毒多の戯れ言

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zoom RSS 「呪縛そして解放」・・・あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。

<<   作成日時 : 2012/02/07 08:58   >>

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 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。という長い長いタイトルのアニメを観て、思わず泣いた。嬉しくて泣いたのか、悲しくて泣いたのか、果たして他の理由か?あの日泣いた涙の意味を僕はまだ知らない、と、いうとこか(笑)? おそらく感情を抑えることなく泣いたのだろう。泣ける「理」由を考えていたらきっと泣かなかったに違いない。というわけで、これを書いている今は泣いてない。(以下ネタバレ注意)

 喜怒哀楽、なかでも怒・哀というマイナスの感情を露呈することは、普通は躊躇されるものなのかな? 冒頭での「泣いた」と書くことさえ躊躇したのだが、、。おそらく喜・楽というプラスの感情は積極的に露呈してもいい気もするが、マイナスの感情は他者にみられたくないものだな。マイナスの感情がなければ、プラスにはなれないのだろうけど、やはり負の感情の表出は阻まれる気がしている。感情を抱いている本人は、負の感情を表出しないことで、その負はいつか忘れ去り消えるのかもしれないのだけど、、、。そのとき時間を共にした他者のなかに在る、負の感情をもつワタシはそのままなのかもしれない、と無意識に予感するため表出をためらうのだろうか? はたして他者のなかのワタシはいつまでも負の感情をもつワタシなのだろうか? 負を内包したまま、いつまでもその他者はいるのか? それがその他者にとってワタシの全てになってしまうのか?

 このアニメは、負の感情のさなかに人が死んでしまったことが始まり。突然死んでしまった女の子にも、そのとき共にいた誰にも思いを伝えることもできず「トラウマ」になってしまう少年少女たちの物語。小学生の頃の夏の日止まってしまった感情を理性でもって隠し、理由づけしようとし、理解しようとし、、、、それでも解決できず抱えたまま高校生にまでなった。死んだ女の子の「霊」があらわれ「願い」を言う。「願い」とはなにかを探すわけだ。
 友人たちの内に女の子は生き続ける。負の感情をもったまま。ただ、その友人たちの内にいる女の子は同一人物かといえば、元はそうなのだが、それぞれの内にいる彼女は違うのだろう。それぞれが思うように少女を作り上げる。そしてしまい込む。
 感情によって創り上げられた少女が理性によってしまい込まれる。
 呪縛。
 あれは、感情の呪縛???かいな???
 高校生たちは(負の)感情に縛られていたのか? ちがうか。負の感情を隠そうとする、否定しようとする理性による呪縛。もがきながらも自ら縛られる。
 少女の願いは呪縛からの解放だった。
 友人たちはそれぞれの呪縛を、協力しながら解き放とうとしていくことになる。で、解放されるか否か、、は、アニメをみてください。泣いてしまったワタシではあるが、理性的に観ていると高校生たちがバカみたいと見えるかもしれません。バカみたいにみえるそれが呪縛。もっとも泣いてしまったといっても解放されているとは言えないのだが、いつまでも解放されない自分を泣いてしまったのかもしれないな(笑)

 所詮、小学生や高校生という子どものことである。ということは言えないほど、人は縛られている気がする。おそらく行動(思索)の根源は感情であるのだろうけど、いつのまにやら理性に縛られ、思想に縛られ、科学に縛られ、プライドに縛られ、理想に縛られ、自ら進んで縛られる。呪われているかのごとく縛られる。縛られ、しがみつく、これでもかというほど。喜・楽へ繋がることもなく、怒・哀が強化されていく。それでも人は縛られようとする。

 気づいてしまえば楽なのかもしれないのにね。

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タイトル (本文) ブログ名/日時
『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』
《自己》とは関係性のアーカイブである――というようなことを、考えさせるアニメだ。 ...続きを見る
愚樵空論
2012/02/08 10:32
アニメ「あの花」 劇中セット再現 秩父・ブランド館
秩父市を舞台のモデルとしたテレビアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(あの花)の劇中セットを再現した展示が、本町知々夫ブランド館で始まった。昨年4月の番組放送開始から、観光施策も2年目に入り、市側はアニメ制作サイドとの連携を強めながら誘客に力を入れる考えだ。 ...続きを見る
ローカルニュースの旅
2012/04/15 17:34

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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
 「日本の宗教」好きなわたしの、見当違いのコメント。
 「臨終正念」って言葉があるはず。いまわのきわに何を思ったかで往生が決まる。恨みをもって亡くなったものは怨霊になったりするんですね。日本文化のなかでは。それを一所不住の旅の僧が行き合わせて供養して成仏させると「能」の世界。

 現代では、そして世俗的にはそんな観念はもちろんないんだけど、ごく形式的には誰でも「英霊」って観念は否定しないみたい。公式に「慰霊祭」をしますし。
 あるいは戦友を弔うっていう『ビルマの竪琴』は感動、共感されてベストセラーになる。戦争体験が共有されていた戦後すぐに、「ばっかじゃないの」って言う人はいなかったでしょうねえ。政治的にいちゃもんをつける立場はあったでしょうが。

 多分ね、怒りはそのまま発露させると社会が立ち行かないからいろいろ変容させ、哀しみも持て余すからこそ引きずるのでしょう。
 それに比べて喜びや楽しさは、その感情そのままで済むから、あんまり固着しないのではないかなあ。
 その代わり、新たな楽しみや喜びを生産し、発見しようとひたすら外へ向かう。
kuroneko
2012/02/07 11:34
kuronekoさん、おはようございます。

はたしてコメントが見当違いなのか、エントリーそのものが見当違いなのか、ワタシ自身がいまいちよく解ってないものを、勢いで挙げてしまったので、申し訳なく思っています。

 俗言う幽霊はみたことないのですが、実体そのものでなくワタシの意識の内に在る他者はいます。その他者の実体が死んでいた場合、「慰霊祭」というのは、実体の在った他者の思いを鎮めようとするものなのか、ワタシのなかに在る他者のワタシの思いを鎮めようとするものなのか、、、を考えてしまいます。
それぞれの内にいる他者は、他者実体そのものとは異なるものではないでしょうか?
 「靖国」などで、違和感を感じるのは、国家の内にあるものとして統一させてしまおう、という意図で「慰霊」そのものは解放のためにされてもいいのではないか、と感じます。
 表題のアニメもそんな展開と受取りました。もっとも、実体そのもの霊も、解放のちに成仏できるという、宗教的な描写もありましたが、、、

 人はほんとに「怒り」(負)を表出させないようにしているのかどうかも、ホントはよく解らないのですが、人は怒りを発露としてもあまり上手くいかない、ということを察知しているのかもしれませんね。
 リアルでは、表出させないようにしている気もしますが、ネットでは割りに簡単に表れる。というか、怒りに特化したエントリーもしてみたのですが、やはり、あまり上手く行かない気がして削除してしまいました。

毒多
2012/02/08 08:37
通称「あの花」。私も泣いたと書きましたね。二回みて、二回とも泣きました。

泣ける理由は単純で、アニメで作り話だから。もっとも実はでも泣くでしょうけど、ちと恐い。手放しでは泣けませんね。

ちなみに、ぜんぜんネタバレにはなってないと思いますよ(^_^;

>感情によって創り上げられた少女が理性によってしまい込まれる。

ふ〜む。そうすると理性というのは臆病と仲が良いということになりますが、確かにそういう面はありますね。

>あれは、感情の呪縛?

この場合「魂」でいいのではないでしょうか。死んだ女の子は〈霊〉になりますが、〈霊〉は「魂」を豊かにもすれば呪縛もする。呪縛するのは【悪霊】ですね。

このアニメ、キャラたちは【悪霊】が出てきたと思うんですね。視聴者は〈善霊〉だとわかっているけど。あんなに可愛い【悪霊】がいるわけない(笑) ところが、ホントは【悪霊】ではなかった。コミュニケーションができるようになると、思い込みは間違ってたと判明する。

そこから事態は...、おっと、ここに触れるとネタバレか(笑)

ちなみに「英霊」についてですが、これは【悪霊】ですね。「慰霊祭」というのはもともとは【悪霊】を解放するためのものですが、近代ナショナリズムは逆に慰霊祭を国民を呪縛するために使う。そもそも〈霊〉というのは各々の魂のインターフェイスの中にあるものですから、それが他者によって規定された時点で【悪霊】以外のなにものでもない。
愚樵
2012/02/08 10:52
つづき。

が。それでも【【亡霊】】よりはマシかもしれません。

【悪霊】を【悪霊】だからといって否定してしまうと、もっと手に負えない【【亡霊】】になる。【悪霊】は祓えるが、【【亡霊】】は祓えません。

資本主義や科学は、社会のなかに【【亡霊】】を蔓延らせてしまったのだと思ってます。

と、ぜんぜん理性的ではないコメントでした。笑
愚樵
2012/02/08 10:52
愚樵さん、こんちは。

コメ、TBもあわせてありがとうございます。
TB頂いた記事のことはすっかり忘れていました。もっともアニメを見る前に読んだときは、分かり難く、すぐに忘れたのかもしれません。アニメを観たいまは解るかな、という感じです。まあ、先に愚樵さんの記事を読んでいたらエントリーしてなかったかもしれないな。カブるところが多く、舌っ足らずな二番煎じのような気がします(笑)。

>理性
アニメを観ながら理性が呪縛の鍵になると感じました。それぞれのメンマ(とそれから派生する自己)をなんとか「理」によって正当化(合理化)しようとジタバタしてきたわけですね。
最後には思いを理性から解き放ち、それぞれのメンマ(を含む自己)が素直に受容できる。というふうに観ました。

>コミュニケーション
アニメのなかでは、それぞれのメンマを擦り合わせようとすることで、コミュニケーションできたのですが、メンマというのは相当特異な存在ですよね。リアル(生きた他者)のなかのコミュニケーションはさらに複雑怪奇になりそうですね。他者の内にいるワタシ(愚樵さんの言葉では「器のなかの霊」ですか、)が、他者を介して存在しているので、「裏切られた」とか「見損なった」とか、変貌する。ワタシはワタシなのに、、、ははは。それで、ワタシが「見損なわないで欲しい」と願うのは、その他者の内にあるワタシを変えようとして、、、、もういいか、やめときます。

>悪霊、亡霊
悪霊を否定すると亡霊になる、、、ってのは、「犬夜叉」にでてきそうだな(笑)。「霊」とうのは、内なる存在ですよね。ということは「霊」を悪霊化するのは、ワタシの意志であり、その否定で亡霊化させるのもワタシの意志、、、ということでしょうか?
資本主義や科学に取り憑かれないようにするのが垂直コミュニケーションってとこですかね。


毒多
2012/02/08 16:17
私もあの花見ました。
私は意外(?)にも読書家で選ぶポイントは題名が光っているか、で選びます。
そしてアニメも同じです。
アニメも小説同様に、題名をみて光っているかをチェックします。
あの花は新聞欄で爛々と輝いていました。
私は最初青春モノだと思っていました。
その期待を良い意味で打ち破ってくれました。
期待通りではないが、最後には不覚にもボロ泣きでした。
最終話以外は録画して見てましたが、最終話くらいリアルタイムで見ようと意気込み見はじめました。
リラックスしながらみていましたが、時間がたつにつれいつの間にか正座して見ていたのです。
ボロ泣きし、気付いたときには既に遅く、立ち上がることさえままならなくなっていました。


悪霊ですか…
私にはめんまは霊であるとは感じませんでした。
コレといって当て嵌まる言葉も見つかりませんが、あれはきっと『想い出』なんじゃないかなって思います。
みんなが蓋をしていた負の感情、それを自分の中に咀嚼して血となり肉にする反芻なんじゃないかと思います。
その表し方が偶然めんまなのであって、あのめんまは過去にじんたん達が遊んでいためんまではないように思えます。

ダラダラすいません
PS:つるこが一番キャラ的には好きでした。
だる
2012/02/10 19:53
そうですか、観ましたか。
面白いアニメですよね。ほんと泣けますね。

>悪霊
「霊」という言い方は、ここでもコメントを頂いている腐れ縁(笑)の愚樵さんの表現で、彼ら(平和バスターズ)それぞれの内なる「めんま」のことで、「現実(だった)」のメンマが、それぞれの感性etcによって存在するものです。だから、「思い出」という部分も含むことになるでしょう。ただ、やはり「思い出」という静止したものではなく、彼らのなかで生き続けてきたような気がします。しかも苦痛をもって生き続けてきた。これを「悪」霊とたとえたと、ワタシは理解しました。
めんまの「願い」は、それぞれのなかの「霊」が、「悪」として蓋をされたなかで生きて欲しくなかった、、、ということではないでしょうか?
それぞれののめんまは、それぞれのなかでモガイていた。それを共同で咀嚼しなおすことで、閉じ込められていためんまが「解放」された。つまりメンバーそれぞれの呪縛も解放された。ここに涙を誘うのだと、ワタシは解釈しました。

ちょっと、だるさんの頂いたコメントとズレているかもしれませんが、こんな感じです。

ワタシもつるこが一番好みです、、、笑
毒多
2012/02/11 17:03
こんばんは。
私はあんじょうさんが良い子だなと思いました。つるみさんはちょとこわいかも。だから何と言うわけはないです。^^;
今、同じ監督&キャラデザで「あの夏…」ってのやってます。微笑ましくておもろいです。

すぺーすのいど
2012/02/12 18:00
なるこにいっぴょう。
愚樵
2012/02/12 19:17
くだらない話だけど(笑)

アニオタたちの間で盛り上がっているらしいのが「嫁にするには誰がいい?」っていう話題。なるこもつるこも、それぞれにいいなあと思う。あと『けいおん』のゆいもりつもむぎもみおもあずにゃんなんかも。はるひでさえ、悪くないと思ったりする。

ま、要するにそういう風にキャラたちが「作られている」わけだけど、そしてそれが野郎共に人気があるのはわかるとしても、どうも女子にも人気あるようなんだよね。

やろうどもの好みなんて、どうせ勝手な妄想だからどうでもいいんだけど、女子にも人気というのはね。注目すべきだと思うんですよね。

と、その点でいうと、めんまってのは女子にはどうなのかなぁ。ちょっと「ありえない」キャラかもしれないないな。
愚樵
2012/02/12 19:32
こんばんは、再登場。
愚樵さんおもろすぎ。

作品の感想は書かないでおこうと思っていましたが少しだけ。
キーキャラのめんまちゃんのどこにそれほどまでの求心力を持つ魅力があるのか私には理解が難解でした。
それとリアル小学生を知っている者としましては、小学校低学年から高校入学までの本人たちの感じるであろう時間の果てしなさが、物語のリアリティを削いでいる気がします。
個人的な感想です。

でも私もラストは泣いたよ。
すぺーすのいど
2012/02/13 01:38
いやいや、愚樵さんはめんまじゃなかったんだ(笑)
、、、なんてね。

嫁にしたい、という設問が悪いのかもしれない。
野郎の好みが「妄想」かどうかは、わからない気もします。
意外と、それぞれキャラの「痛さ」具合を、自分(の過去)と重ね合わせているのかもしれないなぁ、などとユングもしらない素人が言ってみる。・・・はたまたアニマとかさ、爆!!

ワタシに関してはメガネを掛けた女性が好きなのかもしれない、と自己分析しています(笑)
毒多
2012/02/13 13:38

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「呪縛そして解放」・・・あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 毒多の戯れ言/BIGLOBEウェブリブログ
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