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前のエントリーをひきづり、キャンプは「日常」に対する「異化」だから、「自然と人間」とか「人間のあり方」とか……、いろいろ思うんだろうなぁ、もし「日常」になり「現地調達」のキャンプになったらどうなるのかなぁ、などと考えていたら、いきなり「愚礁空論」で関連エントリー(?笑)が挙げられた。 「情と殺生、理念と殺戮」である。いつもの難解な愚礁節でなく、非常に解りやすいから一読をお薦めする。まあ、解りやすいのと奥が深いのは別ということで、どんどん思索の深淵に突き落とされるエントリー。 ……、と、ここまで推してもリンク先にうかがい読まない人のためにザクっと粗筋を描きますが、愚礁さんたちが、鹿を食うために罠を仕掛けたわけだ。翌日、罠にかかった鹿がいたのだけど、鹿は絶命せずに立って愚礁さんたち人間をみつめていた。夕方帰るまで生かしておくと腐らず都合がいいのだけど、一日、鹿に見つめられ情が湧き出てしまった。まあ、最後には愚礁さんが殺してもって帰って食うわけ。そこからの思索が書かれている。 さて、過日のキャンプ以来「現地調達」の妄想に彷徨うオレは非常に飢えている。ミョウガも葉っぱもカジカの唐揚げも蛾とアブの炒め物も、腹を満たすにはあまりに量が少ない。さりとて、いまから農耕などを初めても収穫までに飢え死ぬ。ヘロヘロである。まったく余裕がない。飢えで明日の死を予感している。そんなオレにとっては罠に掛かった鹿は食料にしか見えない。いかにシカがつぶらな瞳で訴えようとも、いかに一緒の時間を共有しようとも、よだれを垂らしながら殺すにちがいない。と、ここで愚礁さんは、飢えてないので情にほだされたのではないか、と考える。鹿を食わずとも困らず、おそらく鹿は「贅沢品」なのだ。余裕があるのである。ここに「情」がうまれることになる。 妄想しながら想像するが、「情」は「余裕」のなせるわざではないのだろうか? 「欲」から情は生まれない。妄想のなかのオレは「生存欲」から、情けなくシカを殺した。欲は情けない。目を血ばらせた強盗が命乞いをする老婆を殺し金を奪い、強欲な経営者が情けなく労働者をの尊厳を殺し、色欲レイプ魔が助けてと懇願する少女を犯し、全ての欲望の起爆装置である国家が侵略と戦争で人間を殺戮したおす。……、暑さゆえに妄想はとんでもなく爆走し、なんとなく実際にシカを殺した愚樵さんが鬼畜のような人と連想をさせるが(笑)、まあ「食欲」ってことなんだろうね。 人間にとって「食欲」をはじめ生存するための欲を避けることはできないのだろう。そうしたなか如何に「人間らしい」かを確認するのは情が発露されるかどうか、かもしれない。情の発露によって欲のブレーキがかかる。情が発露されるためには、余裕があるかないかも問題で、人間が余裕をもつためにつくった一つは社会かもしれない。社会に「余裕」があれば情もうまれるだろう。やはり「情けに深い社会」ってのが、生存しやすい社会のような気がする。 キャンプで「人間のあり方」を思索したはずが、社会のあり方になってしまった。 個々の人間としても情が発露されるぐらいの「心の余裕」をもたなければ、個々が集まってできる集団も「情けに深い社会」にはならないのかもしれないな。 なんか中途半端な思索だな。暑さのせいだな。いずれにしても「情」が発露されるぐらいの「心の余裕」はもっていたい……、という結論で…(爆) |
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TBありがとうございました。 |
アキラ URL 2008/08/14 23:31 |
アキラさん、おはようございます。 |
dr.stonefly 2008/08/15 05:29 |
>いずれにしても、これらの欲求がどういうものか、と考えるのは人間だけですね。 |
アキラ URL 2008/08/15 13:23 |
コミュニケーションシリーズは特に面白く、読まさせて頂いています。 |
dr.stonefly 2008/08/16 07:53 |
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