毒多の戯れ言

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zoom RSS 「ボクたちは、川の流れになって」…流れている限り腐ることはない

<<   作成日時 : 2008/07/31 16:53   >>

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 前のエントリーを書いているときにふと思い出した3年前のエッセイ。まだ息子が小学校へあがる前のこと。
 まだ、このブログの読者も少なかったころ、エントリーとしてupしたことがあるんだけど、私的な事情で削除した。今回、復活させて再掲載しようと思う。



「ボクたちは、川の流れになって」



 ♪ねえ君、二人でどこへいこうと勝手なんだが、川のある土地に行きたいと思ってたのさ…♪


 ボクはボーとしている時、どうも歌を口ずさむ癖があるらしい。この時もなんだか夏も終わりかな、と思わせる夕方の風に吹かれ矢田川の河川敷に細く舗装された小径で自転車のペダルを漕ぎながら口ずさんでいた。川の北の岸辺を三階橋のたもとから東へ向かって走る。3メートル前を小さな自転車で走るのは1週間前に補助輪がとれて、嬉しくて仕方のない息子だ。抜かしたり、抜かされたりする満面の笑顔と、嬉しそうにはしゃぐ声を聴きながら、煩わしいことは全て忘れて自転車を漕ぐのは、なんだかとても幸せな気分だ。タモをもって川に入る親子も、バーベキューで狂気の如く盛り上がる若者も、サッカーをする少年達も軽快に後ろへ後ろへ過ぎて行く。そういえば、この子が生まれる前だったか、生まれたばかりの頃だったか、なんとなく夢見ていた風景が浮かぶ。一緒にキャッチボールをしたり、釣りをしたり…一緒に自転車に乗るっていうシーンもあったな。しんどかった子育てのなかすっかり忘れていた。そんなシーンがいま現実となった。ずっと夢をみていて実現したのではなく、いつのまにか実現していて、そんな夢を見ていたことを思い出したのだ。たかだか6年の子育てなのだが、なんだかとても感慨深い。特に子どもが3才くらい迄の苦労していた自分を思い出すと笑えてくる。随分大変だった気がするが、過ぎてしまえばどうってことないな。辛かった事も懐かしさで一杯だ。こんな気分になるのもやっぱり川のおかげかななんて、川面に映る魚の影を観ながら自転車を漕いでいる。気がつくと既に千代田橋を越え、香流川との分岐点まできていた。随分来てしまったな。このまま、どこまでも走って行きたい衝動に駆られたものの、仕方なくUターンをした。

 復路は駄目だ。なんだかひたすら現実に向かっていくようで気が滅入る。これで三階橋まで戻ってしまったら、現実そのものだ。いかん、陰鬱な気分になってきた。まだUターンしたばかりだと言うのに。こんなマイナー思考が、嫌な記憶まで思い出させた。ん、ちょっとまてよ。この記憶は嫌悪していいのかどうか、皆さんに判断を委ねよう。今年の署名学習会の講演でのことだ。なんとなく退屈な講演が終わろうとしている。最後に講師が紹介したエピソードである。まずは内容を書いてみる。
 「3才のきょういち君は熱を出して母親に抱かれている。母親が仕事へ行く時間になると、きょういち君は『ママ、ボクはもうダイジョウブだから仕事にいってもいいよ』と言った」
 さて、このエピソードを読んであなたはどう思いますか?
 講師は、働く親として勇気づけられるみたいな言葉とともに、美談として気色悪いほどの感情を込めて紹介していた。ワタシは、はあ〜〜〜? これって美談か? きょういち君って大丈夫かよ? 3才児だぜ3才。と思ってしまう。そしてこれを美談として紹介する講師を疑う……漫画であれば背景と額に何本もの黒い墨の筋が垂れる描写をしたい。3才の子どもが自分の感情を押し殺ろしている。こんなこと言わせていいのかよ。しかも熱があってしんどいだろう子どもに。大人にとっていい子か? そんなもん美談でもなんでもないんじゃないか。保育園の朝の風景をみろよ。2才や3才の子どもが親と離れたくなくて泣き叫んでいるだろ。あれって、ちゃんと自分の感情を表すことができるっていう、とても大切なことじゃないのか? そんな子どもに対し親もちゃんと事情を言ったり、叱ったり、後ろ髪を引かれる思いを断ち切ったりする。そんなこと繰り返すうちに4才……5才になって「親が働いている」ことがおぼろげに解り、自分をコントロールするのではないか。5才になった子どもでもぐずったりすることもあるさ。そんな日は案の定、熱を出したりする。それを3才の病身の子どもがだな……、実際、親は仕事にいかなればならないとしてもだな……3才の子どもに意識させるのはおかしいだろ、と考えるのは間違っているのだろうか。教えて欲しい。

 駄目だ、ダメだ。せっかく川に来て、いい気分で自転車にのっているというのに、詰まらんことを思い出してしまった。無理矢理にでも楽しい妄想に耽らなければ……。
 しかし川っていいよな、矢田川もいいけど、本当に好きなのはもっともっと上流の渓流と呼ばれるまで遡った川だ。清らかな水の流れと大岩、周囲を木の枝と葉がたれ込めるまで遡る。そこにはアマゴという美しい魚がすむ。昔はよく、夜明けに合わせて、緑の間から漏れる薄い光のなかで跳ねるアマゴに会いにいったのだが、子どもが生まれるとともに行けなくなったな。
 このアマゴという魚は上流にまる個体(陸封型)と川を下り海に往って大きくなりまた卵を産むため川を遡る個体(降海型)がいる。後者のアマゴはサツキマスと名前が変わる。どの個体が上流に留まって、どの個体が海に下るのかは解ってないらしい。一緒に孵った稚魚が、アマゴとサツキマスという、大きさも力強さも全く違う魚になるのだ。
 きれいなアマゴの魚体を思い浮かべながら、前でフラフラしながらも一生懸命自転車を漕ぐ息子をみて、ふと、海へ下って波に打たれ大きく強くなるサツキマスであって欲しいな、と思った。
 今は小さく力もなさそうだけど、一生懸命、川を下ろうとする小アマゴを想像すると、そう、ボクたち親は「川の流れ」じゃないのだろうか、と思えて来る。卵から孵化した小アマゴが川に流れが有ることを知り「川の流れ」に包まれて下っていく。「川の流れ」も清流だったり、急流だったりする。ときに濁流のときもあるさ。小アマゴは「流れ」を横切って泳いだり、ちょっと「流れ」に逆らって泳いでみたりする。それでも「川が流れている限り」大きくなりながら海まで辿り着けるだろう。そう日々、海で泳ぐことの出来る力を蓄えつつ。海で生きていける体力と知恵をつけながら。いつの日か、海で鍛えられ大きくなったサツキマスは卵を産むため「川の流れに逆らい」上流を目指し登っていく。上の上の自分たちが生まれたあの澄んだ水を目指して。力の限り登って親になる。卵を産み親になったサツキマスは、力尽き……、魚であることをやめ……「川の流れ」になるのかもしれない。

 そう、ボクたちは決して流れることをやめてはいけない。流れている限り腐ることはない……。

 しまった、まずいぞ。三階橋が見えて来た。ついに億劫な現実がそこまで迫ってきた。現実はどこまでも鬱陶しいものだ、それでも仕方がないな、また自然に流れるとするか。

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コメント(15件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。いつもROMしております、2歳半ぐらいの子供と格闘してる日向です。
過ぎてしまってはどうってことない日々の真っ最中です。頭ではわかっていても、やっぱしんどいです。けれども、dr.stoneflyのこの記事はなんか嬉しかったです。
日向もフルタイムで働いてる主婦ですが、娘にきょういち君みたいな発言をしてもらいたくないと思います。しんどいですけど。(笑)
いつも興味深い文章をありがとうございます。また見に来ます。
日向 葵
URL
2008/08/01 12:28
なんと、敬称を書き忘れてしまいました!
dr.stoneflyさん、申し訳ございません!
日向 葵
2008/08/01 12:29
日向葵さん、おひさしぶりです。
そうか、お子さんが2才半で、お仕事もされているんですね。ほんと大変ですよね。もうちょっと、大変な時期は続きそうですが、その辛さは結構貴重な時間だと過ぎてしまえば思います(笑)。保育園に行かれているのかな? 仕事をしていられるということで、おそらく専業主婦の方より、ずっと楽のような気がします。
こんなブログですが、気を紛らわせて頂ければ幸い。
dr.stonefly
2008/08/01 19:04
 私の両親もフルタイム共働きで、発熱などしても時には母が休めないこともありました。そんな時は「電話にも来客にも応答するな」と言われてひとりで一日布団の中。母が作った弁当を食べて薬を飲んで・・・
 それが、強がりでもなんでもなく、特に寂しくもなかったし、こんなもんだと納得していました。
 子供の性格にもよるのでしょうが、自分もまた生まれついた川の流れに適応して育っていたのだな、と思いました。親子の間にそれなりの信頼があれば、子供は親が思うより逞しいのかもしれません。でも自分が親の立場になるとなかなか割り切れないですね。
tomoko
2008/08/01 22:45
私は美談だと思います、dr.stoneflyさん。

3才の子供、しかも病身の子供が、親が仕事に行かずそばにいて欲しいと思う感情...、これは「情」です。にもかかわらず、それを要求すると親が悲しむことを知っている...、これは「愛」です。「愛」ゆえに「情」を押さえ込む、この行為を私は「美」と呼びたい、なんて思います。

だから、きょういち君のお話は、まぎれもなく美談です。

「美」を「愛」なくて解釈し、「我」によって捻じ曲げる行為は「醜」です。

講師にあったのは「愛」なのか「我」なのか。“勇気付けられる”なんてのは「我」だとしか感じられませんが。
愚樵
2008/08/02 06:10

tomokoさん

貴ブログの読者として、このエントリーを再掲するにあたり、いろいろな意味でtomokoさんはどう思うだろう、と考えました。でも、考えましたが再掲したいと思いました。謝るのは違うでしょ、と言われそうですが、正直なワタシの気持です。すみません。またコメントを頂けて感謝です。救われます。

ワタシがこの話に疑問に思ったのは「3才」という年齢です。5才、6才であれば、さほど疑問にも思わなかったような気がします。でも、tomokoさんの経験が3才のころであれば、ワタシの思い違いかもしれませんね。

>自分が親の立場になるとなかなか割り切れないですね。

やっぱり、これなんかなぁ(笑)

dr.stonefly
2008/08/02 08:34


愚礁さん

なかなかすんなりと「うん」って言ってもらえないなぁ(笑)
まあ、愚礁さんは、こうじゃなきゃ、面白くないんだけどね。
愚礁さんのコメントは、言葉としては解ります。
しかし、ワタシの疑問は、tomokoさんのとこにも書きましたが、3才という年齢です。5-6才であれば愚礁さんの言葉通り「そうですね」なんですけど、実際の3才の発達段階を考えると……。
でも、その3才が「仕事へいってもいいよ」と言ったんですよね。となると、美談になるのかなぁ? なんとなく心情として納得できないなぁ。
dr.stonefly
2008/08/02 08:35

ちょっと本筋ではないのですが、ワタシのなかには、こうした社会状況(3才の子をひとりで家に残して仕事へ行かなければならない)に対する疑問があることが、美談とさせたくない心情があるのかもしれません。(しかもこの話が制度改善を望む署名行動の講演会で行われたということも、別の理由としてカチンときているのかもしれません。)
そのあたりをもう1本、再掲してみます。……と、思い前のエントリーに戻ったら、既に読んで頂いていました。ので、タイトルとアドレスの紹介にしたいと思います。


「病児・病後時保育」…呪縛を解き、本質を掴め!!
http://dr-stonefly.at.webry.info/200606/article_17.html


dr.stonefly
2008/08/02 08:36
dr.stoneflyさん。今朝のは言葉遊びとみたいなもんです。

というのも、講師のお話こそが言葉遊びだと思ったから。私には子育ての経験がないから、講師が話を捏造したとまではいえないけども。

言葉遊びの次元なら、きょういち君のお話も美談と言っても良いんじゃないでしょうか? ただ、その美談も何か意図があって、その意図に沿っての美談なら、それは「醜」なんだという、これまた言葉遊びの次元での話です。
愚樵
2008/08/02 19:10
覚えていただけたようで光栄です。確かに保育園利用してます。そして、働けて本当に幸せだと思ってます。日向には専業主婦は無理です。朝子供がぐずったり、遅刻しそうになって心臓が飛び出るぐらいにダッシュしてる最中は「もう会社行くの嫌だ…」と嘆いているのですが。(笑)
日向 葵
2008/08/02 22:19
愚礁さん
言葉遊びとしては、そうですね。
そうすると講師の意図がみえないのですけどね(笑)
講演ってのは、いろいろな喩えとか経験なんかを準備するのだろうけど、失敗したのかな?




日向 葵さん
前にも書いた事があると思うのですが、たまの休日の言葉も喋れず、動く事もままならない乳幼児と二人でいる窒息感!! あれが、毎日続くとことを想像すると、、ほんと大変だと思います。
dr.stonefly
2008/08/03 16:32
ぎゅっと抱きしめて、ほおずり。毎朝保育園でやっています。

ちょっと調子悪そうだけど、といった朝だったと思うけれど、一通りの「お別れの儀式」をした後に、娘が「もういっかいギューして」と言う。時間を気にしながら娘をギューッと抱きしめたとき、私の耳元で娘の声が聞こえました。「あーちゃん(娘)が、がんばれますように。つよくなれますように」・・・思わず、目頭が熱くなり、強く娘を抱きしめました。そしたら「ママ、おしごといっていいよ」と娘から許可が出て、後ろ髪を引かれる思いで仕事に行きました。その日の夕方「あーちゃん、がんばったよ!」と笑顔で駆け寄ってきてくれたときは、ホッとしました。

しかし、3歳児にひとりで留守番させて仕事には行けませんね。熱を出しているなら、なおさら。美談だなんて、くそくらえです。
水葉
URL
2008/08/03 18:09
 さすがに、私の「発熱ひとりお留守番」も年長児(5〜6歳)くらいからでしたよ。3歳はちょっと、ですね。
 余談ですが、のどかな時代(昭和40年代)と土地柄だったせいか、うちの地域の保育園児は付き添いの保護者や保育士なしで定期券持って市バス通園、降車後ひとりで徒歩帰宅、が当然でした。今では絶対に考えられませんが。
 社会全体が見守ってくれていたせいもありますが、子供は環境しだいでいくらでも逞しくなれるのかもしれない、と今しみじみ思います。余分な自分自分語りすみません。
tomoko
2008/08/03 20:35
水葉さん

あーちゃん、やるなぁ。親の心を引きつけるツボを心得てる。なんてね。やはり素の言葉なんですよね。素の言葉がでるのが「素直」なのかな。やっぱり3才は、「素直」が保障されないといけない年齢だと思います。

>美談だなんて、くそくらえです。
この「くそくらえ」は社会にですね。仕事にいかなければならない親もまた疎外されてます。
dr.stonefly
2008/08/04 08:46
tomokoさん

やはり、年長児(5〜6歳)くらいから、だったんですね。この話を保育園の園長と話していたのですが、3才と5-6才では違うという話がでました。

>子供は環境しだいでいくらでも逞しくなれるのかもしれない

これで思い出したのですが、30年ほど前フィリピンの山奥でするワークキャンプに参加したことがあるのですが、山奥に入るまえにマニラで研修がありました。マニラ市内を車で移動中、信号で停まると、5-6才の子ども数人がタバコを売りに車の周りに来るんですね。

親になった今思い出すと、当時とは違う哀しさに襲われます。
dr.stonefly
2008/08/04 08:53

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