毒多の戯れ言

アクセスカウンタ

zoom RSS 「無人島ラプソディ」・・・esよろしく被験者になる

<<   作成日時 : 2012/08/27 16:20   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 3 / コメント 16

 全く何も考えず、つまり無思索のままサヨっちブログからも距離をとり、テレビの民放とか2チャンの「痛いニュース」ばかりを見続けるとどうなるか、という実験の被験者に自らがなるというesっぽいことをやった。「やった」とはウソで、なんとなくそんな生活がつづいた。すると不思議である。たとえば韓国のアホ大統領の言動にイライラしてくる。韓国のバカサッカー選手を張り倒したくなってくる。なんとかという韓流スター?を海に沈めたくなってくる。中国活動家のバカさ加減を罵りたくなる。中国で反日デモをして日本車を転がしたり日本食の店を襲撃したりする反日分子をまとめてしばき上げたくなる。これマジでesである。(話はズレるが反日中国分子wwwによって壊された日本車や日本料理店はぜったいに壊したヤツの所有物じゃないな。自分のものであれば壊さないだろう。そしてきっと暴れて壊しまくったヤツもmade in japanのひとつやふたつは持っているに違いなく、それを壊すことはないんだろうなぁ、、、これは別に意味でズルイなぁと思う(笑)。)

 通常、国家などという意識にない存在が顕在化し、ワタシにとっちゃどうでもいい、つまり誰のものであってもワタシにとっちゃなんの影響もない無人島を「横取り」されることにイライラするんでes。もちろんワタシと同じ立場だろう、つまり無人島がどの国家に属しようがなんの関係もないだろう韓国、中国庶民がムキになって国家ナショナリズムを発揮するがごとく、ワタシも日本「国家」という虚無に侵されているわけだ。たかだか1ヶ月ほどesやっているだけでこんな実験結果を得ることができるってのは、なかなか凄いと思う。
 さすがに「日本」側のアホが南の方の無人島に上陸したときは、実験でes状態から覚醒した。ありゃりゃ、やはりでてきた名前が田母神に山谷か、爆!! あっちの活動家に対抗するということは、さしずめ日本の「活動家」というところだろうか? なんとなくそこに「活動家」という言葉をつかってほしくないのだが、いやいやここは真摯に「活動家」を思索しないといけないことは解っているのだが(笑)。

 さて田母神、山谷のおかげでesから解き放たれた。そいう意味では彼らにも存在価値はある。解き放たれてからもテレビを見ていて印象に残っているのが、韓国の「教育」の紹介である。どうやら学校教育のなかで、「誰が何と言おうと独島は我が領土〜♪」(不正確かもしれない)という歌が教えられ、絵画では日の丸やら日本列島を攻撃するようなニュアンスの絵がほめられる、というような紹介がされていた。これが本当かどうかは知らないが、もしこんな教育がされているなら、子どもの情緒発達にとっては不幸極まりなく、例のサッカー選手や韓流スター?や大統領のような人がいることに納得する。esよろしく一ヶ月で彼ら同様になった被験者がいうのだから間違いない。しかし多かれ少なかれ「国家が国家のために行う教育」は日本とて例えば前出の韓国同様であることは自覚しなければならない。とはいえ日本においては韓国ほど直接的な教育がなかったはずなのにある種の日本人の反韓具合が韓国の反日のそれと同じなのは、かならずしも教育が問題ばかりじゃないのかもしれない。むしろesかも。そういえば、韓国のなかにも「反日〜!!」とさけび日の丸を踏みつける人ばかりじゃなく、冷静に「そんなもん(島争奪戦)政治ショーでしょ、たいがいにしないとね」と言い捨てる女子学生が映されていたな。とすると必ずしも国家教育がすべてではなく、そこから再思考することはできるわけだ。自ら思索できないものが国家教育のまま流されることになるんだろうなぁ。つまり、なんでも「教育のせいだ」というのは間違いだな。

 実験後もサンデーモーニングという政治ニュースショーをみていて、着物をきたオバサン学者のコメンテーターが言っていた言葉は、他のコメンテーターに無視されたのだが、唯一まともで、es以前のワタシesから覚めたワタシと同意見だった。たまにはまともな人も下らぬテレビショーにでているんだと感心した。

 島も海も土地も資源ももともと誰のものでもありません。人間のものではありません。

 まったくもってその通りである。この前提を忘れたバカばかりだから揉めるのである。この前提を忘れている人は、esよろしくある実験の被験者になっているということを自覚しなければならない。ケケケ。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス

トラックバック(3件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
尖閣、竹島、北方領土 67年経っても戦後処理が出来ない日本の不幸
『東方の蓬莱島に向かった紀元前3世紀の徐福の伝承』 ...続きを見る
逝きし世の面影
2012/08/28 15:57
分けないことにはわからないが分けてもわからない
『世界はファジーに出来ている』 ...続きを見る
逝きし世の面影
2012/08/28 15:58
悲劇の絶滅動物
(1936年9月7日に死亡した最後のタスマニアタイガーのベンジャミン) ...続きを見る
逝きし世の面影
2012/09/07 13:59

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(16件)

内 容 ニックネーム/日時
東京都の尖閣購入を批判して野田佳彦内閣に更迭される丹羽大使の車が襲撃されたそうですが、なんとなく日中友好を唱えた加藤紘一元幹事長や日朝交渉を行っていた田中均審議官の家が放火された事件を彷彿させる嫌な事件です。
この暴漢ですが、大使館公用車の日の丸を引きちぎりながら『シナ、ババア、三国人、政府に吠え面かかしてやる』と呟いてたとか、いなかったとか。
宗純
2012/08/28 11:39
宗純さん、おはようございます。

テレビの報道では、石原、田母神一派、中国民衆デモなど敵愾心を煽る過激な者たちがニュースバリュになるのか、無関係(正常な無関心)な者を煽っているような気がしてたまりません。
冷静なコメント、意見こそが価値(ニュースバリュ)をもつ気がしていますが、そうした映像はほとんど流れません。
実は冷静な者が大多数だと信じたいものです。


毒多
2012/08/30 10:20
個人的に注目しているのは、尖閣/竹島に隠れてほとんど埋もれてしまっている「沖ノ鳥島」です。
「これはどちらの国に属する島であるか?」という問題は、単なる陣取りの話に過ぎないので大して面白くもないですが、「島か、岩か」という問いには「そもそも島とは何か」というメタな概念が入り込んでくるので面白い。

戦後日本の領土問題として最も政府が力を注いできたのは「北方領土」問題じゃないですかね。TVCMも作りました。ポスターも頻繁に掲示されました。小学校でも習ったような気もします。

これらは結局、日本の大衆にはあまり効果がなかったようですね。今年メドベージェフが国後に上陸した際も、日本国内では大衆レベルで大きな騒動になった印象はありません。これが「冷静な」反応なのか。違うでしょうね。単なる無関心なんでしょう。では諍いがなければ、無関心が望ましいのか。どうでしょう。諍いによって、初めて相手に目が向くということもありますし、喧嘩して相手を知ることもありますよね。

韓国が公教育でどんな風に日本について教えているのか、興味はありません。どのみち教育の力なんてたかが知れているというのが、個人的な感慨です。自分の子供時代を回顧すれば、そうとしかいいようがない。大人の望みに抗って異なる方向に向かおうとするものじゃないですかね。韓国の子供ってそんなに「従順」なんだろうか。

私の仕事仲間には韓国人の知人がいるそうで、その知人は「竹島いらないから休みが欲しい」と言っているそうです。そういう人もいるだろうし、竹島(独島)問題に乗っかって感情を爆発させる人も、当人がよければそれでいいと思います。感情を爆発させている人を観察することは、嫌いではないです。より感情的にさせるために「冷静になりましょうよ」と囁いてみたりね。真面目に怒っている人を刺激することほど、面白いことはないでしょう?
平行連晶
2012/08/30 16:04
中国ですが尖閣での反日デモが起きているのは地方の中小都市で、それも1000人規模。北京上海など大都市では起きていない。
日本の反原発デモなら完全無視するレベルですよ。またネットでの過激な反日書き込みがマスコミのニュースになっているが日本の嫌韓嫌中ネット記事などまともに見れる水準ではないので、誰も新聞記事にしない。
内外のマスコミの報道姿勢が異常なのです。これではわざと騒動を煽る田母神や慎太郎と同じ程度のお粗末な話です。
日本の尖閣とか竹島領有ですが、そもそも100年前に起きている原因をわざとぼかして決して語らない。
どちらも距離的に遠すぎて漁業には不向きなのですよ。当時は今のような冷凍設備もないし動力も貧弱なので採算が取れない。
実は竹島は日本イルカの尖閣はアホウドリの繁殖地の絶海の孤島。これらの捕獲が目的で日本が専有したが本格的に殺戮を始めると数年で簡単に絶滅してしまう。
どちらも貴重な大型野生動物の悲劇の島なのですが、この事実は不名誉なので『漁業』と話をすり替えて誤魔化しているのです。。
宗純
2012/09/01 17:12
>宗純さん
竹島も尖閣も、島内の生態系や沿岸に生息する生物についての情報は現状ほとんどメディアに載らないですね。
場所柄、昆虫とか小型の鋏角類など、固有種がいそうですが。
メディア上では単なる国境のアイコンにしかなっていない。つまらない話です。
平行連晶
2012/09/01 20:54
>毒多さん
例の「保育園の日照を巡るお隣との衝突問題」のような、相手に共感ないし理解・納得を求めるための行動としては、諍い/争いは下策です。
しかし、尖閣を巡る日中の、竹島を巡る日韓の「大衆レベルでの」騒動は、端から和解や問題の決着を期待した上でのものではありませんよね。

言ってみれば「排除」を軸に寄り集まった烏合の衆によるお祭り騒ぎみたいなものです。騒いでいる連中はそこそこ真面目に怒ってるんでしょうが、怒っているからといって各々の切実な生活上の問題として捉えているわけでもないでしょう。
24時間そのことだけを考えて立腹しているわけでもないと思います。

マスメディアも、それが感覚的に解っているから適当に煽って数字につなげようとしているのじゃないかな。もしも何らかの凶行でも起きれば、恐らく報道のトーンはがらっと変わると思います。

そもそも、毒多さんが日本側の尖閣上陸「報道」で素に戻ったと書いているくらいですから、マスメディアの影響力ですら「その程度」なのかもしれないですよ。
楽天的に過ぎるのかもしれませんが、個人的には「勝手にやらせとけば?」くらいの感慨しか持てません。
平行連晶
2012/09/01 21:50
おはようございます。

前のコメントで「無関心」などと書いてしまったのは拙かったですね。エントリーする程度には興味深い出来事です。
日本のテレビエンターテインメントもいろいろやっていて、その後に観たものでは、日本に住んで生活している韓国人に「島」のことを聞く、というのをやってました。「なんともいえない」という4名以外の50名近くが「韓国の島」とこたえ、そのうち何人かが「教育されましたから」と答えていました。この「教育されましたから」という理由は、一旦、第三者的に自分をみているようで、とはいえ、わざと「教育のせい」にして思索放棄しているようで面白いです。という面では、「教育」の力に限界はあるのかもしれませんね。
あま、日本の反韓反中にしても、韓国、中国のそれにしても、あまり己の生に満足している人には感じませんので、不満のはけ口をそこにもっていっているのでしょう。国家としても不満をオノレらの政治にむけられるよりも、そこへもっていきガス抜きしたほうがいいでしょうしね。

前出「自分の生」としたのは、石原他騒いでいる人が、経済的に困っているとは思えないので、「自分の生活(経済的理由)」によってのはけ口が、「島(領土)」にむけられているとばかりは言えなさそうです。エントリーの主旨であるところの「実験」的効果は大きそうです。

今朝の尖閣を映したテレビでは、「自然環境をかえず」「保護しつつ」「何ができるか」などと言ってました。環境の心配をするなら人間は近づくなと思いますが、そんな発想は皆無なのでしょうね。そういえば、カワウソが絶滅宣言されたリストに「センカクモグラ」がどうのこの、と書かれていましたが、あの島にモグラがいるってことかな?

毒多
2012/09/03 08:47
毒多さん、ご無沙汰です。

私もたまたまサンデー・モーニングのその場面を見ていました。至極真っ当な意見がスルーされていくシーンには、うすら寒いものがありましたね。

まあ、それにしても、みんな淋しいですねぇ。淋しい心の間隙を埋めるのに、ナショナリズムはもってこい。他人に多大な迷惑をかけるが、当人は安全なところで騒ぐことができて、束の間、淋しさを忘れることができる。

またおまけに、TVも淋しい心を埋めるのにピッタリと。向こうから勝手に語りかけてきてくれますからね。

淋しいなら正直に淋しいと言えばいいのに、それを言わない。言えない。何故なんでしょう?

ちなみに、淋しいのは右も左も同じです。淋しさの隠蔽の仕方が違うだけです。
愚樵
2012/09/04 12:25
>愚樵さん
>それを言わない。言えない。何故なんでしょう?

横からすみません。
それは、私も含め多くの人たちが、己の「淋しさ」と繋がろうとする奇特な人間を求めても徒労に終わるだろうと悟っているからではないでしょうか。
私が「淋しいです」と吐露しても、誰にもそれをどうにも出来ない。「淋しさ」を介して他者とどう繋がればいいのかも、解らない。誰にも引き受けようのない淋しさを抱えて生きている。そういう自覚はある。

淋しいという吐露がもとで「あんたは淋しい人」とラベリングされたら、“人気も人格的魅力も性的魅力もない、単なる退屈な人”で片付けられて終わり。そういう恐怖感も自分の中にはあるな。

だとすれば他の何かを用いて他者と繋がるしかない。
ただ個人的にはこんにちの世相というか、何故こんなに「繋がる」ことを強迫的に求めるのかを不可解にも感じます。
淋しくってもいいじゃないか、何故いけないのか、とも。
平行連晶
2012/09/04 22:55
>平行連晶さん

やりとりは、お久しぶりです。以前に私のところへコメント頂きましたが、お返事差し上げませんでした。しようとは思ったのですが、なんとなくしそびれました。まあ、平行連晶さんなら、放置でもいいや、と思わなかったわけではありません。(^_^;)

とにかく、この場を借りてお詫びをば。

>こんなに「繋がる」ことを強迫的に求めるのかを不可解に

分断されていると、無意識に感じているからでしょう。分断されていて淋しいけれど、それを表明すると、余計に分断されてしまうという悪循環構造がある、ということですね。

それはおそらく、ハラスメントの連鎖構造そのものでしょう。

>己の「淋しさ」と繋がろうとする奇特な人間を求めても徒労に終わるだろうと悟っている

その点でいえば、毒多さんは悟っていないなぁ(笑) 無人島ラプソディ、ですよ? 淋しいがいっぱい (^o^)

そう思うと、これまでも毒多さんは、いっぱい「淋しい」を表明してきたような気がしますね。私もそれに惹きつけられてきたように感じる。

確かに、ストレートに「淋しい」はバカにされるところはあるかもしれません。でも、やり方がないわけではないですよね。
愚樵
2012/09/05 03:19
愚樵さん、ご無沙汰で、、、もないかも、ワタシにとっては。
愚樵さんブログやら「つぶやき」はずっと訪問しています。

愚樵さんの前のコメントだけなら、軽やかにレスできたものの、レスが遅れてしまったので込みいってきましたねぇ。
で、ワタシが何を悟っていないって???。奇特な人を求めつづけているって????(笑)。おお、そうだったのか、と、ここで一曲、井上陽水で「心もよう」(改)。
♪淋しさのつれづれにブログをしたためています。誰かに〜♪と唄ってしまって気づいたのは、ブログをしたためるのは、淋しさ故からか、うーん深い。

人間ってのは、結局オノレと向き合わなければならない、という真理においては、孤独で淋しいもの。でも、だれかと繋がらなければ生きていけないのものまた真理。
つねにこの矛盾を抱えながら、「オレっていまこんなことで淋しがってるんだぜ、バカだろ、面白いだろ、大笑いだろ、でもでも、同じようなことで淋しがっている奇特なヤツもいるかもしんないし、ここはトロトロっと吐露して、笑わせて繋がって
やろうか、、、ブログでも書いてさ」っと、無意識でこんな風に書かせているのかもしれないな。オレは淋しいんだぁあああ、ってストレートに書かなくてもね。

ということで、レスとしては、淋しいのは右・左だけでなく誰もが「淋しい」のだろうけど、「淋しさ」の吐露しかたが淋しいと際限なく淋しい限りである、、、淋しさを誤魔化すのは淋しいですね。と、こんな感じ。



毒多
2012/09/05 12:38
『人間ってのは、結局オノレと向き合わなければならない』
というのは誰もが持っている『自分自身を知りたい』との基本的な欲求ではないでしょうか。
この『おのれは何ものであるか』との問いですが、考えてみると実に難しい。
他人なら正しく客観視が出来ても、身近な自分の子供とか孫などは出来ない(主観で判断する)ので色々な愚かしい間違いを犯すのです。
ましてや、自分自身を客観視出来る人など、世の中に誰もいないのですよ。これが理由で悲喜劇が起きる。
直接自分自身を見ることは出来ない。自分を見つめる(正しく客観視する)とは、他人の目の中に映った『自分』を見ることなので、それで人は他者との繋がりを必要とする。
自分を映す鏡としての他者がいないと途端に孤独感を感じ不安に苛まれて、不幸になったと思うのでしょう。
自分にとって絶対必要な存在である他者ですが、実はこの『他者の存在』が同時に、人には鬱陶しい邪魔な存在でもあるのですよ。なんとも困った話ですね。
宗純
2012/09/06 10:22
居ないと自分自身が絶対に困るのに、いると鬱陶しく邪魔に感じる他者とは、まさに今の日本にとっての中国韓国ですね。
欧州では長い間お互いがお互いの目に映って自分自身を見つめる事が出来たのですが、日本人ではこれが無理なのです。
今回の李明博韓国大統領とか、アーミテージの目に映った日本人像は根本的に歪んでいて到底正視に耐えないほどの代物です。
日本ですが、例えばフランス人が対等の関係であるイギリス人やドイツ人の目に映った自分自身を見ることが出来る様には、見ることができない。
不幸なことに今の日本人は、中国人や韓国人、アメリカ人とはお互いがお互いの目を見つめ合って居ないのです。
尖閣や竹島程度の無人島で騒動になるのはある意味当然だったのです。
宗純
2012/09/06 10:40
宗純さん、コメントありがというございます。

他者を通してしか自分をみることはできない。
これは考えるほど面白いですね。
子どもや孫でさえ、実は子どもや孫という他者を通して自己を確認しているのかもしれませんね。
ということは、オノレが地上最後の人間になったときすでに自己はないことになるのか? 自己を見出す意味はないのか? なさそうか、、、な?? ただ、孤独と向き合うだけになるのか? ロンサムジョージやベンジャミンはに思索能力があったなら・・・ふぅ

他者と対峙するとき、他者と対峙するのではなく、他者を通したオノレと対峙している、と言えるなら、またそれを意識できるのなら、他者との対峙のしかたが変わるのかもしれないなぁ。
「国家」に人格をもたせて同じように言えるのかどうかは分かりませんが、日韓とか日中とか、どうもお互いに相手(他者)をみて醜悪な自己を感じ取り、「自分がそんな醜悪なわけがない」ということで、相手の存在を否定しているような気がしてきました。

毒多
2012/09/07 08:27
中韓が鬱陶しく邪魔に感じる原因ですが好感度は善悪の判断より距離感が密接に関連する。
干渉度ならアメリカが遥かに上だが遥遠方です。対して中韓は日本の身近なので煩く感じる。
『亭主元気で留守が良い』で、身近なものは鬱陶しく邪魔。
一番大事である伴侶は同時一番邪魔な存在です。
私が喋りだすと我が連れ合いですが間髪を入れずに返事するのですが、早すぎる。会話を早く終わらしたい思惑が見え見え。
返事をしない時には数分以内に爆睡。3分しか地球上にいられないウルトラマン状態。
一番自分で分からのは『他人よりも自分自身』との法則の例ですが、
今まで気がつかなかったが最近に自分にとんでもない欠陥があることを発見。
一人で家にいる時間が増えた分困ったことが起きて仕舞う。土産を置いて行く近所の人は誰一人自分で名乗らない。困った人たちです。
私以外の他の人々は簡単に区別しているらしいが私には誰一人区別がつかない。
それでやっと気がついたのですが私には顔の識別が無理だった。能力が欠如していたのです。
私がまだ若かった時の話ですが、数寄屋橋駅で出会えなかった『君の名は』のすれ違いの悲恋以上の悲劇を経験していることを思い出した。
好きになった女性との駅の改札口前で合うとの約束を取り付けることに成功するのですが、後がいけない。
彼女はめかしこんで出かけてきたらしくていつもとは服装が違う。化粧をして何時もの眼鏡をしていないのですよ。背格好とか顔の輪郭身長体重は同じなのですが、同一人物であるかどうかの判断が私には付かないのです。不幸なことは重なるものでこの状態は相手も同じだった。彼女はド近眼だったので眼鏡を外すと私の識別が無理だったのです。
時間内に二人共約束の場所に辿りついてる状態での奇跡的な『すれ違い』が発生していたのですから、これ以上の悲劇はありません。
宗純
2012/09/08 12:39
おはようございます。

いやいやいや、なんとレスしたらよいものか・・笑いながら読まさせていただきました。(笑)。。。
毒多
2012/09/10 09:24

コメントする help

ニックネーム
本 文
「無人島ラプソディ」・・・esよろしく被験者になる 毒多の戯れ言/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる