毒多の戯れ言

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zoom RSS 「森、水、いのち、、、」…Mのメッセージ

<<   作成日時 : 2009/09/15 13:12   >>

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 あの晩、もしヘタレて小さなコンサートに行かなければ、もしMに会わなければ、これほど考えることもなかったし、ましてやブログを書くこともなかったと思う。
 翌日、JはMからの私信を転送してくれた。
 その転送は、単にMからJへの手紙というだけじゃなくて、Mのメッセージが書かれていた。Mはぜんぜん意識してないかもしれないけど、とても大切なメッセージ。とても深いメッセージ。Jも何かを強く感じたから、Mからの私信をボクに転送してくれたんだろう。ありがとう感謝します。
 ボクは今、そのメッセージをちょっとだけこのブログを読んでくれている人に伝えたい。ブログに載せて、多くの人に贈ることはMにもJにも断らないよ。これを伝えることはやはり大切なことだと思うから。
 

昨日は音楽も良かったけど、何より〜みんなに会えたのが メチャクチャ嬉しかった!
何だか 一人じゃない みんなついてるって パワー貰ったよ。
そして Jが 足をさすってくれたのが 凄く楽になって安心して 人の力は 凄いなぁ と 感謝の夜だったよ。
帰ってかなり疲れて痛みがでて…でも 痛み乗り越えていくよ    (Mのメールより)



 
 一人じゃない……
 人の力は凄いなぁ……
 痛み乗り越えていくよ……



 そういえば、愚樵さんは 《物》の原理は専有、《情報》の原理は共有なんて書いていたな。《情報》ってのはピンとこないから、ここでは《精神》にしようか。
 Mの身体はMによって専有されている。病になってしまったけどね。でもMの《精神》はMだけのものじゃない。たまたまJがMの精神に触れたからボクと共有しようとして、ボクが触れたからみんなと共有したいと思った。だからMのメッセージをブログに託したんだ。
 それと愚樵さんの原理とMのメッセージを読みながらもう一つ思った事。
 ホント 《物》は有限、だけど《精神》は無限だなぁ。ってこと。


 うん、君は一人じゃないさ
 支え合って、楽になって、安心して、、、
 ボクもやはり、君から力を貰った。
 今も貰っている。
 ほんとだね、人の力は凄いな。
 精神が共有されていくのが実感できる。
 痛みを乗り越える。
 身体を乗り越える。
 物を乗り越える。
 乗り越えられるさ。
 きっと。
 ずっと生きていくさ。
 みんなと繋がりながら、、、それは無限だ。





一つ前の記事のコンサートではないのですが、同じユニットの演奏をyoutubeで見つけたので張っておきます。


 

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dr.stoneflyさん、こんにちは。お久しぶり、でもないですね(^o^)

実は私もここのところスランプ気味で失語症を患ってしまっています。いろいろと書きたいことはあるんですけど、うまく文章にならないという状態。

そんなわけで、前エントリーも何かコメントをしようと思ったのだけど、うまく言葉にならなくて...、ゴメンナサイ。今回も読むだけと思って拝見したんですけど、そうもいかなそうな雲行きで、ノコノコと出て来てしまいました。

>《情報》ってのはピンとこないから、ここでは《精神》にしようか。

あのエントリーは誤解を招くだろうと思っていたのですが、やっぱり、という感じ...(^_^;  いえ、私が悪いのですけどね、あんな書き方をしたもので。《情報》《物》という用語が、一般の意味と大きくズレているんです。
愚樵
URL
2009/09/15 18:07
まず《情報》は精神作用ですが、《物》の同じ精神作用です。精神作用のうち、共有できるものを《情報》と呼び、できないものを《物》と呼んだ。で、dr.stoneflyさんが「Mさんの《精神》」と呼んだなにものかは、《情報》か《物》かというと、《物》になります。それはあくまでMさんの専有物なんです。私たちはMさんの《精神》を共有することは出来ません。私がちが共有できるのは、Mさんがその《精神》を表現した言葉や表情や仕草や、そういった表面的なことだけです。

それはそうでしょう。Jさんにだってdr.stoneflyさんにだって、Mさんの身体の痛みは感じられないでしょう? 共有できないでしょう? Mさんの痛みはMさんの専有物です。ならば、その痛みを乗り越えたところで獲得したMさんの《精神》もまたMさんの専有物だと考えるのが妥当でしょう。

私たちの間には、絶対的な差異があるのです。この差異を超えては共有はできないんです。

私は、何事も共有できるという思い込みを、甘えであると同時に傲慢だとも思います。

【私】と【他者】(【他人】)との間には、共有することができない絶対的な差異がある。人はこの差異の前に、ただただ立ち往生するしかありません。
愚樵@つづき
2009/09/15 18:21
でもね、dr.stoneflyさん。勝負はここからだと思うのです。この立ち往生に絶望するか、それともさらに進むか。進むことが出来れば、共有することはできなくても、共感することはできる、ということが理解できるできるはずです。

共感といっても所詮は【私】の専有物です。その共感が【他者】と共通している保証など、どこにもありません。【私】にできるのは、その共感を「信じる」ことだけです。そして、共有への絶望から前へ進んだ者にとっては、それで十分なんです。

Mさんはおそらく“それで十分”な人なのでしょう。さらに言うならば、dr.stoneflyさんはMさんにとって「信じる」に値する人なのでしょう。私のいつかのエントリーの表現を用いて言い直せば、Mさんは「〈信じる〉私を《信じる》」人であり、dr.stoneflyさんはそのMさんが〈信じる〉ことができる人なのだ、ということです。
愚樵@3つ目
2009/09/15 18:48
【他者】との絶対的差異を「信じる」ことによって超越する。私はこのことを差異共振性と呼ぶのだと思っています。

「専有物である《物》を生み出す〔感覚〕は、差異性を志向する」

と書いた所以です。

すみません。私のエントリーの方へ引きずってぐだぐだと書いてしまいましたが、もっと端的に言うならば、Mさんの《精神》は、それを疑った瞬間に、dr.stoneflyさんが共有といった感覚も、私が共感という感覚も、どちらも直ちにすっ飛んでしまうものなのだ、ということです。「信じる」ことによってのみ、Mさんの《精神》は感得されるし、それで十分。信じなくても感得が保証される必要など全くなく、それゆえに「共有の保証」という軛に縛られることもない。だから

>ずっと生きていくさ。
>みんなと繋がりながら、、、それは無限だ。

と言うことができるのです。
愚樵@4つめ
URL
2009/09/15 19:06
愚樵さん、おはようございます。コメントありがとう。

そういえば、愚樵空論のほうもupの頻度がすくなくなってますね。最新のエントリーも愚樵さんらしからぬ短いものだし。・・・失語症ですか。
どんな感じなんだろう?共有できない。
しかしこのコメントを書いた愚樵さんが失語症であったなら、ワタシなど失語症依然の、、、タメイキ(笑)。

あ、また妄想が、、、言葉を重ねて、つくして、変えて、、なんとしても伝えようとした先にあるものは、言葉では伝わらないものかもしれないな。失語症というのは、なるべくしてなっていくものかもしれない、、、、色(言葉)即是空、、、。ごめんなさい。今、患っている愚樵さん語りかける言葉じゃないですね。でも、なんとなく……。

それにしてもまた誤読でしたね。申し訳ない。
解りやすく書き直してくれてありがとう。解り易くと言ってもまだ体得できないんだけどね。なんとなく解る気がするよ。完全に理解するにはもうすこし読み直さないいけなさそうだ。
dr.stonefly
2009/09/16 08:57
> 私は、何事も共有できるという思い込みを、甘えであると同時に傲慢だとも思います。

か、、、。そうだね。たしかに傲慢だ。そうすると、このエントリーも傲慢かもしれないな。

今朝、Mが激痛に耐えかねて緊急入院したというメールが届いてました。
メールを読んでも、痛みを共有できないし、気持ちも、言葉も、、、。
でも、

>「信じる」ことによってのみ、Mさんの《精神》は感得されるし、それで十分。

だと信じてます。
それにしても「信じる」のは、何を信じるんだろうね。
Mの《精神》を信じている、、の、、だろうか?
「Mの《精神》を信じている」自分の《精神》を信じているの、、、だろうか?
Mのメッセージに何かを感じた自分を伝えたいのだろうか?


まあ、今はあまり考えずに感じていたいと思ってます。
今何かを感じている自分が何故感じているのかが解らなくても、感じているというその自分を信じることができる。これでいいのかな、と思ってます。
(誤読して引用したうえに、出した結論がこれでは、愚樵さんに対して失礼極まりないですね。申し訳ない)



dr.stonefly@つづき
2009/09/16 08:59

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