毒多の戯れ言

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zoom RSS 「左翼か右翼か」…もうノンポリなんて言ってられない?

<<   作成日時 : 2009/05/19 11:47   >>

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 というわけで、永井均の「子どもための哲学対話」を買ってしまった。そして読んでいる。
 「子どものため」ってことで、子どものために書かれているのだが、なかなか難しい。「子どものため」と書かれていても内容は「子ども向け」でも「大人向け」でも違わないのだろうから、表現や語り口が「子ども向け」ということなのだろう。表現や語り方が子ども向けというだけで内容の本質は変わらない。難しく感じるオイラは子ども以下か、良くて子どもレベルなんだということを突きつけられている気がしなくもないが、まあいいっか、そんなもんさ、と開き直る。
 唐突であるが、取り敢えずこの本に「左翼と右翼ってなに?」という項目があったので抜き出してみる(笑)。
 なぜ抜き出すかというと、この項目は解り易い区分けが書いてあって面白かったからである。それとこのテーマはきっとみんな好きなんだろうな、と邪推する。これまでも他所様ブログで右だの左だのというエントリーを読んできたが、やっぱり面白かった。誰某は左だ、とか。あのブロガーは右だとか、左のようで右だ。きわめて右に近い左だ。左の皮を被った右だ。極左だ、極右だ。限りなく透明に近い左だ。いやいや左でも右でもなく中だ、上だ、下だ。後ろからだ、前からどうぞ、だ。メタだ。地下だ。レジだ。転向だ。難民だ。レッテル貼りはやめろ、決めつけんな、区別してなにになる。仲良くしろよ。平行線だ。話にならない。意見を闘わせろ、やいのやいの。
 面白がってみつめながら、ワタシ自身は自分をなんとなく左だと思ってきた。左派だと思ってきたのだが、ある日、突然形而上に昇ってしまっときに、さぁ?はぁ?と形而下を哀しく見下ろしながら、左派難民と自称したこともあったなぁ。
 ところでなんとなく左、右って言ってきたのだけど、オノレ自身の言葉で左右の違いを言ってみろと言われるとちょっと考えてしまう。労働者サイドかどうか? 反日かどうかかぁ? で左右を分けていいのかな? などと、ちょっと考えると、アレ?それでいいのかぁ?と自信がない。で、この度「子どものための哲学対話」でネコが言っているのを聞いて、なるほど、って思ったわけ。ネコ曰く、


 政治に関する基本的な考え方のちがいだね。
 左翼的な考え方っていうのは、民族とか国家にしばられない、民衆の創意と自発性を信頼する考え方。
 右翼的な考え方っていうのは、民族の伝統の中で培われたもの見方や、精神的なよりどころとしての国家の役割を重視する考え方。

 
 まったくネコの癖に解り易く言うものだ、と、感心しながら、ネコの解釈によると、やっぱり形而下のオイラは左翼だったと再認識した。これまでブログに書いてきたことが、ネコの説明そのまんま左翼チックではないか。またウヨ批判もネコの言い方の上に則っている(笑)。
 ネコの言う左右は、労働者サイドかどうか、反日かどうか、ではないので、「特アとかいって『アジア諸“国家”』を否定するのは右なのか?」とか「思いっきり愛国家民族主義っぽいのに労働者の側に立つヤツってのは左か」とか、「ワープア支援してるってそのことだけで左か」ってのを考えていくとさらに面白そうなのだが、今回は同じ項目で、ネコが言った別の言葉がひっかかったから、そっちにしよ。

 対立ってのは、ほとんど前提を共有しているもののあいだでしか起こらない。

 例えが挙げられていたのはベートーベン。ベートーベン好きという前提でしか、フルトベングラー指揮がいいか、カラヤン指揮がいいかという対立は起きない、っての。そもベートーベンが響かないヤツにフルトベングラーもカラヤンもないヤン、って例を挙げながら、左翼とか右翼ってのも、政治が心を沸き立たせるような何かだと感じるなかまの間だけで、意味をもつ対立だからね、とネコは言う訳さ。
 つまりノンポリってのは左でも右でもないってことだ。ノンポリっていってもポリコはNO!!ってのは左っぽいんだけど、ポリコはノンじゃなくて、ポリシーがないってことだから、左でも右でもないってんだろ。え、違うの? あ、そう、ノンポリティカルね。政治的じゃないってんだから、Bかな? とか言ってまた顰蹙を買う。まあワタシ自身も魂が形而上にふんわり昇天しまったときに、政治なんか下らなく思えて、よって左とか右とかが、とってもツマラなく感じたのを思い出すけど、実際には形而下で息をしている以上、政治が心を沸き立たせるような何かだと感じなくても、関わらざるえない。そう、決して多くの人は、政治なんか心を沸き立たせるような何かだと感じるもんか、だからノンポリさ、なんて、だんだんそうは言ってられなくなっているぞ。
 これからは「政権交代」だとか、「護憲、改憲」だとか、「海外派兵、非暴力平和」だとか、「専守防衛、完全非武装」だとか、「一国主義、地球主義」だとか、「環境か経済か」とか、「ワープア」やら「就職」やら「生活保障」やら……、仙人としてでなければ、普通に生活するのもノンポリは困難だろう。これ迄は、例えば青カンなんか自分に関係ないと、ノンポリに居座るヤツもいたが、青カンが我が身のこととして感じられれば、ノンポリの立ち位置にいられないだろう。最近、多くのこと多くの人が生存に関わるようになってきたからなぁ。これからさらに厳しくなるだろうし……、政治とベートーベンは同列じゃ語れない。生きてなきゃベートーベンも聞けないからね。

 そうしたなか、サヨ的かウヨ的かって不毛な対立に嫌でも関わらなくなる気がする。
 政治なんかに心を沸き立たせられないのに関わらなければならない、ってのは結構ハードだな、ってのは、ネット上で経験済み。どうしても会話が噛み合ないうえに、サヨであるオイラは「日本をでていけばー」とウヨによく言われるわけだが、こう言われることが、これからますます多くなると思うと、ふぅ、なんだかシンドイな。

 あ、別に必ずしも左右に分かれなくてもいいのか? とは、思いながら、深く追求していくと分かれてしまうようで、やっぱり大変だ。




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内 容 ニックネーム/日時
次のようなイベントをやっております。
もしよろしければご参加ください。

4.28 パール判事の日本無罪論購入イベント2
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/event/1241496768/

現在amazon45位です。

『パール判事の日本無罪論』(小学館文庫) 560円
http://www.amazon.co.jp/dp/4094025065

非常に有名な本です。

右寄りの方は「基礎知識」として、
左寄りの方は「敵を知る」ために、
ぜひ御一読ください。 
田中
2009/05/19 14:22

いきなりウヨ宣伝系2chのurlを貼られて気分悪いんだけど、取り敢えず消さずにおきます。ここの読者はおそらく、urlに飛んでみても気分が悪くなるだけだから、スルーしてくださいね。

 で、なんで消さずにおくかというと、ちょっと思索のネタになるような気がするからです。
 おそらく貼られたurl先には田母神『先生』とか小林よしのり『氏』とかがでてくるので、いわゆるウヨ系のスレッドだと思うのだけど、「日本の無罪論」ってとこにこだわっているのでしょう。国家が無罪か有罪かってこだわり、これこそがウヨ的だと思うんですね。こだわるのはいいのですが、そのこだわりが余りに激しい。
 ウヨ的な人にとって、精神的よりどころとしての日本民族、日本国家が「有罪」つまり罪を犯したというのは、許し難いという心理が働いていると推察されます。つまり民族、国家を精神的よりどころにしている自分が罪を犯したと同義となり、許し難い事態と取れるのでしょう。
dr.stonefly
2009/05/19 17:07
 ワタシなんかだと、自分は罪ぐらい犯すし、もしかして今も犯しているんじゃないか、と考えてしまうのだけど、どうもそういう部分はなさそうです。上のこだわりには、自分(=日本民族、日本国家)は間違いのない崇高でなければならない、という深層心理が働いているような気がしてならないな。
「国家の役割を重視する考え方」と「間違いを犯さず崇高でなければならない」ってのは別のような気がするが、どうも後者を至上命題とするウヨが多い様な気がする。もしかしてアイデンテェテェの崩壊で自己崩壊するのかもしれない。お気の毒である。ただ、この辺りのメンタリティをもう少し考察すると面白い、もとい、ウヨ的な人を理解できるのかもしれないな。
dr.stonefly@つづき
2009/05/19 17:07

そうそう、>日本民族の伝統に培われ、日本国家の役割を重視する考え方、
ってのは、すなわち他民族、他国家を否定することに直結しないはずだよね。でも結構、自国を優性民族とか優秀な国家といい、他国より優位な位置であると言いたがる。これも必ずしもネコがいうとこの右的とは言えない気がするが、どうなんだろう。
 自分が精神的よりどころにしているというだけで、「優位性」を言うのであればあまりにおコチャマではないかい?

dr.stonefly@つづき2
2009/05/19 17:08
こんばんは。「右でも左でもない」って物言いが、めっちゃ嫌いなんです。エクスキューズの枕詞でしょ、だったら政治について語るなよと言いたくなっちゃう。政治について意見表明するってことは、イコール自らの政治スタンスを明らかにするってことだろう。それが「右でも左でもない」のなら、自分はこうだと言えばいい。要は、自分は政治に何を求めるか、どんな政治を希求するかであって、共産主義なり、社民主義なり、修正資本主義なり、新自由主義なり、国粋主義なり、近いものがあるはずだろうに。仮にそのどれでもないのなら、自分で命名すればいいだけのこと。「右でも左でもない」って、ちゃらい物言いがまったく性に合わない。で、こう言う手合いに限って、口ごもらないんだ。ぺらぺら喋るんですよ。実に、気分が悪いっす。
BLOG BLUES
URL
2009/05/19 22:36
ノンポリってのは、元来右なんです。

といっても、ノンポリは国家のことなど考えないから、国家観を軸にするものではない。ベートーヴェンを聴くのはフルヴェンかカラヤンか、じゃないんですね。ノンポリは、伝統的に国家のことは考えない。伝統的という部分で右。で、国家を考えずにどこに関心があったのかというと、共同体です。地域とか職場とかいった国家より小さな場。

では左はというと、左は右よりずっと遅れて出現したものです。国家のことをみんなで考えようというところからスタートした。それがいわゆる市民革命。現在の国民国家が成立したのは市民革命以後。国民国家では、ホンネはともかくタテマエでは国民全員が国家のことを考えることになっている。もうこの時点で実は左です。国家間を軸として右か左かというのは、左を基盤にして対立なんですね。

ちなみに私は「右でも左でもありません」。でも、政治に関心がないノンポリでもない。政治に関心のあるノンポリ、すなわちアナーキーです。国家なんてメじゃないよ、ってのが私の立場。
愚樵
URL
2009/05/20 05:07
個人は国家よりも上というのが左ですが、でもこれは国家を認めてのこと。アナーキーは国家はいらないよ、ですから、左よりもっと革新的。で、元来的な意味では右になるん。

だからわたしはさよくはやめたんです(笑)。

脱さよく宣言のエントリーを今一度TBさせて頂きますね
愚樵@つづき
2009/05/20 05:09

BLUESのアニキ
>「右でも左でもない」って物言いが、めっちゃ嫌いなんです。
おそらくアニキは、「〜でも〜でもない」と否定しながら、その否定したものを基準に「中とか上とか前とか後」という、その態度が嫌いなのでしょう(笑)。
特に立ち位置というのは、ネーミングによって、はっきりさせることはないと思います。ブレずに主張していれば、周囲が判断したり時に他人がネーミングしたりするものかもしれませんね。ただ今回は永井均の左右の分けかたが、あまりに自分に嵌まっていたので、強く「ワタシが書いてることは左翼だな」と、再認識はしました(笑)。

「ブレずに主張していれば」ってのが、結構曲者かもしれません。アニキはブレずに主張していると思いますが、党員の反応は今イチだったり…(笑)。
ワタシも「絶対に譲れない」以外のとこでは日和ったり、今回も永井均のものいいでは左翼なんだか、この永井均の分け方が正しいのか、と考えたりで、なかなか自信をもつことができないとこです。

dr.stonefly
2009/05/20 08:46

愚樵さん
>ノンポリってのは、元来右なんです。
これは今回エントリーを書きながら思いました。右というより、「(何も言わないという態度で)保守を支えている」って感じてました。ただ、もうこういう立ち位置にいられない現実になってきましたね。雨宮処凛以下、ノンポリ返上のポストニューレフトがどんどん増えていくんじゃないでしょうか?

従来の右左ってのも、「右にしても左にしても、『国家』の位置を認めている」ってのもエントリーを書きながら考えました。多分、その辺りの葛藤が「形而下では左翼」なんて、もって回った言い方をしているのでしょう。つまりワタシも「国家」なんて観念を絶対のものとして考えられない、と強く思っている。しかし、実際にはそこで動いている世界がある。
dr.stonefly
2009/05/20 08:47
愚礁さんのように「国家なんていらない」と言いきれればいいのだけど、そうは言っても現実の大多数の意識によって国家が絶対のものとして君臨している。
ワタシの力によって大多数の観念を変えようとしても力不足を感じる(爆)。それで「国家なんて作り物さ」といいながら「国家基準で政治を語る」というダブスタに陥る、といったとこですね。ああ軟弱だ(笑)。


このエントリーはいくつかのプロットを考えていて、結局消化しきれずに、煮え切らない形のものを発表したのですが、別に考えていたのは、本のなかのネコ(永井均)が言ったことです。

>いまのぼくらのような人間が集まって約束をしたと考えがちだけど、そうじゃない。社会契約をしたことで、いまのぼくらのような人間ができあがったんだ。

とも言ってるんですね。これって、めちゃ右っぽく感じるのですが、どうなんでしょう?

dr.stonefly@つづき
2009/05/20 08:50
>社会契約をしたことで、いまのぼくらのような人間ができあがったんだ。

しかし、このように言われてもピンと来ないんじゃないでしょうかね? 私はそんな契約した覚えないよって、多くの人は言うんじゃないですかね?

右っぽいと言いますが、この社会契約論は紛れもなく左です。これは要するに立憲主義。憲法とは国民と国家との契約。私はそんな契約した覚えないといっても、税金を払って有権者として投票する、火事になれば消防が泥棒が出れば警察が、子どもは学校に、これらみな社会契約があればこそ。そうした国民と国家の間の諸々を当たり前と思うのはある意味右的だけど、その思い込みが「右にしても左にしても、『国家』の位置を認めている」ということなんですよね。

で、今の私たちというのは、いつの間にか結んでしまった社会契約によって提供される国家からのサービスを何の疑いもせずに享受している。税金という対価は支払うにしてもです。「さあ、国家と契約しましょう」、といって国民になったんじゃない。ネコの言葉はそういう意味でしょう。
愚樵
URL
2009/05/20 18:43
それでですね、「国家はいらない」ということですけど、私は国家的なもの(今、私のところで「垂直性」とかいっているもの)が全面的にいらないと言っているわけではない。市民革命から始まった近代国家、国民国家はもういらないといっているんです。で、それが言えるのはなぜかというと、そうした国家以外の形がおぼろげながらでも想像できるから。それが希望であり、だからこそ近代国家はいらないと言える。

歴史を遡って想像してみますとね、フランス革命当時、近代国民国家はみんなの希望だったわけです。だからフランス人はナポレオンに従って自主的に兵士となった。近代的な軍隊の始まりです。アメリカに渡った人は、希望を求めて国家を建設した。そのときの希望の源が「社会契約」だった。左はその希望から始まっているんです。

例えばです。モンテスキューの三権分立なんてのがあります。こんなの市民革命当時、世界中のどこにもなかった。そういった意味では三権分立なんてのは空論に過ぎなかったわけです。けれど、現代の私たちにはそれが空論だったという実感がない。その実感の無さは国民国家への無条件な「前提」と裏表なんですね。
愚樵@つづき
2009/05/20 19:09
>ワタシの力によって大多数の観念を変えようとしても力不足を感じる

問題はここです。大多数の観念を変えることが出来ようが出来まいが、近代という仕組みはいずれ崩壊します。国家も経済も、共に崩壊する。今、金融危機だなんだで騒いでいますが、たとえ今回の危機を乗り切ることが出来たとして、この危機が最後だと言い切れる人はまずいないでしょう。多くの人が、今回は何とかなっても、またもっと大きな危機がやってくるのではないかと、何となくではあるが思っているはず。今のままではいずれダメになると感じていると思うのです。
愚樵@もうひとつ続き
2009/05/20 19:21
ダメになったときに、次への希望がなければ本当に酷いことになる。もしフランス革命の時に「近代」という希望がなければ、あの騒動は単なる暴動でしかなかった。専制国家という体制が期限切れになっていても、次がなければ賞味期限の切れた体制でいるしかない。それが多くの者にとってどれだけ悲惨なことか、想像はつくと思います。

ベストなのは、本当に賞味期限が切れてしまうまでに「次」へ徐々に移行していくこと。これが出来れば、革命といった騒動のなかで命を落としてしまう人の数をぐっと少なくすることが出来る。もしかしたらすでに「徐々に移行する」には時間がなくなってしまっているのかもしれないのですけど、たとえそうであっても「次」がないことには混乱は続くばかり。それだけはなんとしても避けなければならないと思うのです。
愚樵@ゴメンナサイ4連投
2009/05/20 19:22

連投は気にしないでください。
お陰さまで>社会契約についてなんとなく、解ってきました。

>国家以外の形がおぼろげながらでも想像できるから。それが希望であり、だからこそ近代国家はいらないと言える。

ここがポイントかもしれません。
今の国家を出発点におき、それを前提として考えると=社会となり、希望も見えない。前提となる国家の崩壊は絶望に繋がる。よって前提である国家をなんとか繋ぎ止めて縋っていたい。
次の社会形態を見据えなければならないのに、変化を恐れ滅び行くことを見ようとしない、と、こういったとこでしょうか?
ワタシ自身も、国家という前提に縛られている部分が多々あり、希望を見出せないでいます。
 ただ、昔(今でも)考えている、「国家から排除された青カンをその国家に戻そうとしてどうするんだ!? 青カン村にこそ希望を見出せないか」ってのは、何かのヒントになりそうです。

dr.stonefly
2009/05/21 08:13
すごく色々考えさせられるエントリです。愚樵さんらによるコメントも大変勉強になります。
私自身、もうイデオロギー的にコミュニズムやアナキズムに共感するところが多いのでもうそのレッテルは避けられないからときっぱり「左翼だ!」宣言してるんですが、なんだか不安になりました(笑)。まぁ普段は人がどうかってのはあまり気にならず、重なる部分で協力して何かを創ったり変えたりしてけばいいと思いますけど、案外これ(原則的でない)が誤解される原因なのかもしれません?
思えば自分自身で「これが左翼の証」と思ってきた”社会の歪みの原因を経済的要因に求める”というのからすれば、今の世の中みんな左翼ということになるかもしれませんしねぇ。

そういえばネトウヨは、誰でも持っている「自分(と自分の属するところ)を特別だと思いたい」幼児性ってのがキーポイントだと思うんですけど、そんなことに関して「紙屋研究所」で興味深い批評がありましたので貼っときます。
http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/suzumiya-haruhi.html
ベースケ
URL
2009/05/21 12:42

ペースケさん、おはようございます。

>”社会の歪みの原因を経済的要因に求める”というのからすれば、今の世の中みんな左翼ということになるかもしれませんしねぇ。

そうですね。最近、共産党への入党が増えている、ってのが新聞に書いてありました。経済格差を実感できる今は、左翼の時代かもしれませんね。ただ、愚樵さんがいうように、国家という前提そのものが崩壊しようとしているなか、従来の左翼右翼という色分けも成り立たないかもしれない。
ワタシにはまだ、具体的な希望が絵として浮かんできませんが……。

「紙屋研究所」読みました。面白いですね。きっと今度レンタル屋で、ハルヒを借りてきてると思います(笑)。
dr.stonefly
2009/05/22 08:20
あ、共産党入党増える、ってのは新聞じゃなくてハムニダ薫さんのTBだった、失礼。
dr.stonefly
2009/05/22 08:53
記事違いですけど、ハルヒはなかなか面白ですよ。私はすでに見ていますです、ハイ。

いちおー、ハルヒも私のエントリーネタのひとつとして挙がっているんですけどね。そのうち書きます。ああ、そういえば裏でちょっと書いたっけな(笑)

愚樵
URL
2009/05/22 18:15

おお、そうですか。愚樵さんも推薦ですか。早速今日借りに行っちゃオッかな。急いで読んじゃいますので、いつかハルヒを「表」で発表されることを希望します(笑)。
dr.stonefly
2009/05/23 08:33
ハルヒは原作よりもアニメで人気が出たくちですね。
製作の京都アニメーションが、気合の入ったライブシーンやエンディングのダンスを描いたことで、それに乗っかる若者が爆増したと。
あと声優人気。

私自身は、残念ながら原作の本、全然楽しめなかったのですが。(ライトノベルは、質より量の世界なので)
人生アウト
2009/05/23 10:17
人生アウトさん

ハルヒは原作がコミックだと思い込んでいましたが、ライトノベルだったんですね。このライトノベルってのは、右派小説ではないですよね。
小説はレンタルしてないうえに、楽しくないってことなのでDVDを借りてきました。今絡みます、、、あ、違った、今から観ます。
dr.stonefly
2009/05/24 09:59
ライトノベル=軽い小説、ですね。中高生向けのジュブナイル、古くは赤川次郎や眉村卓でしょうか。ファンタジーや学校を舞台にしたボーイ・ミーツ・ガールが中心で、コミック化されることが多いですね。
人生アウト
2009/05/24 10:30
そうか、赤川次郎は右翼、あ、もとい、ライトノベルだったんだ。一冊も読んだ事ないけど……。筒井康隆はライトだったけど、ある意味ヘビーだからライトノベルではないんだろうなぁ〜。

ということで、とりあえず、第一話を見終えました。
ハルヒがアスカで、文芸部の女の子が綾波のように感じました。キョンとシンジはちょっと違うかな?
続いて第二話に逝ってきます。
dr.stonefly
2009/05/24 10:51
ここ↓
http://dr-stonefly.at.webry.info/200806/article_1.html
のコメント欄に、私についてとんでもないことが書いてある(爆!)のだけど、私はおとなしい村野瀬玲奈、右でも左でもありません。世界愛人主義者です。そこ、よろしくお願いします。笑
村野瀬玲奈
URL
2009/05/24 17:24
げ、げげげ、本人も忘れているような1年前のコメントに総括要求がぁぁあぁああああ!! やっぱりバリバリサヨクの過激派だぁ〜
(爆)!!

嘘です。何かの間違いです。気の迷いです。いや、もしかしたら宇宙人に言わされたのかもしれない。いやいや、警察の供述調書みたく強要されたに違いない。いや、強要されても言わないぞ、捏ち上げに違いない。
誤解のないように総括し、自らの言葉で宣言しておきます。

同志、村野瀬玲奈さんは世界の愛人です!!!

dr.stonefly
2009/05/25 08:50

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