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zoom RSS 「静かな哲学的ストライキ」…意識改革はできるのだろうか?

<<   作成日時 : 2008/08/05 09:48   >>

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 「BLOG BLUES」さんのエントリーで知った新聞の切り抜きに目を奪われた。二神能基という、不登校やひきこもりの若者を支援するNPO法人を運営する人のコラム。う〜ん、考えさせられる。
 気になる箇所を打ち直しているうちに、えらく長くなってしまった。


■以下引用■

 もともと物質的に豊かに育った若者達の物欲は低い。彼らは「お金よりも幸福」を求め、ただ経済戦士として頑張って生きるのではなく、恋も結婚もして人間としての幸福を求めている。そんな若者たちは、やる気のない正社員、定職に就かないフリーター、そしてニート、引きこもりとして、「社会への消極的参加」あるいは「社会への不参加」という戦法で「静かな哲学的ストライキ」を私たちに仕掛けてくる。

 現代のニート気分の若者たちは、自分の幸せとは何かを問い続けている。そんな豊かな哲学的世代の登場は経済の時代の終わりを告げている。彼らの「さらば成長」の静かなストライキはゲリラ的に各地、各層に広がり、経済成長を前提とした年金、医療、教育、農業など、日本な社会システムを連鎖的自壊に向かわせている。

 その自壊の構造的進行と、ニート的気分の若者たちの非組織的ゼネストの広がりで、いつの間にやら、なし崩し的に「できちゃった革命」へ静かに進んで行きそうだ。私たちも国を頼らず、お金を頼らず、自分の身の丈にあった「貧乏でも自由で安心な人生インフラ」を作って、仲間で支えあう人間集団が多様に雑居する社会に向かうしかないようだ。

■以上引用終わり■


 なんだかすごいな。大金持ちの釈迦は財産を抛って旅に出たってのにも通じるのかな。
 このブログではたまに言っている「金じゃねぇだろ、人間としての解放は」ってのを、「社会革命」までもっていってしまったよ。いやはや、なんとも。どうしよう。これは、経済成長をベースとする社会を認めた上で、ワープアや派遣のあり方を問う社会運動とは一線を画すなぁ。

 二神能基氏がコラムでいうように、経済成長の将来を担う働き手がダル〜な感じで、戦後ここまで築き上げた構造にコミットしなければ「自壊」していきます。
 ダル〜な若者たちに、経済を牛耳る一握りにうまいこと騙されて、スレイブになるのは嫌だよってことの自覚があるのかないのかわからないけど、結果的に、経済成長をベースとして存在することが人間の生か? という疑問を感知し実践し(?)、そこから始まる解放が「貧乏でも自由で安心な人生インフラ」へと社会そのものを変える、ってわけだな。
 う〜ん、すごい。
 ワタシが青カンと関わった市民運動で、この社会の悪意によって排出されたホームレスを、その悪意を抱えたままの社会に戻そうとする事への疑問。またドン底の青カンコミュニティになかに感じた生の本質と通じるところがある気がする。ただ、二神能基氏は、「疑問」や「思索」にとどまらず、悪意に満ちた社会のほうを「貧乏でも自由で安心な社会」に変えようとする。いや、変えようとしているのではないかな、「静かな哲学的ストライキ」によって、いつのまに、そう「できちゃった革命」に期待する。くぅぅぅ。

 ここまでほぼ100%近くの国民に刷り込まれた「経済成長」を自明のものとし、そのうえで考える社会ってのを「貧乏でも自由で安心な人生インフラ」という意識改革なんてできるのだろうか?

 と、いうか一番最初に「本当」を問われるのは、ワタシのような人間なんだろうな。
 文句をいいながらも経済成長をベースとした社会を無意識のうちに自明のものとし、そこで努力し、その結果、そこにぶら下がっているわけだからね。
 ワタシ自身、最近ではだいぶ変わってはきているが、やっぱりチンタラ仕事をやっている若者にイラっとしたり、最近の若い者はどうして合理的に、能動的に、動けないのかなぁ、なんて意識せず言っている。この合理的に、能動的に、ってのは経済成長をベースにした社会での合理的に、能動的に、ってことだ。また、ダラダラっとしている「若い衆」に、もっと努力しろよ、とどこかで思ったりする。
「努力することは悪い事ですか?」と聞かれたら、やっぱり「悪い訳ないじゃないですか」と答える。
 努力するのは悪いわけない、と即座に言ってしまう自分がいるが、では、この誰かの犠牲のうえになりたつ経済成長をベースにした社会では、その努力が自分が犠牲者にならないための努力という部分もあるという自覚は必要かもしれない。努力のベクトルも考えないとなぁ、とも思う。

 ワタシは新聞のコラムを読み、素晴らしい、凄い、いいねぇ、と感じ、「BLOG BLUES」にもそうしたコメントをしてしまった。
 しかしなぁ、二神能基氏のいう「できちゃった革命」を支持するためには、経済成長をベースにした悪意に満ちた社会に乗っ取り努力してきた自己を振り返り、意識改革しなければならないわけだ。弱ったなぁ。ヘタレだもんなぁ。まあ貧乏は貧乏だけどさ、やっぱりオノレを問われるよなぁ。
 

 



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内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。ご紹介、深謝。いやー、えらい惚れ込みようですね。さすが、兄弟や。でね、ニュースタート事務局は、ニートの若者の集まりなんだけども、その縁の下の力持ちってゆうか事務局を支えてるのが、倒産夜逃げ社長と家出妻。もうどこにも行き場所がない、捨てるものが何もないオヤジやオバハンなんだって。で、この人たちが、妙に明るいんだって。もう、爆笑ですよ。人間解放だね。僕もマジ、にっちもさっちも行かなくなったら、転げ込もうかとで思ってる。平成の駆込み寺、アジールなんだよな。
BLOG BLUES
URL
2008/08/05 15:59
いやぁ、これはワタシのツボに嵌まりました。こちらこそ新聞の切り抜き紹介、感謝です。
縁の下の力持ちに爆笑しつつ、HPに飛びました。
「ニュースタート」ちゅうベタな名前といい、自分探しの四国お遍路といい、嵌まりっぱなし。もう引きこもりで十分自分が見えてるやろぉ!! 「静かな哲学的ストライキ」やないけぇ〜!! なんで自分探しのお遍路やねん!! とツッコミつつ、しんみりと思索しています。
本能でこの社会の絶望を察知した引きこもり戦士たちが発信できる「ほんとうのこと」は多いのではないのかなぁ、ってね。
dr.stonefly
2008/08/05 17:08
こんばんは。とっても興味深いお話でした。単に二極化に適応しているだけなんじゃないの?という気もするんですが経済活動よりも本当の自分にとっての幸せを追求するというような生き方が一般的になるのは悪い事ではないですよね。ただ、最低限の生活基盤くらいは築ける社会ではありたいと思います。GettoからHip-Hopが生まれたように、新しい文化が生み出されれるようになれば本物かも?なんて気はします。
akiko
2008/08/06 20:54
akikoさん、おはようございます。

こういうエントリーにコメント頂けるとは、akikoさんも面白い方ですね(笑)。
ニート、ひきこもりの方々に「できちゃった革命」の自覚があるとは思えませんが、二神能基氏の考え方なんでしょう。ワタシがその考え方に反応してしまいました。
それにしてもたしかに最低の生活基盤は必要でしょう。そのさい曖昧な「最低」の基準をぐんと落としたいな。
>「貧乏でも自由で安心な人生」
これがキーワードね(笑)。って考えて行くと個人の解放かなぁ、とも思いますが、これが社会の解放に広がったとき、今よりも個々が、楽に生きられる気がします。

文化が生まれるかはよく解らないけど、今でも「ニート、ひきこもり」ってこと自体がカウンターカルチャーだったりして(笑)
dr.stonefly
2008/08/07 09:50

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