毒多の戯れ言

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zoom RSS 「片山右京の仕事」…ちゃんと総括しなさい

<<   作成日時 : 2009/12/26 09:31   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 4 / コメント 13

 今更ながら片山右京の例の遭難事故について書いてみる。って、最近このパターンばかりだな。もうタイムリーなタイミングでタイピングしなければならないという呪縛からすっかり解放されていて、気楽なもんである。もちろんタイミングが遅いからといってしっかり思索したエントリーになるかどうかは別問題であることは言うまでもない(笑)。
 片山右京について書いてみると言っても、登山歴1日しかも20年以上前のワタシにとっては片山パーティの遭難事故について論評できるわけもなく、テレビの報道もああソウナンだ、ぐらいの興味だったので真面目に片山右京でググってきた人には拍子抜けするエントリーになることになりそうだ。
 で、何故片山右京について書こうと思ったかというと、 逝きし世の面影さんが興味深いエントリーを挙げていたのと、どういう訳か野口健のブログを見てしまったからである。
 まず、逝きし世の面影さんのエントリーを読んでいて驚かされた。登山について無知なワタシには、ほとんどが、へぇ〜、という内容で大変興味深かった。全般的に今回の片山パーティの遭難について「基礎がなってない」と批判的なのだが、ワタシにはそのエントリーを判断する能力がない。それでも一つ思ったことを書いておこう。
 自称「登山家」「冒険家」の片山右京がリーダーのパーティで2名が命を落とした事実について、リーダー片山右京は遭難事故会見のなかで「全て自分の責任です」と述べた。で、仕事も自粛らしい。問題はここだ。「全て自分の責任です」と言うだけかい? で、仕事の自粛? 何が責任なんだろう? どう責任を負うのだ? そう言って号泣すれば同情を得られるとは考えてないんだろうけど、さっさと流されていくマスコミのなかでこの遭難事故も片山右京も流されていくのかいな?
 今、片山右京ができる「責任」と「登山家」「冒険家」としての「仕事」は、総括とその発表じゃないのかい? この遭難事故を本当の意味で、こと細かく検証し総括できるのは片山右京だけだろ。多くの登山が趣味の人々に対して発表することが「登山家」「冒険家」としての仕事だと思うぞ。

 さて、 野口健のブログである。
 もう、なんだかなぁ〜。恥ずかしいなぁ。
 片山右京の弁護に始終して、決め台詞は

>冒険人生は冒険から得るものもあれば、時に失うこともある。それでも、挑戦を続けなければならない時がある。冒険人生とはそういうものなのかもしれない。

 恥ずかしい〜!! 赤面である。なんだこの「われら青春!!」は。問われるのは今の片山右京の行動だろ? 同じ「冒険家」仲間として片山右京に言うべきことは「ちゃんと総括しろよ」だろ。それを、こんな青春候なセンテンスで自らも総括してしまってええのかいな。ワタシだったら野口健バーティーでも絶対に登山はしない!! 死んでも死にきれんな。ちゅうかこんなつまらんヤツだっとは、とほほ。

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コメント(13件)

内 容 ニックネーム/日時
最大の疑問点は、片山氏にしても此処で紹介されている野口氏にしても『何でメシを食っているのか』?ですね。これがサッパリ判らない。
登山(アルピニズム)他のスポーツと違い誰かに見せる物ではない。
誰も観客のいない所で幾ら物凄い技術を披露しても所詮仲間内の自己満足が関の山。
サッカーで、ペナルティで観客抜きで予選を行った例があるが、あれでは誰も儲からない筈だ。
何故山に登るとで金が儲かるかが判らない。(金鉱でも探しているのか。?)
山だけでなく基本的にオリンピック競技の様なメジャースポーツ以外にプロは成り立たないのです。
それどころか登山の様なマイナー競技では、行うこと自体が色々な差別があり、これ等マイナースポーツの置かれている立場が苦しい。
以前親友の息子が一輪車マラソンで2時間を切る日本記録(日本にしかないので自動的に世界記録)を出し優勝したが、長野の千曲川で行われた一輪車協会主催の全国大会参加の為に、高校で所属していたバスケットボールの練習を休んだとして他のメンバーの見ている前で顧問の教師に酷く叱られたのですよ。
何ともやりきれない話です。
それにしても野口し程度の技量や経験で幾らなんでもプロは無いでしょう。
彼のブログを読んで見たが、あれは政治ブログですね。ブログにも橋本竜太郎首相との交友関係が書いてあるが、山での塵拾いとか、戦場の遺骨拾いとか、あまりにも政治くさい話です。
何で山の塵を始末するなら、本当の困った塵である登山ルート上の遺体のの始末が先決であろう。何ともインチキくさい男たちである。
逝きし世の面影
URL
2009/12/26 17:16
こんばんは!

今年もあとわずかになりました・・・

>登山歴1日しかも20年以上前のワタシにとっては・・・
ん〜・・・一日でも登山歴になるとは知らなかったです(笑)

>今、片山右京ができる「責任」と「登山家」「冒険家」としての「仕事」は、総括とその発表じゃないのかい?

私もそう思います。仮にも2人の人命が失われている事故であり、「悲運のヒーロー」?として、扱われるべきではありません。
野口健氏のブログを見ますと、「2人のためにもこれからも続けてくれ」みたいな意見も見受けらましたが、すぐ美談に転化させる人が多いのには驚きです。

毒多さんも、よいお年を!
えちごっぺ
2009/12/26 17:50
逝きし世の面影さん
登山のプロといえば、思い浮かぶのが「登山ガイド」「ポーター」「山岳救助隊」かな? 登頂成功で賞金がでるような山岳スポーツはあまり聞きませんね。モンベルなんかの登山用品メーカーとの契約とかはあるのかなぁ? まあ多くは登山をネタとした講演や著作が仕事になるような気がします。
片山右京は「チャレンジスクール」というのを主催していたようですね。(すごいチャレンジだ)

でね、やっぱりそのスクールも休止となり片山右京オフィシャルブログも休止となった。
ここなんですよ、ワタシが解せないのは。
おそらく司法上の罪は問われないのでしょう。でも責任は自分にあると言った。責任の取り方が、チャレンジスクールやらブログの休止ですか?と言いたい。それは「登山家」として違うでしょ。...ここにアマチュアっぽさを感じて仕方ありません。
dr.stonefly
2009/12/27 07:36
えちごっぺさん

そうそう、どうも「悲劇のヒーロー」的な扱いが目につきますね。そして自粛。さらには、野口健の決め台詞です。
なんかちょっと違うんとちゅうやろか、って思います。
>すぐに美談にしあげる
まったくもって、、ねぇ。
あ、これ既視感。
市民運動で仲間がパクられたときのことを思い出します。
片山右京が今年最後じゃ寂しすぎるので、もう一本挙げちゃおうかな。
挨拶はそのときということで、、、、(笑)
dr.stonefly
2009/12/27 07:41
う〜ん、野口健は、実は冒険家という商売の根っこをよく知っているのかもしれませんね。

右京や野口は冒険家というけれども、商売のネタは要するに「希望」です。自身がある種の限界に挑戦することで他人に「希望」を感じさせる。冒険家の活躍を知った大衆は、その姿に「希望」を感じるからカネを払う。この構図はスポーツ選手なんかも同じですね。

片山右京はこの事故で売ってしまったのは「希望」とは正反対。ま、これでは右京は商売にはなりませんね。

で、野口ですけれども、これも売るのは「希望」でなければいけないわけですから、同業者である右京の批判なんてできるわけがないんです。そんなことをすると、自らが売る「希望」のネタをなくしてしまうことにもなりかねません。批判が適正であっても、批判すること自体が「希望」を売るという“構え”とは相容れないものがありますからね。なかなか難しいところではありますまいか?

それにしても、冒険家なんて職業は因果なものですね。売ることができるのは「希望」という名の虚構のみ。いえ、全部が全部虚構とは言いませんけど、やっぱり幾分かは水増しして調味料も添加しないと大衆向けの売り物にはならない。今回の事故ではその「水増し」があからさまになってしまった。気の毒というか自己責任というか、なんとも複雑な気持ちです。
愚樵
URL
2009/12/27 15:30
知人に日本アルパイン協会加盟のプロガイドを一名知っていますが客さんを数名山へ案内する仕事。
例えるなら通訳とか介護ヘルパー見たいなサービス業。
親しい会の会員だったので経歴は良く知っている片山氏なんか足元にも及ばない凄い実績があるが、そんなに儲かる仕事ではなく山が好きだからやっている。
案内している客を死なしたら勿論刑事責任モノなので絶対安全が身上。
だから今回のような不思議な遭難なんかは起こさない。
ポーターは昔はあったが今ではヘリ輸送が主。
山岳救助隊は原則プロはない。
長野県や富山県の県警の中にある救助隊は勿論全部警察官、民間人が参加する場合には日当は支給されるがプロとはいえない。
原則日本では欧州のような常設の山岳救助隊はない。
警察が一定程度受け持っているが登山道程度での遭難を引き受けているだけで困難な技術のところは誰も引き受け手はない。
日本の山岳会とは、欧米のアルピニストのサロンではない。欧米ではスポーツ登山をしたい人は登山学校に入学して技術を学ぶが日本では其の様な常設の施設はないので、山学会が徒弟制度で行っている。山学会の大きな役割が遭難互助会なのです。登山者は自分が遭難した時の為に予め互助会に加入している。難しい場所では誰も遭難救助には着てくれない。勿論費用の問題もある。費用がかかりすぎて入っていないと残された家族が破産する。
原則日当は無しで随分安くつくので登山者はみんな好き嫌いに関係なく何れかの山岳会には加入している。
自分が遭難するとは思っていないプロ登山家の両氏は何処にも加入していないし入山届けさえしていないお粗末さ。
入山届けは当日入山時に行うもの、登山届けとは事前に所轄の警察署の外事課や救助隊に送る物で、富山や群馬県では冬季の届出が義務付けされている。山で起こったから山岳遭難は早計で限りなく気分はハイキング
逝きし世の面影
URL
2009/12/27 15:55
愚樵さん。
なる程。プロの登山家とあるから『山をなめるな』と腹を立てていたが、『冒険家』ですか。
それならある程度は判ります。
しかし今頃冒険家とは。!
探検家と冒険家とは同じモノなのでしょうか。?
帝国主義の時代の探検家は本人たちは善良だったかも知れませんが『どうしようもなく政治的な存在』でもあったのです。
歴史を調べれば必ず最初に探検家が行き、次に宣教師が行き最後に植民地にするために列強の軍隊が派遣されたのですよ。
逝きし世の面影
URL
2009/12/28 13:36
なるほどね、心理ですね。
野口健も片山右京を否定してしまったら、自己否定につながる。絶対に批判できないことになります。
もっとも野口健にはそうした計算がなく、心から決め台詞を言ってるんだろうけどね。
そしてある程度成功していることが、野口健のコメント欄をみると解る。需要と供給が成り立っているのだろうね。
でもさ、なんだか甘ったるいなぁ、と感じる人もたくさんいると思うんだけどね。因果だね。

冒険家といえば植村直己はどうなんだろう。子供の頃一冊だけ彼の著作を読んだことがあるなぁ。胡散臭さは感じなかった。読んだのが子供の頃だったからかなぁ。

そうそう、ある意味、プロの冒険家は川口浩かもしれないね(笑)。






dr.stonefly
2009/12/29 17:54
野口健のブログを読んでみましたが登山が剣道に変わっているだけで色々なところが森田健作そっくりでしたよ。
そして森田健作は千葉県では断トツの得票で知事に当選している。
私の見たところ、野口健は森田健作ジュニアですね。ですから支持する人も同じレベルではないでしょうか。?
植村直己は単独行なので誰かを道ずれにしていないので非難する心算は全く有りませんが、・・・・擁護する心算はそれ以上にない。
不気味すぎるのですよ。
あれは、何か可笑しいと思いませんか。?
自分のブログに書いたが基本的に登山者が死んで祭り上げられることは無いのです。
山の世界はシビアで、勝てば官軍負ければ賊軍の世界なのです。
其の例外が植村なのですが、何とも不思議。
私はこれ以上敵を作りたくないので植村直己を批判しないが、遭難経緯を調べた本田勝一は厳しく批判している。興味があれば彼の本を読んでください。
確かに情けない不注意な(今回と同じように防ぐ事の出来た)遭難事件ですね。
私としては本田勝一の指摘していない植村直己について一言。
彼は35歳で必ず引退すると宣言していたのですよ。
理由は体と心とのバランスで、目的を実行する体力の低下はスポーツ選手の現役引退は当然な話です。
そしてマッキンレー登山後に引退すると決めていて最後の登山が文字どうり最後になった。
これを最後に辞めるは絶対に駄目。辞めるときは即座に止めないと。一番危険な死亡事故の元です。
逝きし世の面影
URL
2009/12/29 18:29
面影さん

私も本田勝一の植村批判、読んだような記憶があります。確か三浦雄一郎と比較して三浦はプロ、植村はアマチュアだと言っていたような。

私は植村はエキスパートだったとは思う。でも、プロではなかった。かの批判本には、植村がマッキンリーに向かわざるを得なかった理由の背後に広告代理店があったというような記述もあったように記憶しますが、植村がエキスパートであってもアマチュアだったというのは、広告代理店との関係、要するに経済的な事情でしょうが、そういった事情によって必ずしも意に沿わぬ仕事をしなければならなかった未熟さがあったということなのでしょう。

ですが、エキスパートだがプロではない、というのは、日本人好みなのです。すなわち「判官贔屓」です。

判官こと源九カ義経は戦闘のエキスパートではあったがプロではなかった。プロだったのは頼朝のほうですが、日本人の好みは明らかに義経。植村直支持されるのは要するに日本人好みだからでしょうね。

また、そういった視点から見れば、片山も野口も日本人好みのキャラといえるのかもしれません。
愚樵
URL
2009/12/29 20:12
エベレストスキー登山でシェルパが何人も雪崩で遭難死しているのに、計画を修正せず、それ以降にスキーを予定どうりに行ったので、三浦雄一郎は山屋の世界では『人非人』だと思われています。
エベレスト行きにはスポンサーが幾つも付いていてお金を貰っているので現地のネパール人が何人も死んでも止めれない。予定を変えなかった三浦雄一郎はその意味ではまさにプロですね。
これはリーマンショックの営業不振で長年自分の会社の為に働いてくれていた派遣社員を年の瀬に情け容赦なく首を切った経営者と同じでプロではあるかもしれませんがひとでなしでもある。
山で遭難すれば誰彼の例外なく非難されるのが登山なのです。『勝てば官軍負ければ賊軍』で、負けたものを徹底的に叩くの厳しい掟が山にはあるのです。
これ等の考え方は、表向きは、『遭難を正しく総括して遭難原因を科学的に究明する、そして再発を防ぐ必要が有る』との誰が見て文句を付けれない正当な目的が、『名目』(建前)なのですが、
実は、『勝てば官軍負ければ賊軍』の本音と、『負けたものを徹底的に叩く山の掟』が隠されているのですよ。
何故『負けたもの(遭難者)を徹底的に叩く山の掟』が必要かというと、これが無いと残ったそれ以外の現役会員の、遭難以後の山登りが続けられないのですよ。
山を続ける為には『ミスさえなければ生還できた』の原則でなくてはならず、『ミスが無く、失敗しなくても死ぬ』を認める訳にはいかないのです。
『正しければ勝っていた』のであり、遭難死は『してはいけない大きな失敗を犯したから起きてしまった』との原則が無ければ、現役会員にとっては恐ろしいことになる。
恐ろしすぎて登山が続けられないのです。
それで敗軍(賊軍)の遭難者は徹底的に叩く必要が生まれるのです。ですから何とか健が登山者なら、今回の様に持ち上げる事はないのです。
逝きし世の面影
URL
2009/12/30 12:52
本田勝一の本とは色々な遭難を取り上げ批判した物で三浦雄一朗はなかったので別の本で、素人の遭難は厳しく指摘しているがプロガイドの遭難では矛先が鈍い。技術的に上のものに遠慮するとは本田勝一も焼きが回ったのか。

負けたものを徹底的に叩くのが山の掟の例外が一人だけいる。
マッキンレーで遭難死した植村直己を例外扱いして持ち上げる。
遭難死した1984年には国民栄誉賞まで受賞。全く腹立たしい。
何が『世界初の五大陸最高峰登頂者』ですか。チョモランマ以外は観光客気分の大雪の今度の遭難者と同じ程度。
犬ぞりでの北極点なんかも草鞋を履いて歩いて時代劇風の衣装を着てお伊勢参りするのと、どれ程の違いが有るのか。
登山以前の失敗を数々犯している。
彼は昔35歳以上では精神に体がついて行かなくなるので引退するときっぱり宣言していた。
入山前に既に引退後のアウトドアスクールの準備をしていた。マッキンレー冬季登山を最期に引退する心算だった。
これからも続けるは良いが、『これを最期に止める』話は何ごとに因らず、大概は其れが本当に最期になったりする。
橋田信介がイラク入りする前に『これで最期にする』と何度も明言するのをテレビで聞きながら『縁起でもない不吉な言葉だ。引退するなら『これを最期に』ではなく即座にするべきだ』と考えていた。
大事故は大概はこの様な状態の時に起こります。
緊張感は一度緩むと、なかなか元の状態には戻らないのです。
植村直己は、冬季のマッキンレーは技術的には問題ではなく低温が問題だとして、登山靴ではなくコリアンブーツ通称バニーシューズをぶっつけ本番で準備なしで履いていくが不真面目この上ない。
この靴はゴムで出来た冬季用エアーシューズでアイゼンを使用する登山には不向き。
植村を祭り上げるから片山右京とか野口健の様な勘違い男が生まれた。
逝きし世の面影
URL
2009/12/30 13:33
バカみたいな記事だな
輪スト
2012/03/23 04:04

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