毒多の戯れ言

アクセスカウンタ

zoom RSS 「格付けチェック」・・・微妙な違いを大きく引き出す、感じる

<<   作成日時 : 2013/01/05 10:09   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 11

 2013年初エントリーもまたまた「格付けチェック」ってバカTV番組ってさ。3年連続で初エントリーするような番組じゃないとは思うのだけど、毎年同じ番組をみているという変化のなさの自虐と、見ていられるという平穏と、同じ番組からどれだけエントリーを展開できるかというチャレンジでもって、初エントリーのネタに選んでみた。
 いやいやいやいや、見続けるということは発見もあるもので、ガクトが連勝中なのだけど無口で自信満々だったガクトが、「違い」について語るんだよね。
 そんなんを観ていて、ああ、この人は「違い」がわかる男なんだ、っていつかのコーヒーのCFじゃないけど、そんなことを思ったわけ。「違い」が判ると、それが好いというのは別だろ、とグダグダいうワタシは今年“も”ストラディバリウスを外して違いが判らなかった。なんで、判らないのだろう、と考える。でね、例えば音であれば「絶対音感」ってのがあって、これは訓練で聞き分けられるのかもしれない。で、安い練習用バイオリンもストラディバリウスも、プロの演奏家が同じように演奏しているわけだ。もちろん同様に演奏して「絶対音」が出ないような、楽器として成り立っていないものでは話にならないけれど、安くとも少なくとも「絶対音」は出せる楽器であれば、それ以外の何かが「違い」になる。深みとか、ビブラートとか、の「違い」が判るのもの訓練か、経験か、なんだろう、とは思う。ストラディバリウスの歴史を勉強しても、材そのものとか時間をおいたうえでの乾燥度と振動を勉強しても実際の音の「違い」は判らないと思うから、やはりどれだけ聴いているかの経験値なんだろうなぁ。そしてどれだけ聴いていても、ストラディバリウスを聴いていなければストラディバリウスかどうかは判らない、ということと、違いが判っても、それを心地良いとか気持ち良いとか感じるのはまた別であり、奏者によって違うことも考えれば、奏者が心地良い楽器と演奏が、伝わるかどうか、共感を得られるかどうかが、問題になってくるのだろうな。
 「年越し」になってしまうが、これは味覚も同じように言える気はする。
 味覚は、訓練によって違いが判るのかな? 前エントリーの本の著者は、消費者の味覚が愚鈍になっているのも、生産者がダメになる原因なんだ、、と、言っているが、結局はストラディバリウスを聴いたことがない、ということと同様に、味覚を鍛えられる機会がないこという悪循環がおきているのだろうか?
 そうかなぁぁあ? たとえばワタシなんか、甘い物が苦手であまり食べない。つまり甘みに対して訓練されていない。それがかえって甘いものに敏感にさせている、ってことがあるんだよね。甘さの「違い」を感じ取れるわけ。そして心地良い「甘さ」があることも知っている。で、おそらく微妙な味の違いが判る、ってのは工場生産の均一的味付け製品(調味料)によって犯されていない食材本来の微妙な味の違いが大きく感じられるって能力だと思うのだが違うのだろうか?
 ストラディバリウスと練習用バイオリンの違いも微妙だと思ったワタシが言う、爆!!
 おそらく、この微妙な違いを「感じ取れる」かどうか、が技能なんだろうと想像する。優れた演奏家は楽器演奏の技術だけでなく、ストラディバリウスの微妙な違いを引き出す技能があり、前出の本に紹介された農家は野菜のもつ本来の味を引き出す技能がある、ということなんだろうな。
 微妙な違いを大きく引き出し、微妙な違いを大きく感じるということとはどういうことなんだろうね。違いが判らなくても生きていけるけど、判るほうが豊かになるということか、、、これまでのように判らなくても生きていけるのか、それとも、これが判らなければ生きていけない環境に人間が変えてしまったのかは、これから先、明らかになっていくのか、ということを考える年頭ということで、今年もよろしく。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
 明けましておめでとうございます。このブログはたまにROMしていますが、コメントするのは初めてか、もしくは何年振りかだと思います。もう忘れられているかもしれません。「格付けチェック」のストラディバリについて書かれていたので一言。私は小さい頃に楽器を習っていましたが、テレビ音声から違いを聞き分けるのは無理ではないでしょうか。生で聞けば、少しはわかるかも知れないと思っています。遙か昔、楽器屋さんでバイオリンを選んだことがありますが、響きとか音の伸びとかに明らかな違いがありました。
MEDAMA
2013/01/06 00:41
 音だけでなく、肉や料理やワインも、視聴者には判定できない。生け花と演出だけは、視聴者にもそれなりに見てわかる部分がありそう。基本的にはスタジオの出演者の反応を見て面白がる番組だと割り切って、私も見続けて3年目。ガクトはすごいな〜。同じパターンなのでそろそろ飽きてきて、来年は見ないかも知れません。もう一つ面白い番組が、「とんねるずの“スポーツ王は俺だ”」。テレビを見ても滅多に笑わない私が、声を出して大笑いしてます。もし見てなかったら、来年は見てみてね。特に卓球とテニスが面白いですよ。
MEDAMA
2013/01/06 00:54
あけましておめでとうございます。
本年も適度によろしくお願いします。
最近ますますテレビ嫌悪症の私は当該番組を見た事はありませんが、やはり違いを認識する能力は個性(能力)と経験なのでしょうね。
どちらが優位と言うわけでは無いけれども、両方を備えれば先ず最強ですよね。
すぺーすのいど
2013/01/06 07:29
MEDAMAさん、おめでとうございます。
ROM、コメントありががとうございます。
コメント頂けるのは2回目かな。それ以上に他所のどこかで出会っている気がするのですが、どこかが解りません。

テレビを通しては判らないのは以前も指摘された気がします。でも、生で聴いても判らないと思うのは、ワタシは生のストラディバリウスも聴いたことがないからです。
前のエントリーからの続きでいけば、特に聴く訓練がされてなくても、アキラさんのいう、誰もが「美味い」と感じるぐらいの、「好い」を感じられればストラディバリウスの価値なんでしょうが、、、、

「とんねるずのスポーツ王」も見てますよ(笑)。今年は飲みながらだったので、ほとんど記憶にありませんが、、、
卓球は、ワタシが愛ちゃんファンということもあり、もうちょっと見たかったなぁ、、、という感じです。バラエティに出ている愛ちゃんはかわいい!!

毒多
2013/01/06 09:41
すぺーすのいどさん、おめでとうございます。
今年もガッツリよろしくお願いします(笑)
最近のブームが「技術」と「技能」なんですが、ある程度「技術」がなければ、「技能」の習得も無理なのかも、とこのエントリーを書きながら考えています、、、、、
いやいやいや、天才にとっては技術已然に技能が発揮されるのか。ちゃうちゃう、本来、人には技能は備わっているのだけど、文明によって削がれてしまっているのではないか、、、とか。
それにしても、バイオリニストの技術と技能と比較して、「生きるための技能」ってなんだろう? とか、思索したいことは多いです。
まぁ、ぼちぼちいきます。今年もよろしく。

PS そういえば「カンタ!ティモール」も、もうすぐかな? 監督もこられるようで、、楽しんできてください。

毒多
2013/01/06 09:41
1714年製ストラディヴァリウス「ドルフィン」を与えられている諏訪内晶子はこんな風に言ってます。
「桁違いの楽器というのは耳元で聴くと、必ずしも良い音には思えないんですよ。それが演奏すると素晴らしい音になる。最終的には奏者の個性や相性なのでしょうか。ストラドの不思議なところです」

一方、他者からはこんな発言も。
「1690年のイタリア・ミラノ製ですが、名前は不明です。状態が悪くて実家に置いてあったのですが、邪魔だから持っていってと母から言われて。ウィーンの工房の方がとてもよい楽器だと言うので、2年もかけて直してみたところ、驚くほど良い音が出るようになりました。だから今まで借りていたストラディヴァリウスなどは全て返却してしまったのです」
こちらは最近私が気に入っている気鋭のチェリスト、タチアナ・ヴァシリエヴァの言葉。
無銘の名刀、銘刀に勝れりといった趣でしょうか。

私は基本的にニューウェーヴ / ポストロック / アンビエント・ドローン指向でクラシックの善し悪しは楽器を含めまるで分からない門外漢なので、彼女達の言葉を引用するに留めておきます。いずれにしても「桁違いの特殊な人間の言葉」です。私にゃ無縁の領域。

味覚とは異なりますが、一流の調香師などはその超感覚的なまで精緻な嗅覚を維持するために、生活空間における雑多な臭いから自身を徹底的に切り離す尋常でない暮らしをしてますよ。
技能というものは、そのくらい自身を徹底的に追い込んだ果てに見出せる(かも知れない)ものじゃないのかしら。
平行連晶
2013/01/20 15:44
年末年始、里帰りして実家で過ごしました。
母方の実家は離農して工場経営。他方父方の実家は今でも専業に近い自作農です(ただし父方の祖先は武家で、藩主に仕えつつ野良もやっていた模様。家紋は桔梗)。

父方の実家で採れた野菜を食べながら、父母と「昔と野菜の味が変わったよね」と会話。
親子共に「変わった」という感慨は共有。ただし母の幼少期には既に農薬が使われていたとの由で、伝統的な技能に則り育成された「本当に美味い」野菜の味は父母共に知らないと思われます。
故に上記の「変わった」は品種改良・品種転作によるものではないかというのが父母の述懐。全体に甘くなったというのが父母の印象です。

ともに昔日の野菜の味を求め懐かしむ風は皆無。

クラシックにおける音色や演奏の質を判らない人がいて、しかもそれで別に不便をかこっているわけでもない。
野菜の味が変わったと感じる人がいて、それでいて味に不満があるわけでもない。ただしこちらには土壌汚染や化学物質の恒常的摂取による弊害が疑われる。

健康被害というハザードを除き、嗜好性のみを俎上に置き技術→技能への転換を語ることは、可能ではあると思います。
しかし、クラシック別に聴かないし俺分かんないよって人に、これが本当に良い音と言ったところでなあ…と思ってしまう私がいるわけです。まず需要ないじゃないってお話。

野菜の味も同じく。
話としてはとても面白いんですけど。
平行連晶
2013/01/20 16:29
こちらへも。

とりあえず、例の本の著者がいう「美味い」を食ってみたいなぁ、というのが今の気持ち(笑)。それとストラディバリウスの生も一度聴いてみたい、とも。実際に生で食ったり、聴いたりしないとお話にもならないのかも。
前のエントリーは、著者を全面的に信用する前提のエントリーです。

ところで、エレキ(ギター)の音の好い不味いって分かりますか? ロック好きなんですが、実は全然わかりません。これが生で聴いてもわからないんですよ。ブルース、爆!!
毒多
2013/01/21 17:25
平行連晶さんの「一流の調香師などは〜」に納得です。宝石鑑定などでも、いいものばかり見ていると何となくニセモノがわかるようになるのだとか。いいものも悪いものもごちゃ混ぜに見ているとダメなのかも。清原・石田・梅宮氏も、ず〜っと超高級ワインだけを飲み続けていればそのうちわかるようになるのかも知れませんが、なかなかそうもいかず、普通のワインも飲んでおられるのでしょう。かくいう私は味覚に関しては絶対わからないという確信に近いものがあります。それでも、安いものでも美味しいと感じられるのは幸せだと思っています。
MEDAMA
2013/01/22 20:09
>エレキ(ギター)の音の好い不味い

ロックというかもっと広義の「ポップミュージック(ノイズ・インダストリアル等も含む)」の領域では、いわゆる審美的な物差しから逸脱していることや反逆することに妙味があるのではないでしょうか。
ファインアートに対する冷笑・敵愾心。

ですから、「好い不味い」という判断自体が無効あるいは無意味に感じられます。
私はギターでもベースでも良いんですけど、「好き/無関心」のどちらかだけですね。「好い/不味い」は考えたことがありません。

少なくとも、私に不快感を感じさせるまでにインテンシブな音なら、それは私にとって寧ろ「好ましい音」です。私の知覚や意識に対する影響力を備えているわけですから。
平行連晶
2013/01/22 22:12
バタバタしてます。

確かに調香師の話は面白いですね。
徹底的に「人間:システム」から切り離す、と聞こえます。技能のベクトルはシステムの中枢から離れていくベクトルと符合する。
さらに、技能が天性のものだとすると、さらに話が深くなる(これはもうひとつの方でレスしよう)

エレキギターの音は、好い・不味い、と議論しているのを散見しますが、ワタシには解らないのは「技能」がないのだろうか? ということで伺ってみました。
心地よい、に対して、それを壊すというか、カウンターを浴びせる(カウンターカルチャー的)ってのは、どういう構図になっているのだろう、と新たな疑問。調和を目指すシステムを壊し、システム外へ向くのか、「カラダ」に何か働きかけるのか、、、いずれにしても、面白いです。

毒多
2013/01/25 08:17

コメントする help

ニックネーム
本 文
「格付けチェック」・・・微妙な違いを大きく引き出す、感じる 毒多の戯れ言/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる