毒多の戯れ言

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zoom RSS 「俯瞰する」・・・従軍慰安婦問題のエントリーを眺めながら(追記)

<<   作成日時 : 2011/12/29 10:51   >>

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 2011年後半、、ブログエントリーが書けなくなると同時に徘徊するブログも極端に少なくなってきている。ワタシのなかの何かが明らかに変わったのだろうか・・・・
 
 自分のエントリーが書けなくなってから、すっかり政治ブログへの徘徊しなくなったのだけど、久しぶりに「みんななかよく」さん経由で「村野瀬玲奈」さんとこにお邪魔した。
 「従軍慰安婦問題」のエントリーに【論争】が繰り広げられていて、懐かしさとともに見つめながら目を閉じ考えてしまった。
 エントリーは、韓国国内で慰安婦問題に関するデモを行なってきた団体が日本大使館前に「平和の碑」を建てたこと、藤村官房長官が像の撤去を求めたこと等から元従軍慰安婦のハルモニの話しを聞いて下さい、とお願いするエントリーだった。
 そのコメント欄には、エントリーの意図と反対する少年Pくん(他数名)が、そも従軍慰安婦は合憲で職業だったので問題ない、、か、もしくは、、すでに謝罪し、賠償金も支払う意志もあったのでもう許してくれというか、ぶり返さないでくれ、みせないでくれ、いつまでやってもキリがない。ブログ主のお願いなんか聞けねぇーよ、というものに対してブログ主の村野瀬さんはじめ数名が問い糾す、といういつもの構図で炎上しているわけである。(「ハルモニの話を聞いて下さい」という些細な願いだったはずのエントリーが大変なことになってしまうんだよな)

 おそらく藤村チョーカンもPくんも同じような心理で、「なかったことにしよう」「みたくない」ということを言えば言うほど、固執すれば固執するほど、その問題が実に問題であることを心底では強く認めているのだろう。おそらく(偏った)知識だけでしか言葉を発せられないだろう若いPくんが、これだけ関心をもち論戦していることに感心するが、論述も甘くサヨク諸氏にコテンパンにロンパーされてしまうわけである。
 現実は、加害者は過ちを認め、被害者は過ちを赦し、手をとりあって〈平和〉を目指す「平和の碑」ということでなんの問題もないと思うのだけど、、、、ね(公道に勝手に碑を建てちゃうってのは別に意味で問題かもしれないけど、爆)。誰が何を言おうが何が何でも加害者じゃないも〜ん、、、では、話にならないのだけどさ。誰もPくんが加害者だ、って言っているわけではないので、過去を受け止め学習つつ前へ進もうでいい、とは思わないのかな?? 過去を否定しつづけるとやっぱり同じ過ちを繰り返すことになる。

 ところでさ、Pくんってのもやはり「被害者」じゃないのかなぁ? たとえばナショナリズムという基軸を刷り込まれた被害者であったり、他人を許せず自分を赦せない教育(社会風潮)の被害者であったりね。ただ、そんな子どもを寄って集って叩いちゃってサヨクの皆さんは何がしたいのだろう、、って疑問はあるのね(完璧に自分を棚にあげちゃってるんだけどさ、笑)。サヨクって分断を目指しているわけじゃないよね。
 でも、主張が「分断」を産むという意味では、Pくんもサヨク諸氏もあまり変わらないかもしれない、と感じる。Pくんというのは「国境というタテの仕切り」を基軸にブレずにアイデンティティを発揮し、サヨクってのは「階級というヨコの仕切り」を基軸に闘争しちゃうわけで(「階級」ってのが「性別」etc.になることもあるとして)、タテ鉄板とヨコ鉄板のぶつかりあいの産むものは、、、、とほほ。
 もっともTPPのように「タテとヨコの仕切り」がごっちゃになって、「バンコクの労働者よ連帯せよ」じゃなくて「日本の労働者よ連帯せよ」ってタテに仕切ってしまったり、さらには「農業労働者よ連帯せよ」ってさらにタテを細分化したりして分けが解らなくなったりしたりして、そんな損得だけの話に賛成も反対もねぇーだろって思ったりすることもあるんだけどね、最近は(笑)。
 こんな時代になってしまえば、〈私的流行語〉発明大賞(投票2名:愚樵氏受賞)だと、Pくんもサヨク諸氏も【基軸】だし【アイデンティティ】だと感じてしまう。特に大人であると信じてるサヨク諸氏にいいたいのは「何がしたいの?」なんだよな。基軸が違うPくんみたいな子は、切り捨てて叩きのめして(以下略)捨てればいいのかな??、と、問いたい(自分を棚に上げ倒すんだけどね)。

 たぶんタテ軸とかヨコ軸のなか、そうした現実の基軸のなかに身をおいてしまうことで、いつまでも分断を繰り返すことになるだろう。そういうのって「俯瞰」しないと見えないことがある、と思うわけさ。そして3.11以降「俯瞰」しなければならない時代になっている気がする。ちょっとまてよ自分の基軸、、、っていったい何だ?、と、一旦立ち止まって俯瞰する勇気も必要とちがうんかなぁ、と思ったりさ。でもやっぱり俯瞰を出来ない人もいるだろうし、というか、基軸が強ければ強いほど困難かもしれない。
 もちろん「俯瞰」したままモノを言うと「上から目線」って言われる。だって俯瞰なんだもの。「現実的でない」とも言われる、だって鳥瞰なんだもの。「現実」と「俯瞰(から現実にものをいう)」で分断されるってこともあり、実際にそんな風景もみている。
 おそらくワタシ自身がエントリーが書けなくなったのは、「現実の基軸」の頑固さに気づいたからかもしれない。かといって俯瞰する力もなく、俯瞰したまま現実の地上に降りてくる作業の困難さにビビっているのかもしれないな。(ビビらずやっているアンタはほんと偉いよ、爆!!)

 来年もブレブレでも、ボチボチいきますわ。
 数少なくなってしまいましたが貴重な読者の皆さん一年ありがとうございました。
 来年もまたヨロシク哀愁。
 

追記:このエントリーで参照にして頂きました村野瀬玲奈さんより、「サヨク(諸氏)」を「史実派(諸氏)」に訂正して欲しいと依頼がありました。一括変更の機能がありませんので、追記にて変更の意志を表明します。個々のご判断で読み替えておいてください。

 

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コメント(17件)

内 容 ニックネーム/日時
村野瀬さんの所の議論ですが、岡目八目で自分の悪いところは判らなくても他人の欠点はよく見える。
他人のことは余り言えないのですが、村野瀬さんたち護憲左派は何であんなに『上から目線』なのでしょか。
小学生定番の『阿呆言うものがアホ』なる素晴らしい格言があるのですが、アホを頭ごなしに阿呆扱いする様子は見苦しい。
ネットウョですが動物的な直感では、実は理論に勝る護憲左派なんかより優れているのですよ。
理論とか歴史的事実何かはまったく知らなくても、何となく動物的な本能で『従軍慰安婦問題』の危険性を察知しているのです。
その点理論優先の護憲派は危険性が判らない。
ネットウョの言い分ですが、根本的に間違っているようで、実は正しいのです。
この問題は90年代に初めて問題になりだして、しかも日本が河野談話で謝罪したり基金で賠償したりするほど治まるどころか返って話が大きくなりエスカレートして今では少女像ですよ。
これは人道問題であるとともに戦後処理の問題であり、戦後処理なら日米問題なのです。
従軍慰安婦問題はMade in コリアの粗悪品ではなくて、頑丈なMade in USAですね。
Made in コリアなら今のように『解決済み』と日本が無視すれば、その内に自然解消する可能性もあるが、Made in USAなら時間の経過と共に益々状況は悪化してくるでしょう。
宗純
2011/12/29 17:32
>何であんなに『上から目線』なのでしょか。

相手の背丈が小さいからです。
kuroneko
2011/12/29 18:36
だいぶ前の話ですが、北野武がパーソナリティーを務める『ここがヘンだよ日本人』というTV番組が放映されていました。
この番組にレギュラー出演してひな壇に座っていたベナン人のゾマホン・ルフィンが、韓国人に対してこんなことを言いました。

「ワタシの祖国ベナンはフランスの植民地にされました。言葉もフランス語を喋らねばならなくなり、ベナンで使われているのは今もフランス語です。しかしベナンはフランスに対して、謝罪も賠償も要求していない。
韓国の皆さん、アナタたちはこれからさき何時まで謝罪しろ賠償しろと言い続けるのデスカ?」

韓国の場合日本に併合されたので、植民地とはまた様相が異なりますけど、ゾマホンがベナンと同様に支配された韓国の人に共感し心を寄せるのではなく、全然別の視点から批判を加えていたのがとても印象的でした。

毒多さんの本エントリは「慰安婦」について語るのが主眼ではないでしょうから、私も慰安婦論を語るつもりはありません。
ご紹介の当該ブログについて読んだ上で感じたというか回顧したことは、やはり視点(毒多さんの術語を用いれば、基軸)の問題です。

私が以前勤めていた会社の同僚で、慰安婦問題に関する国家の戦後責任に取り組む小規模なグループに入っていた女性がいました。
その子に『週刊金曜日』を毎週借りたり、わりと親しくしていたんです。
で、どんな活動をしているか訊いてみたら幾つかかいつまんで説明してくれたんですけど、その中のひとつに、基金(いわゆるお見舞金)を受け取って国家賠償請求を放棄しようとしている元慰安婦の方に、お見舞金を受け取らないように説得するというものがありました。
黒い時計の旅
2011/12/30 02:11
承前。
そん時は彼女に対して黙ってたんですけど、なんか物凄い違和感があったんですよ。
慰安婦という過去のために戦後祖国の人々に蔑まれ、生活が困窮している方々がいる。しかも高齢である。
その方々の差し迫った今の生活をまず考えるのか、日本政府に対する責任追及(=国家賠償)を重視するのか。
視点の問題。

今(当時の時点で)生きている慰安婦の方の中に、基金の給付を望む人が一人でもいるとしたら、その人を制してまで国家賠償請求を続けさせるよう導くことが、果たして本当に当事者を思いやっているのだろうか…。
本音のところでは「戦う」ことの方が大事なんじゃないのか?とね。

村野瀬さんという方のブログを拝見していてやはり強く感じることは「戦いたい」という姿勢です。
戦いたいからこその慰安婦問題なのかという印象。これはあくまで私の個人的な所感ですよ。

なんか、ゾマホンの言いたかったことが少し分かるような気がするんですよ。
何時まで言い続けるのデスカ?という問いは、終わりはあるのか?心が満たされる時は来るのか?という問いですよね。
黒い時計の旅
2011/12/30 02:27
蛇足です。

>宗純さん

件のコメント欄、私には知的に優位な立場に立つ方々が知的弱者をよってたかって嬲り者にして遊んでるようにしか見えませんがね。
正論を盾に無知な輩を嘲笑うって感じですか。
黒い時計の旅
2011/12/30 04:45
・毒多さん、おはようございます。TB多謝です。

本年最後に毒多流エントリーの真髄を見せてもらったって感じです。

毒多さんに俯瞰する力がないなんて、とんでもない。この記事は立派に俯瞰した記事です。この記事だけではない。毒多さんのはみんなそうです。俯瞰する視座を提供するんです。そしてその上で「一歩引く」。私は俯瞰して一歩どころか二歩も三歩も「前へ出る」んですが、毒多さんは引くんですよね。だもんでコメントを引き出す。私もずいぶんと引き出されました(笑)

>おそらくワタシ自身がエントリーが書けなくなったのは、

すごい俯瞰じゃないですか。これは「偏差値が高い」だけの人にはできることではありません。自身の【高さ】を誇示するため【闘争】していては、この視座は絶対得られない。

ここから先は『生きる技法』で言ったように「アクロバット」です。「自分を信じて生きる」なんて芸当は頑固な「現実の基盤」の上ではアクロバットになってしまう。【システム】的に阻害されているんですよ。アクロバットなんてよほどの理由があるか、よほど資質に恵まれているかでなければできるものではない。「アクロバットなんてしたくない」。当然です。

その当然のことを、毒多さんはご自身の言葉にしている。大したものです。ただ、ここで留まっているのはシンドイでしょうね。

そのシンドサとどのように向き合うかは、これはもう毒多さんの自己責任。読者としては楽しみに見守っているだけ(笑) 来年、どのように転回するのかが楽しみです。

今年もいろいろとお世話になりました。来年もヨロシク哀愁。
愚樵
2011/12/30 06:50
こんにちは、TBありがとうございました。

>Pくんもサヨク諸氏も【基軸】だし【アイデンティティ】だと感じてしまう。
<
そうなんですよね、僕もこういう違和感をよく感じます。
〈基軸〉や〈アイデンティティ〉なら分かるんですけどね。

あと、毒多さんの仰るように、「俯瞰」しつつも「地に足ついてる」という構えというのが、なかなか難しい。
これが出来たら一番いいですよねぇ。

愚樵さんが仰ってる「毒多さんは俯瞰した上で“一歩引く”」というのも、それがあるから皆さんの多くのコメントを引き出すことになっているというのも、なるほどです。
才能ですね。 (^o^)

大変な年ではありましたけれど、今年もいろいろありがとうございました。
楽しかったです。
来年もよろしくお願いします。
よいお年を♪
アキラ
2011/12/30 08:51
こんにちは。激動の2011年ももうすぐ終わりですね。

なにかコメントしようしようと思っても、論客の皆様方のコメントを読むほうが楽しくなってしまいました(苦笑)
皆様も言われているように、毒多さんって、コメントを引き出す「大人のしゃべり場」名管理人?です。
かと思うと、都合の悪い記事のコメント欄にいきなり嬉しそうにコメント入れてくるし、全く侮れませんが・・・

あまり明るい材料のない昨今ですが、いろいろありがとうございました。
来年も懲りずによろしくお願いいたします。
えちごっぺ
2011/12/30 10:49
宗純さん、
今年も科学的知識に拙いブログにお付き合いくださいましてありがとうございました。

>ネットウョですが動物的な直感では、実は理論に勝る護憲左派なんかより優れている

 これがよく分からないのですが、自己保守に対する直感ということでしょうか?
 動物的と言われるのは直感に対する修飾語でしょうが、実に【人間社会的】に自己保身に秀でている、とは思います。つまり【国家】というタテ区切りを基軸に自己保身しよう、という意味ですね。サヨクのように「バンコクの労働者よ連帯せよ」なんて国家を越えてのヨコ区切りは、甚だ現実離れしていて危険そのもの、自己保身なんかになりはしない、ってとこでしょうか。
 もっとも今では、完全にヨコ区切りでモノを言うサヨクなんていないですね。日本のなかのヨコ区切りであるし、村野瀬さんのとこも「ハルモニの話を『日本人』は聞いて下さい」ってなっていて、タテ基軸もしっかりベースになっています。

 ところが今年は、国家が国民を護るもの、、というのが、嘘というのは「皆」が知るに至りましたし、ネトウヨが縋るものも音をたてて崩れています。直感が優れているならば、他の基軸に縋ればいいものを変わらず【国家】に【アイデンティティ】をもち、固執していますね。
 
 〈変わる〉というのはなかなか難しいものかもしれません。

毒多
2011/12/30 11:02
kuronekoさん、なかなかコメントできませんでしたが、今年もお世話になりました。

>相手の背丈が小さいからです。

あははははっはは、とギャグとして笑っておきますが、サヨクの前でいうと糾弾されそうんギャグだなぁ、爆!!

毒多
2011/12/30 11:02
黒い時計の旅さん、コメントより多くの視点を頂き感謝。来年も遠慮せずにコメントくださいね。

>お見舞金を受け取らないように説得する
 ハルモニの話を聞いたものが、お金で解決できないとしながら、お見舞金を募り届けようとする。。。というのが、【お金】ではなく〈お金〉で、望むところ、本当の意味で繋がっていくと思うのですが、流石にサヨクは国家責任を重視しますね。
 恐らく必要なのは、村野瀬さんのエントリーのタイトルにあるように話を聞くこと、共感すること、だと思うのですが、どうもPくんもサヨク諸氏も損得やら立場やらプライドがベースになってしまう。これが違和感に繋がるかどうかの感性が問題だと思います。

 と、偉そうにいいますが、ワタシもサヨクでしたし(笑)、闘争のネタを見つけるのは得意中の得意でした。論争してロンバするのはある種の快感がある時期もありましたが、まあ虚しいものです。
 「闘う」ことが基軸なってしまう、、、こうしたサヨク諸氏も多そうですね。所詮政治闘争なのかもしれませんね。

 ゾマホンさんがどういう人かベナンがどういう国か知りませんが、愚樵さんの言うところの「自立した依存」に繋がる気がしました。そういう意味では、日本も韓国もダメだなぁ〜。

毒多
2011/12/30 11:02
愚樵さん、
このブログを始めて丸6年(来年3月)になろうとしているけど、サヨク的エントリーをしていた初期からコメント続けてくれている最古参は愚樵さんですね。〈変わり方〉の歩調が似ているのかもしれません、、と、思ったけど違うかな、愚樵さんに引っ張られているのかもね、笑。今年もお世話になりました。来年も過度な期待をせずに付き合ってください。

 愚樵空論の一つ前のエントリーにコメントしようと思ったのですが、今ひとつ考えがまとまらず、コメントを練っているあいだに次のエントリーがたってしまい、コメントし損ねているんですが、、、、。今回頂いたコメントで「やはり」と思いましたのでちょっと書いてみます。
 「アクロバット」で思い出したのが、毎度おなじみの「青カン」です。全ての人ではないが、「自立した依存」をしている気がする。そしてそれは【システム】から阻害された、というよりも切り捨てられたからできたと思うんですね。もちろん「アクロバット」をしたくてした、ではなく、させられてしまった結果というものでしょう。「アクロバット」を阻害するものは【システム】によって【所有】したものがハードルなになっている気がします。青カンのおっさんは【所有】から解放させられた。【所有】しているのに、【所有】したまま、自らを解放させ、〈自立〉させることの困難さを想像しています。

毒多
2011/12/30 11:03
アキラさん
 今年もアキラさんのコメントに救われたことは多かったなぁ。直にカラダは整えられていなくても、精神が整えられている気分です。あ、それで体調はいいのかな、笑。
来年もよろしくお願いします。

 ほんと、愚樵さんの発明大賞は、ハマリますよね。いままで言えずにいたことがピタリとくる。でもね、例えば【アイデンティティ】のど真ん中にいる人は、なんのこっちゃ解らないと思うので、非常にローカルな発明かもしれない。オープンな隠語と取られるかもしれない。でも【】とうのは「感性で解る」という種のものでしょうから、言葉ではなく感覚で認識すること、そのことそのものが大きな目的になるのかもしれませんね。

>「俯瞰」しつつも「地に足ついてる」という構え
まったくこれが困難そうです。
来年は少しずつ地上に近づかなければと思っています。
 
毒多
2011/12/30 11:03
えちごっぺさん、
 がははは、油断大敵です。いくら徘徊先が少なくなったといっても、コメントを頂ける皆さまのブログへはちゃんと徘徊しています。ヘタレ日記の常連さんの皆さんに遠慮しつつも、ここ一番ではツッコマさせて頂きますので、来年も楽しみにしていて下さい、爆!!

「戯れ言」は、辞めることなくエントリーするつもりですので、来年も遠慮なくコメントくださいね。
 来年もよろしく。
毒多
2011/12/30 11:18
毒多さん、『動物的直感』ですが、そんな難しい哲学的な話ではなくて言葉の通りの『動物としての直感』ですね。
我々人類も動物なのですが、護憲左派は、なまじ言葉を使う能力が秀でているばかりに、相手の態度ではなくて『言葉』の方を優先して考える。
ところが世間の多くの人は『言葉』ではなくて相手の態度(見かけや声の調子)の方を優先するらしいのですよ。
橋下徹や小泉純一郎が熱烈に支持された原因は、正にこれで、彼等の喋っている言葉の内容で支持したのではなくて、見掛けとか雰囲気なのですよ。人は見た目が9割との「メラビアンの法則」なるものがありますが、これでは理論優先の左翼が勝てないはずだと思いませんか。
人の能力には限りがあり、何かが優れているとは何かが劣っているのです。
護憲派は言葉(理論)には優れている分、動物としての直観力に劣るのです。
その逆に昔の漁師とか山師などなどは直観力が大事だったのですが、優秀な人ほど人間的、社会的には問題があり博打などで身を持ち崩していますね。
宗純
2011/12/30 12:30
こんばんは。
どくたさんは、本当に人気者ですよね。あっという間にコメントが沢山ついちゃう。o(^▽^)o

今年はいろいろ考え無しのコメ投稿でご気分を害してしまった事お詫びします。…が、またやっちゃうかもしれません。ごめんなさい。

なんかここに呼ばれるんですよ。みんな。そして書きたくなっちゃう。そんなブログであり続けてくださあいね。
来年もよろしくお願いします。
すぺーすのいど
2011/12/30 23:50
すぺーすのいどさん、おはようございます。

>気分を害した

こちらこそ、気分を害したと感じさせる無粋なレスをしたと反省しています。
はたして、ワタシは気分を害したかな? と振り返りますと、そうでもないような気もしますし、もし気分を害したとしたなら突かれたくない部分を言い当てられたのかもしれません。
学童の広報が最後の社会的使命だったのかもしれません。今やワタシのブログの動機はみなさんと話しをすることという部分が大きくなってきていますので、来年も是非寄ってやってください。
よろしくお願いいたします。
毒多
2011/12/31 08:15

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