毒多の戯れ言

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zoom RSS 「5.18改憲国民投票法施行」…静かな朝だ

<<   作成日時 : 2010/05/18 09:07   >>

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ついに5.18改憲投票法施行、、、静かなだな。静かな朝だ。
新聞にも載ってないし、ブログエントリーもされてない。
何もおきない、誰も騒がない。
このまま消えてくれればいいのだけど。
忘れ去られればいい。
18歳投票をはじめ付帯規則、、、
決めなければ施行できないものが何も決まってない。
施行以前の問題。
社民党も基地問題で最悪の事態になっても連立離脱するんじゃないぞ。
どこまでも改憲のブレーキとして働け。

と、書きながら何か違うと感じている。
「改憲」されなければいいのか?
改憲されなければ、憲法と矛盾した現実のなかにいてもいいのか?
誰かが言う・・・
「護憲といいながらシステムの恩恵のなかで生きているだろ?」
「基地(抑止力)など必要ないと言いながら、アメリカ秩序のシステムのなかで安穏としている?」
「システムの恩恵にどっぷりつかって何をご都合主義的に言ってるんだい?」
たしかにそうかもしれない。
このシステムを良しとして、いや良しとしなくても現状に妥協して認めていこうとするならば・・・。
一部の人間の犠牲、自然環境の破壊、善の否定に目を瞑るなら。
否、瞑れない。
どうしてもその「システム」に正しさを感じないのだ。
「システム」そのものを変えなければダメだと思っている。

恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

これを実践すればいいのではないか。
現状の抑止力によるシステムに甘んじることなく。
崇高な理想を深く自覚し、実現したいのだよ。
何が間違っているのだ?
ん? 現システムを崩すと生活に困窮する、、、か?
はたしてこの理想を目指すことで人々は生活に困窮し、路頭に迷うのだろうか?
現システムにしがみついても既に生活に困窮し、路頭に迷う人々は多数いる。
最悪ではないか?つまらぬ軍事ベースのシステムを許容し、「生きること」にも、「生活」にも迷っていく。
・・・・・
やはり崇高な理想を自覚しながら迎えたい、と思う一サヨの
静かな朝である。


 

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 【日本国憲法 より】第9条   日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段... ...続きを見る
ストップ !! 「第二迷信」
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実金と虚金
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愚樵空論
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内 容 ニックネーム/日時
どーも最近、護憲派でいられるかどうか心許なくなってしまっている愚樵ですが...

>人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、

崇高な理想。近頃の私の身体は、なぜかこの文言を受け付けなくなってしまっているのです。反射的に“嘘くさっ!”と身体が強ばってしまう。困ったことです。

なぜ「崇高な理想」が嘘くさいのか? そこにはドロの臭いがしないから。「崇高な理想」は、そう、昔から言われるとおり、蓮の花のように、ドロの中に咲くものでしょう、と。9条の「崇高な理念」も、もう戦争は嫌だというドロのような情念があったからこそ咲き誇ることができた。

でも、私たちはいつの間にか、このドロを忌避するようになってしまって、花だけみて「崇高」だなんて言ってしまっている。「システム」に飲み込まれて。いや、そうじゃない、「システム」に跳び込んで、だ。

それじゃ、花が枯れるのも無理ないよ、と思うこの頃です。
愚樵@ドロまみれ
URL
2010/05/18 20:44
いやはや、何ともダウナー系だなぁ
こりゃあれかなぁ、オマイみたいな水耕栽培のお花畑と同列の護憲派ってのが腑に落ちないってことかな。まぁ確かに、オイラは泥にも血にもまみれずにやってはいるんだけどね。
とはいえ、水っぽい情念でも言わずには居られないないんだよね、どういうわけかさ(笑)。
毒多@水っぽい
2010/05/19 08:25
毒多さん、もうすこし言葉を追加させてくださいね。

私は「崇高な理念」というのは、「結果(実を結ぶ)」だと思っているんです。そして、人はドロの中からでも崇高な美しい花を結実させることができる「能力」を持っている、と信じている。人間性善説ですね。

じゃあ、守るべきものはなにか? 私は思うに、それは「結果」なんかではないんです。つまり9条という文言に表わされた「崇高な理念」なんかではない。その理念を育て上げることができる人の「能力」あるいはその「能力」を発揮させるための環境、こちらが大切だということになる。

私は護憲派から出発して、そのように考えるようになったので、自らを「保守」と位置づけることにした。“「能力」あるいはその「能力」を発揮させるための環境”を保ち守る、という意味での保守。それは「崇高な理念」に従って人を新たに革める「革新」とは、似ているようで根っこが違うんです。「革新」の根っこ(拠り所といってもいい)は理念の中にある。我が「保守」の根っこはドロ(情念)の中にある。

そんでもってです。毒多さんもたぶん、私と同系列の人種だろうと思うわけです。だから運動家になりきれなかったんだ、と。

ま、私の勝手な憶測ですけど。間違っていたらゴメンナサイ。
愚樵
2010/05/19 14:08
思い返せば、私がリアルな護憲運動から距離を置き出したのが、この国民投票法案が上程され、反対運動が広がった頃からでした。

憲法改悪に道を拓く悪法に反対!

「結果」を第一にみれば、「結果」が書き換えられてしまう可能性が出てくることは、悪です。でも「能力」を第一にみれば、その「能力」から「結果」が導かれる道筋を塞いでしまうことの方が悪になります。

もちろん、あの当時でも現在でも“9条改正否定”という「結果」が出ることを私は望んでいます。そこからすると護憲派は今でも同じです。けど、是が非でも「結果」を守らなきゃならない、とは考えていない。望まない「結果」が出る可能性も受け入れて、「能力」が発揮される機会があったほうがいいと思っている。そういった意味では必ずしも護憲派とはいえないかもしれない。

もっとも当時は、現在のように考えることは出来なかったんですけどね...
愚樵@もうひとつ、ごめんなさい
2010/05/19 16:50

愚樵さん、悪い。
言いたいことは非常によく伝わってきて、一程っていうか大いに同意もできる。その線のレスも何度も書き直しているんだけだうまくまとまらないでいる。もう少し考える時間をください。

「ワタシ個人にとっては憲法なんてどうでもいいんだけどね。」
ってとこから考えなければならなさそうだ。
毒多
2010/05/20 17:14
憲法を守ることが平和を守ることか?
平和を守ることが憲法を守ることか?
守るべきは憲法か?平和か?国家か?人間か?
家族か?自分自身か?財産か?

明日も、来月も、来年も・・・
子ども達の笑顔がみたいですね。(^^♪
すぺーすのいど
2010/05/21 00:47
すぺーすのいどさん、お久しぶりです。
「護憲」って言ってるだけで、そこへの底から出る思いがなくて、ただ言ってるだけでいいのかいな?と考えています。
今、笑っている子どもに伝えることができるのか?ってさ。
毒多
2010/05/21 08:24
愚樵さん

ちょっと質問です。
愚樵さんがコメントで書かれている「能力」とは誰の能力でしょうか?
毒多
2010/05/21 08:25
・毒多さん

一切衆生悉有仏性(^o^)

その「能力」は基本的に誰もが持っています。

屈託なく笑う子どもたちの笑顔は「能力」の発露でしょうし、ずっとその笑顔を見ていたいと願うこともそうでしょうね。

>ただ言ってるだけでいいのかいな?と考えています。
>今、笑っている子どもに伝えることができるのか?ってさ。

子どもを育んでいる周囲の大人たちが幸せなら、子どもたちも“自然に”に幸せになっていきますよね。何も言わなくて伝わっていく。“自然に”伝わるのは、もともとその「能力」が備わっているからでしょう。

これは私たちの身体と同じです。私たちの身体には健康になる「能力」が備わっています。“自然に”暮らしていれば“自然に”健康になる。けど現代人は“健康になるために”いろいろと食生活を「改善」しようとする。

「健康」は「崇高な理念」です。「健康」のための「改善」が「革新」です。「健康」は「崇高な理念」と同じく誰しもが求めるものですが、実は現代人が求めている健康は“自然な”「健康」ではない。頭で作り上げた概念としての「健康」です。だから、身体を「改善」と称して「改造」しようとする。

食生活は「改善」するものではない。“自然に”すればいい。そうすれば自ずと身体は健康になる。人にはその「能力」が備わっています。
愚樵
2010/05/22 04:01
愚樵さん
あ、すみません。質問を簡略化しすぎました。直前のコメントはそれで異議はないのですが、(直前コメも含め)もともと聞きたかったのは「誰の能力を伸ばすべき環境が必要と言っているのか?」ということです。
その前の愚樵さんのコメは(誤読かもしれませんが)、オノレは権力の傘の下で何を「崇高な理想」などと薄っぺらなキレイゴトを並べとんねん、ボケがぁ!! もっと実体を伴いつつ能力を発揮せんかいワレェエエ!! と読み取りました。
で、聞こえてきたのが泉谷しげるの歌、♪今僕達に必要なのは、白雪姫の毒リンゴ♪で毒リンゴが改憲って解釈。・・・分かりにくいかな。じゃ、普天間で泥に使ってきた人の実感のこもった声とオマイらの軽くいう
理想とはちゃうんとちゃうか?。これもちょっと違うって言いそうだな? 本物ってのは与えられた理想じゃなくて能力を発揮して掴みとっった理想のようなもの、、、か? って能力を誰が伸ばさなくちゃならないって言ってるの?って質問。

愚樵さん自身に言ってるのか? それともオレに言っているのか? 日本国憲法のおよぶ全ての国民(人)に言っているのか? 素で他人に言うのは奢りのような気もするので、護憲、改憲ってことで憲法の及ぶ人に言っているのか? それにしてもオマイらは低能だから改憲して泥っぽい環境にまみれたほうが能力が伸ばせていい、ってのはすんごく上から目線だなぁ、、、、と感じている。まあオレに関しては面白いから言ってもらってもいいんだけど、、、え、オレに関しては? ちょっとまてよ、これって護憲って問題なのかぁぁあああ? って思い。
毒多
2010/05/23 14:29
憲法ってのはもともと権力を縛るっていってたのは故井上ひさし(涙)だっけ? とすると権力のそういう「能力」ってことが関係してくるとおもうのだけど、権力にそういう「能力」を発揮しようということは皆無で、ほっとけば別の方向に爆走していくってことで、やっぱ権力にとって都合よくかえない憲法は必要です。もちろん崇高な言葉がつづられていれば「国家」としてそいうした方向へ向かえばいいわけで、「人」が人として伸ばすべき「能力」とは別もではないだろうか?(とは言ってみたものの、もともと実体のない「国家」が向かうものなんぞ実体がないのだろうか?とあらたな疑問)

と、ワケワカメなレスでごめん。

毒多
2010/05/23 14:29
本題に入る前に、少し寄り道を。

ここに4つのリンゴと3つのミカンがあります。足すと何個になるでしょう?

答えは2つ。

その1:7個
その2:足せない

大人であればその1の答えは常識ですよね。でも、子どもはその2の答えを出すことが多い。

大人からみれば、その1の答えを出すことができない子どもは劣った存在に見えます。劣った存在に見えるということは〈上から目線〉ですよね。

しかし、バカな樵がこんなことを言ったらどうでしょう? “その2の答えを出す子どもはスゴイ。その1の答えしか出せない大人はバカだ”。これもまた〈上から目線〉には違いありません。

では、どちらの方がより〈上から目線〉なのでしょうか? なかなか難しい問題ですよね(笑)

ちなみに申し上げておきますと、「大人」にあたるのは護憲派です。じゃあ、「子ども」は改憲派か? いえ、違います。 私に言わせれば、護憲派じゃない護憲派。潜在的護憲派と言ってもいいかな。あるいは消極的護憲派。憲法を守れ! とシュプレヒコールをあげることはしないけど、いざ、改憲の国民投票となったら“なんとなく”反対に投じてしまうような人。
愚樵@上から目線(笑)
2010/05/23 17:43
>能力を誰が伸ばさなくちゃならないって言ってるの?

へのお答え。私は、「能力」を伸ばさなければならない、なんて言っていません。「能力」→「伸ばすもの」という発想が「革新」だといって批判しているんです。私は人間性善説に立つと言いました。ということは、伸ばすもなにも、もともとから人は「能力」を持っている、と言っているわけです。もともとから持っている「能力」をそのまま発揮させてやればよい。

>憲法ってのはもともと権力を縛る

ええ。ですが、その憲法もまた権力ですよ? つまりです。憲法を守れ! と叫ぶ積極的護憲派は権力と戦うとはいいながら、実は自身も権力志向なんですよ。市民は“正しい”権力闘争をしなければならない、と言っているんですね。

私が言っているのはそうじゃない。権力闘争なんかしなくても、人間は“自然に”答えを出すことができる。権力闘争に巻き込むと、逆に答えを出せなくなる。

9条とはなにか? つまるところ権力闘争はやめましょう、ですよね? ところが、それを“崇高な理念だから守るべし!”と言った途端に権力闘争になるんです。権力闘争を忌避していけば、結果として9条になる。人にもとから備わっている能力を信頼すればそうなる。

護憲派はそこを信頼できないんです。信頼こそが、人の「能力」を発揮させる鍵なのに。
愚樵@さらに上から(笑)
2010/05/23 18:10
そういえば「能力」を伸ばす方法がアキラさんところで紹介されていました。

光るナス;『「信頼」と「自立」を促すもの 前編』
http://blog.livedoor.jp/appie_happie/archives/51796744.html

というわけですので、「能力」→「伸ばす」の発想もアリです。訂正させてもらいます。

ただ、アキラさんが紹介されている方法は「保守」ですけど。
愚樵@すみません、訂正です
2010/05/23 18:38
お馬鹿な毒多に解りやすいみかんをありがとう。
非常に冷静で解りやすいコメントなんですが、読んだ時間が悪かった。もやもやしているので、レスの前にちょっとシャウトしときます。

オイ、ゴラ、腐れ鳩山、オノレは舐めとんのか、このボケが!!
いい加減にしとかんと、ジャーすぞ!?  このガキャァああああ!!
オノレのドタマかち割ってカスカスのノーミソかき回したろけぇ、わっっれぇえー!! はぁはぁはぁはぁ

さて、冷静なときには納得して、怒りにまみれているときには納得できない、ちゅうかメチャムカつくってのは「正しく」ないんだろうなぁ。
読むときの心境にっよって評価がかわってくるってのは、人間の宿命だ、なんて逃げをうってはいけないね。
ということで冷静であろうと努めれば、権力を否定しているオノレが憲法っていう権力を鼓舞してるではないか、というご批判は甘んじて受け止めよう。それと、オラが他者を信頼してないことも認めよう。さらに、「能力は伸ばすもの」とかってに誤読して(思い込んでいて)「上から目線」と感じたことも謝罪しよう。またまた自分の矛盾を突かれたことに腹をたてて、剥きになって反論をひねることもやめましょう。オラもどっちかってと性善説的立場でエントリーしてきたブロガだからね。

しかし現実さ、人間は自然に能力を発揮できるのかな? 有史以来戦争も争いもなくならないしねぇ。権力として君臨するのは「能力」の欠片も見えないバカばかりだしさ。・・・・・オラだって冷静になりたいんだけどね。とってもなれやし無い、とくに今朝は。

毒多
2010/05/24 08:38
>しかし現実さ、人間は自然に能力を発揮できるのかな?
>有史以来戦争も争いもなくならないしねぇ。

その疑問は至極まっとうなぎもんですよね。でも明確に答えるのはとても難しい。

カンタンな話。

100人の村に80人分の食料しかないとします。当然戦争がおきますよね。この場合の当然は“自然”といってもいいと思います。

では、100人の村に120人分の食料があるとき、戦争は起こるでしょうか? “自然”に考えると起きません。けど、現実は起きる。

今の地球上はヒトという生物が一人勝ちで、ヒトが食えるだけの食料はある。にもかかわらず戦争はなくなりません。なぜか?

それはヒトが一人勝ちしてきた方法に問題があるからです。その方法が〈システム〉です。では〈システム〉とは? 権力構造です。9条だってそのなかの一部です。

>どうしてもその「システム」に正しさを感じないのだ。
>「システム」そのものを変えなければダメだと思っている。

9条を変えずに〈システム〉を変える、ということですよね。そこは私もそう思うんです。ただ9条も〈システム〉の一部だということは理解しておかねば。9条が「崇高な理念」といわれてしまうとき、私はそのことが見落とされてしまっているような気がいつもするのです。
愚樵@アンチ〈システム〉
2010/05/25 04:51
それはそれ(システム)、これはこれ(崇高な理想)ってことでお許し下さいませ、お代官様ぁああ〜。
・・ってね。・・ふぅ、弱ったな。
また運動を去ったときのようなあの喪失感だ。
このブログの半分ぐらいは否定されたみたいなもんだもんなぁ。
ちゅうか、「ブログ」だってシステムだからほとんど全否定、、、あれあれ、「ブログ」どころか「言葉」だってシステムかしら? 全否定以前の問題だね、こりゃ。ほんと弱ったものだ。
さて、どうしようか?
「言葉」でこの世のことを語る限り「システム」のから逃れることができやしない。最近、感性がへたれれてて形而上へエスケープもできないんだよね。
@アンチ〈システム〉って言ったって、システムのなかの「アンチ〈システム〉」っぽいしねぇ。
まあ「システム」を認めてしまってその前提のうえで、物申せばいいんだろうけど、その前提以前のことを考えるとなんとも、また違和感を感じたおすだろうしねぇ。

ちょっと前に「BLOG BLUES」に勢いで大見得切ったときから、なんか自分が嘘っぽくてヤバイとは感じていたんだよね。いよいよこのブログも終末かな? ダブスタのまま誤魔化しながらつづけようか? それとも所詮、戯れ言と認めてギャグオンリーにしようかな?
全ての事象を小馬鹿にして、マジギャグオンリーにしたら顰蹙買うだろうなぁ。あ、これサウスパークだ。なるほど!!
毒多
2010/05/26 08:17
あれれ、私は毒多さんを否定してしまったようです。ネガティブな気分にさせてしまったようですから。ゴメンナサイ、お詫び申し上げます。

といって、そこで終わらないのが愚樵です。ホントにゴメンナサイ。でも、続けさせてくださいね。

私、村野瀬さんのところでこんなコメントをしたんです。

>“自己肯定感”が足りないのは右も左も同じだと思いますが、ね

>サヨクになるにはそれ相応の知識が必要です。人は生まれながらにしてサヨクにはなれません。「努力」したからこそサヨクになれる。そして「努力」したからこそ、その「努力」を捨てられない。

>これはいわゆる(サヨクが批判する)「勝ち組」の心理と同じです。私は「努力」して手に入れた。あなたが手に入れられないのは「努力」が足らない所為だ。あなたも正しい「努力」をしさえすれば手に入れられる。

>本当の“自己肯定感”があれば、「努力」だって捨てることは出来るはずです。

私が否定したのは、何だったのでしょう? 毒多さんその人でしょうか? それとも毒多さんの「努力」なのでしょうか? 毒多さんの「努力」を否定することは毒多さんその人を否定することと同じなのでしょうか?

毒多さんにとっての“自己肯定感”の拠り所ってなんですか? 「崇高な理念」ですか? 
愚樵
URL
2010/05/27 04:17
わからないな。

「人が「社会」を前提にものを語るということは、その中に入っている人間を入ってないつもりの人間が否定できるかという話にしかならん」

ということか?

(社会という権力構造そのものに参加すること自体罪を内包しているのだからどうしようもない。だから民主党の、ハトヤマのやり方に倣え。という)

それは自然ではあるかもしれんが人間としてあまりにも幼稚なことだと思う。

実際ガマの中で息を潜めていなければならない境遇に置かれた人間集団を考えれば、
そこで泣き出す赤ん坊を、
その母親に銃剣を突き付けて「泣かすな」という兵士と
幼い我が子の口を必死に押さえつけているうちに窒息死させてしまった母親と
そういうことが起こり得るという社会を前にして、

実にここのところを「システムがどうの、理念がどうの」という議論が成り立つのかという話さ。

ここで僕らが問われているのは真実を前にした時の態度だろう。

実際に人がどう動くのか、どう動いたのか、ではなくて。
わたしは、あなたは「どうしたいのか」ということ。
この点について僕は「当人じゃない人間がそれを考えるからこそ、言うからこそ意味があるんじゃないか」とすら考える。
そこにいる人間は否応なく巻き込まれてしまう。何の準備もなく壁の中にねじ込まれてしまう。生きているか、死んでいるかすらも問題にされずに。

そこには人の能力など介在しようもない。いつでもそんな怪物に成り得る、それが社会というシステムだから。

風鈴
2010/05/27 07:57
人間の作り出すシステム(この場合は社会構造)にそういった重大な瑕疵があるのなら、
あらかじめその大穴を塞ぐための不自然な異物を挿入しておくほかはない。
それが九条だ。人間社会の自然に任せていたら必ず「ガマの中の状況」を作り出してしまう。

その点では僕は、性悪説を選択する。社会性悪説とでも言おうか(笑

理念は憲法の前文。
美しいものだが、それだけでは他とあまり変わらないし、もっと他にいいものがあるかもしれない。どこまでも改善の余地は残されている。
完璧ではない。完璧にはなり得ない。だからこそ条文が要る。九条は護符。権力の意図する大量殺戮という悪夢を封印するための。

憲法前文に描かれた設計図を人々の心に刻みつけておくための。

戦争の悲惨が描かれていない設計図。

それがなくなれば「戦争を支持するか否か」というのと「子ども手当を支持するか否か」というのが同列の政策として語られる。

それがいけないことだとは言わないが、恐ろしいことだと思う。
風鈴
2010/05/27 08:04
九条がなければ、憲法というシステム(=権力)は腐敗する。

たとえば辺野古移設を「日本人」ならば受け入れなければならない。

というような言説だ。どこにもそんな理由はないのに「『日本人』ならば」と因縁を付ける。
何ひとつ切実さを感じさせずにそれを言う。

「お前もその恩恵を受けてきただろう。『日本人』なら」と。

骨の髄まで腐り切った外道の口ぶり。

ああたしかに僕は恩恵を受けてきた。痛みとともに。

九条が人の能力を阻害しているというあなた方「日本人」にとっては、その「痛み」こそが人間の能力の源であるという僕の論は受け付けないのかもな。

痛みを感じていないのだから。
風鈴
2010/05/27 08:07
おや風鈴さん。久しぶりにご登場と思ったら、なにやらいつかの時代の青年将校を彷彿とさせるような文章で。大丈夫ですか? ご自愛くださいよ。

>九条が人の能力を阻害しているというあなた方「日本人」にとっては、その「痛み」こそが人間の能力の源であるという僕の論は受け付けないのかもな。

受け付ける「日本人」も、受け付けない「日本人」もいるでしょうね。いや、この言い方は正確ではない。「日本人」は受け付けない。が日本人は受け付ける。そしてひとりの人間の中には日本人と「日本人」が同居している。そして日本人を「日本人」たらしめているのが〈システム〉である。私がしているのはそういう話。

もうひとつ言っておきますが「日本人」は一種類じゃないですよ。9条を守れ!と叫びつつ、「痛み」を共有しない人だっている世の中にはいます、残念ながら。それは風鈴さんが批判しているのとは別種の「日本人」であるだけのことで、日本人ではない。日本人か「日本人」かの境を9条にしてしまうと、そういう誤りを犯します。

>ここで僕らが問われているのは真実を前にした時の態度だろう。


否定はしませんが。しかし、その問い詰め方は、感情的死刑存続派のそれと同じです。“かけがえのない人を奪われた人を目の前では、国家が人を殺してはいけないなどという「崇高な理念」など無効である!” 

風鈴さんは死刑存続派でしたっけ?
愚樵
2010/05/28 06:58
>国家が人を殺してはいけないなどという「崇高な理念」など無効である!

よくお読みになることです。誰がそんなことを言いましたか(笑

沖縄の口を塞いでいるのは誰なのか?

俺ら「日本人」の沖縄の子どもたちを窒息させようとしているのは誰なのか?

ガマの外の国際社会は本当に鬼ばかりなのか?

俺らに突きつけられている銃剣よりもそれは恐ろしいものなのか?

「日本人」はそのために九条を捨てると言うのか?

人の喩え話を希釈するのならそのくらいのことは考えてからにしなさい。

戦時の平民が持ち得る最後の抵抗は降伏です。

自決ではありません。玉砕でもない。
誇りをちらつかせて人殺しを強要するものへの反意の表明はただひとつ「命令を無視すること」。

理屈ではありません。その拠り所が九条なのです。わたしたちを最後に守ってくれる。

その安心感です。戦わなくてもいい。殺さなくてもいい。という。

それをさせない銃剣の、その根拠となるシステムの存在を私は憎む。その発動を拒み続ける。

>風鈴さんは死刑存続派でしたっけ?

死刑についてはあまり考える機会を持ちませんでした。虐待をして子どもを死なせた大人に対する憎しみを私の中でどう説明付けるかというようなことに囚われています。今は。


>大丈夫ですか? ご自愛くださいよ。

ご心配なく。「日本人」がいらぬ言い訳をやめればすぐに収まるでしょう。

その腐れ念仏がこれ以上「沖縄」の口を塞ぐのを見ていられないだけなので。


風鈴
2010/05/28 08:07
>>国家が人を殺してはいけないなどという「崇高な理念」など無効である!

>よくお読みになることです。誰がそんなことを言いましたか(笑

私が言ったのです。風鈴さんの問い詰め方と「同型」だと。そこに気がつくつかないは風鈴さん次第。

風鈴さん、あなたは「日本人」を認めない。それはいいでしょう。おそらくあなたは100%日本人か、あるいは沖縄人なのでしょう。

が、少なくとも私は、そしてたぶん、多くの者が日本人でありなおかつ「日本人」です。自らが「日本人」であることに気がつかない者もいれば、確信犯的に「日本人」であろうとしている者もいる。また自分自身の「日本人」とせめぎ合っている者もいる。

私はあなたを青年将校みたいだと言いましたが、そのわけは、たとえわずかでも「日本人」であることをあなたは認めないように思えるから。そのバックにあるのが「崇高な理念」。

こうした「崇高な理念」の使い方は「愛国心」と同型です。“愛国心に欠けるヤツは売国奴である!” 外道は、他者のほんの些細な不純を見とがめ売国奴だと弾劾する。愛国心から戦争に負けるかもしれないと発言すれば弾劾する。外道は「愛国心」を“モノサシ”にしてしまう。

“モノサシ”になってしまうのは「崇高な理念」も同じ。護憲の精神から、「崇高な理念」で人を縛ってはいけないと発言すると「崇高な理念」を“モノサシ”にする者から弾劾される。

>人の喩え話を希釈するのならそのくらいのことは考えてからにしなさい

それをいう資格のある者は、人の発言の意図を正確に理解できる能力のある人間だけです。自分の解釈の正しさを疑わない人間に、それをいう資格はありません。
愚樵@風鈴さん
2010/05/28 19:18
「青年将校」のあたしが使ったモノサシはあなたの仰るところの「帝国」と「日本」と、そして「沖縄」さ。

御察しの通り「沖縄」はこの構造の中で差別されている。

秩序を維持するために虐げられている。



だから「青年将校」の俺は「決起」をするほかはないだろう。

で、あなたの論では「帝国」人の中のさらに「日本」人、その中の「沖縄」人はどうしろと?

でも、

あたしは答えを出している。

あたしは「日本」人としてのあたしらを護ってくれる日本国憲法につく。

はじめからそう言っている。「日本人」であり日本人であるなどという訳の分からない人種を信じることはできない。何が信頼だ。

笑わせるな。

>それをいう資格のある者は、人の発言の意図を正確に理解できる能力のある人間だけです。

だから最初に確認したんだがな。

==================
「人が「社会」を前提にものを語るということは、その中に入っている人間を入ってないつもりの人間が否定できるかという話にしかならん」

ということか?
==================

成否は別として「解釈の正しさを疑っていない」というのは言い過ぎじゃないか。

>自分の解釈の正しさを疑わない人間に、それをいう資格はありません。

資格ねえ(笑

まあ、こんなとこで揚げ足を取ることもあるまい。「資格」という言い回しを除けば「ごもっともでござい」と受けてもバチは当たらんな。

ご教授ありがとう。

風鈴
2010/05/28 19:55
>そのバックにあるのが「崇高な理念」。

ガマの外側にあるのは残留孤児を育てた優しい中国の人たちと、

自国政府と「日本人」「韓国人」「アメリカ人」といった帝国人たちに虐げられている北朝鮮の人たち、

そして帝国人を哀れむ諸外国の人たちじゃないか、

鬼畜なんかじゃなく、

と思うことが「崇高な理念」だと言うのならそうだろうな。

ガマの外の人たちの方が、銃剣を突き付け「その口を開くな。これはお前のためでもある」と宣う人間よりは、信用に値するよ。

なあ。頼むから沖縄に向けているその銃口を下ろしてくれないか。帝国人よ。

風鈴
2010/05/28 19:57
なあ、風鈴さんよ。

私とあなたの話は平行線なんだと気付かないかい?

そもそも話の前提がまったく違っている。同じ用語を用い、同じ事柄について話をしているようでいて、私たちは全く別の話をしている。

あなたに理解するつもりがないならそれはそれでよい。別に理解を強制するつもりはない。だから、あなたも私に理解を強制しないでくれ。

人間性悪説にたつという風鈴さんよ。そんなに人が信じられないかい? あなたが純粋なのはとてもよく伝わってくるけれども、その純粋さを“モノサシ”に他者を性悪とみて排除してどうする? 純粋さこそが「崇高な理念」だとでも言いたいのか?

私がこのコメント欄を借りて言ってきたのは、ドロつまり不純な汚濁から「崇高な理念」が生まれる、ということ。人間には不純な汚濁から「崇高な理念」を生み出す「能力」がある。

その文脈をあなたは勝手に曲解して、あなたの理解を押しつける。沖縄で虐げられている人たちの「痛み」を背景に。

それは科学の正しさを背景に他者に己の善悪を押しつけるどこかの一味と同型だ。

それともあなたがHNを変えているのは、以前、どこかの一味と戦ったあなたと今のあなたは別人だということなのか?
愚樵
2010/05/29 05:39
私が否定したのは、何だったのでしょう? 愚樵さんその人でしょうか? それとも愚樵さんの「日本人」なのでしょうか? 愚樵さんの「日本人」を否定することは愚樵さんその人を否定することと同じなのでしょうか?

愚樵さんにとっての“安心”の拠り所ってなんですか? 「日本人」であることですか?

風鈴
2010/05/29 06:24
泥水の中で「痛み」を感じ続ける魂が花を咲かせる原動力。

それは泥水を希釈して「仕方ない」と誤魔化すことではない。

そもそも九条の出どころは泥水なんて生ぬるいものではない。人間社会が生み出した地獄だよ。九条はそこに植えられた種子。

憲法前文に描かれた設計図を具現するための。

未来の世界樹。その風除けや虫除けを取り付けるのに都合が悪くなったからといって根っこを切り捨てるなんてのは阿呆の所業だろう。

その樹は、その根っこを取り払ってもすぐには枯れることはない。だが、新たな養分の補給路を必要だ。そうしないと枯れてしまうから。やがて伸びていく枝が鉤爪のようになり、闇の中で子どもたちを捕食するようになる。太陽の届かぬ世界で役立たずの枝葉を自ら切り落としながら。

それが人間社会の能力か?

風鈴
2010/05/29 07:51
愚樵さん、風鈴さん、コメントありがと。
二人のおかげで、ふっきりれることができました。礼をいいます。

で、思うんだけど、愚樵さんのいう「泥」ってのは、たとえば普天間で苦しんでいる状況だったりガマのなかの苦しみだったりのこと言ってんじゃないの? とすると、沖縄と呼ばれる地域で苦しむ風鈴さんがいう「崇高な理想」が、オレが言うそれじゃなくて、泥のなかから産まれてきたものじゃないのか、と思うのさ。たまたまそれが憲法のその部分と重なったってだけでさ。同じことを言っても質がちがうんとちゃうのやろか?

ワタシに対する直前の質問を考えてんだけど、たしかにオレの拠り所は「崇高な理念」じゃなかった。その辺とこはもう一本エントリーをたてようと思っている。

それとさ、愚樵さんの書いたエントリー“日本人と「日本人」、、抑止力”ってやつ、あれコメ欄でも賛同者が多いんだけど、やっぱオレには違和感があるだよね。
たしかに現状のシステムの説明としては気付かされる部分もあるんだけど、あそこに書かれているのは「現行のシステムの説明」でしょ。それで、どうなん?ってのを考えるてしまう。日本人と「日本人」って位置にいるのは解るけど、だから甘んじろ、って言ってるのかな? 多分オレの違和感はその辺だったんだよね。システムの現状ってのは認めるけど、現行のシステムがこうだから許容しなければならない、ってのはちょっとね。あ、許容しろなんてこと言ってないんだったけ?
毒多
2010/05/29 09:02
風鈴さん
>憲法前文に描かれた設計図を具現するための。
この憲法だけどさ、日本国憲法なんだよね、「日本国」憲法。これに気づいて愕然としちゃったよ。ビックリした。オレはいままで忘れていたよ。これに気づいたとき、やっぱりこれはシステムであり権力だと認識できた。
オレはオレが感じ考えたことが、たまたまこの憲法前文とか9条とかに文言化されているのを知ったから、この社会のシステムのうえではその辺を訴えて行こうかな、ってことで、まずこの文言(システム)ありき、じゃないんだ。

それとさ、システムを認めなければいけない、ってのは認めるけど、オレはやっぱシステム嫌いなんだなぁ、と思う。だから「沖縄」とか「日本」とかいう言われ方も違和感があるんだよね。

 
毒多
2010/05/29 09:02
>私が否定したのは、何だったのでしょう? 愚樵さんその人でしょうか? ・・・

風鈴さん、その問いかけが出てきたということは、あなたは私そのものを否定してるのではないということですね? 私はあなたの登場に仕方と文章から、私そのものを否定しようとしているのかと誤解してしまいましたよ。これが誤解であるならば、お詫び申し上げる。

>愚樵さんにとっての“安心”の拠り所ってなんですか?

「日本人」でなんかではないことは間違いない。私は「日本人」でなくても生きているし(だから抑止力も必要としてないし)、それどころか「日本」は崩壊すればよいとすら思っています。ただ、崩壊時に起こるであろう悲劇のことを考えて、なるべくゆっくりと溶解するのがよいとは思っていますが。

私にとっての“安心”ですか。私の存在を無条件で認めてくれる人が存在する、ということかな。

>愚樵さんの書いたエントリー“日本人と「日本人」、、抑止力”ってやつ、
>だから甘んじろ、って言ってるのかな?

毒多さん、それから風鈴さんにも。上の答えでもおわかり頂けると思いますが、甘んじろとも許容しろとも言っていません。それは一知半解さんへの返信を読んでいただいてもおわかり頂けるかと。

>あそこに書かれているのは「現行のシステムの説明」でしょ。それで、どうなん?

ええ、問題はそこから先です。続きのエントリーでもまだ「現行のシステムの説明」の説明を延々と続けていますけど、そこでひとつ示したのは「階級闘争」はダメ、ということ。「崇高な理念」を押し頂く思考は、必然的に「階級闘争」になる。闘争はいかなるものであれ、平和を生みません。たとえ平和のための闘いであっても、です。
愚樵
2010/05/29 16:17
愚樵さん
いまこのコメ欄のレスでもある「ワタシの拠り所」ってエントリーを書いてます。その合間ですが、嬉しくなって、レスれす。
「日本人」崩壊いいですねぇ。悲惨な崩壊にならないのがいい。きっと「みなが無条件で認め合えば」悲惨な崩壊にはならないんだろうなぁ、と夢見る。
「みなが無条件で認め合えば」ことの前提として、闘争はありえない、うん、同意です。
さらには、「みなが無条件で認め合えば」、、憲法も崇高な理想もいらない。
「みなが無条件で認め合えば」これが前提のシステムならすんなり認めることができるんだけどさ。
ドリーマーかな。
毒多
2010/05/29 16:58
今、

「憲法を権力として政治利用する左翼が悪い」

とか言われても。
そんな「腐れ左翼」がいようがいまいが、俺は今こそ、

民主党には公約を守って欲しい

と思うし、

「日本人」は日本国憲法に描かれた設計図をもう一度確認して欲しい

と思う。

それをせずに

「日本国憲法というシステムを疑わない左翼沖縄人」

にも悪いところがあるよ、と言われても困る。

だいたい「左翼」じゃないし。俺は常々、

日本国民は日本国憲法をもう少し尊重してくれないか、

とは言っているけど、

「百パーセントそれが正しいから、それを守れ、守れないヤツは死ね」

などとたんぽぽ軍団みたいなことを言った覚えはない。

俺は愚樵さんとこでネチョネチョ言っている人殺し国家アメリカの百倍中国大っ嫌いの心の膿んだ人間とは違う。

繰り返すが俺は「左翼」じゃないし。

俺が言ってることと「教条左翼」が言ってることが同じだからって「強権左翼」だと肯定せられるというのは「青年将校」みたいだよと否定さるより嫌だ。

俺は「左翼」じゃないが、沖縄の地から日本の総理大臣と国民に憲法の遵守を求めたい。

俺の言ってることはおかしいか。

それを今こそ疑ってみるべきだと愚樵さんは仰るのか。

風鈴
2010/05/29 17:47
繰り返す。私は今こそこの国の主権者である日本国民の公正と信義に信頼して、この陳情を名誉ある日本国民に託す。

現沖縄における専制と隷従、圧迫と偏狭を除去せしめ給え。


風鈴
2010/05/29 18:01
海兵隊の「代替」(なんかじゃなくて「新基地」)の絵図面は耐久性二百年と書いてある。

本当にはねつけることはできないのか?

日本国憲法の国、この「日本」は。

風鈴
2010/05/29 18:11
>繰り返す。私は今こそこの国の主権者である日本国民の公正と信義に信頼して、この陳情を名誉ある日本国民に託す。

現沖縄における専制と隷従、圧迫と偏狭を除去せしめ給え。

風鈴さん、この願いに、私は応えたいです。

ただひとりの力ではかなえられない。
みんなが願い、行動すればきっとかなうと信じてる。


横合いから、ごめんなさい。


ちろ
2010/05/29 22:55
風鈴さん、ちろさん

>繰り返す。私は今こそこの国の主権者である日本国民の公正と信義に信頼して、この陳情を名誉ある日本国民に託す。

だから。“主権者である日本国民”ってのは「日本人」なんだって。

私は私のエントリーでどう言ったか。普天間にあり続けてもグアムに行っても海兵隊は「日本人」には必要だ、言った。どちらがいいかと言えば、グアムにいってもらう方がいい。だから日本はアメリカと権力同士で駆け引きして、グアムにもっていくようにすることが望ましい。

駆け引きだから、勝った負けたはありますよね。マスゴミは“負けた負けた”と譲ったところばかり報道してますが、まあ、それはいいとして、駆け引きの勝ち負けが、それが9条なわけ? 権力同士で駆け引きして勝ったら9条の遵守になるの? それが9条の「崇高な理念」だというわけ?

私にはこんな話、欺瞞にしか思えません。

違うでしょう。「崇高な理念」というならば、普天間にあろうがグアムにあろうが、“海兵隊は要らない”でしょう? 抑止力は必要ない、のはずでしょう? 

国民は主権者である。私もそこは支持する。が、主権者であるにはまず主権がなければならない。では主権ってなに? 国家が国家である権利でしょう。で、国家が国家であることは自己責任なんですよ、現在でもまだ。残念なことに。だから抑止力が必要だということになるし、“国民が国家に9条を守れ”といえるのも、抑止力があるおかげということになる。
愚樵
2010/05/30 05:02
なあ、風鈴さん。沖縄の人って、沖縄に基地がなくなりさえすればいいと思ってるの? 海兵隊はグアムに行ってしまったら、そこから先はイラクへ行こうがアフガンへ行こうがもう関係ない。そんなふうに思ってるの? もしそうだというなら、それなりの振興策との交換で、沖縄駐留存続もアリだと私は思う。

でも、違うでしょう。「沖縄に基地は要らない」は、「ほかのどこへ行こうが基地は要らない」でしょう。沖縄人も日本人もアフガニスタン人もみんな人間なんだから。

でも、主権者であるためには抑止力は必要だ。ならどこかに基地が要る。なぜそうなるのか? 「システム」の問題だ。じゃあ、「システム」とはなんだ? そこを9条を支持することができる人間の「能力」から考え直そう――私は毒多さんと、そういう話を続けてきたつもりだったわけ。

私は9条の精神を敷衍していくとその先にあるのは主権の否定、つまりは私たち自身が主権者であることに否定になると思ってます。9条を掲げる拠り所が主権者でなくなったとき、私たちはなにを拠り所に9条の精神を守るのか? ドロだとなんだのというのは、そういった話。

だからね、風鈴さん。あなたが持ち出してきた“総理大臣は9条を遵守して沖縄から基地を撤退させよ!”というのは、同じ素材の話なんだけど、全然別の話なんですよ。そこをわかってないから青年将校だと皮肉ったんです。ゴメンナサイね。
愚樵
2010/05/30 05:32
ちょっと追加。

憲法というのは、国民が国家に科す制約である。ここは基本中の基本ですね。

が、私は9条だけは違うような気がする。9条は国民に課された課題ではないのか? それを憲法の中の条文だからといって、国家に科すものだ勘違いしてしまう。

いわゆる護憲派の間違いは、ここから生じているように思うんですよね。
愚樵
2010/05/30 05:50
いやだから青年将校でオッケーだって(笑
そんな気もないのにいちいち謝んないでくれるか。
わざとやってるのかと思うぞ。

慇懃無礼と言うんだよそれを。

わざとやってるんじゃなかったらゴメンナサイね。

て、愚樵殿人の話聞いてる?

私が、

基地はグアムに行けと言った?
基地は大阪に行けと言った?

言っていませんね。
一度も言っていない。
言うはずがないんだ絶対に。
(この点では自分に自信を持ってるからね)

基地は県外・県内だと言った?
それはハトヤマが言ったんでしょう。

私の民主党は公約を守れと言うのはそのことだと思った?ハトヤマは公約を守れ、と言ってるのだと思った?

違います。

九条を棄てるなと私は言う。
護憲で当選した民主党の参議院議員がたくさんいらっしゃることを私は知っている。
だから公約を守れよと言った。

憲法前文の理念に深く共感する日本人が民主党にもたくさんいらっしゃる。小沢さんもそのひとりだと私は思うが、そうでなかったらゴメンナサイ(大笑)、

風鈴
2010/05/30 06:28
だから、

ひとつには政権を持っているその人たちに向けて、憲法を順守してはくださらんか。と

ひとつにはその人たちを選んだ日本人に、憲法を遵守してはくださらんか、この国の拠り所はそれでしょう。と。特に25条に関しては、誰も否定はしないでしょう。

そんなものは「まやかしだ、欺瞞だ」という「日本人」はいるけど、愚樵さんはそれに属する人?今更そんなことを言うために政治の話をしているの?

違うでしょう。私はこの点で人を見分けているから、わかるんだよ。「25条はまやかしなんだよ」と言う人と「25条はまやかしか」と言う人の違い。

25条を「まやかしだ、欺瞞だ」と思わない日本人に私は、沖縄の地から言葉をかけている。

だから口蹄疫の宮崎県が助けてくれと言ったら、出来る限りの援助を日本はすべきだと思ってるよ。私の心は。それが満足にできるかどうかは行政府と日本国民の心にかかってるけどね。それが25条の拠り所。

風鈴
2010/05/30 06:31
そして九条。九条の拠り所は戦後だよ。正確には敗戦直後。あの地点にどっしりと根を下ろして、

「またゼロから始めよう」by STARCLUB

私たちの守るべきものは未来。が私の拠り所。

そこで子どもたちが太陽のもとにすくすくと育って葉っぱの色や形はまちまちだけど太陽の作用する力は均等だ。邪魔をするものさえいなければね。大人たちは守る。風除けになって、時には虫に自分の体を食われつつ。そうしてこの樹は大自然の力と日本人の知恵で養分を蓄え太く大きく力強く育っていくの。

(それを泥水だと言っているのだとは思わないけど泥水よりも怖い)闇の中に一歩を踏み出せば、その能力は死んでしまう。子どもたちは太陽の光を得るために蜘蛛の糸を奪い合い始める。権力の垂らす邪悪な糸を。役立たずの年寄りたちを押しのけて。

日本国憲法にこんな社会は描かれていないよ。

>日本国民の公正と信義に信頼して

私の一番の拠り所はこれを作った日本人の、そして国際社会の人々の心だよ。

私の拠り所は日本国憲法でも9条でも25条でもない。

私の拠り所は、日本人なら皆持っている、心です。

戦後を終わらせるな、という心。

風鈴
2010/05/30 06:31
あとこれは、

「じゃあどうする。対案を出せ。まさか安保破棄などと非現実的なことは言わんよな」

という腐れ外道のために。

人にはできることとできんことがある。それが「立場」というものだ。

日本国の総理大臣であるハトヤマが沖縄のためにできることとは何だ?

「抑止力」を勉強して「それがわかったからそれはダメだ」わけのわからないことを言うことか?

それとも沖縄の基地を減らしてくれないか?この異常事態を緩和してくれないか?とアメリカに陳情することか?

普天間基地の撤去。これは沖縄県民の意志だ。「中国千倍嫌いの沖縄県人」でも普天間基地の撤去には異論はないだろう。

それを公的な場でアメリカに言ったらアメリカは日本を棄てる。

それはアメリカを信頼していないと言うことになるのだが、それでいいか?

アメリカが日本を棄てたら中国が日本を併呑する。

それは中国を信頼していないということになるのだが、それでいいか?

某国が侵略してきて占領される。

それは自衛隊を信頼していないことになるがそれでいいか?

これだけの裏切りを繰り返しておいて、人への信頼、という言葉がどの口から出てくるんだ。

日本人よ。

アメリカがそんな外道なら、それが分かった時点で沖縄に負担をお願いするのが筋だろう。

違うか?

風鈴
2010/05/30 07:23
腐れ外道「アメリカ」の言う事を聞かないと日本の安全は保障できないんだ。だから沖縄県民よ、耐えてくれ。

と国際社会の人々の前で公言することだろう。

何が抑止力だ。

信頼できない国「アメリカ」のご機嫌伺いをしてるだけじゃないか。

今もアフガンの、イラクの子どもたちの頭上に爆弾の雨を降らせ続ける「アメリカ」のよ。

「日本国の総理大臣という立場」がそれしかできないんだったら「それしかできないからそれをしてます」と諸国民の前でぶちまければいいじゃないか。

そうすれば信頼に足る諸国民は日本につくよ。

日本につくものがいなければこの世は地獄だ。信頼など欺瞞だ。

鬼畜同士で戦争でも何でもするがいいさ。

風鈴
2010/05/30 07:45
沖縄にお願いされたら沖縄は断る。

徳之島と同じように。

そうすればあとは民主主義の国日本の問題だ。

「それでも沖縄の基地は減らすことはできない。」

(そして新しい基地を辺野古に作る。危険度が未知数で新型兵器の訓練と環境影響調査は今後も沖縄でやる。沖縄の女性が基地内でレイプされてそのほとんどが「基地内に入ったあなたが悪い」と言われて泣き寝入りしているがそれも仕方がない。沖縄の米軍基地内にあるゴルフ場のカートがフェンスの間に細長く列をなしている渋滞の車の前を悠々と横切るが抑止力のために米兵がゴルフをする金を出すのは仕方がない。その他もろもろすべて抑止力のために仕方がない。世界の中で沖縄だけがそれを引き受けることも仕方がない)

という答えが出るとしたら、

それが差別なのか専横なのかという議論はその後だろう。

その議論が外に開かれたものだったら、諸国民の公正と信義に信頼して世に出されたものだったら、あとは私らではなく「ガマ」の外の国際社会と歴史が判断してくれる。

普天間基地は撤去だという日米そして沖縄の合意は得られているのだから。

それとも「代替地」がなければ撤去できないというのが真実だとでも?

「代替地」がなければ沖縄の住民が死んでも仕方がないと?

風鈴
2010/05/30 09:04
愚樵さんよ。

自分のとこで「アメリカは中国より千倍マシだ。アメリカの悪事は過去のものになった」と、その「アメリカ帝国の優位」を「信じて疑わない人間」を放ったらかしにしておいて、

「ちょいとそれは酷いんじゃないか、ハトさんよ」という俺らに、その「非道い」という根拠であるところの日本人の公正と信義である「日本国憲法の理念を疑え」というのはどういう料簡だい。

「崇高な理念を疑え」ああたしかに御立派な教えさ。ごもっともだよ。

でも「アメリカ帝国の優位を疑わない」人間を放っといて、その「帝国」の思惑通り辺野古に新基地が作られようとしている今、それを言うのはいったいどういうことだい。

憲法を疑え、中国はアメリカより千倍危ない、アメリカの悪事は今や過去のものだ。トラストミー、トラストミー、トラストミー、

だから沖縄に新基地を作る。

んなもん信じられるかよ(笑

俺は自分の子どもには中国語を覚えさせようと思うようになった。たった今、な。

俺の子どもには中国人もアメリカ人もみんないい人ばかりだよと俺は教えるよ。悪いのは人殺しと差別とを強要する社会さ。それが地獄というものだ。

だから「米軍基地」には近寄るな。と。


風鈴
2010/05/30 10:35
>て、愚樵殿人の話聞いてる?

わははは。するどいツッコミ!

いや、ゴメン、聞いていないわけではないんですよ。でも、マトモに取り合っていません。

あのね風鈴さん、私にあなたの主張をマトモに取り合えと要求することが、そもそも無体なことなんです。

同じことを別の表現で繰り返しますが、 私は毒多さんと「脱権力」の話をしていたのです。ところがあなたの話は「権力闘争」なんです。だから私はあなたの土俵には乗れない。乗ってしまった瞬間に、毒多さんと話をした「脱権力」の話は、単なる話のネタになってしまう。

そんなことができるわけがないでしょう。

>自分のとこで「アメリカは中国より千倍マシだ・・・

私のあのエントリーも、私としては権力を突き放したところから見たつもりです。ただ、読者がそういうふうに捉えるとは限りません。現に、突き放したところかしたつもり左翼批判を右翼の立場から賛同してくれた人がいましたが、その方には立場は違うと明言してあります。

アメリカ中国云々という権力闘争の話を引き出してしまったのは私です。しかし、私は「冗談」という予防線を張ることを忘れていなかったはずです。ただ、アチラのとっては冗談ではないというし、たぶん風鈴さんにとってもそうなのでしょう。しかし、「沖縄人」たちの権力闘争を私にどうしろというのです? どちらにも荷担できませんよ? 

私に言わせれば、すべては風鈴さんの「権力目線」からくる誤読です。もちろん、風鈴さんに誤読をする権利はあります。誤読がまちがいとは言いません。が、誤読だと主張している当人に、あなたの読解を強要するのは間違っているとはいえます。

あなたと私とが立っている場所の違いを理解し許容してください。
愚樵
2010/05/30 15:55
>「沖縄人」たちの権力闘争

またムチャな言いがかりを。

やっぱり答えなかったね。

あたしが言ってあげる。

あなたがあなた自身に問われている公正と信義をそれ強権左翼の『崇高な理念』だと切って捨てるのは、

あなたがあなたの努力の結晶『泥水論』を言うために普天間基地問題を利用しているからだよね。

風鈴
2010/05/30 16:03
>どちらにも荷担できませんよ?

それで中立のつもりだというのが笑わせる。 
風鈴
2010/05/30 16:07
>私に言わせれば、すべては風鈴さんの「権力目線」からくる誤読です。

それはこのコメント欄の読者が判断してくれるさ。
風鈴
2010/05/30 16:22
ちょこっとお邪魔いたします。

テレンス・マリック監督の『シン・レッドライン』。
ジャングルを行軍する米兵。彼らを包む、鳥や獣のまなざし。
そのまなざしが、愚樵さんの視点のように感じます。

仏性。
わたしたち全てが備えている、資質。
9条の理念というのは、わたしたち皆が恐怖や不安、怒りを超えて本性としての慈悲を顕現させた時に、初めて到達できる[境地]なのだと思います。

けれど、今のシステムはその本性を発現させにくいというか、殺さないと勝てないような形になってしまっている。
辺野古の問題も、かかるシステムにがっちり組み込まれてしまっている。9条に依りつつも、システムの土俵に上がって争うしかない。

現行のシステムがある程度解体されないと、わたしたち皆の心が9条の[境地]に向かうことは難しいのでしょうね。
黒い時計の旅
2010/05/30 18:53
>仏性

手塚治虫の描いた仏陀は、

そこに人がいて、その人が血を流しているときは、犯人探しをするべきときではない、

と言っていたがな(この「気高さ」も俺の誤読かもしれんが)。

>辺野古の問題も、かかるシステムにがっちり組み込まれてしまっている。

この問題は差別か専横かのどちらかだと私は言った。

憲法を支持する日本人の声が大きくなれば、それは日米行政府の『専横』

「抑止力」を肯定し辺野古新基地建設を支持する「日本人」の声が大きくなれば、それは「日本」による『沖縄差別』

この二つ。

もし、私は権力闘争に関わる気はないし、その立場から、このどちらをも拒むというのなら、

これに第三の名を付けることが可能か?

という議論になると思う。普天間の抑止力について語るのならば。それとも今沖縄がこの国のシステムから為されていることを無視して話しが成り立つのか。

成り立つと思うか?みなさんは。

私には人の口を塞ぐ権利はない。

だからそれが今この国がその国民に、沖縄に為している「差別」や「専横」を隠蔽するために利用される類の言論でないことを願う。この国際社会を生きる「諸国民」の「痛み」をやわらげるための言い訳に利用されるような言論にならないことを。

だから「そうなるはずはないよ」というところに持って行きたかった。

今後愚樵氏の議論がそういう方面にきっちり釘をさしたかたちで展開することを祈るよ。

風鈴
2010/05/30 19:27
>そのまなざしが、愚樵さんの視点のように感じます。


この冗談がか?

>素人の考えですけど、そうした流れがまず現実化してくるとすると、変化が現れるのはまず台湾からでしょう。独立国家台湾が中国に併合される。

次に日本からの沖縄独立、かな。もし沖縄県民が勢いづいて嘉手納までどうにかしてしまうと、こちらの方が先になるかもしれませんね。沖縄は日本からも米国からも見捨てられて、中国の支配下に入る。中琉安全保障条約なんてのが締結されることになるかもしれません(笑)


冗談でしかないが、笑えんよ。俺にはな。

正直「愚樵大学病院で沖縄のことを検体にしてるような感じだな」と俺は思った。

麻酔はいらんよ。どんどん切り刻んでくれ。悲鳴は上がるだろうから耳栓はしといた方がいいぞ。

その心が膿んでいないのなら善意の研究者でもさすがに「痛む」だろうからな。

風鈴
2010/05/30 19:37
>あなたがあなたの努力の結晶『泥水論』を言うために普天間基地問題を利用しているからだよね。

ここにだけ返答して差し上げましょう。

あなたの指摘は全く正しい。私は毒多さんに「努力」を捨てろと言いつつ、自分は努力を捨てない。そんなことは気がついてるよ。

けど、風鈴さん。そこまで気がついたのなら、なぜもう一歩先に気がつかない? いま、私がその努力をここで捨てたら、私の毒多さんへの問いかけはどうなる? 努力を捨てることは不誠実にならないか?

少なくとも私はそう感じている。それともなにか? 私は不誠実を犯してまであなたに賛同する義務があるというのか? 

そういうなら、今のあなたはあのタ○○○と全く同類だ。

おっと、毒多さんへの誠実を盾にするなどと言われては心外だから先に言っておく。その誠実を選択したのは私自身だ。私にはいついかなる時にでも自分自身の誠実を選択できる「自由と権利」がある。時と場合によっては他の誠実を切り捨てることもできる。

この自身の内なる「自由と権利」を守る「能力」が「崇高な理念」を育む「能力」だ。相手がたとえ「崇高な理念」であっても、「自由と権利」を侵されてしまっては、自身の「崇高な理念」を育むことは出来ない。

風鈴さん。あなたはあなたの「正義」を主張する時と場所と相手を間違えた。出直してくるべきだ。
愚樵@風鈴さん
2010/05/31 05:25
>ジャングルを行軍する米兵。彼らを包む、鳥や獣のまなざし。

ありがとうございます。そのように受け取ってもらえるとは。望外の喜びです。
愚樵@黒い時計の旅
2010/05/31 05:28
おはようございます。
なんだか、このコメ欄読んでる人は、毒多だけがバカって印象強くしていそうでブルーなんだけど、、、まあ愚樵さんも毒多をバカにするためにではなく、自らの意思でバカな毒多に訴えようと思ったっていっているからいっか(笑)。ということでお馬鹿な毒多が考えたことはエントリーしといたから、暇な人は読んでくれると嬉しい。

もともとこのエントリーは5.18ということで挙げたもので、静かな朝に語るものであればよかったんだけど、ハトヤマのクソボケ野郎がシステムを腐った方向へむけようとするタイミングとあってしまったのが不味かった。
オレにしても一旦ハトヤマをこき下ろさなければ、怒りのあまり愚樵さんのコメントは読めなかったわけで、現実に今、この瞬間に苦しんでいる風鈴さん(とその地域に住む人の多く)が違和感を覚えるのもワタシにはよくわかる。もちろん愚樵さんにも解っていると思っている。

でも、この現実の不味い瞬間にこういう議論になったのは意味があると思っている。空論・戯れ言と現実とは別世界のものか? 今現実に対峙しているものに空論・戯れ言は意味をなさないのか? 政治ブログのように今現実にのっとった方向性の議論しか現実にとって意味はないのか? そうじゃないから議論(言い合いか?)になったと思っている。
オレのこれは、戯れ言かもしれないけど、戯れ言に忠実に現実と対峙していくしかオレにとってはできない。

毒多
2010/05/31 06:03
>沖縄県民が勢いづいて嘉手納までどうにかしてしまうと

たしかにこんなネトウヨまがいの言に勢いづいてもしょうがないな。そんなことを言うヤツはいくらでもいる。堪忍袋の緒がいくらあっても足りやしない。

だが、drさんにしても他の皆さんにしても、

普天間の抑止力に言及しつつ、沖縄から日本人の公正と信義を問う姿勢を左翼の教条主義だと矮小化し、自分は【「沖縄人」の権力闘争】に関わる気はないと切って捨てることのできる立場がある

そんな道学者がいる。

ということは覚えていて欲しい。

そしてこの立場に立脚して自らを恥じることのない人間への名付けは皆さんにお任せするよ。

ネトウヨではないことは確かだが。

ああ、病根は日本ではなくて沖縄の教条左翼にあり、護憲を旗印に日本に公正と信義を求めるこの私にありだ。

早いとこ切除しろ。政治屋共が。

風鈴
2010/05/31 08:17
風鈴さん ココは言い過ぎだ!

>ああ、病根は日本ではなくて沖縄の教条左翼にあり、護憲を旗印に日本に公正と信義を求めるこの私にありだ。


批判ぢゃ無いんだもん。
風鈴さんにこう言わせてしまうニホンとニホンジン(私も・・・)の現実がつらい・・・。
悲しくて、悔しい・・・。


風鈴さんの言葉で気付いたり、ココからぢゃ見えないものが見えたりする。

風鈴さんの憲法と9条のコメント、私は ハッとした。

もっと、あなたの思索を聴きたいんだ。


ちろ
2010/05/31 21:48
私も少しの間だけだけど沖縄県民だったこともあるので。

沖縄から全ての軍施設が一日も早く無くなることを心から祈ります。

だた現実的に沖縄の軍施設の問題は、撤去されれば幸せになれるような単純な問題ではないですよね。

県外、国外に移動させたらOKってレベルで妥協したら、沖縄はさらに不幸になる気がします。

世界中の軍施設の存在の理由から問いただしていかないと、沖縄の不幸は取り除くことが出来ない気がします。

そのために、過去の記憶の結晶である9条と前文を守ることも大事だけど、未来を担う世代にその根本原因を打破できる力を与える事が大事だと私は思います。
すぺーすのいど
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2010/06/01 00:37

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「5.18改憲国民投票法施行」…静かな朝だ 毒多の戯れ言/BIGLOBEウェブリブログ
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