに薬を教え込んだのは、まだ怒りを知らぬ者に怒りを移し、孤独を移すことで「淋しさ」から解放されると信じたからではないか。
女たちが同じ喪失感を知ることで、同じ淋しさを知り、初めて一緒になれると。本当に理解しあえると。

このような喪失感から生まれる(何かを奪われたという)怒りと孤独こそが「復讐心」、怒りと孤独を他者に移そうとする意思が「悪意」。私はそう捉えています。
平行連晶
2013/05/23 20:43
承前。
ここで薬物依存の話をしたいわけではありません。
橋下市長叩きをしたいわけでもありません。橋下市長のどこに悪意と復讐心を感じているかを書きます。

「能狂言を観るような人間は変質者」(TVタレント時代の発言)

「大阪にも国立文楽劇場がある。何で三谷さんの新作をやらないの?
国立文学劇場は正統な文楽しかやらない?そんなこと言ってたら文楽は根付きませんよ。
文楽を巡っては、とにかく仕組みがおかしい。芸事なんですから、お客さんを魅了する芸でとにかくお客さんを集めなければならない」。

「一部の取り巻きがおべんちゃらを言い続ける世界。こんな世界に普通の人達が吸い込まれることは絶対にない。
文楽は大阪の大切な伝統文化だ。しかしそれを観に来ない、興味を示さない大阪の民が悪いのか?違うでしょう!なぜ客が来ないのか、その責任の全ては文楽にある」

これらは、例の文楽問題に連なる一連の発言です。ネットで簡単に再確認できますよ。

彼は大阪府知事時代に文楽を鑑賞し「二度と観ない」とも明言しています。彼は文楽を嫌悪する。能狂言を観るような人間は変質者とも言っているので、古典芸能自体に否定的なのでしょう。

私もこういう態度をとって見せることはあります。前に毒多さんに向かって、ストラディヴァリウスの音を聴き分けられるのは諏訪内やヴァシリエヴァのような特殊な人間だけで、私のような凡俗の届く領域じゃないし、需要ないじゃないかと発言したことがありますよね。

でも私は、自分や多数の人間に需要のないものは「要らない」とは思わないし、需要がない故に軽んじてよいとは、絶対に思わない。
とくに文化に属するものは、それが在るということだけで、私達を豊かにしてくれる面があると信じています。
平行連晶
2013/05/23 21:29
橋下市長は「客が少ない(採算性が低い)」「天下り」を理由に、文楽を公費助成の対象から除外しようとしました。
でも、私はこれらは、大衆の支持を取りつけるための口実だと見ています。彼の言辞の数々には、文楽を貶めたいという意図が剥き出しになっています。

古典芸能、ハイアート、純文学、或いはポップカルチャーの中でもアンダーグラウンドなものについて、これらを貶めようとする人間は、珍しくありません。
彼等が判で押したように主張するのは「売れないものはダメ」。或いは「スノッブ」。

でも本音は違うところにある。
自分が理解できないものを愉しむ他者の存在が、気に入らない。自分が理解できない、他者が愉しむものの存在が、許容できない。

これらの人、ものの存在に「心の平安」を奪われていると感じる。そのことに怒りを覚える。だからこれらの人を、ものを貶めたい。

相対的な需要の少ないものであれば、それを売り上げ至上主義の荒波に放り込んで、「ほら、やっぱり売れないじゃないか、売れないってことはダメってことさ」と冷笑したい。それらを受容する少数の人たちに、怒りと喪失感を移したい。

それが本当の動機だと私は見ます。
「売り上げ」を口実にするのは、同じく心の平安を喪失している者たちを呼び集めるためのいい謳い文句になるからでしょう。

橋下市長は政治の領域で、それをしていると私は見ます。彼は常に不和を作り出そうとし、人と人の間に敵意を作り出そうとする。
「活用」発言で米国の担当者をこわばらせる。そしてそのエピソードを自ら披露してみせる。相手の心の平安を奪ったことを誇示する。こうすることで新たな不和の種を蒔けることも理解している。

橋下市長は、人の心から平安を奪いたい。
おそらくは彼自身の心の裡に、平安がないから。
平行連晶
2013/05/23 22:01
橋下市長の慰安婦問題&風俗活用発言の騒動についてのキーワードは→ディスコミュニケーション

橋下市長を支持しない方々の橋下市長への違和感のキーワードは→復讐心

しかし、同じ「復讐心」という括りであっても…

片や橋下市長を支持する社会全体の心理を表し?

片や橋下市長のパーソナリティに絞り込んだ…正しく「復讐心」でしょう

愚樵さんの考える復讐心(個人的には、虚栄心とか別の言葉が相応しいとは思います)について→きちんと説明をお伺いしておけば良かったかも♪

という解釈で良いのかな
NAN
2013/05/24 20:08
NANさん

「このブログにおいて」という大前提は確認しときます。
心理学を深く学んだことはないので、「正しい」かどうかは解りませんが、ワタシは平行連晶さんの心理学的コメントに納得する部分があります。
NANさんは「最後は自分で判断する」ですので、安心していますが、いずれにしろ、「復讐心」というキーワードを用いて、橋下という個人を断罪せず、また橋下を支持する個々人を断罪しないようにしたいと戒めます。自分に向かうことを前提としたい。

ただ、政治家橋下の「政治家」の部分に対してはエントリーのように、物を言いたくはなるんですがね。

毒多
2013/05/25 12:01
>NANさん

自身が「承認されていない」という意識(or無意識)は、心の平安を奪うんですよ。
で、私も含めたいていの人は、どうして/どこで自身の平安が奪われた(or奪われている)のかを精確に捉えることが困難で、その不快感を他者に伝播する方に向いてしまいがちなんです。私自身そういうところがある。

義憤に溢れている人って、結構見かけるでしょ。橋下市長を叩いている方々にもちょくちょく見かけますよね。
ああいう人たちって、自身の外部の不正を正そうとするんだけど、不正があるか否かは措くとして、その怒りは概ね別の心の働きから出ている(と私は見る)。

彼らにも心の平安を喪っているという感覚がある。しかしその不快感を剥き出しで伝播させることには自身が堪えられない。だから「大義」が必要になる。
憤りは「大義」さえあれば、「義憤」になるでしょう?

でもね。受け手の側からは、その憤りは「義」にすがっているだけで、根っこは別の動機で怒ってるんだろ?って感じ取っちゃうんですよね。喪失感を「義」で糊塗しようとするのが透けて見えるから、余計に反感を覚えるんです。

繰り返しますが、私には橋下市長をバッシングする意図は無いんです。
私自身、心の平安を喪いがちで怒りや悪意に囚われがちな者であるが故に、彼の言動に頷けるところがあるんです。「この人、厄介な人だけど何となく気持ち判るわ〜」って感じでね。だから目を向けたくないんですけど。

それと、私はNANさんが「対話の構え」を持っていることにとても好感を持っています。「対話の構え」があることは、意見の同不同なんぞより遥かに大切なことだと信じています。
平行連晶
2013/05/25 16:11
>毒多さん
>政治家橋下の「政治家」の部分に対してはエントリーのように、物を言いたくはなる

橋下市長が私達の悪意や復讐心を作動させて、そのうねりを介して彼なりの世直しを進めようと意図していることは、認めざるを得ないでしょう。現状、共感や相互扶助を志向する政治家と見なすことはどうにも難しい。
橋下市長はなんだかんだ言っても影響力強いですし、言葉を通して感情を伝播させる力も強いんです。私としては出来ればその力を、皆を笑顔にする方に使って欲しいんですが…。

ですから、彼の政治手法とか志向に違和感を感じるのであれば異議を唱えることは大事だと思います。変だと思ったら変だぞと言う。

でも、何故変だと感じるか、そう感じる自分自身に真剣に問わないと、「自分の尾を追い回す犬」になってしまうでしょう。
平行連晶
2013/05/25 16:27
修整です。

>共感や相互扶助
→共生や相互扶助
です。
平行連晶
2013/05/25 16:32
ちと解説をば。平行連晶さんが提示した「心の平安」を軸に。

「政治=まつりごと」のもともとの目的は、社会を構成するメンバー全員の「心の平安」を達成することにあると思うわけですよ。

人権という近代政治の根本理念だって、そう。人権が守られると「心の平安」が満たされるというキリスト教の宗教観を背景にした文脈がある。9条だって、その目指すところはみ〜んな「心の平安」なわけでしょう? そのための戦争放棄。

橋本発言だって、「心の平安」を求めてのものだと思うんですよ。橋下さん自身とその支持者限定ですけどね。彼等は彼等で「心の平安」を求めて発言&共感しているんですけど、その行動は、共感できない他者の「心の平安」を奪うことでしか達成できない性質のもの。

「心の平安」を奪われると、人はそこに憎悪を感じる。そして、憎悪によって「心の平安」を奪われた者は、他者に憎悪と感じられる行為によって「心の平安」を取り戻そうとする。

これ、復讐の連鎖と同じ構造でしょう? この構造のなかにある限り、9条だって復讐のための手段でしかない。
愚樵
2013/05/26 08:40
続き。

政治の目的は、その社会を構成するメンバーの「心の平安」を獲得することにある。

目的を達成するためには手段が必要ですが、宗教や戦争はそのための手段だと考えればいい。特に、闘争(生存競争)が前提の社会では、戦争は「心の平安」獲得のための必須の手段でしょう。

もうひとつ遡りましょう。

政治は社会があってはじめて必要になるもの。では、社会はなぜ必要なのか? 共生のためでしょう。共生しないと人間は生存競争に勝ち残れなかった。政治は、共生のための社会を円滑に運営する必要性から生まれた。個々人に「心の平安」がない社会が円滑に運営できる道理がない。

翻って現代社会。生存競争のためにやむを得ず必要だった社会間の闘争が、社会を構成する個人のなかに内面化されてしまった。このような競争社会では、個人は日々「心の平安」をすり減らしながら、社会の中で競争を繰り広げている。そんな社会のなかで血縁でつながった家族は、数少ない「心の平安」の補給場所だったはず。なのに、その家族ですら、もはやその機能を失いつつある。

橋下さんはそういった社会と家族から生みだされた、代表例。だから「エリート」なんですよ、彼は。
愚樵
2013/05/26 08:56
「心の平安」かぁ、、、いろいろ考えてしまうなぁ。
「競争社会」に飲み込まれ「勝ち」でしか「心の平安」を得られないとするなら、それが長続きしないのは理だしねぇ。
 橋下君の心の平安はどこにあるのだろう、と考えて進言してあげても、彼は拒否するんだろうね。孤独そうだもの。競争によって自分で【心の平安】を勝ち取るから、てめえのような負け犬の進言なんかいらねーよ、とか言いそう。
 でも橋下君だけじゃないな、家族も積極的に「競争原理」に飲み込まれようとして、子どもにもそう仕向けているしね。子どもなのに「心の平安」が得られない行く末が怖いよ。ああ、だから橋下君の生育歴が気になったわけだ。

 それでも、やっぱり「競争社会」でしかありえないのか?
 うーん、問題だ。
毒多
2013/05/27 11:56
たかじんNOマネー「生放送スペシャル!朝鮮半島まるごと徹底討論!」

日本維新の会、橋下共同代表の慰安婦問題発言や韓国メディアの「原爆は神の罰」報道。そして飯島参与の電撃訪朝など朝鮮半島を巡る話題で持ちきりの今、その筋のスペシャリストたちを緊急招集!
日米韓中北、各国の思惑や報道されない裏側を大暴露&大激論!

【メンバー】大谷昭宏 池田信夫 須田慎一郎 富坂聰 高英起 朴一 水道橋博士 眞鍋かをり

(6月1日テレビ大阪)

ユーチューブで、「メディアvs視聴者 橋下発言電話投票NOマネー」で検索すると見れます♪

★橋下発言をどう思う?

[中間発表]
問題あり:1463票
問題なし:4929票
[最終発表]
問題あり:2011票
問題なし:7713票
http://live2.ch/jlab-fat/s/fat1370059529139.jpg
http://live2.ch/jlab-fat/s/fat1370060759457.jpg
※スタジオメンバーは全員が問題ありに投票
※投票中、彼等は激しく橋下バッシング
※スタジオは問題あり→[視聴者投票募集]→募集中は橋下非難→[投票結果発表]→スタジオの左翼・在日らは凍りつく

又、同日の関西テレビ(フジ系列)の番組では…橋下市長の慰安婦発言に対して大阪市内で道行く方にアンケートを取り→結果、男性80%・女性70%が市長に賛同するという結果が出ました(驚)

さて…一連の騒動に橋下市長のパーソナリティ(生育もw)が、どれほど影響しているのだろう?
NAN
2013/06/02 07:46
【訂正】

関西テレビのアンケート結果は、慰安婦発言に対し賛同したのではなく…慰安婦発言後も橋下市長を支持する人の割合です
NAN
2013/06/02 09:38
ずっと昔、3年間ほどですが大阪に住んでいたことがあり、やしきたかじん、という、♪やっぱ、すっきやねん♪という情緒をうたう「歌手」を知りました。この名前が看板のテレビ番組ということで懐かしさのあまりチャンネルを合わせたのですが、その空気に、気持悪くなり吐き気を催し、まったく受け付けず以後見ていません。(今ではすべてのテレビの討論ワイドショーは全く見ていませんが・・・、くだらないと感じています)
メンバーも、最初の二人と後ろの二人の名は知っていますが、前の二人に教えられることはまったくありませんし、後ろの二人は何かまっとうな主張ができるのですか?

で、こういう番組を見る人対象のアンケートの結果ですから、、、、と、書こうと思ったのですが、スタジオは橋下発言に批判的だったんですよね? 反対の理由が石原的な理由だったってことはあるのかな?
あ、アンケートは橋下支持か否か、、、ってことか。
問責も否決されましたねぇ。なんとなく出直し選挙をしても橋下が選ばれるような気はしていたのですが、、、
あの発言は、視聴者にとってそれほど問題ではないってことかもしれません。
それにしても、橋下と創価学会で過半数をしめる大阪市議会って、、、、爆!!
毒多
2013/06/03 10:11
でご質問にもどりますと、このブログでは橋下発言と橋下のパーソナリティの関連を考えましたが、橋下を支持する多数のパーソナリティ(生育歴)が橋下のパーソナリティ(生育歴)と同じとは考えにくいので、「支持」と「橋下個人のパーソナリティ」からでる「発言」と結びつけるのはなかなか難しいのかもしれませんね。
でも「発言」にいたる何かと、「支持」する深層心理とか、大きな括りでの社会的バーソナリティ、支持が多数になる土壌・歴史との関連は、あるのかもしれません。
それが「悪いのはボクチャンだけじゃない」という子どもっぽいものでないといいのですが、、、。しかし「悪いのはボクチャンだけじゃない」ってのはまだマシなのかな? 「ボクチャンに全く悪いとこはない、でっちあげるなぁ」ってのは、流石にねぇ。


毒多
2013/06/03 10:12
「そこまで言って委員会(読売テレビ)」等と…ごっちゃにしてません?

>こういう番組を見る人

大谷氏を中心に自分達で番組を回しておきながら(たかじんは休養中)→同様の事を口走ってたw

自分の意見を『民意』と強気に主張する方々が…視聴者に否定されると→大谷氏を中心に動揺しまくってる反応が面白くて紹介してしまいました♪

それはさておき(何が)

橋下市長の政治姿勢は…ウヨピーからは『サヨっち』と言われていますw

[主な内政・外交課題に対する市長のスタンス]

★領土問題→北方四島・竹島・尖閣は共同管理に
★慰安婦問題→国による強制の証拠は無いが…日韓基本条約にこだわらず、慰安婦の方々には再度謝罪し、補償も視野に!
★原発再稼動→稼動反対
★人権擁護法→賛成表明
★外国人参政権→「在日コリアン」だけに与える

しかし…サヨっちは『ウヨピー』と言って敬遠!
じゃあ…『中道』か?と言えば絶対に違う(怒)

市長に「違和感」とか「嫌悪感」を感じるのは…

本当は橋下市長自身に→
内政・外交・歴史認識等に確固たる信条が無く→
「その時に民意の多数派と思われる意見に同調しているだけ」という姿勢が皆さんに透けて見え→
そうであるにも関わらず様々な政治課題に対し→自分に都合の良い「民意」を振りかざしチョッカイかけるからだと思われ(市長だけではないが)

そして、その「民意」の正体が…米欄で展開された内容なんでしょうか♪(生育歴は認めないが、復讐心は…悩むなぁw)
NAN
2013/06/03 22:53
>ごっちゃにしてませんか?

はい、してました。で、提示の番組はみたことないのですが違うんですか? >ごっちゃにしてませんか?と、仰るところをみると、違うんでしょうね。

スタジオの意見と視聴者の意見が真っ二つに割れた、ということで、マスコミの世論操作が明るみに出た、となるのでしょうか?

ワタシも
>こういう番組を見る人
なんて言ってしまいましたが、熱心に情報を集めるということでは評価されてもいいのかなぁ、しかも金を払ってアンケートに答えているわけですから、、、。とはいいつつ、ワタシも、「ローカル」の「テレビワイドショー」の問うアンケートの数字を信じたくないという偏見は拭い切れない、というのは正直あります。まぁワタシの考えてとアゲンストの結果だから、とやかく言ってしまう自分は知っていますが・・・笑

毒多
2013/06/04 08:45
>(橋下は)ウヨピーからは『サヨっち』と言われています
結局、橋下は、サヨっちからもウヨピーからも信頼されてない、、、ということになるのでしょうか。
そうした上で、大多数に支持されるところをみると、サヨっちやらウヨピーが如何に少数か、を物語っている、となりましょうか(爆!!)
橋下の評価は、ポピュリズムでいいんじゃないですか?
小泉以来サヨっちのポピュリズム批判は定番になってますが、ウヨピーについてもポピュリズムは批判されるものなのかな?
ポピュリズムがまかり通り社会情勢ってのは思索のテーマにはなるんでしょうが、、、難しいな。コメ欄がどこに沿ってどういうテーマでなんてさらに難しい、、、すみません。

今朝のテレビでは、橋下は「オスプレイ訓練飛行の大阪招致」ってのを言ってました。またいろいろなエントリーがあがりそうですね。きっとそのなかに「より刺激てな発言をして従軍慰安婦発言を霧散させたい」ってエントリーもあるでしょうね(ははは)。

個人的にはオスプレイ・・・ひいては米軍・・・つまりは戦争・・・さらにはそういう社会形態を否定しろよ!! と言いたいのですがね。

いずれにしろ、橋下が話題につきない人ってのは認めます。

毒多
2013/06/04 08:45
「心の平安」について。

コメントに用いた、「心の平安」という表現ですが、私はこの言葉をある経験を通して得ました。
一匹の蝶から教えられたというか、まあそんなところです。
これで自分の心の状態をわかり易く表現できるなあと思っていたのが、先日安冨歩氏・編訳の『超訳 論語』を読んでいたところ
「君子は心が平安でのびのびとしている」
という一節が目に留まりました。

ちょっとびっくりしました。
それほど特殊な表現でもありませんし、たまたま同じ言葉を得ただけのことに過ぎないと言ってしまえばそれまでなのでしょうが、こういう偶然をタイミングよく確認できるということも、ひとつの縁なのかもしれませんね。

余談ですが、安冨氏は『平安ネット』というサイトを立ち上げられたようで、こちらでは「魂の平安」という表現が用いられています。こだわりのある言い回しのようですね。
sites.google.com/site/pingannettowaku/
平行連晶
2013/06/09 09:37
余談です。ほんとうの余談です。

いま23区住まいなんですが、わりと色んな生き物が玄関(表)に来ます。つい先日はカマドウマが玄関にいた。上京して長いですが、初めて東京でカマドウマを見た。驚いた。界隈にはヒキガエルが沢山いるし蝙蝠も飛んでいるし、カマドウマがいてもおかしくはないんだけど。

前に住んでいたところでは、玄関にカミキリムシがいました。そのカミキリムシがなんか凄くて、顔が左右非対称なんです。
片面は眼が無くて、眼のあるべき場所から触覚が生えている。もう片面は眼はあるんだけど触覚がない。でもって大顎が片側しかない。

手元に置いて栄養ドリンクを飲ませておいたら1週間くらい生きてたんですが(カミキリムシは概して短命)、たぶん畸形のために直進できない。常に同じ方向へグルグル旋回している。これでどうやって私のとこにたどり着いたのだろうと、不思議な気持ちになりました。

それで、何で橋下市長についてのエントリに虫の話かというと、この方は虫のこととかあんまり気にかけたことがないのじゃなかろうかと。
常に人間のこと、人間の関係/活動(利害関係とか恋愛関係とか、そういう人間と人間との関わりから生じる諸般の事象)しか視界にないんじゃないのかなあと。
これはエコロジー/自然保護みたいな卑小な話じゃなく、あらゆる存在を総体として捉えたとき、人間はそのごく一部に過ぎない。しかしその中で人間の関係だけを突き詰め先鋭化していくと、結局は橋下市長(かその鏡像、或いは陰画)のような視点に行き着くしかないのじゃなかろうかと。

橋下市長に反感を覚える人も、その囚われ方によっては彼の同類の域を出ないように私には思えます。たとえば「自然との共生」なんて概念は持っていても、目の前の虫には何の関心も持たないような。これは私の偏見に過ぎませんけどね。
平行連晶
2013/06/09 10:21
訂正。
×→触覚
○→触角

上記のコメントはあくまで私の偏見に過ぎないんで、あまり真面目に捉えないでください。
でも、私は花鳥風月(園芸や公園緑地、愛玩動物は含めない)の話題がほとんど無い人に対しては、あまり信を置きません。
毒多さんのウオノエのエントリは、良かったと思います。
平行連晶
2013/06/09 12:08
平行連晶さん、こんにちは

コメントを読んでいて思ったのですが、橋下から感じられるのは「常に人間のこと」だけにさえあらず。人間のことでさえ、「ネタ」として薄っぺらなものに聞こえてしまう、ことのような気がします。「利害」「恋愛」そのものを深く追及するのではなく、単に政治パフォーマンスの「ネタ」に、、、つまりは、いかに自分がスターでいられるか、いかにトリッキーな発言が話題になるのかの追及でしかない気がします。

ワタシもエントリーを量産しなければならない、というような強迫観念に襲われていた時期は、いかに話題が呼べるネタを転がすことができるか、に囚われていた気がしますので、橋下のことをとやかく言える立場ではないのですがね(笑)

橋下のようにネタでなくても、自然にかんしても、エコのように人間との関係としてどう見るのか、と「そのもの」をじっと見ているのでは、本質的な違いがある気がします。

ワタシは生物好きなんですが、あまりそのものでエントリーはしないかな? ウオノエとウチワエビとスッポンとワラビとブラックバスとアルバムでは「壊された世界」etcくらいかな(笑) ほとんど、社会ネタと関連付けてピックアップしているなぁ(再笑)
毒多
2013/06/10 11:54
そうだ、カミキリムシといえば、昨年、家の前にルリボシがいて、捕まえました。憧れのカミキリであり、生まれて始めて出会ったこともあり、感動しきりでしたことを思い出した。
毒多
2013/06/10 11:55
>ルリボシ

ルリボシ、いいですねえ。オオルリオサムシ、ヤマトタマムシと並ぶ甲虫界のスター錦野じゃないですか。
私は図鑑でしか見たことがありません。

まあ虫好きにもベルトコンベアー発言の鳩山邦夫氏みたいのがいるのが、困りものなんですけどね。
人間由来の「お約束の束」の世界から視点をずらすことで、ひとつ世界の捉え方が変わるってこともあるんじゃないかなあと思いますよ。


何だかつまんない話に付き合わせてしまって、すみませんでした。
平行連晶
2013/06/11 03:05

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「従軍慰安婦は必要です」・・・こんな橋下が9条を変えたがっている   毒多の戯れ言/BIGLOBEウェブリブログ
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