毒多の戯れ言

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zoom RSS 「才能」…やらずにいられない

<<   作成日時 : 2010/12/08 17:19   >>

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 岩下俊三さんの「沖縄選挙」のきっついエントリーを読んで「生活と生きること」というエントリーを書きかけて挫折した。また、子どもが「ボクは一体誰で、どこから来たのだろう」と言い出したことに感嘆し、永い均の「子どものための哲学」を思い出し再考しつつエントリーしようとして挫折した。またまた、みんなのとぉ〜の渡辺某が「不敬罪につき土下座して謝罪しろ」と言ったり、AB蔵が「元暴走族に裸で土下座をした」と聞いたりしたことから、小泉某がブッシュ某に土下座をしたことを思い出しつつ、土下座文化を軸に「会話」を捻ろうとして挫折した。
 で、何をしていたかというと、けっこう忙しくなった仕事をこなしていた。そうでなければギターを弾いたり、ひたすらテニスのラケットを振ったり(素振りw)、ひたすらゴルフのクラブを振ったり(素振りw)、ちょっぴりテレビを観ていたりした。余りの暇さにオッサンバンドを組もうとメンバーを集めたり、スタジオを抑えたりしている。そうこうしているうちに思索が麻痺してきてどんどんB層アホ化しつつある。

 前出岩下俊三さんによると、国会がアホなのも、テレビがバカなのも、それを観るタワケな国民が多いからダメなのだ、と書いていたが正しくその通りで自ら被験者となりアホバラエティ番組をみつつアホ化への加速度を計測している。
 アホバラエティを観ていると、沖縄選挙や普天間、障害者自立支援法、武器三原則、政治不安、日本沈没の進行にまるでリアリティがなく、どこか遠い世界のフィクションのような気がしてくるから不思議である、、というより、こうして国民をアホ化させることで好き放題するという構図にリアリティを持てるようになる。
 さてアホバラエティといっても政治系討論バラエティは見ないようにしている。アホ出演者がさも解ったように偉そうな講釈を垂れるのを聞くほど腹ただしいことはない。という意味でみのもんたと島田紳助の番組は極力見ないようにしている。勘違いしたアホが偉そうに物を言うなという理由である。で、あるのに昨夜は島田紳助が司会の番組を観てしまった。子どもが観ていたから横で観ていたのだ。

 番組のワンコーナーで人生相談のようなコーナーがあり、26才の女性が「ミュージシャンの道を続けようか諦めようか悩んでいる」と言い出した。恐らくこの女性はミュージシャンを商売にするのを諦めるかどうか悩んでいる、ということで、ミュージシャン自体は「諦めるかどうか」という言葉とは繋がらない気がする。「(好きで)これで金を稼げたらいいなぁ」と「(好きで)それをやらずにはいられない」とは違うんだよなぁ。彼女の言葉は前者のもので、後者のものではないのが「この悩み」からありありと分かる。
 ゴッホだったか誰だったか忘れたが、同じくらい高名な画家が、描かずにはいられなく人としての生活なんぞ完全に破綻していたと聞く。「ゲゲゲの女房」をみていて若きしの水木しげるも生活が破綻しようが、やっぱり描かずにはいられなかったんだと感じた。そういや池田のアッコちゃんも思索せずにはいられない、と言っていたな。金や生活や商売でなく「それをせずにはいられない」人が世間の共感を得たときに著名になっていくのだろうと感じる。もちろん「やらずにはいられない」本人にとって著名になるならない、など関係ないのだろう。

 この「やらずにいられない」ってのが、才能なんだろうなぁ、と思う。打算や世間体や名声や生業ではなく、きっと「やらずにいられない」のである。
 同じ番組にでていた、「せんじょう、かめらまん、の、わたなべ、よういち、です」さんも、バラエティに出るまでは食うや喰わずで有り金を叩いて戦場にでむき、写真をとりまくっていたと聞く。ほとんど売れず出費ばかりだったけど撮らずにはいられないかった、のだろう。金勘定をしていたのではやってられない。ここに「わたなべ、よういち、です」さんの才能を感じる。ところが最近バラエティにでてばかりいるんじゃないの? 挙句、「わたなべ、よういち、が、日本の美少女を撮る」なんて島田紳助のアホ企画に乗せられている姿をみると、せっかくの才能を殺しバカテレビの視聴率稼ぎレベルに落され殺されていく、、、ああ恐ろしやバカバラエティと感じてゲンナリしてしまうんだな、これが。これを観ていて流石にバカバラエティなんか観ていてはいけないなぁ、と思った。

 著名じゃなくても、ずっと市民運動をしている(できる)人もある種の才能なのかもしれないし、ブログでずっと意思を発信できる人も才能をもっているのかもしれない。そういう意味では、生活や打算や生業でなく「やらずにはいられない」ってのは「生きている」に繋がっているのかなぁ、とも思う。

 さてアタシだ。アタシは駄目だなぁ、、、才能ないや。
 なりふりかまわず、「それをやらずにいられない」ってのが無いんだよね。まあ、でも生きてるんだけどね。あれ生きてるのかなぁ? バカバラエティをみながら、うーむ、と考えてしまった夜。

 
 

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私もしょっちゅう挫折してます。ボツ原稿だらけ(^o^;

サクサクと書くことが出来る才能が欲しい...、ん〜、いや、ホントに欲しいのかな? 才能のある人を見ると羨ましいと思う気持ちは確かにあるけど、どっちでもいいや、と思っている自分も確かにいます。

それよりなにより、大切なのは「諦めないこと」かな、と。
愚樵
2010/12/09 05:46
よく思うのは、サクサク書けないのは、きっとまだ思索の途中なんだなぁ、ってことですよね。
何かについて書きたいと思う、その本質を考える、どう伝えようか考える、掴みとギャグとオチを考える、この手順を踏むとわりにサクサク書ける。

一番の問題は、「別に書かなくてもいいか」と思ってしまうことであったり、もっと問題は「思索の元が感じ取れないこと」、、肌感覚の麻痺、、、これは重症です。
どうも仕事が忙しかったり、アホバラエティに毒されたりしていると陥るような気がするのですが、、どんなもんでしょう。

それにしても、このブログ周辺で、テレビ番組関連のエントリーというと、NHKの特番であったり、サンデル教授であったりしますが、アホバラエテェなんて観てる人いないよね、きっと(笑)。

毒多
2010/12/09 09:41
>この手順を踏むとわりにサクサク書ける

毒多さん、才能あるんじゃないですか。「書き方」をわかっておられる。アホバラエテェについて、サクサク書いてみてくださいよ(笑)

見ている人がいないほうが、書いてみる価値はあるのでは?


>何かについて書きたいと思う、その本質を考える

私は自分がだんだんと書けなくなってきていると自覚しているんですが、その原因は「本質」というところ。「本質」なんてのは絶対的なものがひとつあるんじゃなくて、見方によって異なるものです。Aの視座からはAの本質、Bの視座からはBの本質、ってなもんでしょう。

ですから、“これが本質だ”と断定するときには、同時に他の視座の切り捨てを行なっているということなんですね。

切り捨ててしまうとラクなんです。筋道スッキリ、サクサクといく。ところが最近、そういうのが面白くなくてね。

見る方も「筋道スッキリ」のほうが読みやすいんだろうな、と思います。でも、自分が面白くないのを書いても仕方がないじゃないですか。
愚樵
2010/12/10 05:45
 あらあら、ズバ斬りの愚樵さんともあろうかたがお悩みになっているとは(笑)

 Aの視座、Bの視座っていえば、このエントリーの冒頭でかいた岩下さんの「沖縄選挙」のエントリーから考えた、「生活と生きること」ね。
 どちらかをどうしても、切り捨てられない。しかも生活という視座でいけばワタシが当該じゃない。おそらく当該からすればどう考えても、キレイゴト、無責任になってしまうのではないか、、じゃあ、どちらかを切り捨てずにどう考えよう、、、基地を追い出し「思いやり予算」をそのまま沖縄に渡せばいいじゃん、とか、、、いや本質は金じゃねぇだろ、とか、、、いやいやいや、Aの本質Bの本質を乗り越えた「真理」を追求するのが、このブログの本質じゃなかったっけ、、、でもでも、実際に生活することで悩んでいる人がいるなぁ、、、と考えたり、、ふぅシンドイなぁ、、と、こんな感じの挫折ね。

 まあ、だいたい何かを書くにあたり、どうしてもどこかを「切り捨てる」ことになるんだけど、そのことへの反感は予想済みのことが多いですよね。やっぱり来たか、みたいに。でも、予想もしない指摘がいただけることがある。これが面白くて書いているとこはあるかな。

 そうだな、アホバラエティについて、これでもかってぐらい考察して書くのも面白いかもしれないなぁ、、、あんまり、害がなさそうだし(笑)

毒多
2010/12/10 08:42
話は変わりますが、毒多さんの地元、名古屋でのリコール署名無効騒動。

なにかご意見はないのですか? ぜひ、毒多さんの意見を伺いたいのですけど。
愚樵
2010/12/11 05:41
愚樵さんと同意見ですね。

詳しくは忘れましたが、「物書きとして一人前になるには、原稿を書くため毎日机に向かい続けることが必要だ。」という趣旨のことを「共同幻想の本家吉本隆明」が書いていたのを思い出しました。

吉本はゴッホや水木しげると違い、描かずにはいられなかった(生活破綻型)人ではなく40歳近くまで作家を本業とせずやってきたので割とコツコツやることができた人ではないかと思います。

サクサク書けたものが面白いとは限りません。

個人的にはいろいろと考える立場が違うと思うこともありますが、結構このブログを楽しんでいます。
じっくり考えたものをお待ちしています。

それと「学童砦の一役人」というニックネームはこれで最後にしようと思います。
別名でまたお会いしましょう。

そういえば、吉本隆明も結構アホバラエティを見ているようですよ。
学童砦の一役人
2010/12/11 20:51
愚樵さん

河村、、、ね。どうもその辺がキーポイントかもしれません。
というのも、このブログの一つの柱が「政治的話題」だったのですが、さすがに愛想が尽きてきた感があり、ウンザリっていうか、死ななきゃなおらないバカに付き合うのが面倒になってきた、っていうか(死が直る直らないという問題ではないのですが)、、そんな感じです。、、、、で、更新が減ったこともあると思います。

いわゆる本道の「政治ブログ」のみなさんが、飽きず諦めず根気よく、さらには「しなくてはならない」という感覚か否かとにかく継続されているのは才能だと思っています。

とはいえ、お題「河村リコール」を頂いたので、これから考えてみますね。いつupするのか、はたしてupされるのか、未定ですが、、、

毒多
2010/12/13 08:25
学童砦の一役人さん

いわれてみれば、「生活破綻型」、「それをやることのみがが生きる意味」と見える人は才能というより、天才というイメージかもしれません。普通の人は「継続」ですね。

物を書くというよりも、思索し続けるが主で継続しなければならないんだろうなぁ、と考えていて、その思索を書いて現すが付随していくと思っています。とはいうものの「楽しんで」もらえてさらに別の視点を頂けるのは楽しい。とすると書くまでが思索だけでなく書くことで、完成されるものですね。

>吉本隆明も結構アホバラエティを見ているようですよ。

うーむ、なんとも心強い。アホバラエティを見続けることにします、爆!!

毒多
2010/12/13 08:26
>さすがに愛想が尽きてきた感があり

そこは共感・同感です(^_^;
私も政治的な話題を取り上げることはめっきり減りましたし。

でも、おかげで私にとっての「やらずにいられない」というところが見えてきたような気もするんですよ。私にとって「政治の話」は必ずしも「やらずにはいられない」ことではない。軸は別のところにあるぞ、と。

もっとも「政治の話」とは完全に縁を切るというわけではありません。自身の「やらずにいられない」ことを軸に「政治の話」に絡むことはある。でも、それは右とか左とかいったような視座で語ることではないし、そういった足場を固めることでもない。

そういうことに自身が気がつくようになる、つまり「やらずにおれないこと」が徐々に明確になってくる。これはやっぱり「諦めなかった」からだと思うんです。最初から「やらずにはいられない」ことを明瞭に意識している人なんて、なかなかいません。そういう意味では、最初から自身の「やらずにはいられない」ことを識っている人は才能があると言えるでしょう。


「河村リコール」については、煽ってはみたものの、実のところどっちでもいいです(苦笑)。“オレは河村なんて知らん”もまた意見のひとつ。それならそれでもいいと思います。

ただ、「知らん」と表明するのと沈黙するのとでは、大きな違いがありますよね。
愚樵
2010/12/14 08:18
>「やらずにおれないこと」が徐々に明確になってくる。これはやっぱり「諦めなかった」からだと思うんです。

うん、そうだよなぁ、と思う。でも、明確になった「やらずにおれないこと」がまた壁にぶち当たるわけだ。なんとなく不透明になったり疑問に思ったり、それでも諦めずにいれば、さらにクリアになっていくんだろうなぁ、とは思う。「地道」がすべてだなぁ、、、。

河村については、「ワタシは何故河村が嫌いなのか」という自分の分析はしてもいいのかなぁ、と思ってます。
毒多
2010/12/14 19:13

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