|
今年も残すとこあと僅かってとこで、ちょっとスランプ。 何か書かなければと思いながら、書けない状態が続いている。こういうのをスランプというのか? スランプってのは、まともな記事を書く人がつかう言葉だって言われちまったら困るのだけど。 恐らく1週間の更新の停滞はブログを始めてから初めてのことのような気がする。このまま長い休止に入ってちまうのかな、とも思ったが何かにせき立てられる。休止することができない。 そういえば今年は「世界の片隅でニュースを読む」魔法の笛吹さんも休止してしまったな。ミッドナイトの健次郎クンも休止。doll and peaceのプラちゃんも休止宣言。宣言はしてないけど華氏さんも。それとDox君も更新されてない。またまた、今年おきた忌まわしいブログ騒動以降、愛読していたいくつかのブログは書く気が死んじゃった様な気がする……。ブログというものに愛想がつきたのか、ブログを綴る人間に愛想が尽きたのかわからないけど、やはり残念だな。 それでも、休止するのはそれぞれに理由があるのだと思う。 たかだかブログの休止ぐらい……、というのは私が言われたことだけど、上に挙げたようなブログは、やはり、私には「たかがブログ」とは思えない何かが言葉に込められていた気がする。ご本人方には、そんな大層なもんかいな、と言われるかもしれないけどね。 最近のニュース、といってもブログ界では過去のニュースなんだろうけど、あのお方が吐いた言葉。 「仕事ありませんかじゃダメ、何をやりたいか目的がないと就職できない」……。 聞いたとたんに、ぽかーん、と口を開けて目をつぶった。 「総理をやりたいじゃダメ、どういう政策でどこを目指しているかがないと政治ですらない、、だろうが!? オメーだけにゃ言われたくないぜ、このボケが!!」とでも叫んでみたが、やたら空しい。こいつには何をいっても空しいと思うんだけど。だけどオレにしたってたいして違いないかな??? それにしても「何をやりたいか目的がないと……」ってのは、これを発した本人は全くその意味を解していないのだろうが、深く感じるものはある。 ポカーンと開いた口を閉じ、目を開けて鏡を見る。 「何をやりたいか目的をもって生きているのだろうか?」と、鏡に映った間抜け面に問いかけたくなるな。だいたい「生きているうえで意味のある仕事」ってなんだろう? 「生きている意味」も解らないないのに「意味のある仕事」が何?なんて解るわけがない。 それはもしかしたら、社会に役立つ仕事のこと? でも「社会」ってのは、人が生きていくために造られたもので、個々が生きていくために社会がある。その「社会」に役立つために生きるってのは、オノレが何故生きているかを棚上げしてしまっていて、本末転倒ではないか? 人ってのは、蟻や蜂じゃないんだから、「社会」を存続させるためのパーツじゃないだろ? それはもしかしたら人(他人)の役に立つ仕事のこと? うん、偉いとは思うんだよ。でもじゃあ、「人の為に役に立つ」の「役」ってのの「本質」が解っているのか、といえば、よく解らないよね。オノレの実存にとって何が「役」なんだよぉぉ。って。 「何をやりたいか目的がないと……」 よく、やりたいことを仕事にできるヤツがいったい何%いるんだよ!!、とか、やりたくなくても生きるために、銭のために働いているんだ、ってのも耳にするんだけど、やりたいことが仕事として出来ている(出来ているだろう)人ってのもよくよく考えたら、うーーん……ねぇ。 例えば石川君って天才ゴルフ青年がいるんだけど、彼は生活がゴルフ中心で回っているの。これは自分で言ってたんだからそうなんだろうと思う。やりたいことが仕事、になってる例かな。でもよく考えたら、「オノレの生」のなかで、やりたいことが「玉を棒で正確にコントロールして叩くこと」かぁ、なんて思うとさ。ちょっと哀しく笑えたりしてさ。イチローとかも同じね。「玉を棒で…」なんて疑問に感じたらやってられないだろうけど。イチローなんかは「お国のために」って言ってるからさ、さらにさらに何なんだけどね。 「何をやりたいか目的がないと……」 こないだ、朝日新聞にのっていた。東京裁判でのA級戦犯の意見書がでてきた、ってやつ。東条英機は連名で「事態を作りたる深因は欧米の反植民地的政策の影響」と「共産党の策動」なんて、ネット上では今でもよく聞くことを言っているけど、大東亜共栄圏という「社会」ができたらそこで何がしたいのか? 大東亜共栄圏ってのはプロセスだよね。その社会自体が目的にはならないよね。そこであんたは何がしたいのさ。ってこんなことウヨに言うと、きっと言い返される。「全ての人権が保障された社会でサヨのお前は何をやりたいんだ」ってさ。やっぱり笑うしかないな。 結局「何がやりたいか目的がないと…」を追求していくと、プロセスとしての「社会」について答えることができても、その社会でどうしたい、本質的な生のうえでどうしたい、なんて考えていくと解らなくなる。アソーにこんなこと言っても全く理解してもらえないのだろうけど…。 飯島愛は「何がやりたいか目的がないと…」という深い深い根本に気づいて死んじまったのかな?って、ふと思ったけど、そんなことはないか……。 田中洌さんなんかは、全ての人が「基本的人権」を得られた社会に辿り着いたとしても「ホームレスは最高さ」って言ってそうだしな(笑)。 いずれにしても、結局個人に帰結するのかな。「社会のせいにして、結局おまえ自身はどうしたいんだ」なんて内田樹みたいなことは言いません。だって理想の社会が実現したことはないんだもの。だから社会については追求していく。でも、かといって、理想の社会を創造することそれ自体が「やりたい事で、目的である」ってのもやっぱり違う気がする。もしかしたら「何がやりたいか目的がないと…」そのこと自体を思索追求することが、生きることなのか? やっぱり、なんだか変だな? と、相変わらずのグルグルになってしまうから書けなかったのかもしれない。 とりあえず、すごく戻ってブログのこと。 「何をやりたいか目的がないと……」 これはブログにも言えるのかな? 目的をもってブログをやっているかどうか? もちろんブログってのは目的をもってなくても出来るんだろうけど、それでもやっている以上は何か目的があるに違いない。ある人は「金儲け」のためかな? またある人は「暇つぶし」かな? 「運動」やら「意見」やら「コミュニケーション」やら「政治」やら、いろいろあるだろう。ただ、よく考えてみると「それらのブログ」には目的そのものだけではなく、魂が言葉に乗せられていた。っていうと大げさかな? すくなくとも私が巡回しているブログのほとんどが「目的」そのものもさることながら、その人間が見えるブログだった。うん、ネットという仮想空間の実体の見えないブロガーではなく、あきらかに「その人」が存在していた。圧倒的な存在が言葉に宿っていた。 んん、あれれ、もしかしたら、ここかな? 何かやりたいこと、とか、目的じゃなくて、その存在を感じることができるかどうか? 「何をやりたいか目的がないと……職が得られない」別に職でなくてもいい。職でもいいんだけど。職ではない金にならないブログでも感じることはできる。目的を凌駕する存在であることはできる。そうした人間の生を感じること。表現すること。「生きる」ってのはそんなことかもしれないな。 では、魂が言葉にのったブログが休止するとき、それは「目的が達せられたとき」か? 「目的を見失ったとき」か? 「目的に失望したとき」か? 目的の喪失だけじゃなく、その輝いた存在を見る事ができなくなる。こうして考えると、やはり小さく死んだのかもしれないな。 小さく死んだブロガーがまた魂を言葉にのせて生まれてくることを楽しみしている。 魔法の笛吹さん、武州無宿・健次郎クン、ぷらちゃん、華氏451さん、Dox君……、 ん? 何言ってるかよくわからないって? しょうがないさ、スランプなんだもん。 |
| << 前記事(2008/12/18) | ブログのトップへ | 後記事(2008/12/26) >> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|---|
民主政治を取り戻そう
「国民の政治意識を喚起できる政治家を選ぼう」で述べたように、日本の政治の混迷は、国民の政治意識の低迷が一つの要因であり、私自身ももっと政治に関する意識を持ち、必要な発言もしておくことが必要であったと考えている。そういうことをせずに、民主主義の後退を見逃してきたゆえに、自分にこのたび大きな災難が降りかかってきてしまったのだと思う。 ...続きを見る |
バロメータ 2008/12/26 00:33 |
青森の「つがるロマン」は,とってもうみゃあぁで! (勿論,名古屋弁)
「コメだけでは食えぬ」自動車不況、青森出稼ぎ農家直撃 (朝日新聞) - goo ニュースについて. ...続きを見る |
Die Weblogtagesschau... 2008/12/29 22:40 |
2009年は「うるう秒」って知ってますか?
うるう秒というのは,天体の動きで計算した時刻 (天文時) と,原子時計の時刻 (原子時) との 誤差が 0.9秒以上 ずれないように,±1秒を足したり引いたりする,こよみの計算のことを言います.基本的に天文時が原子時より遅れて来ているため,1972年から始まった「うるう秒」は全て+1秒足す操作になっています. ...続きを見る |
Die Weblogtagesschau... 2008/12/29 22:40 |
爆弾の雨の下にはパレスチナ人の生身の生命
日本が支持するアメリカが支持するイスラエルがガザに降らせる爆弾や弾丸の雨の下にはパレスチナ人の生身の生命があります。 ...続きを見る |
村野瀬玲奈の秘書課広報室 2009/01/05 00:36 |
「世界の幸せ全部」
2008年もこれで最後。『「国民的反体制文化」(笑)の継承 (不定期連載『異議申し立てのための文化的インフラ』)』という記事で紹介した... ...続きを見る |
村野瀬玲奈の秘書課広報室 2009/01/05 00:37 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
わたしは、ブログをやっていないし、やったこともないので、dr.stoneflyさんの悩みがわかると言えませんが、ブログを書くこと、書き続けるということは、すごくエネルギーが必要だろうな、と思います。スランプは誰でもあると思います。わたしなど、ハイテンションでいやに元気があるなと自分で思っていると、ある日をさかいにエネルギーが枯渇するというか、ああでもない、こうでもないと悩んでいるより、面白おかしくすごしたほうがいいのではないかと思ったり。それならネットを離れて、テレビの娯楽番組でも見ていればいいかというと、そんなの時間の無駄だし。人間って、無力であっても、すこしは人や社会のためになりたいなと思うのかな、と。何もしないより、したほうが自分にとって気持ちが楽になって自分に正直な生き方だと思うから、続けていけることもあるしね。嫌なことは無理してやらないほうがいいとも思うようになりました。なんだか独り言並べただけでした。すみません。 |
非戦 2008/12/25 22:29 |
非戦さん、どうもです。 |
dr.stonefly 2008/12/26 09:34 |
植物に日光や水や土が必要なように、人間にも他者の存在が必要なんだと思う。 |
naoko 2008/12/27 07:45 |
naokoさん、どうも。 |
dr.stonefly 2008/12/29 15:16 |
お久しぶりです.書けないときは書けないし,私も書きかけで寝かせてある記事が50近くあるんですよ(笑) |
kaetzchen URL 2008/12/29 22:38 |
ご忠告ありがとうございます。 |
dr.stonefly 2008/12/30 15:45 |
こんにちは。コメントするのは初めてですね(^^)。 |
MEDAMA 2008/12/31 12:04 |
MEDAMAさん、新年おめでとうございます。 |
dr.stonefly 2009/01/01 21:59 |
| << 前記事(2008/12/18) | ブログのトップへ | 後記事(2008/12/26) >> |